伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

吃音相談室

冊子『吃音と上手につきあうための吃音相談室』の反響は大きかった

 読売新聞の人生案内で、三木善彦・大阪大学教授が紹介してくださったことをきっかけに、他の新聞でも、冊子『吃音と上手につきあうための吃音相談室』を紹介する記事が掲載されました。冊子の注文が殺到し、相談の電話もたくさんありました。治す・改善するということではなく、つきあうという方向の僕たちの考え方・哲学を理解した上での掲載記事はうれしいものでした。
 当時は僕たちの活動が紹介されることが多かったのですが、最近は、全国で様々な活動が展開され、本の出版も多いため、僕たちの活動が紹介されることはほとんどなくなり、寂しいことです。いい記事ならいいのですが。
 「スタタリング・ナウ」NO.61(1999年9月)で紹介している新聞記事を紹介します。

2,000通の手紙と200本の電話、4,000部完売

スタナウ57〜62 新聞記事_0001 読売新聞の『人生案内』で三木善彦・大阪大学人間関係学部教授が女性への相談に答える形で紹介した、吃音ガイドブック『吃音と上手につきあう吃音相談室』。
 前々回750通の反響として紹介しました。その後、朝日新聞の全国版で紹介され、その反響も大きくこれも1000通を越えました。合計2000通をはるかに越える反響だったのが、また、その反響が大きかったことが記事になり、また沢山の問い合わせ、注文が殺到し始めました。
 10部、20部と注文することばの教室もあり、2000部、1500部、1000部と版を重ね、現在4000部を完売しました。
 これまで、私たちの活動はよく新聞やNHKテレビなどで紹介されましたが、このように大きな集中的な反応は初めての経験です。掲載された新聞記事を紹介します。


吃音と上手につきあう法 提案
 言葉がつまる吃音に悩む子どもや親のためのガイドブック「吃音相談室」が発行された。「治す」ことよりも「上手につきあって生きる」ことに重点を置いている。
 発行したのは、相談活動などに取り組む日本吃音臨床研究会(大阪府)。代表の伊藤伸二さんらが書いた。「お母さんへ」「学級担任の先生へ」「十代の君たちへ」などの章で、著者自身の体験をもとに、手紙の形式で語る。
 「一緒に考えていきましょう」と当事者の立場に寄り添う視線があたたかい。
 例えば「親の評価が吃音を作る」という説について。この説に基づいた「『言い直してごらん』などと言ってはいけません」「よい聞き手になって下さい」というアドバイスが親に勇気を与えたと評価しながらも、一方で「子どもの吃音は自分の子育てのせいだ」と育児に自信をなくす親も生む結果にもなった、という。そして「どうかご自分を責めないで下さい。いたずらに過去を振り返るより、これから子どもとどうかかわれはよいかを考えていけばよいと思うのです」と助言する。
 ドキッとする指摘もある。
 子どものときのある人の体験を引きながら、いじめっ子にも傷つけられたが、「代わりに本を読んであげようか」という「やさしい子」にもっと傷つけられた、というのだ。「配慮が相手を傷つけることもあり得るという想像力を持ちたい」
 伊藤さんは「吃音に悩んできたひとりの人間が自分の人生を振り返り、自分を整理し、ひとつの提案としてまとめた」と話している。
 また、同研究会は三十日から三日間、吃音で悩む親子向けに滋賀県でサマーキャンプを予定している。演劇の練習や野外活動を通して、親子で交流する。一人一万五千円。申し込みは、はがきかファクスで。二十日締め切り。(朝日新聞 1999年7月13日付け)
スタナウ57〜62 新聞記事_0002スタナウ57〜62 新聞記事_0003
親の会パンフレット表紙 冊子『吃音と上手につきあうための吃音相談室』は、すでに絶版となり、今は、NPO法人全国ことばを育む会から『吃音とともに豊かに生きる』として発行しています。1冊700円(送料含む)です。ご希望の方は、700円分の切手を同封して、日本吃音臨床研究会へお申し込みください。〒572-0850 寝屋川市打上高塚町1-2-1526

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/02/01

冊子『吃音と上手につきあうための吃音相談室』に寄せて 5

 昨日に続いて、感想の紹介です。今日は、安藤百枝さんの感想です。安藤さんとのお付き合いは長く、本当に、いろいろな場でたくさんのことを話しました。今、紹介している冊子『吃音と上手につきあうための吃音相談室』の前身の『どもりの相談』制作のときは、何度も合宿をしましたが、いつも一緒でした。どもる子どもの保護者としての視点と、その後言語障害を学び、言語聴覚士として臨床に携わってこられた経験を活かした、的確な指摘は、僕にとって、とてもいい刺激でした。今回の文章も、穏やかで、にこやかな安藤さんの顔や声が浮かんでくるようです。

試される臨床家としての人間性と力量
  安藤百枝(小平市立障害者福祉センター・言語聴覚士)


 重いガイドブックである。100ページあまりの冊子なのに、読みごたえ十分で中身はずっしりと重い。導入として書かれている基本構想が、自分の体験をおりまぜながら全編の根っこに芯のように貫かれており、伊藤さんの吃音に対する思い入れと哲学が随所に感じられる。琴線にふれることばがあふれている。
 やさしい語り口調で書かれているのも読み易い。あえて難を言わせてもらえれば、語り口調のためか、伝えたい事が多いためか、少しダラダラと長いような気もする。特に「お母さんへ」の章を読んでいる時そう感じた。消化するのに時間がかかった。でも、全体を読み終えてみると、そんなことはどうでもいいような気になった。
 吃音にめげそうになっている人や、我が子の吃音に悩んでいるお母さんには、何よりの福音書だと思う。吃音でない人たちもいろいろなことにぶつかった時読み返してみると、心あたたかくなり、希望がもてるような気がする。読み返すたびに、それまで気づかなかった事が見えてきて目の前が開けるような気がする。
 「吃音と上手につきあうための」というより「自分らしく、心豊かに生きるためのガイドブック」とした方がよいかもしれない。
 ことばの教室の先生や学級担任、そしてスピーチセラピストは、どもる子どもを指導する以前に、「吃音」そのものをどのように受け止めて子どもたちを支えていったら良いのか、示唆に富んだことばがあふれている。それをどのように消化し、実践するか、臨床家としての我々の人間性と力量が試される。
 伊藤さんとのつき合いは25年以上になる。
 大阪教育大学ではじめて会った時、彼は「治らないどもりをどうするか」と、どもりながら楽しそうに話していた。あの当時の彼のエネルギーと目の輝きは、25歳でエリクソンの言う学童期を卒業して劣等感から抜け出した彼が、遅れてやってきた思春期の真っ只中で、アイデンティティを確立していた時期だったのだ。当時の彼を思い返してみると「なるほど、そうだったのか」とうなずける。
 それからの彼の活動が目をみはるものであったことは本に書いてある通り、いや、それ以上のものであったが、「吃音者宣言」を発表した頃の彼の活動に対しては、批判的な声もいくつか耳にした。確かにあの当時、熱心さのあまり吃音への考え方、取り組み方を同じボルテージで共有しなければ、別の仲間のように扱われるという印象を相手に(特に、治すことにこだわっている人たちに)与えていたこともあったと思う。
 しかし、その後の活動の中で、彼は今の考え方を確立し、吃音を治すことにこだわり続ける人も受け入れた上で、自分たちのような生き方も選択肢のひとつとして頭の隅において欲しい…と書いている。このことばも含めて、「吃音に悩んでいる十代の君たちへ」の章は、神経をゆさぶられる思いで読んだ。体の底から湧き出る声を聞いた思いがする。
 「吃音相談室」を読んだ内容についての感想以前に、自分の体験に基づいてこれだけのものを書き上げた伊藤さんの、吃音と共に歩み成長した生き方に思いを馳せ、胸を熱くしてしまった。読後、しばらく放心状態であった。  
 21歳まであれほど忌み嫌い、悩んだ吃音も、今や彼にとって生きる喜びであり、生きる姿勢なのだ。吃音に本気で悩み、そして惚れ込んで、はじめて深く吃音をつかみ得るのだ、ということを実感的に感じさせてくれた。
 彼は時々、「どもりでよかった」と言う。キザなセリフだと思った時期もあったが、それは彼の生の声だったのだと気づかされた。私もいま、素直にそのことばにうなずき、彼がどもりでよかったと、心からそう思う。
 『伊藤さん、どもりでいてくれてありがとう!!』(「スタタリング・ナウ」1999.7.17 NO.59)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/01/24

冊子『吃音と上手につきあうための吃音相談室』に寄せて 3

 昨日の内須川洸先生に続いて、水町俊郎先生の感想を紹介します。僕の考え、僕たちの活動をじっくりと見て、しっかり考え、理解し、応援してくださった方でした。
 水町先生との共著で、ナカニシヤ出版から『治すことにこだわらない、吃音とのつき合い方』を出しました。自分の担当の文章を仕上げ、出版を楽しみにされていた先生は、本の完成を待たずに病気のため亡くなられました。亡くなられる一ヶ月ほど前、愛媛大学の水町研究室で3時間ほど、最後の編集会議と、吃音談義をしました。後でお連れ合いに聞いた話ですが、この日はとても元気で、うれしそうだったそうです。僕との最後の吃音談義をするために、一時退院し、僕と会った翌日再び入院し、その後一ヶ月もたたないうちに亡くなられました。水町先生から付箋をいっぱい貼った本をいただきました。メモもいっぱい書いてありました。他者からいろんなことを貪欲に学ぼうとしていた水町先生の誠実さを感じ取ることができました。亡くなる前に、しっかりとお話ができて本当によかったと思います。僕がもう少し早く文章を書き上げていたら、完成した本を手にしていただけたのにと悔やみましたが、先生と共著で、〈治すことにこだわらない〉とのタイトルをつけて本を出版できたことは、大きな喜びでした。
 『治すことにこだわらない、吃音とのつき合い方』(ナカニシヤ出版)は文字通り、水町先生の遺作となりました。当時64歳だった水町先生よりも、僕は遥かに年上になりました。もうすぐ79歳ですが、そのことが不思議でなりません。水町先生の書評を紹介します。

ガイドブック『吃音と上手につきあうための吃音相談室』の書評
              水町俊郎 愛媛大学教授


 私は日本吃音臨床研究会から発行されている諸々の出版物の「読者」、というよりも「熟読者」です。ただ、最近は附属養護学校の校長を併任していることもあって、残念ながらそれらの出版物の全てにじっくり自を通す心理的余裕がありません。しかしこの度、『吃音と上手につきあうための吃音相談室』というガイドブックをお送りいただいたのを機会に、久しぶりに自分なりにじっくりと読み、読後感をまとめさせていただきました。
 「はじめに」にも書いてありますように、1978年に『どもりの相談』というパンフレットが発刊されており、今回のガイドブック『吃音と上手につきあうための吃音相談室』はそれを充実させるという意図のもとに改変されたとのことです。私はこの読後感をまとめるにあたって、久しぶりに『どもりの相談』にも目を通しました。21年前のパンフレットと今回の『吃音相談室』に共通していることは、まさに、「具体的吃音対策法というよりも、具体的な吃音問題の背後にあるどもる人の生き方」を問うているその姿勢そのものです。この度の『吃音と上手につきあうための吃音相談室』は、その基本的姿勢を堅持しながらも、改変の意図どおりに、前回のものよりもずいぶん充実した内容となっていました。この21年間の関係者の継続的な前向きの努力の跡を随所にかいま見ることができました。そのひたむきで、真摯な姿勢に心から敬意を表したいと思います。
 以下では、私がとくに印象深く思ったことことを中心に、簡単に読後感をまとめさせていただきます。

(1)吃音の先輩の経験が「見本」として提示してあること
 「エリクソンのライフサイクル論」や「吃音に悩んでいる十代の君たちへ」の章は、伊藤伸二さんの自分史を骨子にしてまとめてあります。このことをどう捉えるかということと関連して、「見本」と「手本」ということについて述べてみたいと思います。
 作家の五木寛之氏は、「生きるヒント4」(文化出版局)で、「ここに書かれたことは、ひとつの見本です。それを見て笑うもよし、呆れるもよし、反対するもよし、自由に受け取ってもらえば十分です」と述べています。「手本」とは「習字のお手本」ということからも分かるように、そっくり真似るためのものです。しかし、「見本」とは、ひとに判断の材料を提供するだけのことで、それをどう受け取るかは各自の判断に任されています。伊藤さんも再三にわたって、これはあくまでも「見本」であるという主旨のことを述べておられます。私は、伊藤さんの提示された「見本」は、吃音の読者に判断の材料を提供するという「見本」本来の役割を十分に果たしていると思います。

(2)思春期のどもる人の問題を取り上げていること
 吃音の問題を考えるとき、これまでは往々にして、幼児やせいぜい小学校低学年あたりまでの子どもやその親、それと成人のどもる人のことが中心に取り上げられ、中学生や高校生のような思春期の吃音の問題は等閑視されてきたように思います。その点、「吃音に悩んでいる十代の君たちへ」の章はとくに、吃音問題の「谷間」を埋めるための数少ない試みのひとつとして高く評価できると思います。
 『自分を好きになる本』で有名なパット・パルマーさんは、彼女のもう一冊の本『おとなになる本』(径書房)の中で、生きる方向を見失っている若者に対して、まず「自分の現在地」を確認することを勧めています。このガイドブック『吃音と上手につきあうための吃音相談室』は、吃音という森に迷い込んでいる若きどもる人が、「自分の現在地」を確認する作業を開始しようとする時、おそらく良きガイド役を果たしてくれることでしょう。

(3)どもる子どもをもつお母さんへの提言が詳細かつ具体的であること
 「お母さんへ」の章に一番多くのページが費やされていますが、量が多いだけではなくて、質の面においても読みごたえのあるものになっています。吃音が問題となるのは、吃音を《隠す、逃げる》、《否定する》ようになることであるという視点から、どもる子どもがそのような方向へ進まないための親のあり方について述べられています。「親がまず吃音を受け入れない限り、子どもが吃音および自分を受け入れるようにはならないこと」、「吃音をできるだけ意識させない接し方ではなくて、吃音のことをオープンに話す、いわゆる吃音の早期自覚教育が必要なこと」、「コミュニケーション能力を育てるという観点から子どもに接すること」、「DCモデル、あるいは交流分析の考え方を参考にして子どもに対する自分の接し方を問いなおしてみること」などがこの章で述べられているポイントではないかと思います。これらの提言は、どもる子どもを抱えて悩んでおられるお母さん方にとって貴重な指針となることでしょう。

(4)どもる子どもの学校生活を豊かにするという視点からの提言がなされていること
 ガイドブック『吃音と上手につきあうための吃音相談室』の大きな特色の一つは、「学級担任の先生へ」の章を、言語障害児教育の現場の状況に詳しい堀彰人先生が執筆されているということでしょう。「学校生活の中で、どもっているその子が受け入れられ、どもっていても自分を表現し、その子らしく学校生活を楽しむことができているかが大切なことです」、「一方的な推測をもとに配慮するのではなく、直接子どもと話し合いながら不安や緊張への対処を考えていけることが理想だと思います」、「どもることが目立ってきても、それが必ずしも悪い状態ではなく、心理的に成長し始めている時期であることが少なくありません」、「"〜しない子"というように、その子の側だけで見るのではなく、相手や状況との関係による相違を見ていくことが必要です」というような貴重な多くの提言がなされています。それと同時に、学級担任とことばの教室担当の先生との連携によって、子どもの学級での生活がとても円滑にいくようになった例が数多く紹介されています。
 受け持っているどもる子どもとの日常の係わりの中で戸惑ったり、不安に思ったりしておられる学級担任の先生方には大いに参考になることでしょう。(「スタタリング・ナウ」1999.7.17 NO.59)


親の会パンフレット表紙 水町先生がここまで評価してくださった冊子は今は絶版です。その後、冊子は、芳賀書店から『吃音と上手につきあう吃音相談室』として出版しましたが、それも絶版となりました。そして、今は、NPO法人全国ことばを育む会から、『吃音とともに豊かに生きる』として出版されています。価格は、送料を含めて700円です。ご希望の方は、700円分の切手を同封して、下記までお申し込みください。

〒572-0850 寝屋川市打上高塚町1-2-1526

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/01/19

冊子『吃音と上手につきあうための吃音相談室』に寄せて 2

 一昨日に続いて、冊子『吃音と上手につきあうための吃音相談室』に寄せて書いていただいたものを紹介します。内須川洸先生と水町俊郎先生です。内須川先生は、日本吃音臨床研究会の顧問で、この冊子の前身『どもりの相談』の監修をしてくださいました。水町先生は、どもる人の立場に立ち、研究を続けられました。お二人とも、僕たちの良き理解者でした。まず、内須川先生からです。

『吃音と上手につきあうための吃音相談室』をおすすめします
   内須川洸 筑波大学名誉教授・昭和女子大学大学院教授


 どもる人やどもる子ども、そしてその保護者にとって、またどもる子どもに係わる普通学級担任教師や通級指導教師にとっても、また、社会に正しく「吃音」を紹介する啓蒙書としても、大変親切で適切な100頁ほどの小本が発刊されました。日本吃音臨床研究会 吃音ガイドブック『吃音と上手につきあうための吃音相談室』です。
 この本は、「吃音と上手につきあう」という基本方針のもとに編集されて首尾一貫していて明快です。
 最初に、エリクソンのライフサイクル論とウェンデル・ジョンソンの言語関係図から基本構想が紹介されています。それぞれの立場、つまり「お母さんへ」、「学級担任の先生へ」、「吃音に悩んでいる十代の君たちへ」、「成人のどもる人へ」といくつかの項目に分けて親切に分かりやすく書かれています。
 巻末には資料として吃音の基礎知識が披露されています。吃音の定義、原因、治療の歴史など、吃音と上手につきあうにはこれだけの基礎知識が必要という心使いからでしょう。なによりも説得力のあるのは、伊藤伸二さん自身が日本吃音臨床研究会の会長として、いろいろな人々と吃音研究を臨床的に探求してきた体験に基づいていること、また、彼自身の吃音体験が随所にちりばめられている点でしょう。さらに、普通学級や通級指導のベテランの協力を得て協同執筆されている点です。その内容については、きっと読者の皆さんも一々首肯されることが多いことでしょう。
 吃音に係わりのある人々、未だ吃音を知らない多くの人々に是非ご一読をお薦めします。残念ですが、私自身は吃音体験を持ちません。しかし、約50年間にわたり「吃音研究」に従事してきた一吃音学者ですが、どもる人やどもる子どもを通じて実に多くの貴重なことを学ばせていただきました。「残念ですが〜」と申したのは、私がどもっていたら、今よりもっと多くの、そして遥かに深いさまざまな学びを得ただろうと感じています。
 ガイドブックいや書籍というものは、どのように優れたものであっても、それ自身に"力"をもつものではありません。読む方々の勇気ある前向きの態度と実践にこそ生きる"力"を生むものでしょう。先哲の師が「人間! この未知なるもの」と叫んだように、「吃音! この未知成るもの」にこそ何かが隠されているに違いありません。(「スタタリング・ナウ」1999.7.17 NO.59)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/01/18

読売新聞の「人生案内」 回答者は、三木善彦さん

 先日紹介した巻頭言に書いた、読売新聞の「人生案内」を紹介します。相談者は、20代の主婦で、これまで誰にも吃音のことを相談してきませんでした。子どもに本を読んであげることができないのが辛いという切実な内容です。それに回答するのは、大阪大学教授の三木善彦さん。内観療法を広めた人で、僕たちの吃音ショートコースの講師として来ていただいたこともありました。相談内容と回答を紹介します。回答の中で、三木さんが紹介してくださったのが、『吃音と上手につきあうための吃音相談室』でした。

【人生案内】 幼いころから吃音の20代主婦 子どもに本を読んでやれない

スタナウ57〜62 新聞記事_0004 人生案内 20歳代の主婦です。幼いころから、吃音に悩んできました。
 自分の思っている言葉が口から出てこないのです。頭の中で考えていることが、のどのところまで来ているのに、しゃべろうとするとことばが出ず、顔の表情までおかしくなるのです。
 子どものころはまだよかったのですが、この年齢になると、いろいろな付き合いがあるので、ものすごくつらい思いをしています。
 子どもの保育園の先生ともうまく会話できませんし、なにより、子どもに本を読んでやることができません。
 死ぬまでこのままなのかと考えると、本当に悲しくなります。これまで、だれにも相談できず、一人でずっと思い悩んできました。どうかよいアドバイスをお願いいたします。(岡山・A子)

【回答】 三木善彦 大阪大教授
 吃音の原因はいまだに解明されておらず、治療法も確立されていません。人口の1%の人が吃音だといわれていますが、あなたのように深刻に悩んでいる人と、そうでない人がいます。その差は吃音について知り、上手につきあっているかどうかです。吃音を隠し、話すことから逃げていると、ますます話せなくなり、悩みが深まります。
 「私は吃音の癖があるのよ。聞きにくかったら、ごめんね」と言って、恥ずかしくても勇気を出して話すようにしましょう。子どもにもどんどんと本を読んであげましょう。丁寧にゆっくりと読むことは、言語訓練になります。
 言葉が不自由でも、人と交際し、やりたいことをやれば、楽しい人生になります。吃音に負けずチャレンジする姿は、子どものよい手本になることでしょう。
 「吃音と上手につきあうための吃音相談室」という冊子は、本人や親や教師にも参考になります。日本吃音臨床研究会(〒572・0802大阪府寝屋川市打上919の1のBの1526、電話 072-820-8244)まで、500円切手同封で請求してください。
               1999年6月25日付け 読売新聞 「人生案内」


 この冊子はもうありませんし、日本吃音臨床研究会の住所も変わっていますが、大きな反響がありました。

 日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/01/15

『どもりの相談』から『吃音相談室』、そして『吃音と上手につきあうための吃音相談室』、さらに『吃音とともに豊かに生きる』へ

パンフレット2冊 1978年、『どもりの相談』という淡いグリーンの表紙にりんごのイラスト入りの薄いパンフレットを発行しました。どもる子どもの保護者へ、通常の学級の先生へ、成人のどもる人へ、手紙の返事の形をとって、僕たちが大切にしている吃音の考え方、取り組み方をコンパクトにまとめてお伝えしたものでした。
吃音相談室 2種表紙_0002 それから21年後、『どもりの相談』の改訂版として『吃音相談室』という冊子を発行しました。その冊子を、読売新聞の人生相談を担当しておられた大阪大学教授の三木善彦さんが、寄せられた人生相談の答えの中で、紹介してくださいました。500円という安価だったこともあり、たくさんの注文がありました。そして、記載された自宅の電話番号宛てに電話相談もたくさんありました。
吃音相談室 2種表紙_0001 売り切れ絶版になった『吃音相談室』は、その後、芳賀書店から『吃音と上手につきあうための吃音相談室』として多くの方に読まれて、版を重ねました。さらに、内容は全く違ったものになりましたが、伝えたい精神は引き継がれ、素敵なイラストの黄色い表紙のNPO法人全国ことばを育む会の両親指導の手引き書㊶『吃音とともに豊かに生きる』になりました。
 新しい研究成果や、精神医学などの最新のトピックスを取り入れていますので、内容は変遷してきましたが、底に流れるものは50年以上変わっていません。吃音をマイナスのものとしないことをベースにした、コンパクトで、それでいて中身の濃い入門書です。この『吃音とともに豊かに生きる』のパンフレットを、どもる子どもの保護者の参加している吃音キャンプや講演会、研修会で、僕は、いつも「一家に一冊、常備薬ならぬ常備本として、持っていてください」と紹介しています。1冊700円(送料含む)です。まだお持ちでない方は、ぜひ、ご注文ください。700円分の切手を下記までお送りください。
〒572-0850 寝屋川市打上高塚町1-2-1526 伊藤伸二まで
親の会パンフレット表紙
 さて、今日は、「スタタリング・ナウ」 1999.7.17 NO.59の巻頭言です。
 「どもりの相談」に寄せていただいた、アメリガ言語病理学の第一人者、チャールズ・ヴァン・ライパー博士のことばから始まります。

  750通の手紙
                  日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 ―恐怖・差恥・無知、私たちはこれまでこの3匹の悪魔にとりつかれてきました。その中でも、無知という悪魔は最も手ごわく、そのためにどもりは、わけのわからない《のろい》のように思われてきたのです。
 この冊子は、3匹の悪魔すべてと戦うために編まれました。特に、無知という悪魔と戦うために、どもる人自身にもまたどもる人やどもる子どもの周りの多くの人々にもどもりの本当の問題は何かを知らせています。私たちは、どもりながらも実りのある人生を送ってきた多くの先輩たちに学び、どもることによって起こる恐怖から逃げたり隠れたりせずどんどん話していかなければなりません。そうすることがどもりのことをあまり知らない人々が作り上げたどもりに対する悪いイメージを変えていくことにもなるのです。
 どもることはそれ自体少しも恥ずかしいことでもなく恐れるものでもありません。ただ、どもらないようにふるまおうとすることに問題があるのです。どもることを恐れ、恥ずかしがり、どもっていたら自分のやりたいことが何もできないと思いつめることにこそ問題があるのです。
 どもりにとらわれたあまり犯してきた私たちの失敗を、どもる子どもたちが繰り返さないように、また私たちの仲間が自分を無価値な人間であると思い込んで卑下することのないように、私たちは私たち自身を変えていかなければなりません。また、社会を啓蒙していかなければなりません。
 どもるからといってそれにとらわれ、自分の人生を台なしにするのではなく、輝きあるすばらしい人生を共に送っていきましょう―
                チャールズ・ヴァン・ライパー
                    ウエスタンミシガン大学教授(言語病理学)

 これは、私が21年前に、『どもりの相談』という小冊子を書いたとき、その構想と内容とを詳しくヴァン・ライパー博士に知らせ、巻頭言として書いていただいたものだ。
 今回の冊子、『吃音と上手につきあうための―吃音相談室』にそのまま使ってもふさわしい内容だ。吃音に関しては大きな変化のないことを、今更ながらに感じざるを得ない。

 『6月25日は家にいて下さいよ』
 三木善彦・大阪大学人間科学部教授から電話をいただき、覚悟はできていたものの、これほどまでの反響とは思わなかった。その日は一日中、全国からの電話は数分の途切れもなく夜の8時ごろまで続いた。10時間以上も電話の前にくぎづけになった状態で、直接たくさんの生の声が聞くことができてありがたかった。
 33年前、吃音を治したくて、ワラにもすがる思いで、民間吃音矯正所を訪れた頃の私がそのまま、今、電話口の相談する側にいるような感じだった。
 吃音に関しては適切な情報がなく、多くの人がひとりで悩んでいることを改めて知った。また、どもる子どもがまず相談に訪れる所や、最初の相談相手が、適切な対応をしていないことが少なくないことも分かった。
 一方で幼稚園などからの大量の注文が入ったり、自分の担任している子どもの理解のためという教師や、教員養成大学の学生から教師になるために知っておきたいとの電話はうれしかった。
 新聞が掲載された翌日の土曜日にはすでに30通の手紙。月曜日には200通。そして、2週間たった今現在、750通を越えた。切手だけが同封されてあるのもあるが、多くは一筆が添えられていた。これまでの吃音についての悩み、将来への不安。子どもについての悩み。『どもりの相談』から21年。今この時期に『吃音相談室』を出版できた意義を思った。
 「吃音と上手につきあう」という私たちの提案が、多くの人に受け入れられるようになるには、まだまだ多くの時間は必要なのだろう。この冊子がより多くの人達に読まれ、話し合われ、さらに多くの人が吃音について語ることが、私たち自身の、そして、結果として社会の吃音についての認識が変わることにつながっていくのだろう。
 それが吃音に生涯をかけ、吃音と共に生きた、チャールズ・ヴァン・ライパー博士をはじめとする、多くの先達の意志を継ぐことになるのだ。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/01/06
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