自分とうまくつき合う発想と実践

 今、大阪吃音教室の講座の定番となっている論理療法。吃音の問題を考えるときの、一番の基本とも言える論理療法に出会ったのは、1981年のことでした。もう50年以上も前のことです。
 筑波大学教授の國分康孝さんの本で学び、國分さんから紹介してもらった石隈利紀さんに、吃音ショートコースと名づけたワークショップに来ていただいて学びました。論理療法は、本当に吃音と相性がいいと、國分康孝さんの『論理療法の理論と実際』(誠信書房)の本の中の実践編のひとつとして、「論理療法と吃音」を執筆させていただきました。國分さんも、石隈さんも、論理療法が吃音に役立つことを喜んでくれました。「自分とうまくつき合う発想と実践」とのタイトルで書いた、「スタタリング・ナウ」2001.7.21 NO.83の巻頭言を紹介します。
芳賀書店 論理療法と吃音 表紙 なお、ここで紹介している『論理療法と吃音 自分とうまくつき合う発想と実践』(芳賀書店)は、現在、金子書房から『やわらかに生きる 論理療法と吃音に学ぶ』として出版されています。

自分とうまくつき合う発想と実践
              日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 カバーはすでにはがされ、手垢で少し黒ずみ、赤エンピツの書き込みがぎっしりの1冊の本がある。『論理療法』(アルバート・エリス著、國分康孝他訳、川島書店)だ。
 1981年、出版されてすぐに書店でみつけ、いつものことながらあまり考えずにその本を買っていた。私の本の買い方はいつもそうだ。新聞の広告だけで大量に本を注文する。手にとって確認して買った本はごくわずかだ。買えば、本棚に積んでおけば、必要な時、その本が「読んでよ!」と呼びかけてくる。そう信じて本を買い込む、つんどく主義だ。
 『論理療法』もそのような本のひとつだった。
 本を買ってしばらくして、時間的に余裕のあった日だったのだろうか、本が私を呼んでいた。手にとって読み始めて、何のことか分からないまま読み進むうちに、うれしくなった。そのまま最後まで読んでいた。もちろん吃音の本ではないが、私が吃音の苦しみの中から考えてきたことが、理論的に整理されているように思えた。本はすぐに、赤鉛筆で真っ赤になった。読んだものを自分なりにカードに写してまとめた。赤鉛筆での囲みや線引きの多いこと、改めてカードへ書き写したこと。たくさんある私の蔵書の中で、この本は極めて珍しい本となった。この本との出会いは、その後何かが起こることも予感させていた。
やわらかに生きる表紙 1986年、第1回吃音問題研究国際大会京都大会。基調講演やシンポジウムで、「吃音は、どう治すのではなく、どう生きるかだ」という私の主張は受け入れられていったが、それを具体的にどう取り組めばいいのかと、世界各国の代表から質問を受けた。考え方だけを提示しただけではだめで、具体的なプログラムを提示する必要があるというのだ。
 それまで、大阪のセルフヘルプグループの例会参加に積極的ではなかった私は、具体的なプログラムを作るために、翌年の大阪吃音教室の全ての講座を担当させてもらった。週に一度の教室は1年間で、45日になる。その全てを担当した私は、毎回資料を作り、講義をし、話し合いを深めていった。どもる人のセルフヘルプグループのミーティングというよりも、生涯学習のカルチャーセンターのような趣だった。これまでにないものを作り出すには、セルフヘルプグループの本来の姿ではないが、最初の1年間は、私一人が担当するのも止むを得ないと思った。参加者は飛躍的に増え、皆真剣だった。その大阪吃音教室で、最も力を入れたのが、論理療法だった。吃音の悩みを論理療法で整理し、どもる人に提案すれば、私の主張がより理解してもらえるかもしれない。どもる人のセルフヘルプグループに本格的に論理療法を導入したのだった。こうして、現在の大阪吃音教室の原型ができあがった。
 その後も、論理療法の実践を積み重ねたが、この辺で整理をしておきたかった。1999年の吃音ショートコースのテーマを『吃音と論理療法』とし、論理療法の専門家である石隈利紀・筑波大学教授から学び直そうとした。吃音ショートコースは、石隈利紀さんの熱意あるお話と、参加者の活発な発言で、論理療法と吃音との関係が深められた。
 その年の年報「吃音と論理療法」の作成には、20名の人がテープ起こしを分担し、それを私が編集することになった。時間のかかる大変な作業だったが、その作業の中で、吃音経験のある芳賀書店の芳賀英明社長が、本として出版して下さることになり、一段と気合が入った。『人間とコミュニケーション―吃音者のために』(日本放送出版協会) 以来、26年ぶりに私の本の編集をして下さった、日本放送出版協会(NHK出版)の編集部長だった、入部皓次郎さんの丁寧なお仕事。粘り強く、いいものにしたいと、妥協をしない石隈利紀さん。三人がぶつかり合う共同作業は厳しかったが、楽しかった。苦しくなると、「いい本になったね」と何度も言い合い、自らを励ました。そうしてできあがった『論理療法と吃音 自分とうまくつき合う発想と実践』は、おかげで、とても読みやすくいい本になったと思う。
 手垢にまみれた本『論理療法』が、今度は吃音を主題にした一冊のまっさらな本へと生まれ変わった。
「論理療法は吃音に役立つかもしれないが、それを活用した吃音の方々から、今度は私たちが生き方を学ぶのです」
 石隈利紀さんが、本のタイトルにといくつか提案して下さった中に、『吃音から学ぶ論理療法』があった。(「スタタリング・ナウ」2001.7.21 NO.83)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/05/13