伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

吃音講習会

親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会、近づいてきました

 連日、猛暑、酷暑が続いています。
 僕たちが「吃音の夏」と呼ぶ大きなイベントが近づいてきました。まず、一週間後に迫っているのが、第11回親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会です。
 吃音講習会は、これまで、下記のように、研修、学びを積み重ねてきました。講師の肩書きは、当時のものです。

1回 吃音否定から吃音肯定への吃音の取り組み(2012年 千葉)
    講師:浜田寿美男(奈良女子大学名誉教授)
2回 子どもとともに、ことばを紡ぎ出す(2013年 鹿児島)
    講師:高松里(九州大学留学生センター 准教授)
3回 ナラティヴ・アプローチを教育へ(2014年 金沢)
    講師:斉藤清二(富山大学保健管理センター長 教授)
4回 子どものレジリエンスを育てる(2015年 東京)
    講師:石隈利紀(筑波大学副学長・筑波大学附属学校教育局教育長)
5回 子どものレジリエンスを育てる〜ナラティヴからレジリエンスへ(2016年 愛知)
    講師:松嶋秀明(滋賀県立大学人間文化学部人間関係学科教授)
6回 ともに育む哲学的対話 子どものレジリエンスを育てる(2017年 大阪)
    講師:石隈利紀(東京成徳大学教授 筑波大学名誉教授)
7回 どもる子どもとの対話 子どものレジリエンスを育てる(2018年 千葉)
8回 どもる子どもとの対話〜子どものレジリエンスを育てる〜(2019年 三重)
9回 対話っていいね〜対話をすすめる7つの視点〜(2022年 千葉)
    健康生成論、レジリエンス、ナラティヴ・アプローチ、ポジティブ心理学、オープンダイアローグ、当事者研究、PTG(心的外傷後成長)
10回 どもる子どもが幸せに生きるために〜7つの視点の活用〜(2023年 愛知)
    健康生成論、レジリエンス、ナラティヴ・アプローチ、ポジティブ心理学、オープンダイアローグ、当事者研究、PTG(心的外傷後成長) 


 そして今年、第11回は、やってみての気づきと対話〜どもる子どもが幸せに生きるために、ことばの教室でできること〜をテーマに、教育方法学、教師教育学が専門の東京学芸大学教職大学院准教授の渡辺貴裕さんを講師に迎えます。渡辺さんは、演劇的手法を用いた学習の可能性を現場の教員と共に探究する「学びの空間研究会」を主宰されています。
 昨年の講習会では、子どもとの対話をすすめる教材として、「吃音カルタ」「言語関係図」「吃音チェックリスト」の3つを紹介し、それらの実践交流の場にしました。
 今年は、それら教材の実践を取り上げ、子どもと一緒に学び合う活動にどうつなげていくか、もう一歩すすんだ実践を参加者みんなで探ります。
 渡辺貴裕ワークショップでは、ことばの教室の実際の授業を参加者で経験し、その授業を講師の渡辺さんと参加者で振り返るようなことも考えています。従来の授業検討会とは違って、自分自身も授業で行われたことを実際にやってみること、新たな気づきを得ることを目指します。「吃音カルタ」「言語関係図」「吃音チェックリスト」などの実際の授業が体験できます。例えば、「学習・どもりカルタ」は持っているけれど、それをどう活用したらいいのか、よく分からないという方には、実践に直結する研修になるでしょう。
 昨年、参加していなくても大丈夫です。初めてことばの教室担当になった人も、長年経験している人も、基本的なことを丁寧に押さえながら、ゆっくりすすめていきますので、どうぞ、安心して、ご参加ください。
 これまで積み重ねてきたことを踏まえ、新たな視点で、子どもたちとの時間を振り返ります。吃音の新しい展望を、共に探っていく研修会になればと願っています。
 開催日ぎりぎりまで申し込みを受け付けています。
 日本吃音臨床研究会のホームページから、吃音講習会のホームページを検索し、参加申込書をダウンロードして、郵送していただくか、メールに添付して送信してください。
郵送   〒260-0003 千葉市中央区鶴沢町21-1  千葉市立鶴沢小学校 黒田明志
メール  Mail:kituon-kosyukai@live.jp
 吃音講習会のホームページは、これまでの講習会の報告、大会要項に載せた資料などをご覧いただけます。講師からの貴重な提案、ことばの教室の実践報告、どもる子どもや大人の声など、日々の指導の参考になる資料が満載です。
 なお、吃音講習会に関する問い合わせは、日本吃音臨床研究会まで。
           TEL/FAX 072−820−8244
           〒572−0850 大阪府寝屋川市打上高塚町1−2−1526

日本吃音臨床研究会のホームページ https://www.kituonkenkyu.org 

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/07/21

我の世界

 2004年の第4回臨床家のための吃音講習会での梶田叡一さんの話を紹介してきました。話の流れを優先させたので、「スタタリング・ナウ」2005.9.18 NO.133 の巻頭言の紹介がまだでした。
 吃音に悩んでいるとき、吃音が占める割合が大きくなり、「どもる私」が全面に出てしまいます。もっといろんな私がいるはずなのに、どもっている私だけが大きくクローズアップされるようです。映画監督の羽仁進さんは、「どもる人の奥にある世界を豊かにしよう」とメッセージをくださいました。梶田叡一さんも、内面の自分としっかりと向き合い、それを豊かにすることを提案してくださいました。
 僕も、まだまだ我の世界を磨くことはできそうです。

  
我の世界
                 日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二


 吃音は他者との関係の中ではじめて問題となる。どもることで息が苦しくなったり、からだが緊張することはあっても、どもること自体で苦しむことはない。どもった私を他者がどう見ているか、感じているかという他者の視点、評価が気になって悩むのである。
 私たちはどもることを他者から指摘されたり、笑われたりすることで、否応なしに、他人の目を意識せざるを得なかった。社会と向き合う私の前面には常に吃音が立ちはだかった。吃音を通して他者や社会をみつめていたことになる。子どもの頃から、社会に適応するために、我々の世界に生きるために、どもらずに話せるようになりたいと願ってきた。
 社会に適応する力は必要だが、そればかりにからめとられると、肝心の我の世界がおろそかになる。社会と向き合うときのどもる私は、私のごく一部にすぎないのに、吃音に深く悩んでいたときは、その吃音が私の全てを代表しているかのように思っていた。どもる・どもらないとは無関係の自分の豊かな我の世界があるはずだ。話さなくても我の世界を楽しむことはできる。楽器やスポーツやダンス、何かを育てたり作り出す、絵を描く、好きな音楽を聴く、本を読む、映画を観るなどたくさんのことができる。
 学童期、劣等感にからめとられていた私は、エリクソンの言う勤勉性が全くなかった。勉強もせず、友達と楽しく遊ぶこともなく、学校やクラスの役割も引き受けなかった。当時の通信簿には、そうじ当番をよくさぼると記されている。本読みや発表ができなくても、話さなくてもいいクラスの役割はあったはずなのに、私はしなければならないこと、したいことをせず何事に対しても無気力になっていた。
 思春期の私は社会に適応したいと願いながらできなかった。ゆえに私は孤独であった。このことが後になってみると、ある面では私に幸いしたらしい。本当はしたくないのに友達に合わせて時間を浪費することはなかった。周りに合わせようとしていたら、多くの無駄なエネルギーを費やしていたことだろう。
 私は、仲間を必要とせず、社会にも合わせようとせず、ひとりの世界に入っていった。孤独の辛さを紛らわせるために、私は映画と読書にのめり込んだ。中学生から映画館に入り浸った私は、1950年代の洋画全盛時代のほとんどの洋画を観ている。ジェームス・ディーンの「エデンの東」に何度あふれる涙を流したことだろう。世界・日本文学全集と言われる多くを読んで、自分では経験できない世界を味わった。我々の世界に入れず、不本意ながら我の世界の中に入り込んでいったものが、今私が生きる大きな力になっている。
 人間関係をつくりたくて、夜のコンビニエンスストアを俳徊し、たむろして時間をつぶす若い人たちを見て、私は吃音に悩むことによって内的な世界に入ることができた幸せを思う。
 私のように不本意ながらではなく、我々の世界に適応することはしばらくの間は諦めて、奥にある内面の自分としっかりと向き合い、それを豊かにすることだけを考える時期が必要なのではないかと最近考えるようになった。自分の喜びや楽しみのために、能動的に時間を使うのだ。私の場合、我々の世界に未練を残しながらの中途半端なものだった。それであったとしても私にとってよかったと思えるのだから、我々の世界に合わせることをとりあえず一時期断念し、自分に向き合い、自分を豊かに育てるのだ。
 楽しみを豊かに持つことは、自分自身の根っこの中の自信となっていく。その自信があってこそ、どもっていても大丈夫、「私は私だ」と、奥にある豊かな世界を意識しつつ生きることができるのだろう。
 子どもの頃から否応なしに我々の世界を意識せざるを得ないからこそむしろ早く、我々の世界に適応することはとりあえず置いておいて、我の世界を豊かにする。それは、我々の世界に生きるには周りからはマイナスのものと思われているものを持っている人々の特権ではないだろうか。
 国際吃音連盟ではどもる著名人をリストアップして、ホームページに掲載しようとしている。どもるからその人たちは一芸に秀でたり、成功したりしたのではない。どもる、どもらないにかかわらず、自分の奥にある内的な我の世界を大切に生きたからこそ、様々な分野で活動ができたのだ。このリストアップの動きが、「どもってもいい。我の世界を大切に生きよう」という声に結びついていけばいいのだが。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/06/19

我の世界と我々の世界 2

 吃音講習会の時の梶田叡一さんのお話を紹介してきました。
 僕が梶田さんを講師として講習会に来ていただきたいと仲間に提案したとき、当時、京都ノートルダム女子大学学長でしたが、忙しい学長職の人に断られるに決まっているという人がほとんどでした。島根県松江市での開催なので、合宿の形式にした40名ほどの参加者の講習会です。僕は、梶田さんの本はたくさん読んでいました。そのことを強みにして、梶田さんの出身が松江市だということを手がかりに、心を込めてお願いの手紙を書きました。すると、「小さな集まりが好きなので行きますよ」と快諾してくださいました。その言葉通り、たくさん話をし、質問に答えて、また話していただくという、とても贅沢な時間を過ごしました。お酒が好きで、夜遅くまで話につき合っていただきました。本棚にあるたくさんの梶田さんの本を眺めては、懐かしく思い出しています。
 我の世界と我々の世界を行ったり来たりしながら自由自在に生きること、僕自身は、かなりそうできているのではないかと思います。21歳からは、自分の納得のいく人生を歩いてきました。
今回で、梶田さんのお話は終わりです。(「スタタリング・ナウ」2005.9.18 NO.133)

第4回臨床家のための吃音講習会・島根 2004.8.7
    我の世界と我々の世界
                梶田叡一(現・兵庫教育大学学長)特別講演


自由自在に生きる
 自由自在に生きるということは、自分のいろんな条件が完備することではありません。事実は変わらないのです。不完全で不満足な条件を、パーフェクトではないものを与えられて、私の命が機能しているわけです。だったら、自分に与えられたものは存分に楽しんだらいいし、ないものねだりをしてもしょうがないと思うのです。ないものねだりが一番いけないです。どこへ行っても私は私のペースで私なりに生きていく。だからといって、世の中のネットワークから自分だけ逃がす必要はない。世の中のネットワークは大事にする。そして、仮の主語として、我の世界は、とっても大事。しかし、世の中のことも、自分自身のことも、どちらも、どこかで、「まあいいか」と思えること。一所懸命になりすぎるのがいけない。できれば死ぬときに、ああ、いい一生だったなあと思って死ねるかどうかです。
意識としての自己 梶田叡一 今、お話したことは、私の本『意識としての自己』(金子書房)の中に書いております。また、見て下さい。
 私はどういう者だとか、私は自信があるとかいう自己概念は、結局自分の意識の中のあるひとつのあり方でしかなくて、事実の問題じゃない。意識の中での、主語述語の組み立て方の問題です。若いときからあまり死ぬことにとらわれたらいけないですが、ときどき、自分が自分だけの固有の命を生きていることを思い出すときには、死ぬんだよなあということを思えばいい。勲章をもらっても意味ないし、私も伊藤さんも本をたくさん書いているけれど死んでしまったら、ほぼナンセンスな話です。どういう所に住んで、家族は何人いたなんて、どうってことないことです。まして、吃音があったかどうかなんて、死ぬということと比べたら別にどうってことない話です。
 ひとつは世の中での価値、我々の世界での価値観があるけれど、これを一度全部ちゃらにしてしまう。もうひとつの我の世界の価値、たとえば私は石川さゆりがいいとか、私の中での価値観ができている。最後はそれもちゃらですよ。一度全部ちゃらにして、物を考えるためにはメメントモリという死ぬということを考えたらいい。自分が死んでしまうのではなく、頭の中での考えた死です。生きている間は死ということにこだわって、とらわれて、つかまえられて、意味づけとして、死という事実があると考えたらいい。私は人生をこう意味づけると考える。そして、くれぐれも言いますが、死ぬことだって、私に責任がある話じゃない。もっと言えば、今、生きていることだって、ほんとは私に責任ないです。そう思ったら楽でしょ。これが自由自在に生きるということです。

位置づけのアイデンティティ
 心理学の本を見ますと、アイデンティティということは、たとえば自分は男だとか女だとか、自分は学校の教師だとか、そういう我々の世界での位置づけのことを言っています。
 年齢も全部我々の世界の符丁です。性別も、役割も、自分は長男だ、何人子どもがいる、親と一緒に住んでるとかが、普通アイデンティティです。それが自己概念なんですが、自己概念の中で一番自分中心的面、たとえば私にとって一番中心的面は、学校の教師であれば、それがアイデンティティになる。これが〈位置づけのアイデンティティ〉です。
 我々の世界のネットワークの中で、世の中から与えられた、いわば符丁、シンボル、サイン。こういうものの中で、私をどう規定していくかです。吃音も、世の中で、そういうカテゴリーを与えられて、そういうものかと思っている。ダウン症だって、引きこもりだって、登校拒否だってそうです。世の中で生きていく上で、全部ちゃらにする必要ない。事実として知っておけばいいが、これにこだわらなくするにはどうしたらいいかがひとつの大問題だと思うんです。事実であっても、それにこだわると、ちょっと窮屈なところがある。上手に世の中からはみださない形で、どうやってそれにこだわらないようにするかです。
 私は親だけれども、自分のアイデンティティを親にすると、窮屈になります。親でもあるけれどなあ、ということです。私は教師だとなると、日本ではなんとなくいい子をしていないといけない感じになる。自分の全存在が位置づけの間にからめとられたら、こんなつまらないことはありません。これが、最初の罠です。

宣言としてのアイデンティティ
 この罠から抜けるためには、〈宣言としてのアイデンティティ〉が必要です。
 「教師でもあるけれど、なんとかでもある」という何かを出していく。便利な宣言としてのアイデンティティとして、私は男だ、女だ、何歳だ、「教師だと言われるけれど、私は人間だ」と言います。「私は人間だ」というのは、位置づけとして相対化するには一番いいでしょう。それでなくて、人には分からないけれども、こういうものだという宣言を自分の中で、もったらいい。教師だとか女性だとか、あるいは親だとかなんとかだという前に、「私はこういうことが私にとって、自分のコアになるんだ」というものです。一番簡単なのは、「人間だ」ということです。
 位置づけのアイデンティティで、他の人がどう自分を呼ぶかを知っておいた方がいい。だけども、それを乗り越えて、がんじがらめにされない。私というものを意識化する。一番自由自在に生きるとしたら、「私はカモである」とか、「空気である」と言ってしまえばいいが、あんまりそれをやると、「熱、あるんじゃない?」と言われてしまう。上手にTPOを見て言わないといけない。人には言わないで、自分でもっていたらいい。「私は水でありたい」とか、「風でありたい」とか。そういう宣言としてのアイデンティティを自分なりに作っていけるかどうかは、とても大事です。宣言としての自己意識、自己概念です。自分が自分とっきあって、自分と対話して、私ってこうなんだから、という土台になるような自己概念です。
宗教教育、宗教的なこだわり宗教ということばを使うと、戦後は、みんな、疎ましく思うようでほとんど勉強することはない。だけど、私はあえて言うけれども、特に障害のある子にかかわるとか、命の問題を考える時、宗教をぜひ勉強してみて下さい。これが、一番関連の深い文化です。
 お釈迦さんだって、なぜ出家したかと言うと、自分が死ぬということ、病気の人がいるということ、などからでしょう。しっかり勉強して、資格をとって、肩書きもできて、大きな家にも住むという右肩上がりの単純化した人生を考えていくと、命の問題は分からない。障害をどう意味づけるかは分からない。人間の一生は、右上がりじゃないと言っているのが宗教です。この宗教でないといけないという宗教心は嫌いです。でも、大きな宗教思想家はいい。
そういう人のものはぜひ皆さん、読んでみて下さい。
 道元や親鶯です。親鷺はぜひ『歎異抄』を、読み返して読み返して下さい。易しい例と易しいことばで、あんなに深いものはないと思います。『歎異抄』を読んでいくと、道元も分かってきます。道元は難しい難しい本ですが、読んでいくと、聖書の中に出てくるイエスのことばが分かるようになります。
 なぜ、幼子の如くならないといけないのか、なぜ野の花を見よというのか、です。いろいろなことで思い煩っているけれど、この花は、誰がどうしたわけでもなく、本人が美しく咲こうとか思ってるわけじゃないのに、こんなに素晴らしい花を咲かせているじゃないか。命の自己展開です。命は自己展開するんです。ユダヤ民族をもった伝説的なソロモン王朝のときの栄耀栄華のときよりも、この花は、はるかに美しいじゃないか、というわけです。
 道元を読み、親鷺を読み、あるいは聖書を読んで下さい。ほかにもすばらしいものがいっぱいあると思いますが、ぜひお読みいただきますと、結局は、この意味づけ、こだわりというのを深く考えていくということが自分の中でできるようになるんじゃないかなと思います。ですから、私は、宗教教育をこれから本当にやらないといけないと主張しているんです。
 何宗の教育でなく、宗教をひとつは文化の問題としてとらえたいのです。教育改革の論議のなかでもずいぶん言いました。そしたら、宗教教育は結構だけれど、宗派でない宗教をだれが教えるのかと言われる。確かに道元や親鷺、イエスなどの宗教的な天才のような思想家のことを、自分でこだわって、勉強して、小学校、中学校、高校で、大学で、宗派的でなく、教えることができる人が日本でどれくらいいるか、と言われました。でも、私はあえて言いますけれど、そういうこだわりを、いろんな意味での、広い意味での教育に関係する人が、宗教的なこだわりを持ってほしいなと思います。

質問 位置づけのアイデンティティは、よく分かりました。宣言としてのアイデンティティみたいなものは持っているような気がするんですが、それを自己中心的なものと勘違いしてしまう危険性はあると思うんです。それを越えて、第3段階の目覚めという本当の本質、本源的なもの、そういうものを持つコツのようなものがあるんでしょうか。
梶田 コツは多分ないだろうけれど、そういうものがあるんだろうなあということを自分の頭の中のどこかで前提にしておけば、自然にそういう方向に近づくと思うんです。
 頓悟と漸悟ということばがあります。頓悟というのはある瞬間に、たとえば石がぱちっという音がしただけで、それに気がついた、悟りを開いた、というものです。まあそれは、そういう人たちに任せておいて、私たちは、漸悟です。漸悟とは、少しずつ少しずつ、ものが見えてくるということです。自分がまず我々の世界に目覚めてからです。世の中というのがあって、自分勝手はいけないよねというのが分かってくる。しかし、自分が生きなきゃしょうがないよね、となる。結局両方をどうやって生かすかという工夫をしないといけない。工夫していくけれど、我々の世界に生きるとか、我の世界に生きるとか、私が生きるみたいな、そこも乗り越えないと、どこかしんどいよねという筋道が見えていれば、私は徐々にそういうふうになっていくと思うんです。
 だから、私は宗教的な神話として、いろんな、ある瞬間に悟ったという、目が見えるようになったという頓悟の話があるけれど、私はそういうことにこだわる必要は全くないと思います。

梶田叡一さんの紹介
 1941年島根県松江市に生まれる。京都大学文学部哲学科(心理学専攻)卒業。大阪大学人間科学部教授、京都大学教授、京都ノートルダム女子大学学長を経て、現在兵庫教育大学学長。
主要図書『自己意識の心理学(第2版)』(東京大学出版会)『生き方の心理学』(有斐閣)『内面性の心理学』(大日本図書)『生き方の人間教育を』(金子書房)など多数。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/06/18

我の世界と我々の世界

 島根で、2004年に開催した第4回臨床家のための吃音講習会での梶田叡一さんのお話を紹介してきました。間がずいぶんあいてしまったのですが、続きを紹介します。
 このときの吃音講習会のテーマは、《どもる子どもの自己概念教育》でした。吃音と向き合い、どもる自分をみつめるには、自己概念教育こそが大切だと考えていた僕たちは、長年、子どもの自己概念教育、自己意識の研究と実践を続けてこられた梶田叡一学長を講師としてお迎えしたのでした。
 前夜から来て下さった梶田さんと参加者は、車座になって、夜遅くまで気さくに語り合いました。基調講演としてのお話は、ご自身の体験を交え、分かりやすいものでした。大事なことは、何度も繰り返していただき、印象に残りました。

第4回臨床家のための吃音講習会・島根 2004.8.7

  我の世界と我々の世界
           梶田叡一(現・兵鰍育大学学長)特別講演


第一段階 我々の世界と我の世界に気づく
 ほとんどの場合、どちらの世界のことも考えないところから出発します。自分の欲求、欲望のままに動いていいと思っている人は、いっぱいいます。言いたいから言う、これは無自覚です。それに対して、ある時期、世の中というものがあることに気がつく。好きなことを好きなときに好きなようにしていると、みんなが嫌う、冷たい目で見られる、したがってみんなから相手にされなくなって、人と一緒にできなくなる。これに気づくのが第一段階です。
 世の中が分かってくると、世の中の決まりやしきたりに関心を持って学ぶようになります。これは、我々の世界で生きる力を身につけることです。ただ、このとき気をつけないといけないのは、こればかりが肥大化してくると、落とし穴、罠にはまります。
 世の中のしきたりばかりにうるさい人がいます。京都なんかとてもうるさい。香典にピン札が入っていたら、ピン札を用意して、死ぬのを待っていたのかと言われます。結婚式のお祝いに、折り目が入っているお札が入っていたら、前からピン札をそろえて準備するくらいは当然だと言われます。
 世の中の決まりも大事にしないといけないが、あんまり杓子定規になったら、どうにもならん。それが、罠ですよ。私は、あんまりうるさい人が嫌いです。
 私が京都ノートルダム女子大学の学長として行ったとき、秘書室長さんに「先生は、この学校を代表して、外に出るんですからね」とものの言い方から服装までいろいろと言われました。でも、言われてもすぐ忘れる。我々の世界、世の中をみつけ、目覚め、約束事は大事にしないといけないが、それだけにとらわれ金科玉条のようにしてしまうと、次の段階に行けなくなってしまいます。

我々の世界を大事にすることとゆとりをもつこと
 次の段階は、我々の世界を大事にすることが分かった上で、世の中のしきたりを大事にする。しかし、世の中はそういうものだから、「泣く子と地頭には勝てない」から、とにかく頭を下げなくてはいかんと、本気で思ってはいけない。それはそれ、上手にそういうことにしておく。これが我々の世界を大事に生きるということです。世間のこだわりのある人とも、大事につきあいをしなかったら、生きていけないことがあります。だから、無自覚ではダメですが、肩書きのある人はえらい、と本気で思ったらダメです。
 我々の世界を大事に生きるということは、我々の世界の習わしや習慣を大事にしながら、そこにゆとりがなきゃいけない。ゆとりというか、遊びというか、「まあいいか」ということです。そうして、第二段階につながるのです。

第二段階 自分の発見
 私は他の人と置き換えできない命を生きている。
 ヨーロッパの教育で、メメントモリと言われることですが、死ぬということを忘れないようにしようというのです。何が確実かというと、ここにいる人はみんな死ぬということです。ローマの賢人セネガが、人間は自分だけは死なないようなつもりで生きている、と書いているが、これは幻想です。私という人間は、ずっと生きて、ある日突然パッと消える。そう思えば、自分のせっかくの命を、どう完全燃焼していくかが最大の課題になります。別の考え方をすると、いろんなことがあるけれど、結局、死ぬんだから、「まあいいか」です。でも、私は与えられた命を最後のぎりぎりまで完全燃焼することは自分の課題だと思っています。
 私もある日突然脳溢血や心筋梗塞で死ぬかもしれない。また寝たきりになるかもしれない。そうなって、「まだ死ねない。まだお迎えがこない」と言ったら終わりです。寝たきりになってからが勝負です。目をぎらぎらさせて、「わくわくさせてもらった今日一日が持てた」と思わないといけません。それをやるには修行がいるだろうと思っています。そのためには、たとえば「自分にピンとくる本」などが分かってないといけない。ノーベル文学賞をもらっただけでその人の本がいいなんて、たったひとりの世界になったとき絶対ダメです。音楽でも、べ一トーベンやモーツァルトやバッハもいいが、ほんとに、モーツァルトやワーグナーに自分がわくわくするかは確かめておかないと、ひとりになったときに困る。
 私も小さいときからピアノを弾いていたので、クラシックの世界は詳しいですが、やっぱり自分でピンとくるものは、石川さゆりなんですよ。吉幾三もいい、坂本冬美もいい。世の中のネットワークから解放されてたったひとりになったときに、我の世界がちゃんとできているかどうかが勝負です。自分にピンとくるものがあるかどうか、です。
 私は、壺が好きで、若いときから集め、この年になると、人に見せる壺や焼き物があります。でも今一番好きなのは20年以上も前に買った、名前も忘れてるし、箱もない壺です。自分にピンとくるものは、10年、20年経っても飽きない。たったひとりになったときに、自分の気持ちを和ませてくれるものをみつけて大事にする。そういう中で自分をどうやったらわくわく、どきどきさせることができるか、自分とのおつきあいの仕方をマスターしていかないといけない。自分がしんどいときには自分を支えないといけない。調子にのってるときは、自分を抑えないといけない。そういう中で、私はどうやったら今日一日本当にわくわくしていけるか、です。
これも我の世界なんです。これが第二段階です。
 ただし、これもまた落とし穴がある。これに目覚めると、自分さえよかったら、になる。自分で気が済むかどうかばかりを考え、人の目を顧みなくなる。これも恐い罠なんです。私しかいない、独我論的世界が、私は私の命にしか責任を持てないんだから、私がわくわくドキドキしながら生きりゃいい。他の人なんか知るか。他の人は私がそう生きるための手段、道具だという考えになってしまいがちです。
 これは非常に困ったことだと思うんです。そうではなくて、私の独自固有の世界をみつけ、それを深め大事にして、それを土台にして生きるが、同時に我々の世界に生きている。人と人とのネットワークの中にちゃんと身を置きながら、人のためにもなる、人にも喜んでもらう。あるいは人との手のつなぎ合いが自分にとっても心地いい。自分の世界を土台として大事にする。両方を大事にする、これは修行がいりますので、一生かけて考えていいことだと私は思います。

第三段階 こだわりからの解放
 第三段階は、悟りを開くというか、基本的に言うと、もうこだわるのをやめるということです。道元の話に、鐘の音がゴーンと鳴っていると、一体鳴っているのは何だろうというのがある。鐘が震えているから、その前に誰かがそれをついたから、空気が震えているから、私の耳が聞いてるから、ゴーンなんです。まあ、なんでもいいんです。結局、主語を何に置いたかです。道元は、鐘がゴーンと鳴っている、だけでもない。空気がゴーンという震え方をしているだけでもない。私の耳がゴーンというのを聞いているだけでもない。ゴーンがゴーンしてるというんです。何のこっちゃ、よく分からない。
 全てを包括したものがひとつの現象だと言うんです。これを頭に置いて、みなさん、自分が生きていることを考えて下さい。
 今、梶田がしゃべっている現象は、そうです。私は、次に、何をしゃべろうかなんてほとんど考えてない。中味だって、これまで学んだことや聞いたことや見たことを、今、ことばに紡ぎ出している。でも、どう紡ぎ出すか、声帯をどう動かすか、なんて考えていません。自動的にしている。私の頭がいろんな考えを紡ぎ出し、それをことばに翻訳して、それを声帯の動きで、ということでしょ。梶田がしゃべってると言っても、それは間違いじゃないけれども、それは考えてみると、その間にも私の心臓は動いているし、血液も流れてる。梶田において、梶田というひとつの場所において、何事かが起こっているわけです。つまり、梶田という主人公は、本当はどこにもいないわけです。
 我々の世界で、ひとりひとりが主人公だという約束事をしないと、お互いのネットワークができない。けれども、本当は、我々の世界で考えていくのは、主語の置き方です。我の世界で考えてごらんなさい。私がというのがほとんどなくなり、どこかへすっとんでしまう。

大きな力に任せる
 浄土真宗の親鶯は、法然が「南無阿弥陀仏と言えば救われる」と言ってきたのを、「南無阿弥陀仏と言って救われるかどうか、分からん」と言った。ではなんで、南無阿弥陀仏と言うのか、「阿弥陀様、全部お任せしますよ」と言うのが、南無阿弥陀仏なんです。阿弥陀様という大きな存在に、自分のことを全部お任せしますという気持ちが起こって、そういうことばが自分から出てきて、うれしいから、南無阿弥陀仏だ、という。感謝の念仏なんです。私を離れて、阿弥陀様かなんか知らんけれども、大きな力に任せて、自分だけで生きるということをお休みしようという気持ちになったこと自体がうれしいじゃないの、というんです。「南無阿弥陀仏と言ったら極楽浄土に行きますか」と問われれば、そんなこと知るか、です。ただ、自分の先生である法然が言っているから、やってるだけだと言うんです。これが他力というんですね。これが悟りということです。
 私が生きているんじゃなくて、私において大きな力が生きている。自分で生まれてきたいと思って、生まれてきた人はいない。大きな力の中で生まれてきて、大きな力の中で生きてきて、今がある。そして、大きな力の中で消える。命は、そういうものです。
 私はいろんな機会に、妊娠中絶絶対反対を書いてきました。私が子どもを作るとか、私が子どもを産むか決めるとか、そういう考え方がどれだけ思い上がったものか。命は、自分の命だって自分のものじゃない。自分は与えられた命を、いわば仮の主人公として、どう生きていこうかを考えて生きているのです。私が私をしてるわけです。仮の主人公なんですよ。仮の主語のつけかたなんです。そうすれば、私の判断で、なんてことを言うのがどれだけ思い上がりか。もちろん、いろんな事情があるわけだから、私は個々のことについて各める気持ちは全くない。
でも、よく、女には産む権利があるとか、産まない権利があるとか、いう主張を聞くと、何を言ってるんか、と思うんです。何様のつもりか、と思います。

目覚め
 そこまでいくと、「吃音?そんなもの」ということになるんです。みんなそれぞれいろんな意味で限界をもった形の装置を与えられている。この装置の主人公は、私であるやらないやら分からないけれど、仮の主人公として私がやってるとしても、いろんな障害がある。私はこういう条件で生きていくようにと、この命をもらったということです。
 私は小さいとき、本当にお金持ちの家に生まれたらよかったなと思いました。20歳前後まで思ってました。学校に行かないで、アルバイトばっかりやってて疲れます。夏の暑い日に、アルバイトしなくてすむ家に生まれたら、楽に毎日毎日、古典なんか読んで、えらい人と対話したりして、豊かな自然にふれて。そんな暇なしで今まできました。でも、これが私の与えられた条件です。それぞれ自分に与えられた条件があります。隣の人はこういう条件で生きているといっても、それは隣の人の話で、私は私の条件を与えられています。姪のようにダウン症で生まれたら、それも与えられた条件です。私もすごく頭のいい人と出会うと、あっ、すごいなと思うことがある。でも、そんなこと言ってもしょうがない。あの人はあの人なんですから。私はそうじゃないんです。私が私の責任で生きていくと、そんな思いから解放される、これが第三段階です。(つづく)

第11回 親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会

 梅雨入り前に猛暑日を記録するなど、異常気象が続いていますが、紫陽花が雨に映える季節を過ぎると、いよいよ「吃音の夏」がスタートします。
 「吃音の夏」のスタートは、7月27・28日、千葉県教育会館での、第11回 親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会です。

 親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会は、今年で11回目となります。水町俊郎さんや村瀬忍さんたちと一緒に始めた吃音講習会は、水町さんがお亡くなりになって、4回で終わりました。そのときの吃音講習会を、シリーズ1とすると、その8年後にシリーズ2が始まり、それが今年、第11回となります。
 今年は、久しぶりに講師を迎えます。教育方法学、教師教育学が専門の東京学芸大学教職大学院准教授の渡辺貴裕さんです。ことばの教室の実際の授業を参加者で経験し、その授業を講師の渡辺さんと参加者で振り返ります。従来の授業検討会とは違って、自分自身も授業で行われたことを実際にやってみること、新たな気づきを得ることを目指します。
 吃音講習会のテーマは、『やってみての気づきと対話〜どもる子どもが幸せに生きるために、ことばの教室でできること〜』としました。「吃音カルタ」「言語関係図」「吃音チェックリスト」などの実際の授業が体験できます。「学習・どもりカルタ」は持っているけれど、それをどう活用したらいいのか、よく分からないという方には、実践に直結する研修になるでしょう。
 吃音の新しい展望を、ぜひ一緒に探っていきましょう。

  

  日時     2024年7月27・28日(土・日)
  会場     千葉県教育会館
  参加費    6,000円(当日、受付でお支払いください)
  参加申し込み 参加申込書に必要事項をご記入の上、郵送またはメールで
  問い合わせ  日本吃音臨床研究会 伊藤伸二まで TEL/FAX 072-820-8244


 親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会の詳細は、日本吃音臨床研究会のホームページでみることができます。《ニュース&トピックス》の中の、詳しい案内と参加申し込み書をクリックしてください。また、トップページを少し下にスクロールしていただくと、【親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会】の青色のマークが出てきますので、そこをクリックしていただくと、これまでの吃音講習会の様子など、見ることができます。
 みなさんのご参加、お待ちしています。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/06/16

私の聞き手の研究

 昨日は、水町俊郎・愛媛大学教授がお亡くなりになったことの巻頭言を紹介しました。
 水町さんは、今夏、第11回を迎える「親、教師、臨床家のための吃音講習会」の前身である「臨床家のための吃音講習会」の常任講師として、共に取り組んでくださいました。水町さんがお亡くなりになったことで、「臨床家のための吃音講習会」は第4回で閉じましたが、8年後に「親、教師、臨床家のための吃音講習会」としてよみがえったのです。
 今日は、2002年の第2回臨床家のための吃音講習会で、水町さんにお話いただいたことを少し紹介します。

治すことにこだわらない、吃音とのつき合い方 表紙 3 水町俊郎・愛媛大学教授は、吃音のメカニズムではなく、常にどもる子ども、どもる人に関心を持ち続けた吃音研究者でした。どもる時の脳の状態はどうなっているのか、聴覚システムはどうかなどにはほとんど関心を示されませんでした。それが分かったとしても、どもる子どもやどもる人がどうすることもできないし、どもる人をとりまく人々が、どう対応すればいいかヒントを得ることはできません。
 水町さんは、どもる人や、どもる人の周りの態度に関心をもち、研究を続けられました。どもる人を対象にした研究は、当然どもる私たちを抜きにはあり得ません。私たちへの研究調査の依頼が、私たちとのつき合いの始まりです。吃音研究に貢献でき、それが私たちにも役に立つ、喜んで私たちはそれに応じました。これまでは、たとえば質問紙による調査であれば、既に印刷されたものが配られ、それに応えるというものが全てでした。しかし、水町さんは愛媛から何度も大阪に足を運び、調査研究の趣旨を丁寧に説明し、調査項目についても、原案を皆さんで検討してほしいというところから出発しました。水町さんを中心とした勉強会のような形に、私たちの仲間と加わったのでした。
 そのような姿勢で続けてこられた研究が、どもる人に貢献しないはずがありません。多くの示唆を与えて頂きました。その研究の成果を踏まえて出版されたのが、『吃音を治すことにこだわらない、吃音との付き合い方』(ナカニシヤ出版)です。水町さんはご自分が担当する章はきっちりとお書きになって、入院されたのに、私たちが書き上げていないために、生前に出版することができませんでした。とても悔いが残ります。水町さんの吃音にかかわる全ての人々への、30年以上吃音の研究を続けてこられた吃音研究者としてのメッセージが伝わってきます。 その本の一部を紹介することはできませんので、2002年8月、第2回臨床家のための吃音講習会でのお話を紹介します。
 水町俊郎さんのお顔を思い描きながら、お読みいただければ幸いです。(「スタタリング・ナウ」2004.10.21 NO.122)

 
私の聞き手の研究
                       水町俊郎(愛媛大学教授)


はじめに

 アメリカの多くの言語病理学者は、自らが吃音者であるといわれています。日本でも翻訳されている、フレデリック・マレーの『吃音の克服』や論文によると、特に吃音研究の中心的な存在は、トラビスとヴリンゲルソン以外はほとんど吃音者であったと書いてあります。私は吃音だから吃音研究を始めたのではありません。もうちょっとハンサムで頭がよければ、性格がもっと明るければ、など悩みはたくさんありますが、吃音に関する悩みを私は持ったことはありません。
 私は大学は福岡学芸大学で、大学院は広島大学です。福岡学芸大学の当時の恩師が、「しいのみ学園」を作った昇地三郎先生です。現在、96歳。中国に講演旅行され、僕以上に元気な方で、40年以上も前、「障害児教育の今後は、肢体不自由か言語障害だ。君は言語障害をやらんかね」と言われました。その時から、言語障害をテーマにしようと漠然とした思いを持っていました。そういう時に、九州大学の心療内科で、当時日本に紹介されたばかりの行動療法を基に、吃音をチームアプローチしているところから、心理学の立場で入ることを誘われ、吃音にかかわり始めたました。はずみでやり始めたことで、何かの深い思いがあってではありませんが、30年以上続けてきました。
 今回の講座は、〈ウェンデル・ジョンソンの言語関係図を考える〉ですが、私に与えられているのは、Y軸、つまり聞き手に関することです。まずはじめに、ウェンデル・ジョンソンの言語関係図にポイントをおいた話から始めます。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/04/27

2024年度がスタートします〜第7回親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会(第一次案内)

 今日から4月。新年度、2024年度が始まりました。学校も、新学期に向けて準備が進んでいることでしょう。新しいクラスでの新しい出会いに対する不安と、必ずどもって言えなかった自己紹介を考えて不安だった僕は、この3月から4月にかけての早春は、嫌いな季節でした。長い間、そんな思いを抱えてこの季節を迎えていましたが、いつの頃からか、新しいことが始まるこの季節が好きになっていきました。
 今まで諦めていたことにもう一度挑戦してみようかなと思えたり、新しい出会いにわくわくしたり、スタート、リスタートが切れるこの季節のこと、今では大好きです。
 さて、日本吃音臨床研究会も、2024年度のスタートです。日本吃音臨床研究会の3つの大きなイベントは下記のとおりです。

第11回 親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会
  7月27・28日 千葉県 千葉県教育会館
第33回吃音親子サマーキャンプ
8月16・17・18日 滋賀県・彦根市の荒神山自然の家
第7回新・吃音ショートコース
  10月12・13日 大阪府寝屋川市


第11回 親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会
 やってみての気づきと対話 
   〜どもる子どもが幸せに生きるために、ことばの教室でできること〜


顧問 独立行政法人 国立特別支援教育総合研究所
             上席総括研究員/研究企画部長 牧野泰美
主催 吃音を生きる子どもに同行する教師・言語聴覚士の会

 昨年は子どもとの対話をすすめる教材として、「吃音カルタ」「言語関係図」「吃音チェックリスト」の3つを紹介し、それらの実践交流の場にしました。
 今年は、それら教材の実践を取り上げ、子どもと一緒に学び合う活動にどうつなげていくか、もう一歩すすんだ実践を参加者みんなで探ります。そのために、久しぶりに講師を迎えます。
 教育方法学、教師教育学が専門の東京学芸大学教職大学院准教授の渡辺貴裕さんです。渡辺さんは、演劇的手法を用いた学習の可能性を現場の教員と共に探究する「学びの空間研究会」を主宰されています。
 渡辺貴裕ワークショップでは、ことばの教室の実際の授業を参加者で経験し、その授業を講師の渡辺さんと参加者で振り返ります。従来の授業検討会とは違って、自分自身も授業で行われたことを実際にやってみること、新たな気づきを得ることを目指します。「吃音カルタ」「言語関係図」「吃音チェックリスト」などの実際の授業が体験できます。例えば、「学習・どもりカルタ」は持っているけれど、それをどう活用したらいいのか、よく分からないという方には、実践に直結する研修になるでしょう。
 昨年、参加していなくても大丈夫です。初めてことばの教室担当になった人も、長年経験している人も、基本的なことを丁寧に押さえながら、ゆっくりすすめていきます。どうぞ、安心して、ご参加ください。
 吃音の新しい展望を、共に探っていく研修会になればと願っています。
 皆さんの参加を心よりお待ちしています。
         (大会実行委員長 千葉市立松ヶ丘小学校ことばの教室 渡邉美穂)
   
日時 2024年7月27日(土)9:20〜20:00
      7月28日(日)9:20〜16:30
会場 千葉県教育会館 千葉県千葉市中央区中央4丁目13−10
    最寄り駅 JR「千葉」駅から徒歩20分、京成「京成千葉中央」駅から徒歩12分
参加費 6,000円(当日、受付でお支払いください)
講師 渡辺貴裕(東京学芸大学教職大学院准教授)
※詳しいプログラムや申し込み先・申し込み方法等については、6月上旬、日本吃音臨床研究会のホームページ等で案内します。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/04/01

どもる子どもの支援につながる評価とは

 もう13年、いや、まだ13年なのか、2011年3月11日の東日本大震災から13年の日を迎えました。今年の正月には、能登地方で大きな地震がありました。東日本大震災では吃音親子サマーキャンプに宮城県女川町から3回連続して参加した女子学生とその母親が亡くなりました。一昨年、女川町に行き、お墓に参ってきました。また、能登地方にも友人がいます。まだ電話での連絡はついていませんが、被災地で被災者でありながら多くの人の支援をしていることを、ネットのニュースで知って安堵しています。日常の生活が戻っていない被災地のことを忘れないで、僕は僕にできることを続けていこうと思います。

 板倉寿明さんによる、第3回臨床家のための吃音講習会の概要報告を紹介しました。最後に書いていたように、翌年、第4回臨床家のための吃音講習会は、梶田叡一さんを特別ゲストに迎え、島根県浜田市で開催しました。その後も続く予定だったのですが、常任講師である、水町俊郎さんが病気でお亡くなりになり、吃音講習会も途切れてしまったのです。
 でも、岐阜に始まった吃音講習会の熱気は静かに燃え続け、シリーズ2の「親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会」として、復活しました。
 第3回吃音講習会で、僕が話した「どもる子どもの支援につながる評価とは」の前半部分に加筆し、「スタタリング・ナウ」2003.9.21 NO.109に掲載されたものを紹介します。

どもる子どもの支援につながる評価とは
                       日本吃音臨床研究会 伊藤伸二

 今回吃音評価をテーマとしたのは
 1981年、日本音声言語医学会は、言語障害の検査法を確立しようと、障害別の検討委員会を設置した。吃音検査法検討小委員会が出した試案は、アメリカの言語病理学の検査方法の翻訳を中心としたものを、無批判に受け入れて日本の吃音臨床に導入しようとするもので、私は強い違和感をもっていた。成人のどもる人だけでなく、この検査法がことばの教室の教育現場でどもる子どもたちに使われたら、どもる子どもやことばの教室の担当者は辛いだろうと思っていた。それでも、吃音の指導事例の論文でその効果を示すときにこの検査法は使われる程度で、広がりはなかったので大きな影響はないと思っていた。
 ところが、言語聴覚士の法制化に伴って、言語聴覚士が大学や専門学校で養成されるようになり、吃音に関する専門書が出版され、その中でこの吃音検査法が紹介されるようになった。子どもに使う人が出てくるのではないかと不安になった。この検査方法が今後使われるのは見過ごすことができない。どもる子どもに真に役立つ評価とは何かを考えなければならないときがきたと思い、吃音講習会のテーマを吃音評価とした。

日本音声言語医学会の吃音検査法
 1983年に開かれた筑波大学での第28回日本音声言語医学会総会で、私はその検査法を批判した。聞き手や場面によって大きく吃音症状が変わる。子どもなら学校での朗読時間や遊びの時間に、社会人なら会社の重要な会議や得意先に電話をしているときに、吃音症状を検査してはじめて、妥当な検査になる。また、吃音には波があり、その日の体調や気分によって大きく変化する。血液検査やレントゲン検査とは本質的に違う。
 仮にその検査結果が妥当であったとしても、その検査結果をもとにどのような治療プログラムを立てられるのか。細かく分類された吃音症状に応じた治療方法があるわけではない。いたずらに細かい吃音症状面に注目し、検査をされ、それがその後の指導に反映されないとしたら、どもる人にとって検査は本意ではないだろう。
 私は糖尿病患者だが、血液検査を受ける。その数値が医師によって私に示され、それを基に生活指導がなされる。今後の私の糖尿病とのつきあいに、検査は不可欠だと思うから、半日がかりでも診察の一週間前に血液検査を受ける。検査結果をもとにして指示された食事療法や運動療法を行えば、示された検査結果の数値は、確実に変化する。
 吃音検査法を使っている人は、どもる子どもに、吃音の検査結果を、「あなたの吃頻度は何パーセント、持続時間は何秒、緊張性は何文節に2回以上あります」と知らせ、その結果をもとに指導されているのだろうか。もし、知らされていないとすれば、その後にも生かされず、自分に知らされもしない、検査をされるだけの吃音検査を誰が望むだろうか。

吃音自己チェック―私たちの吃音評価
 私は、日本音声言語医学会の吃音検査法を批判し、学会の検査法に代わる評価方法を提起した。それは、吃音症状ではなく、吃音が生活にどのように影響しているのかをみるためのものだ。吃音は対人関係の中での問題だ。吃音のために、対人関係がどのように影響されているのかをみることは、その後の指導や対処につながる。他人から検査されるのではなく、自分がチェックし、その結果をもとに、今後どのように吃音に対処するかを考え、その計画を立てることができる。
 20年以上も前、日本吃音臨床研究会の顧問である、内須川洸・筑波大学名誉教授とどもる子どもの親、私たち成人のどもる人とが、何度も合宿をし、2年ほどかけて吃音評価のチェックリストを検討し作成した。その内容は、学会の検査法批判とそれに代わる新しい評価法の提案として、1984年の日本音声言語医学会誌(VOL.25,NO.3)に掲載された。スタタリング・ナウ57号(1999.5.15)でも要約は紹介している。
 この検査法は、一部の人からは評価されたが、私たちがどもる子どもの臨床に広めようという努力をしなかったために、残念ながら一般の目に触れることはなかった。ただ、どもる人のセルフヘルプグループの大阪スタタリングプロジェクトの大阪吃音教室では、毎年使ってきた。
 大阪吃音教室は、1年ごとに、年間スケジュールを作って、「吃音と上手につき合う」ことを学ぶ。当初は初参加の人に必ずこの評価法にチェックしてもらっていたが、最近は、年度の初めに参加者が、評価法を使って、自分の吃音に対する意識や日常生活の態度をチェックしている。吃音症状の消失や改善を目指すのではなく、日常生活に吃音がどのように影響しているかを探り、その影響を少なくすることを目指し、自分が取り組む方向を決める。吃音に対するマイナスの意識や感情はそうは簡単に変えられないので、変えることができやすい行動から変えていくためだ。まず吃音による日常生活からの回避行動をできるだけ逃げない行動に、少しだけ変える。この日常生活を変えていくために、吃音のチェックが役に立つ。そして、また年度末に再びチェックすると、多くの人に変化がみられる。
 自己チェックをしてみると、吃音症状が自己判断で重いと思っている人が必ずしも、吃音が生活に影響しているわけではなく、周りからは、吃音だとは思われていないような軽い人が、吃音についてマイナスの意識度が高く、回避度も高い場合がある。症状は軽くても、吃音からくる影響も悩みも大きい人が少なくない。
 日常生活の行動や人間関係が変化すると、吃音症状は変わらなくても、吃音に対するマイナスの意識や感情も変化する。吃音の症状の改善を目指さなくても、その人の日常生活は充実したものになる。吃音のマイナスの影響は大きく変化するのだ。それは、大阪や神戸の吃音教室、吃音親子サマーキャンプなどで大勢の子どもやどもる人が実証していることだと言える。

ことばの教室での活用
 成人の吃音に悩む人のために作成した吃音チェックリストだが、学童期、思春期の子どもに活用できる。ことばの教室で使う場合、チェックリストをそのまま子どもに手渡して記入させるのではなく、子どもと質問項目を読み合わせながら、チェックする。低学年でまだ難しいと思われる場合には、担任教師や親のチェックを参考にする場合もある。日常生活への吃音の影響度を探った結果をもとに、学級の中で何をしたいか、どうしたいかなどを話し合い、今後のプログラムを相談しながら、子どもと共につくることができる。自己チェックそのものが、子どもと吃音についてオープンに話し合うための教材となる。自分の問題を自分の力で解決していく力が育つことにつながっていく。
 私たちの吃音チェックリストは、大人用につくったものだが、学童期や思春期の子どもに活用することで、項目や表現を修正し、子どもの支援に役に立つ吃音の評価を作っていきたい。そうしないと、日本音声言語医学会の吃音検査法が唯一のものとして使われ始めることになるかもしれないからだ。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/03/11

第3回 臨床家のための吃音講習会

 今夏、11回目を迎える「親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会」の前身である、臨床家のための吃音講習会。1回目は岐阜で、2回目は大阪で、そして3回目は再び岐阜での開催となりました。シリーズ1の吃音講習会は、故・愛媛大学の水町俊郎さんと、岐阜大学の廣島忍さんと僕の3人が常任講師になり、そのときどきの特別ゲストを迎えて開催していました。
 第1回の岐阜は、その日、日本最高気温を記録し、会場のエアコンが切れるというハプニングの中、大勢の参加者と共に真摯に学び合いました。3回目は、1回目に続き、岐阜での開催でした。予想を上回る参加申し込みにうれしい悲鳴をあげながら準備をした実行委員の中心人物、板倉寿明さんによる、舞台の裏側も含めた吃音講習会報告です。(「スタタリング・ナウ」2003.9.21 NO.109)

吃音夏の陣「第3回臨床家のための吃音講習会」
                  岐阜県立ろう学校・岐阜吃音臨研究会 板倉寿明

今回の目玉だったが
 「臨床家のための吃音講習会」を再び岐阜で行うに当たり、具体的なテーマについて参加者が深く話し合える場を作りたいと、分科会形式で参加者が興味をもった実践発表について深めることを計画した。ところが、時間が足りなくなりできなかった。アンケートからも残念の声が多く聞かれ、準備してきた者としても本当に残念だった。

準備「なんとかなるでしょう」
 2回目の開催で仕事の分担、案内状の発送等、ある程度のイメージがあることは心強かった。しかし、締切りを過ぎてから送られてくる参加申し込みや資料用の印刷物には多少動揺した。会場の収容人数は100人なので、定員を過ぎたらお断りと決めていたが、断るのも申し訳ない。結局スタッフは椅子だけでいいということになり、参加許可証の最終番号は100と記すことになった。

メールが届いた
 私たちが最終の準備をしているころ、一通のメールが届いた。どもる少年を描いた『きよしこ』の作者、重松清さんからだった。うれしくてみんなで回し読みしたのは言うまでもない。この吃音講習会のことを重松清さんは気に留めておいて下さったのだ。重松さんのメッセージを紹介しよう。

 「吃音の少年を主人公にした『きよしこ』という小説を書いているとき、ぼくはずっと、あの頃のぼく自身と対話をつづけていました。うまくしゃべれなかった。自分の気持ちをまっすぐに伝えられなかった。ひとと話したり、本を読んだりするのが、怖くてしかたなかった……。あの頃のぼくは、ぽつりぽつりと(何度もつっかえながら)、つらかった思い出を語ってくれました。でも、思い出話の最後に、あの頃のぼくは、ちょっとはにかみながら、付け加えたのです。「うまくしゃべれなかったから……優しさが好きになれたかもしれない」小説家のぼくは、その言葉に導かれるようにして、一冊の本を仕上げたのでした。「優しいひと」になるのはすごく難しいし、すごく嘘っぽい。でも、「優しさが好きなひと」になるのは、できるかもしれない。言葉を口にするときにふと立ち止まること―それは、時としてナイフにもなってしまう言葉の怖さを噛みしめることでもある。そして逆に、言葉の持つ、悲しみを包み込む毛布のようなやわらかさを味わうことでもある。ぼくはそう信じて、そう願って、ときどき派手につっかえながらも、誰かとつながるためにしゃべりつづけています。きっと、この会場には、あの頃のぼくのような子どもたちもいるでしょう。もしかしたら、ふだん、自分の思うことをうまく伝えられずに、寂しい思いや悔しい思いをしている子もいるかもしれない。でも、きみたちはひとりぼっちじゃない。誰かとつながることができる。つながり合うための言葉を、ひとよりもちょっと長めの助走をとって、ひとよりも少し不器用に、口にするきみたち―。ぼくは、きみたちのことが好きです。きみたちがしゃべる、すべての言葉が好きです。あの頃のぼくも会場にいるかもしれない。引っ込み思案なわりには乱暴者だった少年シゲマツ―目には見えないかもしれないけど、仲良くしてやってほしいな」。

重松清 1963年、岡山生まれ。出版社勤務を経てフリーライターに。91年、「ビフォア・ラン」で小説デビュー。99年「ナイフ」で坪田譲治文学賞、「エイジ」で山本周五郎賞。「ビタミンF」で第124回(2000年下半期)直木賞受賞。

講座機峪劼匹發竜媛嗣簑蠅旅渋ぁ
                           岐阜大学 廣罵忍
 「どもってもいい」という言葉が口先だけの励ましになりはしないか、どもる子どもたちはどもることの何を問題と考えているのか、そのことの解明から吃音をもつ自分に自信がもてるような支援が見つかるのではという視点から4人のシンポジストに検討していただいた。
 その中で青山さんの、「暮らし」という視点からその子の吃音を見る提言は、今回の講習会全体を貫くキーワードに成り得たような感がある。吃症状ではなく、どもることがその子の「暮らし」の有り様にどう影響しているのかの視点から吃音をみることに多くの人が納得しただろう。

講座供 峙媛擦改善される」ということの意味
                            愛媛大学 水町俊郎
 吃音者は吃音を意識したり、悩んだりせず、どもりながらも人前で話せることが「吃音が改善される」上で重要な意味をもつことや、「積極的な生き方」「吃音へのとらわれからの解放」が、「吃音症状そのものの改善」を上回っていることなど、「吃音が改善されること」を吃音者と言語障害児教育の経験者であるクリニシャンとの違いや、吃音者のアサーティブネス(自己表現)の程度と吃音改善の意味のとらえ方との関係の研究から発表。

実践発表1 どもりの私がどもる我が子と向き合って見えてきたこと
                       島根県立浜田ろう学校 佐々木和子
 自分のどもりについてはあきらめ、認めているが、息子のどもりを認められなかった自分の心の洞察から息子のどもりを劣ったもの、治すべきものと価値づけていたのは、流暢な話し方を良しとする偏見であった。息子のどもりを否定することは存在そのものを否定してしまうことになるという気づきの経緯について発表。

実践発表2 自分の思いを素直に表現し、自分らしく生きることを願って
                        岐阜県立明徳小学校 手島香子
 人前ではなるべくどもらないように話し方をコントロールしている子が、ことばの教室でどもりながら自分の言いたいことを話せるようになった事例から相手に受け入れられている安心感や耳コミュニケーションの心地よさを共有しながら向き合うことの大切さを発表。

実践発表3 カルフォルニア州でFluency Shaping Therapyを受けていた児童の指導実践
                 合衆国コロラド州アダムス郡教育局50 川合紀宗
 アメリカでの指導方法として「流暢に話すこと」と「どもり方を楽に変化させること」を目標とする2つがあることを紹介。評価に当たっては、吃重症度のみならず、本人の吃音に対する態度、学級担任、クラスメイトによる教室の様子、家庭における様子や心理的部分の把握が必要であり、指導と評価はセットで考えなければならないと発表。

実践発表4 吃音とインタビューゲーム
                    セルフラーニング研究所所長 平井雷太
 人前で話すことが多く、どもりであることを気づかれなくなった現在も、吃音者であるという自覚は薄れることなく、言葉が出ないかもしれない恐怖を持ち続けていると自己紹介。うまく話せないという気持ちが「書く」力へのバネになり、「相手の話を受けて問いを出していく」「聞いた話をメモしてまとめる」インタービューゲームを紹介。

実践発表5 島根県スタタリングフォーラムでの低学年の話し合い活動について
                         益田市立安田小学校 伊藤修二
 「島根県スタタリングフォーラム」についての概要や低学年の話し合い活動の様子を紹介していただいた。早朝登山で低学年の子どもが「どもりは一生治らないんだぞー」と叫んだという報告には一同びっくりだった。

講座掘〇劼匹發了抉腓砲弔覆る評価とは
                        日本吃音臨床研究会 伊藤伸二
 音声言語医学会・吃音検査法〈試案1>の問題点を指摘するとともに、以前に作成した「吃音のとらわれ度」「人間関係の非開放度」「日常生活での回避度」の評価を元に本当に子どもの支援に役立つ評価を作りたいと提言。詳細は、本紙4ページ以降に。

講演 子どもの言葉は「宝物」
                    講師 長谷川博一(東海女子大学大学院教授)
 子どものことばを治そうとするのではなく、宝物として受け止めていきたい、講演はここから始まった。社会の中で弱者といわれる人たちを標準や平均に合わさせるのでなく、社会の方から歩み寄りをと、そんな願いがあふれるお話は、一貫しておだやかで優しいものだった。「深くあきらめたときに、変化する」「自己受容・他者受容のキーワードは《それでいいよ》」など、どもりの問題を考える私たちと共通のものがたくさんあった。

おわりに
 この講習会ではっきり見えてきたこととして「吃音の評価」として大切なことは、吃音の症状の評価ではなく、その子の暮らし、生活の中で評価を考えることではなかっただろうか。この視点は私たちの財産にしていきたいと思う。
 なお来年の「臨床家のための吃音講習会」は島根県浜田市で行われることになった。島根スタタリングフォーラムでもわかるように島根のことばの教室の先生はとてもパワフル。また、吃音をもつ子どもたちと関わることが楽しくなるような会になることと期待している。
(「スタタリング・ナウ」2003.9.21 NO.109)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/03/09

私はひとりではない

 吃音の研究・臨床において多数派になろうとも思わないし、多数派がいいとも思わないけれども、何年経っても、この状況は変わらないのだろうなあと、しみじみ思います。
 それでも、膝をつきあわせ、しっかりと対話していくと、分かってくれる人は確実に増えてきたと実感します。「スタタリング・ナウ」2003.9.21 NO.109 の巻頭言は、「私はひとりではない」でした。今夏、11回を迎える親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会の前身である、臨床家のための吃音講習会の3回目を岐阜で開催したときの手応えが、巻頭言のこのタイトルに表れています。私はひとりではない、確かに、たくさんの人が僕の考えを支持し、それに沿った行動をとり、実践を続けてくださっています。今回、この巻頭言を紹介するにあたり、もう一度、「私はひとりではない」をかみしめています。

私はひとりではない
                    日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二


 岐阜の臨床家のための吃音講習会は心底うれしかった。「あなたはひとりではない」と多くの人に言ってもらえたような気がした。長い間、ひとり旅を続けてきたような気がするからだ。
 成人吃音については、共に活動をする、大阪と神戸のセルフヘルプグループの多くの仲間がいる。成人吃音の取り組みでは、あまり孤独感を感じたことはないが、どもる子どもの臨床については常に孤独感を感じていた。今から30年ほど前、大阪教育大学・言語障害児教育課程の教員をしていた頃には、虚しさにも似た孤独感を感じていた。
 私が担当していた、現職の教員が内地留学で一年間言語障害児教育を学び、修了後ことばの教室の担当者になるための特殊教育特別専攻科では、吃音ショートコースと名付けた集中講義をしていた。学生とともに調査研究を積み重ね、吃音研究者や第一線で活躍することばの教室の教師が多く参加する、4泊5日の贅沢な合宿だ。山奥ですることが多かった。合宿を終えて山を下りるとき、いつも寂しさを感じていた。
 あれほど、時間をかけて事前の準備を続け、長い時間合宿で吃音について取り組んでも、様々な考え方や意見が飛び交うが、心底、どもる子ども達の本当の支援に役立つ取り組みをしようという人々と出会えなかったという失望感だったような気がする。私の思いが伝わらなかったという思いが常に残った。事実、私たちと吃音についてあれだけ語り合って、現場でことばの教室の担当者として仕事をしている大阪教育大学の内地留学の先輩を対象にアンケートを取ったとき、失望感を持ったのは現実だったのだと知った。
 吃音は吃音の症状をどう治すかではなく、どう生きるかの問題だ。だから、どもる子どもの充実した豊かな日常生活への支援がことばの教室の役割だと、言い続けてきた。しかし、それは分かるのだけれど、「どもりを治したい」と切実に願う子どもや親を前にすると、「どもってもいい」なんてとても言えないということらしい。「がんばって、治そう」と言ってしまい、実際に呼吸練習や音読練習を主にしているということばの教室が少なくなかった。
 「治す努力の否定」を提起したときは、現場から強い批判を受けた。現在でも、「どもってもいい」が前提の吃音親子サマーキャンプは問題だと、日本特殊教育学会という公の場でも座長をしていた吃音研究者から批判を受けた。そのような経験を長年続けてきたので、いつしか私は、吃音について自分の思いを語るとき、私の主張は少数派の意見ですがと前置きをするようになっていた。いじけていたのだろうか。
 ところが最近、言語聴覚士の専門学校で講義をしても、「少数派となぜ言うのか分からない。多数にならなければならないと思う」というような感想を言われることが多くなった。教員研修で話をしても共感して下さる人が増えたような感じがする。そう思い始めていた頃だったので、岐阜での講習会では、「そうだ、私は一人ではない」と思えたのだ。
 第3回になる、臨床家を対象とした講習会。岐阜、大阪、岐阜と続いたが、100名を超える臨床家が参加して下さることだけでもありがたいことだ。今回特に、現場からの発言が多かったが、そのひとつひとっが、これまでの吃音症状にとらわれた臨床ではない、どもる子どもの日頃の日常生活をみつめた取り組みだ。私が言いたかったことを、実践を通して多くの人が語って下さった。
 そして、アメリカの吃音臨床の現状が話されたとき、「私たちは多くのことをアメリカの言語病理学から学んできたが、そろそろ独り立ちして、日本の吃音の臨床をまとめる時期にきている」と思った。ことばの教室の担当者と一緒に、吃音の評価方法を新たにつくり、ことばの教室の実践集をまとめるスタートが切れると思えたのだった。
 この夏、岡山県と静岡県のことばの教室の担当者が、各教室の枠を超えて県単位で吃音キャンプに取り組んだ。手弁当で実行委員委を作り、どもる子どもを支援することばの教室の担当者の熱い思いが伝わってくる。その輪の中に私も入れてもらえたことがとてもうれしい。
 そう、私はひとりではない。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/03/08
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