この話は、これまでいろいろなところで何回となくしてきました。今の僕を作ってくれた原点だからです。以前、ブログにも書いたかもしれません。
ことばの教室の教員や言語聴覚士の仲間と取り組む、今年の「親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会」のテーマのキーワードは、「幸せ」です。幸せに生きるために必要なものとして挙げられているのは、自己肯定感。どもりを恨み、どもる自分を認めることができなかった、つまり、自己肯定感が全くなかった僕に、どもっているそのままの僕でいいと思わせてくれた初恋の人の存在は大きいものでした。
新しい年が始まる今、改めて、この初恋の人に感謝しています。1999年6月19日発行の「スタタリング・ナウ」NO.58の巻頭言を紹介します。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/01/05
ことばの教室の教員や言語聴覚士の仲間と取り組む、今年の「親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会」のテーマのキーワードは、「幸せ」です。幸せに生きるために必要なものとして挙げられているのは、自己肯定感。どもりを恨み、どもる自分を認めることができなかった、つまり、自己肯定感が全くなかった僕に、どもっているそのままの僕でいいと思わせてくれた初恋の人の存在は大きいものでした。
新しい年が始まる今、改めて、この初恋の人に感謝しています。1999年6月19日発行の「スタタリング・ナウ」NO.58の巻頭言を紹介します。
初恋の人
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
小学2年生の秋から、どもることでいじめられ、からかわれ、教師から蔑まれた私は、自分をも他者をも信じることができなくなり、人と交わる術を知らずに学童期、思春期を生きた。凍りつくような孤独感の中で、不安を抱いて成人式を迎えたのを覚えている。
自分と他者を遠ざけているどもりを治したいと訪れた吃音矯正所で、私の吃音は治らなかった。しかし、そこは私にとっては天国だった。耳にも口にもしたくなかったどもりについて、初めて自分のことばで語り、聞いて貰えた。同じように悩む仲間に、更にひとりの女性に出会えた。吃音矯正所に来るのは、ほとんどが男性で、女性は極めて少ない。その激戦をどう戦い抜いたのかは記憶にないが、二人で示し合わせては朝早く起き、矯正所の前の公園でデートをした。勝ち気で、清楚で、明るい人だった。
吃音であれば友達はできない、まして恋人などできるはずがないと思っていた私にとって、彼女も私を好きになっていてくれていると実感できたとき、彼女のあたたかい手のひらの中で、固い氷の塊が少しずつ解けていくように感じられた。
直接には10日ほどしか出会っていない。数カ月後に再会したときは、生きる道が違うと話し合って別れた。ところが、別れても彼女が私に灯してくれたロウソクのような小さな炎はいつまでも燃え続けた。長い間他者を信じられずに生きた私が、その後、まがりなりにも他者を信じ、愛し、自分も愛されるという人間の渦の中に出て行くことができたのは、この小さな炎が消えることなく燃え続けていたお陰だといつも思っていた。
この5月、島根県の三瓶山の麓で、どもる子どもだけを募ってのキャンプ『島根スタタリングフォーラム』が行われた。このようなどもる子どもだけを対象にした大掛かりな集いは、私たちの吃音親子サマーキャンプ以外では、恐らく初めてのことだろう。島根県の親の会の30周年の記念事業として、島根県のことばの教室の教師が一丸となって取り組んだもので、90名近くが参加した。
「三瓶山」は、私にとって特別な響きがある。彼女の話に三瓶山がよく出ていたからだ。
「今、私は他者を信じることのできる人間になれた。愛され、愛することの喜びを教えてくれたあの人に、できたら会ってお礼を言いたい」
30人ほどのことばの教室の教師と、翌日のプログラムについて話し合っていたとき、話が弾んで、何かに後押しされるように、私は初恋の人の話をしていた。その人の当時の住所も名前も決して忘れることなくすらすらと口をついて出る。みんなはおもしろがって「あなたに代わって初恋の人を探します!」と、盛り上がった。絶対探し出しますと約束して下さる方も現れた。
三瓶山から帰って2日目、島根県斐川町中部小学校ことばの教室からファクスが入った。
「初恋の人見つかりました。なつかしい思い出だとその人は言っておられましたよ」
私は胸の高鳴りを押さえながら、すぐに電話をかけた。34年間、私に小さな炎を灯し続けてくれた彼女が、今、電話口に出ている。三瓶山に行く前には想像すらできなかったことが、今、現実に起こっている。その人もはっきりと私のことは覚えており懐かしがってくれた。会場から車でわずか20分の所にその人は住んでいたのだった。
電話では、《小さな炎》についてのお礼のことばは言えなかったが、再会を約して電話を切った。
どもる子どもたちとのキャンプ。夜のキャンドルサービスの時間に、ひとりひとりの小さなロウソクの炎は一つの輪になって輝いていた。子どもたちと体験したこの一体感が、私にその話をさせ、さらに34年振りの再会を作ってくれたのだ。子どもたちとの不思議な縁を思った。
子どものころ虐待を受けた女性が、自分が親になったときに子どもを虐待してしまう例は少なくない。しかし、夫からの愛を一杯受け、夫と共に子育てをする人は子どもを虐待しない。
人間不信に陥った私が、人間を信頼できるようなったのは彼女から愛されたという実感をもてたからだ。
この子どもたちは、小さな炎と出会えるだろうか。小さくても、長く灯り続ける炎と出会って欲しい。一つの輪になったローソクの小さな、しかし、確かな炎を見つめながら願っていた。(「スタタリング・ナウ」 1999.6.19 NO.58)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/01/05