伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

島根スタタリングフォーラム

第7回島根スタタリングフォーラム 親の話し合い 3

 昨日の続きです。保護者との話し合いの時間が2日間で6時間もあったとはいえ、本当にたくさんのことを話していることにびっくりします。島根スタタリングフォーラムに参加し、そこで、同じようにどもる子どもや保護者に出会い、お互いに話したり聞いたりして、学んだことの積み重ねが感じられます。今日で最後です。

第7回島根スタタリングフォーラム 親の話し合い 3

◆今年で4年目です。4年前には吃音は母親のせいだ、と夫にも言われてきました。子どもがどもる姿は、私にとって不都合なことで、私の存在を否定された気がしました。4年前、吃音は母親のせいじゃない、他にもどもる人はいる、人によってそれぞれ違う、などを聞き、娘と共通のテーマができて以来、吃音のこと以外にも親子でよく話すようになりました。子どもは子どもなりに自分のことばで伝えようとするようになりました。父親も吃音だったことを知った子どもは、「私の子どももどもるかもね」と言っています。「そのときは、みんなでフォーラムに行こうね」と言っています。長いスパンで見ることができるようになりました。困ったら、行って、話すことができる場がある、情報をもっているということは心強いです。

伊藤 長い人生のスパンでみると、どもりのおかげで、充実した人生を送ることができたという人はたくさんいます。自分の自由にならない、苦手なものがあると、人は謙虚に誠実に生きていけるような気がします。私は講演や講義では、あまりどもらなくなったのですが、5年前くらいにまたどもるようになりました。正直、どもるようになってよかったと思います。初心に返れました。不都合なこと、苦手なこと、苦戦することがある方が、工夫が生まれていいと思うんです。

◆空手の昇段試験のとき、子どもは「オイ」が出てこないときがありました。空手の先生から、「両親が厳しいから、そうなったんではないですか?」と言われたけれど、すぐ「いいや、違います。あの子はしつけとは関係なくどもるのです」と言い切れた。フォーラムに参加して吃音について勉強した後だったので、言えたと思います。
◆どもるのは、母親のせいだと言われ、姑からは「私は息子(夫)が小さいとき、吃音を治した」と言われました。フォーラムに参加してから、親のせいではないと伝えることができました。母親が怒るからではないかとも言われたけれど、この会に出てからは、そう言われても、大丈夫。平気で言い返したり、説明できるようになりました。
◆吃音に大きな波があります。だから、母親からのストレスかと感じることもあるのですが、そうではないですよね。そうしないと、叱るときも叱れなくなってしまいます。トラブルも、経験して子どもは育つものだと思うのです。

◆子どもに「悩み、ある?」と聞くと、「春先4、5月はごそごそとどもりが出て活発になる。秋にはおさまり、冬眠して、また春に・・」なんておもしろいことを言います。剣道をしていますが、「オリャー」「メン」を言うとき、間があくので、苦労していることはしているようですが。
◆6年生です。高学年になると学校の中でいろいろすることが増えてきます。スターターをしたことが自信になったようです。修学旅行で、ガイドさんのクイズがあって、それに「夢はモデル」と書いて、みんなが「へえー」と言い、友達に受け止めてもらえるのがうれしかったようです。
◆うちの子の将来の夢は、先生です。それは、この会に来て、たくさん話を聞いてもらえたからだそうです。

伊藤 職業については早めに考えるとよいと思います。吃音親子サマーキャンプに小学校4年生で参加した子が、どもってもいいと受け止めたが、中学校、高校と、いろいろ悩みました。揺れ動いたのです。今、大学生になって、声優になる夢をもっています。一度はあきらめた夢をやはり捨てきれず、彼はその夢に向かって今、生きています。

◆子どもは、テレビに出たいという夢をもっています。でも、どもるので、壁にぶち当たりそうだけど、その夢につきあいたいと思っています。1年前と比べて、「あのことば、よくつまるね」と言えるようになりました。下の子が姉をからかうことも出てきました。なので、「姉がタタタ…ということについて話す会に行くんだよ」と言って、つれてきました。
◆6歳の子どもがどもりますが、今は少しおさまっているので、今は気づかせなくてもいいと思い、今回は連れてきませんでした。保護者の皆さんの前向きさにびっくりしました。今度は子どもを連れてきたいと思います。
◆このような機会があってよかったと思います。自分も経験しなかったことを体験できている子どもを思うと、本当に幸せです。妹が兄の真似をして兄のプライドを傷つけられているようです。夜尿が直らず、小児科ではストレスが原因ではないかと言われています。妹が真似をすることで辛くなっていると思います。叱った方がいいですか。

伊藤 あまりきつく叱らない方がいいと思います。「そんなにお兄ちゃんの真似をしていたら、お兄ちゃんと同じような話し方になるから、仲間になれるね」くらいで軽く受け流した方がいい。映画監督の羽仁進さんも妹から真似されたり、からかわれ、嫌だったようですが、「身内の中で、家庭の中でからかわれて却ってよかった」ともおっしゃっています。兄弟関係は大事です。家庭の中で、タブー視されず、オープンに話題にされているということの方が大きな意味があると思いますよ。

◆家では全然しないことも、このフォーラムではしているようです。やっぱり同じような仲間がいるということがいいんでしょうね。
◆自分で自分の言いやすいことばに変えることができるようになってきましたが、できないこともあります。少しずつ向き合ってきていると思っています。3年生の弟は、冬にはよくどもるから、冬は嫌いだけどサンタがくるのでいいと言います。冬を意識しているんだなあと思いました。

伊藤 今までの話し合いで、疑問に思われたこと、もっと話し合いたいことはありませんか。

◆中学校1年生の娘のことです。大変ひどくどもりながら小学校を過ごしました。そして、今年の4月、小学校5校が一緒になる中学校に進学しました。今のところ、どもりはバレずに過ごしているようです。自分の口から、先生にどもりのことを伝えることはできないでいるのですが。

伊藤 今、隠していて、バレずにいていいと思っていたのに、昨日の子ども同士の話し合いの中で、高校生から、「隠していたらだめだよ」と言われショックだったようですね。今までの自分を否定されたように思え、混乱して、今朝はもう帰りたいと言っていたけれど、さきほどグループの中に入って行きましたよ。子どものその混乱はすてきなことです。意味のあることだと思います。母親としては、中学生にもなった子どもには何もできないと思って下さい。自分で考えますよ。

◆変ななぐさめでなく、見守るだけですね。吃音を隠すのをやめようと本人が思うのは、何年後になるか分からないけれど、待ちたいと思います。

伊藤 30年以上も前、岩手県の釜石市での全国巡回吃音相談会に無理矢理連れてこられた高校生が「親に何をして欲しいか?」と尋ねたら、「僕のことは放っておいてほしい」と言いました。 向き合うと、よく言いますが、直接どもりのことを言うかどうかということではないと思います。子どもが吃音にっいて話題にしたときに、語り合う準備が親にあるかどうかです。ここに参加するだけで意味がある。正答やマニュアルはないので、感じたとおり、自分のことばで語って下さい。

◆昨夜中学生がとてもどもりながら手話落語をしましたね。娘は、落語自体を楽しんで笑っていました。私は、その子があんまりどもるので、つい笑うのを止めてしまいました。その後、娘は、私の顔色を見て、笑うようになりました。止めた自分にも、笑う自分にも腹立たしさを感じました。

伊藤 笑いには、さげすみやからかいの笑いではなく、共感や励まし、思わずにっこりとしてしまう笑いがあります。笑いは大切にしていきたいと思っています。子どもが自然に笑うのは、OKでしょう。笑いたければ笑うがいい、ただ相手が傷ついたと感じたら、そのとき本人に伝えたらいいのではないでしょうか。自分の弱点、欠点を笑い飛ばすユーモアの効用についても考えたいですね。

◆私自身は、吃音ではありません。だから、どもる人やどもる子どもの気持ちが本当には分かりません。だから、つい言いたいことも言えなくなります。

伊藤 どもる人はどもる人の気持ちが分かるかと言えば、そうではありません。どもる状態、家庭環境など、ひとりひとり違います。どもる人もひとりひとり違うので、お互いに全て分かり合うことはできないでしょう。想像力を働かせ、つきあい、分かろうとすることが大切だと思うのです。吃音の経験がないということでお母さんがひるむことはありません。分かろうとする想像力だと思います。

◆子どもは、家で見ている限り、どもりのことを気にしている様子はなかったけれど、4年生の話し合いの中で、自分のどもりについて話していたと聞きました。「どもりのことを考えると、ゴミ箱がいっぱいになりそう」という表現をしていたらしいのです。子どもなりにどもりのことを考えているのだということが分かり、うれしい。
◆小学校1年生までに吃音が消えなければ、治らないと言われ、小学校1年生になっても治らなかったので、お互い気が楽になりました。出にくいときも、出やすいときも、そのことを親子で語れるようになりました。悩みがあっても、子どもの力を信じて待てばいいことが分かってきたように思います。「スムーズに言えや」とか「どもるなや」と人に言われても、先生が「まあいいがや。どもってもいいよ」とフォローしてくれました。母親の私には悩みを何も言いませんが、悩みを持ちかけてきたときのために予備知識を得ようと、参加しました。子どもが来たいと言えば一緒に来ます。
◆人に尽くすことで、うれしさを感じてほしい。やさしい手をさしのべる子になって欲しい。

伊藤 やさしさは、一朝一夕に身につくものではありません。弱さは強さという文章を書いた教育相談の臨床心理士の私の友人は、自分のことを弱い人間だといいます。しかし、その弱さが、引きこもりの生徒に出会うとき、役立っているというのです。言語聴覚士の専門学校に講義に行っていますが、多くの学生が、こんなに弱い自分で、悩んでいる患者を支えられるか不安をもちます。そういう人たちに私はいつもこう言います。自分の弱さを自覚していることが大切だと。自信満々の人に、人は助けを求めようとはしません。自分の弱さを自覚しながらも、誠実に向き合ってくれる人を、人は求めているのです。弱さは向き合えば、恥ずかしいことではない。
 親として子どもとどう向き合うか整理します。
/道劼眇祐屬箸靴討和佚という意識、伴走することです。大したことは出来ないが、人間として精一杯関われば何かが変わると信じることです。
∋笋龍譴靴澆蓮¬ね茲見えない、不安、恐怖の予期です。どもりながらいろんな職業に就いている現実を知り、伝えること。

◆私は、この会に朝から参加させたかったのですが、夫は行かなくてもいいとスポーツ少年の集まりを優先させました。夫に何度話しても理解してくれません。夫と自分の考え方の違いで、子どもは、率直に自分の気持ちを言えなくなっていると思います。手話落語のとき、クスクス笑う子に対して、息子はいらだっていたようでした。笑える子と笑えない子の違いはどこにあるのでしょう。我が子は、きっと笑える子はいいなと思っていたのだと思います。
◆私はどもるため、不安、恐怖の連続で、自分が受け入れらなかった。今回、「受け入れておられますね」と言われたのですが、ここでは隠さなくていいのでいろいろしゃべりましたが、吃音をまだ受け入ていないと思います。私にとって、結婚は逃げ場で、必要最低限のことだけしゃべればよかったのです。息子ははずっと働くと言っています。どもりを一生背負い続けるが、越えられる試練だから、与えられたと思うので、親として、寄り添っていってあげたいと思っています。
◆子どもは優しすぎる、もっと強さがほしいと言われ、優しさをマイナスと受け止めていました。優しいのがいいと言われて、これでいいと思いました。子どもが心配事を話してくれたとき、私は的確に答えたいと思っていましたが、一緒に悩み、伴走していく気で接していきたいと思います。(「スタタリング・ナウ」2006.1.21 NO.137)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/07/04

第7回島根スタタリングフォーラム 親の話し合い 2

 昨日のつづきです。読み返してみると、子どもは参加せず、親だけが参加というところもあるようです。僕たちの主催する吃音親子サマーキャンプでも、どうしても子どもが行きたくないと言うので親だけが参加したことがありました。真剣に自分の吃音と向き合っている親の姿は、きっと子どもにも伝わるだろうと思います。親の真剣な話が続きます。

第7回島根スタタリングフォーラム 親の話し合い 2

◆周りの友だちの親から子どものことで、「そのままでも大丈夫なの?」と言われた。どもってはいけないと追い込まれたような気持ちになった。今は、どもりに関する知識も得て、大丈夫だと思えます。

伊藤 愛媛大学の水町俊郎教授と共著で新しく出る本に、どもる人がどんな職業に就いているかという調査報告をしています。多くの人がいろんな職業に就いてがんばっています。どもる人ばかりが困難を抱えているわけではなく、誰もが何らかの悩みを抱え、苦労しつつも生きています。東京のワークショップで出会った女性の絵本作家は、かなりどもって子どもに絵本を読んであげられないと悩みを言いました。でも、どもるから絵が好きになり、絵本作家になった。とてもすてきな生き方だと思いました。何不自由なく、特徴のない人生を送るのがいいか、苦労しながらも人と違ったすてきな人生を送るのがいいかは本人の選択です。欠点と考えるものがあるからこそ、工夫したり、別の力を身にっけようとする。映画監督の山田洋次さんが「男はつらいよ」で、マドンナ役の木の実ナナさんが「おにいちゃん」の一言が言えずに撮影がストップしたとき、「欠点があるから、努力する。欠点があってよかったじゃないか」と言いました。苦しむこと、悩むことは悪いことではありません。

◆夫の母が、とても心配性で、先回りをして心配している。私は、それに反抗して、できることは何でも自分でさせるようにしています。

◆子どもが大きくなればなるほど、親が直接してしてやれることは少なくなってくる。それは、どうしようもないことだ。陸上の先生が、「努力すれば必ず報われる。けれど、それは、何年先に報われるかは分からないけど」とおっしゃった。どもる子どもには「放っておいてくれ。勝手にしたい」と言われたので、放っている。

◆娘に、友達ができるか心配でした。本読みがあると聞き、それも心配していました。泣いているので、自分で担任に相談させた方がいいのではないかという助言をもらい、娘に言って、そうさせた。本人が担任に直接相談し、何でも言える関係が子どもと担任との間にできてよかったと思う。

◆自分でこうだと考えても、周囲に言われると揺れます。決めておくと、子どもに返すことばがプラスにつながるものになるので、決めることは大事だと思います。もう少し周囲の人に理解してもらいたいと思うが、どうしたらいいか。

伊藤 『どもりと向き合う一問一答』の10冊運動をしています。特別割引をしているので、10冊買って、担任や周囲の人に配ったお母さんがいます。自分のことばで説明するのは難しいので、読んでもらって、理解をしてもらうのです。

◆初めて参加しました。私だけ参加して、子どもは今回参加していません。みなさんのお子さんが元気で生き生きして明るいのにびっくりしています。考え方によるのか、気持ちの持ちようで変われるのでしょうか。紙一重だと思います。想像していたのと違って、とても新鮮な驚きです。

伊藤 どもりは治るはずだと思い、私はどもる自分を否定し、表情も暗く、陰気な雰囲気だった。どもりは簡単には治らない、どもる自分が自分だと認めてから変わりました。受け止め方の違いで、表情も違います。どう受け止めるかがポイントです。

◆私が吃音に悩んでいた時、担任に、「自分がどもることを、みんながどう思っているか、聞いて下さい」と頼んだことがあります。学活の時間、聞いてくれたんですが、そのとき先生は、「何をされたら、嫌なの?」と聞いてくれました。一人で本読みをすると、読めないけれど、誰かと一緒だと大丈夫だと言いました。そのことを友達にも話して理解してもらい、それからは友達と一緒に本読みをするようになりました。隠そうとすると、難しい。息子も同じようで、一緒に本読みをしてと頼んできます。自分の力でサバイバルして欲しい。

伊藤 子どもが苦しみ、考え、工夫している時、吃音を肯定的に考える大人が周りにいることが大切です。肯定的な態度で子どもの自己変化力が働き始め、変わります。親が直接できることはあまりないが、肯定的に考えることはできます。

◆今日は、6年生と3年生の男の子と一緒に参加しました。おととし、長男が書いた作文に驚きました。それまでは、親子でどもりについて話したことはありませんでした。「こんなにたくさんの人がいる。どうしてどもるのか、医者に聞きたい。中学生くらいになったら治ると思う」というような内容の作文だった。次男は、小学校1年生で参加しました。早朝登山の、大声で何かことばを叫ぶというときに、小学校1年生グループは、「どもりは、一生治らないぞー」と叫んだのです。そんなこと、これまでこの子に話したことはありませんのでびっくりしました。このフォーラムでこの子に、どもりは一生治らないという荷物をしょいこませてしまったようで、動揺しました。聞かせていけないことを聞かせてしまったと思ったのです。
 そして、山から下りてから伊藤さんに相談しました。伊藤さんが朝の話し合いにそのことを取り上げて下さり、「子どもを信じなさい」と言って下さいました。そして今があります。親の私が先回りしていたんだと今になって思います。

伊藤 そうでしたね。子どもはいろんな体験や、いろんなことばに出会い、動揺したり、悩んだりしながら変わっていく。一年生が「どもりは一生治らない」と叫んだ意味は深いと思います。私たちの苦悩は、どもりが治ると信じたことでした。

◆今のお話を聞いていて、親子で吃音について前向きに向き合ってこられたんだと感心しました。私はずっと逃げてきました。吃音について悩んでいたので、その頃は他に悩みはないと思っていましたが、今、吃音の悩みがなくなると、今度は、自分の性格など本質的なことで悩み始めました。もしかしたら、どもりで悩んでいたということは、幸せだったのかもしれないと思います。
 伊藤さんのご両親はどのような接し方をされたのですか?

伊藤 中学生のとき、どもりを治そうと発声練習をしていたら、母から「うるさいわね、そんなことしても、治りっこないでしょ」と言われ、母を恨んでいました。そのことを講演の時話したら、「すばらしい。お母さんはそのままで大丈夫だ、と言いたかったのではないか」と感想を言う人がいて、思ってもみなかったことでびっくりしました。
 私は、28歳まで学生でぶらぶらしていました。28歳のとき、大阪教育大学で吃音の勉強をしたいと思い、親父に「学費を出してくれないか」と頼みました。それまではアルバイトで授業料も生活費も自分で稼いでいました。大阪では勉強に集中したかったからです。親父は、「いいよ」と言ってくれました。「そろそろ就職しろ。28歳にもなって何だ」など全く言わなかった両親の我慢強さ、信じて待つ力のすごさを今は感じています。

◆息子は、一人っ子です。友達ができて友達と遊んでいると親としては安心なんですが、ゲームなどを持っているだけで、息子は安心しています。またゲートボールや相撲も好きで、共通の趣味がある友達はいない。おじいちゃんの仲間とゲートボールをしています。自分が決めたようにしている。むだな時間を作らず、自分のいいと思うことをとことんするのが大事だと思うので、これでまあいいかあと思います。

伊藤 これまでの価値観がくずれ、人生を自分の価値観で豊かに生きるのを自分で選択する時代です。人生の意味は何かを考えるとき、どもりであることは有利かなと思います。高度経済成長の時代は、強く、速く、たくましく、が必要でしたが、今は、しなやかさや優しさの時代です。優しいどもる子どもには生きやすい時代だといえます。

◆中学校3年生のとき、電話をしないといけないのに、自分でかけることができず、姉にかけてもらいました。そのとき、くやしくてくやしくて、両親に初めて、私はどもりで悩み、苦しんできたことを話しました。「産まれてこなかった方がよかった」とも言いました。両親は、「元気で産まれてきてくれたことがありがたかったので、そこまで気にしていなかった、気づけなくてごめんね」と言ってくれた。うれしくて、そうだと思いました。産まれてきてくれてありがとうが全てだと思います。自分も、我が子にそう伝えたいと思いました。
 どもりは母親のせいだと言われることがありますが、それをどう思われますか?

伊藤 「吃音は2、3歳から始まる発達性のものだから、子育てをする母の責任だ」と長い間言われました。小さい子どものときに始まることは多いのですが、中学、高校、社会人になってからという人もいます。62歳でどもり始めた人も知っています。母親が原因だとする説は現在は完全に否定されていますが、吃音の原因は未だに分かりません。どんなに理想的な母親に育てられてもどもる子はどもるし、劣悪な環境に育ってもどもらない子はどもらないのです。母親のせいだと考えることはありません。
 ただ子どもがどもっているから、子育てを考え直すチャンスだと思います。1泊2日この集まりに参加し、どもりについて話し合う。普通こんな機会はない。そう思うと、お母さん方は幸せですよ。
 言語聴覚士養成の専門学校で、私たちの滋賀県での吃音親子サマーキャンプのビデオを見せると、必ず「吃音と向き合い、自分を語り合えて、この子どもたちがうらやましい」と感想を言います。
 人は必ず何らかのテーマを与えられて生きています。私たちどもる人間は、吃音をテーマに人生を考えるということです。苦しみや悲しみは、それと向き合わなければ前に進めません。吃音で悩んだことは、音楽やスポーツや他の方面でも花開き、人を豊かにするテーマにもなり得ます。(つづく)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/07/03

第7回島根スタタリングフォーラム 親の話し合い

 「スタタリング・ナウ」2006.1.21 NO.137 で特集している第7回島根スタタリングフォーラムでの、親の話し合いの記録を、今、読み返してみて、吃音を切り口に、なんとも幅広く、そして深く、考えて、その考えをことばにしてやりとりをしていたものだ、濃い時間を過ごしていたものだと思いました。僕は、大勢の前で一方的に話すより、顔が見える範囲で、やりとりをしながら話すのが好きです。発言に触発されて、僕の頭が活性化されるからです。
 では、第7回島根スタタリングフォーラムの様子をご紹介します。

第7回島根スタタリングフォーラム 親の話し合い
 1999年に始まった島根スタタリングフォーラム。回を重ねるにつれ、プログラムに子どもの話し合いが加わるなど変わったが、1日目3時間、2日目3時間の合計6時間のどもる子どもの親の話し合い・学習会はずっと私が担当してきました。その記録担当者からノートを見せてもらって驚きました。それぞれの発言がかなり詳しく記録されていたのです。今年は体験学習や私のまとまった講演をせず、親の発言の合間合間に、私の話を入れるという形をとりました。この場で初めて自分が吃音だと話された人、親子で吃音だという人が何人かおられました。親の子どもへの思いや変化、親子での変化などが率直に話されました。
 テープ起こしではなく、メモとして記されたものの紹介なので、感情の発露や詳しい話は再現できません。つながりが悪かったり、その場でないと分かりにくいなど限界はあります。しかし、親のたくさんの声は記録されていました。
 ◆は親の発言です。

伊藤 今日と明日で6時間。時間はたっぷりあります。話したいこと、話し合いたいこと、ご自分の体験でも質問でも、どんなことでも結構です。「ふと」思いついたり、考えたことを話して下さい。また、質問はいつでも、割り込んでいいです。質問や皆さんの話の流れに沿って私も話を致します。

◆私自身が小学校3年生からどもり、小学生のとき、ことばの教室に行きました。メトロノームに合わせて本を読む練習をし、録音されて聞かされるのが嫌でした。自分のどもる声を聞くのも嫌だったし、その度にどもりを意識させられました。
 高校卒業後、両親の反対を押し切って私は都会に出ました。社会では本読みからは解放されると思ったのが、その会社では、毎日文章をみんなの前で読まされました。社会に出たら、どもりで他人から傷つけられないだろうと思っていたのが、どもって読むと、「よくそんなんで生きてるね」と言われました。読む当番の日に出社できなくなり、苦しくなって故郷に帰りました。
 結婚して、子どもが産まれ、息子がどもるようになりました。私と同じような苦しみをこの子も、と思うと、かわいそうで、息子がどもるのを聞きたくないと思いました。しかし、だんだんと子どもの苦しみを分かってあげられるのは自分しかいないと思うようになりました。息子は小学校3年生で、友達から「おばちゃんの話し方、○○君と同じだね」と指摘されますが、そうだよと言えるようになりました。子どもには、どもることをマイナスに受け止めてほしくないと願っています。

伊藤 ことばの教室の先生が治そうとすればするほど、「先生がこんなに一所懸命治そうとしてくれる、どもりはそんなに悪いものなんだ」と子どもが吃音をマイナスに受け止めかねませんね。私は、吃音をマイナスに意識したのでどもりを隠し、話すことから逃げました。マイナスに意識すると、隠す・逃げるが始まります。一番大切なことは、子どもがどもることを強くマイナスに意識しないことです。
 どんなことをしたら、子どもが「どもりをマイナス」に意識するようになると思いますか?

◆どもりをなんとしてでも治そうとする。
◆人に接しないよう、話させないようにする。
◆子どもに言い直しをさせる。
◆マイナスになるから、がんばって治そうと言う。
◆親がどもりを強くマイナスに考える。
◆そのうちに治るよと言う。
◆知らんぷりをする。聞こえていても、気がつかないふりをする。
◆母が「この子はどもるので、極力本読みをさせて下さい」と担任に伝えた。そのことで私は、他の子と違うと思った。

伊藤 子どもがどもっても、周りが打ち合わせて決して話題にしないのが「沈黙の申し合わせ」ですが、これがいけない。話の内容よりも、表情や声の調子で伝わるものです。「吃音を意識させない」ことが何よりも大切だとの指導が、大きな間違いです。意識がいけないのではなく、「マイナスに意識」がいけないのです。幼稚園の子どもも、言いにくいことは意識していることが多いですよ。
 私は、小学校2年生の学芸会でせりふのある役を外され、強い劣等感をもちました。担任の配慮だろうが、子どもに指摘されるより、大人からのマイナスのメッセージは大きな影響を与えました。教師、親として、どうしてあげたらよかっただろう。

◆他の子どもといっしょにした方がいい。
◆「どうして欲しい?」と子どもに聞いてほしい。
◆私は親には言わなかったが、私自身は気にしていた。日記に「手を挙げたくても挙げられない」と書いたことを覚えている。私の4歳の子どもがどもり始めたとき、私がどもりだからだと自分を責めた。どもっても手を挙げる子になってほしい。

伊藤 僕は、高校の本読みが怖くて学校に行けなかった。朗読の免除を国語の教師に頼んだ。次の日、3人が職員室に呼ばれたが、他の2人が吃音だとは知らなかった。普段はどもっていなかったからだ。2人は、朗読の免除に関して免除しなくていいと言った。一人一人違う。どうして欲しいか、本人に聞くのが一番いい。自分で選択したことは、納得できる。教師と生徒、親と子も人間としては対等で、本人に決定権を与えることが大切。

◆私は吃音があるから、他の面ではよく思われたいと、こつこつ努力した。子どもの頃は、周りの友達にも恵まれた。現在は、結婚して住む地域が違い、コミュニケーションがとりづらく、子どものことを話したいと思っているが、なかなかできない。自分自身がもう少し、積極的になりたい。
◆声が出ない時、パンと体を叩くとよいと先生に言われた。子どもの叩き方がひどくなり、叩いても出なくなった。何かすることはありませんか。

伊藤 子どもに「パンと体を叩くとよい」などと教えるのはよくないことです。教師に教えられなくても、子どもは自分で声を出す方法を編み出していくものです。女優の木の実ナナさんは、「シャボン玉ホリデー」番組で、「あ」の音が出なくて、自分の足をつねって、「あーじのもと」と言ったそうです。教えられて、身につくものではなく、自分で見い出すものですね。
 どもる子どもの表現力で大事にしたいのはリズムです。僕は、講談や詩吟を練習した経験がありますが、蚊の泣くような小さな声が大きくなるなどいい影響を与えたと思う。どの早さが話しやすいか、話せるか、自分のスピードやリズムをつかむことができればいいですね。歌でも、楽器でも、表現活動はいいですね。

◆昔は子どもに意識させたくないと思っていたので、我が子がこのフォーラムで、どもりについて仲間と話しているのは、以前には考えられないことです。私自身は、どもりたくないために、伝えたい思いが違う表現になってしまった。子どもには、自分を否定しないで、自信をもって生きていってほしい。夫は、「どもりはそのうち治る」と言うが、子ども本人は、一生うまくつきあっていかなければならないことを知っているように思う。

伊藤 「そのうちに治る」と安心させ、悩みの種を親はできるだけ早く摘み取りたいと願う。これはほんとにいいことなんだろうか。私は、苦しんだり、悩んだりしてたことに意味があったと今では思う。苦しみ、悩んだから、自分なりに工夫もしたし、考えもした。それは、私自身が成長していく糧だったのではないだろうか。子どものそんな成長の糧を下手に摘み取っていいのだろうか。まして、「そのうち治る」なんて根拠なく言うのはやめて欲しい。

◆私は吃音で悩まなくても、他のことで悩むことはいっぱいある。吃音には大きなスパンがあるので見守りたいと思います。

伊藤 人は悩み苦しむものだと考えた方がいい。悩みの大きなもののひとつは、親と子どもの葛藤です。親の期待に応え、指示通りに生きてきた大学生が、初めてひとりで長時間通学するとき、電車の中で何をしようかと悩んでいました。大きくなった子に対して、親が何かするのをあきらめて、子どもは自分の人生を歩むのだと思えたとき、親も子どもも楽になる。親は基本的には子どもにできることはあまりないと、早くあきらめることです。子どもは苦しむときは苦しんでもいいと思えることです。

◆この会に来るまでの私の苦しみは、私がどもりについて何も知らなかったことです。無知だったことです。子どもが3歳でどもり出した時、私は無知だったので、なんとも思いませんでした。姑さんたちが気づき、私に教えてくれました。それで、私は悩むようになりました。子どもがどう苦しむのか分からなくて、治してあげたいと思いました。でも、この会に来て、いろんな知識を得て気持ちがとても楽になりました。
◆吃音の本を読んだり、講演を聴きにいったり、先輩の話を聞いたりして、勉強しました。欠点はマイナスだと思っていましたが、欠点を個性だと思えるようになりました。欠点に対するとらえ方が変わってきたのです。吃音も個性だと、マイナスではないと思えるようになりました。周りの子も、どもりについて言ったり、言わなかったり、です。本人も今、自分のどもりのことを自覚しかけているように思います。吃音のことばかり考えず、関わっていくようにしたいと思っています。

伊藤 「吃音をマイナスに考えることはやめよう」と決めることが大事です。私が変わったのは21歳のとき、「逃げたり隠したりするのはやめよう」と決めてからです。決めても、絶対隠したり逃げたりしないと思い詰めると、そうできない自分を責めることになります。逃げたり隠したりもありです。基本的には逃げないでおこうと決めると、ぼちぼち変わってきます。ぼちぼちでいいのです。(つづく)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/07/02

老舗鰻屋のタレ

 先週6月28日の大阪吃音教室の講座は、「幸せについて考える」でした。吃音を言語障害の問題ととらえ、「治す・改善する」というアプローチからは到底考えられない講座名です。「吃音はどう治すかではなく、どう生きるかだ」を大切な基本としている大阪吃音教室ならではの講座でした。
 朝から警報級の雨が降っていましたが、開始の午後6時45分ころには小雨になり、その日、しばらく顔を見せなかった人が2人、久しぶりに参加しました。2人とも、初めて吃音教室に参加したときの顔とは全然違います。一人は、結婚して子どもができて、吃音がこわくて避けてきた電話などにも挑戦して、助手的な仕事ではなく、自分ひとりで仕事を担当するようになったと話していました。もう一人は、就職し、積極的に人と関わろうとして、いくつかグループに参加するようになったと言っていました。表情も明るく、どもり方もつらくなさそうです。
 大阪吃音教室での出会いが、彼らを変えたとのことでした。そんな話を聞きながら、僕たちは、人が変わっていく場に立ち会える喜びを感じていました。その日、長く大阪吃音教室に参加している人たちもその場にいましたが、2人の変化を我が事のようにうれしく思っているようでした。新しい人も、古い人も、お互いに、幸せな時間を過ごしました。
 吃音を認め、受け止め、どもりながらも、しなければならないこと、したいことを誠実にしていくことで、吃音に左右されない幸せな人生を歩くことができると、実感させられました。 この日の講座は映像として記録されており、ユーチューブで公開の予定です。

 つい先日、そんなことがあったのですが、今日、紹介する「スタタリング・ナウ」2006.1.21 NO.137の巻頭言に、僕は同じようなことを書いていました。紹介します。

老舗鰻屋のタレ
                     日本吃音臨床研究会 代表 伊藤伸二


 どもる人のセルフヘルプグループ、大阪スタタリングプロジェクトは、名称の変更はあったが、創立して40年になる。ミーティングである大阪吃音教室は、週1回のペースでずっと続いてきた。「吃音を治す、軽くする」路線から、「吃音と向き合い、吃音とともに生きる」路線へ、新たな視点での活動に切り換えてからも30年以上がたつ。
 毎週毎週40年も飽きませんかと尋ねられることがある。どもる状態に焦点を当てた取り組みを続けていたら、おそらく飽きたことだろうが、吃音と向き合い、「どう生きるか」を学び、話し合うことに飽きることはない。常に新鮮なのだ。大阪吃音教室の話し合いが、奥深く、かつ新鮮なことを、私は「老舗鰻屋のタレ」によくたとえる。
 創業100年の老舗鰻屋のタレは、創業時のものに、毎日新しいタレを継ぎ足し継ぎ足し、年を重ね、熟成されてきているという。100年前のものがごく微量でも残っていると思うと楽しい。
 大阪吃音教室も、40年、30年と通い続ける人からまだ半年や1ヶ月の人、今日初めて参加する人など様々だ。その人たちの人生が混じり合い、熟成されていくのがいい。新しいだけでも、古くからいる人だけでもダメで、違った年月を経た、さまざまな人がいることで、ミーティングの場は、ほどよいバランスとなり、独特の味わいを醸し出している。
 同じようなことが、滋賀県で、毎年夏に開き、16年になる吃音親子サマーキャンプの親の話し合い、子どもの話し合いにもみられる。初めて参加する人も少なくないため、最初の時間はその人たちのために使うことが多いが、だんだんと、複数回参加している人も話し合いに加わってくる。その体験に基づく話を聞きながら、新しく参加した人は、今まで気がつかなかった視点やものの見方・考え方に気づいていく。また、複数回の人は初心に返ることができる。これが、初めて参加の人、2度目の人、3度目の人と、いろんな経験をしてきた人が混在していることの素晴らしさだと言えよう。16年間続けてきた老舗の味わいだ。
 昨年5月に開かれた第7回島根スタタリングフォーラムの親の話し合いで、このグループも老舗の味わいが出てきたと思えた。第1回は、私の一方的な講演だった。その後、話し合いや学習会的な要素が加わり、回を重ねてきた。
 当初は、親のこれまでの不安や悩みに耳を傾けることにほとんどの時間が使われ、親の表現を借りれば、「涙、涙の話し合い」だった。
 どもるのは母親のせいだと、児童相談所などで言われた人がいた。どもる子どもを持ち悩んでいること、将来に不安をもっていることを初めて話すことができた親もいた。子どものどもっている姿を「かわいそう」で見ていられないというひとりの親の発言から、参加者全員が「そうだそうだ、かわいそうに思う」と反応したときもあった。「かわいそう」と思われる子どもの方が「かわいそう」ではないかと、時間をかけて話し合った。「どもりは一生治らない!!」と早朝登山で叫んだ小学1年生のことばにショックを受け、「連れてくるんじゃなかった」と私に訴えてきた親がいた。そのことを取り上げて話し合ったこともあった。
 誰にも話すことがなかった思いを存分に出し、お互いに聞く中で、共通の土壌が耕されていく。
 親の話し合いは、3時間の枠が2回あり、合計6時間。7年分をトータルすると42時間。じっくりと吃音と向き合ったことになる。参加回数の違う人たちがおりなす人生が響き合う、吃音についての話し合いは、吃音をテーマに親たちと人生談義をする趣だった。吃音をひとつの切り口にして親も自分の人生を語る時間だったように思う。
 吃音について不安を出し合い、吃音についての知識を得る段階から、自分自身の人生をみつめながら、子どもについて語り合う、しっとりとした深まりのあるものへ。老舗の味わいはこれからも熟成し、まろやかなものとなっていくだろう。
 親の人生とは交わることのない、「吃音を治す、軽くする」路線からは、生まれない世界だ。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/07/01

交流活動

 以前は、個別学習の実践が多かったと思いますが、最近はよく研究会などでも、どもる子どものグループ学習の実践が報告されることが増えてきました。
 今日は、そんなどもる子どもたちの交流活動についての報告です。まず、巻頭言から紹介します。滋賀県の吃音親子サマーキャンプ、島根スタタリングフォーラムなど、宿泊を伴う交流活動とはちょっと一味違うことばの教室での交流活動です。巻頭言に続いて紹介します。
(「スタタリング・ナウ」2003.6.21 NO.106)

  
交流活動
                日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 「どもりは一生治らない!!」
 小さな山の頂で、小学1年生が、声を張り上げて叫んでいる。第5回島根スタタリングフォーラムの2日目の早朝、山のてっぺんから、自分の言いたいことを叫ぶとき、1年生の3人が、みんなでこう言おうと、示し合わせて練習もし、こう叫んだ。
 夜遅くまで、教師や両親と話し込んでいたために早朝の登山には参加しなかった私は、朝食の前に、是非話を聞いてもらいたいと、初参加の小学1年生の子どもの母親からこの話を聞いて驚いた。
 これまで、吃音について一切話してこなかった我が子は、この叫びをどんな思いで聞いていたのだろう。親として、とてもショックだった。山からの帰り道、子どもに尋ねたら、この集まりにはもう来たくないと言っている。まだ早かったのだろうか、これからどう接したらいいか、不安だ。
 私には、母親の不安よりも、1年生のグループでどんな話し合いがなされ、このことばをみんなで言おうと提案した子どもはどんな思いだったのだろう、また、一緒に大きな声を出した子どもたちは、と想像がふくらんでいく。しかし、母親の疑問や不安を解決しないと、子どもにも大きな影響を与えてしまう。午前中の親の学習会の予定を変更して、このことについてみんなで話し合うことにした。このような不安や疑問が率直に出され、その話し合いが充実して深まっていくのは、この島根スタタリングフォーラムが、5年の経験の中で成熟してきたためだろう。
 できるだけ吃音について触れずにと、大人の配慮で話されなかった吃音の話題は、その子どもにとって、これまで聞いたことのない話ばかりだったに違いない。驚き、楽しくはなかったかもしれない。小学校1年生ならなおのことだ。ところが、子どもは、いつか否応なしに吃音と直面せざるを得なくなる。吃音を隠すことなく、オープンに話題にして、吃音は悪いものでも劣ったものでもなく、隠したり、逃げたりするものではないことを伝えたい。それは、吃音を意識し始めたときがチャンスだ。私たちは、できれば早期に一度は通過しておいた方がいいと、「早期自覚教育」を提唱してきた。私たちの夏に開かれる吃音親子サマーキャンプでは、小さい子どもは小さい子どもなりに、吃音について向き合い、話し合うことを、プログラムの中心に据えてきた。キャンプに来るまでは、一切家庭で吃音にふれずにきた子どもが、帰りの道中で吃音についていっぱい話したという報告は、たくさん聞いており、吃音を話題にしたことで、マイナスの影響が出たことは、少なくとも13年間、キャンプにたくさんの子どもたちが参加しているが、聞いたことがない。話し合いや、作文や、親や子どものふりかえりを常に重視しているので、本当は大変なことが起こっているのに、そのことを私たちだけが知らないということはおそらくないだろう。
 そのような経験を不安に思う、初参加の母親に話した。むしろ吃音についてふれずに成長する方が、思春期に起こるマイナスの影響は、それこそ、挙げればきりがない、とも。学校に行けなくなり、あるいは引きこもってしまい、吃音に向き合うことを恐れ、いくらキャンプに誘っても、参加すらしない思春期の子どもたちを、実際にたくさん知っているからだ。
 近年、吃音に向き合うとか、オープンに話し合うとかのことばを見聞きすることが多くなり、直面することそのものを否定することは少なくなった。しかし、子どもが吃音と向き合うことをどう支援するのかという、議論や実践は多くはない。
 千葉の院内小学校の実践は、その数少ない実践だ。しかし、その取り組みが必ずしも正しく評価されるわけではない。公開番組が終了して、先生方との話し合いでは、「交流のよさ」よりも「吃症状」に話の中心がいってしまった。
 「ことばの教室は小学校にしかないが、そこで出会えた子どもたちとは、いくつになっても交流したい。人と人とのかかわりに終わりがないように、いつでも会える距離でいたい」
 渡邉さんのこのことばは、吃音症状にしか目を向けない人には言えないのでないか。(「スタタリング・ナウ」2003.6.21 NO.106)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/02/21

ご褒美のような時間〜島根は第二の故郷〜

 第25回島根スタタリングフォーラムフォーラムが終わった後、一気に車で大阪に帰るのはしんどいので、松江に一泊することにしていました。長い間、年末年始に2週間ほど滞在していた、懐かしい玉造温泉のホテルを予約していました。
夕食会 そのことを知った島根大学教授の原広治さんが、どうしてもフォーラムには参加できないけれど、私たちに会いたいと、「伊藤夫妻を囲む会」を計画してくれました。コロナの影響を受け、原さんとも久しく会っていないので、喜んでそのお誘いを受けました。フォーラムの会場からホテルまで約2時間、ホテルに着いた頃に、6時前にホテルまで迎えに行くと、原さんからメールが入りました。
 車に乗せてもらって、夕食会場に着くと、なんと13人もの人が集まってくれていました。フォーラムに参加していた人も何人かいます。片付けをして、駆けつけてくれたのです。古くからつきあいのある人たちもいます。島根の大石益雄さんと親しかった大坂さんや安部さん、僕たちの仲間である佐々木和子さん、国立特別支援教育総合研究所の研修の受講生だった、吾郷さんなど、こんなにたくさんの人が集まってくれているとは全く思わず、びっくりしました。
 話は尽きることなく、わいてきます。島根スタタリングフォーラムを始めるきっかけとなったのは、1999年の年末のことでした。恒例の、年末年始を玉造温泉の厚生年金保養ホームで過ごしていた僕が、国立特別支援教育総合研究所で、島根に行ったら電話をすると約束していたらしく、僕の方から吾郷さんに電話をしたらしいのです。僕は、吾郷さんから電話を受けたと記憶していました。玉造温泉に今来ていると話したようで、それならと急遽、学習会のような研修会のような相談会のようなことをしようということになり、暮れも押し詰まった12月27日に、松江市立内中原小学校が会場になりました。そんな急な話だったのに、結構な人数が参加してくれました。そして、その後の打ち上げの場で、どもる子どものキャンプをしようということになったのです。その場に、原さんも、大坂さんも、安部さんも、吾郷さんもいたということでした。本でしか知らなかった伊藤伸二が目の前にいる!と思ったという話を聞いて、僕の方がびっくりしてしまいました。
 それから、島根の言語障害や聴覚障害の子どもを教育する教師の集まりである、島根聴言研とのつきあいが始まったのです。長いお付き合いになりました。フォーラムだけでなく、島根県の県大会など、いろいろな研修会に招いてもらいました。
夕食会2 シリーズ1の、第4回臨床家のための吃音講習会の会場も島根で、そのときのゲストは島根県出身のノートルダム女子大学学長の梶田叡一さんでした。
 2001年、第30回全難言大会島根大会の大会事務局長は安部さんでした。また、2009年の第38回全難言大会山口大会での、吃音分科会の発表者は佐々木和子さんでした。2016年の第45回全難言大会島根大会の吃音分科会の発表者は、黒田明志さんと、今、フォーラムの事務局を担当している森川和宜さんでした。僕は3回とも、吃音分科会のコーディネーターとして参加しました。
 そんな昔の話や、今、担当している子どもの話、これからの研修についてなど、ほんとに尽きることなく、話が弾みました。安心して、いろいろなことを話していました。これが、第二の故郷だと呼んでいる所以のようです。
 こうして、フォーラムが終わったあとに、これだけたくんさの人が集まってくださり、いろいろなことを自由に語り合う、こんな幸せなことはありません。どもりのおかげで、大勢の仲間に囲まれて、幸せな生活を送っていることを再確認しました。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/11/1

第25回島根スタタリングフォーラム〜幼児期こそ、非認知能力を〜

集合写真 第25回島根スタタリングフォーラムのことを報告してきました。
 フォーラムには、幼児教室の担当の方がスタッフとして何人か参加しておられました。小学2年生の秋までは吃音に全く悩んでいなかった僕の経験から、幼児期の対応がとても大事だと考えています。フォーラムでは、詳しく話せなかったことなのですが、こんなことをいつも話しています。

 3歳頃からどもりはじめた僕は、2年生の秋までは、どもってはいたけれど、明るく元気で活発な子どもでした。小学2年生の秋、学芸会でせりふのある役を与えられなかったことで、悩みを深めていきました。悩み始めたきっかけについてはよく書いたり話したりしてきましたが、明るく元気で活発だった頃のことについては、ほとんど触れることはありませんでした。

 僕の家の近所に、絵本や幼児教育の専門家で、絵本カフェを開いている長谷さんという方がいます。散歩の途中、偶然、そのカフェをみつけてふらりと入り、そこでいろいろとお話をしました。そこで開かれている絵本の講座にも何回か参加しました。「ムーミン」「キューピー」「くまのプーさん」「ピノキオ」などの絵本について、その時代背景や作者の意図することなど、たくさん教えてもらいました。これまで絵本は好きでしたが、こんなに深く考えたことはなく、絵本の世界を広げてもらったことになります。僕が取り組んでいる吃音についてもお話し、その中で、幼児教育について、幼児期の新指針・要領についてもお聞きしました。その新指針が、以前から注目して読んでいたヘックマンや非認知能力と結びつきました。

 ノーベル経済学賞を受賞したヘックマンは、乳幼児期に注目し、「教育は開始時期が早いほど費用が大きくかからず、成果が出やすい。その教育は、認知能力だけでなく、非認知能力の育成が大事だ」としました。
 認知能力は、記憶力や思考力などに代表される知性といわれるもので、非認知能力は、情動や感情に関連する能力です。非認知能力とは、具体的には、たとえばこんなものです。
‘颪靴げ歛蠅鯀阿砲靴討眥めずやり抜こうとする粘り強さ、忍耐力(グリット)
◆屬海Δ笋辰燭蕕匹Α」「いいね、じゃあ、これは?」などと他者を受け入れながら、相互に対話(コミュニケーション)して協力できる社会性
Kが一失敗しても「大丈夫」「次は成功するよ」と気持ちをコントロールできる自信や楽観性
 僕がどもっていても、明るく元気で活発だったのは、きっと小学2年生までは、その非認知能力が発揮されていたということになるのでしょう。幼児教室の担当の方には、その非認知能力を育てることを大事にしていただきたいと願っています。それが、その後の学童期、思春期を支える土台になります。
 吃音に関しては、幼児期は環境調整といって、直接ことばを指導するのではなく、聞き手の受け止め方へのアプローチが主でしたが、最近は、リッカムプログラムが導入され、家庭で保護者が子どものことばを指導することが広がりつつあるようです。本来、家庭は安全であるもので、どんなにどもっても聞いてもらえる場であってほしい。その家庭に、短い時間とはいえ、言語訓練をもちこむことに僕は大反対です。どもらないようにするための言語訓練ではなく、非認知能力の育成と関連して、子どもの好きな絵本を一緒に読んだり、子どもが読むのを親が楽しく聞くことが大切です。家庭は子どもの安全基地であって欲しいのです。

 もうひとつ、引っ越しをして、転校するという両親から質問が出ました。
 今まで、島根では当たり前のように受けていた、「吃音と共に豊かに生きる」を方針にした、幼児・ことばの教室での指導が受けられなくなる。新学期から行くことになっている引っ越し先の市のことばの教室で話を聞いたら、吃音の改善を目指して言語訓練をしているというので、そのようなところには行かせたくないというのです。親がこのように二つの方針の中から、自分で考えて選んでいることが素晴らしいと思いました。
 僕は、どもるからことばの教室に行かなくてはならないものではなく、そのことばの教室はどんな考え方をもっていて、どんなことをしているのか、確かめ、実際に見て、通わせるかどうか判断することが大事だと話しました。
 以前にも、ことばの教室の担当者に、親として大切にしたいことを伝え、方針を変えてもらった人もいました。どうしてもそれが聞き入れてもらえなくて通級をやめた人もいました。親が吃音についてしっかり勉強し、信念をもっていることに敬意を表します。ちまたにあふれる、どもっていてはかわいそう、少しでも改善すべきだという大多数の考え方に、疑問をもっている親は決して少なくないのです。
 どんなにどもっても、家庭では安心して聞いてもらえる。家庭は、安心、安全な場でなければならないのです。吃音の情報に惑わされないためにも、親も吃音について学ぶ必要があります。島根で出会った両親のように、吃音の情報を吟味し、今、子どもにとって何が大切かを見極め、自分が信じた吃音についての考え方を説明することばを持ちたいものです。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/10/29

第25回島根スタタリングフォーラム 2日目 〜転ばぬ先の杖ではなく、生きる力を〜

会場全景 2日目は、近くの浅利富士への登山から始まりました。僕は、パスして、朝食から合流です。
 午前9時から12時まで、保護者との対話の時間が始まりました。昨日、さんざんしゃべったけれど、まだまだ話したいことはあります。保護者からの質問もまだ残っています。

○伊藤さんと連絡をとりたいときは、どうしたらいいか。
 日本吃音臨床研究会のホームページリニューアルの話をしました。そのいきさつもドラマチックです。そのホームページの中に、僕の連絡先が書いてあります。電話も住所も、問い合わせフォームから入ってもらうと、メールでつながることもできます。
○中学生でも声を出すことはした方がいいのか。
 年齢に関係なく、人間にとって大事なことです。親が声を出している姿を見せることも大切でしょう。親が自分の好きな小説や、新聞記事を声を出して読むことを日常的にしていることは、自分にとっても子どもにとってもいい影響を与えるでしょう。
○弟は、兄の吃音に関心がないけれど、いいのか。
 関心がないのが当たり前だろうと思います。それでいいです。でも、今回も、このフォーラムに参加しているのだから、きっと何か感じ取ってくれるでしょう。まあ、感じ取っていなくても構わないのですが。

 ひとつの質問から、話はどんどん広がります。今回、保護者との対話でキーワードになったのが、「治す努力の否定」と「転ばぬ先の杖」でした。

最後のアップ 「治す努力の否定」は、僕が大阪教育大学にいるとき、治すこと、治そうとすることが却って悩みを深く大きくすることから、治す努力をやめようと提起したものです。何か障害になることを治すことは、ある意味当然のことで、努力することは美徳とされているのに、それを否定するということは、とてもセンセーショナルで、反発も、誤解、曲解もたくさんありました。治ることもあるだろうに否定するのか、努力は大事だろう、全ての努力を否定するのはけしからん、など。治すために使っていたエネルギーを、より良く生きるエネルギーに変えようという提案だったのですが、そう受け取ってもらえないことも少なくありませんでした。大勢の人たちが吃音を治そうとして失敗してきたことを繰り返したくありません。報われる可能性のあることに努力をするために、報われない努力は諦めようというのです。そこで、僕は、ニーバーの祈りを紹介しました。

変えることができることは、変えていく勇気を
変えることができないものなら、それを受け入れる冷静さを
変えることができるかできないか、見分ける智恵を

 「転ばぬ先の杖」は、合理的配慮との関連で、最近、よく話すテーマです。この話も誤解される可能性があるのですが、話す必要があると考えて話しました。合理的配慮については、基本的にいいことだと思います。ただ、それが過ぎると、あるいはそれに頼りすぎると、子どもの生きる力を奪うことにつながるのではという心配をもっています。必要な支援、必要な配慮をしてもらうことに異論はありません。ただ、その支援、配慮がないと、何もできないというのでは、この世知辛い世の中を生きていくことはできないのではないかと思うのです。理解してくれる環境ばかりではありません。自分にとって厳しい環境も、これから待っているかもしれません。そのときに、だめになってもらいたくないのです。どんなに環境が悪くても、それなりに自分なりに、自分を支え、生き抜いてもらいたい、その力を子どもの頃に培ってほしいと願います。親として、目の前に障害があるなら取り除いておきたいと思うのは、当然ですが、子どもと話し合って、どうするか決めてほしいと思います。子どもが自分の力で取り除くのか、誰かの力を借りて取り除くのか、子どもに選択権があります。がんばるところ、逃げるところ、助けてもらうところ、どの場面でどれを選ぶのか、子どもに任せたいものです。

 黒板に予め書いておいた、幸せ生きるために、共同体感覚、言語関係図、ストレス対処力などのことばの説明を具体例を挙げながらしました。これらを知っておくことで、今後の生活に役に立つと思います。

 昼食後、最後のプログラムです。保護者との対話のラスト、90分が始まりました。僕は、そこで、吃音親子サマーキャンプに宮城県女川町から参加した阿部莉菜さんの話をしました。彼女の書いた作文「どもっても大丈夫!」も読みました。今回は、彼女の体験を、健康生成論の一貫性感覚(センス・オブ・コヒアレンス)の、把握可能感、処理可能感、有意味感にからめて話してみました。彼女は、サマーキャンプに来て、自分が不登校になっていることをグループのみんなに話しました。グループのみんなもいろいろ質問をして、それに答える中で、彼女は、自分の経験を整理することができました。これが把握可能感です。そして、彼女はサマーキャンプから帰ってから不登校だった学校に行き始めます。処理可能感に気づいたからです。自分には、助けてくれる仲良しの友だちがいる、理解してくれる仲間もいる、何より力強い家族がいる、それらの力を借りて、行きたい学校に行けるようになります。また、キャンプ前にお父さんが言っていた「吃音は、いい肥料なんだよ」のことばや、キャンプでグループの子どもたちが言ってくれたことばから、自分にとって吃音は意味があるものなんだという有意味感をもつことができました。これで、健康生成論の説明ができました。
 ひとりひとりの感想をお聞きして、時間きっちりと終わりました。長丁場につきあってくださった保護者のみなさんに感謝の気持ちでいっぱいです。

終わりの会 子どもたちは子どもたちの活動が展開されていたようです。子どもたちの話し合いの中で、どうしても僕に聞きたいことがあるというので、最後のおわりの会のときに、質問を受けました。その質問とは、「どうしてどもるのですか。吃音の原因を知りたいです」でした。
 これは、よく質問されることです。僕の答えは、決まっています。「わかりません。どうしてどもるようになったのか、分からないのです。たくさん研究されてきましたが、分からなかったし、きっとこれからも分からないでしょう」
 ところが、分からないと言っても、どうしても知りたいという子どもがいます。以前、島根のスタタリングフォーラムに参加していた子もそうでした。別のことで島根県に来ていた僕の宿泊ホテルまで「どうしてどもるのか、知りたい」と訪ねてきました。仕方なく、僕は、こんな話をしました。
 空気中に、どもり菌がいて、ふわふわと浮かんでいる。ある人は、口に入ってもぺっと吐き出してしまうけれど、ある人はそのまま飲み込んでしまう。飲み込んでしまった人がどもるようになったんだよ。この話に、その子は納得したようでした。その子というのが、今回も参加しているOBの稲垣君なのです。

 今回、スタッフの中に、幼児教室担当、幼稚園のことばの教室担当の人が何人も参加していました。島根は、小学校はもちろんですが、他の県と比べて、中学校のことばの教室も充実していて、幼小中の先生がそろっていました。幼児期が大切だと思っている僕にとって、これはありがたいことでした。
 僕のどもりの悩みの始まりは、小学校2年生の秋の学芸会からだということは、いろんな所で話したり書いたりしています。どもり始めたのは、多くの人がそうであるように3歳前後らしいですから、3歳頃から小学校2年生までは、どもっていたけれど、明るく元気で活発な子だったのです。「どもっていたけれど、明るく元気で活発な子だった」ということ、このことについて、もう少し話したかったなあという思いが残ります。
 島根のフォーラムの報告は、今日で終わるのですが、この幼児期のことについては、明日に続きます。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/10/25

第25回島根スタタリングフォヘラム 1日目 4年ぶりのフルバージョン開催から保護者との濃密な対話の時間から

 第25回島根スタタリングフォーラムに参加するため、前日の10月20日に島根入りをしました。昨年は1日だけ、一昨年は僕は自宅にいてZOOM参加、その前はコロナで中止。今年は、2019年以来、4年ぶりの1泊2日のフルバージョンのフォーラムです。
 浜田駅前のホテルにチェックインして、そのホテルの真向かいにあるレストランを予約しました。店の名前は、ケンボロー。豚肉がとてもおいしいお店です。このケンボローは、べてるの家の向谷地生良さんとばったり会った思い出深い店です。北海道の向谷地さんと大阪の僕が、浜田の小さいレストランで偶然出会うという不思議なことが起こったところでした。ここへ来ると、いつもそのことを思い出します。
 
出会いの広場 10月21日、会場である島根県立少年自然の家に向かいました。前日は、時折雨も混じる天気だったのですが、初日はきれいな青空になっていました。会場に着くと、事務局の森川和宜さん、受付には藤川さん、何年か前、ホテルまでの送迎をしてくれた伊津さん、小学生のときから参加していて今は青年スタッフになっている稲垣君など、顔見知りのスタッフが迎えてくれました。前の事務局の佐々本さん、どうしても予定が入っているので参加できないけれど顔だけ見たいと、地元のおいしい水を持って、立ち寄ってくれました。初めて参加するというスタッフが多いのですが、温かい雰囲気が以前と変わらず、僕を迎えてくれました。故郷に帰ってきたような安心感が広がりました。

 全体に向かって10時30分、フォーラムが始まりました。出会いの広場は、流水さん。ポンポンポンと軽快な手拍子をもとに、参加者の気持ちをリラックスさせていきます。そのよどみない的確な指示で、みんな、魔法にかかったように、いつの間にか、笑顔になっていきました。
 昼食の後は、90分、どもる子ども、その保護者、スタッフのことばの教室の教員の参加者全員を前に、僕が話をすることになっていました。対象がこれだけ幅広いと話が絞れず、難しい展開になりそうだったので、急遽、お願いして、ことばの教室の担当者に前に出てもらい、僕とやりとりをしながら、参加者もまきこんでいこうということに変更してもらいました。「夫婦漫才でいいなら、しますよ」と言ってくれた伊津さんに感謝です。事前に出してもらった質問や、その日に出してもらった質問に答えていきましたが、伊津さんと少しやりとりをするので、立体的になったようです。
 たとえば、こんな話題が出ました。

○全校生徒に、自分の吃音のことを先生から話してもらった。だから、みんなは、ぼくの吃音のことを知っているはずなのに、忘れるのかわざとなのかは分からないが、「なんで、そんな話し方なん?」と聞いてくる。そういうことがあると、イライラするし、悲しくなるし、嫌になる。
 伊津さんは、全校のみんなに話したと言うけれど、聞いている方は、自分ごととして聞いていないんじゃないか、と言います。僕も、全校生徒に分かってもらうのは無理だと思ってほしいとまず言いました。分かってもらえないというのが前提です。からかわれたり、笑われたり、いやな思いをした、そのとき、その場で、目の前の相手に伝えるしかないと思います。そして、からかわれたときの選択肢として、その場から立ち去るというのもアリだと知っておいてほしいと思います。立ち向かうことも大事だけれど、逃げることも大事なのです。
親と 一回目 これに似た話題は、今年の鹿児島県の大会後の吃音交流会でも、吃音親子サマーキャンプでも、ちばキャンプでも出ました。永遠のテーマだろうと思います。僕は、自分の経験を話し、広く吃音を理解して欲しいという前に、目の前の身近な人に自分のことばで吃音をどう理解して欲しいかを伝えていくことをすすめました。そして、からかってくる子どもはどんな子どもなのかを研究しようと勧めます。からかってくる子どもに目を向けると、子どもたちからは、意地悪な子ども、周りからも嫌われている子ども、イライラしている子どもなどいろいろと出てきます。「残念な子ども」と言った子がいました。では、その、からかってくる残念な子どもに対しては、しっかりとその相手を見て「あなたは残念な人ですねえ」と言ってみたらどうかなあと提案した、鹿児島市のことばの教室でウケた話をしました。過去と他人は変えられません。自分の受け止め方を変えるしかないのです。

○話しにくくて恥ずかしい。ことばにつまらずに話したい。
 残念ながら、吃音の原因も分からないし、治療法もありません。おそらく、今後、研究がすすんだとしても、どもる人全員に有効な治療法はみつからないでしょう。恥ずかしい気持ちを恥ずかしくないように変えるのは無理です。その気持ちを克服するのは無理です。恥ずかしいという気持ちは持っていていいのです。大切なことは、恥ずかしくても発表することです。どもる人は、どもりながら、しゃべっていくしかありません。
 その他、流れ星を見て願い事をしたことがあるか、吃音がなかったらどんな人生だろうか、吃音のある人でオレ以上だと思う人はいるかなど、ユニークな質問もありました。
 ひとつひとつ丁寧に話していきました。伊津さんがそばにいて、合いの手を入れてくれるので、落ち着いてゆったりとすすめることができました。全員参加の90分間、最初のプログラムを無事終えることができました。心配していましたが、とてもいいスタートが切れました。  
 この後は、保護者と子どもは別プログラムです。
 僕と保護者が3時間、対話するプログラムが始まりました。初めに、さきほどの1時間半の話を聞いた感想を聞かせてもらいました。感想を聞いて、また僕がレスボンスをしていくので、ゆったりとした時間の流れの中で、僕は、たくさんのことを考え、思い出し、話しました。きっと、参加された保護者も同じだったろうと思います。
 島根のフォーラムでは、僕と保護者の時間として、3時間が2回の計6時間と、振り返りの90分と、長くとってあるので、急がず、ゆったりとすすめることができます。参加者も、初参加の人が多く、フレッシュなメンバーで、なんだか僕も、新鮮な気持ちになり、わくわくしながら、話を聞き、しゃべるという、対話の醍醐味を味わっていました。

・会話をしていてどもったとき、予想できることは代わりに言っていいのか、待った方がいいのか。
・今、6歳で、自分の吃音に気づいているのかどうか、分からない。気づくまで待っていたらいいのか。
・通級教室が整っていない所に引っ越すことになっている。親としてできることはあるか。
・予防としてワクチンの話が出たが、ワクチンをうつタイミングはあるか。
・幼児期は、何を大切にしたらいいか。

 一つ一つの質問に対して、いろいろな角度から答えていると、本当に長くなります。これまでに学んできたこと、出会ってきたどもる子どもやどもる人の体験、それらがひょいひょいと顔を出してくるので、たくさん話してしまいます。
夜 スタッフと 3時間があっという間に終わり、夕食。その後、ケーキを食べながらおしゃべりをしようという会、そして、夜8時から、子どもや保護者は、キャンドルの集いをしましたが、僕は、このフォーラムへの参加回数が1、2回の人たちから質問を受けることになっていました。45分間の授業の組み立て方、声を出すレッスンのこと、幼児に対する指導で大切にしたいこと、吃音に気づいていない子への取り組み方、子どもの吃音の波に一喜一憂する保護者への対応、など途切れることなく質問を出してくれました。僕の頭が、フル回転しているのが分かります。予定の時間をはるかに超えて、刺激的で、知的な興奮を起こさせてくれた、いい時間を過ごしました。随分と話し続けたことになります。
 僕の話を真剣に聞いてくれる人たちがいる、幸せな気持ちで、島根スタタリングフォーラム一日目を終えました。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/10/24

継続は力〜25回目を迎えた島根スタタリングフォーラム〜

 明日からの週末、島根県立少年自然の家で、島根スタタリングフォーラムが開催されます。僕は、第1回からずっと参加しています。前日の今日、島根入りをしました。今年で25回目となる島根スタタリングフォーラム、滋賀県での吃音親子サマーキャンプに次いで長寿となりました。
 事務局を引き受けることばの教室担当者は変わりますが、大切にしてきたことは変わらず、引き継がれています。文化を繋いできた歴代の担当者に敬意を表します。
 「スタタリング・ナウ」NO.96 2002.8.23 の巻頭言は、島根スタタリングフォーラムのことを書いています。明日から始まる第25回のフォーラムの前夜、この巻頭言を紹介します。吃音親子サマーキャンプがまだ13回目の時の文章です。今年は32回目のキャンプだったので、とても懐かしく、自分が書いた文章を読み返していました。

    
継続は力
             日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 まさか、ここまで続くとは思わなかった。島根スタタリングフォーラムのことだ。第1回が、予想外の多くの参加者と熱気に包まれて終わった。その終わりの会の余韻にひたりながらスタッフ数人で会場近くのログハウスでコーヒーを飲んでいた時、「やったね!よかった、よかった。じゃこれでおしまい、とするのはもったいないね」という話が、誰からということなく出されていた。その輪の中に、ここまで継続をさせた仕掛け人、宇野正一さんがいた。
 ことばの教室関係では、言語障害児の療育キャンプの歴史は古い。全国各地で、毎年キャンプが行われている。しかし、どもる子どもだけを対象にしたキャンプは、私の知る限りでは、これまでは私たちの吃音親子サマーキャンプ以外にはなかった。だから、島根でスタタリングフォーラムが企画され、私も関わることができたとき、本当にうれしかった。吃音親子サマーキャンプの実践が、島根の地に小さな種を落としたような感じがした。だから、続いて欲しいとは願ったが、実際に続いていくとは思えなかった。続けるには、初めて行うのとは質の違ったエネルギーがいるからだ。そのエネルギーが、島根のことばの教室の担当者にはあったことになる。それを宇野さんは、「手弁当、自腹を切ってでも参加したい、いい意味での〈アホ〉なスタッフがたくさんいるからだ」と言う。
 さて、4回目のフォーラムのスタート。親のグループは、吃音への思いや、吃音について知りたいことをもり込んだ自己紹介から始まった。ひとり、ふたりと自分を語っていく中で、「うーん。これは何だ?」という不思議な思いにかられた。これまでの3回とは明らかに違う風が吹いていた。余裕というか、温かいというか、安定感といっていいのか。複数回参加している人の顔が、初めての時とは明らかに違っている。その親の雰囲気が全体に影響するのか、初めて参加する人も安らいでいる。つい涙ぐみながら、緊張ぎみに話し、相談会のようだった1回目とは大きく違っている。
 このフォーラムが3年の歴史を積み重ねたこともあるだろうが、これは日頃の島根県下のことばの教室のどもる子どもへの思いと指導方針にあると思った。それは、島根と他の地方の実践の違いが親の口から実際に明らかにされたからだ。この春に島根から転居した2組の親子が遠く離れた転居先から参加した。島根にいた時通級していた教室と、引っ越した先の現在通級していることばの教室の方針が大きく違うのだという。平たく言ってしまえば、島根が吃音の症状にとらわれないで、子どもの暮らしを大事にしようという立場なのに、転居先のことばの教室では、吃音の症状の改善、および消失を目指しているように思えるというのだ。島根の方が自分としては方針は合っているので、またそれを確認したくて参加したのだという。
 私は、このふたりの親の話を聞いて、新しい風が吹いていたのはこのことだったのかと思った。ひとつの基本理念が、しっかりと親に根差し、違う理念と出会っても、揺るがない。私はうれしかった。
 昨年の夏、島根県松江市で、全国のことばの教室の担当者の集まり、第30回全難言協全国大会島根大会が開かれた。その大会テーマが、「子どもたちが自分らしく暮らしていくための支援のあり方」だった。基調提案から、シンポジウム、記念講演と、その基本理念は一貫していた。私がコーディネーターを務めた吃音分科会もその流れに添っていた。「吃音との上手なつき合い方を模索して」と、山口県で始まった「吃音キャンプの報告から」のことばの教室の実践をもとに、大会テーマに添って話し合ったのだった。
 その島根の掲げたテーマは、その後、どうなっているのだろう。必ずしも全国的なものにはなっていないのではないか。分科会でも私が主張した、「どもっていても大丈夫。どもっていてもその人なりの充実した楽しい人生は送ることはできる。吃音の症状への取り組みよりも、子どもが自分なりの充実した日常生活を送れるように、子どもをどう支援するかが大切なのだ」も、説明不足もあるだろうが、まだまだ誤解や曲解が多く、理解されにくい。フォーラムに参加した親に出会い、あきらめず、粘り強く、あせらず、丁寧に、そして、繰り返し、主張していく必要があるのだと思った。
 私たちの吃音親子サマーキャンプも13年の歴史を積み重ね、島根スタタリングフォーラムも今後、継続していくことだろう。『スタタリング・ナウ』も100号に近づいている。昨年から始めた「臨床家のための吃音講習会」は今年は全国28都府県から参加して下さる。静岡でもこの10月、私を呼んで下さり、どもる子どもたちのためのキャンプがスタートする。
 一粒の種は、継続の力で確実に育っている。(「スタタリング・ナウ」NO.96 2002.8.23)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/10/20
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