伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

浜田寿美男

新たな吃音臨床への招待 2

11年という年月を経て始まった吃音講習会のシリーズ2、今年は12回目となり、7月26・27日、千葉県柏市で開催しました。その報告は、日本吃音臨床研究会のブログや伊藤伸二のブログ、Facebookなどでしています。
 今、紹介しているのは、シリーズ2の第1回親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会です。このときのゲストは、奈良女子大学名誉教授の浜田寿美男さん。講演のタイトル「ありのままを生きるというかたち―治すという発想を超えて―」は、僕たちと深く強く共感するものでした。
 浜田さんの講演と、この吃音講習会の顧問である牧野泰美さんが司会をしてくれた浜田さんと僕の対談など、吃音講習会1日目の報告です。(「スタタリング・ナウ」2012.10.22 NO.218)

新たな吃音臨床への招待 2
    ―「第1回親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会」

                2012年8月4・5日 千葉県教育会館
      坂本英樹(どもる子どもの親、教員、NPO法人大阪スタタリングプロジェクト)

  講演「ありのままを生きるというかたち―治すという発想を超えて―」
                   奈良女子大学名誉教授浜田寿美男さん

 発達心理学が専門である浜田さんは講演冒頭、先輩である岡本夏木さんの「なにか迷った時には少数派につきなさい」という言葉を私たちへのエールとして送ってくれた。多数派は流れに乗るだけで済むから思考停止に陥り、ドミナント・ストーリーにはまり込んでしまう。一方、少数派は常に自らの根拠を考え続ける必要があるので、物事を明らかに見ることができるとの意味であろう。
 浜田さんの考える場は、障害をもつといわれる子ども、とりわけ自閉症などの発達障害をもつ子どもたちとの関わりのなかにある。そのなかで形成された浜田さんの「発達観」は動物学者の日高敏隆氏の言い方を援用すると「すべての人間たちの生き方は、赤ちゃんも幼児も、子どももおとなも、なんらかの障害をもつものももたないものも、すべて等価であり、一つのパターンの論理のなかでは、そこに発達のものさしをもちこんで、その上下、遅速を論じることはできるかもしれないが、異なるパターンの論理(生きるかたち)に優劣はつけられない」(2007「障害と子どもたちの生きるかたち」岩波現代文庫)というものである。右肩上がりの発達観が主流のなかでは伊藤さんと同様、浜田さんも少数派といえるだろう。
 長らく勤めた福祉系の学科をもつ花園大学での学生との出会い、交流も浜田さんにとっての考える場であった。30年以上も前のこと、脳性まひの学生が入学してきたが、構音がはっきりしないことから友人の輪の中に入れずにいた。しかしある時、意を決して友人の輪に飛び込んだところ、1、2ヶ月もするとお互いの会話に何の問題もなくなった。学生が言語訓練をしたわけではない。はっきりしない発音のまま、友だちに何とか伝えようと手持ちの力をやり繰りし、友だちもまた聞き取ろうと努力するなかで、お互いの力が発揮された。友だちとの学生生活という場があって伝える力が育まれた。彼らの「人どうしの関係の網の目」が形成されたのである。力は生活のなかで使ってはじめて根を下ろす。しかし、学校的文脈では「力を身につけて将来に備えましょう」の言説が支配的である。浜田さんはそれを「錯覚」と表現する。私たちの社会を覆う大きなドミナント・ストーリーのことである。
 現在、大阪・高槻市在住の50歳を超えた、自閉症の症例の関西第1号と言われた人のエピソードも興味深い。彼が自閉症と判断された当時は小児科医も文献のうえでしか知らない時代だった。彼は地元の普通学校に通い、母親であるUさんは「高槻自閉症児親の会」のリーダーを長く務めた。地域と関わって生きてきた人たちだ。
 そのUさんがある時、浜田さんとの会話で「自閉症は治ってもらったら困る」と語った。自閉症が風邪のように薬を飲んで治るのなら、治ってもらってもいいが、どれだけ多くの親が次々と出てくる新薬開発という曖昧な情報や最新の理論や脳科学に基づいた療法に淡い期待を寄せ、その度に引きずり回されてきたことだろう。Uさんは自閉症は治るという次元のものではないと十分にわかったというのだ。しかし、これ以上の理由が治ったら困るという考え方の背景にはある。
 治るとの思いで子どもをあちこち引き回し、いろいろな療法、訓練に励むことは、いまのこの子のありのままを否定する、この子を差別することに等しいのではないかとUさんは語る。「生き方」というような自分で選べる観念的なものではない、その断念、諦めの中から家族や他者との、他者や環境との双方向的な関係の中から、かろうじてそうでしかありえないものとしての「生きるかたち」が織り成され、私たちはそれを選んでいく。この子のありのままを、変えようのない与えられた条件を引き受けて生きるとはそういうことである。
 自傷、他害行為のあった彼に噛まれた同級生の女の子は、あわてるUさんに「この子が噛むのは言葉みたいなもんだから」と言ったという。その小学校の同級生は彼とともに生きる場の中から、このようなスキルを身につけたのだろう。浜田さんは「発達障害バブル」という表現で、現在の特別支援教育のあり方に危機感を表明している。支援という名の排除や囲い込みが進めば、このような豊かなスキルを、互いに身につける機会を私たちは奪われることになってしまうだろう。
 浜田さんが語ることは伊藤さんが吃音について語る論理と同じものだ。親、教員、言語聴覚士がただ治したいという思いで接する時、それは子どものありのままを否定していることになる。「私は私のままでいい」という自己肯定、つまり吃音肯定から吃音とのつきあいが始まる。

対談「治す文化に対抗する力」浜田寿美男VS伊藤伸二
    司会 国立特別支援教育総合研究所 牧野泰美さん

 司会の牧野さんは特総研では言語障害教育の研究のかたわら教員研修を担当し、各地のことばの教室の教員との出会いを多くもつ人だ。冒頭、牧野さんはどもりが体質のようなものだと考えれば、改善ではなくどう引き受けるかの課題ではないか。しかし、親や教員や言語聴覚士はどもりに対して無力な自分であることが認められない、何かできる自分でありたいとの思いをもち、それが「治す」ということへ駆り立てているのではないかと指摘し、専門性や専門家のあり方が問われていると対談のフレームを提供した。
 浜田さんは私たちの人生に準備の時間はなく、次のステップをにらみながらいまを生きているのではないこと、手段を整えてから話すのではなく、その時の手持ちの力でしか話すことはできない、スキルではなく何を伝えようとするかが問題なのだとの主張を対談でも強調した。それはどもりながらも日常を丁寧に送る中で、いつか自然と「吃音は変化する」、しかし、その結果を目標にしてはならないという伊藤さんの考えと通じる。訓練室・治療室では確かに吃音のコントロールは可能だろう。しかし一歩外に出た日常の世界ではそれは何の効果もない。サバイバルする中で、生きる場の中でしか言葉は育まれない。だから、日常に出て行くことを促すことがことばの教室の教員や言語聴覚士の仕事なのではないか。
 伊藤さんは吃音を生活習慣病に例える。吃音を言い訳に日々の、ひいては人生の課題から逃げたりすれば、その症状は悪化するという。浜田さんも逃げたり、隠したりすることの弊害を指摘し、幼い頃、事故から右手の4本の指を失った女性の話を紹介した。不憫、かわいそうと思った母親は彼女を守るつもりで、世間の目に触れないようにと手編みの手袋をずっと与えたのだが、それはその手のありようを隠すべきもの、否定すべきものとして母親が裁いていた、差別していたことに他ならない。そして彼女自身もそのドミナント・ストーリー、価値観を内面化していった。学生時代、そのありように疑問を持ち、手袋を外した彼女は顔から火が出るような差恥を感じ、世間の目を意識したのだが、それは彼女自身の目であったのだ。この物語から彼女が出ることができたのは、卒業後勤めた通所授産施設で手に関して、遠慮なく質問されたり、触れられたりといういろいろな反応を受け、さらに母となって子どもの手を引いたり、引かれたりという中で、ありのままの自分として生きた日々を過ごしたことによる。
 伊藤さんは吃音をコントロールすることを教えられるということは、吃音に対しての否定的なメッセージになるという。隠し続けることがどれだけ生きづらいことか。専門家は当事者の苦しみに無知であることを自覚すべきだと浜田さんも言う。言語聴覚士や教員はドミナント・ストーリーの代表者としてではなく、いまここにいる子どもを支える専門家として存在して欲しい。そのためにもナラティヴ・アプローチでいう、「無知の姿勢」に立ち続け、子どもの声を丁寧に聞き、子どもの疑問にも正直に丁寧に答えて欲しい。たとえば、治したいというニーズをもつ子どもに対して、展望のない訓練や専門家自身は決してしない方法を示すのではなく、「私は治せない」となら言えるのではないか。そのうえで「楽に声を出す」ことなら一緒に取り組むことがあると提案できるはずだ。専門家として情報を提示したうえで子どもと向きあうこの対等の姿勢からは、きっと子どもとの間に対話が生まれることだろう。
 伊藤さんは吃音を意識させない方がよいというドミナント・ストーリーに対して、吃音の早期自覚教育を提唱する。真実を先送りにすることは専門家としての倫理にもとる。子どもとの最初の出会いを大切にして欲しい。誠実に向き合えば子どもの何かは変わることを信じて私たちは活動をしてきた。浜田さんも親や専門家が先回りして、子どもを現実から遠ざけること、皮膜の中で育てることを批判している。初めての出会いとは思えないほど二人の語りが共振した時間だった。

グループでの話し合い

 対談後の夕食休憩の時間は、TBSテレビ報道局(当時)の斉藤道雄さんが伊藤さんたちやキャンプを取材した「報道の魂」(2005)を視聴した。
 初日最後のプログラムは参加者を6つのグループに分けての話し合いである。初日の講習を受けての率直な感想や疑問や子どもとの関わりの具体について出してもらった。話し合われたそれぞれの内容はこの紙面では割愛するが、このグループでの話し合いがあったからこそ、伊藤さんたちの投げかけたものが参加者の中で大きな渦となって、2日目昼からの実践講座に流れ込んでいくことになろうとは、誰も想像できなかった。(つづく)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/08/13

対等であることを学ぶ3日間〜第22回吃音親子サマーキャンプの報告〜2

 昨日の続き、第22回吃音親子サマーキャンプの報告をお届けします。
 報告者である坂本さんの娘さんは、無事、吃音親子サマーキャンプを卒業し、大学生のときにはスタッフとして参加してくれました。今、社会人として忙しい毎日を送っていると聞いています。そして、坂本さんは、卒業生の保護者として、高校の先生として、生きづらさを抱える子どもたちの相談担当者として、吃音親子サマーキャンプの常連スタッフとして参加を続けています。出会うべくして出会った、と言えるでしょう。
 今年の第34回吃音親子サマーキャンプの案内を告知したところ、早々に参加申し込みが届きました。今年も、「対等」であることを学ぶ3日間を共に過ごしませんか。皆さんのご参加、お待ちしています。

「対等」であることを学ぶ3日間〜第22回吃音親子サマーキャンプの報告〜2
                     坂本英樹(大阪・私立向陽台高校)
親の学習会

 「親の学習会」は仕事や家事、テレビやアルコール、携帯電話からも自由な環境を保障して、吃音と子どもへの理解を深め、よき伴走者となることをその目的としている。しかし、よき伴走者であるためには、その前に自分自身がよきランナーでなければならないだろう。吃音を通して親自身のものの見方、考え方が問われてくる。子育てを通して自分自身の自分育て、生き方が問われてくる。娘の吃音と出会ってからの私がそうだった。私にとって幸運だったのは、大阪吃音教室という場、仲間の存在に支えられたことである。キャンプの場で親が体験していることは、実はこうしたセルプヘルプグループ活動なのである。大阪吃音教室で培われた知恵が活かされた、親自身のサバイバルのための、学習会、キャンプなのである。

「登山」という経験

 劇の報告に移る前に、ウォークラリーについて触れておきたい。キャンプの中での唯一のレクレーションが荒神山登山である。初めて登山を経験する子どももいるかも知れない。距離的にはあまりないが、それなりの勾配もあり、発見された古墳を眺める余裕もないぐらいに、額に汗するコースだった。これを生活・演劇グループごとに登っていった。小学校低学年の子どもには厳しいコースだったろう。しかし、弱音を吐きながらでも仲間がいれば登りきることもできる。頂上で飲んだジュースや小分けにされたおやつの楽しく、おいしかったこと、眼下に見おろす稲穂による田んぼアートの「ひこにゃん」が私たちを迎えてくれたことを忘れないでほしい。登山の楽しさは後からじわじわとやってくるものだ。この活動にも「与えられる楽しさではなく得られる喜びを」というキャンプの哲学が貫徹されている。大事なプログラムのひとつである。
 登山に参加した中で、一人の子どもが、体力・安全上の点から頂上からは車での下山となった。彼がこの活動に対して達成感をもてなかったとしたら、とても残念なことなのだが、夕食のカツカレーの準備を手伝いながら、下山してくる私たちを見つけて、彼は大きく手を振って出迎えてくれたのだ。彼の中の達成感が私たちへの共感となり、手を振らせたのだろう。準備の手伝いも自分から積極的に参加したものだという。彼は彼なりに高いハードルを乗り越えたのだ。確かに、山頂で写した集合写真の彼の顔には「やった!」という満足感が表れている。このエピソードはスタッフ会議で報告され、みんなの喜びとなった。

ことばのレッスンと芝居の上演

 劇の練習の進め方については「早くに配役を決めてしまうと、自分のところが終わると他の役について関心をもたなくなる傾向もあるので、劇のつくり方を考えたい」との東野晃之さんの提案を受けて、各グループがそれぞれに工夫した。私が属したのはA、あおグループ。藤六と小鳥との掛け合いによって、この芝居の世界が開示されるパートである。川崎さんお得意の2チームに分かれて、「象だ、象だ!ライオンだ、ライオンだ!」と横一列となって相手チームに声をぶつけながら歩み寄り、その迫力をお互いに感じあうというウォーミングアップで、体を温めてから台本に向き合った。一人ひとりが藤六となり、その台詞に残りの全員が小鳥となって、「チチチ」や言葉で応えていった。中3男子2名がアドリブで大いにわかしてくれたので、後に続くものもそれに負けまいと、それぞれの趣向で藤六と小鳥との関係を体験した。目の前の相手と関わること、反応を交換しあうということ。ここから交感が生まれ、やがては交歓となる。その過程を丁寧に追っていった。
 まだ、恥ずかしくて前に立ちたくないという子どももいたが、勿論、パスもありだ。その彼女も他の子どもの演技に反応して笑っているし、小鳥となって歌っているのだから、この場にしっかりと参加しているのだ。このレッスンを通して、芝居の中で歌う場面があると楽しいということも発見できた。
 続いて、声のレッスン。キャンプ前の大阪吃音教室で「ボイストレーニング」に取り組み、大きく声を出す気持ちよさを体験したので、この場でも試みようと、藤六が遠くの小鳥に「おーい、小鳥どんよう」と呼びかけるシーンを一人ずつ演じてみた。しかし、部屋の大きさに規定されてしまうのか、遠くの小鳥ではなく、部屋の中にいる小鳥に呼びかけるような声になってしまう。一音目が大きく出ても、途中で声がしぼんでしまったり、落ちてしまったりする。そこで、本番当日の練習では外に出て、丘の上から遠くに待機しているスタッフに呼びかけてみた。イメージがもちやすかったからか、場所のおかげか、どの子どもからも大きく伸びやかな声が出てきた。「声をだすって、気持ちいい」と感じてくれたことと思う。
 本番直前には親の表現活動として、工藤直子の「のはらうた」の披露があった。子どもにとっては普段見ることのない親の姿はとても楽しいものだ。特に家庭ではどちらかというとあまり動くことのない父親の爆発ぶりは嬉しく、誇らしくもあるだろう。何よりも、これから大きな挑戦をする子どもたちにとって、親が同じ土俵に乗ってくれたこと、表現するものとして「対等」の立場に立ってくれたことは、大きな励ましである。この力を得て、劇の幕が上がる。
 ダブルキャストや新たな配役、新たな性格を与えられた登場人物など、各グループの考えたアイデアは楽しいものばかり。親としては表現することの緊張と解放感を味わったばかりなので、わが子の演技を見るのにも自然と力が入ってくる。言いにくい言葉や発音はあるだろう。この社会の中にどもってはいけない場所など実はどこにもないのだが、スタッフもどもりながら演じたように、ここはどもって当然の場である。と生きぬいてもどもっても、リズムを変えたり、息を整えたり、力を抜いたり、足を踏み込んだりという工夫をして、台詞に挑戦するのだ。どうしても言いにくい言葉は言い換えてもいいだろう。これもひとつのサバイバルなのである。かくして、あの大爆笑の台詞となった。子どもが共演者や観客と応答しながら、自分なりの工夫をしている時間は一見、沈黙の時間のようだが実は創造的なサバイバルの時間なのである。それを待つ私たちはその証人である。このリレーこそが吃音親子サマーキャンプにおける劇なのである。

「ふりかえり」という贅沢な時間

 こうして劇は終了した。私は今までのどの演劇体験とも異なる、この劇の余韻に浸っていた。子どもたちの台詞を待つ時間、子どものサバイバルの現場に立ち会う時間の何と豊かで、愛しかったことか。どもることを否定されない、待つ豊かさを知る人の中で、自分を支える力を発揮する子どもたちの何とたくましかったことか。この経験を憶えておいてほしいと思う。新見征一さんは、後日開かれたスタッフの打ち上げの席で、「どもってしまったではなくて、どもれる力、その表現力を感じた。どもることはいいことだな、すばらしいなと劇を見て思った」と賛辞を送っていた。
 初参加の親、スタッフの言葉を共有する中で、私たちの胸に刻まれたのは、次の言葉であろう。
  あなたはあなたのままでいい
  あなたはひとりではない
  あなたには力がある
 子どもの中には、このキャンプの期間中、またはその後の生活において、今までよりもどもることがあるかもしれない。しかし、それは無理な自己規制から解放されたことを意味している。自分の話し方を否定することはない、「まあ、いいか」程度の地点に立つことから始めよう。「吃音は変化する」ものだが、「変わる力」はこの「ゼロの地点」から微笑んでくれるものだろう。「あなたはあなたのままでいい」から吃音とのつき合いが始まる。

スタッフであるということ

 キャンプ初日の「開会のつどい」の挨拶と翌日の経験の浅いスタッフのための「サマーキャンプ基礎講座」で伊藤さんは、「キャンプの参加者はみんな対等である」と述べた。本稿の最後にこの言葉の意味するものについて考えたい。
 発達心理学の浜田寿美男は「障害と子どもの生きるかたち」(岩波現代文庫)の中で、「明日のための発達より、いまの手持ちの力で生きる生活を大事にしたい」と述べ、「世にあるさまざまな治療や訓練のなかには、ただただいまのままではこまるからなんとかしたいというのみで、本人の生きているいまの世界をそっちのけにして、ひたすら治す、軽くするというところに邁進してしまっているものが少なくない」と「治療・訓練という発想の危うさ」について警鐘を鳴らしている。
 これは、私も含む、○○士、○○師という専門性を持つといわれる人々に向けられた言葉である。私たちはともすれば、ある時間、ある場所において切り取られた子どもの断片の姿だけを見て、評価を下し、訓練へと駆り立ててしまい、子どもをトータルな存在として、その生活世界の中で見ることを忘れてしまう。キャンプという経験は子どもが手持ちの力で自らを支える姿を見せてくれる。その「変わる力」を信頼し、いまこの場でできる「生の技法」を子どもとともに探していくこと、この対等性をもとに、専門性が立ち上がっていくのである。言語聴覚士やことばの教室の教員はこれを学びに繰り返し、参加しているのではないか。
 どもる大人のスタッフはどうか。彼ら、彼女らの中には吃音は自分自身の課題としては、既に大きな問題ではないという人もいるだろう。ではなぜ、参加するのか。東野さんは「子どもの話を聞いて、自分の体験を振り返るし、話をする親の姿を見て、自分の親のことを思う」と言い、香緒里さんは子どもが相談してくれないという悩みをもつ親の話を聞いて、「自分も親には相談できなかったが、いま考えるとしておけばよかった」と言う。ここで起きているのは、自分の親との時間を越えた対話である。この対話を通して、親との間に起こった過去の出来事に新たな解釈が加えられ、それまでとは異なる物語として把握される。この過程でたとえば、かつては許せないと思っていた親とも、気持ちの上で和解することもできるだろう。
 スタッフは子ども、親と接することで、新しく自分の人生を生き直しているのである。
 スタッフとは援助者として、「する―される」の関係に立つのではなく、子ども、親と対等の関係に立ち、深くこのキャンプを経験しようとするもののことである。

その思いを私たちのものとして

 「開会のつどい」では、3年間、キャンプに参加した宮城県牡鹿郡女川町の阿部容子さん、莉菜さん親子が東日本大震災による津波によって亡くなられたことを伊藤さんが参加者に報告し、全員で黙祷をささげた。
 「スタタリング・ナウ」(2007.11.20No」59)には阿部容子さんの手記が載っている。その最後は「阿部さん一家、足並みをそろえて前進します。ありがとうございました」と結ばれている。
 私にとっては、もはや出会えない人ではあるが、同じような気持ちをもつ吃音ファミリーの一員として、この場を借りて、ご冥福をお祈する。(「スタタリング・ナウ」 2011.10.23 NO.206)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/05/30
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