伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

吃音の基礎知識

吃音動画 大阪吃音教室 吃音Q&A 4 〜哲学や思想を持つことは、今後を生き抜く武器、能力になる〜

    〜語ることのできる物語を持っている自分〜

 You Tube公開予定の動画撮影のための、大阪吃音教室の講座「吃音Q&A」の報告をしていましたが、途中で、誕生日を迎えたことと関連して、僕の父親のことを書きました。今日から、また元の報告に戻ります。
 対話型の吃音Q&Aは、就活のための準備として、対策を考えていきました。

《第4問》
奥田 就労に関する対策として、対策1 アルバイトの活用、対策2 大学でのセミナーの活用 と聞きましたが、他に何か対策として考えられるものはありますか。

吃音Q&A  8伊藤 これまでいろんな人の職業についての体験を聞いてきた中で、ある人が、「どもらない人と比べたらハンディがあるので、必死になって専門的な知識を身につけ、実力をつけてきた」と言っていました。これはとても大事なことだと思います。自分なりの力をつけておくことです。それを、どうして吃音の人が他の人に比べて努力しなければならないのか、それは「損」だと考えるか。吃音が、努力する動機になるなら「得だ、チャンスだ」と考えるかで、その人の人生は大きく変わると思います。
 吃音親子サマーキャンプに小学校低学年から参加し続けている中2の男子が、今すごくどもるけれども、彼は将来に対して悲観していないんです。なぜかというと、一所懸命勉強して、学力には自信があるからです。自分の興味ある勉強を続け、専門的な仕事に就きたいという夢や希望を持っています。
 勉強が苦手な人は「体力」に自信をもつのもいいでしょう。消防士になった人は、人一倍からだを鍛えて、体力に自信があったことで、つらい消防学校時代をがんばれたのだと言います。
 販売の仕事をしている人で、営業成績が特別いいわけでもないのに、社長賞をもらった人がいます。その人は他の人に抜きん出る能力はないので、毎朝1時間早く出社して、自分の営業所の掃除を続けていたそうです。一時的なことではなく、2年以上続けていたということは、その人が真面目で、少しでも会社に貢献したいとの思いがあったのでしょう。それをたまたま社長が見て、1年以上観察していたらしいです。そして、一時的な思いつきではなく、ひとりの人間として無理なくそのような行動をとっているのだと分かって、「社長賞」として表彰したそうです。学力、体力、営業成績で特別優れていなくても、その人の人間性が評価されたのです。
 ある人は「僕は宴会屋」だと話しました。今はほとんどなくなったようですが、昔は社員旅行がありました。その人は、社員旅行や、忘年会、懇親会などの企画や世話が大好きで、それが評価されて、会社の中での人間関係がとても良くなり、吃音からくる多少のマイナスをカバーしていたそうです。
吃音Q&A  4 才能や能力を高められる人は、その方向で努力できますし、特別な才能や能力がない人も、会社のチームワークや人間関係など、誠実に仕事をこなすことに全力をあげることもできます。そのことは、もし吃音のマイナス面があるとしたなら、それをカバーできると思います。
 つまり、自分の強みを早く発見し、延ばしていくことに尽きます。また、自分自身を支える意味で、自分が楽しいこと、熱中できることを発見していくことです。
 その点、僕たちどもる人は有利です。僕たちには、吃音について深く考え、そして吃音とつきあってきたという事実があるからです。欠点と言われるものに向き合い、つきあってきているということは、就職してから、いろいろなことが起こったときに対処できる力となっているはずだと思うのです。

奥田 そうですね。今はそう思えます。私も、吃音のことを真剣に考え、それを認めて、つきあってきたという実績があるのだから、そのことをもっと面接のときに出していけばよかったと思います。でも、就活していた頃は、どもる姿を見せたらもうおしまいだと思っていたから、そんなことできませんでした。考えてみたら、吃音は私の人生にとって大きいものだったし、それこそ、一日中頭から離れることはないくらい考えていたテーマだったのです。でも、その頃は、吃音が自分のテーマだとは気づかず、嫌なものでしかありませんでした。その自分のテーマをずっと追求し続けているということは、きっと評価対象になるのでないかと思います。

伊藤 そうだと思いますね。また、消防士の話だけど、彼は、面接で、面接官がどんな質問をしてきても、吃音とからめて話したと言っていました。吃音だったから、そのことはこう考えた、吃音だったから、このように行動してきた、などのように。
 島根のキャンプで出会った子は、自分が自信をもって体験として面接で話せるのは、吃音のことだと言っていました。人生の中で一生懸命、真剣に考えてきたのは吃音のことなんだから、そのことを話すしかない、と。どもることを公表するかどうかなんて、ふっとんでしまうような話ですね。
 吃音を隠すのではなく、ちゃんとどもれる人間になって、どもる覚悟をもって、面接に臨むことが大切で、そして、自然にどもっていくことです。「私はどもります」と言うことが吃音の公表ではなく、その場で、自然にどもっていたら、それが公表していることと同じになるでしょう。自慢できたり、誇れることは、吃音に苦しみ、人との違いに悩んできたので、吃音について、自分について、人生についてきちんと考えてきたということです。どもりとどう折り合いをつけて生きていくかを考えてきたことです。
 この吃音に悩み、対処する中で得てきた哲学や思想が、これから生き抜いていくための武器、能力になるんじゃないのかなあ。吃音を否定していたが、肯定できるようになった、そんな物語を持っている自分、語ることができる自分、語れることを持っている自分。こんな自分を大事にしたいと思いますね。
 他の人のように普通にしゃべれることが、就活や面接にはいいと思ってきたけれど、それより、自分自身がどう生きてきたかを語れることの方がずっと大きな武器になると思います。サバイバルしてきたというのは、実績としてあります。否定していたものと向き合い、対処して、肯定に変わってきた、そんな人の物語を面接者や社長は評価してくれるだろうと思います。吃音は、マイナスのものではなく、武器になるのだということを知ってほしいですね。
 でも、受験して不採用が続くと、めげてくるのも事実で、そんなとき、どう自分を支えるかが大切になってきます。(つづく)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/04/30

吃音動画 大阪吃音教室 吃音Q&A(吃音の基礎知識)

 2022年度がスタートして3回目の大阪吃音教室。4月22日の講座は、「吃音Q&A 吃音の基礎知識」でした。仲間の一人が、僕に、吃音に関する質問をしてくれます。それに対して僕が答えていくのですが、質問者と僕だけでなく、周りにはたくさんの参加者が聴衆としてその場にいてくれます。その場を支えてくれる大切な存在です。
 また、この講座は、撮影をして、それを映像として残します。これまでに、32本の映像をYou Tubeで発信してきました。コロナの影響を受け、休講も続いたため、久しぶりの撮影となりました。どんな質問が出てくるか、事前に知らされていないので、僕にとっては、ぶつつけ本番です。でも、これがいい意味での緊張になり、僕にはとても刺激的な時間になっているのです。
 今回も、大まかなテーマとして「吃音と就労」が挙がっていましたが、どんな質問なのかは知らされていません。どもる人にとって、関心の大きい、幅広いテーマです。特に準備をしないで当日を迎えました。

吃音Q&A  1 僕は、必要な場以外、例えば野外で歩いている時などマスクはしませんが、撮影者の井上さんが、撮影はマスクなしでしたいので、パーテーションが必要だと提案してくれました。そのため、急遽探して、質問者と僕との間に立派なアクリル板のパーテーションが用意されました。なので、安心してマスクなしで話すことができました。

 当日、少し早くアネックスパル法円坂に着くと、吃音Q&A用の会場設営がされています。そして、これまでそうだったように、井上さんが、手慣れた手つきで器材をセッティングしてくれました。カメラが2台、照明、それぞれが使うピンマイクなど、本格的な撮影準備がなされていきました。
 仕事がぎりぎりまであったため、走って会場に着いた質問者の奥田さん、息を整えて、スタートしました。メモで少しだけ紹介します。
吃音Q&A  2
◇就活のスタートは、直前ではなく、早め早めに

《第1問》 就職活動中と、就職してからと、どもる人にとってはその両方に大きな不安が伴う。就職活動は一般的に不安があり、プレッシャーがかかることだが、吃音があるとより不安も大きくなる。どもっていると、他人からどう思われるか。人事担当の人からどんな評価を受けるだろうか。どもる自分はどう見られるのか。どもったら評価が落ちるのではないか。よく見てもらえないと評価が落ちるだろう。となると、どもらずに話さないといけない。そんなことを考えてしまう。面接のときに、自分がどもることを公表することをどう考えるか。私は公表しなかった。それは、どもり方に波があるから、きっと理解してもらえないだろうと思ったし、そもそも伝え方を知らなかったから。まず、面接でどう伝えたらいいのか、そのあたりの話から聞かせてほしい。

伊藤 初めに、就職活動の不安と、就職してからの不安、この2つを出してくれた。これを分けて考えてみたい。
 どもる人は、一般の人と比べて、有利なことがある。就職活動に不安があるということは、就職活動が始まる前から分かっているはずのこと。だから、その不安に対して、どう対処するかは、他の人より早く考えることができるということだ。
 たとえば、大学に入学したときから考えることができると思うけれど、実際はどうだろうか。以前、大阪吃音教室に参加した人で、就活が始まって、大学でのセミナーに参加して、コミュニケーション能力が大事だと言われ、不安が大きくなったと言っていた。前から分かっていたことだと思うのに、そのときになって、どうしようと思うのは、不思議な気がしたんだけど。

奥田 分かっていても、きっと問題を先送りしてしまうのだと思う。実際には、大学在学中に、アルバイトをしようとしたときに直面する。

伊藤 就活の予行練習として、アルバイトがあると考えていいかもしれない。ハンディがあるのだから、就活は、大学入学直後からスタートすると考えたらいい。就活は、直前ではないと、どもる人には強調したい。(つづく)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/04/25
Archives
livedoor プロフィール

kituon

QRコード(携帯電話用)
QRコード