伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

静岡県親子わくわくキャンプ

映画のもつ力

 小学2年生の秋から21歳まで、吃音を否定し、自分を否定していた僕を唯一救ってくれたのは、読書と映画でした。このことは、あちこちで書いたり話したりしています。その映画のもつ力について、「スタタリング・ナウ」2012.3.20 NO.211 の巻頭言で書いています。
 アカデミー賞を受賞した「英国王のスピーチ」は、心に残る映画になりました。第10回静岡親子わくわくキャンプのときに話したことをもとに特集したものです。

  
映画のもつ力
       日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二


 2011年10月22日、23日、第10回静岡県親子わくわくキャンプが行われた。
 10年前、静岡でも、どもる子どもと親のためのキャンプを開きたいから、協力してほしいと依頼を受けたときは、まさか、10年も続くとは思ってもいなかった。広い静岡県のあちこちから、ことばの教室の教師を中心にスタッフが集まる。仕事の延長の義務感でなく、どもる子どものためのキャンプをしたいからと集まってくる人たちだ。継続していくことに、頭が下がる。
 キャンプは午後から始まるが、午前中に、ことばの教室の教師、言語聴覚士などのスタッフの学習会を開くことが定例化している。キャンプ中、私は保護者への講演や懇談会が担当で、保護者と話す機会はあるが、スタッフである教師や言語聴覚士と話す機会がない。そこで、ことばの教室の教師、こども病院などの言語聴覚士のスタッフに吃音を正しく理解し、臨床の具体的方法も知ってもらいたいと思い、午前9時からの研修をお願いした。今年は40名ほどのスタッフが参加した。この講演会だけ聞いて下さる人もいる。
 昨年はことばのレッスンに絞り、からだをほぐし、日本語の発音発声の基本を説明し、童謡、唱歌を歌うなど、竹内敏晴さんから長年学んできたことを一緒に体験した。
 今年は映画「英国王のスピーチ」に学んで、吃音をどう理解し、吃音臨床や生き方にどう生かすかがテーマだった。「英国王のスピーチ」には、吃音臨床で大切なことがたくさん含まれていると、スタッフのひとりに話していたからだ。
 準備のために久しぶりにDVDを観て、改めて脚本家サイドラーの、吃音の当事者ならではの視点に敬服した。たくさんの資料を読み、調査した努力の跡がよくわかる。
 最初、英国王のスピーチだけをテーマに、2時間以上も、吃音の臨床に結びつけて話せるだろうか、無理かもしれないと思っていたのだが、話し始めると、どんどん広がっていき、時間が足りないくらいだった。話は、ジョージ6世の吃音当事者研究になった。
英国王のスピーチDVD_0001 当事者研究の基礎になる、ナラティヴ・アプローチの視点で話すと、あのジョージ6世の体験が読み解ける。認知行動療法をからめて話すと、今後の吃音臨床のあるべき姿が浮かびあがってきた。吃音臨床の記録映画だといえるくらいだ。
 ライオネル・ローグのジョージ6世への吃音セラピーは、もちろん、本人にはそのつもりはないが、いわゆる言語治療がほとんど役に立たなかった結果として、ナラティヴ・アプローチ、認知行動療法になっている。今回話をする中で、私の中で、確信がもてたのはおもしろかった。
 準備したのは、もう一度DVDを観て、気になった場面のセリフを少し書き留めることだけだった。話がどう展開していくか、予想がまったくつかない。すばらしい映画の力に身を委ねようと思った。事前にお願いしておいたので、ほとんどの人が、映画館かレンタルのビデオで観てくれている。だから、感想を聞いたり、質問したりしながら話をすすめていった。まさに、参加者みんなで事例研究をしているようで楽しかった。
 私は自分の講演や講義で、今日は良かったと満足できずに、あれを言い残した、これも言えなかったなどと反省することが多い。しかし、今回は話していて、気持ちよく、質疑応答のように話をすすめたせいか反応もよく、講演の後の感想もありがたいものだった。映画「英国王のスピーチ」がそうさせてくれたのだろう。
 仲間のテープ起こしでは、参加者の発言も多かったが、紙面の都合でカットした。映画「英国王のスピーチ」はレンタルショップでも好評だという。まだ観ていない人は是非観て欲しい。一度観た人も、この講演記録を読んで、こんな視点もあるのかと興味がもてたら、もう一度観ていただきたい。映画好きの私には、吃音に悩んだ思春期に私を救ってくれた、ジェームス・ディーンの「エデンの東」と同じくらい、大切な映画となった。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/07/05

ナラティヴ・アプローチとことば文学賞

ナラティヴとは、物語、語りという意味で、ナラティヴ・アプローチとは、クライアント(相談者)とカウンセラーが対話する中で、直面している問題に対する自分の新しい理解ができ、その意味づけによって新しい可能性を探るカウンセリング技法です。
 相談者が、自分を語ることばをもち、自分の資質や能力を再発見し、自分の内に問題に対処する力を見い出すことを援助します。自分が自分の人生の主人公となるのを助けるのです。
 アカデミー賞を受賞した映画「英国王のスピーチ」は、ジョージ6世とライオネル・ローグによる、ナラティヴ・アプローチで読み解くことができる映画だと、僕は思っています。
 大阪吃音教室のことば文学賞も、ナラティブ・アプローチで読み解くことができる体験の宝庫です。今日は、「スタタリング・ナウ」2011.12.20 NO.208 より、ナラティヴ・アプローチとことば文学賞と題する巻頭言を紹介します。

  
ナラティヴ・アプローチとことば文学賞
              日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二


 映画「英国王のスピーチ」の話をすることが多くなった。あの映画からさまざまなことが見えてきたからだ。講演や専門学校の吃音の講義の中で、かなりの時間を使って、話をする。そのきっかけになったのが、10月に行われた第10回静岡県親子わくわくキャンプだった。静岡のキャンプは午後1時から受け付け開始なのだが、ことばの教室の教師や言語聴覚士などのキャンプスタッフに、午前中から集まってもらい、2時間30分ほど、吃音の講義をする。昨年度は、どもる子どもの言語指導の理論と実際をテーマに「からだとことばのレッスン」をしたが、今年はスタッフの要望で「英国王のスピーチ」について話した。
 当初、「英国王のスピーチ」だけで、そんなに長く話せるのかと思ったが、話し始めてみると、時間が足りないくらいだった。それほど、あの映画は、吃音について、さまざまな示唆を与えてくれる。
 映画は、ライオネルという、オーストラリア人のスピーチセラピストの、英国王ジョージ6世へのスピーチセラピーの物語だととらえるのが一般的だろう。しかし、映画の冒頭から、第二次世界大戦開戦のスピーチが成功する物語は、今、家族療法や臨床心理などの領域で、新しい動きとなっている、ナラティヴ・セラピーそのものだ。
 ナラティヴとは、物語、語りの意味で、ナラティヴ・アプローチとは、クライアントとカウンセラーの対話で、直面している問題に対する自分の新しい理解ができ、その意味づけによって新しい可能性を探るカウンセリング技法だ。クライアントが自分を語ることばをもち、自分の資質や能力を再発見し、自分の内に問題に対処する力を見い出し、自分の人生の主人公となるのを援助する。
 ナラティヴ・アプローチは、その人が直面している問題は個人だけの問題だと考えず、社会的、文化的な要因が大きいと考える。
 ―「どもりは悪いもの、劣ったもの」という社会通念の中で、どもりを嘆き、恐れ、人にどもりであることを知られたくない一心で口を開くことを避けてきた―
 私が『吃音者宣言』の文言に書いた、社会通念が、ナラティヴ・アプローチで言う、ディスコート(言説)にあたる。
 ジョージ6世は、「流暢に話せない国王なんて考えられない」といったような社会通念と、「どもりの国王をもった国民は不幸だ」と自分自身に物語ることによって吃音に深く悩む。この物語を「どもっていても、自分には語るべきことばがあり、誠実で、責任感があれば、国王として立派に役割を果たすことができる」との物語を変えていったがために、開戦スピーチが成功したのだ。
 吃音は長い歴史の中で、ネガティヴな物語ばかりが語られてきた。アメリカ言語病理学は、治療のプロセスの中で、「吃音を受け入れよう」と言う一方で、吃音をエンストやブレーキの効かないポンコツ車に例えている。
 100年以上の吃音臨床の歴史がありながら、アメリカの最新と言われる統合的アプローチであっても、「そっと、ゆっくり、やわらかく」話す練習しかない。その現実に向き合えば、吃音を個人的なものに帰すのではなく、社会通念などの影響でネガティヴなものと自らに語る物語を、私たちは、新たに紡ぎ直していかねばならない。
 『吃音者宣言』は、私の個人の悩みの歴史と、たくさんの吃音に悩んだ人々の体験をもとに、共通のものとしてまとめた。ひとりひとりの物語を、自分のために、さらには後に続く人々のために物語っていこうとする「ことば文学賞」は、私たちの大切な取り組みであり、誇りでもある。
 今年は14作品の応募があった。その作品のひとつひとつに、その人の悩みの歴史と、そこから新しい物語を語り始めるきっかけを私たちは知ることができる。吃音ショートコースの場で、5作品が読み上げられたとき、幸せで温かい空気が会場を包みこんでいた。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/06/03

〈第9回静岡県親子わくわくキャンプ2010.10.30〜31〉どもりについて、みんなで語ろう 2

 昨日の続きです。解放出版社から出した『親、教師、言語聴覚士が使える 吃音ワークブック』を子どもたちと読み合わせていく時間は、盛り上がりました。ひとつひとつ読むたびに、歓声があがり、子どもたちが自分の経験を語り始めます。それに反応すると、どんどん広がります。吃音を学ぶ時間は、先生が予め本を読んでおいて、それを子どもに教えるのではなく、子どもの経験を聞きながら、一緒に学んでいく時間です。それができるのも、吃音のもつ力といえるでしょう。

<第9回静岡県親子わくわくキャンプ2010.10.30〜31>
  どもりについて、みんなで語ろう」 2


  吃音を治す方法
(『吃音ワークブック』を手渡され、それを、みんなの前の机の上に置く)
伊藤 はい、じゃあ今から、みんなに教えるよ。治すのにどんな方法があるかな。まず一つ目、〈不自然であっても極端にゆっくり話す〉。『みーなーさーんー、こーんーにーちーはー、おーはーよーごーざーいーまーすー。』こんな方法をやりたい人?
子ども はい。(一人だけ挙手)
子どもたち はははは。
伊藤 ちょっと、みんなでやってみようか。
子どもたち いやだよ。
伊藤 僕もこんな方法いややな。次は、〈語頭を長く引き延ばして発音する〉『わーたしはね、おーーかあさん』
子ども いやいやいやいや、絶対そんなんいやや。
伊藤 ときどきゆっくり言うのはいいのか。『みーなーさーんー』。
子どもたち はははは。
伊藤 食堂で、『てーんーどーんーくーだーさーいー』。
子ども 壊れてるみたい。
子ども 最初の方に言ったこと、忘れちゃうよ。
伊藤 相手が忘れるよね。それやったら、「こここコーヒー下さい」の方が、「コーヒーをーくーだーさーいー」よりいいやろ。次、いくぞ。
〈呼吸に問題があるので、呼吸練習をする〉これ言ったね。インターネットに載ってるけれど、これはダメだよ。
子ども じゃあ、何でその本に載ってるの。
伊藤 これは、これまでアメリカやヨーロッパなど世界中で、どんな治す方法が考えられてきたかということを書いている。
子ども えー、世界中、すごーい。
伊藤 次。〈舌の手術をする〉。
子どもたち えー。やだー。そんなの。(口々に)
伊藤 舌きり雀みたいに、ちょんとやれば?
子ども えー。こわーい。聞いただけで、寿命が縮む。
伊藤 〈電気ショックを与える〉
子どもたち うわーっ。えー。(大騒ぎ)
伊藤 (動作をつけながら)ダン!
子ども うわーっ。やだ。どもってる方がいい。
伊藤 次、〈催眠術をかける〉
子ども えーっ。そんなことで治るのなら、誰でもやってるよ。
伊藤 催眠術で、「あなたはどもりが治る、あなたはどもりが治る。もうどもらない、どもらない」とやるんや。
子ども そんなことやって治るのなら、みんなやってるはずだよ。
伊藤 はい次。<もう治った、もうどもらないと自分で言い聞かせる〉
子ども そんなの僕やったよ。でも効果ない。
伊藤 やったこと、あるの?
子ども やったことあるけど。効果ない。
子ども 「もうどもらない」というそのことば自体をどもってしまうから。
伊藤 「もう僕はどもらない」ということば自体にどもるわけだ。
子ども うん、どもっちゃう。
伊藤 ことばに出さなくて、自分の心の中で言ったらいい。
子ども それもやったけど、効果ない。
伊藤 〈飲み薬を飲む〉。
子どもたち えーっ。
伊藤 どもりを治す薬があって…
子ども それ、飲みたい。
子ども そんなのあったら、みんな治ってるよ。
伊藤 あったら、治ってるよね。
子ども 不思議なものだね。
子ども 人生は分からない。
伊藤 次。〈メトロノームに合わせて発音練習をする〉。
子ども 何、それ。でも、電気ショックよりましじゃん。
子ども 僕たち、人間なんだから、人間らしくどもろうよ。
伊藤 〈不安や恐れていることを恐くないとイメージトレーニングする〉。
子ども そんなん効果ないよ。
伊藤 〈断食する〉。
子ども それ、どういうこと?
伊藤 ご飯を食べないんだよ。
子ども えーっ。そんなん人生、終わるよ。
伊藤 〈おまじないやお祈りをする〉。
子ども なんだ、それ。やったけど、効果なし。
伊藤 どこでやったの?
子ども 神社で。
伊藤 神社で、「どもりが治りますように、どもりが治りますように」とお願いしたのか。
子ども 効果ない。
伊藤 それで治るなら、とっくの昔にみんな治ってるよな。
子ども うん。
伊藤 〈早ロことばの練習をする〉。
子ども 早口ことばだとどもっちゃう。何回やってもどもって言えない。
伊藤 早口ことばなんてしたらあかんで。次、〈はっきり発音をする練習する〉。
子ども まあ、ちょっとは、いいかも。
伊藤 よこやまだったら、よ・こ・や・まと言う。
子ども さっきと同じじゃん。
伊藤 〈気持ちを強くする〉精神力をきたえる。
子ども そんなことで治るのなら、みんなもう治ってるはずだよ。
伊藤 〈斉読法〉って知ってるか?
子ども 知らん。
伊藤 一緒に読んだらどもらないこと、ない?
子ども ああ、ある。
子ども 僕は、なんか効果あった。
伊藤 だから、効果があったのは、一緒に読んでくれる人がいたときで、それはずっと続かない。
子どもたち そうだ。そうだ。
子ども 僕、前、一人で朗読をすることになって、みんながリズムを合わせて、一緒に読んでくれるような感じにしたら、なんとかできた。
伊藤 そういう場面場面で一緒に読んでくれたりすることで、うまく読めることはあるけれど、それでどもりが治るということはない。
子ども そう。治らない。
伊藤 だから、これだけたくさん、アメリカでもフランスでもドイツでも、世界中で考えてきたけど、治りませんよということが言いたかった。これ、伊藤伸二の本なんやで。
子ども えっ、ほんとだ、ほんとだ。どおりで、変だと思ったんだよ。
子ども この本、家にあった。
子ども これは、世界中で考えたの。それを先生が書いたんだね。
伊藤 そう、世界中で考えたことはこれだけある。けれども、これだけ使っても全然治らなかったということが言いたいかったんや。
子ども ということは、舌の手術も本当にあったの?
伊藤 今でもやってるんだよ、アフリカで。
子ども えーっ。そんなあほな。
伊藤 電気ショックは、インドでやっているんだ。
子どもたち えーっ。
伊藤 インドの人が言ってんだけど、電気ショックでやったら、病気になったって。
子ども どもってた方がましじゃん。
子ども どもりって、癖だよ。
伊藤 どもりは、手術しても治らない。薬もない。今、どもりは癖だと言った子がいた。病気だと書いている子もいた。「よくしゃべれないとき、病気でしょと言われます」って。病気でしょと言われたとき、どうするの。
子ども 病気ではない。癖かもしれないし、違うかもしれない。
子ども 病気だったら、治るでしょ。でも、治らない病気もあるけど。
子ども うん、癌。脳卒中。
伊藤 治る病気もあるし、治らない病気もあるね。病気だという人もいるし、癖だという人もいるし、後、どんな言い方がある?
子ども 障害。アレルギー。
伊藤 アレルギー? いいねえ。
子ども よくない、よくない。
伊藤 なんで。
子ども アレルギーになったことない。
伊藤 アレルギーになったら、治らないやろ。
子ども 治らん。
子ども 僕の友だちが、アレルギー、治ったと言ってたよ。
伊藤 そうか。でも、ことばのアレルギーや。勝手に言ったらいいわけよ。病気でも、癖でも、障害と言ってもいいし。だって、僕の中にどもり菌が入って、
子ども 先生の本の中にどもり菌のこと、書いてあった。
伊藤 ははは。どもり菌が入って、僕をどもらせる。原因は全然分かっていないから、病気と言っても障害と言っても、癖でも個性、特徴でもいい。
子ども めっちゃ、多いやんか。
伊藤 これが、僕のしゃべり方の特徴や。なんか文句あるか。自分で好きなのを選べばいい。たくさんあるやろ、ええやろ。友だちが病気やと言ったら、そうや、これ、僕の病気なんやと言ったらいい。そうだよ、病気だよ。だから、からかったり、笑わないでやさしくしてくれよ、と言えばいい。これは、いいのかな。連発と難発も治せません。誰も治せません。皆さんは、これから、どもりながら生きていくのです。OK?
子どもたち (くちぐちに)OK。
子ども ノーノー。
伊藤 原因が分からん。電気ショックや舌を切るとか、いっぱいしたけど、治っていない。となると、治せないんや。治せないと分かったらどうする? 仕方がないと思わないかい? 
子ども 思う。仕方ない。
伊藤 それでもどうしても治したいと、100年も世界の吃音研究者が一生懸命やったんだけど、治せなかった。治らなかった。僕もいまだにどもっている。だから、どもりは治らないのに、治療法がないのに、治したいと言われても無理だろう。
子どもたち うん。うん。
伊藤 無理だよね。今のところまで、分かって、それでも、僕は治すという人、手を挙げて。
(誰も手を挙げない)
伊藤 いないのか。君たちは、えらい。だからもう、あきらめなさい。
子ども 将来、気楽に生きていく。
伊藤 どもっていても、落語、アナウンサー、映画俳優になったり、いっぱいおるのよ。
子ども 先生もいる。
伊藤 この本に、たくさん、どもりの有名人を書いた。ものすごい数、いるけどここに書いたのは、36人だけど。
子ども 伊藤先生も。
伊藤 僕なんか、有名人じゃないじゃん。ブルース・ウィリスって知ってるかい。
子ども あーっ。知らない、知らない。
伊藤 ダイハードっていうものすごくヒットした映画があって、ハリウッドの映画スター。その人はどもりなんだよ。
子ども えっ、マジ?
伊藤 マジだよ。それとか、みんな知らないだろうけど、マリリンモンローという女優も。
子ども そんなん、うそっ。
伊藤 マリリンモンローなんて、知ってるのか、知らないくせに、もういいかげんな反応するな。
子ども なんとなく、知ってる。
伊藤 昔の昔の人やで。
子ども そうそう。すっごく昔の人。
伊藤 それとか、首相に2人もいる。
子どもたち えっ、本当。
伊藤 日本の首相田中角栄は、子どものときからすごいどもりで、何かをしたとき、「おまえだろ!」と言われて、「…」と言えなくて、先生に殴られた。イギリスのチャーチルという首相もそう。たくさんどもりの人が、どもっていても、いろんな仕事に就いている。みんな、こういう仕事に就きたいということ、あるの?
子ども 水泳選手。
伊藤 水泳選手は、どもっていても泳げるわな。
子ども 海洋生物学者。
伊藤 すごい。学者にはなれる。学者にはどもりいっぱいいる。
子ども えっ、そうなん。
伊藤 江崎玲於奈という物理学でノーベル賞をもらった人もそう。もっとほかに何になりたい。
子ども サッカー選手。
伊藤 できるな。
子ども 車の開発チーム。
伊藤 いいね。研究者とか、開発者とか、そういう創造的な仕事に就いている人は、どもる人にいっぱいいる。僕の親しい人に桂文福という落語家がいるんだけど、どもるんやで。高座といって、お客さんがいて、落語をするところだけど、そこで、どもってる。どもりながら、落語をしている。話すことの多い仕事をしている人も多い。学校の先生にも、どもる人はいっぱいいる。どもる先生が困ることはどんなことか、分かる?
子ども 分からない。
伊藤 卒業式。
子どもたち あー。えー。
伊藤 君らも名前が言えない。卒業式のときに、言いにくい名前の子がいたときに、困るやろ。
子ども もしかして、校長先生がどもりだったら、やばい。
伊藤 校長先生でどもる人いっぱいいる。僕の親友も養護学校の校長やで。僕のところに、相談があったんだけど、どもるから、卒業式のある6年生を担当するのが嫌だった先生がいる。子どもに教えているときは、あんまりどもらないけど、卒業式のしーんとした中で、言いにくい名前の子がいる。どうしても言いにくい子がいて、どうしましょうという相談がよくある。そんな相談があったら、どうする?
子ども はー。すみませんと言う。
伊藤 名前を間違って、すみませんでは、あかんやろ。
子ども 言いにくい子は、パス。
伊藤 飛ばされたら子どもが嫌やろう。
子ども 教頭先生に任せる。
伊藤 今、いいこと言ったね。教頭先生に任せる。そういうふうにした先生が実際にいるよ。
子ども あっ、それ、便利、便利。
伊藤 みんながひょっとしたら就けないんじゃないかなと思っている仕事にたくさんの人が就いている。「合点していただけまでしょうか」。
子どもたち 合点、合点。合点、合点

  ともだちをつくる
伊藤 次、みんなから出された質問でたくさんあったのが「お友だちをたくさん作るにはどうしたらいいですか。友だちがあまりいないのだけど、どうしたらいいですか」。はい、この中で、友だちがいっぱいいる人?
子どもたち はーい。はーい。
伊藤 ああ、そう。あまりいない人は? 
子ども はい。2,3人でいい。
伊藤 あまりいないことに対して、どう思ってる?
子ども 平気。どうせ、高校に行ったりしたら、今までいた友だちも少なくなる。
伊藤 おもしろいこと言うね。どうせ別れる、か。彼が言ったように、2,3人でいいじゃん。何もたくさん友だちがいる必要はない。友だちがいなくて困っている人、手を挙げて。困っているなら、そのことを考えよう。どうしたら、友だちができるか。何かみんないいアイデアはないか?
子ども その子の好きそうな遊びをする。
子ども 友だちがいないという経験をしたことがなくて。みんなで遊んだりつき合ったりして、みんなが友だちという感じ。
伊藤 それはいいね。でも、彼が困っているから、何かいいアイデアはないかな?こうしたらいいのんじゃないというのはない?
子ども 話しかければいい。
伊藤 話しかけなきゃどうにもならんね。
子ども 一緒に帰る。
伊藤 話しかけるときに、どんなことを話しかけるんや。
子ども 挨拶。
子ども 放課後、一緒に遊ぼうとか。
伊藤 自分から声をかけないと友だちはできないな。向こうから声をかけてくれるのを待ってたらなかなかできないよな。で、声をかけるときにどもるから嫌なんだよな。
子ども だけど、どもることを分かってくれる人と友だちになったらいい。
伊藤 いいね。どもりを分かってくれる人とか、どもっても笑わない人に話しかけたらいいわけだ。笑うような、くだらない人間とはつき合わなかったらいい。みんなと友だちになろうというのは、無理だね。ちょっと難しいか、友だちにしゃべりかけるのは。今、何年生?
子ども 一年生。
伊藤 一年生か。友だちは、ひとりもいない?
子ども ひとりはいる。
伊藤 いいね。ひとりはいるって、いいね。そのお友だちとどうしているときがおもしろい?子ども 遊んでいるとき。
伊藤 その子となら、一緒に遊べるんだね。二人で遊んでいるとき、誰か来ない?
子ども 来るときもある。
伊藤 来るときもあれば、来ないときもある。二人で遊んでいたら、それでおもしろいんだね。じゃ、ひとりいるわけだ。それでもういいよね。
子ども うん、ひとりいたらいいよ。
子ども ひとりの方がいいよ。
伊藤 ひとりの方がいいと言っている人がいる。
子ども そうそう。
子ども でも、いい友だちなら、何人いても困らない。
伊藤 そりゃ、困らないよね。
子ども それはそうだね。
伊藤 みんなはどういう人間だったら、友だちになりたいと思う?
子ども どもりを分かってくれる人。
子ども どもっている人と友だちになったらいい。
伊藤 同じようにどもっている人と友だちになったらいいということやね。それは分かったけど、僕が聞きたいのは、みんながどういう人間になったら、相手が好きになってくれるかな、ということ。言ってること、分かる?自分がどういう人間だったら、相手が好きになってくれるか、友だちになってくれるか、考えたらいいね。
 1時間たったよ。もう終わりでいいかな。お友だちのことは、それでいいのかな。ひとつには、友だちはたくさん必要ない。ひとりでもふたりでもいたらそれでいい。そう考えよう。はい、終わりにします。(了)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/04/27

〈第9回静岡県親子わくわくキャンプ2010.10.30〜31〉どもりについて、みんなで語ろう

 第9回静岡県親子わくわくキャンプでの、僕と子どもたちとの話し合いの様子を紹介します。
子どもたちは、全員で18人。話はあちこち飛びますが、子どもたちはみんな、集中していました。深刻な悩みの相談ではなく、なんとも楽しそうで、自由で、弾んだ話になりました。僕は、この子どもたちの輪の中にいることが幸せでした。今、読み返しても、あのときの様子がありありと思い浮かびます。そして、5、6人の子どものことは、なぜか鮮明に覚えています。いい思い出となりました。僕の33年間続けている吃音親子サマーキャンプは、学年ごとに小さなグループに分かれて話し合います。なので、このような大人数と僕ひとりで向き合うのは初めての経験でしたが、なんとかなるものだと思います。それもみんな、子どもの語る力だと思うのです。(「スタタリング・ナウ」 2011.2.20 NO.198 より)

<第9回静岡県親子わくわくキャンプ2010.10.30〜31>
  どもりについて、みんなで語ろう」


  治したい?
伊藤 ここはお話をするところです。遊ぶところではありません。はしゃいではいけません。OK? みんなの中で、こういうことを話してほしいとか、聞いてほしいとか、この紙10人書いてくれました。書いてくれた人の話を優先します。でも、話し合っていく中で、これはみんなと一緒に話したいとか、聞きたいことがあったら、出して下さい。じゃあ、簡単に答えられるところから、先にいきます。ちゃんと、全部の質問に答えるからね。さて、何からしようかな。一番簡単なことからしようか。
 「僕は連発と難発をもっています。一度にふたつとも治せますか」
 「僕は、連発と難発を持っています」って書いてあるけど連発ってどんなんや?
子ども おおおお、となる。
伊藤 そやな、ぼぼぼぼぼぼくは、れれれれ、これが連発やな。僕は連発と難発を持っています。難発って何や。
子ども さささ・・・、
伊藤 それは、散髪やんか。治したい? ねえ。どもり治したい人? 
(18人中14人が挙手)
伊藤 あれ、治らなくてもいいのか。
子ども 別にいい。
子ども 治す方法知ってるし。
伊藤 あれ、治らんでええんか。
子ども うん。
子どもたち えー。何でー。
伊藤 すごいねえ。それは、何でや?
子ども 別に。学校生活で、来週くらいに、学年の司会やるし、発表とかも1日3回はやってるし。
伊藤 すごーい。
子ども 僕だって、1日8回は発表する。
伊藤 8回も発表するの。すごいねえ。数えているのか。それで、そういうふうに発表するのに、どもっているけれども、別にいいの?
子ども みんな普通に聞いてくれる。気にしない。
伊藤 気にしないの?
子ども 気にしない。やりたいようにやる。でも治したいっていえば、治したい。
伊藤 治るんだったら治したいけども、別にまあいいかとも思っている。で、君は治したいとはあんまり思ってない?
子ども ぼく、全然、思っていない。
伊藤 全然だって。
子どもたち えー。すごーい。
伊藤 それは、何でや?
子ども だって僕、どもるのが自分だと思うから。
伊藤 なるほど。どもるのが自分だって思っているんだ。何歳ごろからどもってたの?
子ども 5歳ぐらい。
伊藤 5歳からどもっていて、今いくつ?
子ども 10歳。
伊藤 10歳ということは、5年間どもっているわけだ。5年間どもっている生活に、もう自分が慣れているのか。5年間ずっとどもっているから、もうこれが僕だと思っているんだね。
子ども はい。
伊藤 すごいよね。そう思えたらいいよね。
子どもたち うん。
子ども どもってても、自分がどもっていること、みんな知ってるから。
伊藤 知ってるよねえ。
子どもたち うん。
伊藤 隠せていると思う人? 今、みんなは自分のどもりを知っているからと言ったでしょ。でも、クラスの友だちは、僕のどもりのことを知らへんって思う子いる?
子ども 絶対知ってる。
伊藤 知ってるよね。ということは、友だちはみんな、自分のどもりを知ってるわけだ。
子ども 知ってる。
子ども うん。
子ども 転校して、新しい友だちは知らないけれど、あとは知ってる。
伊藤 新しい友だちは知らないけれど、前の友だちは知ってる。転校して、今どれくらいになるの?
子ども 1か月。
伊藤 じゃあ、そのうちばれるな。
子どもたち はははは。
伊藤 そのうちに、どもりがばれるなということやな。
子ども うん。

  笑われたらどうする
伊藤 みんながどもること知っているから、別にいいと思っているのか?
子ども たまに笑われる。ちょっと真似されるから。
子どもたち そう。そう。
伊藤 真似される。真似されて笑われたら、どうするの?
子ども 逃げる。
子ども やめてって言う。
子ども 無視する。
伊藤 そうか、無視するのか。無視する人?
子どもたち はーい。
伊藤 他には? 他にはどうする?
子ども 無視して、その場から逃げる。
伊藤 そういう場から逃げればいい。これ、すごく大事よね。真似されたり笑われたりするところにずっといたら、しんどいじゃん。その場から逃げて別のところに行ったらいい。
子ども やめてって言う。
子ども そうそう、でも、やめてくれない。
伊藤 やめてと言って、向こうがやめてくれないとき、どうする?
子ども 逃げる。
子ども もう一度言う。
伊藤 その笑ったという人、何人ぐらいいる?
子ども そりゃ、みんな。
伊藤 そうだけど、目の前にいる子は何人くらい。うーん。言い方が難しい。そりゃ、みんな笑うだろうけど、10人が10人、わあっと笑うんか。
子ども 違う。そういうことじゃない。
子ども 一人だけど。僕が話すと、かなりの人が笑う。
伊藤 はあ、じゃあ相手は一人の場合が多い?
子ども うん。
伊藤 一人か、二人ぐらいだったら、ちょっと捕まえて、『何で君、笑うの?』って、聞いてみたら?
子ども あー。まあ。
伊藤 どうして君、笑うの? 笑っておもしろいの? 笑って楽しいの? 何のつもりで笑うの?一回聞いてみたら。
子ども そうだね。そう言えばいいんだ。
伊藤 そう言えばいい。どうして君、笑うのって。それで、どういう可能性があるやろう。そういうふうに聞いたら。
子ども 無視されそう。
伊藤 けれど、これが、僕のしゃべり方だから、笑わないでくれって言う。ただ、笑わないでくれって言うよりも、まず一番最初の最階で、何で君は笑うんだ。笑う人間を調査・研究しようよ。
子どもたち おー、調査研究。調査研究か。
伊藤 こいつは、何で笑うんだろう。人が嫌がることを笑う人間って、どういう人かな。
子どもたち 悪い人。
伊藤 あまり良くないよな。そんな良くない人間のために、こちらが気分悪くなったりするの、損だと思わない?
子ども あー。だよね。
伊藤 こんなしょうもない人間に、何か言われて、うえーんと泣くと損じゃん。損するよなあ。それなら、そんなこと、無視してもいいし、やっつけてもいいし、いろんなやり方がある。なっ。
子ども うん。

  やっちゃだめ
伊藤 今の話は何の話から、始まったんだっけ。
子ども 治りますか、という話。そうだ。治さなくてもいいという子がおったんや。
子どもたち おった。おった。
伊藤 で、治りたいという子は、治せると思っているの?
子ども うーん。
伊藤 治す方法を知ってると言ったやん。
子ども うん、知ってる。
伊藤 おー、それちょっと教えてよ。
子どもたち おー。教えてー。
伊藤 教えてほしい、そりゃそうだよね。
子ども 腹式呼吸。
伊藤 おー。腹式呼吸か。
子ども 腹式呼吸?
伊藤 腹式呼吸。まずは、おなかで、息をするんや、はー、はー。
子ども よく分かりませんけど。
伊藤 これは、だめ。してはだめ。
子ども えっ。そうなの?
伊藤 だめ。こんな練習をしちゃだめ。
子ども そうそう。(ことばの教室の)先生に聞いた。
伊藤 こういう呼吸練習とか、腹式呼吸の練習をしたって、何の役にも立たない。そんな方法、誰に教えてもらったんや?
子ども いや、母ちゃんが、インターネットで見たって。
伊藤 それ見て、母ちゃんが、じゃあそれをやってみようって言ったの。
子ども じゃ、それって、変なホームページだ。
伊藤 そういうことやなあ。ホームページにもインチキな、詐欺がいっぱいある。
子ども 詐欺?
伊藤 詐欺、詐欺商法。インチキ商法がいっぱいあるやで。
子どもたち うあー。
子どもたち インターネット、こわー(恐い)。
伊藤 インターネット、怖いんやで。その中で、正しいのは伊藤伸二のホームページ。
子ども ハハハハ。伊藤伸二の?
伊藤 伊藤伸二のホームページ、見なかったの? いろんなホームページでは、腹式呼吸とか、いろんな治す方法が書いてあるけども、みんなだめ。やっちやだめ。
子どもたち えー。何でー。
伊藤 必要ないし、はーはー、こんなことやって、これだけ一所懸命がんばってるのに、なかなか治らへん。何でやろう。はー、はー、一所懸命やっても治らへん。
子ども どもる人は、声が小さい人だから。
伊藤 どもるということは、声が小さいことだから、息を吸って、こうやって話すというんか。息を吸っちゃだめー。
子どもたち えー。
伊藤 しゃべる時に、息を吸っちゃだめ。これを、みんな覚えとき。
子ども 息をしないで、しゃべれるの?
伊藤 はい、じゃ、今から息をしないでしゃべるぞ。こうしてしゃべって、息を吸わないで、しゃべって、しゃべって、またしゃべって、また息を吸っていないけどしゃべれる。吐ききったら…息は自然に入ってくる。だから、吸ったらあかん。息を吸おうとすると、胸と肩がつりあがって、力が入り、(はあはあ)僕ねー、(はあはあ)、こういうどもり方になってしまう。
子ども へん。いやだ。
伊藤 いやだろう。だから、息を吸わないで、空気を吸わないで、今ある息のままで、いきなり『こんにちはー…』としゃべる。そして、しゃべり切ったら、息は自然に入ってくる。インターネットにはいろんなことが書いてあるけど、信用したらあかんで。このこと、お母さんに、言っとくな。

  自分で工夫してること
子ども 僕、自分の名前の最初の文宇の「か」が言いにくくて、健康観察っていうのがあって。
伊藤 はいはい、健康観察ね。
子ども 名前を言って、それで。
子ども えー、名前を言うの?
伊藤 名前を言うのか。先生が名前を呼んでくれて、はい元気ですと言うんじゃなくて、自分で名前を言うのか。
子ども はい。その時、どうしても最初が言えないので、『か』をとばして、
伊藤 『か』をとばして、うん。
子ども 『・ねこしょうたです』と名前を言うと、自然な流れで『か』が聞こえるような形になる。
伊藤 すごい。
子どもたち えーい、すごーい、すごーい。
伊藤 それで、ええやん。えらいねえ、自分で考えて工夫してたんだね。
子ども 僕も、『おはようございます』の『お』と『ざ』が出ないなら、とばして『はよう、何とか。』とか言ってる。
伊藤 おー、それ、いいやんか。『おはようございます』と一音一音、はっきり言わなきゃいけないことなんてない。挨拶ってさ、朝行って、おはよう言う時に、『おはようございます。』と一音一音、ちゃんと言ってもらわないとだめだと誰も思わんものね。『はようございます。』と言っても相手は「おはようございます」と言っていると思って通じるよな。『お』がなくてもいい。すごいねえ、これも自分で工夫してるんだあ。
子ども でも、治す方法ってあるの?
伊藤 治す方法はあるよ。『吃音ワークブック』、ちょっとここに持ってきて。治す方法を今から教えるからな。
子ども 前、伊藤さん、『どもる君へ いま伝えたいこと』(解放出版)に書いてあったんだけど、どもりを治す学校とか通っていたんですよね。
伊藤 そうよ。僕はどもりを治す学校に通って、一生懸命がんばったけど、全然治らへんかった。
子ども 効果ないんだ。
子ども 俺っちの先生も、どもりだよ。
伊藤 え、学校の先生が。
子ども うちにもいる。
伊藤 えー、ここも、どもりやって、ふたりもおるんか。先生が、どもりやて。それ、ちゃんと分かるの?
子ども 先生がどもりなら、いいなあ。
子ども いいなあ、もう。いいなあ。
子ども 僕の先生は、子どもの頃は、どもりやったけど、今はしゃべれると言っていた。
伊藤 そうかあ。
子ども 僕の先生は今でもどもる。
伊藤 どもるの? で、ちゃんと君らに分かるの? どもってるのが分かるんか。
子ども うん。
子ども どもってる先生っていいな。
伊藤 先生がどもってるの、いいなあ。自分の学校の先生がどもっているって、いいよね。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/04/27

子どもとの話し合い

 今年の吃音親子サマーキャンプに関する問い合わせがいくつか入ってくるようになりました。日程と会場は決まっていますが、詳細はまだで、要項や申し込みについては、6月に入ってから、毎月のニュースレター「スタタリング・ナウ」紙上や、日本吃音臨床研究会のホームページでお知らせする予定です。
 僕は、吃音親子サマーキャンプのほかに、島根、静岡、岡山、群馬、千葉、沖縄などでの吃音キャンプに参加してきました。今日は、静岡のキャンプで子どもたちとの話し合いの様子を特集した「スタタリング・ナウ」を紹介します。子どもたちとの直接的な話し合いの様子は、ライブ感覚でお楽しみいただけると思います。まず、巻頭言からです。(「スタタリング・ナウ」 2011.2.20 NO.198 より)

  
子どもとの話し合い
                        日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二


 私は小学2年生秋から、21歳の夏まで、吃音にひとりで悩んできた。中学2年生の英語の研究授業時に、筆記テストはいいのに、そのリーディングは何だと、厳しく怒られた。その後、職員室に行き、「練習しなかったからではなく、どもるからなんです」と説明したとき、「分かった分かった、もういい」とけんもほろろに扱われた。
 高校2年の時、国語の朗読ができなくて、不登校になった。このままでは卒業できないと、昼間探しておいた国語の教師の自宅に行って、「僕はどもるため、音読できません。音読が怖くて学校に行けなくなっているので、僕だけ音読を免除して下さい」と頼んだ。その時も、英語の教師と同じだった。強い屈辱感を味わう見返りに、私は音読の恐怖から解放された。
 親にも、友だちにも話さなかった吃音の悩みを話したのは、この二人の教師だけだった。話したというよりは、それは抗議であり、要望であった。その反応に私は失望した。誰も私の吃音なんて分かってくれない。理解してくれない。他者は信じられない。もう誰にも話したくないと思った。
 21歳の夏に出会った、同じようにどもり、吃音に悩んでいる人の中で、これまで溜まっていた思いを全てはき出した。みんなは共感をもって聞いてくれた。人に話を聞いてもらう、喜び、うれしさ、安心は何にも代えられない宝だった。
 それから、45年、どもる人やどもる子ども、吃音に関心・興味をもって下さる人と、吃音について語り合うのは私にとって一番大好きな時間だ。
 子どもと吃音について話し合うのが難しいと言う人がいる。それは、このようなことを言えば、かえって意識させることになるのではないか、余計なことを言って子どもを傷つけたくないという、多くはその人の優しさ、善意からきているのだろうが、もう少し、子どもを信じてほしいと私は思う。大人が感じているほど子どもは弱い存在ではないのだから。
 どもる子どもと、人間として対等の立場で向き合い、吃音を決して否定せず、子どもの幸せを願ってのことであれば、基本的に何を言っても構わない。その話し合いの中で何が起こっても、それはマイナスのことにはならない。子どもの力を信じているから、私は、正直に、率直に、子どもに問いかけ、私が考えたこと、信じていること、経験したことを話す。その話を子どもがどう受け止めるかは、私にはどうすることもできない。子どもの力を信じて委ねるしかない。
 昨年9回目となった静岡県親子わくわくキャンプ。始めた頃にはなかった、子どもと私との話し合いのプログラムが定着した。毎回毎回いろんな話が出て、実におもしろい。吃音親子サマーキャンプや、島根、岡山、群馬などでのキャンプの興味深い話し合いは、私の記憶の中にあっても、まとまった記録はなく、残念に思っていたが、今回、親や子どもの了解を得て、ビデオが撮られた。
 ふたつのテーブルを一つにして、子ども達が、私に向かって身を乗り出して座っている。絶えず「エー」「ウソー」「そんなの」など子ども達の笑い声や歓声にあふれている。誰が吃音について話し合っていると思うだろうか。楽しそうな笑顔であふれているのだ。まるで、どこかに遊びに行くのを相談し、そこでの楽しい時間に思いを馳せているようだ。きっと、映像だけからだったらそう見えるだろう。
 マイナスに考えていた吃音についての話し合い、始まるまでは乗り気でなかった子どももいただろう。しかし、自分がマイナスのものと考えていた吃音が、笑いの中で話されている。参加した18人の子どもの中に、机を囲んだ輪から少し外れた所に、一言も発言しなかった女子がふたりいた。自ら話そうとしない人に話すよう促すことを、私はまずしない。聞くだけであっても、むしろ、発言する人よりも、より深く考えている場合は少なくない。話し合いが終わり、発言しなかった二人も「ああ、楽しかった」と戻ってきたそうだ。
 自分の真実に向き合うことは、辛いことでもあるが、実は喜びでもある。そういう場に立ち会えるのは私の喜びだ。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/04/25
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