伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

竹内敏晴

奇跡の人

 竹内敏晴さんの、大阪での定例レッスン「からだとことばのレッスン」の事務局を、竹内さんが亡くなるまで10年以上していました。毎月第2土日がレッスンの日でした。2日間、竹内さんからいろいろな話を聞きました。ヘレン・ケラーとサリバンの話は、特に印象に残っています。
 僕が、舞台「奇跡の人」を観た後に書いた巻頭言を紹介します。ヘレンとサリバンの関係を、エリクソンの社会心理的発達論で説明していますが、その後の講義や講演の中で、この話をしばらくしていました。「スタタリング・ナウ」2003.5.17 NO.105 の巻頭言です。

  
奇跡の人
             日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 40年も前に見た映画、『奇跡の人』が鮮明に生き続けていたのは、サリバンとヘレンのすさまじい格闘から、ポンプから手に当たる水で、「ウォーター」とことばを発見する感動的なシーンと、サリバン役のアン・バンクロフト、ヘレン・ケラー役のパティ・デュークの熱演があったからだろう。ふたりは、アカデミー賞の主演女優賞と助演女優賞を受賞する。あのときは、何の疑いもなく、人が人を教育することの可能性と、人が変わることのすごさに感動したのだった。
ヘレンとサリバン_0002ヘレンとサリバン_0001 40年後の4月に観た、大阪の近鉄劇場の『奇跡の人』の舞台は、大竹しのぶも若い女優も熱演なのだが、ずいぶんと印象が違っていた。竹内敏晴さんから、何度も話を聞いていたからだろう。『ヘレン・ケラー自伝』(ぶどう社)と、『ヘレン・ケラーはどう教育されたか』(明治図書)の、サリバンが親友のホプキンスに出した手紙の事実と芝居はかなり違っている。これらの自伝をもとに、事実をそのまま戯曲化した方が、より劇的で伝わるものも多いのではないかと思うと、少しもったいない気がしたのだった。
 サリバンとヘレンとのかかわりは、アイデンティティーの概念で知られる、心理学者エリクソンの社会心理的発達論で見事に説明づけられる。サリバンとヘレンは、基本的信頼感、自律性、自発性、勤勉性の階段を上るように共に生きたのだ。
 映画や舞台のシナリオでは、「ウォーター」とことばを発見した時に奇跡が起こったとあるが、サリバン自身が、「奇跡が起こりました」と手紙に書いているのは、この場面ではない。他人の皿に手を突っ込み、わしづかみで食べるヘレンに、「私はまず、ゆっくりやり始めて、彼女の愛情を勝ち取ろうと考えています。力だけで彼女を征服しようとはしないつもりです」と、まず基本的信頼感を育てることを考え、二人きりの2週間の生活を提案する。この生活の中での、乳児期の母と子に近い関係がなければ、次の展開はなかっただろう。サリバンの気配を感じると逃げていたヘレンが変わっていくのを、サリバンは手紙にこう書いている。
 「今朝、私の心はうれしさで高鳴っています。奇跡が起こったのです。知性の光が私の小さな生徒の心を照らしました。見てください。全てが変わりました。2週間前の小さな野生動物は、優しい子どもに変わりました。今では、彼女は、私にキスもさせます。そして、ことのほか優しい気分のときには、私のひざの上に1、2分は乗ったりもします。しかし、まだキスのお返しはしてくれませんが」
 野生動物のようだった、ヘレン・ケラーとの間に、基本的信頼に近い感覚が芽生え始めたことを、サリバンは、「奇跡が起こった」といっている。ここまでの取り組みがいかに重要で、それがいかに難しいことであるかを、サリバンは「奇跡」ということばで表現しているのだと言える。
 2週間後に家に帰ったとき、教えた方法ではなくてヘレンが自分のやり方でナプキンをしたのを、サリバンはやり直しをさせず、「そのあなたのやり方でいいんだよ」と、無言のOKを出した。ヘレン・ケラーの自律性が尊重されたことによって、さらに信頼感は確実なものになっていく。そして、その後の自発性、勤勉性へと続くことでことばを獲得していった。
 サリバンの「この子は力がある。きっと変わる」という大きな信頼の中で、二人はお互いにゆったりとした、安心できる人間関係を作っていく。そのリラックスした生活の中で、井戸の水を静かに手にかけてゆっくりと「ウォーター」と書いて、あの「ウォーター」が起こる。
 芝居や映画のように、格闘し、つかみ合って、井戸に引きずっていって、あの感動的な「ウォーター」が起こったのではない。ヘレンの自伝にも、サリバンの手紙にもはっきりと書かれている。
 私は人間と人間を結びつけるのは、ことばだと思っていた。どもるためにことばがうまく話せない私は、人間関係が作れない、保てないと思っていた。しかし、ヘレンとサリバンの初めの頃の関係の中では、ことばは全くない。人と人とが直に向き合う関係の中で、教える・教わるという役割を越えて響きあっていた。
 「ウォーター」のシーンや、ナプキンの話を、竹内さんから聞いていなかったら、ヘレンの自伝や、サリバンの手紙を読むことなく、大切な部分を見落として、40年前と同じ感覚で舞台を見ていたことだろう。(「スタタリング・ナウ」2003.5.17 NO.105)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/02/18

私と『スタタリング・ナウ』5

『スタタリング・ナウ』100号記念特集 5 

 100号記念に、たくさんの方からメッセージをいただきました。前号に続いて、読者の皆様から私たちへの応援歌として、うれしくいただきました。こんなにいろんな分野の人が応援してくれていたのだと思うと、気持ちが引き締まります。ありがたいことです。


  
吃音を巡るX軸、Y軸、Z軸について
                     石隈利紀 筑波大学心理学系教授(茨城県)
 大変な思いで1号を開始され、それぞれの号に大会や研修会の案内や様子を盛り込みながら、100号に到着されたのですね。みなさんの熱意と体力のたまものだと思います。そしてひょっとしたら、「今回はこれでとりあえず凌こう」という柔軟なビリーフにも支えられたのではないでしょうか(勝手な推測でスミマセン)。定期的にメッセージを送り続けることは、相手への思いを贈り続けることですね。脱帽です。
 夏の「第2回臨床家のための吃音講習会」では吃音を巡る、X軸、Y軸、Z軸について議論されました。
 X軸は「話し手」の話すという行動に焦点を当て、Y軸は「聞き手」の聞くという行動に焦点を当てます。人の苦戦は、個人と環境の折り合いに影響を受けます。そこでは、聞き手は、話し手が話しやすいように、話し手と環境の折り合いがうまくいくように配慮します。そして、Z軸は話し手の自分の行動(吃音)についての態度です。ここでは、話し手が自分とどう折り合いをつけるかがポイントになります。
 X軸の吃音に対してのアプローチをどうするかについて、論理療法を活用して、Z軸から、X軸をながめてみるとどうでしょうか。

ゝ媛擦鮗す努力を否定する。(脱治療スタイル)
⊂綣蠅墨辰擦襪砲海靴燭海箸呂覆ぁ上手に話せるようベストを尽くす。でも上手に話せないからといって、私がダメ人間というわけではない。(マイベストスタイル)
上手に話せないことは不便だ。でも人生にはたくさんのことがある。吃音であるかどうかは関係なく、私は人生を楽しむ。(人生エンジョイスタイル)

 ´↓には共通して、「私は吃音である」ことを受け入れ、「吃音であることに人生を脅かされない」という柔軟なビリーフがあります。一方、´↓は、X軸に対するアプローチについては少しだけ異なります。
 (脱治療スタイル)では、X軸へのアプローチ=吃音の治療ととらえ、X軸へのアプローチにこだわることを否定しています。
 (マイベストスタイル)では、X軸へのアプローチ=吃音の治療ととらえているかもしれませんが、X軸と適度につき合う姿勢があります。
 (人生エンジョイスタイル)では、X軸を自分の生活の状況と幅広くとらえています。そして吃音を、X軸のたった一つの状況ととらえます。人生には、たくさんのできごとがあるからです。

 (脱治療スタイル)、(マイベストスタイル)、(人生エンジョイスタイル)は、それぞれに意味があります。人生の喜びをみつけ、柔軟に生きている人は、人生エンジョイスタイルを実践していると言えます。マイベストスタイルの人は、「話す」ことに工夫しながら、自分の中にある「私は上手に話すべきだ」というイラショナル・ビリーフに対処しています。このイラショナル・ビリーフがある程度あるときは、「上手に話せないからといって、私はダメ人間ではない」と自分に言い聞かせることは、適切だと思います。
 さて、脱治療スタイルは、どうでしょうか。もし自分が吃音への治療に長年こだわってきたとしたら、あるいは多くの人が吃音への治療にこだわっているとしたら、吃音の治療から自分を解放することが、第一の課題なのではないでしょうか。吃音の治療から脱出することは、吃音の治療に成功しなかったという理由で自分を責めることをやめることです。吃音の治療から自分を解放することで、自分を取り戻すことです。
 伊藤伸二さんは、論理療法にいち早く取り組んでこられました。(「論理療法」と意識する前から論理療法的な援助実践をされてきたようです。『論理療法と吃音』参照)。そして伊藤さんは、マイベストスタイルや人生エンジョイスタイルを多くの仲間に伝え、多くの仲間を支えて来られました。でも同時に脱治療スタイルを強調されるのは、多くの人が吃音の治療にこだわって苦戦している状況を何とかしたいと思っておられるからではないかと、思います。
 「吃音の治療へのこだわりを蹴飛ばすことから、自分の人生が始まる」…伊藤さんは、そう伝えたいのではないでしょうか。『吃音者宣言』には、自分が自分の物語の主人公になるという強い意志を感じます。

【吃音ショートコースでの伊藤との対談は大いに弾みました。どもりを考えるとき、論理療法は本当にぴったりです。楽しいひとときが素敵な本になりました】


  拍手代言
                            竹内敏晴 演出家(愛知県)
 毎号、ことばがひっかかることに、むき出しにあるいはひそかに苦しみ抜いて来た人が、同じ苦しみに悩む人に出会って語りあった時の、安堵、受け入れられた喜びが語られている―これが第一。
 聴覚言語障害だったわたしにとってひとごとでなく感じられると同時に、そういう体験がありえなかった自分を改めて考え直すこともあります。
 第二に、毎号の伊藤伸二さんのいつも熱意の溢れる文章。よくまあ毎回ネタがつきないなと感心するが、訴えたい、あるいは反駁したい事柄が詰まっていて、かれの明るいエネルギーに拍手を送りたい。
 どうか、ことばのひっかかりに悩む人々が、息深く、めげず、自分のことば、自分独自の語り方を見つけ出し身につけられるように、一歩一歩あるかれんことを。

【竹内さんとの出会いは、「吃音症状に対してではなく、声やことばのレッスンは必要だ」とする私たちを、理論的、実践的に支える大きな力となっています】

鴻上尚史手書きのメッセージ                       鴻上尚史 劇作家・演出家(東京)
 吃音ショーコースでは、僕自身、大変有意義な時間を過ごさせていただきました。
 僕自身“表現するとは何か?”“お前は何のために表現するのか?”と問いかけた2日間でした。この経験は長く僕の中で、僕を支え続けてくれると思います。幸福な時間を過ごさせていただいて、ありがとうございました。

【私たちとは全く違った世界にいる人だと思っていた鴻上さんが英国留学という体験をして下さったおかげてとても身近な存在になりました】


  どもる人に会うとうれしい
                             芹沢俊介 評論家(東京都)
 子どものころどもる人がとても魅力的に映ったものです。身体障害者を身のこなしに独特の癖のある人というように考えた(子どもは放っておけば素直にそう考えます)のと同様、吃音の人を発語の仕方に独特の癖のある人だと考えていました。だから子どもの私は真似しようとしたものです。
 今もどもる人に会うとうれしくなります。大好きだった広沢虎造という浪曲師が次郎長伝のその外伝として武居のども安(安五郎)について「武居のども安鬼より怖い、どどとどもれば人を斬る」と語っていたのをラジオで聞いて育ったせいもあるかも知れません。
 清水次郎長よりもども安の好きな私は、伊藤さんにときどき「ども安」を感じ、にやりとします。

【「吃る言語を話す少数者という自覚は実に新鮮である」と、週刊エコノミスト(毎日新聞社)の書評欄で、『新・吃音者宣言』を紹介して下さいました】


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/01/22

第32回 吃音親子サマーキャンプ、無事、終わりました

荒神山 丘 台風がほんの少し早く抜けてくれて、無事、第32回吃音親子サマーキャンプを開催することができました。昨年、たくさんのリピーターが卒業式を迎えたことと、2年間の中断が影響して、リピーターが減って、初参加が多く、2回目の人と合わせると、8割くらいでした。
 これまで自然と培われていた伝統や文化がどうなるのだろうと、少し心配でしたが、新鮮な出会いを楽しみながら、「今までどおり」は通用しないので、丁寧に対応していこうと思っていました。
 始まってみると、確かに最初は固い表情の人も少なくなかったのですが、だんだんと、毎年のように和やかな雰囲気になっていきました。
 今年のプログラムは、コロナ前と同じ、フルバージョンで行いました。
 吃音についての話し合い、演劇、話し合いと話し合いの間に設けた作文、ウォークラリー、親の学習会、どれもサマーキャンプには欠かせない大事なプログラムです。親のパフォーマンスも、最初はリピーターが少ないので難しいかなあ、やめようかなあとも思ったのですが、やっぱりちょっと負荷のかかった課題に挑戦してもらおうと思い、設定しました。練習が始まると、いつの間にか、これまでどおり、わきあいあいで、話し、動き、笑い、みんなで作り上げていく姿を見ることができました。話し合いをしてきたグループだからこその結束力でした。これまで大切してきた伝統や文化は、しっかりと根付いていたことを再確認できました。

 スタッフは、当日、初めて顔を合わせる者もいる中、子どもに対する目が温かく、子どもを大切にすることが自然にできているのがよく分かります。ひとりひとりが、その場で、それぞれの役割を果たしていること、そしてそれを信頼する仲間であること、自然に育まれるその雰囲気がなんとも言えず、居心地のいいものでした。このスタッフのチームワークは、本当に不思議で、とてもありがたく、誇らしく思います。
 終わってみれば、今年もまたいいキャンプでした。
 大勢の人の力が集まって、サマーキャンプというすてきな空間が作られているのだと思います。
 感想文が届き始めていますが、いつも演劇のための事前の二日間、スタッフに演劇指導をしてくださる、東京学芸大学教職大学院の渡辺貴裕さんの感想をまず紹介します。noteからです。

 (https://note.com/takahiro_w/n/nccfd06b1b104 参照 2023年8月24日)
          子どもがもつ力に圧倒される
       〜第32回吃音親子サマーキャンプに参加して〜
                      渡辺 貴裕
 第32回吃音親子サマーキャンプ(主催:日本吃音臨床研究会)を終えた。
 どもる子どもと親が、琵琶湖畔にある荒神山自然の家に集まり、2泊3日を共に過ごす。
 どもる大人(成人吃音者)やことばの教室の教師や言語聴覚士などもそこにスタッフとして加わる。
 8月18日(金)〜20日(日)に開かれた今回、2000-2001年のコロナ禍による休止を挟んだ影響か、子ども&親のリピーター参加が減っていたが(初参加者率増)、それでも参加者は全体で80名ほど。大阪・兵庫を中心に、三重やら千葉やら神奈川やら鹿児島やら全国から集まる。
 学生時代から、かれこれ連続22回目の参加になる。なぜ私はこうして参加し続けているのか。 今でこそ竹内敏晴さんの後を継いで事前合宿でのスタッフ向け劇の指導を担当するようになってはいるが、元々はそうではないのだし、別に、演劇教育の専門家として参加しているわけではない。もちろん、吃音の専門家でもない。また、ボランティアとして他人の役に立つために、というのもちょっと違う。むしろ、「専門家」でも「ボランティア」でもなく、何も背負わない者としてその場に居て、それでいてかつ(あるいは、だからこそ)、子どもがもつ力に圧倒される、人間ってすごいなあとしみじみ思える、そんな経験を毎年できるから、私は参加し続けているのだと思う。
 1日目の話し合いでは(吃音の調子もあってか)一言もしゃべらなかった高校生の子が、2日目の話し合いでは、自分が就きたい仕事のこと、オープンキャンパスに行って「どもっててもその仕事でやっていけるか」尋ねたときのこと、なぜその仕事を目指すようになったのかといったことを、時々言葉が出なくなりながらも、話す。周りのメンバーは、それにじっと耳を傾ける。ごく自然に、けれども極めて濃密に、話すことと聴くこととが行われる。
 2日目朝の作文で、ことばの教室のこととキャンプのことを書いてきた小学生。どちらもすごく楽しい、特にことばの教室は、学校の中で一番楽しい時間だという。ただし、その楽しさは、椅子取りゲームとか、いっぱい「ゲームができるから」。「じゃあキャンプの楽しさは?」と尋ねてみると、その子いわく、「キャンプの話し合いでは、吃音でイヤだったこととか、みんなの、吃音への思いを聞ける」。「相手の気持ちを分かれて、うれしい」と。子ども自身が、吃音と正面から向き合うこと、仲間とつながることの価値を認識している。
 担任の先生への怒りを作文にぶつけた小学生もいる。「ゆっくり話して」と言ってくる先生に対し、「ゆっくり言おうとどもるもんはどもるんだから、そういう問題じゃない」。「知らないように知ってるように言うな」と。そうやって言語化できることの強さ。
 私自身、3日間というほんのわずかな間に、子どもへの見方をどんどん塗り替えられる。
 話し合いのときには引き気味で、あまり自分のことをしゃべらなかった子が、劇の練習のときには自分なりの工夫なり表現なりをバンバン入れて、周りの笑いと喝采をかっさらっていったりとかも。こんなふうに、子どもってすごいなあと思わされることの連続だ。それは、普段自分が背負っているものを降ろして、ただただ、人がもつ力の前に謙虚になれるということでもある。
 吃音のキャンプは他の場所でも行われるようになったけれども、こうした関係性をもてるのはなかなかないという。他だと、ことばの教室の教師なりの専門家が準備してプログラムを提供する、という形になりがちだし、成人吃音者が来る(招く)場合でも、「吃音の当事者や先輩の話を聞く」といったプログラムの一部に組み込まれてしまいがちだそう。それはそれでよく分かる。「教師」なり「専門家」なり、というのは、「ちゃんと自分が役に立たないと。何かやってあげないと」と思ってしまうものだから。
 一方、この吃音親子サマーキャンプは、「専門家」が何かを提供するという図式ではない(ことばの教室の先生も参加してるけれど、むしろ、自分が学びにきている気分だろう)。もちろん、支柱としての伊藤伸二さんの存在は大きいが、キャンプそのものに関しては、どもる子どもも親も(時には子どもの兄弟も)スタッフも一緒になって場をつくっていく。
 劇の練習のときのリードとか話し合いの進行&記録とか食事の準備とかシーツの管理とか、スタッフが担う役割はいろいろあるものの、スタッフみんなが同じように担うわけではないし(臨機応変に入れ替わりもするし)、親が担うものもあるし、名前がつくような「役割」ではないけれど、キャンプ卒業生でもある若手スタッフらがいきいきと人前でしゃべったり子どもとかかわったりしてさまざまなタイプの「わが子の将来像」を示すといった、私が決してできない類の「役割」もある。
 そんなふうに、参加者同士が固定的な関係に陥ることなく、一緒につくる。だからこそ、子どものすごさに圧倒されることが可能になるのだろう。自分の背負っているものを降ろすからこそ、純粋に、人のすごさを楽しめるのだろう。そうした時間をもてるのは私にとって貴重で有難いものだし、それは他の参加者にとってもそうなのかもしれないと、思う。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/08/24

ことばの力

 この夏、第10回親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会が終わった直後に、千葉県の合同夏季研修会で全体講演をすることになっています。千葉県では、全面的ではないけれど、久しぶりに対面での研修会だとのことです。僕のことばが、参加している人たちに直に伝わる場に呼んでいただけたこと、とてもうれしく思っています。そのときの配布資料の締め切りが昨日で、相変わらず、ぎりぎりまで手直しをしていました。これだけ準備をしたとしても、当日は、そのときに一番話したいと思うことを資料に関係なく話すことになるのだろうと思いつつ、大切なことが漏れないよう、資料で補っていただこうと思い、準備しました。
 目の前にいる人に、今、このことを伝えたいと思う「今、生まれてくることば」を大事にしようと、竹内敏晴さんは言っていました。竹内さんが、事前に準備したパワーポイントを読み上げて話をするなど考えられないことであり、絶対にしなかったと思います。
 目の前のあなたに伝えることばには、それだけの力があると信じているのです。
 今日は、「スタタリング・ナウ」2002.1.19 NO.89の巻頭言を紹介します。

    
ことばの力
                     日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 「どもるから言えないのだ。どもりさえ治れば、もっといっぱいしゃべれるのに」
 ずっとそう思っていた。人と触れ合いたくて、友達が欲しくて、どもらないことばを追い求めてきた。それが、ことばは万能だとする、うわついた、ことばへのあこがれと、ことばを使ってこなかった人間の経験のなさからくる認識不足だと気づいたのは、21歳の自分をいっぱい語る経験をしたからだ。
 どもるのが嫌さにずっと話すことを避けてきた私が、どもってもいいと思える相手と心ゆくまで、自分にとって嫌なこと、腹が立ったこと、困ったこと、悔しかったことなどを、いっぱい話す経験をした。この時のうれしさ、ここちよさは今でも忘れない。
 どもるのが嫌さに口をつむぐより、どもりながらでも話した時の心地よさを体験すると、もうどもるのが嫌だからと、話さない世界へは戻れない。そうして、恐る恐るではあっても、話すことを選び始めた頃、どもるから言えないのだと思ってきたが、そうではなかったことに気づいた。どもるどもらないにかかわらず、私に「内なることば」がないことに愕然としたのだ。
 苦しかった過去のことは聞いてくれる人がいたら話せるが、自由な会話で人と向き合ったとき、何を話してこの人と時間を共に過ごせばいいのか、どうあいさつをかわせばいいのか、相手の話にどう反応すればいいのか、分からなかった。吃音に悩み始めた小学2年の秋からの孤独な生活は、必要最低限のことばしか使わない生活を余儀なくし、ことばのない世界にいたのと同じことだったからだろう。
 21歳の、恐る恐ることばの海に泳ぎ始めた頃には想像もできないことだが、私が、現代のことばの名人といっていい、詩人の谷川俊太郎さんと、600人ほどの聴衆を前に、公開の対談をした時、谷川さんの話の中の、「管」にこだわったのは、孤独な生活の中で、私の「管」は、ぼろぼろになり、錆びついていたのではないかとの思いが浮かんだからだ。
 吃音でなかったら人は話せるものだろうか。日常会話は流暢に話す15人の大学生と6日間、話すよりも沈黙の多い時間を共にすると、どもらなくても人は話せないのだということが、誠によく実感できる。
 昨年末に、非常勤で出講している龍谷大学の6日間の集中講義が終わった。社会福祉系の心理学の講座で、「ベーシック・エンカウンター・グループ実習」の講座だ。9時20分から18時40分まで、6日間を15人の学生と、何のテーマもなく一つの輪になって過ごす。昨年より倍以上増えた学生の多さに戸惑いながら、実習はスタートした。話したいと思ったときに話をし、話せと強要されることはない。全員が初めての経験なので、少しはグループについて話はするが、「では、これから始めます」のことばと共に沈黙が始まる。最初の2時間ほど、輪になった16人が何もしゃべらずに沈黙する姿は端から見ていたら、なんと異様な光景だろう。
 たまりかねた人が語り始めるが、誰も反応しない。また沈黙。1日目のレポートに学生の全てが、「これは一体何なのだ、イライラして、とても疲れた」と書いた。2日目もあまり変化はない。多少は話す人が出てくるが、反応がない。
 時々、休憩を挟むその時がおもしろい。学生は先程の沈黙のうさを晴らすようによくしゃべり、生き生きし始め、よく笑う。その姿を見ながら、私はこの、休みの時間が怖く惨めだったなあと、子どもの頃のことをふと思い出した。
 あまり皆話さないので、小さなグループに分けてはどうかとの提案や、テーマを決めて欲しいという要望にのってしまいたい気持ちにもなる。頑なにベーシック・エンカウンター・グループにこだわった。それが、3日目の午後から大きく動いた。「自然に反応している自分に気づきました。安心して話せる雰囲気が出てきました」「普段では絶対話せないことを話して、皆が真剣に聞いてくれてうれしかった」などが、3日目のレポートに書かれていた。4日目には生活に根差した、大きな事柄が話され、全員が何らかのレスポンスをして、前半の秋の4日が終わり、年末の2日の実習が楽しみになったようだった。
 そうして迎えた年末の2日間、「自分を語ることの難しさ、緊張、恥ずかしさを知った。人の話を聞くことの難しさを知った。とても不思議な体験でした」とのレポートの最後に、参加して本当によかったと全員が書いてくれたことで、疲れがとれた思いだった。必修科目でもないのに一人のリタイアもなく、6日間を15人が共にいられた。学生の素晴らしさを思った。
 楽しく雑談することばと、自分を率直に自己開示することばは、全く違う言語なのだと考えていいだろう。この違う言語をどう耕し育てていくか。
 ことばの世界は気が遠くなるほどに深い。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/07/05

吃音親子サマーキャンプ、それぞれのプログラムのもつ意味 2

 昨日のつづきです。こうしてそれぞれのプログラムのもつ意味を書き上げてみると、それぞれがなくてはならないプログラムであることがよくわかります。よくできたプログラムだと、自分でも感心するくらいです。

演劇のもつ意味
 どもることを否定的に考えていると、子どもの声は小さくなり、不明瞭で、相手に届かなくなってしまう。からだはこわばり、緊張が強くなる。その子どもたちのからだや声に向き合う。相手に向き合うからだを耕し、相手に届く声、生きる力となる声をともに探る。さらに、自己表現の喜び、楽しさを体験して欲しいと、キャンプでは演劇に取り組む。
 最終日に上演という目標はあるが、それはあくまでも結果である。練習を通しての、ことばのレッスンを大切にしている。劇を指導する中心的なスタッフは、どもる人のセルフヘルプグループである大阪スタタリングプロジェクトの人たちだ。10年以上も竹内敏晴さんの「からだとことばのレッスン」を受けてきていて、声を出す喜び、劇に皆で取り組む楽しさ、喜びを経験し、知っている人たちである。どもって、なかなか声が出ない子どもに、自分の体験を踏まえながら関わる。休憩時間も、特訓を願い出る子どもがいるくらい、皆熱心に取り組んでいる。だから、劇の練習は、厳しかったが、楽しかったと言う子どもは多い。
12回サマキャン 2 この演劇は実にぜいたくなものだと言える。演劇の演出のプロである竹内敏晴さんが、このキャンプのためにシナリオを書いて下さる。子どもの声のレッスンになるよう、楽しく取り組めるよう、大勢の子どもが出演できるよう、楽しく歌う歌も入るなど、いくつかの条件がある。今年は何をするか、いつも苦労をしながら作られたシナリオに、楽しい、弾む演出をしていく。舞台構成がなされる。参加できるスタッフが1泊2日の合宿で、竹内さんから演出・指導を受ける。この合宿がまた実に楽しい。文字に書かれたシナリオは、正直にいって、あまり楽しいとは思えない。それが実際に演出していただくと、実に楽しくおもしろい。今年は、ミヒャエル・エンデの『モモ』が選ばれたが、スタッフの大人が演じていてとても楽しい。子どもたちもきっと喜んでくれるだろうと確信を持つ。これまで、宮澤賢治の『セロ弾きのゴーシュ』『注文の多い料理店』や木下順二の民話に取り組んできたが、オリジナルのシナリオ集として価値あるものだろうと思う。歌あり踊りありの竹内さんの独特の世界に、今年はどんな劇をするのか、参加する子どもの一番の関心にもなっている。
 大勢の人前で劇を演じる、これほどどもる子どもにとってプレッシャーを感じる場面はないだろう。日常生活で話すことに苦労している子どもたちに、キャンプに来てまで、人前で劇をするような、プレッシャーを与えることはないだろう、とキャンプを始めた頃、反対の声もあった。あえて、キャンプに演劇を取り入れたのには大きな理由がある。
 一日目の夜、竹内敏晴さんに演出・指導を受けたスタッフがみんなの前で見本として演じてみせる。どもるどもらないに関わらず、真剣に、本当に楽しそうに大人が演じている。その姿を見て、子どもたちはおもしろそうだと思うのだろう。その年その年で人気の役がある。グループに分かれて、配役を決め、せりふの練習が始まる。
 《どもってもいい》は、このキャンプの大きな前提だ。その上で、自分で気持ちよく声を出そうとか、相手に声を届けようとか、大きな声を出そうとか、を目指している。どもる大人が竹内さんに指導を受けて感じた、声を出す喜びを子どもたちにも味わってもらいたい。芝居を取り入れた大きな理由のひとつである。
 それにしても舞台に立つということは、緊張感を伴う。後に引けないところに自分を立たせるということになる。その場で何をどう感じるか、だ。
 今年、長崎から参加した小学6年生の男子のひとりは、なかなかことばが出てこなかった。演劇は嫌だと、「演劇はしないからね」と明言してキャンプに参加した子どもだ。だから、練習の場にはいるが、最初は練習に加わらなかった。スタッフも無理強いはしない。無理強いはしないが、ぽんと後押しはすることがある。このタイミングが灘しい。ケースバイケースだが、不登校の初期の子どもに、登校刺激を与えることが功を奏すこともあるという。それと同じように、無理強いはしないが、声はかけてみる。
 彼と同じグループに、同じようにせりふが言いにくく、でもその場から逃げていない高校生がいた。必死でせりふを言っているお兄ちゃんの姿を食い入るように見つめていた彼の姿が印象的だった。その高校生が練習する姿を、ほかのどの子どもより真剣にみつめていた。その時、彼はどんなことを考えていたのだろう。何かが動いていたのだろう。最終的に彼は、上演の場で、一言せりふを言った。結局は演劇に参加したのだ。
 みんなでみんなを支え、ひとつのものを作り上げる喜びを感じることができるのが演劇のもっ大きな意味だ。

作文教室のもつ意味
 話し合いと話し合いの間に設けた作文の時間。話すという表現方法が苦手な子どもにとっては別な表現方法を用いて自分を振り返ることになる。書くことで自分を表現できる子どももいる。
 また、2回目の話し合いは、作文を書いたことで、別の展開ができることもある。中には、作文を書いたことで、深く自分をみつめて、しんどくなる子どももいるが、それは決してマイナスには働かない。今まで閉じていたものを開けてしまった戸惑いはあるが、それは、出発点となる。
 作文は子どもだけでなく、親もどもる大人も書く。ひとりで自分のどもりと向き合う時間となる。(つづく)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/06/08

第1回 臨床家のための吃音講習会〜どもる子どもへの支援のあり方を探る〜 2

 6月に入りました。24・25日の新・吃音ショートコースに始まり、7月29・30日は愛知県で親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会、8月18・19・20日は滋賀県で吃音親子サマーキャンプと、わくわくするイベントが続きます。まさに「吃音の夏」です。
 今日は、一昨日のつづき、岐阜大学で開催した第1回臨床家のための吃音講習会の報告です。「スタタリング・ナウ」2001.10.20 NO.86では、村瀬さんの総括の後、板倉さんの報告が掲載されています。紹介します。

  
キーワードは「臨床家」
                         岐阜県立岐阜聾学校  板倉寿明

 昨年の吃音ショートコースの休み時間のことでした。「どもる人自身が悩んでいる場合も多いが、実は臨床家も困っている」「本人や家族から治ることを期待されて臨床家のもとに来ているのになかなか治らない。したがって臨床家も頭を抱えているケースが少なくない」「それなら臨床家を対象にしぼって一緒に考えたり、提言をしていくことはできないか」と伊藤伸二さんと話していました。構想はすばらしいけど実際やるとなると大変という雰囲気が流れる中で、伊藤さんから「岐阜でできるんじゃないか」と思いがけない一言。この一言からこの臨床家のための吃音講習会は開催に向かうことになりましたが、かなりの珍道中でもありました。

《作戦開始》
 当時、岐阜には「仲間とともに吃音を考える会」というどもる子どもたちを中心にした会がありました。とても素敵なセルフヘルプ・グループなのですが、設立半年、実際の活動2回といういささか頼りないものでした。しかし、スタッフ5名、よくわからないけど「よしやろう!」と盛り上がっていました。開催時期にはスタッフは総勢12名ほどになりましたが、実は直前に集まったスタッフだったのです。学生も含めてにわかスタッフでよくやったと自画自賛している今日この頃です。
 まず私たちが取り組んだことは案内状作りとその配布です。今年は岐阜で東海四県の言語難聴研究会が行われることになっていました。その案内に便乗してこの吃音講習会の案内を入れる、大学で行われる障害幼児や言語障害児の研究会に出かけていき、PRと配布を行うという作戦を展開しました。「A3版の印刷機がない」「印刷ミスが発覚、回収」といった困難を乗り越え、夏を迎えました。

《参加者、何人?》
 打ち合わせのたびに参加者の人数が話題に出ないことはなかったのですが、「100人は絶対超えることはない」と誰もが言っていました。誰もが根拠もなく確信的に言っていたのです。私たちは予想以上に多いことより、予想以上に少ないことが心配でした。当初予定していた岐阜大学の障害児教育実践センターの収容能力は100人、締め切り間際になって私たちは大いに慌てることになりました。
 20人、30人と村瀬会長から参加者状況がメールで届きます。「50人突破」の時は胸をなで下ろしました。しかし、締め切り間際になって「130人突破」のメールに喜ぶのもつかの間、「会場を変更しなくてはいけない」ということになりました。岐阜大学に教室はたくさんあるのですが、冷房装置のある教室はほとんど予定が入っています。やっとのことで150人収容、冷房のある教室が確保でき、ほっと一息とともにたくさんの人に関心をいただいていることに身の引き締まる思いでした。

《講習会概要》
 連日続く猛暑のなか、総勢146人の参加者で教室は隅々までいっぱいです。岐阜吃音臨床会の村瀬忍会長、日本吃音臨床研究会の伊藤伸二会長の挨拶で始まりです。各講座の概要を紹介します。

どもる子どもをもっ親への支援「初回面接で親に何を伝えるか」
                     村瀬忍(岐阜大学助教授)
 どもる子どものお母さんや家族の「この子の吃音は治りますか?」という質問にどのように答えるかという視点から自然治癒の問題、幼児期・学童期の吃音児の割合等、最近の研究成果等が紹介された。これらの研究から吃音の問題は吃音を恐れ、回避する行動がさまざまな行動の制限に結びついていること、親を理解するためには親の心理プロセスを推察することが必要である。

どもる子どもにかかわる教師への支援「学級担任、教師へのコンサルテーションを中心に」
                      水町俊郎(愛媛大学教授)
 吃音の根元的な問題はどもることから派生する消極的、自己否定的な生き方であるという立場から最近の一般的な「臨床」の潮流やコンサルテーション・モデルが紹介された。
 最近の「臨床」の考え方は患者のQOL(人生の質)を向上させることに直結しなければいけない、治療介入の対象は異常行動を示す"個人"ではなくて、患者と重要な他者との関係ととらえるべきである。治療は一人の専門家だけではなくて、専門家以外の優れた人材も援助資源となるなど従来の考え方とは異なってきている。
 どもる子どもの指導にあたっては必ず、「家庭や学校での子どもの日常生活をもっと豊かなものにする」ということを親や学級担任の指導・相談のなかで考えるコンサルテーション・モデルが有効であることやことばの教室の担当者が学級担任と連携するにあたっての留意事項などが提起された。
 余談になりますが、この時間帯、岐阜の最高気温は39.7℃という最高気温を記録するなか、冷房がストップしてしまいました。暑さからくる汗と水町先生やみなさんに申し訳ない冷や汗で大汗でした。

実践発表1「どもるわが子と歩いて」
                     上野雅子(岐阜吃音臨床研究会)
 子どもがどもりはじめたころの、新聞で知ったことばの教室で子どもとともに親も癒された経験、自己紹介があるから学校を休むと言ったときなどのはらはらしながら見守ってきた親の気持ちがよくわかりました。母親の発表をじっと聞いている高校生になった子どもの姿が印象的でした。

実践発表2「吃音を飲み込んでしまおう」
                     結城敬(長野県外科医)
 どもることは逃げても苦しいし、逃げなくても苦しいことである。親を恨み、人を恨み、自分を否定ばかりしていた今までの自分のこと。インターネットで日本吃音臨床研究会に出会い吃音を受け入れることができるようになったこと。これから吃音の受容とは別に医者として吃音を客観的に見極めたいという抱負が語られました。

実践発表3「吃音ある暮らしへの援助〜ことばの教室でできること〜」
                     青山新吾(備前市立伊部小学校)
 S君という一人のどもる子どもと出会い、ことばの教室でできることを模索するなかで、彼と一緒にしたいこと・できたことを紹介していただき、どもる子どもの指導の広がりの可能性が示された。また、揺れる母親の思いとつきあい、吃音のある暮らしを考えることは、吃音との間合いの取り方について考える実践でした。

どもる子どものことばへの支援
                      竹内敏晴(元宮城教育大学教授・演出家)
 レッスンを中心に予定していたが、会場が狭くレッスンはできないと思っていたところ、竹内先生が動かなくてもできるレッスンを工夫された。声を出す時、からだがどのようになっているか、のびやかに声が出る時のからだはどのような状態かなどをフロアーの代表の声を例にわかりやすく教えていただいた。みんなが大声で歌った「お手々つないで」は気持ちよかったです。情報伝達としてのことばより今、生まれてくる表現としてのことばを大切にすることが、どもる子どもへのことばへの支援の基本であることが提起された。

学童期の子どもへの支援
                      伊藤伸二(日本吃音臨床研究会会長)
 学童期に吃音に向き合った子どもたちは何とか思春期を乗り切っているのに、吃音にふれることのなかった子どもは逃げる人生を考えるのではないだろうか。学童期に吃音と向き合っておかなければ、思春期を乗り切ることは難しい。思春期の前段階である学童期に、吃音について臨床家がどのように向き合ったかがその後の人生に大きな影響を与えるのではないかと提起された。

ティーチイン どもる子どもへの支援
                   水町俊郎・村瀬忍・竹内敏晴・伊藤伸二
 一人一人の講座を縦糸にたとえるならテーチインでは「臨床」や「学童期」をキーワードに横糸をたどるような話し合いでした。フロアーからの質問も活発に出てこの会を締めくくるにふさわしいものでした。(「スタタリング・ナウ」2001.10.20 NO.86) つづく


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/06/01

第1回 臨床家のための吃音講習会〜どもる子どもへの支援のあり方を探る〜

 2001年8月1・2日、岐阜大学で行われた臨床家のための吃音講習会についての報告です。
「スタタリング・ナウ」2001.10.20 NO.86 から紹介します。

第1回 臨床家のための吃音講習会〜どもる子どもへの支援のあり方を探る〜

主催 日本吃音臨床研究会/岐阜吃音臨床研究会/岡山吃音臨床研究会/大阪吃音臨床研究会
日時 2001.8.1〜2
会場 岐阜大学(岐阜市柳戸1-1)

 2001年8月1日、岐阜市は、日本最高気温39.7度を記録した。暑い岐阜で、熱い講習会が開かれていた。第1回臨床家のための吃音講習会に、150名近い参加があった。この講習会の意図したもの、準備から当日までのできごと、参加者の生の声から、講習会の概要を報告したい。

第1日目8月1日(水)
 講座 どもる子どもをもつ親への支援
     「初回面接で親に何を伝えるか」村瀬忍(岐阜大学助教授)
 講座 どもる子どもにかかわる教師への支援
     「学級担任、教師へのコンサルテーションを中心に」水町俊郎(愛媛大学教授)
 実践発表
    1 上野雅子(岐阜吃音臨床研究会会員・保護者)
    2 結城敬(成人吃音者・外科医)
    3 青山新吾(備前市伊部小学校教諭)
第2日目8月2日(木)
 講座掘 ,匹發觧劼匹發里海箸个悗了抉
     「レッスンをとおして」特別ゲスト 竹内敏晴(元宮城教育大学教授・演出家)
 講座検(1)学童期の子どもへの支援 伊藤伸二
    (2)ティーチイン どもる子どもへの支援水町俊郎・村瀬忍・竹内敏晴・伊藤伸二


  吃音講習会を振り返って
                 岐阜大学教育学部 助教授 村瀬忍

 地球温暖化現象をうけて日中の気温が40度にも届きそうな真夏。決して交通の便がいいとはいえない岐阜大学で行われる吃音講習会に果たして人が集まるだろうか。準備スタッフの不安をよそに、第1回吃音講習会には150人近くもの参加者がありました。第1回目という重い使命をうけて開催された講習会を振り返り、この講習会は何を提供したのか、また、今後にどのような課題を残したのかについて振り返ってみたいと思います。
 今回の講習会では、参加者の方々の要望を把握する目的で、参加申込書に「メッセージ」という欄を設け、吃音やどもる子どもとのかかわり、吃音臨床について考えていることや感じていることなどを記入していただきました。うれしいことにこの欄には多くのことばを寄せていただくことができましたが、中でも多かったのは、どもる子どもに対して何をどう指導していったらよいのかわからないというものでした。
 吃音指導といっても子どもとただ遊んでいるだけのようだ、楽に話せるようになるための指導方法がわからない、何かしてあげたいのに何もできなくて悩んでいる等々、どもる子どもを目の前にして支援に悩む先生方の苦悩が伝わってきました。
 吃音研究の歴史はわからないの積み重ねです。例えば、すべてとまで言わなくても、せめて半数くらいのどもる子どもに有効な治療法があるのかと問われれば、現在のところまだ見つかっていないと答えるしかありません。そして、こうした「わからない」は、現実の問題として、臨床家の先生方の苦悩に反映されていることを実感しました。
 今回の講習会の大きな目的は、「どもる子どもの指導をどもりを治すということから少し離れた視点で考えてみよう」と提言することだったと考えています。これは、吃音を治す努力が真にどもる子どもを救うことにつながるのかどうか、参加者に問いかけたものでもありました。
 参加申込者に書かれたメッセージの内容から推察すると、「講習会は子どもを流暢にするための何か具体的な指導方法を提示してくれるのだろう」と期待して参加された方も少なくはなかったように思われます。話しづらくて苦しいと訴えてくる子どもに何かをと考える臨床家の思いは素直なものですし、子どもの思いを受け止めようとする臨床家ほど、どうすることもできないもどかしさは大きいものと考えます。しかし、講習会は子どものことばの非流暢に対して直接できることをテーマに取り上げませんでした。にもかかわらず、講習会直後に参加者の方々からいただいた感想には「参加してよかった」との声が多く聞かれました。主催者としては講習会はまずまず成功だったと胸をなでおろす一方で、参加者の先生方のもどかしい気持ちに対して講習会はどう答えたのかを反省しておきたいとも思いました。
 詳しい内容は後の頁に譲ることにして、講座では研究者、臨床家、吃音を経験する本人や親がそれぞれの立場から意見を述べました。これらには、おおまかにいって次の3点の主張があったと私は考えます。
 まず第一に、吃音のことばの問題はなおりにくいという事実があること、第二には、吃音とは、ことばの問題とその問題に対する本人の心理的反応とが複雑に絡み合った、複合的な問題であること、第三には、どもったままでいいことを指導者自身が納得し、吃音のある生活をどもる子どもと、そして親やどもる子どもをとりまく人々とともに考えていくことが必要であることです。
 私たちはこうしたことを研究や経験での裏付けをもって説明しながら、参加者に吃音指導における発想の転換を呼びかけたのです。
 参加者の感想についての詳細もここでは省略しますが、新しい方向性を得てよかったという参加者が多かったことは、大雑把に言って「どもったままでいい」という提言への共感があったのだと考えます。
 これは講習会の目的であり、その意味では講習会は成功だったわけですが、一方でこれが、吃音の指導はことばの流暢性の改善に効果がないものだというお墨付きになっただけであってはならないと考えています。すなわち、子どもとただ遊んでいるだけで指導時間を過ごすことを容認したわけではないのです。専門的な立場から吃音が治らないことを親と子に告げ、吃音のある生活を考えていく指導は、ともすると言語指導の場だけでことばの非流暢を直接に扱う指導より、はるかにダイナミックで複雑なものではないかと私は考えています。方向性は得たものの、実際の指導でとまどっておられる先生もおられても決しておかしくはないでしょう。
 また、印象的な参加者の意見に、「どもったままでいいとはわかっていても、それを自分がどこまで確信をもって信じられるか心配である」というものがありました。このことばが示しているように、今後講習会の提言の重要性を実証していくという課題が、私たちにも参加者にも残されたのではないかと考えています。そして、この課題を消化していくプロセスで生れるもどかしさや疑問に、今後の講習会は答えていく責務があるのではないかと、暑い夏を振り返りました。
 最後に、今回の講習会の開催は地元新聞にとりあげられました。さらに、朝日新聞に吃音についての特集記事が掲載されることになりました。吃音の問題への対処は、まず正しい知識をもつことが基本です。どもる人・どもる子どもの抱える問題に対して、社会的な理解を得ていくためのきっかけに、この講習会はなったのではないかと考えています。(つづく) 
                
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/05/30

第11回吃音親子サマーキャンプ〜参加者146名のキャンプ〜

 吃音親子サマーキャンプを始めたのは、1990年、第1回の参加者は、50名でした。それが、2000年、第11回の参加者は146名と、約3倍になりました。どんなキャンプになるのだろうか、不安と期待が入り交じった気持ちで当日を迎えたこと、覚えています。
 もうひとつ、忘れられないのは、このキャンプには、竹内敏晴さんがゲストとして参加してくださったことです。集会室で、大勢の参加者を前に、からだとことばのレッスンをしました。みんなで取り組んだ『森のくまさん』のダイナミックな動きは忘れられません。「スタタリング・ナウ」2000.9.15 NO.73で紹介している、第11回吃音親子サマーキャンプの報告です。

第11回吃音親子サマーキャンプ
                            報告:溝口稚佳子

146名のキャンプ
 申し込み第1号は4月。「要項を送って下さい」という電話も相次ぎ、いつもの様子とはちょっと違う。6月末にはすでに60名を越え、スタッフが加わったら宿泊定員一杯だ。もうこれ以上は無理だ、そう言いながら切実なお手紙やお電話を受けると、「もう定員一杯なので、1年待って下さい」とは言えない。100名を越えたとき、荒神山自然の家に切々と手紙を書いた。本来宿泊できない学習室に布団を持ち込むことで大幅に増えた参加者を受け入れてもらえないか頼み込んだのだ。それでも、その後のスタッフとして参加したいとの申し込みについては断らざるを得なかった。
 146という数字が、実際どのように集団となって目の前に現れてくるのか、予想がつかない。気持ちを引き締めて、第1回の初心に返ったつもりで臨んだ。

黄色のフラッグ
 『吃音親子体験文集』の表紙。福岡市の鬼塚淳子さんがあのデザインをキャンプのフラッグにしてくださった。文集にはたくさんの子どもや親の体験がつまっている。文集はこのキャンプから生まれ、キャンプに帰ったといってもいいだろう。
 大阪駅で、大津市の河瀬駅で、黄色のフラッグが、不安な気持ちで集まってくる参加者を温かく迎えた。

表現〜歌、芝居〜
年報用 竹内写真3  サマキャン 出会いの広場で参加者の気分がほぐれたところで、竹内敏晴さんの登場。これだけ大勢の子どもと大人混合の集団は初めての経験だろう。『息を入れて吐いて!』からだを動かし、大騒ぎしながらいくつかの歌を歌う。最後に歌った、『森のくまさん』。父親とスタッフが熊の集団、母親が森の木、子どもたちが女の子、と3つに分かれ、大きなフロアーをいっぱいに使って動き、歌った。楽しく、からだが大きく弾んだ。
 1日目の夜、スタッフによる芝居の見本上演。『森は生きている』を、この吃音親子サマーキャンプ用に竹内敏晴さんが書き下ろした脚本は、歌をたくさん入れ、風や木もしゃべるという竹内さん独特の世界が広がっていく。
 7月15・16日に合宿をして演出・指導を受けたスタッフがまず演じるのだ。それを見ながら、子どもたちは、今年はこの役をしよう、あれをやってみたい、などと考えるようだ。昨年は『ライオンと魔女』の魔女が一番人気だったが、今年は、主役でも主なやくでもないカラス役だった。カラスになりきるスタッフの演技のたまものだ。3人も4人もカラスをしたいと言い出して困ったというグループがあったそうだ。私たちスタッフも、竹内さんの観ている前で演じるのは初めてなので、緊張する。
 子どもたちとの練習は、合計して約6時間。声を出すゲームを取り入れたり、外で大きな声を届かせる練習してみたり、それぞれ工夫する。この練習の集中とプロセスが、キャンプのハイライトだ。衣装、小道具も子どもたちのやる気を引き出してくれた。
 練習中、グループごとにそれぞれいろんなドラマがあった。どもりながら台詞を言う姿を見て、自分もがんばらなくっちゃと思った子。スタッフに特訓を受けた子もいた。子ども同士で励まし合っている姿も見られた。小さい子どもが頑張る姿に、高校生も恥じらいながらも一所懸命だった。
 そして、最終日、いよいよ上演。前座の親たちの派手なパフォーマンスでちょっと気が楽になった子どもたちも、出番を前に顔が違ってきた。
 思春期真っ最中の、恥ずかしさが先に立つであろう大きいお兄ちゃんたちがお互いの出番が終わると、それぞれVサインをしてたたえ合っていた。どもることばなど全然気にならず、みんなが芝居に熱中し、楽しんでいた。
 終わった後、親たちひとりひとりに感想を聞く。そのどれもが温かく、やさしさに満ちていた。出演した子どもたちも満足げである。「始まる前は、心に矢がささったみたいだった」なんて緊張していた子が、それを乗り越えての上演だった。苦手なことでもみんなと一緒にやりきったという達成感は自信につながる。子どもはいい顔をしていた。

僕だけじゃなかった〜仲間との出会い〜
 恒例の吃音についての話し合い。何よりもこの話し合いを楽しみにしてくれている子がいることがうれしい。もっと時間を使って欲しいとの注文には驚かされる。普段は話せない吃音について、思いきり話せるのはうれしいのだと言う。
 この1年間の、吃音にまつわるいろいろなできごとをどもりどもり話す。こんな嫌なことがあったと言えば、そうか、そんなことがあったのか、大変だったね、でもその中でよくがんばったねと心から反応してくれる。吃音についてこんなことを考えていると話せば、うんうんとうなずきながら聞いてくれる。どもりながら話しても誰ひとり嫌な顔をせず、みんな真剣に聞いてくれることがうれしいと言った子がいた。それまで親にも話したことがないようなことを、その場の雰囲気で話したという子もいる。2回の話し合いは、自分の体験を語り、他人の体験を聞く、貴重な場となる。
 中学生2、3年生・高校生のグループでは、ひとりひとりが自分について、自分の生き方について語り合い、人生論のようになったという。他人とつながっていくことの喜びを感じられるのは、このような出会いや経験だろう。
 どもるのは自分だけかと思ってキャンプに参加したら、こんなに大勢のどもる人がいてほっとして、安心した。大人もどもる人がいるなんてびっくりした。先生(という職業の人)もどもるなんて知らなかった。こんなにたくさん仲間がいることが分かってうれしかった。これは、小学生の中学年が口を揃えて言ったことばだ。

親たちも負けてはいられない
 キャンプのハードスケジュールをこなしていたのは、子どもたちばかりではない。親も、ハードなスケジュールに驚かれたことだろう。
 今回参加した親は50人。初めは全員で竹内さんの体験、子育てについての話を聞く。
 次は、グループに分かれて話し合った。初めて参加した人の疑問や質問に、さりげなく答えていくのは、このキャンプに何回か参加しているリピーターの親たち。なんとも言えないいい雰囲気だ。子どもたちが芝居の練習をしている間も、親たちは休まない。今回で3回目になるが、親たちも何か声を出す、表現のパフォーマンスを練習して、子どもたちの芝居の前の前座をつとめている。今年は北原白秋の『お祭り』に挑戦した。4人のグループを作り、ひとつの連を工夫して読む。グループ練習の時間、あちこちでキャーキャー言いながら子どものように楽しそうに練習していた姿が印象的だった。
 本番は、『鉄腕アトム』(谷川俊太郎作詞)を歌った後、『お祭り』だ。今までこんなことを人前でしたことはないという父親。緊張してしまってことばにつまり、子どもたちの緊張感がよく分かったという母親。それぞれにいい体験をしたようだ。

このキャンプの力
 3日間のキャンプは終わった。ここに書き切れないほど多くのものをそれぞれの参加者に残して。
 「来年も絶対来る」と言いながら、みんな自分の日常生活に戻っていった。初めて参加した女の子が、「ここみたいにどもる子ばっかりの学校があったらいいのに」と言っていたように、キャンプ中はどもる子どもや大人が多く、どもっていることは何の問題にもならず、自然だ。ところが、現実はそうはいかない。日常生活では困ることや不便なことも多いし、からかわれることも笑われることもあるだろう。そんな現実に落ち込んでしまうこともあるだろうが、それでも立ち上がっていく力をつけてくれたことと思う。真剣に吃音の悩みを聞いてくれる人がいる、仲間がいることの喜びを参加した子どもたちひとりひとりが感じとってくれたことだろう。遠く離れている子どもの今の困難に手を貸してあげることはできないけれど、見守っているよということは伝えたい。それが今、私たちにできる最大のことだと思うから。

国際交流〜ドイツからの参加〜
 ドイツから国際吃音連盟の役員のステファン・ホフマンさんが参加した。親の学習会での講演、中学生の話し合いへの参加など、精力的に参加してくれた。多くのことを学んだと言っていたが、私たちにも多くのものを残してくれた。講演はもちろん、その時折のスピーチは深い洞察に満ちていた。キャンプを通して国際交流ができたのはうれしい。
 全国から手弁当でスタッフとして参加する、ことばの教室の担当者や、スピーチセラピストのな多くの仲間がいるからこそ、このキャンプが11年も続き、また来年も行われる。多くの仲間に改めて感謝。
 (どもる子ども…40名、きょうだい…25名、親…50名、スタッフ…31名  計146名)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/03/28

「ことばの名人」・谷川俊太郎さんとの対談〜第29回全国公立学校難聴・言語障害教育研究協議会の全国大会山形大会での記念対談〜

 僕は、これまで、吃音ショートコースという2泊3日のワークショップで、いろいろな分野の方と、対談をしてきました。それぞれその分野での第一人者の方でした。
谷川さんとの対談 舞台 今日、紹介するのは、僕の主催する吃音ショートコースではなく、第29回全国公立学校難聴・言語障害教育研究協議会の全国大会山形大会での記念対談です。対談の相手は、詩人の谷川俊太郎さんでした。谷川さんとは、その2年前に、竹内敏晴さんと共に吃音ショートコースにゲストとしてきていただいており、お話したことはありました。それでも、山形大会では、600人の聴衆の前での公開対談ということで、今から思っても、よく引き受けたものだと思います。「ことばの名人」である谷川さんと、「ことばの迷人」の僕との対談について書いている「スタタリング・ナウ」2000.9.15 NO.73の巻頭言を紹介します。


ことばの迷人
   日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 「谷川さんは、俊太郎という名前はお好きですか?」この最初の切り口を考えた以外どう展開していくのか、見当がつかないまま対談が始まった。
 第29回全国公立学校難聴・言語障害教育研究協議会の全国大会が山形で開かれ、「内なることば・外なることば」をテーマに、詩人の谷川俊太郎さんと対談をした。大会事務局からこの話をいただいたとき、谷川さんの気さくな人柄を知っているので、気楽に引き受けたものの、日が近づくにつれてだんだんと不安になってきた。
 詩集だけでなく、対談集、散文、ことばについての著作など改めて読み直し、どんな話が展開できるか、準備を始めた。読めば読むほどに自分が谷川さんとの対談相手としては、あまりにも役不足であることが感じられ、安易に引き受けたことを悔いた。しかし、もう後へは引けない。聴覚言語障害児教育に携わる、ことばについて日頃実践している教師、600人ほどの前での公開対談だ。びびらない方がおかしいのだと開き直った。
 谷川さんがことばの名人なら、私はことばの迷人だ。ことばに迷いに迷い生きてきた。ことばの迷い人として向き合えばいいのだ。そう考えたとき、私の中の気負いが消えた。
 大きなホールの600人以上の聴衆をほとんど意識することなく、谷川さんとの対談を楽しめた。
谷川さんとの対談 ふたり 『ことばの迷人』とは何か。
 谷川さんは、私たちに「内的などもり」という洞察に満ちた文章を寄せて下さっている。
 ―自分の気持ちの中では、しょっちゅうどもっています。それは生理的なものではないので、吃音とは違うものですが、考えや感じは、内的などもりなしでは言葉にならないと私は思っています。言葉にならない意識下のもやもやは、行ったり来たりしながら、ゴツゴツと現実にぶつかりながら、少しずつ言葉になって行くものではないでしょうか―
 このようなことは、カウンセリングの訓練の中のひとつである、自分自身がクライエントになっての面接場面のテープを聞くと、誠によく分かる。普段話しているのとは全く違い、まさにゴツゴツと行ったり来たりしている。内的にも、外的にもひどくどもっている自分にびっくりする。
 どもる人の言葉には滑らかに流暢に話す人にはないリアリティがあると、どもりを肯定的にとらえて下さる人は多い。どもりは個性だと言い切って下さる人もいる。
 どもりを忌み嫌い、人前では絶対にどもりたくない思いばかりが強かった21歳までの私は、人と話す時、いかにどもりがばれないようにということばかりに腐心した。向き合う相手のことなど少しも考えていない。このことばはどもるか、どもらないか。自分の気持ちを探り、自分の中の言葉を探るのではなく、どもらない言葉だけを探っていた。例えば、本当は『悔しい』と言いたかったのに『く』がどもると思うと、とっさに『さみしい』とか『悲しい』などと言ってしまう。言った後で、常に不全感が残った。自分の気持ちや、ことばを大切にせず、どもらない音だけを散らせた。私の、このことばにリアリティが出るはずもない。これを、「ことばの迷人」と言わずになんと表現しようか。まさに、ことばの迷い人が、当時の僕にはぴったりとするのだった。
 どもる人のことばを個性と言うには、大きなポイントがある。それは吃音を受容しているかどうかだ。完全に受け入れているとまではいかなくても、肯定的に考える。少なくとも、吃音を忌み嫌い、強く否定していないことが、決め手だろう。
 「どもってもいい」と、吃音を自分自身が受け入れると、いかにどもっても自分の気持ち、思いを表現しようとする。話すことは苦手でも、文章なら大丈夫だと書くことにも目が向いてくる。どもりを強く否定していた時は、どもりを治そう、少しでも軽くしようとの選択肢しか思い浮かばなかったが、どもりを受け入れたとき、選択肢は人生、趣味などとも関連して、広がっていく。
 吃音の経験があり、その人なりの人生を生きた人は、一時は吃音を否定していたとしても、吃音否定のままでいたわけではない。
谷川さんとの対談 垂れ幕 谷川俊太郎さんの父君、著名な哲学者の谷川徹三さんも、自分の名前が言えずに悩み、1か月、伊沢修二の楽石社で矯正を受けた。しかしその後は吃音を受け入れ、個性として生きたからこそ、今日の谷川さんの吃音への思いにつながったのではないか。ことばの迷い人にならないために、まず、どもってもいいが基本なのだ。(「スタタリング・ナウ」2000.9.15 NO.73)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/03/26

こころに響く「ことば」

 この頃の「スタタリング・ナウ」には、竹内敏晴さんがよく登場しています。改めて、深く、そして親しく、おつき合いをさせていただいていたのだなあと感謝しています。
 今回、紹介する、NHK総合テレビ『ホリデーインタビュー』の収録の日のこともよく覚えています。聞き手である斎藤季夫さんも、僕たちの大阪での定例レッスンに参加されました。レッスン修了後、レッスン会場がインタビュー会場に変わり、竹内さんのインタビューが始まったのでした。

   
こころに響く「ことば」
                         演出家・竹内敏晴


 ―演出家、竹内敏晴さん、75歳。竹内さんはいきいきとしたことばを取り戻すレッスンを主宰しています。レッスンの第一歩は人に自分のよびかけが届くかどうかです。―

 5月3日(祝)朝6時30分、NHK総合テレビ『ホリデーインタビュー』は、こんなナレーターのことばから始まりました。
 番組の収録は、4月の大阪でのレッスンの時、行われました。レッスン風景もおりまぜながらのインタビュー番組です。聞き手の斎藤季夫さんも2日間のレッスンを体験されて、レッスン終了後にインタビューは始まりました。

斎藤:私自身も、レッスンに参加させていただいた。あれはレッスンと言いますけども、むしろ拝見してると、教えるというよりも、いろいろなことを気づかせようとなさってますね。

竹内:自分自身のからだが、非常に生活に追いまくられていて、自分ではいろいろコンディションを整えたりしてるけれども、自分の気づかないところまで、こわばって、緊張して、固まってる。からだが固まってるというよりも、身構えてる。人様にどう見られるか、人様にどう答えようかと身構えている。その身構えに気づくというのが、一番わかりやすい言い方でしょうか。

斎藤:今、レッスンをずうっと続けていらっしゃって、参加する人の姿から今の世の中、からだを固くするような様子が多いように見えますか。

竹内:はい。とにかく、疲れてるというか、いろんなことで、閉じこめられていて、くたびれてるからだが非常に多い。まず休みたい、やすらぎたい。二日続きのレッスンで、一日目ではほっとするけど、よく分からない。『あー、そうか。自分はこんなに疲れてたのか』とか『こういう時に、こんなに固まってたのか』と、本当に気がつくのは、二日目のお昼過ぎくらいで、しみじみと分かってくるわけです。その時、初めて自分がはっきりしてきて、それから、息が深くなって、歌やことばで、まっすぐに、自分を表現していくという方へ一歩一歩上がっていくという風になってくる。レッスンというのは、自分のからだの中から、動いてくるものが、湧き上がってくるようなものがあって、丁度、お祭りみたいなんです。中からいきいきとしたもの、自分の手応えみたいなものがあります。

斎藤:からだの緊張に自分自身、気づいていない。ところが、こういう所に来て、やすらぐ。それがことばと結びついてるんですか。

竹内:うまく声が出ない、話しかけが十分でない。人付き合いがどうもうまくいかないというような人の場合には、横になってからだをゆすってもらっても、人に自分のからだを、自分の重さを預けることが初め、なかなか出来ない。人に自分のからだを預けるということ自体、抵抗があるわけです。だから、私は初めに、触れ合ったり、実際にからだに手をかけて、とやってみる。『あー、そうか。こうやってると安心できるんだ』ということがわかってくるということがあります。そうすると、自分のからだがふあっとしてくることを感じると、どんなに今まで自分が固めて、周りに向かって身構えてたかというのが、わかってくるようになる。そうすると、息がふおーっとしてくる。息がふおーっとしてくるということは、要するに、声が出てくるということです、私に言わせると。
 しゃべれるっていうことは、一番最初に息が出るということです。息が出なきゃ、声が出ないわけです。ところが、息を吐くということを、ほとんど考えずにしゃべりたがる。しゃべろうということだけで一所懸命になっているから、人の顔なんか見ていない。自分の中で一所懸命、声を作ろう、ことばを作ろう、ということばかりで、相手の人に、自分が話しかけるっていうことを忘れている。というか、人がもう、見えてなくなってる。

斎藤:竹内さんご自身が小さい頃、音を失っていらっしゃった時代があるわけです。そういう体験が生きてる、土台にある、ということでしょうか。

竹内:この頃になって、つくづく思うけれども、それ一つから歩いてきたという気がします。耳が聞こえるようになったからといって、人のことばがわかるわけじゃないです。いきなりいろんな音が一度に入ってくるわけで、その中からことばというものが聞き分けられるというプロセスがありますし、その次に自分が今度は、そういうことばを発してくというプロセスがもっとずっと大変なわけです。僕が「斎藤さん」て言うと、斎藤さんがこう目をぱちぱちさせる。すると、僕の声が斎藤さんにすうっと届いてるってことが自分でわかるわけです。そうすると、頷かれる。自分の声が届いた。斎藤さんから、また声が出てくると、それが僕のからだに浸みてくる。自分の発したことばが相手に届いて、相手からその答えが戻ってきて、自分のからだに浸みてきて、またこれで話ができる。この喜びというのがすごくあったんです。
 ところが、そうやってるうちに、あれっ、変だなと思うことがあります。僕は自分がうまくしゃべれないから、よくしゃべれる人はAがBにしゃべって、BがAにしゃべって、ことばのキャッチボールみたいなことがすっーと出来てるんだとばかり思ってたんです。ところが、しゃべってるのを聞いてみると、なんか様子が違うわけです。こっちの人はこっちの人で自分の勝手なことを言ってる、こっちの人はこっちの人で勝手なことを言ってる。会話してるっていうより、各自が勝手なことを言ってるばかりで、全然相手に、自分のことばが届いてないじゃないかっていうのが突然見えてきたときに、ものすごく慌てたんです。

斎藤:それは他人同士のことばのやりとりですね。

竹内:それから自分のことで言えば、自分が一所懸命話してるのに、ことばが届いてることはわかるわけですよ、向こうの反応で。ところが、相手から返ってくることばっていうのは、決して僕に触れようとしてるんじゃなくて、なんか、触れないために、こういう風に壁を作ってる。ことばっていうのは、コミュニケーションの道具という言い方がよくありますが、いやー、コミュニケートしないための道具なんじゃないかなっていう風に、一時期はとっても強く思いました。

斎藤:そこで、発せられてることばはコミュニケートしないとしたら、何なんですか。ただ、単なる音なんですか。

竹内:いやあ、そうばっかりは言えないと思いますよ。自分を守るために、音やことばで防壁を作ってるっていう作用があるように思います。逆にこちら側もそれを知って、それならば仕方がないから距離を置いたまんまにしておくとか、或いは、その防壁を、もっと破って、或いは、その中にしみ込んでくるように話しかけるとか、という風なことは出来なければだめなんだなあと思うんです。相手に何かが伝わるってことは、さっき、いくっかレッスンをしましたけれども、本当に、ことばそのものが相手に伝わるっていう、直にことばが、相手のからだに触れてゆくことですよね。

斎藤:ことばがですね。

竹内:ことばと言った方がいいですね。声も含めて。ことばっていう、まるごとの、或いは、わたしという人間そのものと言ってもいい。それが触れていくっていうことであって。だって、ことばっていうのは、聞いてる相手のからだの所で、成り立たたなければ意味がないわけでしょ。私がいくら一所懸命しゃべったって、これは、自分が一所懸命しゃべってるだけの話でね。相手のからだで、はっと、『そうか』っていう風に納得する様に成り立った時に、初めてことばとして成り立つのであって、こちらでいくら一所懸命しゃべっても、それはことばとは言えない。ただ、音声を発してるだけです。そう意味ではさっき、あなたがおっしゃってたことのお答えが今、やっと出来上がった。音声にすぎない。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/03/10
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