伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

フクチッチ

第26回島根スタタリングフォーラム 

第26回島根スタタリングフォーラム
  2024.10.19〜20日  島根県立少年自然の家


島根フォーラム5 東西に長い島根県ですが、フォーラムのスタートは、午前10時半。10時の受付の少し前に会場に着いたのですが、もうすでに多くの人が集まっていました。昨年、参加した人でしょう、見覚えのある顔が何人もいます。ずっと事務局をしてくれている森川和宜さんによると、参加者は80名くらいで、初参加と複数回参加とがほぼ半々だとのことでした。このバランスがいいです。僕たちの滋賀県での吃音親子サマーキャンプも、初参加の人とリピーターの人のバランスがよく、いい雰囲気になっています。
島根フォーラム1 開会のつどい、出会いの広場と続きます。出会いの広場を担当するのは、これも長いつきあいになる流水さん。テンポよく、リズミカルに、大きい拍手と小さい拍手を取り入れながら、参加者をリラックスさせていきます。いつの間にかみんなが笑顔になり、その自然なリードの仕方は、見事です。
 昼食後の最初のセッションの90分が、僕と参加者全員が対話をする時間です。最初に、みんなでNHKのハートネットTV「フクチッチ」を視聴しました。吃音の歴史が取り上げられ、どもる人のセルフヘルプグループ、言友会を創立した当時の僕や、『吃音者宣言』の宣言文が講談によって読み上げられた番組です。この視聴は、僕からお願いしたものです。見逃した方も少なくなかったので、まず、フォーラムのスタートにこれを見てもらいました。「吃音と共に生きる」の原点の考え方に触れてもらい、そこから、島根スタタリングフォーラムをスタートさせたかったからです。見終わってから、簡単に解説をしました。吃音の歴史を語り、未だ原因も治療法も分からない吃音とは、つきあっていくことが一番だということを伝えました。僕自身の体験を織り込みながら、自分の好きなことに努力できる子どもになってほしいということを強調しました。1泊2日の時間の中で、そのことを一緒にゆっくりじっくり考えていければとの願いをこめながら。

どもる子どもの保護者との対話
島根フォーラム4 島根のフォーラムのプログラムは、僕と保護者との話し合いの時間がたっぷり設定されています。1日目は、14:20〜夕食までの時間の3時間半です。初参加の人も多いので、いつものように、質問を出してもらい、答えていきました。
 今、妊娠中のお母さんからは、遺伝についての質問がありました。原因は分からないとのことだが、遺伝はどうなのだろうということでした。僕は一般的には、遺伝と環境は、五分五分だけど、吃音については分からず、原因は解明されていないと言いました。原因についてはそうだけれど、その後の生き方には、責任があると思っています。僕自身の両親のことについて話し、子どもが親からしっかり愛されたという証拠を残してやってほしいということ、そして、子どもの生きる力を奪わないよう、転ばぬ先の杖を渡しすぎないでほしいということを話しました。
 次に、3年生のとき、ことばが出なくなり、原因を探したが、クラスで真似をされたことがあったという4年生の子どもの話になりました。クラスのみんなに知ってもらった方がいいかと思い、通級指導教室の先生を通して、クラスのみんなに言ってもらった。しばらくよかったが、また、どもり出した。苦しそうなので、何かできないかという話でした。残念ながら、何もできないし、しない方がいいと僕は言いました。どもるようになった原因を探すのはよくないです。苦しいだろうな、しんどいだろうなと思うことしかできません。親にできることは、話をゆったりと聞き、食事をつくり、一緒に時間を過ごす、そんな親としての課題だけです。
 合理的配慮についての質問もありました。今はいいけれど、2年後の中学校進学のことを心配して、理解してもらうために事前に伝えた方がいいのかどうかとの質問でした。これは、子どもと相談することが大切です。子どもが言ってほしいと言ったら、学校に言ったらいいと思いますが、これから将来、いつまでも親が出ていけるわけではありません。就職してから親が会社に言いには行けないでしょう。子どもは、安全な小学校時代にいろいろ経験するのがいいと思います。いわゆる失敗をして、傷ついてもそこから立ち直っていく経験を積んでほしいです。それがきっと、大きくなってから生きてきます。自分で自分の人生を切り開いていく力をつけてほしいと思います。合理的配慮というのはいいことのように思われています。確かにその側面もあります。でも、子どもの生きる力を奪っていくということも、考えたいです。
島根フォーラム6 1日だけで帰るという人から、「治ったらいいなあと思い続けてきた。子どもも「なんで僕だけこんなしゃべり方なんだろう」と言っていたが、『どもる君へ いま伝えたいこと』を読んで前向きに過ごしている。今、クラスの子は理解してくれているが、吃音のことを知らない、年下の子から言われて嫌がっている。どうしたらいいか」という質問が出ました。
 僕は、言語関係図を示して、Y軸には限界があるが、Z軸には限界はないと話しました。吃音親子サマーキャンプでも、よく話題になることです。吃音を知らない子が何か言ってきたら、それが理解したくて聞いてくる子なのか、からかって気分を悪くさせようと思って聞いてくる子なのか、見極めよう、研究しようと話し合いました。理解したいと思っている子には、誠実に説明する、からかってくる子には、簡単に吃音について紙にまとめておいて配る、その場から去るというのもひとつの手だと提案しました。
 東京正生学院で、「パッと悟った」という話だったが、そうできたのはなぜだろうという質問もありました。どもる父親の影響もあると思います。悟るということでは、ディビッド・ミッチェルやスキャットマン・ジョン、チャールズ・ヴァン・ライパーの例を話しました。
 他にもたくさん質問が出ました。質問以上に、長く答えていた気がします。
 終わり頃に、僕からみんなに質問しました。
 僕は吃音に悩み、勉強もせず、友だちの輪の中にも出ていかなかった。だけど、本はよく読み、洋画を中心にものすごい数の映画を観ていました。そのことが、大学に行き、どもる人のセルフヘルプグループを作ったことにつながっていくのですが、本や映画から、僕はどんな力を得たのだろうか、考えてもらいました。これが、今回、僕が伝えたかったことなのです。みんなから、たくさんのことが出てきました。

読解力
いろんな考え方があることが分かった
想像力
創造力
自分を俯瞰して見る力(メタ認知)
表現力(発信力)
語彙数が増えた
共感する力

 これらは、非認知能力と呼ばれるものです。僕には、認知能力はなかったけれど、非認知能力があったのでしょう。
 非認知能力といわれるものにはたくさん種類があります。先ほど出してもらった以外に、どんなものがあるか、みんなで考えました。

共感力
回復力
たくましさ(レジリエンス)
ユーモア
自己肯定
忍耐力
諦める(判断力)
逃げる(危機回避力)
人に頼る力
発想力
修正力
柔軟性
人なつっこい
好奇心
誠実性
セルフ・コンパッション

 これらの非認知能力が、今、学校教育の場で注目を集めています。幼児期からの、この非認知能力の育成が大事になってきます。非認知能力については、これからも考えていきたい大切なテーマです。

 夜は、スタッフのことばの教室の教員との交流会がありました。経験の浅いスタッフが中心に集まってくださいました。ここでもたくさんの質問が出ました。僕の頭は活性化され、いっぱい話しました。つづきは、次回。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/10/26

吃音の秋〜第6回ちば・吃音親子キャンプ 初日〜

 しばらくブログをお休みしました。第6回ちば・吃音親子キャンプに参加していたためです。
 今日からまた再開します。

旗 「吃音の秋」がスタートしました。3週連続で、吃音関連のイベントです。
 まず最初は、10月5・6日の第6回ちば・吃音親子キャンプです。僕たちの仲間である千葉市のことばの教室の担当者の渡邉美穂さんが企画・運営しています。渡邉さんは、滋賀県で行っている吃音親子サマーキャンプの常連スタッフです。滋賀県まで行くのはちょっと遠いという人のために、滋賀でのキャンプのような場を地元千葉で作りたいと思った渡邉さんは、準備を重ねてきて第1回を開催し、今年はもう6回目になりました。
 ちばキャンプの大きな特徴は、参加者全員によるオープンダイアローグ。金魚鉢(フィッシュ・ボウル)と呼ばれる形式で、みんなで対話をします。去年45名だった参加者が、今年は80名になりました。初参加者も多いのですが、リピーターの子どもも多く、「オープンダイアローグ、ああ、あれね」と言う頼もしい子もいるそうです。初日夜の総勢80名でのオープンダイアローグ、とても楽しみです。

開会のつどい 渡邉挨拶開会のつどい 全体 僕たちは、前日の金曜日に千葉入りしました。
 初日、渡邉さんにホテルまで迎えに来てもらって、会場に到着しました。11時から、スタッフの打ち合わせがあり、それぞれ最後の準備をして、参加者を待ちます。
 13時過ぎからはじめの会があり、出会いの広場と続きます。
出会いの広場1出会いの広場3 出会いの広場は、たんたん・どんどんゲームから。あることばの教室担当者のオリジナルゲームです。リズムに合わせて、手拍子をしたり足踏みをしたりするのですが、シンプルなだけにおもしろいものでした。毎年担当しているその人は、今年はどうしようかなあといろいろ考え工夫されていると聞きました。次は、おなじみの4つの窓でした。好きな食べ物は? ラーメン、オムライス、焼き肉、おすしの4つの中から選び、同じ答えの者どうしが集まり、話し合います。2問目は、いろんなことがあって疲れたなあというときにどうする? どういうときが幸せを感じるか? でした。おいしい物を食べる、人と話す、音楽を聴いたり演奏したりする、運動をする、本を読む、この中から選びました。
 出会いの広場の活動を通して、初めての参加者の顔が緩んできたのが印象的でした。
DVD視聴 この後は、視聴覚室で、DVDを2つ観ました。今、制作中の吃音親子サマーキャンプの紹介動画と、今年1月、NHK EテレのハートネットTVで放送された「フクチッチ」の番組です。「フクチッチ」で、吃音が取り上げられ、吃音の歴史の中で、「吃音者宣言」が大きな転換点だとして、僕が自宅で取材を受けたものです。番組は、講談の語り口ですすめられ、吃音者宣言が紹介されました。
保護者との話し合い2保護者との話し合い1 この後は、親子別々のプログラムです。保護者との話し合いは、夕食の6時過ぎまで続きました。僕の話を聞くのが初めてという人が多かったので、僕にとっても、新鮮でした。
 今回、ちばキャンプで、僕が伝えたいと思ったことは、「非認知能力」です。これを伝えるために、僕は、自分の体験を話しました。吃音に悩み、勉強を全くしなかった僕は、いわゆる認知能力は低かったと思います。そんな僕が、大学に行き、21歳で生き方を変えることができたのは、僕にどんな力があったのだろうか、そんな問いかけをして、非認知能力について考えてもらいました。
 この間、子どもたちは、強みのワークをしたそうです。ポジティブ心理学の24の強みの中から、自分の強みを探し、それに理由を添えて画用紙に書き、ワッペンも作りました。好奇心が強いとか、向上心があるとか、コミュニケーション力があるとか、難しいことばを使うことに心地よさを感じながら、自分をみつめていた子どもたちでした。
 夜は、全員で大きな輪を作り、真ん中に椅子を5脚出し、オープンダイアローグのフィッシュ・ボウルです。今年のちばキャンプの参加者が昨年から大幅に増えて、80名。総勢80名が一堂に会してのフィッシュ・ボウルは、見事でした。リピーターの子どもたちが多く、その子たちの動きに触発されて、話し合いの大きな渦が形成されていったように思います。真ん中にずうっといた僕は、たくさんの質問を受けました。
・バカにされたとき、どうした?
・「吃音」ということばの由来は?
・なぜどもるのか?
・吃音のことをどう思っているのか?
・もし、治療法がみつかったら、治しますか?
・どもることを「自然現象だから」と説明した子がいたが、それをどう思うか?
・どもることは失敗だと思うので、恥ずかしいから、朝早く起きて練習をしていることをどう思うか?
・日直のとき「早く言え」と言われて嫌だった。どうしたらいい?
・なぜ、長年、吃音の研究を続けてきたのか?

フィッシュ・ボウル1フィッシュ・ボウル2フィッシュ・ボウル3 一問一答にならないよう、やりとりをしながら、答えるようにしました。長いはずの時間があっという間に過ぎてしまいました。
 夜の8時30分頃まで、その時間は、僕にとって、幸せな時間でした。
 こうして、一日目が終わりました。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/10/08

2003年 第9回吃音ショートコース【発表の広場】3 なぜ、ここに? ここだからこそ!

 2003年に開催した第9回吃音ショートコースでの【発表の広場】で発表されたものを紹介してきました。今日で最後です。最後は、巻頭言で紹介した、「どもらない人」である掛谷吉孝さんの発表です。
 掛谷さんは、僕たちが事務局をしていた、竹内敏晴さんの大阪での定例レッスンに、毎月、広島から参加していました。そこで出会い、吃音ショートコースや吃音親子サマーキャンプにも参加するようになりました。竹内さんが亡くなってからは、自然と離れてしまったのですが、先日、久しぶりに連絡をもらいました。
 NHK EテレのハートネットTV「フクチッチ」を見て、連絡してくれたのです。「フクチッチ」のテーマが吃音というので、もしかしたら僕が出るかもしれないと思ってテレビを見たら僕が登場したというのです。イベントには参加できないと思うけれど、「スタタリング・ナウ」を購読したいとのことでした。3時間半以上カメラが回り、取材を受けたが、流れた映像はとても短いもので残念だったなあと思っていたのですが、こんなうれしい、おまけのような、掛谷さんとの再会を作ってくれました。

なぜ、ここに? ここだからこそ!
                   三原高校教諭・掛谷吉孝(広島県)

 緊張しますね、やっぱり。発表の広場で話をしてみないかと2,3週間前ですか、伊藤さんに急に言われて、どうしようかなと思ったんですけど、割と安請け合いをしちゃうタイプなので、引き受けてしまいました。僕は吃音でもないし、臨床家でもないのに、なんでここに来てるのとよく言われるのですが、どっちでもない人がここに来てどんなことを思ってるかを話してくれないかと言われたので、まとまったことは言えないのですが、思っていることを話したいなあと思います。
 もし、お聞きになって、それはちょっと違うかなということがありましたら、後でいろいろ聞かせてもらえたらと思います。足りないことは伊藤さんがつっこみを入れてくれるということなので、それに任せたいと思います。
 なぜここに来るようになったかというのは、5年前に、掛田さんが話をされた竹内敏晴さんのレッスンでたまたま伊藤伸二さんに会ったことがきっかけなんです。僕、最初、伊藤さんが何をしている人か知らなかったんです。2回か3回くらいレッスンに通って話をしたりしているときに、伊藤さんがこんなのがあるのだけどと、この吃音ショートコースのことを教えてくれました。そのときは、《表現としてのことば》というテーマで、谷川俊太郎さんと竹内敏晴さんをゲストに呼ぶということだったので、そこだけ聞いて、行ってみたいなあと思って、「いいですね」と言ったら、伊藤さんが「じゃあ、案内を送るから」と言われて、それから何日かして送ってきてくれたんです。いいなあと思ったんですが、正直、案内を読んだときに、さあ、ほんとに行っていいのかなと思ったんです。
 僕は、吃音でもなくて、吃音の人にかかわっている仕事をしているわけでもない、それで行っていいのかなという迷いがちょっとあったんです。そのときに同封されていた、『スタタリング・ナウ』に、読売新聞に伊藤さんの半生記が載っているのを読んで、伊藤さんがいろいろ紆余曲折というか辿ってきた道を書いてあるのを読んでいて、ますます僕が行っていいのという気持ちがあったんです。あったんだけど、伊藤さんの方から声をかけてもらったということがあったし、これも何かの縁かなということと、参加対象という中に吃音の人、臨床家、コミュニケーションに関心のある人という項目があったので、これは自分をここに当てはめていけばいいだろうと半ばこじつけて来ることにしました。
 吃音ショートコースは研修もおもしろかったんですけど、驚いたことが二つありまして、一つは吃音の人ってこんなにいるのか、ということでした。僕は吃音ということで、思い出したのは、小学校の同級生でどもっていた子がいたんです。その子のこと、だいぶ忘れていたんですが、吃音ショートコースがあるよと聞いて吃音という文字を見たときに、その子のことを久しぶりに思い出しました。
 そういえば、あいつはどうしてるのかなあということを思い出しました。僕が吃音ということで知っている人ってそのくらいだったんですけど、ここに来たら仰山、こんなにいるのかなと、先ず一つ目はそれが驚きでした。
 それともう一つ、昨日もコミュニティアワーがありましたけど、どもる人って、こんなにしゃべるの? みんな悩んでるのとちがうの? と思ったんです。正直、部屋の中にいっぱい人がいて、みんなしゃべってる、それにすごく圧倒されました。そのときは、端の方にちょこんとすわっていただけだったと思うんですけど、何なんだろうということをしばらく思ってたことがあります。
 何回かここに来ていて、思うのは、吃音のことで悩んでいるといっても、話したいこととか思っていることはいっぱいあって、それを受け止めるということが、日常でなかなかないのかなと思います。
 僕は、高校で英語を教えているんですけど、一応そういう意味ではことばが専門ではあるのですが、ここに来て分かったことは、ことばにとって必要なのは、内容が明確であるとか、滑舌がいいとか、そういうことじゃなくて、それを受け止める相手が必要なんだということが僕はすごく大きいということです。だから、いかに筋が通っていようが、それを受け止める人がいなかったら、ことばは成り立たないということですね。僕は、ここに来てすごく身に浸みる思いで分かりました。
 それと、ここでコミュニティアワーもそうですが、話してるのを見ていて思うのは、聞き手と話し手というのが役割が固定していないんですよね。この人が聞き役をする、この人が話すというわけじゃない。この人が話してたら今度は後でこの人が聞き手になってるとかね。それがお互いにできてるというのが、僕はここが場としていい所だなあと思います。それは、ここが持っているひとつの場の力かなあという気もするんですけど、お互いが平場でいるというのは、そういうところがあるからかなあと思っています。
 さっき、ビデオであった吃音親子サマーキャンプには、僕も何回か参加をしているのですが、そこで思ったこともいくつかあって、子どもが話し合う時間があるんですね。多分配慮だと思うのですが、僕が高校の教員だから、高校生とかそれに近い中学生の所へ入れてくれてると思うんですが、そこで去年、話し合いをしているときに、普段これが言いたいけど、ここでつまるから困るってことはないか、みたいな話題になって、そのときに、僕の中ですごく印象的なことがあったんです。
 そういうときは早口で言うという子がいたんですね。早口でも分かってもらえなかったらどうするのと聞いたら、いや3回くらい言ったら大体分かってくれると言うんですね。僕は、その3回言えば分かってくれるというのは、すごいと思ったんです。僕だったら絶対3回は言わないと思うんです。2回言ってだめだったらもういいやと思うんですが、その子は3回言ってでも伝えるということをしっかりやろうとしている、これがすごいなあと思ったんです。それを聞いて思ったのは、それくらい真剣さがいるんじゃないかということです。すらすらとことばが出たら伝わるものだというふうに、多分どもらない人はなんとなく思っているんですけど、そんな甘いものじゃないなあと思います。むしろ、その人がどんな気持ちでこの人を相手に伝えようとしているか、そこがないとことばはやっぱり成り立たないんじゃないかと思います。僕は、そんなにことばに対して真剣になっていなかったんじゃないかなあということを考えさせられました。
 伝えることに真剣だということと、その子は早口ででも3回言うということをやってるわけですけど、その子が身につけたというか、自分なりに試行錯誤をしてこれだと思ったやり方だと思うんですね。それは、人によって多分違うと思うんです。どもり方もその子によっていろいろつまることばとか違うと思うし、そうなると、どうやったらうまく伝わるかということをその子は必死で考えて、自分なりに身につけると思うんです。3回言うというのを聞いて分かったのは、真剣さと、もう一つは、自分なりの伝え方をみつけるものだということですね。なんかうまい方法があって、それをやれば伝わるということじゃなくて、自分がこれなら確かだということをみつけてそのスタイルでやるということだと、これが大事だなということが僕の発見でした。
 何年か前に、論理療法がテーマだったことがありますけど、あのときに、唯一のベストじゃなくて、マイベストをみつけたらいいんだという話がありましたけど、僕はそれとつながるなあと思います。マイスタイルが大事だなあと思います。マイスタイルをみつけるということと真剣であるということが大事なんですが、それをみつけるというのはそう簡単にはいかないんですね。
 昨日、夕方の吃音臨床講座で、僕は成人吃音の方に混ぜてもらってました。そこで自己受容とか他者信頼ということで、話し合いをされたんですが、話し合いでこんなことが出てきたということを聞いていて、受容、受け入れるっていうのは、しようと思ってできるものじゃないと思いました。がんばったら自己受容できますとかいう、そういう話じゃないと思うんです。なぜかというと、自分を受け入れるというのは、ひとりじゃできないと思うんです。何かそれを聞いている人がいて、ふっと何か言ったはずみで自分が、(あっ、自分ってこういうことなのか)とか、(あっ、こんなふうに見てくれてるのか)というのが分かったときに、初めて受け入れるということが出てくるんだろうなあと思います。
 ひとつだけ僕の例で言いますと、僕は自他共に認める男前で、それは半分冗談ですが、自他共に認めるマイペースな人間なんですね。去年、僕が職員室ですわっているときに、生徒がこんなことを言ってたんですね。「なんか先生の周りだけ時間がゆっくり流れてそうな感じ」僕はそう言われたときに、ああ、僕はそういう雰囲気を持ってるのかと、それはマイペースというのとは違うと思うんですね。その表現でしかできない言い方があって、なんか僕は妙に納得しちゃったというか、ああそういう雰囲気なんだけど、それがもしかしたら合う子だっているかもしれないなということを思った。それが逆に人をイライラさせることがあるかもしれませんが。そういうときに初めて受け入れるというか、あっ、自分はこうなんだということが分かることがあると思うんですね。それは、人に出会っている中でしか分からないので、僕はここに来てそういうことが感じられたことが自分にとってはすごくいいことで、だからここに来続けてるのかなあと思っています。
 というところで、何かつっこみを入れて下さい。

伊藤 「やればできるじゃないか、ゴーシュ君」(『セロ弾きのゴーシュ』の楽長のせりふ)。 つっこみを入れてもらわなきゃしゃべれないと言ってたのに。
 僕は誰かれなしに誘うことはしなくて、どもりのにおいがするなあという人を誘うので、もちろん掛谷さんは吃音じゃないけど、なんかどもり的なものというか、そういう雰囲気がある。最近、どもり始めたでしょ。
掛谷 そう。こないだ、伊藤さんにも言ったんですが、最近たまにどもるんです。これが不思議なことに。長年どもっている人からみれば、ひよっこですけれども。僕はどもっているなあと気づいたときに、思ったのは、どもってるときって言いたいことは、ここまでいってるんだけど、ことばが追いついてないという感じがしたんです。もしかしたらこういうのがどもっている人が持っている悩みに近いのかなあと思って、それは自分でも不思議な体験でしたね。まあ、治そうとは思いませんが。
伊藤 僕、どもる人のセルフヘルプグループって何だろうと思ったときに、どもる人だけが集まってはだめだと思うんです。吃音の場合は聞き手がいてこそ成り立つものだから、できれば理想的にはどもる人半分、どもらない人半分がいて、その中で生きるということとか、コミュニケーションを一緒に考え合うのが僕の考える理想的なセルフヘルプグループのミーティングなんです。そういう意味では掛谷さんは、大変ありがたい存在です。

 どもる人本人でもなく、ことばの教室の担当者でもない掛谷さんの存在は、掛谷さんグループという名前がついて、少しずつ広がってきています。(「スタタリング・ナウ」2004.1.24 NO.113)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/03/25

【お知らせ】1月29日(月)午後8時 NHK Eテレ ハートネットTV「フクチッチ」で、吃音が取り上げられます

 昨年10月、NHK Eテレのディレクターからメールが入りました。フクチッチという番組で、吃音を取り上げたいので、取材したいとのことでした。フクチッチ? さてどんな番組だろうか、調べてみると、子ども向けに、福祉のことを分かりやすく解説し、登場する子どもたちに考えてもらう番組のようです。風間俊介さんがメインの進行役のようでした。フクチッチは、前半と後半に分かれているそうで、後半担当のもう一人のディレクターと一緒に、チームスで、もう少し詳しく打ち合わせをすることになりました。
 時系列で、これまでの様子をお知らせします。

11月1日(水)13:00〜 チームスで取材
 番組で、吃音を取り上げようと考えた経過と目的などを聞きました。吃音者宣言や、東京正生学院での経験、セルフヘルプグループ言友会の活動、ことばの教室でなされているどもる子どもへの関わりなど、僕は、質問に答えながらいろいろな話をしました。どもる子どもの生きる力を育てる取り組みが紹介できればいいなあと思いましたが、さて、どんな番組になるのでしょうか。

11月27日(月)9:30〜 ディレクターが自宅へ
 1日、チームスで話をした、前半担当のディレクターがひとりで、その次の取材についての打ち合わせのため自宅へ来られました。午前9時半から午後1時過ぎまで、4時間弱、たくさん質問が出されました。あの後、いろいろ調べ、取材し、そして、吃音の問題を語るとき、何が一番の転換点かと考えたそうです。はじめは、言語聴覚士の制度ができたことかと思ったそうですが、さらにいろいろ読み込み、調べ、考えた末、大きな転換点は、「吃音者宣言」だと考えたとのことでした。吃音者宣言を出すことになった背景、その頃の様子、出した意図、何を考えていたのか、それらを番組で紹介したいとのことでした。吃音者宣言にスポットが当たることはありがたいことです。古い写真や、セピア色の今にも破けそうなその頃使っていた教本などを引っ張りだしてきました。ディレクターは、「わあ、すごい。こんな資料があるんですね」と感嘆の声を上げていました。でも、番組にどう反映されるのか、未知数です。

12月6日(水)10:00〜 カメラ、音声、そしてディレクター3人が自宅へ
NHK取材1NHK取材2 ディレクターとカメラ、音声の3人が自宅へ来られ、リビングは、撮影現場になりました。ディレクターが質問をし、僕がそれに答える形で撮影が始まりました。1976年に、それまでの多くの仲間の体験と活動の中で得られた結晶として提起した「吃音者宣言」は、今も決して色あせることのない宝物だと思っています。多くの人が「吃音者宣言」に出会い、どもる自分を認めて、自分のことばを磨き、届けたい相手に向かって、ことばを丁寧に伝えていく、それを積み重ねていくことが生きることだと確信していきました。田辺一鶴さんや言友会の初期の活動など、なつかしい写真も登場します。これまでの歩みを整理し、振り返ることができ、僕にとってはいい時間でした。

2024年1月23日 
 放映に関する最終のお知らせのメールが届きました。番宣には、伊藤の名前も、「吃音者宣言」のことばも出てきません。どんな扱いになるのでしょうか。ほんのわずかしか出てこないかもしれません。吃音を治す・改善するというのではなく、そして、周りの理解に助けてもらうことを過剰に期待する弱い存在ではなく、吃音とともに豊かに生きる人がたくさんいることを知ってもらう番組であって欲しい。どもる子どもに「生きる力」を育てることが大切だとする僕たちの思いが反映されている番組になっていることを願うばかりです。
 放映は、1月29日午後8時。NHK EテレのハートネットTV フクチッチ、よかったら、ご覧ください。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/01/24
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