伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

ヘレンケラー

響き合うことば 2

 昨日のつづきです。
 僕は、ヘレン・ケラーとサリバンの話をしています。「奇跡の人」は、これまで、映画でも舞台でも、幾度も上映、上演されています。有名な「ウォーター」の場面の解釈、「奇跡」といわれることのとらえ方にはいろいろあるようですが、竹内敏晴さんから教えてもらった、ここで紹介する話が一番ぴったりときます。
 どもっていたがゆえに悩み、苦しくつらい思いをしてきた僕にとって、「ことば」は特別なものでした。なめらかに流れることばさえあれば…と思っていましたが、ことば以前にお互いを思い合う、響き合う関係性があるのだと思います。

2003年2月15日 石川県教育センター
 《講演録》 響きあうことば
             伊藤伸二・日本吃音臨床研究会会長


ヘレン・ケラーとサリバン
 〈変わる〉ことについて、エリクソンの基本的信頼感、自律性、自発性、勤勉性と関連させて、子どもの発達に関係する一つの事例として、ヘレン・ケラーの話をしようと思います。
 この4月、大阪の近鉄劇場に、大竹しのぶ主演で『奇跡の人』という芝居がきます。早速申し込んで、久しぶりに芝居を観に行くのです。
 『奇跡の人』は、アン・サリバンとヘレン・ケラーの話ですけれど、ヘレン・ケラーの話をどこかで聞いたことのある人、ちょっと手を挙げていただけますか。(たくさんの手が挙がる)
 ありがとうございます。大分多いので、話し易いですが、当時、芝居よりも映画でした。アーバンクラフトがサリバンで、パティー・デュークという名子役がヘレン・ケラーでした。
 この芝居がまだ日本で紹介されない前に、先程話しました竹内敏晴さんが、演出しないかと言われたときに、竹内さんがシナリオを読んで疑問をもったそうです。『奇跡の人』の有名なシーンは、食事中に暴れ回り、水差しから水をこぼしたヘレンとサリバンが格闘をして、ポンプから水を入れさせている時に、ヘレンの手に水があたって、「ウォーター」と言う。そこで奇跡が起こったとして、『奇跡の人』というタイトルがっいたのでしょうけれども。竹内さんは、「そんな馬鹿げたことがあるか。殴り合って格闘して、ワーッとなっているときに、ポンプの水でウォーターなんて、そんなことが起こるはずがない」と思って、その芝居の演出をしなかったという話をしてくれたことがあります。
 私は、竹内さんの話に興味をもって、ヘレン・ケラーの自伝と、『ヘレン・ケラーはどう教育されたか』(明治図書)の2冊の本を読みました。サリバンが、ホプキンスという親友に、ヘレン・ケラーとのかかわりについて、手紙を出していて、手記のようなものを丁寧に読んでいくと、竹内さんがおっしゃるとおり、全然違うことが分かりました。大竹しのぶさんの芝居が、「ウォーター」のシーンをどう演じるか、とても楽しみにしているのです。

まず、からだごとの触れあい
 ヘレン・ケラーは、目が見えない、耳も聞こえない、ことばのない少女ですが、7歳のときに、家庭教師として雇われたサリバンとヘレン・ケラーの関係が始まります。ことばを獲得して、話せるようになって、日本でも講演している人です。
 『奇跡の人』という『奇跡』は何を指すのでしょうか。「ウォーター」と、ことばを発見したことが奇跡だとして、芝居では『奇跡の人』とタイトルをつけているのでしょうが、サリバン自身が、自分の手紙に「奇跡が起こりました」と書いているのは、この場面ではありません。
 サリバンが出会ったときのヘレン・ケラーは、全くしつけられていなくて、食事の作法についてサリバンはこう表現しています。
 「ヘレンの食事の作法はすさまじいものです。他人の皿に手を突っ込み、勝手に取って食べ、料理の皿がまわってくると、手でわしづかみで何でも欲しいものをとります。今朝は、私の皿には絶対手を入れさせませんでした。彼女もあとに引かず、こうして意地の張り合いが続きました」
 サリバンは、このヘレン・ケラーと向き合った後、こう言っています。
 「私はまず、ゆっくりやり始めて、彼女の愛情を勝ち取ろうと考えています。力だけで彼女を征服しようとはしないつもりです」
 これはサリバンの覚悟なのでしょう。一筋縄ではいかない。からだごとぶつかって、自分も一緒に生きるところで彼女と向き合わなければ、彼女のことは理解できないし、彼女が変わらない。基本的信頼感がお互いになければ、家庭教師として、教えることはとてもできないということです。
 それを確立するために、2週間という期限を区切って、小屋に二人で住まわせてほしいと申し出ます。一つの小屋で、食事から何から完全に二人きりの生活です。これまでは自由奔放に勝手気ままに生きてきたヘレンにとって、この閉ざされた空間で、サリバンと二人だけの生活は、非常に厳しいのですが、濃密です。これは、乳児期・幼児期の母と子の関係に近い関係です。サリバンに従わないと、食事すらできない。信頼はともかく、柔順に従わざるを得ない状況です。
 初日の食事のときの格闘の後は、サリバンの雰囲気を感じると逃げていたヘレンが、二人きりの生活の中で変わっていくのです。6日から7日目のことですが、サリバンは、こういうふうに親友に手紙を書いています。
 「今朝、私の心はうれしさで高鳴っています。奇跡が起こったのです。知性の光が私の小さな生徒の心を照らしました。見てください。全てが変わりました。2週間前の小さな野生動物は、優しい子どもに変わりました。今では、彼女は、私にキスもさせます。そして、ことのほか優しい気分のときには、私のひざの上に1,2分は乗ったりもします。しかし、まだキスのお返しはしてくれませんが」
 家庭教師と生徒の関係を越えて、人間と人間の生身のぶつかり合いの濃密な生活の中で、この基本的信頼に近い感覚が芽生え始めたのでしょう。この関係ができたことを、サリバンは、「奇跡が起こった」といっているのです。ここまでの取り組みがいかに大きなことかは、サリバンの「奇跡」ということばで分かります。随分とおとなしくなったヘレンを見て家族はとても喜んで、2週間という約束だから、また家に戻してくれという。サリバンは、まだまだそんな状態ではないからもう少しこのままの状態を続けたいと強く訴えるのですが、約束だからと家の人がつっぱねる。そして、2週間後に家に戻ったのですが、最初の夕食がすごい勝負なのですね。

自律から自発へ
 そのあたりは芝居でどうなるか興味深々なのです。誰も助けてくれない、閉ざされた小さな小屋では、彼女はナプキンをつけて食べるようになった。自分の父や母のいる安全な場面に来たときにもそれができるか、です。勝負だったのですね。これが人間ではなくて犬の調教だったら、調教したことは、場所が変わってもできる。でも、ヘレンは人間ですから、そうはいかない。そこで、最初の晩餐のときに、ナプキンをおこうとすると、彼女はダーッとナプキンを放り投げて、またわしづかみで食べ始める。要するに、最初に出会ったときと同じ状態に戻るのですね。ヘレン・ケラーとサリバンの勝負です。
 教えた食事の作法でやらせようと思っても、バーっと振り払って絶対させてくれない。芝居や映画では、この格闘でこぼした水差しに水を入れさせるために、食堂から引きずり出す。そして、ポンプのとこで「ウォーター」と感動的な場面になるのですが。サリバンの手紙によるとそうじゃない。その晩は仕方ないから、そのままにしておいて、次の朝、何とも言えない気持ちを抱きながらも、サリバンが食堂へ行ったときに、ヘレンが先に席についていて、ナプキンをしている。サリバンが教えた方法ではなくて、自分のやり方でナプキンをしていた。それは、竹内敏晴さんから言うと「それはサインだ。つまり、サリバン、あなたが教えようとしたことは要するにこういうことなのでしょ。要するに、形は違うけれども、こういうものをつけて食事をしろということを教えたかった。それを私流にすると、こうなんですよ。それをあなたは受け入れるか。私の自律性を認めるか。私を尊重するのですか」という問いかけだった。それに対してサリバンが、「それじゃだめでしょ。私があれだけ教えた方法でやりなさい」と無理強いしたら、その後のヘレンとサリバンの関係はなかったでしょう。すごい勝負どころだったと、竹内さんは言います。
 サリバンは、やり直しをさせなかったということで、「OKだ。あなたはあなたのままでいい。そのあなたのやり方でいいんだよ。そういうふうにして食事をしてくれればいいのだ」と、無言のOKを出すのです。
 ヘレン・ケラーの自伝と、サリバンの手紙を読み比べると、随分面白い。ヘレンは、自分自身のことだから、手づかみで食べたことなど書いてないし、かんしゃくの発作という表現はあっても、サリバンと凄い格闘があったことなど、まったく書いていません。しかし、サリバンは明確に書いています。
 二人きりの生活の中で基本的信頼が芽生え、この場面で自律性が尊重されたことによってさらに信頼感は確実なものになっていきます。
 基本的信頼の階段をのぼり、自律性、自発性、勤勉性の階段をのぼり、どんどん学び、言語を獲得していくのです。サリバンとヘレンが一緒に階段をのぼっていったのだと思います。
 母と子の関係や、教師と生徒、カウンセラーとクライエントとの関係にしても、どちらかが一方的に相手を信頼するから基本的信頼感が育つのではありません。母親から子どもへの一方通行ではなくて、母親自身が子どもを信頼するという関係は重要です。いろいろ大変な事があっても、私はこの子どもを育てることができる、大丈夫なんだという自信。その信頼が、子どもに伝わり子どもは母親を信頼する。サリバンはヘレンに対しで「この子は力がある。きっと変わる」という、人間として成長していくという大きな信頼があったのだろうと思います。
 その信頼に対して「本当にあなたは私のことを信頼してくれているのか」という、すごい強烈な問いかけを、サリバンから教えられたのとは違うナプキンのかけ方で、無言で試したのだと言えます。それに対してサリバンは「あなたはあなたのままでいいのだよ。それでいいのだ」と言う。このメッセージを受けて、食事が終わってから、ヘレンがサリバンのところへきて手をつなぐのです。OKを言ってもらってありがとうなのか、私を認めてくれてうれしかったのか、手をつなぐのです。そこから本当の意味での相互の基本的信頼が深まったのでしょう。

深いやすらぎと、集中の中で
 それからは、二人でいつも手をつないで、山道を歩き回り、ものに触り、いろんな事を一緒にする。お互いにゆったりとした、安心できる人間関係の中で、リラックスした中で、その「ウォーター」が起こるわけですね。ヘレンは自伝でこう書いています。
 「私たちは、スイカズラの香に誘われて、それに覆われた井戸の小屋に歩いて行きました。誰かが水を汲んでいて、先生は私の手を井戸の口に持っていきました。冷たい水の流れが手にかかると、先生はもう一方の手に、初めはゆっくり、次にははやく、『水』という字を書かれました。私は、じっと立ったまま先生の指の動きに全神経を集中しました。すると突然私は、何か忘れていたことをぼんやり意識したような、思考が戻って来たような、戦標を感じました。言語の神秘が啓示されたのです。そのとき、『W-A-T-E-R』というのは、私の手に流れてくる冷たい、すばらしい冷たい何かであることを知ったのです。その生きたことばが魂を目覚めさせ、光とのぞみと喜びを与え、自由にしてくれました」
 この場面をサリバンはこう書いています。
 「井戸小屋に行って、私が水を汲み上げている間、ヘレンには水の出口の下にコップを持たせておきました。冷たい水がほとばしって、湯飲みを満たした時、ヘレンの自由な手の方に『ウォーター』と綴りました。その単語が、たまたま彼女の手に勢いよくかかる冷たい水の感覚にとてもぴったりしたことが、彼女をびっくりさせたようでした。彼女はコップを落とし、くぎづけされた人のように立ちすくみました。そして、「ある新しい明るい表情が浮かびました。彼女は何度も何度も、『ウォーター』と綴りました」
 芝居や映画では、格闘し、つかみ合いながらのあの感動的な『ウォーター』が実際にはなかったことがはっきりと、ヘレンの自伝からも、サリバンの手紙からでも分かるのです。
 私は人間と人間を結びつけるのは、ことばだと思っていました。そして、どもるためにことばがうまく話せない私は、人間と人間との関係が作れない、保てないと思っていました。ところが、ヘレンとサリバンの初めのころの関係の中では、全くことばがなかったわけです。人と人とが向き合う関係の中で、教える、教わるという役割を越えた関係の中で、響き合ったのではないかと思うのです。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/06/04

【鯨岡峻さんと竹内敏晴さんの対談 2】「生きる」うえでのコミュニケーションとは?

 昨日の続きです。どもる僕たちは、すらすらと流れ出る効率のいいことばを求めてきました。そして、それができない自分を劣った人間だと思ってきました。でも、情報伝達のことばと、今、生まれる表現のことばがあることを知っただけでも、ずいぶん楽になりました。鯨岡さんと竹内さんの対談は、〈生きる〉、〈ことば〉、〈コミュニケーション〉をめぐり、深まり、広がっていきました。竹内さんのヘレンケラーとサリバンの話は、映画も舞台も観ていますので、とてもよく分かります。竹内さんの話に、エリクソンのライフサイクル論を重ねて、僕は何度か講演や講義で話しましたが、よくわかると言ってもらえました。
 対談の続きは、2000年度の日本吃音臨床研究会年報に掲載しましたが、売り切れになっています。また、どこかで紹介したいとは考えています。

「生きる」うえでのコミュニケーションとは? 2
                     京都大学大学院教授 鯨岡峻
                     演出家       竹内敏晴


暮らしの中でのことば

鯨岡 ブーバーの話はとてもいいお話で、ありがとうございました。私たちは今、いろんな場面で、コミュニケーションについて語っています。特に、学校では、「先生と子どもの間でもっとコミュニケーションを」と言うし、家庭の中でも、「夫婦の間で、もっとコミュニケーションを」、「親子の間で、もっとコミュニケーションを」と言う。その場合、ことばによる会話が前提としてあるようです。確かに、そこではことばが必要なのかも分かりませんが、本当に、そこで求められてるのはことばなんでしょうか。私たちはコミュニケーションというと、すぐにことばというところにいってしまって、ことばのキャッチボールをたくさんすればするほどコミュニケーションが深まっていくと考えてしまうところがあります。けれども、本当にそうなんだろうかなと思うわけです。
 ことばは情報を運ぶ道具、あるいはカッチリした意味を運ぶ上ではすごく便利な道具です。それがなければ決して正確な情報は伝わりません。会社の仕事の上で正確な情報を交換しなければならない時には、もちろんことばが大事になるだろうと思います。けれども、普段、暮らしてる時、つまり日々、親しい間柄のなかで共に生きていこうとする時に、そんなにカッチリした意味を運び合わないと生きていけないのでしょうか。たぶん、違うと思うんですね。場面によって、気持ちと言ったり、情動と言ったり、情緒と言ったりしますが、ともかく感性的なものが動いていくところで、何かがつながったという感じが得られるかどうかが身近な間柄では大事です。
 ことばにできないところで何か伝わってくる。分かり合えるものがある。それがたぶん、親しい間柄において「生きる」ことの喜びなのではないかなと思います。「今日、学校で何があった」とか、「仕事でこういうことがあったんだよ」といろいろ語り合う中で、お互いの理解が深まるのでしょうが、そういうことがなくても、「ただいま」、「おかえりなさい」という簡単なことばであっても、そこに、その二人が今幸せに生きている、どこかでお互いを思い合って生きていることが通じ合えれば、もうそれで十分じゃないか。「ただいま」、「おかえりなさい」がなくても、手をつなぎ合えば分かり合えるのかもしれません。私たちはもっと、ハートが動く水準で、つながりたいな、分かり合いたいなと思っているところがあるんじゃないでしようか。
 今、「コミュニケーション」が大事だと言うと、ことばが遅れ加減の子どもの場合には、コミュニケーションのために「ちゃんとことばを習得しなければいけません」とか、「もっと的確に自分を表現できなければいけません」などと、何かしら、ことばの指導にもっていこうとします。しかし、そう考えなくても、私たちはもっと気持ちの上で、向き合えたり、相手のことを思いやれたりできるはずです。さっきの竹内さんの楕円の焦点の話でいえば、お互いが気を配りあえば、その二人はいつのまにか楕円の焦点になって、そこに楕円が自然に出来上がる。その楕円に包まれていれば、私たちはなにかしら安心し、ホッとした気分になる。そういうところが、実はコミュニケーションで一番求められている部分ではないでしょうか。
 二人のあいだをことばでつなごうとすると、むしろ二人はどんどん疎遠になっていってしまうことがしばしばあります。特に西欧の文化には、ことばにできない世界はない、全てことばにできるんだという、〈言分け(ことわけ)主義〉が色濃くあって、西欧的理性はことばに絶大な信頼を置きます。これに対して私たち日本人は、ことばは基本的に〈言の葉(ことのは)〉です。二人の間だけで通用するような言外の意味(通じ合えるもの)を大事にして、ことばは〈言の葉〉だという感覚があると思うんです。それなのに私たちは、いまや、コミュニケーションのために、ことば、ことばと「ことば」に頼ろうとします。もちろん、ことばは大事なものだし、それがなければ困るのですが。
 ところで、ことばによって表現しようとすると、どうしても「私は」という主語がきます。そういう形で自分を境界づけると、今度は相手も自然に境界づけてしまう。幼児の言語発達を考えていますと、ことばは本来、子どもの感性が動いていく中に引っかかってきたものだという思いが強くあります。ところがことばというとそれはカッチリした意味を運ぶ道具だと考えられ、そうなると、それはとても理性的なものになっていく。そして、その理性的なものになったことばをキャッチボールして意味を伝え合うことがコミュニケーションだと考えられるようになってしまいました。
 障害児教育での言語指導やコミュニケーション指導の問題を考えて見ますと、そこらへんにボタンの掛け違いが起こっているところがあるんじゃないかでしょうか。そして、ことばの習得に困難のある子どもたちに対して、ことば、ことばと周りが言い過ぎるために、子どもたちが生きにくくなっているようなところがあるんじゃないかなと思います。
 いま、「コミュニケーション」という今日の主題のためにすこしことばの問題に踏み込んで見たのですが、そういう、ことば観、言語観みたいなものについて、竹内さんからまた少し教えていただきたいのですが。

ヘレン・ケラーとサリバン

竹内 そこまで言っていいのかわかりませんが、ヨーロッパでは、言語をしかも、理性的言語を重視しますね。大雑把に言うと、理性が非常に重要で、論理のことばで語れることが人間性の根本であるといっている感じがする。これはギリシヤ以来の思考の歴史によるのでしょう。そうすると、どうもこれは違うんじゃないかなと思うことがあるんです。昨年ドイツからある教育学者が来て、日本でいくつか啓蒙的な話をして、その話をまとめた冊子を読みますと、ヘレン・ケラーのことが書いてあった。正確には憶えてないけれど、こんなことだったようです。
 「彼女は目が見えず、耳が聞こえないのでことばが獲得できず話せなかった。だからまるで、野獣のように、自分の欲しいままに暴れていた。ところが、アン・サリバンに出会い、サリバンの努力で、ポンプから流れる水の冷たさを手に感じてるうちに、これがウォーターという名前のものかと、はじめてことばというものに気がついた。ことばを知った後は、アン・サリバンの抱擁を受け入れ、キスを受け入れて、様々の感情が動くようになって、人間として成長していった。だから、ことばはとても大事なのです」と。
 私は、ヘレン・ケラーに関しては、何遍も芝居にして、その度に、勉強してきたので、これは明らかに間違いだと言い切れます。事実過程から言って違う。この学者は言語を知った時から彼女は人間性を持ったという、非常に単純な割り切り方をしてる。芝居の「奇跡の人」は非常に有名で、映画になったのが戦後すぐですが、同じ誤りの上に立っている。その原文を随分早く手に入れた人がいて、わたしの友達が演出しないかって言ってきた。読んでみたのですが、わたしが耳が聞こえるようになって、7・8年目ぐらいで、自分の体験からいって、どうしても話に納得できないところがあって、その時は断りました。それから、20年もたってから、神戸の湊川高校(定時制)へ、林竹二先生と一緒に授業に入り、芝居を持っていくことになった。障害のある人、在日朝鮮人やいろんな人がいたので、わたしはこの芝居をやってみようと思った。しかし、書き直さなければならない。おしまいのところで、やっぱり同じ問題にぶつかりました。
 事実のプロセスを言いますと、サリバンは、ヘレンが勝手気ままに動いてるのに対して、一所懸命これをコントロールしようとする。彼女の言い方では、ヘレンはまず服従することを知らなければいけない。それを教えようと一所懸命やればやるほど喧嘩になってしまう。それで、ヘレンと自分と二人だけ小屋に入って、過ごすことをする。ヘレンはサリバンの匂いをかぎつけると、途端に、窓によじ登って逃げようとするくらい寄せつけなかったのが、小屋で生活した何日目かに初めて、サリバンに抱かれて、キスを受け入れるようになる。その時に、サリバンは「奇跡が起こりました」って、喜んだ手紙を書いています。2週間の間に、スプーンでご飯を食べること、ナプキンをつけること、刺繍をすることなんかを教える。彼女がだんだんおとなしくなっていくのを窓の外から見ていた親御さんが喜んで、2週間の約束だからと、「まだ、早い」とサリバンが言うのを家へ連れて帰って、お祝いの晩餐をする。と、ヘレンはいきなりナプキンをむしり取って、スプーンを下に叩きつけて、手づかみで食べ始めて、サリバンの皿にまで手を突っ込む。つまり、サリバンが来た時と全く同じところへ戻るわけです。
 それまでは犬の調教みたいな強制的なやり方をしてきた。犬だったら、小屋にいた時のように教えたことが続くだろうが、ヘレンは見事な戦略を持っていた。小屋ではしょうがないからサリバンの言う通りにするが、自分の自由が認められる時になったら、全部、叩き返した。これは見事なことだと思うんです。
 戯曲では、喧嘩になって、水差しから水がこぼれる。サリバンは、水をもう一ぺん水差しに入れさせようとポンプのところへ連れて行く。そしてもみ合って、その水差しを持たせたまま、水を汲んだ時に、水に手が当たって、「ウォーター」を思い出す。これは、大変、劇的で、華々しくて、芝居としては具合がいいんですが、わたしが一番引っかかったのはこのシーンです。
 「この先公、殺してやりたい」みたいにもみ合って、暴れているのに、なんで、水差しをポンプのところへ黙って持って行くものか。水差しなんか叩きつけて、ぶつかって、取っ組み合いの喧嘩になるのが当たり前なんでね。「そんなばかなハナシがあるか」、が、一番最初の私の反発だったんです。それで、実際のサリバンの友達にあてた手紙を読んでみると、そういうことにはなってない。
 ナプキンもスプーンもたたき返して、とっくみあいが始まったとき、親父さんが止めに入って、「小屋ではあなたに全権を預けたが、家では自分の全権に従え。従わなければこの家から出ていって欲しい」、と言ったみたいですね。サリバンはほとんど目が見えなくて、貧窮院で育って、弟もそこで死んで、身寄りがない。ここを出たら、たぶん生きることができない。随分、屈辱を感じただろうとわたしは思いますけれども、そこから先は、書いてない。手紙にはその晩、ヘレンは私の部屋に来ませんでしたと書いてあるだけです。
 次の日の朝、食事に降りていくと、ヘレンがもう座っていて、しかも、ナプキンをつけてる。ところが、そのナプキンのつけ方が問題で、習ったようにはつけてない。「自分で工夫して、胸に止めていました」とサリバンは書いている。かの女だけが気がついていたわけです。ジーッと座っている。家族はなんにも気がつかないが、サリバンはそれを見て、何も言わないで、自分の席へ座って食事する。食事が終わって、サリバンが立ち上がって自分の部屋に戻ろうとすると、ヘレンがやってきて彼女の手をさする。サリバンは非常にびっくりしたって、手紙に書いています。
 つまり、ヘレンがナプキンをして座っているのは、あなたが私に伝えたかったことはこういうことでしょうってことのサインですよね。しかも、サリバンが教えた通りの仕方ではなくて、その意味を伝えてる。これは、こういうわたしを受け入れますか?という問いかけですね。それに対して、サリバンが何にも言わないってことは「それでいいのよ」っていうサインを返してることです。何もしないことの中に、二人で、ある意味ではものすごい勝負をしている。周りで見てる人達はたくさんいたけれども、そんなことはなんにも分からない。
 その日から、ヘレンはサリバンに心を開いて、一緒に寝て、朝から晩まで、一緒にご飯も食べ、出かけて、花に触ったり、鳥の巣に手を突っ込んだり、指文字を習ったりする。それが、一週間続いて、ある日、水を汲もうとして、「ウォーター」が起こるわけです。
 ことばが分かったから、人間性が戻るんではなくて、はるか前から、人間性が動き、交流が行われている。言語という形はとってないけれども、思考が明確にあって、ずるいといっていいくらいの駆け引きがある。そういうことがあるから、「ウォーター」がいっぺん見つかった時に、他の名前が次から次と意味を持ってくる。理性的言語が先にあるという考え方はいろんなところで、私たちを縛ってると思うんです。さっき、おっしゃった通りで、それを越えていくことがいる。ただ、だからと言って、感情的な言語だけでいいかというわけにはいかない。
 私は戦争中に、少年時代を過ごしましたから、非理性的な言語がいかにひどいか、そういうものに縛られた自分が、戦後になってから、ある思考の論理を自分のものにするために、どれぐらい時間がかかったか。というよりもそういうことがどういうことなのかが分かるまでに時間がかかった。そういう経験がありますので、理性的な言語と感情的な言語がどういうふうに統合されていったらいいかを非常に考えた。ただし、近頃、見てると、吃音の場合も同じですが、論理的なことばをいかに早く、意味伝達を早くするかに、私たちは追いかけられてる。そのために、非常に苦しんでる。コミュニケーションと言うけれども、実は情報のやりとりだけであって、鯨岡さんがおっしゃるようなコミュニケーション、人と人とのコミュニケーションとは遥かに遠いところへ追い込まれつつあるなあというようなことをしきりに思うんです。
                   (「スタタリング・ナウ」2003.5.17 NO.105)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/02/20
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