伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

桂文福

落語「卒業証書」 桂かい枝さんの落語会

かい枝まつりin喜楽館2026ポスター 「えー、私、落語家の桂かい枝と申します。以前、桂文福兄さんのご紹介で、一度、天満天神繁昌亭でお目にかかったことがございます。その後も、「卒業証書」を演じさせてもらっていますが、今度、3月28日の朝なんですけど、神戸の喜楽館でやらせてもらうことになりました。読売新聞の方から、いろんな取材が入ることになり、伊藤さんにも、ご意見をうかがえたらということになりました。また、ご相談の連絡をさせてもらいます。急にお電話をして、失礼しました」

 こんな留守番電話が入っていたのは、2026年月3月4日の午後4時過ぎでした。ゆっくりとした、聞き取りやすい、明瞭な声です。落語特有のリズムでしょうか、なんともいえない温かい優しい声でした。僕は留守にしがちなので、留守番電話によく録音が入ります。そのほとんどが早口で、相手が電話番号を言ってくれても、聞き取れたことはほとんどありません。そのような聞き取りにくい留守番電話をとることが多いので、さすが噺家さんだと思いました。
 翌日、家にいるときに再度電話があり、同じ内容の電話を直接、かい枝さんから受けました。

 落語の演目「卒業証書」を初めて聞いたのは、2023年10月13日でした。かい枝さんが演じられました。桂文福さんから連絡があり、天満天神繁昌亭に出向きました。出番前に、文福さんに案内されて、楽屋に行き、そこで、演芸作家の石山悦子さんや、その日の演者であるかい枝さんを紹介していただきました。石山さんが文福さんの話を聞いて、この「卒業証書」の落語を作られました。吃音のために不登校になっている担任の先生を、どもる父親をもつ生徒が訪ねるところから始まる「卒業証書」ですが、ネガティヴなお話ではなく、心温まる、そしてちゃんと最後はオチのある、すてきな物語になっています。
 このときのことは、2023年10月14・15・16日のブログに、3回連続で書いています。
 その後、吃音の話の提供者である桂文福さん演じる「卒業証書」も聞きました。

 その「卒業証書」、かい枝さんの話にもあったように、今度、3月28日(土)午前10時から、神戸新開地の喜楽館で行われます。ご都合が合えば、ぜひ、お出かけください。
 ほろりとさせ、そして、温かい、物語の世界に、ご一緒しませんか。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/03/07

成田山不動尊、節分の豆まき

カメラ成田山1 今日は、2月3日で、節分です。
 毎年、近所の成田山不動尊で、節分の豆まきの行事が行われています。朝ドラや大河ドラマの俳優さんたちが来て豆をまくので有名で、テレビのニュースでもよく取り上げられています。成田山不動尊には行ったことはあるけれど、節分には行ったことがありません。一度くらいはと思っていたところ、ネットで検索すると、落語家の桂文福さんも豆をまくとのことでした。文福さん、今年は年男だったっけと思いながら、行ってみようかと思い立ちました。
 豆まきは、今日、何回かあるらしく、文福さんが登場するのは、1回目の10時30分からです。10時過ぎに着くと、すごい人だかり。大きな枡に、豆(落花生とのことです)が盛られています。大きな枡には、「千升 大福枡」と書いてあり、一升の千倍入るそうです。
カメラ成田山2 本堂の中でお経をあげて豆まきをした人たちが、舞台に登場しました。今度は、見ている僕たちの方へ豆をまいてくれます。豆をまく人のことを、年齢に関係なく、男女に関係なく、「年男」と呼ぶのだと、住職さんが話しておられました。文福さんの姿もちらっと見えます。朝ドラの俳優さんたちも見えます。この光景は、毎年、ニュースで見るあの光景です。
カメラ成田山4 ここでは「鬼は外」は言わず、「福は内」だけを言うのだと、これも、住職さんが言っていました。早くから来て、前の方に陣取っていた人たちは、紙袋を広げ、豆をゲットしていました。文福さんの写真を撮ろうと試みますが、あまりに人が多く、映るのは、前にいる人の頭やスマホばかりでした。それでも、帰るときの小さな後ろ姿を撮って、文福さんに送りました。すぐ、返信が来て、もう30年以上、年男として豆まきをしているとのことでした。
成田さん節分 文福 まかれた豆は、僕たちのいる後ろの方には飛んできませんでしたが、ずらーっと並んだ先で、福豆をいただきました。
 年に一度の風物詩、おもしろい経験でした。冥土のみやげになったかな。
 明日は、立春。春が待ち遠しいです。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/02/03

幻のネタ下ろし落語会

ネタ下ろし1 演芸作家である石山悦子さんとの出会いは、新作落語「卒業証書」でした。桂文福さんを取材し、文福さんの体験をもとに、石山さんが作った「卒業証書」。桂かい枝さんが演じるということを知らせていただき、天満天神繁昌亭に行ったのは、2023年のことでした。楽屋で、文福さんやかい枝さん、石山さんともお会いすることができました。
 落語「卒業証書」は、卒業式前、不登校になっているのを「なんでやねん、なんで休むねん。学校に来てほしい、待ってるよ」となだめている場面から始まりました。不登校になっているのは、当然、子どもだと思ってしまいますが、実は逆で、不登校になっているのは、担任の先生でした。この担任の先生はどもります。普段の授業はなんとかこなしていますが、卒業式での呼名が不安で学校を休んでいます。なだめているのは、その担任のクラスの子ども、タモツです。タモツのお父さんはどもる人でした。
 どもる人の心情をとらえ、でも、それは決して悲惨なものではなく、微笑ましいお話になっていました。
 「卒業証書」は、その後、文福さんが演じるものも聞かせてもらいました。

 「卒業証書」の作者である石山悦子さんとは、その後、お付き合いさせてもらっています。石山さんから、落語会のお誘いを受けました。その落語会は、1月27日、天満天神繁昌亭で開催された『幻のネタ下ろし』でした。中入りの時に、石山さんはじめ、作者の方が舞台に出てきて、この落語会ができた経過を話してくれました。
ネタ下ろし3 この落語会は、第3回・第4回上方落語台本大賞発表落語会で、2020年、2021年と、コロナのために2度取りやめになり、一旦は永久中止が決まったそうです。でも、あきらめきれなかった作者たちが立ち上げたお披露目会だったのです。いただいた、あいさつ文の中に、こう、書かれています。

 「落語台本は、噺家さんにより高座で演じられて初めて命を得るものです。この無茶な会を「やりましょう」と引き受けてくださった噺家さん、そして「立ち会いましょう」とお運びくださったお客様のおかげで、ようやく今日、噺は息をし始めます。さあ、いよいよ幻のネタたちがお目見えの時間となりました。
 演者も作者もこの瞬間はドキドキですが、おきゃくさまはどうぞリラックスしてアハハと笑っていただければと存じます」

 6席、楽しみました。
 石山さんの噺は、「AIシテル」。桂吉弥さんが演じました。この噺は、2019年、AIがまだ今ほど身近ではなかった頃に書かれました。その後、急激に世界は変化していますが、人の普遍的な感情は、多分いつの時代になっても変わらないだろうと、石山さんは言います。噺をつくったのは石山さん、演じたのは吉弥さん、そして聞かせていただいたのは僕たち。なんともいえない温かい時間でした。土中に眠っていたのが陽の目を見たと、後日、石山さんからメールをいただきました。その場に立ち会わせていただいたこと、幸せでした。

額入りチラシ おまけ。10人にプレゼントが当たる抽選があり、まさかの当選。このようなことに当たったことなど一度もないのですが。額に入った、サイン入りの今回の落語会の案内チラシです。「こいつぁ、春から縁起がいいい」は、まだ続いているようです。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/01/30

「英国王のスピーチ」感想特集

 「スタタリング・ナウ」では珍しく、連続して特集を続けました。それだけ映画「英国王のスピーチ」が僕たちに示してくれたインパクトは強く大きかったのだと思います。今日も、「英国王のスピーチ」の感想を紹介します。今日と明日の2回に分けて、紹介します。

  
「ドモダチ」に出会いたい
                               桂文福 落語家

 『スタタリング・ナウ』ご愛読の皆さん、ご無沙汰しております。落語家の桂文福でございます。
 私事ですが、落語家笑売をはじめて40年目に入りました。
 「小さい頃からひょうきんでおもしろい子」「クラスの人気者」「落研でうまいと言われるから、プロで力を試そう」「将来の落語界を背負ってやるぞ」そんなことはどれも私に当てはまりません。私はれっきとした吃音者でしたので…。
 今では、吃音の人を「ドモラー」とか吃音仲間を「ドモダチ」と呼んだらどうかと思えるほど、堂々と「私は吃音者」と言えます、胸をはって(別に胸はらんでもええけど…)。そう思えるようになったのは、伊藤伸二会長出演のNHK教育テレビ「にんげんゆうゆう」(2000.6.22)のおかげです。
 先に書きました落語家の入門動機も、師匠小文枝(後の五代目文枝)の落語を聞いて「この人に教えてもろたら、人前でちゃんとしゃべれるようになるかな〜」という、最低ラインのものでした。もちろん、落語は聞くのは大好きでしたけど。師匠は、私がいくらどもってもそれを責めるのではなく、「お前には、独特の間(ま)があるんや。そこがおもしろいんや」と大きな心で導いてくれました。ところが、困ったのは、なんばや京都の花月の出番をもらった時でした。我々の世界は、特に上下関係が厳しく、自分の出の前には必ず先輩、師匠方の楽屋にご挨拶に行き、「お先に、勉強させていただきます」と言わねばなりませんが、相手によって、すっと言える時と、ちょっと威圧感のある人や人気者の人が相手だと「お、お、お、お先に、べ、べんきょう…」となりました。すると、相手の人は笑いながらわざと「ご、ご、ごくろうさん」私もわざと「ど、ど、どうも、よ、よろしく、トホホー」お互いワァーッと笑って、部屋を出た私は「チクショー」と心でつぶやき、そんな時ほど、どもらずにきっちり高座をつとめました。出囃子にのって出るときからテンションをあげ、いつものフレーズで流れにのると、すっーとしゃべれて無事に一席終われるのですが、途中でアドリブ等を入れると必ずどもりますね。でも、相撲甚句や河内音頭など、歌えばいくらでも言いたいことが発表できます。師匠も、落語家でもそういう芸を取り入れてもええと許して下さったおかげで、自他共に認めるユニークな噺家になれたと今は吃音に感謝しておりますが、「にんげんゆうゆう」のNHKテレビと出会うまでは、自分からは、吃音のことは楽屋内以外話題にもしませんでした。
 ところが、テレビで伊藤伸二会長の話や「日本吃音臨床研究会」の活躍を知り、すぐに伊藤さんにFAXをしたのです。それがご縁で、12年ほど前に、伊藤さんのお世話で落語会にお呼びいただきました。その時の伊藤さんがつけたタイトルが「桂文福の泣き笑い落語人生。どもりでよかった!!」ガビ〜ン。そのチラシが送られて来た時、うちの嫁はんも息子も爆笑しました。仲間の芸人や私の弟子たちとも大笑いでした。まさにカミングアウトでした。それからは、正々堂々と「吃音者」として生きていけるようになりました。
 そして、先日、見ました、「英国王のスピーチ」。リニューアルしたJR大阪駅の大阪ステーションシネマの、お客さん方を見て「この人たちもどもるのかな〜」「ご家族にどもる子どもがいるのかな〜」「普通の映画ファンかな〜」等と考えながら見ました。
 コリンファースさんの吃音ぶりは見事でした。そして、心からのスピーチ、伊藤会長がおっしゃる「スラスラとしゃべっても中身のない心が通わない話より、どもってもいい、一言一言胸をうつ話し方がいい」まさにそのとおりでした。吃音を呪う、自分に腹が立つ、くやしい、悲しい、そんな感情も、見事に伝わりました。そして、ライオネルさんやご家族、まわりの支える方々の大切さも胸をうちました。脚本のデヴィッド・サイドラーさんご自身が吃音者ということで、全世界の吃音者が希望を持ち、心から拍手を送れる作品にしあがったと思います。
 一世一代のスピーチの後、ライオネル氏が「やっぱりWが苦手ですね」と言えば、ジョージ6世が「僕だという印を残しておかないとね」このセリフは、まさに落語のオチ(サゲ)そのものでした。最後の字幕スーパーが消えるまで涙が止まりませんでした。そして、改めて多くの「ドモラー」「ドモダチ」に出会いたいと強く思いました。


  吃音研究者が観た「英国王のスピーチ」
    ―映画に見る吃音の肯定的理解―

        ジュディ・カスター ミネソタ大学教授(言語聴覚リハビリテーション)

 どもる人たちや言語療法の専門家にとって、この映画は他の人たちとは違った風に見えるだろう。
 映画は1930年から1940年代を描いていて、そこに出てくる吃音の考え方はかなり古い。映画に登場する専門家達は、今ではまったく信用されないテクニックを使っている。ビー玉を口いっぱい詰め込んだり、喉をリラックスさせるために喫煙も勧めている。国王が肺がんで亡くなったのはそのせいかも知れない。その当時他にも、成人吃音は「治る」と考えられていたり、子どもに左利きを直すよう強いたり、厳しいしつけをするとどもりになる、などと信じられていた。
 ライオネル・ローグは、言語療法ではなく、発声や弁論術の専門家であった。映画では、流暢性を高めるために、一時的にしか効果が得られないようなマスキング、歌唱、大声で話す、悪態語を叫ぶなどの方法が用いられている。それらをライオネルが実際に使っていたかどうかは定かではないが、それらの中には今でも使われているものがある。ともあれ多くの点で、彼は優れた「セラピスト」であったと言える。
 ライオネルは、セラピーにおいては、クライエントの動機が重要であるとの認識に立ち、国王の「心の準備」が整うまで辛抱強く待っていた。そして、サポート、強化、励ましに加えて、クライエントとセラピストの間の平等な関係を築こうとした。彼は、吃音は単に身体的・口腔運動機能の問題だけではないと明言しているが、先ずはそれらの症状に取り組むことを初期目標とした。
 ライオネルは、マスキングや歌など以外にも様々なテクニックを駆使している。妻エリザベスをセラピーに参加させ、今日のセラピーでも使われている脱感作法や、国王が「心地よくいられる安全地帯」を拡大できるように励ましたり、筋肉弛緩法や腹式呼吸法、引き伸ばし法などを取り入れている。その他にも、間を置くこと、ジャンピング、構音器官を軽く接触させてわずかに音を引き伸ばして言葉を出すとか、出にくい音から始めて、軽く息を吐くこと、そして、話す速度を調整しながら「声を前に出す」ことに集中するといったテクニックや発声の仕組みを教えている。
 この映画を観ると、「吃音を直ちに治す方法はない」ことや、クライエントとセラピストの「関係性」の方がクライエントに教えるテクニックよりも大事であることがよくわかる。国王の吃音は「治る」ことはなかったが、どもりながらも伝えたいことを伝える力をつけることは出来たのである。
 世紀の開戦スピーチを終えた国王は自信に満ちていた。ライオネルが「Wがまだどもっていましたね」と言うと、「でないと私だとわからないからね」と国王はユーモアで応える。国王を演じたコリン・ファースは、インタビューで、「ライオネルの日記の中にこの言葉を見つけたとき、これは是非とも台詞に入れなければと思った」と語っている。
(訳:進士和恵 原文:Kuster,J.M,At Long Last,A Positive Portrayal of Stuttering.The ASHA Leader.February15,2011)


  英国王にあるもの、ないもの。
                  ソレア心理カウンセリングセンター
                  所長 高間しのぶ(臨床心理士)

 爽やかな映画でした。
 吃音の治療には平等な関係にある人間がそばで支えることが必要で、その人間によって承認されることが治療につながる、ということが描かれていたと思います。
 子どもの頃から父や兄によって感情を抑えつけられてきた主人公。それによって真の自分が出せないことが彼を吃音にした。そんな暗喩があったようです。そこへ友達のように現れた治療者。平等な関係を作ることによって、彼の真の自分(抑えつけられた自分)を開放しようとします。ヒワイな言葉も口走らせ、彼の怒りをどんどんと出していった。たまっていた感情を外へ出すことで彼は自由というものを身体で学んでいきます。感情に正直であることとは、どういうことかを学んでいきます。抑えつけるものに対して、真の自分を出そうとします。確かに治療者は、さまざまな治療法を試みています。しかし何か特別な練習が必要なのではなく、自分の感情(映画の場合は怒りや哀しみ)を出すことが、活き活きと自分を生きる道につながるのだということを教えてくれました。
 物足りなく感じたのはラストのスピーチ。もっとどもっても良いのにと思いました。あんなにスラスラ読めるはずがない。いや、彼はスラスラ読む必要はない。映画の中では治療者に「今回はWのみどもった」と言われますが、W以外にもどもればよかった。もっとどもる演説の中に彼の人生がにじみ出ればよかったのに、と思いました。どもりの人は練習ではどもらない。しかし本番でどもる。そして本番でどもることが悪いことのように思ってしまう。だから彼には本番でもっとどもって、そのどもる演説がとてもすばらしいものだった、というストーリーであればよかったのにと思いました。
 私は今、この映画で描かれなかったことに、一番の関心があります。
 この映画では、どもる怒り、どもる哀しみが十分に描かれていました。そこには胸を打たれました。私もかつては、どもる自分に怒り、冷ややかな周囲の視線に怒っていました。そのような怒りはこの映画に丁寧に描かれていました。しかし、この映画では、どもる喜びが描かれていませんでした。
 どもる喜びと言うと、違和感を感じる人もいらっしゃるでしょう。でも感情の表現として、どもる怒り→どもる哀しみ、と来たら、次は「どもる喜び」が来るはずです。どもる喜びへの道のりは人それぞれですし、遠い道のりかもしれません。しかし、哀しみの次には喜びが必ずやってくることを知っておくべきです。
 最後のスピーチでもっと彼がどもったとしたらどうでしょうか。どもるということは一生懸命話すということです。どもるの人がどもらずに話しているときは、自分の体験を振り返ってみると、何故か真剣味が足りないような気がします。決して不真面目ではないのですが、どもらない自分に酔っぱらってしまうせいか、なんだか適当なことを話しているように感じます。軽い話になってしまう。どもるということは、そこに真剣勝負の雰囲気が漂うのです。なぜだか話す内容も重厚になるのです。
 私はカウンセラーなのですが、カウンセリングという仕事にはどもる喜びがあります。つまり、ここぞという時にどもる。意図的でなく、自然とどもってしまう。こういうとき、どもることは非常に有効に働きます。ときどき冗談で、わざとどもるんです、と話しますが、実際は違って、ほんとにどもるんです。意図せずにどもる。それも本当に必要なことを言うとき、そのときどもる。不思議ですね。スピリチュアル的なものが作用しているとしか思えないのですが、大事な話のときに必ずどもるのです。そしてどもることで、私の気持ちが相手へまっすぐに伝わるのです。この瞬間、私は吃音で良かったと実感します。どもらない人だと伝わらないもの、それが私がどもりであるために相手へ伝わるのです。どもらないカウンセラーが手に入れられないものを頂いている感じです。これがどもる喜びです。
 私がもしどもらなくなったら…。そのときはカウンセラーという仕事を止めなければならないと思っていますが、私がどもらなくなることは想像できないので、当分は仕事も安泰でしょうか(笑)。
 吃音を克服することはどもらなくなることではありません。どもることが喜びにつながるようになること、これが吃音克服の到達点の一つのように思います。この、どもる喜びが英国王には描かれていませんでした。ということは、吃音を主人公とした映画はもっともっと素晴らしい映画が生まれる可能性が残っているということです。(つづく)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/05/11

桂文福さんによる落語「卒業証書」〜文福恩返し寄席〜

文福さん恩返し寄席_0001 3月31日(月)、大阪天満宮の近くにある、天満天神繁昌亭の夜席は、文福一座の恩返し寄席でした。その日は、文福さんの72歳の誕生日でもありました。これまで長く落語家として続けることができたお礼にと、文福さんは、これまで縁のあった地域を訪ねて、落語会を開くことを企画しました。名付けて、「文福恩返し寄席」です。
 文福さんから案内をいただいていた僕たちは、当日、繁昌亭に向かいました。開場前から、たくさんの人だかりです。その中に、文福さんの姿が見えます。サービス精神旺盛の文福さんは、始まる前も終わってからも、必ず外に出て、お客さんと話し、握手をし、写真を撮り、と大忙しです。
 文福さんの得意な相撲甚句、相撲発祥の地・当麻寺の相撲甚句会の人たちがずらりと並んで、相撲甚句を披露するところから、幕が開きました。そして、トップバッターは、息子である鹿えもんさんです。僕たちが出たNHK Eテレの番組「にんげんゆうゆう」を録画して、父親の文福さんに見せ、文福さんと僕をつないでくれた人です。その後は、四番弟子のぽんぽ娘さん、珍しい女性の落語家です。ゲストは、人情噺の名人・桂福團治さんの「藪入り」でしっとりとしました。中入りの前、文福さんは、相撲甚句に、昭和歌謡ショーと、自慢の喉を披露してくれました。お客さんも、大喜びでした。
 中入り後は、変面マジックショウの亜空亜SHINさん。今まで見たことがないような不思議なマジックショウでした。顔につけているお面が次々に変わり、それだけでなく、筒の中から果物が出るわ、水は出るわ、華麗な舞台に惹きつけられました。
 そして、いよいよ、トリ。文福さんが再度登場します。吃音をテーマにした創作落語「卒業証書」です。作者の石山悦子さんには、2023年、初めてこの「卒業証書」を聞いたときにお会いしました。そのときは、桂かい枝さんが演じました。卒業式で生徒の名前を呼ぶことができないだろうから卒業式に出たくないと不登校になっている吃音の教師のところに、生徒のたもつが来て、学校に来るように励ますところから話が始まります。この出始め、私たち聞き手は、不登校になっているのは当然生徒だと思い込みます。ところが先生の方が不登校になっているというのがおもしろいところです。「どもらない人間に俺の気持ちがわかるか?」という先生に、生徒のたもつは、自分の父親が吃音で息子の名前「たもつ」を言うのに苦労し、「いつも元気なたもつくん」とか「今日も笑顔のたもつくん」と、言いにくい名前の前に形容詞をつけて父親から呼ばれていたことがうれしかったと告げます。また、父親は、散髪屋の仕事をしていて、その師匠から、髪を切るだけでなく、お客さんとのコミュニケーション、「間」を大事にしろと教えられたと、父親の経験を紹介します。
 場面が変わって、卒業式が終わった後のホームルームの時間、たもつの話を聞いて、それなら出来そうだと卒業式に出た先生は、卒業式で、生徒の名前を呼ぶとき「まぶしい笑顔の○○さん」「まあなんてサッカーの上手な○○くん」と言って無事終えることができたようです。生徒たちは、他のクラスと違って、名前だけでなく、ひとりひとりにいろいろと付けてくれたことを喜びます。ところで、それがどうして「ま」ばかりで始まるのか、確かにマ行は言いやすいと聞いたが、マ行には、「ま」の他に、「み・む・め・も」もあるのに…。「間」を大事にしろと言われたから…と、オチになるという展開でした。詳しくは、2023年10月のブログをご覧ください。
 文福さんの「卒業証書」、かい枝さんとはまた違って、独特の、どもる人ならではエピソードが加えられ、文福さんの世界が繰り広げられました。終わってから、文福さんや作者の石山さんと、この落語を大切に育てていきたいと話しました。
 人を大切にし、縁を大切にする文福さん。どもりに負けないで、個性にして、話すことが商売の落語家として、50年以上がんばってこられました。
文福さん恩返し寄席  もう一枚 翌日すぐに、文福さんからLINEがありました。僕たちとの縁もとても大切に思ってくれている文福さんです。ありがたいおつき合いに感謝しています。
 翌々日、文福さんから、再度LINEがありました。恩返し寄席の終わった後の打ち上げ会の様子です。お連れ合いの田中律子さんの映像とともに、「うちの嫁さんのごあいさつ、私より上手い」とありました。
 「これまで支えてくださったみなさん、ありがとうございました。
 初めの落語は、今まで300回以上聞いています。最後の吃音の、石山先生が作ってくださった落語を聞かせてもらいたいと思っていました。主人は、ハンディというか特徴というか、そういうのがあるのに、しゃべる仕事に就いて、やっぱり苦労はあったと思うけど、パワーで克服しながら、まあよくがんばってきたと思います。これからは、健康だったら、新作にも取り組んでほしいです。それと、もうちょっと人の話を真剣に聞いてほしいなと思っています。…」
繁昌亭1繁昌亭2繁昌亭3

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/04/03

第38回みのお市民人権フォーラム

箕面人権フォーラム 全体会パンフレット表紙 昨日、箕面市に行ってきました。第38回みのお市民人権フォーラムがあり、その全体会の記念講演が、桂文福さんと桂福点さんの人権落語二人会だったからです。文福さんから、招待券を送ってもらっていました。
 箕面市は、人権に関してきちんと取り組んでいるところだという印象があります。僕も、2019年1月24日に、箕面人権セミナーで講演をすることになっていました。その当日の朝、風邪気味で、念のために行った医院でインフルエンザと診断されました。すでに会場設営に出向いていた担当者にあわてて連絡をとり、急遽中止となりました。ありがたいことに、1年後の同じ日、1月24日に、再度呼んでいただき、箕面人権セミナーで話をさせていただきました。そんなご縁のある箕面市です。

 会場は、箕面駅から近い箕面市立メイプルホール大ホール。前から2番目の席に座りました。市長や関係者のあいさつの後、桂福点さんの登場です。
 福点さんは、障がい者・生活介護「お気楽島」所長であり、音楽療法士でもあります。
パンフレットから、プロフィールを紹介します。

 「初めまして桂福点と申します。全盲で視力は真っ暗でございますが、ヘアスタイルの方がまぶしいという具合で、バランスをとらせていただいています。
 人権といいますが、誰もが豊かに暮らしていく権利が私たちの住む日本では保証されているのでしょうか。私は一人の障害者として生きてまいりました道すがら、人との出会いこそが人を守り、励ますことにつながっていくと思っています。
 この度は文福師匠とご一緒させていただきまして、障害を持つ人も持たない人もともに生きるとはどういったことなのかを話させていただければと思います。
 文福師匠は私が入門して間もない頃から常にお声をかけてくださり、応援してくださっております。「がんばりや」といって大きな手でいつまでもいつまでも握手をしてくださったこと、忘れられません。そんな人の出会いやつながりについて話をさせていただければと思います。 どうぞよろしくお願いします」

 プロフィールにあるとおり、いろいろな人との出会いの中から、目が見えないという障害と上手につきあってこられた人生を語られました。大変なこともたくさんあっただろうと思いますが、そんなことを少しも感じさせない、ユーモアたっぷりのお話でした。音楽療法士としての姿も見せてくれました。また、オペラも披露してくれました。

箕面人権フォーラム 舞台箕面人権フォーラム 文福垂れ幕 福点さんの後は、文福さんの登場です。
 桂文福さんは、NHK Eテレの「にんげんゆうゆう」以来の長いおつきあいをさせていただいています。僕たちの吃音ショートコースという2泊3日のワークショップにも来てくださったし、應典院でのコモンズフェスタで話をしてくださったし、大阪吃音教室にもふらっと気さくに参加してもらっています。僕たちと出会ってから、吃音のことを公表されるようになり、「吃音とともに豊かに生きる」を、身をもって実践されています。
いつものように、「バアッー」から始まりました。話の中で、僕や僕たちの日本吃音臨床研究会や大阪吃音教室との出会いの話が何度も出ました。30年前に僕との出会いがなかったら「吃音の公表」はしていなかったかもしれないそうです。僕と出会ってからは、どこでも吃音の事を話題にし、積極的に話していくのだと話しながら、「今日も、どこかに来てもらっていると思いますが…」と周りを見渡しました。前から2番目にいましたが、みつけられなかったようです。
 小学生の頃のつらかったこと、本名が「田中ノボル」なのに、「田中ドモル」と呼ばれていたこと、落語家になろうと思ったときのこと、弟子入りのときの話、全国各地を回るふるさと寄席で出会ったたくさんの人の話、そのすべてが温かく、優しい話でした。文福さんの人柄がよく表れています。今回は人権講演ということもあってか、いつもより吃音について、自分の落語人生について話しておられました。

 お二人の話のあとは、文福さんと福点さんのトークショーでした。
 吃音の話があちこちに散りばめられているのですが、突然、「日本吃音臨床研究会の伊藤伸二会長が今日、参加されています」と紹介され、おまけに「立ってください」と言われ、慌てました。まさかこんな展開になろうとは想像もしていませんでした。いつまでも、30年前の最初の出会いを大切にしてくださる文福さんらしい対応でした。
箕面人権フォーラム 隠し撮り そして、最後は、にぎやかに、人権音頭でしめくくりました。午後1時半から始まった全体会が終わったのは、午後5時前。予定時刻をオーバーしての熱演でした。落語会では、よく終わったら、出口に立って、参加者を見送ってくれる文福さんですが、まさか今日はそれはないだうと思っていましたが、会場を出ると、にぎやかな声が聞こえます。文福さんが、福点さんと一緒に参加者を見送ってくれていました。ここで、記念の写真を撮りました。最後まで、あったかい文福さんでした。

箕面人権フォーラム 文福・福点・伸二 外は冬に突入したように、寒い風が吹いていましたが、温かい気持ちになって、帰りました。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/12/08

私と『スタタリング・ナウ』 2

 『スタタリング・ナウ』100号記念特集に寄せられたメッセージの紹介のつづきです。読み返しながら、こんな思いで読んでくださっていたのだと心に染みました。先日、今月号の『スタタリング・ナウ』を入稿し、できあがりを待っているところです。息長く続けている僕たちへの応援のメッセージになっています。2002年12月21日発行の『スタタリング・ナウ』ですから、20年以上も前に書いていただいたものですが、今、書かれたもののような感じがします。

『スタタリング・ナウ』100号記念特集
   私と『スタタリング・ナウ』


  吃音は一流の表現
                   秋田光彦 大蓮寺住職、慮典院主幹(大阪府)
 「吃音」という主題ひとつが、こんなに多種多様な活動を導き出すのか、といつも驚かされています。「吃音」が治療や矯正の対象でなく、その人の個性として受け入れていくことから人間と社会のさまざまな対話が生まれてきたからでしょうか。
 本当の豊かさとは、個人が普遍に対しやわらかに開かれていることだと思います。普段は聞き逃してしまいそうな、静かなつぶやきを、丁寧に拾い上げながら、「吃音」から世界に架橋するような、そういう試みの数々は、人間としての共感軸を揺さぶらないではいられません。貴紙のみならず、伊藤さんの仕事から、いろいろなことを教えていただきました。もはや「吃音」は一流の表現であるようです。

【竹内さんのレッスン会場としてだけでなく、様々な、人と人のつながりを大切にする、息をするお寺・應典院との出会いは活動の幅を広げてくれました】


  やったね、100号、おめでとさん!!
               桂文福 (有)文福らくごプロモーション代表(大阪府)
 伊藤会長の文章や「仲間」たちの記事から、いつも勇気をもらっています。おおきにおおきに。
 私は、ライフワークとして「出あい、ふれ愛、わきあいあい」をモットーに、全国市町村で「ふるさと寄席」をやらせていただき、文福一座のおもしろメンバーたちと旅をしています。新幹線や特急の切符をとる時、駅の方が「キンエンシャになさいますか、キツエンシャがいいですか」とお聞きになりました。すかさず一座の者が「師匠はキツオンシャでしょ」「そ、そんなアホな!!トホホー」とこんなシャレを言い合っても別に腹も立たず、かえって愉快です、 私は…。高座にあがれば、それなりに、いやかなり爆笑はとれる自信があるし、お客様を納得させられると思います。どもっていたおかげで、自分に自信をつけようと、中学、高校時代は、相撲、柔道で一応青春の汗も流せました。この世界に入って32年目。何とか個性のある落語家になりたいと、相撲甚句や河内音頭(これやったらなんぼでも、スラスラ〜と言葉が出まんねん!!)を唄い、東西600数十人落語界で、ただひとりの河内音頭取りで「エンカイティナー」の異名をとるユニークな存在になれましたのも、「どもり」のおかげだと思っています。だから、私自身、前出のシャレもOKなんです。しかし、私のポリシーとして、人の体の欠陥や悲しい事件、事故、災害等で笑いをとることは、絶対しません。そんなネタは、「真の笑いは、平等な心から」という私の講演テーマには合いませんからね。
 さて、各地をまわりますと、うれしいふれあいがありますよ。徳島の施設を訪問した時、我々一座が大熱演しても、パチパチと拍手がわきません。客席からガチャガチャ、ギーギー、ドンバタ…「何で拍手ないのかな〜?」全員が体に障害をおもちで、手を合わせてパチパチできないのです。そこで、車椅子を揺すってガチャガチャ、片手で車輪をギーギードンドン。心からの拍手をもらいました。いろんな拍手があっていい。表現の仕方が違うだけ。
 まさに、金子みすずさんの「―みんなちがってみんないい」。今、彼女の大ブーム、映画、ドラマ、舞台、CD等、多くの人々に感動を与えてます。私は、こんなに騒がれる10数年前に、みすずさんのふるさと長門仙崎を訪れ、みすずさんのお墓参りもして、"彼女"に出会ってきましたが、素直にやさしい心で仙崎の町や青海島の風景を、詩にしていて、おしつけがましくも、説教くさくもないので、今も心にしみるんだなあ〜。2003年、生誕100年を迎えますが、東北、秋田でも、そんな心をもった女の子と出会いました。知的障害をもつ彼女は、毎朝、お花畑に水をやるのが日課で、手が汚れたので水道で洗ったら冷たかった。先生が「こちらの蛇口からはお湯が出るよ」。お湯で手を洗ったら温かかった、うれしかった。翌朝、彼女はお花にもお湯をかけた。花はしおれた。先生が怒ろうとしたけれど「待てよ、この子は、自分がうれしいと感じたことをすぐに誰かに伝えたかった。そんなやさしさ、とっくに忘れていたなあ、この子に教えられた」と叱るよりありがとうとお礼を言った。―これからも、こんな心のこもった「出あい」をしたいもんだなあ。

【『にんげんゆうゆう』を文福さんの息子さんが録画しておいてくれたことがきっかけでおつきあいさせていただいています。あったかい、あったかい人です】


  海外からこんにちは
          石田浩一 ワシントン大学研究員(アメリカ・セントルイス在住)
 毎月海外まで「スタタリング・ナウ」送付して下さってありがとうございます。毎号届くたびに自分にとって非常に慣れ親しんだ(?)事柄に、少しばかり安堵するような気分で読ませていただいています。
 私は2年半ほど前から海外に出て生活しているのですが、その間の印象に残る体験のいくつかは、まさしく私がどもるために体験したものでした。非常に美しい(と私が勝手に思っている)体験もあれば、逆になんとも嫌になるような体験もあります。そういう美しいもの嫌なもの両方含めて、それらは私が吃音という性質を持っていなければ体験しようのないものでした。吃音はまぎれもなく私の一部であり、そういった体験の中から感じた自分らしさ、自分の人生というものがあるように思います。
 これからもそんな体験がいろいろできるように、もっともっと自分らしくやっていければと思っているのですが、そんな時「スタタリング・ナウ」を読むと、なにやら非常に気分が楽になります。どこへ行っても私も元気にやっていこうと思います。

【吃音ショートコースで初めてお会いしました。その後、ドイツ、アメリカと遠く離れはしましたが、『スタタリング・ナウ』が海を越えてつないでくれています】


  僕の秘かな夢
                          羽仁進 映像作家(東京都)
 『スタタリング・ナウ』いつも面白く拝読しています。
 「どもりはどもってよいのだ」という吃音者宣言の革命的な響きは、さらにどもりながらのコミュニケーションに進んでいっていることは、御成果に感心します。
 もし、これからやられることの中で、「どもり」の内面、「どもり」の個性というものが明らかにされてはいかないだろうか、というのが僕の秘かな夢です。どもりは身体的原因によらないことが明らかになってくると共に、「どもり」の個性が、特にそのプラス面が明らかになるという夢は叶えられるでしょうか。

【自然にどもっておられるその姿をテレビで見るたびに励まされます。吃音家といえる数少ない格別の存在です。吃音ショートコースで久しぶりにお会いしました】

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/01/17

吃音をテーマにした新作落語 天満天神繁昌亭で落語会〜ハナサクラクゴ〜 3

ハナサクラクゴパンフレット 昨日のつづきです。
 自分と同じようにどもる、たもつの父親の話を聞いた先生、じゃ、卒業式に出るわ、となるところですが、そうはいきません。やっぱり無理と言い張ります。なぜなら、呼名ができないからだと言います。卒業していく子どもの名前が言えない、これは、僕たちも、どもる教師からよく聞く相談のひとつです。普段の授業も保護者との面談もなんとかなるけれど、卒業式の呼名ができないと悩む人は少なくありません。それに対して、たもつは、こうアドバイスします。
 「僕の親父は、僕の名前を呼ぶときに、いつも、たもつの前にキャッチフレーズをつけてくれたんや。明るく元気なたもつ君とか、呼ぶたびに俺への気持ちを伝えてくれたんやと思う。なんか、それ、うれしかった。親父がどもりでよかったとさえ思うくらいや。これ、先生もやったら」

 場面が変わります。どうやら、卒業式が済んだ後の教室のようです。
 たもつが、みんなに話しています。
「今日は、最高でした。みんな輝いていた。でも、一番輝いていたのは、俺らの担任やった。みんな、先生への手紙、書けましたか?」
 そこへ先生が帰ってきます。そして、クラスのみんなが書いた手紙を、たもつから受け取ります。そして、ひとりの子どもの手紙を声をあげて読み始めました。
 「私は、先生の吃音のことを知りませんでした。初めて聞いたときは嫌だなと思いました。そして、悪口を言ってしまいました。そしたら、先生は悲しい顔をして、学校に来なくなりました。私は、謝ろうと思ったけれど、勇気が出ませんでした。でも、今日、先生は、勇気を出して卒業式に来てくれました。私は、先生が名前の前にキャッチフレーズをつけて呼んでくれて、うれしかった。先生、ありがとう」
 この手紙を読んだ後、先生はこう話します。
 「僕は、自分をダメな人間だと思っていました。どもることが恥ずかしくて、どもりを隠して、逃げて生きてきました。でも、今日、そんな弱い自分から卒業できます。だって、ここに、35通の卒業証書があるからです。みんなからの手紙は、僕の卒業証書です」
 ここで、名前の前につけてもらったキャッチフレーズが紹介されていきます。
 ・まぶしい笑顔の○○
 ・まじめで誠実○○
 ・まあ、なんてサッカー上手な○○
 ・まあ、なんてピアノの上手な○○
 初めの何人かは、工夫がありましたが、後は、みんな、「まあ、なんて…」がついています。
「なんや。まあ、なんて、ばっかりやんか」
「でもな、マのつくことばはそんなに多くないんや」
「マ行やったら、マだけでなく、ミムメモもあるやん。なんでマばっかりで探したん?」
「だって、おまえ、教えてくれたやろ。先生には、独特の間(マ)があるから、その間(マ)を大事にしろって」

 落語好きの人には誰もが知っていますが、落語はオチが大事です。洒落や語呂合わせや機転の利いた言葉で締めくくる「オチ」です。「独特の間」も、桂文福さんが師匠の桂文枝さんからいつも言われていた大事なことばでした。これをオチに持ってきたのかと、大いに納得しました。落語が終わったあと、音楽とともに、学校や教室の風景が映像で流れ、文福さんと師匠の文枝さんの写真も出てくるというおまけ付きでした。
 吃音を否定することなく、配慮を求めるのでもなく、自然に認めて、そのままでいいという力強いメッセージが流れていた今回の新作落語、聞き終わったあと、清々しいものを感じました。
 そして、オープニングのトークのように、出演者全員が再び登場しての振り返りのトークがありました。その場に、桂文福さんが登場しました。すると、まさに主役が文福さんに変わったようでした。文福さんは、気持ちよくどもりながら場を盛り上げていました。落語の世界で、文福さんが吃音を含めていかに愛されているのかがよく分かりました。

終わってから、4人で 繁昌亭から出て、絶対に会うことのない、僕の車のディーラーの担当の人に声をかけられました。「えーっ、なんで?」とびっくりしました。落語作家の石山悦子さんを間接的に知っていて、自分も趣味で落語の台本を書いて応募しているというのです。彼が話しかけてくれたお陰で、再び文福さんや出演者のみなさんに会うことができました。そうでなければそのまま繁昌亭を後にしているところでした。しばらく立ち話をしていたおかげで、文福さん、桂かく枝さん、石山悦子さん楽屋から出てこられ、最後にもう一度、お話することができました。本当に不思議な縁を思います。
 「よかったです。石山悦子さんが作られた話もよかったし、演じたかく枝さんの演じ方もよかったし、もう本当によかったです」
 そう伝えたら、みなさん、喜んでくださいました。ちゃんと吃音のことを台本に書けているか、ちゃんと演じられているか、少し心配だったとのことでした。繁昌亭の前で話が盛り上がり、みんなで写真をとりました。大満足で帰りました。
 落語の主人公が吃音の教師だったので、しばらく吃音と教師、卒業式について以前の文章を紹介していこうと思います。だから、吃音と教師について、話は続きます。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/10/16

吃音をテーマにした新作落語 天満天神繁昌亭で落語会〜ハナサクラクゴ〜 2

 さあ、ハナサクラクゴの落語会が始まりました。
ハナサクラクゴ看板 新作落語が3つ披露されるのですが、共通のテーマは、「実は実話のストーリー」。つまり、空想や想像ではなく、実際に起こった話、実話に基づいた落語だということです。
 幕が開くと、舞台上には、6人が並んでいます。オープニングトークで、新作落語を演じる落語家さんとその落語を作った作家さんがペアになって3組が並んでいました。普通の落語会とはひと味違った幕開けです。そして、それぞれ新作の落語の話を少しだけ話しました。1つめは、銭湯「湯処 阿部野橋」の話、2つめは413,000円が入っていた財布を拾った子どもとその家族の話、そして3つめは吃音の話です。
 吃音の話をしてくれるのが、桂かい枝さんで、作家は石山悦子さん。桂文福さんの吃音は、みなさん、ご存じで、文福さんも、2階席から応援しておられました。急に、「今日は、吃音の専門家も来てくださっていて…」とかい枝さんが話し始めました。えっ、と思っていると、誰かから「吃音の専門家? 何、それ」とつっこみが入り、「何って、…専門家やんか」「へえ…」。楽屋でかい枝さんとは、あいさつしているので、日本吃音臨床研究会の僕のことを指しているのです。いきなりに僕のことが出てきてびっくりしました。

出演者名前 演目は、案内チラシには書いてありません。落語のタイトルはあるはずなんでしょうが、僕たちが見落としたのか、結局、最後まで演目を知らないままでした。受付のところに張り出してあったのかもしれませんが。
 話は、こんなふうに始まりました。どうも、誰かが不登校になっているようです。メモをもとにした再現なので、違っているかもしれませんが。また、ここまで書いていいんかいなあと思いますが、吃音の新作落語だということで許してもらいましょう。

 「なんで学校、休んでるの? いじめられてるの? 何が原因なん?」
 相手が問いかけますが、不登校になっている方は、学校に行けない理由をうまく説明できないようです。とうとう、しびれを切らした相手は、こう言います。
 「なんとか言うてくれよ、先生。先生が生徒に心配されてどないするねん」と言います。ここで、不登校になっているのは子どもではなく、先生だったということが分かります。不登校だとつい子どもだと思ってしまいますが、先生とは、意外な展開でした。
 「6年3組を代表してお願いに来てるんや。明日だけ来て。頼むわ。明日は卒業式やろ。先生はオレらの担任やろ。先生に送り出してほしいんや」
 先生は、そのことばに一言返します。
 「無理」
 そして、なぜ、自分が卒業式に出られないのか、説明を始めます。
 「卒業式には出たい。みんなを見届けたいという気持ちはもちろんある。でも、無理。隠してたけど、先生は吃音なんや。どもりともいう。言いたいことがつっかえて出てこないんや」
 「でも、先生、普通にしゃべってるやん」
 「不思議なことに、吃音が出る相手と出ない相手がいる。犬や猫やったらどもらない。うさぎ、にわとり、亀、金魚、みみず、それからたもつ、おまえの名前でもどもらない。教室の中でも子どもたちの前ならどもらない。ところが、職員室ではどもる。緊張してるからどもる。でも、職員室でいじめられてはいない。みんな、理解してくれてるし、フォローしてくれる。先月、授業参観があったやろ。あれは、一番の恐怖なんや。保護者が見にくるやろ。スラスラしゃべれるわけがない。どもりやということが知られてしまったらどうしよう。バレないようにしようと思って、この2年間、参観はずっと体育をしてきた。でも、当然クレームはくるわな。保護者からのクレームは当然で、今回は算数をすることになった。考えて、腹話術を取り入れた」
 「そうか、なんで、腹話術なんやと思ったわ」
 「普通にしゃべって45分間授業をするなんて無理、歌でも歌わないとできへん。おかげでバレなかったけど、でも、怒られた。ふざけてるんですかって。吃音やから、ああするしかなかったんや。ちゃんとした先生に受け持ってほしかったとか、どもりって「わわわわ…」とかなるのは病気やろ、大外れやとか、いろいろ言われた。
 僕は、小さい頃からできそこないと言われてたけど、それをバネにしてがんばって、教師になった。けど、やっぱり外れなんや。もう朝、起きられへん。このままフェードアウトしてしまいたい」
 そんな先生に、たもつが言います。
「甘ったれるな。吃音の何が悪いんや」
「おおおおまえに、わわわわ分かるわけがない」
「分かる! オレの父さんもどもりやから!」

 そして、たもつは、自慢するように、どもる父親の話を始めます。
 父親の名前は、「のぼる」(桂文福さんの本名です)やけど、ついたあだ名が「どもる」。サ行が言いにくく、食べに行ったところで、「スープ」と言おうとして「ススススス」と言っていたら、酢が出てきたとか、好きな人に告白しようとして「すすすす…」と言ったら、変態と間違われたとか、父親の吃音にまつわる話を聞かせました。そんな父親は、手先が器用だったから、散髪屋になりました。散髪屋のおやっさんがいい人でした。散髪の腕はあがってきたけれど、お客に話しかけることができない父親に、おやっさんが言いました。「お客さんはな、髪の毛を切りに来てるだけと違う。ホッとしにきてるんや。どもってもかまへんから、自分のことばでしゃべってみ。おまえには、独特の間がある。その間を大事にせーよ」と。そして、父親は、少しずつお客とも話すようになり、自分の店をもつことができるようになりました。
 この散髪屋のおやっさんは、桂文福さんの師匠の5代目桂文枝さんのことをイメージしてのことだとは、落語ファンなら誰もがわかることでしょう。桂文福さんを取材してこの新作落語がつくられたことがよく分かるエピソードです。(つづく)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/10/15

吃音をテーマにした新作落語 天満天神繁昌亭で落語会〜ハナサクラクゴ〜

 旅から帰ると、2本の留守電が入っていました。「○日まで留守にしています」とメッセージを入れているので、留守電へのメッセージはそれほど多くはありません。そのうちの1本が、落語家の桂文福さんからでした。
ハナサクラクゴパンフレット 「ハナサクラクゴ」という落語会が大阪天神橋の天満天神繁昌亭であり、創作落語のひとつが、吃音をテーマにしたものなので、ぜひ、来てください、という内容でした。日にちは、13日の金曜日の夜席でした。金曜日は、大阪吃音教室があります。千葉の吃音親子キャンプがあったり、用事があったりして、ここ2回、吃音教室に参加できていないので、13日は絶対行こうと思っていました。うーん、少し迷いましたが、せっかく文福さんが知らせてくださった落語会、それも、文福さんがモデルではないけれども創作に関わった、吃音をテーマにした一席、落語の作家の方も参加するという落語会、ということで、吃音教室を休み、落語会に参加しました。
繁昌亭全体 当日券を購入するため、早く天満天神繁昌亭に着くと、主催が繁昌亭ではないので、開場時間の午後6時にならないと買えないとのことでした。せっかく早く来たのにと思い、企画会社に電話してみました。そのとき、電話対応してくださった人が、かなりどもっている人でした。どもってはいても、何の問題もなく、席は押さえておくので5時半頃に来てほしいとのことでした。吃音をテーマにした落語を聞こうと思ってきたら、どもる人が電話口に出てきた、何かおもしろいことになりそうな予感がしてきました。
ケルン看板 開場まで時間があるので、天満天神繁昌亭近くの喫茶店で、夕食をとろうと入りました。店の名前は「喫茶ケルン」、見覚えのある文福さんの絵が看板になっています。中に入ると、落語家さんや落語を聞きに来た芸人や著名人の色紙がずらりと並んでいます。写真もたくさん飾られていました。入り口近くの席に座り、人気のカレーを食べていると、ドアの向こうに、見たことのあるような人影が…。文福さんでした。
 今日は、文福さんの出番はないはずなのですが、来られたようです。私たちもびっくりしましたが、文福さんも驚いておられました。案内をしたけれども、日程が金曜日なので、大阪吃音教室があるから無理だろうなと思われていたようでした。「よう、来てくれました」と何度も言われました。一緒に来られた方に、「この人が、日本吃音臨床研究会の会長の伊藤伸二さんです」と紹介してくださいます。紹介された人たちも、多分、なんかよく分からないけれども、「そうですか」と親しげに挨拶してくださいました。不思議な世界に引き込まれているような気がしてきました。そして、開場前に、文福さんに案内されて、繁昌亭の楽屋に連れていってもらいました。初めて楽屋に入りました。きょろきょろしていると、その日の演者である、桂吉弥さん、笑福亭笑利さんと出会い、挨拶をしました。そして、吃音をテーマにした落語をする桂かい枝さんを文福さんが紹介してくれました。「ちょっと心配やったんです。うまくできるかどうか…」と言いながらも、僕たちが来たことをとても喜んでくださいました。そして、その落語の作家である石山悦子さんも紹介してもらえました。石山さんは、文福さんに取材をし、日本吃音臨床研究会のホームページも見て、今回の落語を作ってくださったそうです。
楽屋 文福さんと 落語が始まる前から、不思議な立ち上がりに、ワクワクしてきました。肝心の落語の内容は、また明日。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/10/14
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