伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

全難言大会

治すことにこだわらない、どもる子どもへの支援

 ことばの教室担当者の研修の場であり、実践発表の場である、全国難聴・言語障害教育研究協議会とのおつきあいも長くなりました。年に一度、全国大会が開催されていますが、これまで、記念対談や記念講演、吃音分科会のコーディネーターなど、大学や研究所に属していない民間人の僕を長年使っていただいたことに感謝しているのです。セルフヘルプグループの活動や世界大会、吃音親子サマーキャンプを評価していただいたからでしょう。
 今日は、「スタタリング・ナウ」2008.3.24 NO.163 より、《治すことにこだわらない、どもる子どもへの支援》と題した巻頭言を紹介します。2007年夏に開催された第36回全国大会・東京大会での様子を紹介します。

  
治すことにこだわらない、どもる子どもへの支援
                     日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二


 全国のことばの教室の担当者の実践発表と研修の場である「全国公立学校難聴・言語障害教育研究協議会全国大会」は、年に一度開かれている。
 第36回大会が昨年夏、東京で開かれた。
 私は過去、山形大会では詩人の谷川俊太郎さんと記念対談を、大分大会、島根大会、大阪大会、宮崎大会では、吃音分科会のコーディネーターをさせていただいた。どもる子どもの指導現場に、どもる当事者としてかかわれるのはありがたいことだ。
 かつては、ことばの教室ではどもる子どもの指導がその中心だったが、最近は支援を必要とする子どもが多様化し、吃音の存在が相対的に低くなっている。だから、他の分科会に比べ、吃音分科会への参加は必ずしも多くはなかった。しかし、東京大会では、12ある分科会の中で、私の分科会が1番にきわめて近い2番目に多かったと聞いて、とてもうれしかった。
 私は何回か吃音分科会を経験したが、100人を軽く超える大勢の参加者は初めてだった。また、活発な質疑があり、分科会が終わってから、何人もの人が挨拶に来て下さった。
 そのうちのひとり、あることばの教室の教師が、うっすらと涙を浮かべてこう言った。
 「私のことばの教室には複数の担当者がいます。吃音が治りにくいこともあって、吃音受容が大切な柱です。だから、どもる子どもの親に、受け入れるべきだと迫るように言う担当者がいて、私はそのことに少し違和感をもっていました。そんなに簡単に受容できるものではないと思っていたからです。今回の実践報告や伊藤さんの『受容できない自分を認める。受容しなくてもどもる事実を認めるだけでいい。それをゼロの地点に立つと言い、ゼロの地点に立ちさえすれば、後は日常の生活を丁寧に、大切に、自分を大切に、他人を大切にしていけば、自然に子どもは変わってくる』という話に共感し、ほっとしました。この分科会に参加して、話が聞けてよかったです」
 わざわざこのような話をしに来て下さることは、「どもりの語り部」としてはとてもうれしかった。
 その他、次のような感想文があった。
・私のクラスにはどもる子が2名います。治してあげようという気持ちでやって来たんですけれど、あんまり上手くいかないんです。でも、今日の実践報告を聞いて、目から鱗が落ち、違う視点で、目が輝くことをやってあげたいなという気持ちになりました。ありがとうございました。
・「きりなし歌」の題材がとてもおもしろかったです。発表している姿は、いきいきしていて良かったと思います。
・「きりなし歌」の実践、親子で考えるというのは難しそうですが、どの親子も一緒によく考えたことが伝わってきて、とてもほほえましかったです。保護者も巻き込んだグループ活動は経験したことがないので新鮮でした。
・今年度4月からことばの教室の担当となり、「あー、あんな授業がしたいなあ」とつくづく思いながら聞かせていただきました。通級の終了を自分で決めるというのも、すばらしいと思いました。

 楠雅代さんの実践発表をもとにした吃音分科会、いい分科会だった、と改めて思う。
 ことばの教室には、「吃音は改善できる、改善すべきだ」と主張し言語訓練をする所もあるだろうし、「吃音受容すべきだ」とするところもあるのだろう。吃音ほど、臨床家の考え方に幅があり、その考え方によって様々な取り組みがあるものは、珍しいだろう。だから、なぜ吃音をそのように考えて取り組むのか、臨床家は常に明確にしておかなければならないのではないだろうか。
 「治すことにこだわらない、どもる子どもへの支援」について、その思想、理論、方法論を整理し明確にしておく必要性を痛感した。思想と理論がしっかりしていれば、無理な言語指導にこだわることも、吃音受容を親に迫ることもある程度防げるのではないかと思うからだ。
 臨床をしている私のいい仲間と、「どもる子ども支援プロジェクト」の活動が、春から動き出した。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/11/26

吃音の夏

 親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会と吃音親子サマーキャンプ、僕たちが大切にしている大きなイベントの準備が本格的に始まりました。もうすぐ、ホームページ上に掲載予定です。これらのイベントが夏に集中しているので、いつからか、僕たちは、「吃音の夏」と呼んでいました。その原点が、ここにあったのだと、「スタタリング・ナウ」2001.9.22 NO.85の巻頭言を読んで、思いました。
 このときは、第30回全国難聴・言語障害教育研究協議会全国大会島根大会と、どもる人の世界大会ベルギー大会の日程が重なっていました。そのほか、この年は、岐阜で開催した第1回臨床家のための吃音講習会(親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会)、記念講演を頼まれた第25回九州地区難聴・言語障害教育研究会熊本大会、吃音親子サマーキャンプがありました。読み返してみて、とてもハードなスケジュールだったことに我ながらびっくりしています。まだ、若かったのでしょう、濃密な時間を過ごしました。
 今年の「吃音の夏」は、どんな出会いがあるのか、じっくりと味わいたいと楽しみにしています。

  
吃音の夏
                   日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 からだがふたつあればいいのに。こんなに選択に迷うことも珍しかった。吃音の国際的な活動を選ぶか、どもる子どもの教育の全国大会を選ぶか。
 国際大会は、第一回大会の開催者として、国際吃音連盟の礎を作り、ドイツ、アメリカの大会に参加し、スウェーデン、南アフリカ大会の6年間は参加していない。海外の人々は、世界大会を初めて開いた人を特別の思いで評価はしてくれるが、6年間も参加していないと忘れられた存在になってしまう。少しあせりにも似た思いもあって、今回のベルギー大会は是非とも参加したかった。
 日程が重なって、第30回全国公立学校難聴・言語障害教育研究協議会全国大会島根大会の、吃音分科会のコーディネーターの依頼を受けていた。島根県の言語障害学級の担当者が団結して開く、どもる子どもたちのキャンプ、島根スタタリングフォーラムにかかわって3年になり、島根のことばの教室の人達とはとてもかかわりが深い。その人たちが開く全国大会である島根大会のコーディネーターも、以前から依頼を受けており、断りたくない。すると、今度は第25回九州地区難聴・言語障害教育研究会熊本大会の記念講演と吃音分科会のコーディネーターの依頼があった。国内の言語障害児教育の大きな行事が続いたため、ベルギー大会への参加は潔くあきらめることができた。
 島根大会は素晴らしかった。「子どもたちが自分らしく暮らしていくための支援のあり方」のテーマが、基調提案、記念講演、シンポジウムに一貫して見事に流れていた。「子どもの障害を軽減、改善することが本当にその子どもの幸せや暮らしの充実につながるのか?」という、ことばの教室担当者自らへの問いかけだ。私がずっと主張してきたことでもある。せっかく流れるテーマを、吃音分科会ではさらに一歩踏み込みたい。分科会は5時間あり、全国のことばの教室の皆さんとかなりつっこんだやりとりができた。
 島根に続いて岐阜県では、臨床家のための吃音講習会を開いた。日本吃音臨床研究会と岐阜吃音臨床研究会を中心に、岡山、大阪の人達が企画して運営したもので、以前から開きたかったものだ。当初、60名の参加を予定して計画を立てたが、全国から約170名が参加して下さった。臨床家が、吃音だけをテーマに2日間集中して取り組んだ。最高気温39.7度という記録的な暑さの中、クーラーが止まるというアクシデントの中で、どもる子どもへの支援、子どもの親への支援、担当する教師への支援、子どものことばへの支援への提案がなされた。参加者のアンケートには、「これまでに参加した研修会にはない、熱い思いをもてた、充実した講習会だった」と感想が寄せられた。
 すぐに続いた熊本大会。記念講演は荷が重かったが、『言語障害児・者として生きてきて見えてきたもの』と題して2時間、自分の吃音人生を振り返り、言語障害児教育に期待することを話した。講演会は一般にも公開され、450名ほどが参加された。個人の体験は一般化はできず、ひとりよがりになるかも知れないと前置きして吃音で悩んできた中から考えてきたこと、見えてきたことを話した。次の日の言語障害学級の担当者が参加する吃音分科会では、ふたつの事例報告をもとに話し合った。主張が明確なコーディネーターであるために、論点は明確になり、私としては、充実した分科会だった。
 続いて、第12回吃音親子サマーキャンプ。よもや昨年のような146名という多い参加はないだろうと思っていたのが153名の申し込みで、急遽キャンセルが入ったが、140名の大きなキャンプになった。今年、作者のミヒャエル・エンデが亡くなり、その追悼のようなかたちになった演劇『モモ』は、大人も子どもも楽しめた。今年は劇が一番楽しかったと高校生が言ったのが印象に残る。子どもたちの吃音についての2回にわたる話し合い、親の話し合いは、それぞれのグループで深まっていた。子どもたちの、どもりについてもっと話し合いたいという感想も、うれしい。一緒に真剣に取り組む劇の練習。親は親で子どもたちの前で演じるパフォーマンスの練習。子どもの時代に帰って2時間びっしりと練習する姿は印象的だった。涙があふれ、大きな笑いに包まれ、「来年も絶対に参加する」と子どもたちは言いながら、それぞれの生活に帰っていった。
 吃音の臨床家、研究者、保護者、吃音の子ども、本人が幅広く集まり、吃音をテーマに人生を考える。日本吃音臨床研究会の活動趣旨が凝集した、今年の熱い、暑い、吃音の夏はこうして終わった。(「スタタリング・ナウ」2001.9.22 NO.85)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/05/27
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