伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

論理療法

子どもへの支援 子どもの苦戦を支援する 2 石隈利紀さんの講演より

やわらかに生きる表紙 石隈さんと初めてお会いしたのは、1999年秋の吃音ショートコースでした。東京での仕事を終え、新幹線に飛び乗り、会場である滋賀県のりっとう山荘に来てくださいました。2泊3日の吃音ショートコースは、真剣な中に笑いのあふれる石隈さんの講義、演習が続き、最終日に、石隈さんと僕の対談がありました。この対談は、本当に楽しくおもしろく、すてきな時間でした。石隈さんが、僕たちのフィールドで話を展開して下さったのが印象的でした。
 この対談を含めて、吃音ショートコースでの石隈さんによる、論理療法のワークショップの記録は、金子書房『やわらかに生きる〜論理療法と吃音に学ぶ〜』に収録されています。論理療法について、一番わかりやすい本になっていると思います。論理療法で学んだABC理論は、あのときから現在まで、日常生活で起こる不安や、いらだち、怒りなどのマイナスの感情への対処にとても役に立っています。
 では、昨日のつづきです。

   
子どもの苦戦を支援する
              筑波大学心理学系教授 石隈利紀


子どもの危機
 もう一つは、子どもの危機です。子どもも大人も、大変な問題で心の状態が揺さぶられるような危険な状況においこまれることがあります。人は自分の力や周りの助けを借りて解決しようとします。それでも、その問題から逃げることも、解決することもできないとき、「危機」になるのです。危機状況では、日頃できることができなくなります。危機は、この文字が示すように、成長のチャンスでもあります。まず危機状況でのサポートについてお話して、それから子どもが出会う危機的な状況をいくつかご紹介します。

(1)危機状況でのサポート
 2001年、大阪教育大学附属池田小学校で事件が起こったとき、まず私が思ったのは、この事件に出会った子どもたち、親御さんと、先生の心の状況です。このような事件に遭遇した人々は、悲しみや辛さが消えないで、なかなか思うようにいかないのではないかと思われます。つまり、多くの人が危機的な状況にあると言えます。こういう危機的な状況で必要なことは、心のバランスを取り戻すことです。そのためには一般論ですが、次のことが必要です。
〆、何が起こっているかということを理解する。
∈、自分の中で起きている悲しみや怒りを、安心できる場所で表現する。
 低学年の子どもの場合には、どういう感情か分からないが何か苦しい場合に、「友達がけがをしたから悲しいんだね。恐いんだね」と言うように、こちらが感情に名前をつけてあげることも効果的です。何か辛いことが起こった直後に、こういうことが起こったのだよと説明して、気持ちを表現するのをサポートすることです。心のバランスを取り戻すサポートです。
 「カウンセリング」と「危機状況でのサポート」の違いについて話します。
 カウンセリングというと、子どもや大人が問題状況の中で、自分の役割の固い鎧や狭い考えで身動きできないとき、その固い状況が少し揺れながら成長していくのを援助するということですね。中学校を出た後、「どうしようか」といろいろ迷います。心が揺れます。いいことですね。子どもは、自分の将来について揺れながら成長するのです。
 一方、事件に出くわしたり、大切な人と別れたりという危機状況にいるときには、すでに心が大きく揺れています。ですから、大きな揺れを小さくするのが「危機状況サポート」の方向になります。揺れをとりあえず、小さくして元のバランスを取り戻すのを援助するということが大事です。すごく不安定な状況になった場合には、とりあえず、誰か、親御さんとか、先生とか、親しい人が側にいてあげて、揺れが小さくなるようにサポートするというのが、大事なのです。
 1つ覚えておきたいのは、悲しい、怒っているなどの感情表現の仕方は、一人ひとり違うということです。なかなか今、悲しいというのが言えなくて後で表現する子どももいます。
 こういう事件があって思うのは、子どもたちや先生方や親御さんが、心のバランスを取り戻して、元の学校生活に戻るのを邪魔してはいけないということです。残念ながら日本の学校では、こういう危機が起こった後の対処に慣れていません。なぜ危機が起きたのかの議論が、事件の直後から盛んになります。その議論はちょっと待ってほしい。その前に、やることがある。子どもや先生やご家族の大きな心の揺れを少しでも小さくする方が、まず大事なのです。子どもたちの心の安定感がどうやったら早く戻るのか大切だと思います。
 なぜこういうことを強調するかと言いますと、日本では、マスコミの多くの方は、心のバランスを取り戻すことの意義についてよくご存じないのではないかと思います。同時に、私たちカウンセリングや学校教育関係者が、十分お伝えできていないあと思っています。危機状況の子どもにマイクを向けるのは、論外です。
 それでは、子どもが出会う危機について説明します。

(2)子どもが出会う危機的な状況
/甘外傷(トラウマ)になるできごと
 予期しにくい、また対処できにくい、そして気持ちが圧倒されるようなできごとは、危機状況の引き金になりやすいと言われています。子どもにとって心的外傷になるできごとには、家族の病気や死、親の失業、両親の離婚、虐待、ひどいいじめ、そして自然災害などがあります。阪神淡路大震災では、自分の生命の危機と同時に、家族や友達の死や大けが、自分が生き延びたことへの罪悪感、友達との別れなどが重なり、多くの子どもにとって大変な危機状況になりました。

発達課題に伴う危機
 子どもは発達していく過程で、いろいろな課題に取り組みます。その発達課題の取り組みがうまくいかず、危機になることがあります。例えば思春期において身体の変化を受け入れるという課題は、結構重い課題です。私の子どもの頃は、思春期は中学2、3年生でした。ニキビができ出したり、女の子の初潮があったり、男の子に精通があったり、身体が急に大きくなる。これが中学2、3年生に起きていたというのは、ラッキーです。それまでにある程度、勉強のこととか、友達のことが安定してから思春期が来ていたのです。
 今の子どもたちは、思春期が小学5年生ころ、早い子は4年生で、身体が大人になり始めます。まだ勉強の方も友達の方も心の発達の方も、たくさんの課題が進行中のときに、思春期がドーンと来てしまうのです。思春期で身体が大きくなったり、性的関心が強くなったり、どちらに向いていいか分からない。かなり、しんどい思春期を過ごしている子どもが多いようです。思春期における身体の変化を受け入れることがとても大変で、人と会うのが辛くなったりなど、苦しい思いをしている子どもがいます。
 多くの子どもは、発達課題やそれに伴う苦戦を、自分の力とか、周りのサポートで乗り越えていきます。しかし、子どもが成長の節目で、気持ちが急に不安定になり危機的な状況になったら、誰か側についていて、その子どもの揺れが小さくなるようにしっかりと支えてあげる必要があります。

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 学業や受験の失敗に伴う危機で難しいのは、本人にとってはすごく大変な失敗だけれども、周りからは、そんなに大きな失敗に見えないときもあることです。例えば、小学4年生まで100点ばっかりとっていた子どもが、5年生になって急に70点、80点になってがっかりしている。でも他から見るとクラスの平均点よりだいぶ上で、ぜいたくだと思われる。あるいは、頑張っているから大丈夫だと思われる。ところが、その子にとっては70点、80点はすごくショックで、危機になるかもしれないのです。
 勉強や受験の失敗は「周りから客観的に見て」ではなくて、「その子どもにとってどれだけ痛手か」です。勉強や仕事で失敗があったときに、すごく大きな傷、とくに自尊心の傷になりかけているときには、周りが理解してサポートするというのが大事です。
 また人生のステップの「移行」が、危機の一つのポイントになります。小学校、中学校の入学、学校の卒業、就職。人生の次のステップに進む「移行」のときは、誰にとっても大きな困難が伴います。このとき、周りがサポートすることが大事です。
 「移行」の大変さは、大人にとってもそうです。課長に昇進し、はつらつとしているはずなのに、元気がないのは、新しい役割に「移行」することが大変なので、自分の力が出せずに、情緒的に不安定になっているのかもしれません。つまり「移行」のときの困難も、子どもや大人の危機になる可能性があります。

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 自分に何らかの障害、病気があることを理解して自分とつき合うのは、エネルギーがいることです。特に障害や病気について告知、障害や病気の進行は、危機状況になる可能性があります。そういうときのショックをどうサポートするかは、大きい課題です。(「スタタリング・ナウ」NO.95 2002.7.20)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/11/17

論理療法と吃音―出会いとその後の歩み

自分とうまくつき合う発想と実践

 今、大阪吃音教室の講座の定番となっている論理療法。吃音の問題を考えるときの、一番の基本とも言える論理療法に出会ったのは、1981年のことでした。もう50年以上も前のことです。
 筑波大学教授の國分康孝さんの本で学び、國分さんから紹介してもらった石隈利紀さんに、吃音ショートコースと名づけたワークショップに来ていただいて学びました。論理療法は、本当に吃音と相性がいいと、國分康孝さんの『論理療法の理論と実際』(誠信書房)の本の中の実践編のひとつとして、「論理療法と吃音」を執筆させていただきました。國分さんも、石隈さんも、論理療法が吃音に役立つことを喜んでくれました。「自分とうまくつき合う発想と実践」とのタイトルで書いた、「スタタリング・ナウ」2001.7.21 NO.83の巻頭言を紹介します。
芳賀書店 論理療法と吃音 表紙 なお、ここで紹介している『論理療法と吃音 自分とうまくつき合う発想と実践』(芳賀書店)は、現在、金子書房から『やわらかに生きる 論理療法と吃音に学ぶ』として出版されています。

自分とうまくつき合う発想と実践
              日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 カバーはすでにはがされ、手垢で少し黒ずみ、赤エンピツの書き込みがぎっしりの1冊の本がある。『論理療法』(アルバート・エリス著、國分康孝他訳、川島書店)だ。
 1981年、出版されてすぐに書店でみつけ、いつものことながらあまり考えずにその本を買っていた。私の本の買い方はいつもそうだ。新聞の広告だけで大量に本を注文する。手にとって確認して買った本はごくわずかだ。買えば、本棚に積んでおけば、必要な時、その本が「読んでよ!」と呼びかけてくる。そう信じて本を買い込む、つんどく主義だ。
 『論理療法』もそのような本のひとつだった。
 本を買ってしばらくして、時間的に余裕のあった日だったのだろうか、本が私を呼んでいた。手にとって読み始めて、何のことか分からないまま読み進むうちに、うれしくなった。そのまま最後まで読んでいた。もちろん吃音の本ではないが、私が吃音の苦しみの中から考えてきたことが、理論的に整理されているように思えた。本はすぐに、赤鉛筆で真っ赤になった。読んだものを自分なりにカードに写してまとめた。赤鉛筆での囲みや線引きの多いこと、改めてカードへ書き写したこと。たくさんある私の蔵書の中で、この本は極めて珍しい本となった。この本との出会いは、その後何かが起こることも予感させていた。
やわらかに生きる表紙 1986年、第1回吃音問題研究国際大会京都大会。基調講演やシンポジウムで、「吃音は、どう治すのではなく、どう生きるかだ」という私の主張は受け入れられていったが、それを具体的にどう取り組めばいいのかと、世界各国の代表から質問を受けた。考え方だけを提示しただけではだめで、具体的なプログラムを提示する必要があるというのだ。
 それまで、大阪のセルフヘルプグループの例会参加に積極的ではなかった私は、具体的なプログラムを作るために、翌年の大阪吃音教室の全ての講座を担当させてもらった。週に一度の教室は1年間で、45日になる。その全てを担当した私は、毎回資料を作り、講義をし、話し合いを深めていった。どもる人のセルフヘルプグループのミーティングというよりも、生涯学習のカルチャーセンターのような趣だった。これまでにないものを作り出すには、セルフヘルプグループの本来の姿ではないが、最初の1年間は、私一人が担当するのも止むを得ないと思った。参加者は飛躍的に増え、皆真剣だった。その大阪吃音教室で、最も力を入れたのが、論理療法だった。吃音の悩みを論理療法で整理し、どもる人に提案すれば、私の主張がより理解してもらえるかもしれない。どもる人のセルフヘルプグループに本格的に論理療法を導入したのだった。こうして、現在の大阪吃音教室の原型ができあがった。
 その後も、論理療法の実践を積み重ねたが、この辺で整理をしておきたかった。1999年の吃音ショートコースのテーマを『吃音と論理療法』とし、論理療法の専門家である石隈利紀・筑波大学教授から学び直そうとした。吃音ショートコースは、石隈利紀さんの熱意あるお話と、参加者の活発な発言で、論理療法と吃音との関係が深められた。
 その年の年報「吃音と論理療法」の作成には、20名の人がテープ起こしを分担し、それを私が編集することになった。時間のかかる大変な作業だったが、その作業の中で、吃音経験のある芳賀書店の芳賀英明社長が、本として出版して下さることになり、一段と気合が入った。『人間とコミュニケーション―吃音者のために』(日本放送出版協会) 以来、26年ぶりに私の本の編集をして下さった、日本放送出版協会(NHK出版)の編集部長だった、入部皓次郎さんの丁寧なお仕事。粘り強く、いいものにしたいと、妥協をしない石隈利紀さん。三人がぶつかり合う共同作業は厳しかったが、楽しかった。苦しくなると、「いい本になったね」と何度も言い合い、自らを励ました。そうしてできあがった『論理療法と吃音 自分とうまくつき合う発想と実践』は、おかげで、とても読みやすくいい本になったと思う。
 手垢にまみれた本『論理療法』が、今度は吃音を主題にした一冊のまっさらな本へと生まれ変わった。
「論理療法は吃音に役立つかもしれないが、それを活用した吃音の方々から、今度は私たちが生き方を学ぶのです」
 石隈利紀さんが、本のタイトルにといくつか提案して下さった中に、『吃音から学ぶ論理療法』があった。(「スタタリング・ナウ」2001.7.21 NO.83)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/05/13

卒業式を控えた2人の教師の体験

 どもっていたら話すことの多い仕事はできないと思われがちですが、実際は、話すことの多い仕事に就いているどもる人は少なくありません。学校の教師という、話すことが商売のような仕事にも、僕たちの仲間は就いています。普段の授業や職員会議や授業参観、保護者会などは、なんとかこなしているけれども、教師として不安が一番大きくなるのは、卒業式だと言います。厳粛な雰囲気な中で卒業する子どもたちの名前を読み上げる、子どもの名前が出てこなかったらどうしよう、卒業式が台無しになってしまうのではないか、そんな不安を抱えるどもる教師は少なくありません。
 先日、『スタタリング・ナウ』NO.79(2001・3・17)の一面記事『どもる権利』の中で、卒業式を控えた2人の教師から電話があったという話を取り上げました。今回は、いろんな思いの中で卒業式を迎え、そして無事卒業式を終えた、2人の生の声を紹介します。

ああ、卒業式 〜不安、恐れ、そして新たなスタート〜
                          平田由貴(中学校教諭)

 3年の担任を持つことになった時、まず心をよぎるのは、卒業式の名前の読み上げ。約1年後のことを、そして、わずか数分のことをずしっと重く、恐れ、心配し続けているのである。どもりらない教師からすると、きっと信じられないようなことだろう。
 これまでの何回かの名前の読み上げで、どもることも、難発状態で名前が出てこないで立ち往生したという経験は幸いにしてない。しかし、これまでないからといって今回も大丈夫だという保証はどこにもない。むしろ何かの拍子に、いったん経験してしまうと、意識過剰になり、かなりの確率で繰り返すというのがこれまでのパターンである。現に、私は教師になってから自己紹介するとき、平田のヒがスムーズに出てこなくなった。教師同士の集まりで、保護者の前で、結構、自分の名前が言えず10秒程のことだろうが、口をぱくぱくさせて、皆の不思議そうな視線をあびたことも何度もある。卒業式のシーンと静まり返った場内で、生徒・保護者・来賓・同僚達みんなの前で、同じような事が起こったらと考えると、それは私にとっては何物にも変えがたいような大きな恐怖である。
 不安が最高潮に達したのは、卒業式を一週間後に控えた頃だった。宵の口にすっと寝付いたものの、1、2時間程で覚めてしまう。その後、卒業式のことが繰り返し繰り返し脳裏に浮かんできて眠れなくなる。寝床の中で、神経が高ぶっていく。眠りたいけど眠れない。そんな時が、だいぶ続いた後、起き上がり、昨年8月の「スタタリング・ナウ」を探した。石川県教育センターの徳田健一先生が寄稿された文章を読むためである。
 最も思い出したくない、教師になって3年目の卒業式。「タケウチ」のタが出てこず、苦心してようやく読み上げたという体験を綴った文面である。これまで、卒業式でそんな体験をした教師がいるというのは聞いたことがあった。どうしても名前が出てこず、教頭が代わって読み上げていたことが自分の学生時代にあったといっていた人もいた。しかし、文章で読むというのは初めてだったので、随分印象深かった。そして、それを読んだ後の、本で読んだ論理療法で、頭で起こるかどうかわからないような予期不安に脅かされて消耗していくのはイラショナルビリーフ(非論理的)だとわかっていても、来年3月の卒業式のことを考えると怖くてたまらない。そして、徳田先生のようなことが、もし自分の身に起こったらと思うと耐えられない。
 そんな徳田先生の卒業式の体験を、もう一度、真夜中に読み返した。声が出なくなった場面が克明に記されている文面を2,3度読んだ。読み返しながら、ふと、この後、どうだったのかと、それを知りたいと思った。その夜は、朝まで眠ることができなかった。
 翌日、仕事を終え帰宅し夕飯にしようとしたが、食欲がない。昨夜はほとんど眠れず疲れているので、今夜は早く寝ようと思うのだが、明日からの卒業式の練習のことを考えると胸のあたりが重い。
 今回の卒業式の名前の読み上げはこれまでとパターンが違っていた。これまでは、出席番号順に生徒名をいっきに読み上げ、最後に代表生徒が壇上に卒業証書を取りに行くパターンだった。私は自分のペースで読め、読み上げに直面している時間も短かった。しかし、今回は生徒一人一人が壇上に上がり校長から証書を受け取る。前の生徒が証書を受け取り終わるタイミングを見て、次の生徒の名前を読み上げねばならない。この間に、自分の呼吸が乱れて、ア行やワ行など言いにくい音がスムーズに出てこないのではないかという心配があった。これが、私を大きな不安に陥れていた要因である。
 まず、練習の段階でどもってしまったら、生徒たちは騒ぐだろうか?練習でぶざまな姿をさらした後、私はどんな顔をして、終学活をすればいいのだろうか?考えているとますます気はめいる。たまらなくなって、自分の気持ちの弱さに半分腹を立てながらも、伊藤さんに電話をしていた。今の自分の不安を、誰かに訴えずにはいられなかった。このままの状態で、明日という日を迎えたくなかった。
 いつも忙しい伊藤さんを、つまらないことで煩わしては悪いなあという気持ちもあったが、こんな場面では、伊藤さんが最も頼りになる人だった。
 ひとしきり、その時の不安を聞いてもらって、私の心は少し落ち着いたと思う。同僚や友人には、残念ながら吃音の悩みはまだ打ち明けることができず、話を聞いてもらえる人はいない。自分自身が乗り越えねばならない辛さだが、温かく包み込むように不安な思いを受け止めてもらって、宙をさまよっていた魂がようやくどこかに着地できたような感じだった。そして、石川県の教育センターの徳田先生と話してみたいことを相談した。とても信頼できるいい方だからということで、電話番号を教えてもらった。
 夜分にまったく面識のない人のもとへ、しかも本人が最も思い出したくないことと記されていることを尋ねることに多少のためらいを感じはしたが、あつかましくも伊藤さんの電話を切ってすぐ、徳田先生にかけた。
 初めて話をする人にもかかわらず、私の不安な思いを受け止めていただき、また、ご自身のことも、率直に話して下さった。あの卒業式の後、同僚も生徒もみんな気を使ってくれたのか、誰からもそのことについて触れられることはなかったと。そして、不安でいっぱいだというあなたの言葉は素直で、前に向かっていこうとする明るいものがあると言って下さった。この一言で、随分吹っ切れたような気がする。怖いけど、前を向いていこう。たとえどもったとしても、これからのためにもしっかり目を開いて自分をみよう、と。
 翌日の第1回目の練習。寒の戻りで、体育館の中はとても寒かった。さまざまな諸注意の後、実際の練習に入っていく。私が心がけていたのは、何であれ自分ができることを精一杯すること。昨夜、伊藤さんと徳田先生からいただいた温かい気持ちを、自分も忘れず持ちつづけること。
 思いのほか練習に時間がかかり、初日の読み上げは、後半のクラスはカットされそうになり、心の中でラッキーと叫んだが、最初の5人ずつだけ読み上げることになった。寒さと緊張で体は硬くなっていたが、5人の名前はスムーズに出た。途中で余裕が生じ、「名前を呼ばれたときの返事が小さい」と、いつものペースで、一喝。その日が終わったときは、疲労困慰していたが、随分、気持ちは軽くなっていた。
 次の日は、式次第にのっとり通し練習をした。壇上に上がって証書の受け取り方がまずい子は、ストップしてやり直しをしたりしたので、私の6組の番になった時は、生徒たちもだれていて、館内はだいぶ騒がしかった。そのせいか、緊張感もなく、どの名前も滞りなく落ち着いて読み上げることができた。もう大丈夫という安堵の感があった。
 さっぱりした気持ちで連休を過ごすことができ、そして、予行の日を迎えた。この日は本番と同じように、校長、教頭が立会い、効果音も流して進められた。前の練習時とは明らかに違う空気が流れていた。マイクの前に立っときから足は震え、読み上げのための名簿を持った手も震えている。案の定、二人目の「エガシラ」というところで、ちょっとひっかかった。慌てて、周りの反応を確かめたが皆気にとめている様子はない。最後まで、ドキドキしながら読んだ。終わりがけ、もう一人ほど、声が出にくい思いをした。この日は、朝から安心しきっていて、読み上げ直前に急に緊張が襲ってきた。やはり、気を抜くとだめなのか。どもりは、いつ突如として現れるかわからない。結局、その夜もあれこれ頭に浮かんできて眠れなかった。
 当日の朝は、あわただしく過ぎ去った。チャパツのままの子の頭に黒染めスプレーをふったり、ルーズソックスを履き替えさせたり。入場するとき「いくぞ!」と、クラスの生徒たちに声をかけたのでみんなびっくりしていた。普段の私にはない表現が思わず口から出た。自分自身に対する掛け声で気持ちを奮い立たせようとしたのかもしれない。
 開式後、順番を待っているときは、目を閉じ、心と呼吸を落ち着けることに専念した。昨日のように震えがきたら、思い切り足をつねるつもりだった。5組が終わり、マイクの前に立ったとき、緊張はしていても上がることはなかった。ドキドキすることも、体が震えることもなかった。「6組」と、力強く宣言し、一音一拍を心で念じながら、ゆったりと読み上げていった。最後まで、呼吸は乱れることなく、壇上の下で待つ生徒をしっかり見つめながら声を発することができた。さすがに、自分の席に着いたときは、すべての肩の荷が下りたような気がした。来年で定年という先輩の教師が、「自分のクラスの読み上げがすむと急に寒さを感じるようになった」と、後で言ったのを聞いて、何回経験していても、どもりでなくても、誰でも、緊張する場面なんだなあと実感した。
 式後、3年生の教師仲間と酌み交わした打ち上げのビールの味は格別だった。親睦会の係が、なぜ打ち上げの予約もしてないのかとみんなから責められたが、「ごめんなさい、気が効かず!」と、笑ってあやまっておいた。気がついてないことはなかったが、とてもそんな気分になれなかった私の気持ちはみんな知らないと思うが。
 今回のことで、次の卒業式のときはもう少し違った気分で取り組むことができそうに思えた。また、逃げずに3年生の担任を受けて本当に良かったと思う。1年間、いろいろあったけど、これまでになく生徒と通じ合えたような気がする。39人の子どもたちの、一人一人が持っていた悩みや苦しみを、一緒に共有できたのではと思う。私にとっては、教師として一皮むけた年でもあった。
 中学生以降は、授業中ほとんど発言もした事のない私が、あえて教師になってしまったのである。何とか仕事に就き、自立したかった私は、両親の猛反対と真っ向から対立して教職に就いた。この仕事にあこがれていたわけでも、子どもが好きだったわけでもない。文学部日本文学専攻の私に、他の就職先などなかったのである。さすがに、覚悟していたとはいえ、吃音のことなんかで悩む以上にしんどいことは多かった。人と交わることが苦手な人間は、教師として致命的な適正の欠如かもしれない。でも、コミュニケーション能力に欠けるというのは、何をしていようと大変不幸なことである。教師になったおかげで、長い時間はかかったが、対人関係面では、改善の機会をたくさん持つことができた。この仕事に就かなかったら、限られた周囲の人としか話せない、自分の考えを口に出すこともできない、自分の殻に閉じこもったまま一生を終えていたかもしれない。
 様々な格闘の中で私は、学生の頃からは考えられないほど、進化したと思うし、自分の人生も苦労しながらも切り開いてこられたと思う。そして、現在も、進化中であるし、これから挑戦していきたいこともまだまだいっぱいある。
 どもるからといってあきらめず、また、あまり予期不安に悩むことなく、その頃は名前も知らなかった論理療法を自然に実践して、教師になって良かったと、今はつくづくと思う。吃音は、確かに仕事をしていく上で一つのハンディである。しかし、ハンディがあるからこそ工夫もするし、考える機会も与えられる。吃音は、私を人間として成長させてくれたかけがえのないものかもしれない。まだ、親しい人にさえ、吃音の苦しみは打ち明けられずにいる私だが。(「スタタリング・ナウ」2001.4.21 NO.80)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/05/02

吃音と論理療法 4

 昨日のつづきです。石隈さんとの対談の紹介は、今日で最後です。このときの吃音ショートコースの詳細は、金子書房から『やわらかに生きる〜論理療法と吃音に学ぶ〜』として出版しました。大阪吃音教室での話し合いや、奈良さんの「仲人」の体験など、論理療法を生かした体験が満載です。
やわらかに生きる表紙 思い出してみても、石隈さんとの出会いは、僕にとって本当にありがたい出会いでした。
 その後、レジリエンス、ポジティブ心理学、ナラティヴ・アプローチ、健康生成論、オープンダイアローグなどたくさんの「吃音とうまく生きる」ために学んできたことはたくさんあるのですが、吃音に一番役立つのが論理療法です。その論理療法を石隈さんから学べたことはうれしいことでした。
 もうひとつ、僕は「先生」と呼ばれるのが好きではありません。いや、むしろ嫌いです。医者、教師以外の人に、特に政治家に「先生」と呼ぶのには嫌悪感さえ覚えます。一時期、僕は、大学の教員だったし、大学や専門学校の非常勤講師はずっとしてきたので、「先生」と呼ばれても仕方がないのかもしれませんが、それでも、「さん」と呼んでほしいのです。吃音親子サマーキャンプでは「先生」は厳禁です。参加者もスタッフも、みんな「さん」づけで呼び合おうと、キャンプのはじめにみんなに言います。
 石隈さんとは、最初の出会いのときから「石隈さん」でした。僕が何の抵抗もなく「石隈さん」と最初から言えたのは石隈さんのお人柄でしょう。僕は全ての場面で「対等性」が大事だと言い続けています。
 そろそろ日本も「先生」と互いを呼び合うことはやめたいものです。
 余談がはいりましたが、石隈さんとの対談の最後です。ごく一部なので興味を持たれたら、是非、金子書房の『やわらかに生きる〜論理療法と吃音に学ぶ〜』をお読みください。
 では対談のつづきです。


石隈 今の電話の方はなんかそんな意味があって、ただそれが一人ではしんどいからね。誰かが後押しする。それが論理療法家ですよ。

伊藤 ああ、そうですか。そういうふうに、ぽんと後押しすることですね。僕らどもる人たちのセルフヘルプグループでも、またことばの教室の教師でもスピーチセラピストでも、できることと言えば、どもりを治すことじゃなくて、ちょっと背中をポンと押してあげることしかなんじゃないかと、僕はいつも言っているんです。

石隈 そう思います。いろいろな問題で困っていることがあって、優秀なお医者さんがいて、お医者さんにがんばってもらって、いろいろなことが治るようになることはありがたいですけど、それはもちろん私も否定しません。同時に、その病気をもっている患者であるとか、つきあう立場で言えば、治してもらうことばかりに依存しないで、それは置いておいて、うまく活用して、どうつき合ったらいいかなというのは、自分のできることです。
 学校心理学という分野の話ですが、学校で子どもを援助していて似てることがあります。学校は、教育機関で、お医者さんじゃないが、精神疾患であるとか、発達障害の知的な遅れのある子どもが来る。ところが、それは治せないんです。一時、ご存じのように、障害児教育でも、とにかく訓練して、治すんだということを一生懸命やってきたことがありました。それは大事なんだけど、そればっかりやってると、ほかの生活の面とか、その子らしいいいところが伸びず、時間がもったいない。だから、学校の中で、また我々の仲間うちで治すことはできないが、どうやったらうまくつきあえるか、どうやったら自分らしく生きられるかを、お互いに支えることはできる。これは大きいと思います。
 私は頭で言っているんじゃなくて、私自身がいくつかのつきあっているものがあるんです。私は小さい頃から喘息なんです。つきあいは長いです。私がちっちゃい頃、母は大変だったと思います。夜中に起きてぜいぜい泣くので、親としては辛かったと思います。いろいろ病院にも行きました。喘息のいいところは、薬である程度押さえることはできる。だけど、治ったわけじゃない。別に、それは不幸でもないし、ちょっと不便なだけです。お酒を飲みすぎると出ますが、たまたま私はお酒が強くないからいいんですけど、朝と晩にお薬を2錠ずつ飲んで、朝と晩にスプレーを自分でやって、発作が出たときにはこっそりこれをやる。最近、喉の薬が、まだ売れてなかった歌手(失礼!)が宣伝してヒットしたのがある。喉の薬のおかげで、私がスプレーしても最近は、喘息の薬だとばれないんです。
 これは私がつきあってることです。不便だけど、これで困っていることはない。これを治そうと思ったら、合宿に行ったり、いろいろ治す場所に行ったり、確かにいろいろあります。でも、今の不便さが3だとして、それを0にするために頑張るよりは、他にやりたいことがいっぱいあるので、3とつきあっていくというのです。私はすごく似ているなと思っています。
 だから、伊藤さんの吃音とつきあうというのは、私なりに分かりますし、やっぱりせっかく1回きりの人生だから、いろんなことはあるけれど、つきあうとこはつきあって、たくさん楽しもうと思っています。だから、共感します。
 伊藤さんの最初の21歳の素敵な女性と、23歳の図書館の青年との面接の話は、論理療法からみると、ストンと落ちますね。論理療法って、別にしゃちほこらなくても、選択肢を示すとか、後押しするとか、いろいろ思い切ってとにかく1回試してみるとか、そういうところがあるんですね。(「スタタリング・ナウ」2000年3月 NO.67)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/02/22

吃音と論理療法 対談3

 昨日のつづきです。僕が面接で話してきたことを、石隈さんに、論理療法的に解説していただきました。論理療法を知らなかったときの面接です。論理療法と出会って、吃音と相性がいいと思ったのは、当然のことだったのでしょう。僕が今でも記憶として強く残っている二人の面接を、石隈さんに解説していただきました。腹話術に挑戦することを提案した彼は、僕の「恩人」とも言える人です。彼との面接がなければ、「吃音を治す努力の否定」は、幻と消えていたかもしれません。ここまで言うのは無理だろう、となっていたかもしれないのです。まさに、私をずっと支えてくれた「恩人」のひとりです。

論理療法実践

伊藤 僕は、論理療法について全然知らないときに、いくつか自分が面接でしてきたことがあるんです。それを論理療法的に言うとどうだったのか、コメントをいただけるとありがたいですが。
 ぼくが勤めていた大阪教育大学の言語障害児教育課程は、吃音のメッカと周りから言われていた。そのため、吃音を治したい、治してくれるはずだと思ってたくさんの人が相談に来るんです。そこで21才のうら若き女性が相談に来ました。この人に対しては一所懸命になったから鮮明に覚えているんですが、どうしても吃音を治したいと言う。僕は自分の経験を含めて、そんなに簡単に治るんものじゃない、吃音とうまくつきあうということが現実的だよとかなり時間をかけて丁寧に説明しました。彼女は反論を続け、最後にあなたはそうかもしれないけど、私は受け入れられない、絶対吃音を治したいと引かないんです。ぼくはもう、手詰まりでピンチに立たされました。
 「分かりました。僕たちが吃音を治すたあに一所懸命やってきた方法を、僕の知っている知識としてあなたに教えます。私は失敗しましたが、あなたが19年間、それに対して一所懸命頑張れば、ひょっとしたらうまくいくかもしれない。吃音というのはデモステネスの時代からずうっと延々と続いてきて、それでもなおかつ多くの人が治っていないんだから、19年はかかるという覚悟が必要です。19年間、一日に3時間は発声練習や呼吸練習を一所懸命おやりなさい」

 19年というのはあてずっぽうなんですけども、彼女は計算しました。19+21=40、40歳になってから治ってどうなんだと、急展開しました。あれは、僕の面接の中で劇的に変化したケースでした。「40歳ならもういいと」と言うんです。「確かに21歳まで吃音で悩んできたけど、友だちもいるし、生活もそこそこやってきた。これから19年間、吃音を治すためにだけ、3時間も4時間も使うというのは損だなあ」と言う。

石隈 それは、論理療法ですよ。治したいという気持ちを否定していないで選択肢を示している。19年間かかって治したい人もあるかもしれない。でも考えたら、友だちもいるし、他にもいいところがたくさんある。治すことにこだわらない他の選択肢もいくつかあるということに気づく。選ぶのは本人ですけど、正に論理療法ですよ。
 それからカウンセリングでいう進路選択の相談ですよね。進路相談は、たとえば、あなたが歌手になりたいならどうぞと、そんなに簡単に高校や大学の先生は言わないわけですよ。歌手になるためには、どういう勉強をして、どうなるのかなという将来のシミュレーションを一緒にしますね。それでなれなかったらどうするのかと、いろんな選択肢を一緒に考える。よくカウンセラーは誤解されていますけど、あなたの気持ちはよくわかる、お好きにどうぞと、やっているわけじゃない。

伊藤 論理療法的かどうか詳しく知りませんけど、僕は19年とか3年とか期限を切ったり、具体的な提案をすることがとっても好きなんですね。

石隈 具体的ですね。まあカウンセリングについて言えば、長くやればいいということではありませんから、自分でいろいろ選択肢を、しんどいけど決めていかなきゃいけない。「私は今から5回ほどカウンセリングをおつきあいしますから、その間にこのことについて決めましょう」と言うことありますね。具体的な数字を出すことはありますよ。だから伊藤さんはそのときから意識されなかったけれど、論理療法的だった。選択肢を示した。治療するのをやめろとは言ってないわけですよ。やりたい人はいるかもしれない。それはその人の選ぶ選択肢なんです。ただ一つの選択肢しか知らない人に他の選択肢も伝えてあげるのが、専門家の役割ですよね。

伊藤 それと一つ、臨床家が、一人のケースとの出会いで、何かいろいろなものが見えてくる、変わるってありますね。僕にとって大きなひとつのケースがあるんです。もう26年も前のことです。
 大学の図書館に勤めている23才の男性。その彼との面接が、僕が『吃音を治す努力の否定』を提起する後押しをしてくれたんです。彼は、ブツブツ途切れて、喋ることばを無理なく書き留められるほどで、これまで僕が出会った中で、吃音がとても目立つ人でした。そしてなおかつその人は吃音を治そうというモチベーションが全くない。
 吃音だから話さなくてもいい仕事と、本人も希望し、父親もどもるのだから喋ることの多い仕事には就けないだろうと、大学の図書館に就職させた。最初は確かに黙々と本の整理をしていたが、学生とのやりとりも出始め、整理ばかりしてはいられない。上司がたまりかねて、このままでは図書館の仕事としても成り立たないから吃音を何とか治せと迫った。上司の命令で、しぶしぶ僕の所に相談に来たんです。
 1週間に1度の面接を始める前に契約をしました。僕は吃音を治せない。吃音とつきあうことを一緒に考えることを了解してもらえれば引き受けますと。それで面接がずっと続くんですが、課題を1週間ごとに出しました。
 彼は随伴症状として舌が出る。どもるたびにものすごい長さの舌が出て、どもること以上にそのことに悩んでいたので、この舌は何とかならないか考えた。舌を出さないようにはできないが、結果として舌が出ない話し方は腹話術しかない。これも思いつきで、6か月後にどもる人の全国集会があるので、腹話術の練習をして6カ月後の全国集会で発表しようと提案をしたんです。ノーが言えない人ですから、そこにつけこんで、やりましょうとなったわけです。僕は彼に、腹話術の情報を一切与えないで、全部自分で探すことから始めた。
 最初の1週間がたって、「腹話術の情報はあったか」と尋ねたら、「本屋さんに行ったけれども腹話術の本はなかった」でした。近所の本屋さんです。結局やりたくないものだから、紀伊国屋や旭屋書店などの大きな書店に行かない。それを指摘して、やっと次の週は紀伊国屋に行ったが本はなかった。1週間の彼の行動はたったそれだけ。

石隈 それで次の週は?

伊藤 労働会館とか青年会館であれば腹話術のサークルがあるかもしれないと、サジェストすると、「探したが、場所が分からなかった」と、なんだかんだと口実をつけて動こうとしない。
そこで、これまでの生活を振り返って、僕と話し合い、それをテープにとり、テープ起こしをして、KJ法で整理してみたら、まあ彼が今まで吃音を否定して、どれだけ逃げてきたかが図式化された。
 それまで彼は全て親にしてもらって、自分では一切買い物をしたことがない。散髪に行っても、黙って座るだけだから、いろんな刈り方をされる。それぐらい話すことから逃げて、消極的に生きてきた。単に面接ということだけでは、話してしまったら、消える。ところがKJ法で視覚化できる図にすると、直面せざるを得なくなる。
 次に、僕の方から、腹話術のサークルの電話番号だけを教えました。今まで一度も電話しなかった彼が、電話をしなければならない。彼は意を決して電話をします。どもってどもって汗びっしょりになりながらも、電話ができた。ひどくどもりながらも、情報を得るという、目標は達成できた。相手も、電話を切らずに最後まで聞いてもくれた。
 この経験で、彼の行動は少しずつ変わっていきました。だけど、3ヶ月くらいまではまだ大きくは行動が変わらない。川上のぼるというプロの腹話術師が近所にいるらしいということがわかった。どもらない人なら電話帳を調べて電話して行く道を聞くでしょうに、彼は目安をつけた近くを、一軒一軒、家の表札を見て回った。電話をしたり、人に聞くのが嫌だから、自分の足で探した。

石隈 だけど、積極的に選択肢は増えてますね。

伊藤 そうんなです。結局、川上のぼるさんに相談にのってもらい、かなり高価な腹話術の人形を買い、もう後に引けなくなって、本格的な練習を始めました。
 6か月後、高野山で行われたどもる人の全国集会の200人を越える人の前で、実演をしました。
どうして腹話術をするようになったかの説明ではひどくどもるんですが、腹話術では全然どもらない。大いに受けて、拍手喝采でした。そういう経験をして、彼は明るくなり、積極的になりました。一時的なものかどうか、職場の人にも会って確かめたのですが、職場でも随分変わったんです。吃音の症状も、軽くしようとか治そうとか一切していないのに随分言いやすくなりました。また、舌の方はほとんど出なくなりました。
 このケースから、僕はたくさんのことを学びました。吃音の軽い人なら、元気のある人なら、吃音と共に生きるというのはできるけど、吃音が目立つ、消極的な人には、伊藤さんの言うことなんて無理だって言われてきたのが、彼との経験で、いわゆる吃音の重い人にも通用するんだということに自信をもてるようになりました。

石隈 そうでしょうね。今の腹話術をすることになった人に対する関わり方は、まさに論理療法なんです。彼は最初に吃音でいて今のままでいいと思っているわけでしょ。それも彼の選択肢で、それはそれでいいと思うんだけど。違う選択肢に挑戦してみるという自分にとって大変なことは回避してるわけです。それも人生それぞれで回避する人もいるわけですが、その人は伊藤さんに出会うことによって、他のことをすることを避けてきたのかもしれないと気づいていく。他のことも可能かも知れない。
 これは積極的に選択肢を挙げるというのとは少し違うかもしれないけど、違う選択肢が伊藤さんの支えでその人に見えてきたんです。こういう道もあるよと。これが半分だと思うんですけど、残りのあと半分は、やってみないかと勧めてもらった。モチベーションが高い人なら選択肢を示しただけで、自分で選んでいけるんだけど、低い場合も、こういう選択肢があってやってみるんならお手伝いするよと言われたら、やりやすい。こういうところが論理療法的ですね。やってみたらって、背中をちょっと後押してもらうとありがたい。なんでも、始まるというのが心配ですから。カウンセラーも友達もそうですけど、やっぱり相手のことを真剣に考えたら、まあ、お好きにどうぞとは言えない。こういう選択肢もあるから一回試してごらんと言って提案する。この点は伊藤さんの迫力だと思うんです。
 例えば、エレベーターに乗るのが怖い人というのが、エリスの患者で出てくるんですが、エリスはまあ、エレベーターに乗って見なさいって言うんですよ。でも、怖いから嫌だって言うんです。それなら、あなたは、あなたの人生だから、これから50年間、エレベーターに乗らずにどこに行くのも歩いていくというのもいいよと言います。特にニューヨークは高いビルがたくさんあるから、説得力があるんですよ。10何階なんてエレベーターに乗らないと足で歩いて行けないです。ほんとに不便でしょ。今から私と一緒に10回ほど練習して、乗れるようになれるかも分からないけど、そういう選択肢もある。やってみるかと言うんです。じゃ、とりあえず1回だけしようとなる。最初から10回全部をつきあおうと思ってないかもしれませんが。
 次に、論理療法的なのが電話ですね。電話をかけるっていうのはその人にとって、とっても大きなチャレンジだし、こわいし、大変だった。でも、相手に通じた、目的を果たせた、もちろん嫌なことはいっぱいあったけど、相手に通じた。これは昨日話した、エリスが18歳のときに、女の子とうまくいかなくて、植物園でいろんな人に声をかけて結局デートの相手は一人もできなかったけど、でも、思ったほどひどいことじゃないぞと、人生最悪のことじゃないぞと気づいたことと似ています。そのことをその人が意識されていたのかどうかは分からないけど、そのときの電話っていうのは、その人にとってものすごく大きな体験だったと思います。
 論理療法が、系統的脱感作(ステップバイステップの行動療法)とちょっと違うところは、論理療法は、当たって砕けろというのをやるんですよ。だって、ずっと待っていたらこわい。ちょびちょびやるという行動療法では、学校が怖い人は一歩ずつ近づく。それもひとつの方法なんですけど、論理療法は目をつぶってでも怖いところに行ってみる。行ってみたら、殺されるかどうか…。それがすべてに通じるかどうかは分かりませんが、今の電話の方はなんかそんな意味があって、ただそれが一人ではしんどいからね。誰かが後押しする。それが論理療法家ですよ。

伊藤 ああ、そうですか。そういうふうに、ぽんと後押しすることですね。僕らどもる人たちのセルフヘルプグループでも、またことばの教室の教師でもスピーチセラピストでも、できることと言えば、どもりを治すことじゃなくて、ちょっと背中をポンと押してあげることしかなんじゃないかと、僕はいつも言っているんです。(「スタタリング・ナウ」2000年3月 NO.67)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/02/21

吃音と論理療法 対談2

 昨日の、石隈利紀さんと僕の対談のつづきです。対談は、打てば響く、そんな感じで進んでいきました。とても気持ちよく、その場にいたことを覚えています。

伊藤 スキャットマン・ジョンというミュージシャンが、どもる人のためにスキャットマン基金を作ろうとして、僕ら国際吃音連盟の役員に使い道について意見を求めてきました。ドイツ、アメリカ、そして日本の私が役員でしたが、インターネット上でのやりとりで、吃音治療の実践研究のためにお金を使おうと話が進んでいる。そこへ僕が強く反対したんです。
 「あなたは、50才まで吃音を隠し続けてきたが、吃音を受け入れ、そのままの自分を認めて、CDのジャケットで自分の吃音を公表した。そうして楽になった経験をしているあなたの基金が、吃音を治すためにお金を使うのは残念だ。吃音と共に生きる、自分を受け入れて生きるという方向にこそお金を使って欲しい」
 この主張に、スキャットマン・ジョンは、とても喜んでくれました。
 「大賛成だ。シンジの言う通りだ。私もそういう意見が欲しかったんだ」と。そして、いろんなイベントや、本を出そうと、二人で盛り上がったんですが、あとの二人の役員が反対で、オブザーバーのカナダ人も大反対なんです。「吃音受容も大事だけど、治療をないがしろにしてはいけない。今自分があるのは専門的な治療を受け、喋れるようになったからだ。教師の生活ができているのは、治療のおかげだ」とカナダ人は言いました。少しでも普通に近づこうという発想なんです。

石隈 アメリカで治療という背景に、一人一人違うというすごい強烈な社会の思想があるけれど、同時に、健常に近づくという発想があります。アメリカでも最近は変わりつつあるんです。障害児教育の領域で、昔は知的障害のある方、精神疾患の方は、一般社会と離れて病院や治療するところで暮らしていた。これが最初です。それじゃおかしいと次に出てきたのが統合教育で、少しでもその子の能力に応じて、普通の子どもと一緒か、近いところでやろうと、一番障害の軽い子は普通学級、それから少し障害のある子どもは一日のうち何時間か行く通級指導の学級、もうちょっとしんどい子は一日中障害児学級にいる。もっと援助が必要な子は日本でいえば養護学校にいる。
 この発想が、ここ10年来、ちょっとおかしいんではないか、結局はどのくらい健常児に近いかと、言葉は悪いですけど段階分けをしている。もちろんその子の大変さに応じて、たくさんのケアがいる子と少しのケアがいる子と違うからそれ自体悪いことじゃなく、アメリカも一生懸命やってきているんです。だけど、どれくらい健常児に近いかというところに、今伊藤さんの言われた少しでも健常者、あるいは普通に近づくという発想がアメリカにもあったのかもしれないですね。それは今変わりつつあって、統合教育じゃなくて、融合教育というか、インクルージョンというのですけど、どうやったらみんながいっしょに生きていけるかを模索をしているところです。治療へのこだわりを、そういう文脈から私は感じましたね。

伊藤 なるほどね。吃音の特徴的なこととして、どの程度まで症状が軽くなれば積極的に社会に出て行けるか、これまでの生き辛さから開放されていくのか、その線引きがものすごく難しいのです。これはほかの障害とは全然違うところです。
 たとえば視力障害で何等級の障害であればこの位のハンディがあり、身体障害でもこれぐらいの障害ならこれぐらいのハンディがあるという、障害の程度によって一つの線引きがあるでしょう。ところが吃音の場合はない。ものすごくどもっているのに全然悩んでない平気でハンディを感じない人がいる。僕らが聞いてほとんどどもっていない人が20年生活している伴侶にも自分のどもりを隠して、人前で話すことを避けている。症状としては軽くても、その悩みは深い。ここに論理療法が入る余地があるんです。

石隈 なるほど。どうすれば自分の悩みが軽くなるか、あるいは自分の吃音とつきあっていけるかが、吃音という症状が少し軽くなるかどうかよりももっと先に来るというか、大事なことなんでしょうね。アメリカと日本と比べてそれぞれいいところがあるし、アメリカはやっぱり個人主義で、一人一人違うことのよさと、それを主張しなければならないしんどさと、それとさっき言ったやっぱり健常者への憧れというのが逆に強く出てくる。でも、本当は、健常者って一体何なのかというと何か分からないですよ。
 健常者とそうでない人がいるんじゃなくて、それぞれ人がいるんですね。だから日本では皆さんがやっている、まず吃音とつきあうことから始めて、実際は話し方の練習は自分でやりたい人がその人なりの方法でやる、その方が私にはぴったりくる。こんなやり方があるというのを、昨日伊藤さんがあいさつで言われたように、海外に輸出できればいいですね。スキャットマン基金の問題でも最初は反対していても、だんだん分かってくれるんじゃないですかね。文化の問題だから、時間がかかるかもしれませんが。

伊藤 私たちの、吃音と上手につきあうという提案も、スキルというか、技術的なことが伴うと、アメリカなども取り組んでくれるかも知れない。そういう意味では論理療法を一つの武器として、論理療法の取り組みを翻訳して提案ができればと思うんです。

石隈 論理療法は共通の言語になりますね。論理療法はアメリカではかなりメジャーで、よく使われている。カウンセリングを勉強する大学院の1年生の教科書に載っているぐらい。私も出会いはアメリカでカウンセリングのトレーニングを受けた1年目で、精神分析や行動療法と同じように、交流分析や論理療法が載っていました。
 吃音とつきあうというのはこれから日本が発信していくことができますね。ただアメリカは違う人種とつきあうというのは慣れているんですよ。これは白人と黒人とで苦しんできたから。自分の吃音とつきあうのは日本の方が上手かもしれないけど。お互いちょっと慣れている領域と考えれば、そんなに違わないかもしれません。

伊藤 日本の僕たちが吃音を受け入れる取り組みをまずやってみて、禅問答のように分かりにくいものでなく、論理療法という共通の言語を通して提案していけば世界に貢献できますね。

石隈 そう思います。だから一つの生き方というか、アメリカと日本とは全然違うけれどお互い学べる所がたくさんあります。今よく「共に生きる」とか言われますけどまだ私たちは苦手ですよね。だから吃音とつきあって生きるという生き方を論理療法という枠組みで訴えていけると、アメリカ人にも分かってもらえるし、アメリカ人も楽になるんじゃないですかね。
「スタタリング・ナウ」2000年3月 NO.67)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/02/20

吃音と論理療法 石隈利紀さんと伊藤伸二の対談

 1999年度の吃音ショートコースのテーマは、論理療法でした。筑波大学の石隈利紀さんの講義と演習で楽しく論理療法を学んだ後、僕との対談がもたれました。打ち合わせを全くしないままに始まった『吃音と論理療法』の対談は、石隈さんと僕のパーソナリティーがぴたりと合ったのか、論理療法への共通する熱い思いからか、楽しく弾みました。それまでもそれ以後もたくさん対談をしていますが、石隈さんとの対談は特別でした。まるで漫談のように軽妙に話は進み、参加者からは、聞くのも口にするのも嫌だった吃音についての話であれだけ大笑いするなんて信じられないとの感想がありました。テープ起こしされたものには、爆笑につぐ爆笑とあります。しかし、紙面には限りはあるので、漫談風の話はカットし、楽しさの雰囲気を伝えることより、内容優先としました。
 吉本新喜劇風の漫談バージョンではなく、クソマジメバージョンで対談をお届けします。

伊藤 『吃音と論理療法』と最初にお聞きになってどんな感じでしたか?

石隈 私は論理療法とのつきあいは長いですが、論理療法と吃音と言われた時に何かぴたっとこなかったですね。論理療法は、悩みがあって、落ちこんだり不安になったりする人に役立つのはもちろん知っていますし、自分のためにも使っていたんですが、吃音の方がどうやって論理療法を使っていらっしゃるのか知らなかったものですから。最初聞いたときはびっくりしました。私が果たしてお役に立てるか、私のほうが予期不安を抱いて、緊張しました。
 國分康孝先生が編集された本、『論理療法の理論と実際』に伊藤さんが書かれた章を読んで、ああそうか、吃音の方は論理療法を自分とのつきあい方で使っていらっしゃるのかというのを初めて知りました。

伊藤 アメリカにもどもる人はたくさんいるんですが、アルバート・エリスの論理療法研究所にどもる人はあまり来ないのでしょうか?

石隈 どうですかね。私はアラバマ州という南部の方と、最後はカリフォルニア州という西の方に住んでいました。アルバート・エリスは東の方のニューヨークに住んでいまして、時々しか会わなかったから、どういう人が来ているのか知らないで過ごしているかもしれませんけど。

伊藤 7年前に、『自分を好きになる本』(径書房)を書いた、アサーティブ・トレーニングセンターのパット・パルマーさんにサンフランシスコに来ていただいて、ワークショップを私たちが主催したんです。その時、アメリカのどもる人が相談に来ることがあるかとお聞きしたら、全然ないと言うんですね。言語療法には行っても、心理療法やカウンセリングには関心がないようなのです。

石隈 そうですか。吃音と論理療法の関係はアメリカで私は聞かなかったですね。何でですかね。こうしてみなさんがよく使っていらっしゃるのを見ると不思議ですね。
 英語のほうが、ぺらぺら喋ることに対してのこだわりが強いと思うんです。だけど、私もアメリカに行く前には、英語をアメリカ人みたいに喋れたらいいなあと思って行ったんですが、ぺらぺら喋るのはやはりアナウンサーくらい。そして、アメリカは、いわゆる白人のアメリカ人ばかりじゃない。アフリカ系、メキシコ系、アジア系のアメリカ人など、みんな言葉が違うんです。だから、一人一人言葉が違うということが、アメリカではわりに普通でしたね。
 これは喋り方だけじゃなくて、英語の種類とか語彙も人によって違うというのは、当たり前です。行って1年目ぐらいに、アラバマ州のバーミングハムという大きな(かつて鉄鋼で有名だった)町で、ジャパンウィークがありました。そこで、アトランタから日本人の外交官が来て、英語で話したんです。つっかえつっかえ、上手な英語じゃないが、アメリカ人はみんな、話の内容に喜んで拍手している。アメリカ人って、ぺらぺら喋ることに確かに憧れているけれど、一人一人が喋る場合は違うのかな、そんな感じを受けました。

伊藤 今までお話をうかがっていて、不思議に思うんです。アメリカはいろんな人がいて、一人一人が違うということは子どもの頃から身についているように僕は思えるんですが、どもる人たちのセルフヘルプグループですと、日本の僕たちがどもってもいい、人は全部違うじゃないか、と言うけれども、アメリカはやっぱり治す、治療を捨て切れないんですよ。

石隈 治す方ですか。何でですかね?。一人一人違うということは、僕らみたいにいい意味にとらえたら楽なんですけど、自分は他の人とどう違うかを相手にちゃんと伝えなくちゃいけない。こちらでおやりになった、平木典子先生のアサーティブ・トレーニングもそうですね。アメリカ人みんな喋って、えらそうな顔をしてるのに、何でアサーティブ・トレーニングがアメリカで流行ってるのかと思うでしょう。だけどアメリカ人でがんがん喋ってえらそうにしている人もいるけども、どんどん喋らないと置いていかれる、自己主張しないと相手が分かってくれないという辛さはあるでしょうね。それがしんどいです。日本は黙っていても分かってくれるという部分がまだありますね。その辺が違うかな。
 アメリカは確かに一人一人が違っていいんだけれども、違うことを言うのはあなたの責任だという部分がある。僕がアメリカの学校に勤めていた時の教員会議ですが、すごい。みんなワーと喋って早い。僕が喋ろうと決意する時は大体会議が終わる2分ぐらい前なんです。僕も言いたいのに、会議が終わる。しょうがないからメモに書いて、司会者に会の後で渡す。『トシ、おまえの意見はよく分かった。何でもっと早く言わんのか』って。早う言わんのかって言われても、みんなが早く喋りすぎなんです。
 自分のことは自分で言わないといけないというのと、思っているのを隠しているのは卑怯だということがあり、とりあえず皆がワーと言ってみて最後に決めようとするのがアメリカ的なんです。
 やっと何とか一言二言会議で言えるようになった頃、日本の教員になった。私の先輩の先生が、『石隈君、日本であんまりぺらぺら喋ったら嫌われるからね、会議の時は黙っときよ』って。私、会議では、日本に帰ってから2年間ぐらい無口でした。今は多少喋った方が分かってもらえるので喋ってますけど。

伊藤 他の人と違うということを、社会全体が分かってくれているということではなくて、自分自身が主張しないといけないというのは、きついですね。日本の場合は何となく違いを分かってよという、甘えのようなものが、ある程度許される。

石隈 関西弁で「ぼちぼちです」ってありますが、アメリカじゃ、ぼちぼちって、どのくらいぼちぼちかって聞かれる。ところで、アメリカでは吃音を治そうとしているんですか。
つづく 「スタタリング・ナウ」2000年3月 NO.67)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/02/19

吃音と電話

 昔は、どもる人の悩みの一番に挙げられるのは、電話でした。今はどうでしょうか。通信手段の多様化によって、一番ではなくなったかもしれません。すべての人が携帯電話をもつようになり、友人、知人なら、相手を呼び出す必要がなく、ダイレクトに相手につながります。彼女の家に電話をかけたとき、どういうわけか相手の父親が出ることが多く、苦労したのは笑い話になるくらいです。だからといって、電話にまつわる悩みがなくなったわけではないでしょう。大阪吃音教室に初めて参加する人からも、電話の悩みはよく聞きます。
 「スタタリング・ナウ」2000年3月 NO.67で、論理療法を活用して、電話のことを考えようと書いています。電話の三段階活用と呼んでいます。巻頭言を紹介します。

  
電話と論理療法
            日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 「すみません。今日僕、腹が痛くて、仕事にならないので休ませて下さい」
 吃音とまだ上手につき合えなかった学生時代。腹の痛みに堪え1時間かけてアルバイト先に出向き、今日休むことを伝えた。何度も公衆電話で受話器をとったが、体調だけでなくことばの調子がその日は最悪で、声が出なかった。どうしても電話ができないのなら、不精をきめて、無断欠勤という手もあったろうに、電話もできないほどの痛さだったと、翌日言い訳もできるだろうに、他の選択肢が全く浮かばないこの固さ、律義さ、愚直さ。電話は私に苦痛を与えるだけの道具だった。
 私に限らず、吃音に悩む人の具体的な悩みの筆頭は電話をすることだ。多くの人が電話にまつわる辛い体験を持ち、電話を苦手としている。電話さえなければこんなに吃音で苦しまなくてすんだのにという人もいる。
 4月入社の新社会人は今、電話のかけかたなどの研修中だろうか。一般的な電話のマナーはともかく、吃音に悩む人にとっては、電話とのつきあいは大きなテーマだ。電話で悩んできた先輩として、どもる人の電話と上手につきあう手掛かりを、論理療法を使いながら考えてみよう。フレッシュマンへの応援歌となればうれしい。

第1段階 電話をかける前
 電話をかける前の不安や恐れが入り込む前に、電話が鳴ったら間髪を入れずに受話器を取る習慣を身につけたい。しなければならない電話は、直ぐにかけることも大切だ。取ろうかやめようか、いつ電話しようかと思うと不安が大きくなる。なぜ不安や恐怖をもつのかも考えておきたい。これまでの電話による嫌な体験から、また、いたずら電話と間違えられて切られたり、怒鳴られるに違いないなどと思ってしまうからだろう。これは論理療法でいう《過度の一般化》だ。これまでの苦い体験が、今後も続くとは限らない。ガチャンと電話を切る人もいるだろうが、じっと聞いてくれる人もいる。人はいろいろだと考えた方がいい。

第2段階 電話での話し方
 「音声だけが頼りの電話だからすらすら喋らなければならない」と考えないことだ。音声だけが頼りだからこそ、早口だと通じない。これまでどもることでよく聞き返されたのなら、一音一拍、母音を押して丁寧にゆっくりと言うことを心掛けよう。どもるからではなく、相手により伝えるために、普段の話し方よりゆっくり話そう。
 また、本来の目的、相手に情報を伝えることに集中する。込み入った説明などの時は、伝えることをメモに書いておく。結論を先に言う習慣や、簡潔に要約して話す普段の努力も欠かせない。どもるどもらないにこだわると、これらの努力がおろそかになる。メモした文字を書きながら話すなど、工夫している人もいる。どもらない人なら見過ごしてしまうところで、私たちが努力することはある。
 また、コードレス電話のおかげで、歩きながら話せる、携帯電話で本人と直接話せるので楽になったという人もいる。

第3段階 落ち込まない
 得意先から「誰か他の者に代われ」と怒鳴られたり、上司から「電話もできないのか」と注意をされることがあるかもしれない。これらは、残念なことだが、だからといって自分をだめな人間だと思う必要はない。《過剰な反応》をして自分をおとしめることはないのだ。
 どのような場合でも、苦手な電話から逃げずに、最後まで電話した自分を褒めよう。
 吃音に悩む人がこんな苦労をしているなどは、どもらない人にとって想像もできないことだろう。多くの人は、電話を便利な道具として、楽しんでいる。電話を恐ろしいものだと考えるのではなく、便利なものだと考え、どんどん電話をするしかない。その内、悩んでいたことさえ忘れるほど、楽に電話している自分に気づくだろう。早口で何を言っているか分からない、流暢だが要領を得ない電話より、どもるけれど丁寧に、要領よく伝える努力をすることで、電話上手になる可能性がある。
 吃音親子サマーキャンプで出会う高校生の何人かが、みんなが持っている携帯電話を、どもるのが嫌さに持てないのだと嘆いていた。私たちの時代とは違う電話での悩みがある。しかし、どもるからと電話を恐れていたら損だ。たかが電話、されど電話。(「スタタリング・ナウ」2000年3月 NO.67)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/02/18

吃音と論理療法

 石隈利紀さんをゲストに迎えた、1999年秋の、論理療法をテーマした吃音ショートコースを紹介してきました。今日は、その最後、参加された方の感想を紹介します。

吃音と真剣に向き合った
            長野県・佐久総合病院外科医 結城敬
 まずはじめに、今回初めてこのようないに参加させていただき本当にありがとうございました。私の人生に影のようにつきまとっていた「吃音」というものとあんなに真剣に向き合ったことは初めての経験でした。これまではいつでも自分一人の問題として「吃音」を考えてきたのに、同じ悩みを持つ大勢の方々とお会いし、じっくりと話すことができたことは素晴らしい経験でした。また、みなさんこころゆくまでどもっていてとても感激しました。どもるということはけっして恥ずかしいことではないのだと実感できましたし、あのように「あじ」が出るなら、どもるのも悪くないなと思いました。また、どもらない人たちが、まるで自分のことのように吃音に対して真剣に取り組んで下さっている姿にも感激しました。この年になってこんなに深く感動したことは初めてです。人との出会いで得られる感動は、本を読んだり講演を聞いただけでは得られないほど大きなものです。素晴らしい3日間をどうもありがとうございました。
 少し自分の話をしますが、私の母親も私同様にどもっていて、電話が大の苦手でした。店屋物を頼むときなど、電話がうまくできずにいつも父親から「どうしてそんなこともできないのだ」と怒鳴られ、陰でこっそり泣いていた母の姿を今でも思い出します。子どもの前で怒鳴られる母親がかわいそうで、自分自身の吃音のことも忘れて私も一緒に泣いたものでした。いつの日か必ず吃音を完治させて電話を恐れない人生を送りたいと思いました。
 あれから30数年が経ち、父も母も年老いました。もちろん私は今でも吃音と共に生きています。現在私は長野県の山の中で癌を専門とする外科医者をやっています。世界中で莫大な費用が癌研究に投入されているにもかかわらずその成果があがらず、癌と闘うのは無駄な努力であるとさえいわれてきましたが、ようやく少しずつ原因が解明されつつあります。吃音は癌とは異なり、死にいたる病ではありませんが、社会生活における死に匹敵するほどの苦しみを与えることがあります。吃音を受容できず治療法を探し求めることのみに時間を費やし、本当に自分のやりたいことができなくなってしまう人がいるのは非常に残念なことですが、私の場合、ここまで母親と自分とを苦しめた吃音というものの正体をどうしても見たいのです。それがやりたいことなのです。それが、自分を肯定することなのです。というのは、最近私の甥に強い吃音症状が出始め、人とあまりつき合わなくなってきたからなのです。私自身は吃音に対する受容もできつつあり、もう治らなくてもいいような気がしています、けれども自分が生きている間に一歩でも二歩でも吃音の正体に近づきたい。そんな気持ちでいっぱいなのです。


私が参加する訳
             滋賀県・草津高校図書館司書 中嶋みな子
 「どもる人でもないし、ことばの教室の先生でもないのにどうして参加していますか」と尋ねられ、ふっとわたしにも分からず「何となく」とこたえてしまいました。
 「吃音ショートコース」という名称で、日本吃音臨床研究会が主催されているのです。ところが、中味は吃音というより、人の生き方、自分のからだやこころについて、共に話し合ったり、共に勉強したりするようなのです。とても不思議に思うことがあります。
 だから、吃音の人にもことばの教室の先生も吃音のことを話しながら、生き方を話し合っている。つらい吃音の体験を話しながら、みんな、イキイキとノビノビと映っている。
 人はみんな、異なる明るさや楽しさを持っていると自覚し、解放されるワークショップはこの「吃音ショートコース」以外にないのでは?と痛感します。
 今回の体験発表の松本さん、去年の同室だった岡本さんの時のように、泣き笑いの感動でした。石隈利紀さんの論理療法も実践的で分かりやすく理解もでき、何だか肩の力が抜けました。村田喜代子さんの講演も村田さんの生き方と個性にひかれました。「まっとうに生きる」が印象に残りました。
 私自身は去年よりも落ち着いて生き方を学べ、省みることのできた3日間でした。
 今は「だから私は参加しています」と答えます。答えになりましたでしょうか?

 選択肢を広げる
              広島市立皆実小学校ことばの教室 楢崎順子

 3年前、吃音ショートコースに初めて参加した。その当時、教室に通ってくる吃音の子どもたちを目の前に、どう支援したらよいか分からず悩んでいた。そして、成長して大人になったときの姿が見えないまま、子どもたちを支援することなんてできない、どうしても成人のどもる人に直接会って話してみたい、そんな強い気持ちから参加した私。
 共に語り、共に過ごしたあっという間の3日間。その間、私は吃音があるとかないとかいうことをすっかり忘れていた。「どもることは、悪いことでも、人より劣ることでもない」「どもっていてもあんなに素敵に生きていける」ということを確信して帰路に着いたことを昨日のことのように思い出す。
 それからの私は「どもっていても、それがあなただよ。そのままのあなたでいいんだよ」そんな思いが溢れる中、吃音の子どもたちと接してきた。"吃音をマイナスにとらえてほしくない"との思いも強く、子どもたちと吃音について語り合ってきた。その中で、ある子どもは「どもっていても、わざとじゃないから仕方がない」「無理に治そうとしなくても、まっいいか、自然によくなるかと思っていたら、ちょっと楽になる」と吃音はマイナスではないということをその子なりに理解してくれた。
 でも、「つまってもいいように、リラックスするために、この教室に来ているんだよ。ここでしっかり遊んだら、嫌なことを忘れてスッキリするもん」そのことばからは、「吃音を軽くしたい。治したい」という気持ちを持ち続けていることが痛いほど伝わってくる。そんな子どもたちをこれからどう支援していけばいいのか行き詰まり、3年ぶりに吃音ショートコースに参加した。
 今回、論理療法を学び、どうして行き詰まったのか、私の中のイラショナル・ビリーフを探ると「吃音を受け入れなければならない」という考えがあることに初めて気づいた。「吃音を軽くしたい。治したい」今のその子の気持ちがそうなんだから、それもひとつの選択肢、それもOKなんだということが分かった。そして「吃音を受け入れなければならない」から「吃音を受け入れるにこしたことはない」という考え方に変えると、気持ちがとても楽になった。これからは、その子の「吃音を軽くしたい。治したい」という気持ちに寄り添いながら、その子がその子らしく楽に生きていけるように支援していこうと思う。
 3年ぶりの吃音ショートコースは、また、新たな刺激を私に与えてくれました。

自分自身のために
                大阪府豊中市・看護婦 松本文代
 今まで娘の愛子と共に吃音親子サマーキャンプに参加していましたが、もうキャンプにつき合う必要もなくなり、これからは、自分自身のために活動してみようかなと思い、初めて吃音ショートコースに参加しました。
 参加するにあたり、『意見発表を希望される方は・・』というのが心に残り、娘の吃音との12年間と成長を皆さんに伝えたいという思いにかられました。発表にあたり、今までのことを振り返ってみました。こういう機会でもなければ、振り返ってみることもなかっただろうと思います。
 3歳からの発表に始まり、教育研究所に通ったこと、学習発表会で笑われ辛い思いをしたこと、伊藤伸二さんとの出会いによりサマーキャンプに参加するようになったこと、次々と思い出されてきました。サマーキャンプに参加するようになり、大阪吃音教室の方々とのふれあいの中での成長ぶりが、心の中を熱くしました。また、自分のことも振り返り、みつめ直すこともできました。
 自分の発表まで胸がドキドキしていましたが、マイクの前に立ち、マイクが高すぎてドッと笑いがとれてから、スーッと緊張もとれ、リラックスして発表することができました。初めて発表ということをしましたが、和やかな雰囲気の中で、安心して発表できました。思ったより反響があり、いろんな方から声をかけられました。看護婦ということもあり、医者や看護婦の方もおられ、話も弾みました。また、愛子を知っている方からも「愛子ちゃんによろしく」と言われたり、サマーキャンプでの話を聞かせてもらいました。改めて、娘の愛子の大きさに驚きです。
 午後からの石隈利紀さんの論理療法は、分かりやすくて、おもしろく、長時間というのも忘れて学ぶことができました。吃音だけでなく、仕事や日常生活など、いろいろな場面で活用できることが分かりました。今まで落ち込んだり、腹が立ったりすることが多かったように思いますが、考え方により、気持ちを楽にすることができるように思います。
 今回、ショートコースの参加と、意見発表により、自分が前向きに変われたような気がします。やはり参加するんだったら発表してよかったと満足感でいっぱいです。
 昨年は、『どもる人のための、からだとことばの公開レッスンと上演』に参加し、今年は吃音ショートコースでの意見発表をしました。来年も、何かに参加できるようにがんばろうと思います。(「スタタリング・ナウ」1999年12月 NO.64)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/02/15

吃音と論理療法

 タクシーを飛ばして、深夜、会場に駆けつけてくださる石隈さんを待っていた夜のこと、よく覚えています。初めて出会うのに、初めてという気が全くしない、そんな出会いでした。このときの吃音ショートコースの様子を、大阪吃音教室の東野さんが報告してくれています。紹介します。

吃音ショートコース〜ドキュメント〜報告
  大阪スタタリングプロジェクト 東野晃之


 1999年10月22日(金)から24日(日)の2泊3日間、日赤滋賀りっとう山荘で開かれた。ゲストには、今年のメインテーマ〔吃音と論理療法〕の講師に筑波大学の石隈利紀さん、特別講演に芥川賞作家、村田喜代子さんを迎えた。遠くは九州、仙台などから、成人のどもる人、どもる子どもの親、ことばの教室の教師、スピーチセラピストなど、総勢約80名が参加。2泊3日を報告する。

10月22日
PART1〔出会いの広場〕19:30〜

 参加者が知り合い、リラックスするための時間。
 大津市のことばの教室の木全さんの進行でジャンケンや自己紹介ゲームをする。歌を歌い、からだを動かし、相手と触れ合う。だんだんに緊張がほぐれ、参加者の表情が和らいでくる。次第に場の雰囲気が楽しくなっていく。

PART2〔論理療法・基礎の基礎〕20:30〜
 ウェンデル・ジョンソンの言語関係図を例にしたABC理論の説明の後、グループに分かれて各自が考えてきた吃音に関するイラショナル・ビリーフを発表し見つけていく。ひとりが1つの出来事(A)について発表し、その時の経験(その時の気持ち、悩み、固定観念など)を話し合うことを中心にすすめられた。A(出来事)、B(ビリーフ、考え方、固定観念)、C(結果、悩み)に区分していくのは難しい。吃音で悩んできた体験は、このABCが混然一体となっているからだ。

10月23日
PART3〔発表の広場〕9:00〜

◇『どもりを隠すことは自分がなくなること』◇
成人吃音者の体験 
 「どもりを隠すことは、自分を偽ることになる。そして、自分がわからなくなり、人生を失う…自分らしさを消して生き続けることはできませんでした…」穏やかな、説得力のある話だった。

◇『娘との12年間の歩み』◇
看護師 松本さん 〜吃音児の親としてまた自身の吃音体験から〜
 3歳の頃からどもり出し、保育所、小学校の発表会でどもって笑われ、話し方を真似される娘。不憫でどうにかしてやりたいという親の気持ち、小学校3年生の時出会った吃音親子サマーキャンプの体験、親子で出演した「公開レッスンと上演」、今高校受験を迎えた娘との対話、どもりながら看護婦の仕事に就く自分の近況など、娘との12年間の歩みをふりかえって話された。「私も娘に負けないように自分を成長させたい」からは、どもる子とどもる親、共通の悩みを持つ親子の歩みが伝わる。

◇『吃音親子サマーキャンプ報告』◇
 ことばの教室 教諭 松本さん
 今年で10回目を迎えた吃音親子サマーキャンプの、第1回目からふりかえる。劇の発表や子どものどもりについての話し合いなどが、プログラムに入れられる時、スタッフのスピーチセラピストと意見が対立し議論になった話は、このキャンプの源流を見た思いがした。

◇『友だちからはじめよう私にもできること』◇
 ことばの教室 教諭 八重樫さん
 「1時間中、ホワイトボードに電車の線路を書き、私に背を向けて駅名を叫び続けていました」
 このK君との出会い、指導法への模索と悩み、吃音ショートコースでのMさんとの出会いをきっかけにK君との新たな関係が出来ていく。「友だちからはじめよう」という、実践は、K君の様子をビデオで紹介しながら報告された。実際にビデオで見ると、鉄道マニアのK君に親近感が湧き、何か声をかけたい気持ちになった。

PART4・5〔吃音と論理療法〕13:00〜
講師 筑波大学 石隈利紀さん
〜どんなことがあっても決して自分をみじめにしないために〜

 論理療法というイメージから講師の先生にはどこか理屈っぽく、固いイメージを想像していたが、実際の石隈利紀さんは、物腰がやさしく、ユーモアに富んだ楽しい人であった。昼から夜までの長時間、講座に集中できたのは、話の巧みさもさることながらこのキャラクターの感じの良さにも助けられたのではと思われた。
 講座は、前半を論理療法とは何かについて、その背景やABCDE理論などを説明され、後半は実践編として、イラショナルビリーフを軽くするプロセス、イラショナルビリーフを修正するなどをグループ実習などを入れながら講義された。
 論理療法は、1つの出来事に対して1つの選択ではなく、選択肢を広げる習慣をつけることをすすめる。よって選択肢療法とも言える。
 ひとつの実習の例を挙げよう。
A.私は人前で上手く話せないので
B.ダメな人間だ
Aに続くBの選択肢をみんなで探した。
 石隈さんは、この例題は学校の教師向けの論理療法の講義のときにもよく使う例だそうだ。もちろん、この例は私たちにぴったりだった。マイクがどんどん回り、「発表の中味で勝負しよう」「他の伝え方を考えよう」「聞き上手になろう」「うまく話せませんと断ってから話をしよう」などで、ホワイトボードがいっぱいになっていく。
 また、「こんなに続けて遅刻するようなやつは、将来ろくな人間にならない」は人間を評価する表現である。評価の焦点は、遅刻という「行動」であり、「人間」ではない。人間は誰も評価はできない。誰もが生きる意味をもっている。だから、「あなたは続けて遅刻した。遅刻が多いのはよくない」「遅刻をすると大事な話が聞けなくて損だ」などと表現を修正。
 夜は、コミュニティアワーという参加者の交流のための時間だった。1日目も2日目も、あちこちでいくつかのグループが出来ていた。時間を忘れてしまうくらい話は弾んだ。石隈さんは、長時間の講座が終わったばかりでさぞかしお疲れであったろうに、参加者の質問や感想に熱心に耳を傾けておられた。
 明日の特別講演の講師村田喜代子さんはこの日夜遅く到着されたがすぐ、参加者の中へ気さくに加わって下さり、いつの間にか吃音談義の中心となって話されていた。話は尽きず、その後村田さんのお部屋で夜遅くまでお酒を飲みながら文学の話などで盛り上がったようだ。

10月24日
PART6〔対談:吃音と論理療法〕石隈利紀さん・伊藤伸二さん 9:00〜

 爆笑に次ぐ爆笑。楽しい、おもしろい対談だった。息の合ったふたりはまるで漫談を楽しんでいるようだった。吃音者の人生や、これまでのセルフヘルプグループの活動を論理療法から整理する、深まりのある対談となった。アメリカでの論理療法の話や創始者アルバートエリスの素顔、論理療法は案外アメリカより日本の方が積極的に吃音に活用されているなどが話題となった。

PART7特別講演「吃音礼讃」13:00〜
講師(芥川賞作家)村田喜代子さん
 講演では、両親や影響を受けたどもりの叔父のこと、幼少時からの生い立ちなどについて吃音体験に触れながら話された。
 どもりについては、「不便で不自由には思うが、みじめに感じ、悩んだ経験はない」。電話や講演などでどもってことばが出ないことがあるが、「傾向と対策を用意している」。「どもるのは、相手が悪い」という話には、さすがに感心させられた。
 吃音礼讃にも書かれていたが、「もっとどもろうよ、出来たらどもりがキャラクーになるようなどもり方をしよう。どもる人間は貴重な存在なんだからね」などの話もあって、楽しく、愉快な講演だった。「どんなことがあっても決して自分をみじめにしないために」この論理療法学習のタイトルは、村田喜代子さんの講演に使ってもおかしくはなかった。石隈さんの講座が理論編なら、村田さんの講演は、まさに体験的実践編と呼んでもいい内容だった。村田さんは、「どもりであれば〜みじめに落ち込んでも当然である」という選択はしない。後には、〜不便で不自由である。〜傾向と対策を考える。〜聞く人に負担をかけないようなどもり方をする。〜どもらない人より中身が濃い。〜ことばに重層さがある。など、決して自分をみじめにしない選択をされる。自分を幸福にするのも、みじめに不幸に感じるのも、自分の選択次第であることが、お話からよく分かった。
 1999年の吃音ショートコース「吃音と論理療法」は、まさに絶妙のゲスト構成であった。(「スタタリング・ナウ」1999年12月 NO.64)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/02/14
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