伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

ことばの教室

どもる子どもの交流活動 4

 どもる子どもの交流活動を紹介してきました。今日がその最後です。子どもたちの感想、子どもたちの変化、そして、担当者としての今後の課題など、今につながるものがたくさんあります。複数のどもる子どもの交流活動をしたくても、ことばの教室側の事情で、同じ時間帯に子どもが集まるのが難しいこともあるでしょう。1人の子どもがホワイトボードに書き込み、次にことばの教室に来た子どもが、その思いを知り、それに返事することでつながっていったという実践もあります。せめて年に一度みんなで集まる機会を持つとか、ビデオメッセージを作るとか、工夫しているところもあるようです。ひとつの学校では人数が少ないので、市内や近隣のことばの教室に呼びかけて、どもる子どものグループ学習に取り組んでいるところもあります。今回の報告が、そんなきっかけになれば、うれしいです。

子どもが自分の吃音と向き合うことができるような活動の工夫〜どもる子どもの交流活動を通して〜
渡邉美穂(千葉市立誉田東小学校ことばの教室)

これまでの交流活動をふりかえって

子どもたちの感想
 これまでの交流でよかったこととして子どもたちは次のことを挙げた。
・番組作りに友だちが協力してくれた。
・何と言っても、Aさんと出会えたこと。
・みんなで先生の家に出かけたこと。また、みんなで出かけたい。
・みんなで劇をやったこと。
・話し合いは、堅苦しくないようにやれたらいいな。時々話し合うことは自分にとって大切だと思う。
・僕もみんなと同じ時間にことばの教室に来たい。
・やっぱり、性別や年齢が同じであるほうがいい。話しやすいから。
・ことばの教室に来て、初めてどもる友だち出会った。会えてよかった。

子どもたちの様子の変化
・自分以外の人がどもっている様子を見て、「自分だけではない」と安心していた。
・人とのかかわりが苦手な子も、遊ぶ活動を通して、友だちと楽しく過ごせるようになった。
・以前よりも、家族や学級、担当者と、吃音の話題をするようになった。
・吃音に対する気持ちを伝え合える友だちができた。
・活動を重ねていくにつれて、協力をしたり、助け合ったりする友だち関係になってきた。
・どもっても明るく活動している友だちを知ったり、一緒に表現活動の楽しさを味わったりして、「どもってもいい」という気持ちが表情や態度に表れてきた。
・苦手だと思うことにも挑戦することが増えた。
・自分の吃音に対する考え方や向き合い方をみつめたり、自分の変容に気づいたりすることができた。
・生活の中で、人とのかかわりや自己表現の広がりにつながってきた。

保護者の感想
・自分以外のどもる子どもの存在を知ることにより、以前より自分の吃音に対する気持ちや考えを話すことが多くなった。また、どもる友だちと一緒に活動したいと言うようになり共に活動する中で、自己表現の楽しさを体験したりお互いに助け合ったりすることができた。
・「どもってもあまり気にしない」と言うようになった。
・我が子だけではなく、どもる子にもいろいろな子がいると知った。
・親子の間では聞けないような子どもの気持ちを知ることができた。
・同じ吃音がある友だちができてうれしく思う。

担当者にとっての成果
・複数の担当者が交流活動に対して同じ思いで取り組むことができるように、話し合う時間を多く設けるようにした。このことにより、考えを出し合ったり、担当以外の子どもについて理解し合ったりすることができた。そして、複数のどもる子どもを複数の担当者でかかわることができた。
・個別と交流活動を組み合わせることにより、子どものいろいろな様子や気持ちを知ることができた。

今後の課題
・ことばの教室への通級は、週1〜2回であり、どもる子どもの通級時間を同じにすることは、かなり難しい。ファックスやコンピュータによるメールなども活用できると考えている。実際、担当者の勧めで、メールで連絡を取り合うことを楽しんでいる子どもたちがいる。
・ひとりひとりの内面とかかわっていくことが大切で、交流活動での経験や得られたことが、個の活動につながっていくという相乗効果があることが分かった。そのため、個の活動と交流活動との関連を吟味しながら進めていくようにしたい。そして、交流活動が、どもる子どもの気持ちや人とのかかわりの変容につながる一つのきっかけとなるようにしたいと考えている。
・ただ交流活動を行うのではなく、その後にふりかえりをすることが大事であると思う。そして、その後の活動に生かされていくとよいだろう。

おわりに
 どもる状態にしか目を向けなかったら、その子がどうなっていくのかが心配だ。一時的に症状がなくなって、ことばの教室を卒業した後にまたどもり始める例は、思春期・成人期のどもる人の体験を聞いても少なくない。その時にどうするだろう。私たちは、ことばの教室が小学校の中にしかないが、そこで出会えた子どもたちといくつになっても交流したいと考えている。人と人とのかかわりに終わりがないように、いつまでも会える距離でいたいと思う。一人では生きていけないからではなく、仲間がいていつでも相談できるという安心感が、その子らしく生き生き過ごすことにつながると思うからだ。
 こんな発想から始まった交流活動だったが、吃音のある子と時々会う事で、私たち自身が安心感を得ているのかもしれないとも感じている。あの時の取り組みは、間違ってなかったと思えるように、子どもたちは毎日を楽しく生き生きと過ごしているからである。
 交流の始まりは、『どもるのは、一人ではないよ』と伝えたいという担当者の思いからであった。このことは、いくらことばや資料で伝えても子どもたちが安心感を得られるほどの伝え方ではないと思う。「出会うこと」により、「交流活動を行ってよかったこと」として書き記したようなことが、子どもたちの内面に起きている。しかし、すぐに変容や成果、結果が出ることできないと思いながら取り組んでいる。
 これからも、「どもる子どもといっても、ひとりひとり違う」「その子の吃音にではなく、その子とつきあっていく」ということを念頭におきながら、必要なときに願いや思いに添った交流活動を行っていきたい。
 交流しているどもる子どもたちの感想や成人のどもる人の話を聞くと、学童期にどもる子ども同士が出会っておくことは、その後の成長に何か大きな意味をもたらすのではないか。吃音の不安が軽減し、思春期や社会へ出る時など、成長に伴って起きてくるであろう悩みや問題を乗り越えていく力が育つのではないかと思う。そのため、卒業後の子どもたちにとっての交流活動の場が広がっていくよう、地域に働きかけていきたい。
 この活動を報告した時にいろいろな質問や疑問が出された。特にAさんの症状についての指摘が多かった。質問した人たちは、症状の重い・軽いという表現はどうとらえて使っているのだろうか。子どもと向き合いかかわり合っていく時、最も大切にしていることは何と考えているのか。子どもたちが、どんな姿に成長してほしいと考えているのか。質問した人たちと、もっと話し合っておきたかったとの思いは残る。
 どもること、その症状が一番の問題なのではなく、どもることを否定していること、どもる自分を否定していることが問題であり、生きにくくさせていると私たちは考えている。
 このことは、吃音に限らず、悩みを抱えている人、みなに通ずることだと思っている。
(「スタタリング・ナウ」2003.6.21 NO.106)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/02/27

どもる子どもの交流活動 3

 どもる子どもたちの交流活動の続きを紹介します。
 卒業を控えたAさんが、ことばの教室での学びの集大成となる記念番組を作る様子を公開録画し、それを研究授業としました。いきいきと番組を作っているAさんですが、授業後の検討会では、Aさんのどもる状態にばかり注目が集まりました。分かってもらえないもどかしさを抱えつつ、子どもたちや保護者、担当者の率直な感想に支えられて、交流活動を続ける千葉の担当者たちに敬意を表しています。

子どもが自分の吃音と向き合うことができるような活動の工夫〜どもる子どもの交流活動を通して〜
渡邉美穂(千葉市立誉田東小学校ことばの教室)


Aさんの集大成となる卒業記念番組作り
〜最新の電車情報&クイズ番組〜

1999年
 3年生のHさん、1年生のFさん、Gさんの3人が通級を始めた。下学年の交流だけでなく、個々の求めに応じて、高学年のどもる子どもと出会い、一緒に遊んだり話し合う機会をつくった。「どもるお兄さん、お姉さんがいるんだ」ということは、心の大きな支えになったことだろう。
 Aさんは、6年生の2学期、継続してきた番組作りのまとめに、Bさんと共同制作をしたいと言い始めた。さらに、CさんとDさんにもゲスト出演してほしいと自分で依頼した。卒業前に、これまで交流してきたどもる友だちと一緒に活動をしたいからだった。また、Fさん、Gさん、Hさんは、番組の公開録画を担当者から聞き、お客さんとして参加しようと思った。Aさんの、卒業後の将来への漠然とした不安が、「今、みんなと一緒にこの作品を作りたい」という形になり、同じ思いをもつBさんが、これに応えたのだろう。

(AさんとBさん:6年生、CさんとDさん:5年生、FさんとGさん:1年生、Hさん:3年生)

Aさんの思い
 Aさんは、Bさんとの共同制作を願い、CさんとDさんにもゲスト出演してほしいと考えた。「どもる友だちは、僕の仲間だ」という意識があったのだろう。
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 Bさんは、Aさんに協力したいと答え、制作過程で、多くのアドバイスをした。ゲスト出演を依頼されたCさんとDさんは、どんな質問をされるのか心配だとAさんに伝えた。また、Dさんが「すぐに自分の考えを話せないから困っている」と言うと、Cさんが「私が先に答えるから、その間に考えればいいよ」と励ました。
 Fさん、Gさん、Hさんへは、担当者が観客として誘った。楽しく活動している様子やどもっても伝えようとしている姿を知ってほしいと考えた。
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 公開録画番組が始まった。オープニング曲にのせて、タイトルコールをした。Aさんは、スタートと同時にかなりどもっていたが、顔は笑っていた。説明のことばが出てこないので、時間がかかったが、Bさん、Cさん、Dさんに話しかけている時には、ことばがすっと出てきた。
 電車について詳しいAさんは、そのことをニュースにしたり、クイズにして番組を進めていった。今回は自分の思いを話す場面もあり、Aさんの一番苦手なことだったが、素直な気持ちを話していた。低学年の頃は、人とのかかわりが苦手で、グループ活動にも参加できなかったり、自分の気持ちを話せなかったことを考えると、大きな成長だった。
 公開番組の途中で、Aさんの母親はこんなにどもりながら一生懸命話している姿がうれしくて涙を流し、昔と比較して成長を喜んでいた。
 Aさんは、自分の予想以上にどもったが、「助けてほしい」のサインは出さず、途中でやめそうになる素振りも見られなかった。担当者たちは、最後までやり遂げることを見守った。そして、Aさんは、自分が考えた番組構成を全てやり終えたことに満足し、笑顔で帰っていった。
 AさんとBさんは、お互いにことばがつまったときに小さな声で一緒に言ってあげるという関わりを自然に行っていた。また、Cさんは、打ち合せ通り先にゲスト感想を話し、続いてDさんも感想を話せたことを喜んでいた。Dさん自身も、ほっとしていた。
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・Aさん「楽しかった。気持ち良かった。満足。まだ、卒業記念番組の途中なんだ。次は、学級の友達全員からメッセージをもらいたい」
・Bさん「番組を最後までできてよかった」
・Cさん「Dさんが感想を言えてよかった。Aさんはとてもどもっていたけれど、途中でやめるとは考えなかった。自分でやりたいって決めたことだから、最後までやったんだ。もし、自分だったら、やっぱり最後までやると思う。Aさんは、とても楽しんでいたね」
・Dさん「番組の中で、感想を言うことができてよかった。ほっとした」
・Fさん「Aさんはいっしょうけんめい。つまっちゃったけれど、ぼくはみていてうれしかった。また、でんしゃのはなしききたいな」
・Hさん「でんしゃのはなし、よくしっているね。ときどきどもるけれど、ぼくもどもるから。かたのちからぬいて、おきゃくさんを石ころだとおもってはなすと、どもらなくなるよ」
・Gさんは、人や場に対する緊張感が大きく、会場には入れなかった。しかし、別室のテレビ中継で、お父さんと番組の様子を少し見ていたようであった。

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・本人の一生懸命な姿に感動しました。このような体験が積み重ねられて、自信がついてくれればよいと思います。録画終了後のAさんが、輝いた顔をしていたのが印象的でした。
・あまりの吃音にびっくりしました。それでも、それを恥じることなく、とても一生懸命に発表していることが、とてもすばらしく感動しました。彼を支える協力したお友だち、先生方、聞いていたお友だち、皆の協力でこのような発表ができたことは、大きな自信になったと思います。なんとか、もっと楽に話すことはできないか。でも、何よりすばらしいのは、Aさんの中で、とても強い心が育っていることだと思います。そして、大好きな電車の知識は、すばらしいです。
・普段の会話はもちろんですが、今日のように人前で発表する、進行することも、機会があればどんどんやっていくとよいと思いました。
・自信をもって話していた子どもたち、励ましていた子どもたち、ほのぼのとした気分になりました。普段から、子どもたちにそういう雰囲気をつくってきているのですね。

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 公開録画時に、Aさんは、いつもよりひどくどもった。しかし、Aさんの様子から、自分で構想を立てた活動をやり遂げたい気持ちでいるのだろうと4人の担当者全員が受け止めた。もし、ひどくどもってつらそうだからと、番組を中断させていたら、Aさんに「いつもよりもどもっていたから、やめさせられたんだ」「どもってはいけないんだ」の自己否定感を与えてしまうことになっただろうと思う。
・子どもたちが活動を進めることを通して、お互いのことを知り合ったり助け合ったりすることができた。下学年の子どもたちも、Aさんの伝えたいという強い思いを感じることができたと思う。
・この時期に通級していたどもる子どもたち全員と、その家族や担任の先生の参加もあり、子どもへの理解やお互いの親睦を図る機会にもなり、よかったと思う。

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・Aさんの活動により、通級している子どもたちが出会うきっかけになった。その後、出会った友だちのことを話題にするようになった。
・AさんBさんCさんDさんたちが活動を通して、お互いのことをさらに知り合えたり、助け合ったりすることができた。また、FさんGさんHさんたちも、Aさんたちの活動意欲を強く感じたようであった。
・Aさんは、これまでにいくつかの番組を作ってきたが、今回初めて友だちと内容を話し合ったり、一緒に準備をしたりした。また、番組の中で、自分の気持ちを話すという苦手なことにも挑戦できた。Aさんは活動を通して、人とのかかわりに積極的になった。
・この時期に通級していたどもる子どもたちの家族や担任の先生の参加もあり、子どもへの理解やお互いの親睦を図る機会にもなった。

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 公開録画は、教育研究会の研究授業として、教師には事前に説明しておいた。研究授業を、その子にとってプラスになるように行いたいと考えていたから、番組を公開録画という形で多くの方々に見てもらえるチャンスだと考えた。教室の中に、観客がたくさんいたので、Aさんはかなり興奮していたが、Aさんの表情から読み取ると不安ではなく喜びであったと思う。
 公開番組が終了して、先生方との話し合いが始まったが、話の中心がどもる状態のことだった。私たちは少なからずショックを受けた。
 「公開録画を行うことで、吃音を悪化させたのでは」
 「途中で中断させたほうがよかったのではないか。苦しそうであった」
 「吃音がひどく、相手に伝わりにくい。伝える手段をもっと身につけさせておかなくてはいけないのではないか」
 「あれだけどもっていたら、6年生として終了の目安に達していないのではないか」
 Aさんの成長や気持ちの変化などには全くふれられず、一番見て欲しかったところを見てもらえなかったのは、悲しく残念だった。しかし、Aさんは、学級で自分のことを話す機会をもらい、やりたいと思っていたことを着々とすすめて小学校を卒業していった。同時に、ことばの教室も卒業だが、その後は私たちと、どもる子どもが集まる場で会っている。
 その後、いくつかの場でこの交流活動を報告する機会があり、「どもる状態」ではなく、「交流のよさ」を伝えられるように努力した。しかし、私たちの表現力の限界なのか、やはり、Aさんのどもる状態が気になったようだ。「あの状態をどうするんだろう?」「あのままでいいの?」と疑問に思っている方が多かった。その中でも、感想に次のように書いて下さる人もいて、私たちの思いを分かって下さる人もいることが分かってうれしかった。
 「自分を受け入れてくれる仲間がいる、一緒にやってくれる仲間がいることを実感できた機会になったのではないか」
 「このような実践をみて、自分の指導がどこかしばられていたことに気がついた」
 「気持ちの面で分かり合えることは、どもる子どもにとって、安心した気持ちになれるひとときであることだと感じた」
 「担当者の共通理解があっての実践である事がわかった」
 「やはり、交流活動は必要であると思った」
 「交流活動の様子をもっと教えてほしい。私の学級の子も交流させたい」
 「みんなの前で堂々と話しているAさんに会いたいな」  つづく


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/02/26

どもる子どもの交流活動 2

 吃音親子サマーキャンプに参加した先輩の担当者が、通級してきているどもる子どもたちの交流を考え始めました。ビデオと手紙を使ったこのときの取り組みが続いているのです。
 どもる友だちは他にもいるんだよと伝えた1996年の取り組みにつづき、1997年、1998年の取り組みの紹介です。吃音について話し合う吃音の会議も開かれました。子どもたちと相談しながら、柔軟に取り組んでいる様子が分かります。昨日のつづきです。


子どもが自分の吃音と向き合うことができるような活動の工夫〜どもる子どもの交流活動を通して〜
渡邉美穂(千葉市立誉田東小学校ことばの教室)

1997年
ビデオを作成し、どもる友だちに見せ、感想を書いてもらう


 先輩のことばの教室の担当者が、日本吃音臨床研究会の吃音親子サマーキャンプに参加し、担当しているA君と同じ学年の4年生の話し合いのグループに入る。4年生が、話し合いや作文を通して、こんなに真剣にこんなにいっぱいどもりについて語るものなのかと驚いた。キャンプのもうひとつの目玉、劇に取り組む時も、どの子もみんな自分の声、からだ、そして心に必死で語りかけていた。
 「どもってもいいんだよ」とは誰も口に出しては言わないけれど、子どもたちはみんな、そのメッセージを受け取って、力強くなっていく。キャンプに初めて参加した子どもたちは、「どもるのは私だけじないと知ってほっとした」と口を揃えていっている。1対1の指導では、気づけないことはある。どもる子ども同士の交流はできないだろうか。
 「子どもは、自分で答えを持っている。ただ、それを確認する場所がないだけなんだ。この吃音親子サマーキャンプのような大掛かりなことは、到底できないけれど、ことばの教室でもできることがあるはずだ。今通級しているどもる子ども4人はそれぞれ、学校が違うので同じ時間に集まることは、なかなかできないが、ビデオと手紙を使って、まず交流を図ることから始めよう」
 この先輩の思いが、院内小学校の交流活動の最初の一歩となった。
 3年生のYさんは、「大人になってもこのままなのかなと考えると怖い」と言いながら、「将来はアナウンサーになりたい」とも言う。どもることを友だちにからかわれ、とてもつらい思いをしてきているのになぜ、アナウンサーなのか。「番組の途中で、どもってしまってもいいの?」と尋ねると、しばらく考えて、声を張り上げて、「私の声をみんなに聞いてほしい!」と言ったという。どもるから、なるべく人前でどもらないようにしたいとYさんは思っているのではないかとの担当者の思いこみが、Yさんの本当の声を聞いていなかったことになる。「私の声をみんなに聞いてほしい!」という言葉は、吃音親子サマーキャンプで、劇に取り組む子どもたちの姿につながった。みんな自分の声を聞いてほしいから、あんなに夢中になっていたんだ。そんな表現の場をことばの教室でも作りたい。Yさんの夢を実現したのが、『Y家の動物パラダイス』というクイズ番組の制作だった。
 この取り組みから、交流活動が始まり、その取り組みは、院内小学校の担当者が変わっても、引き継がれていくことになる。

ビデオでクイズ番組、お店屋さんで交流
 通級してくるどもる子どもは、Aさん、Cさん、Dさん、Eさんの4人になっていた。4人はそれぞれのペースで自分の吃音に向き合い、担当者に不安な気持ちも伝えられるようになっていた。CさんとAさんは、自分の得意な分野でクイズ番組を作成した。それをビデオに撮り、他のどもる友だちに見てもらい、感想を書いてもらった。間接的な交流だったが、自分の得意なことをどもりながら楽しそうに話す友だちの姿を見た子ども達は、その後、吃音について自然に語るようになった。この交流で、「どもってもいいんだ」という安心感を感じることができたからではないかと思う。

・なんで、ぼく(わたし)だけうまく話せないんだろう。
・友達みたいに、つっかえないでうまく話したい。
・ことばがつまっちゃう。なおしたい。いやだ。
・みんなに、変な話し方だと言われるんだ。

 直接的なかかわりは、なかよし交流会での「お店屋さん」で実現した。クイズ屋をAさん、Cさん、Eさんが、ケーキ屋をDさんが出した。昔から知り合いであるかのように意気投合し、それぞれの店を切り盛りして楽しんでいた。子どもたちの様子を見て、「どもっていい」の安心感のもつ力に改めてハッとさせられた。

1998年
先輩の先生に会いに行こう


 CさんとDさんの通級時間を同じにした。また、AさんとEさんも同じ時間になることがあり、直接会い、遊んだり話し合ったりする機会が増えた。
 「育児休暇に入った先輩の先生に会いたいね」という会話から、みんなで訪問する計画が立てられた。企画をまとめ、しおりを作ったCさん、最寄り駅から先生宅への道順を電話で問い合わせたDさん、電車の時刻を調べて参加者の家に電話で知らせたAさん。それぞれ役割分担をして準備した。子どもたちから、「とても楽しかった」という感想が出された。保護者を含めて、大人と一緒に行動することの喜びを感じたようだった。
 2学期には、Aさんと同学年のBさんが通い始めた。一人で吃音に悩んでいたBさんにとって、Aさんとの出会いは衝撃的であったようだ。すぐに仲良くなり、ことばの教室で毎週会うことを楽しみにするようになった。

吃音の会議
 子どもたちや保護者と相談し、Aさん、Bさん、Cさん、Dさんの4人を同じ通級時間にした。
 5、6年という高学年になった子どもたちは、どもることに対する思いをことばで表現できるようになってきていた。そこで、Eさんがことばの教室を卒業したいと言っていることについてどう思うか。吃音をどう思うか。このように吃音について話し合う活動をどう思うかなどを議題に、「吃音の会議」を3回行った。友だちの考えを聞いたり自分の思いを伝えたりすることができ、皆「堅苦しいのは嫌だけど、時々話し合うことは自分にとって大切だと思う」という感想であった。その中でいろんな思いが出された。Eさんに対しては、ひとりひとりが手紙を書いた。次のような話が印象的だった。
・自分の学校には、どもる人がいない。
・ことばの教室で、初めてどもる友だちに会った。
・どもる友だちに出会えて、うれしい。
・一生、Aさんについていきます!     (つづく)
(「スタタリング・ナウ」2003.6.21 NO.106)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/02/23

どもる子どもの交流活動

 千葉県のことばの教室との関係は古く、ひとりの担当者が、僕たちが送った案内のチラシを見て、吃音ショートコースに参加したことから始まりました。吃音ショートコースから吃音親子サマーキャンプへ、そして、ひとりの担当者から複数の担当者へと、広がっていきました。
 千葉県とのつながりの歴史を見ているような今回の実践の紹介です。「スタタリング・ナウ」2003.6.21 NO.106 に掲載の実践を紹介します。

子どもが自分の吃音と向き合うことができるような活動の工夫〜どもる子どもの交流活動を通して〜
渡邉美穂(千葉市立誉田東小学校ことばの教室)

はじめに

 私たちがことばの教室で出会う学童期のどもる子どもは、いわゆる二次性吃音に移行しつつある子どもたちで、どもること以上に話すことへの不安や、どもることへの恐れをもち始め、話すことを回避するようにもなって来ている。話すことへの不安や恐れから、コミュニケーションや自己表現に対して消極的になっていく。私たちは、ことばの症状の問題よりも、このほうが大きな問題になっている子が多いと考えた。
 アメリカの言語病理学者、ウェンデル・ジョンソンは、吃音の問題をX軸(吃音症状)、Y軸(聞き手の反応)、Z軸(本人の吃音に対する態度)からなる問題の箱として表した。ことばの教室の担当者としては、X軸である吃音症状の消失および改善を要請されているのだろうが、吃音は未だに原因も解明されず、吃音治療法も確立されていない。国語の朗読は苦手だが、通常の会話にはあまり困難を感じていない子ども。反対に、普段はどもるが、国語の朗読や発表は得意な子など、吃音の症状は現れ方も、現れる場面も様々である。私たちもこれまで、ことばの教室などで実践され報告されてきたいくつかの吃音症状に対する指導方法を試みたが、私たちにも、子どもたちにとっても、納得できるものでなかった。
 ジョゼフ・G・シーハンは、吃音を氷山に例えた。人が見ている部分の吃音症状は、吃音のごく一部分で、水面下に沈んでいる氷の固まりが大きい。それは、どもることへの不安や恐れ、回避で、それこそが吃音の大きな問題だと指摘した。ジョンソンにしても、シーハンにしても、吃音症状以外のアプローチの重要性を提唱している。
 どもることに不安や嫌悪感を持ち始めている子どもたちの吃音に対する不安や悩みを、私たち担当者はどれだけ受けとめているのだろうか。何ができるだろうか。どもる子どもたちに「どもってもいいよ」と言ってきた自分自身が、本音で言ってきたのか。吃音に直に、からだや心で感じる経験をしたい。
 今後、通級してくるどもる子どもにどう向き合えばいいかを、私たちは模索し始めた。

交流活動の経過
1996年
「他にもどもる友だちがいるんだよ」【情報提供】

 先輩のことばの教室の担当者が、日本吃音臨床研究会の吃音ショートコースに参加した。「どもる子どもが大人になったらどんなふうになるのか。どもりについてもっと知りたい」との思いからであった。そこで、たくさんのどもる人と出会い、触れ合いの中で、これまで気づけなかった自分の教師としての打算的な、また何かできるはずだという思い上がった態度に気づく。「どもらない私には何もできないのか」と、落ち込みながら、成人のどもる人Mさんの、「どもりを治そうなんて思わんといて。ただ、友だちになってくれるだけでええんよ」のことばに救われ、「ことばの教室の教師として、何かをしてあげるではなくて、何もできない。しかし、友だちになることなら、私にもできるかもしれない」と、これまでのどもる子どもとのつきあいを点検していく。
 「どもるおっちゃんやおばちゃんにいっぱい会って来たよ。素敵な人ばっかりだった。どもり、治らないかもしれないけど、大人になっても、大丈夫だよ。みんな、魅力的にどもってたよ」との話を当時3年生だったA君は、「はあ、そうですか。それで?」といつもの調子で話を聞いていたようだ。しかし、からだは前のめりになっていたことで、自分以外のどもる人のことについて興味をもったことは理解ができた。(つづく)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/02/22

ことばの教室訪問 千葉市立検見川小学校

 気がついたら、12月も半ばを過ぎてしまい、今年も残り2週間を切りました。12月の観測史上最高気温を記録したかと思えば、一転して真冬の寒さの到来と、季節も混乱しているようです。

 さて、12月のはじめの頃にさかのぼります。
検見川 プログラム 12月1日、朝早い便で羽田空港に向かい、羽田から千葉方面へのリムジンバスを利用しました。いつもは、モノレール、JRと乗り継ぐのですが、ちょっと気分を変えてみました。
 訪問したのは、検見川小学校。担当者が6人、ことばの教室に通ってきている子は、なんと、100人くらいいるとか、びっくりしました。こんなに大所帯のことばの教室があるのですね。 はじめは、子どもたちとの時間です。事前に僕のことを紹介してもらっていた子どもたちは、僕に質問するのを楽しみに待ってくれていたようです。自己紹介の後、積極的に手を挙げ、質問してくれました。後で、担当者からは、あんなに積極的に質問するとは思っていなかった、びっくりしたということを聞き、子どもたちが、特別の思いでこの日を迎えてくれていたのだと、とてもうれしく思いました。

検見川 質問1 一番困ったことは何ですか。
2 四季の中で、一番どもるのはいつですか。
3 一日の中で、吃音のことを何時間くらい考えますか。
4 吃音を隠したい気持ちはありますか。
5 吃音があることで、一番の思い出は何ですか。
6 吃音はいつか治りますか。
7 今までに、何人くらいのどもる人やどもる子どもと会ってきましたか。
8 どもる人の会を作ったと聞いたけれど、どもる人とどんな話をしてきましたか。
9 なぜ、吃音の人の会作ったのですか。
10 どもりやすいことばってありますか。

検見川 こどもたちと検見川 伸二ひとり たっぷり時間があるわけではないのですが、できるだけ丁寧に答えていきました。そのいくつかを紹介します。

4 吃音を隠したい気持ちはありますか。
 21歳まではとにかく隠したかったです。中学校のとき、僕は、卓球部に入っていました。高校に入学しても、卓球部に入りました。うれしいことに、入学式で見初めた女の子も同じ卓球部に入っていて、とてもうれしかった。楽しい高校時代になると一瞬思いました。卓球しているときは、吃音のことを一時的にも忘れることができるからです。ところが、1ヶ月くらい経ってから、男女合同の合宿が知らされました。合宿だと自己紹介がある。好きになった女の子の前でどもって自己紹介するのが嫌で、僕は合宿の前に、好きだった卓球部をやめました。彼女の前では、吃音を隠したかったのです。それから、僕の逃げの人生が始まりました。あのとき、卓球をやめなかったら、楽しい高校生活が送れたかもしれない。少なくともあんなに惨めな高校生活ではなかっただろうなと思います。
 とても悔しかったので、子どもたちには、逃げないで、吃音を隠さないでほしいと、先輩として思います。

5 吃音があることで、一番の思い出は何ですか。
 吃音で一番のいい思い出は、どもる人の世界大会を初めて開いたこと。大会の最終日、みんなで肩を組んで、「今日の日はさようなら」の歌を歌いました。歌が終わり、ハミングをしてもらい、ハミングに合わせて、大会会長として「3年後ドイツで会いましょう」と最後のあいさつをしました。そのとき、どもりでよかった、こんなにたくさんのどもる人と出会えた、と涙がぼろぼろこぼれました。これがどもることで一番のいい思い出です。

6 吃音は治りますか。
 難しい話をします。今、治りますかと質問されましたが、「治る」という字は「治(おさ)まる」とも読めます。僕は、吃音は「治る」ことはないと思うけれど、「治まる」ということはあると思います。
 僕も、自分のどもりを治したくて、「必ず治る」と宣伝する吃音訓練所に行っても治らなかった。その訓練所ですぐに出会った恋人や親友は、僕がどんなにどもって話しても、聞いてくれました。そこで、僕は、もうこのままどもっていてもいいと思って30日間寮生活をしました。すると、あれだけ嫌だったどもることが苦にならなくりました。そして、どんどん話していくうちに、前よりしゃべれるようになっているぞ、と気づきました。話し方のコツをつかんだのかもしれません。言いにくい音はあるし、言いにくいことばは、今でもあります。でも、講演など頼まれたら、大勢の人の前でどもりなから話しています。僕にとって、どもってもどもらなくても、どっちでもいい。これが、気持ちの上では、「治(おさ)まる」ということだろと思います。
 多くの人が「そのうちに治るよ」と言うけれど、それは、言いにくいことばの言い換えをしたり工夫したりしているからでしょう。よく言われている「いつか治る」ということは、前よりも楽に話せるようになるということでしょう。でも、反対の場合もあります。突然、ひどくどもるようになった大学生がいました。それでも、どもりながら大学の発表やアルバイトをしている内に、その子も、2年くらいしたら、治まっていきました。自分なりのしゃべり方を身につけていくことが大切で、誰かに訓練してもらって治ることはないと思います。楽しく、しゃべって、生活しているうちに、自然に治まっていくのが吃音だと思います。一見すると、治ったかのように見える人もいます。吃音キャスターと言っている小倉智昭というアナウンサーも、仕事のときはどもらないけれど、家に帰ったらどもると言っています。吃音を嫌うのではなく、仲良くすれば、きっと治まると思うよ。

 子どもたちとの対話のごく一部を紹介しました。どこかで、全部をまとめたいと思っています。質問に答えた僕に、質問した子どもが拍手をしてくれました。これも、今までなかったことなので、うれしかったです。
検見川 保護者と この後は、保護者との時間でした。保護者とは本当に短い時間しかなかったのですが、いつ頃からどもり始めたのか、両親にしてもらってうれしかったことは何か、からかわれたことはあるのか、などの質問をもらいました。

検見川 子どもと保護者検見川 おわりのあいさつ 今、吃音の問題の最前線にいる子どもたち、そして保護者との対話の時間は、僕にとって本当にありがたいものです。こんな機会を作ってもらえたこと、千葉のことばの教室の担当者に、感謝しています。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/12/18

ことばの教室担当者から見た、吃音親子サマーキャンプという場

 毎月発行しているニュースレター「スタタリング・ナウ」の10月号と11月号は、今夏の吃音親子サマーキャンプを特集しました。10月号は、参加者として、そして卒業後はスタッフとして、参加を続けている森田さんが、サマーキャンプ全体を報告し、11月号は参加した人たちの感想を特集しました。
 サマーキャンプには、どもる子ども、その保護者やきょうだい、どもる大人、ことばの教室担当者や言語聴覚士、そして、吃音と何の関係もないけれど、ことばや声、生きることや表現することに関心のある人など、さまざまな人が対等の立場で参加しています。仕事としてどもる子どもと出会っていることばの教室担当者の目から見たサマーキャンプを、「スタタリング・ナウ」2002.10.20 NO.98 で掲載しています。紹介します。

サマキャンへ行こう!
  第13回吃音親子サマーキャンプに参加して

             神戸市立稗田小学校きこえとことばの教室 桑田省吾

はじめに―目からウロコ―
 「よかった。見方や考え方が変わった」
 参加した子どもや保護者から、多くの感想が寄せられるサマーキャンプだが、これまでこのサマキャンに遭遇して最も目のウロコを落としたのは、ことばの教室の教員や病院等のスピーチセラピストではないか。
 「当然行く、それが一番の楽しみだから」と、私も今年で2度目のキャンプに参加した。
 私はことばの教室担当の教員。ことばの教室には、どもる子とその保護者が教室に通ってくる。毎日遅くまで個別での指導やお母さん方との話し合いに明け暮れ、保護者の心配が早く無くなって欲しいと願っている。子どもたちには、「今日は調子いいやん。その調子で学校でもがんばって」とか、「どもる自分を受け入れて、自分を好きになるんやで」、などと言いながら、帰した後、これでいいんだろうかとも思ったりしている。
 私たちも、ことばの教室に通級する子どもの療育キャンプは毎年行うが、あるとき、今後のキャンプのありかたについて話し合っていると、「まずは吃音親子サマーキャンプに行ってみなきゃね」と何人かに言われた。「たった3日のキャンプに一体何があるんかいな」と、半信半疑だった。そこで何を教えてもらえるのか。どんなしくみで、どんなメニューなのか。子どものどんなためになるのか。などと頭でっかちで考えていた。キャンプを経験した今、迷うような思いは吹っ飛び、日頃のことばの教室での指導観も大きく変わった。まだ2度しか参加していない私が、その意義やしくみを解釈するのはまだまだおこがましいが、サマキャンの経験をレポートすることで、なんで"教員(私)の目からウロコが"かを察していただけたらと思う。

いざ彦根の荒神山へ
 翌日から新学期が始まるという日程の悪さに、昨年よりは大幅に参加者が減ると思いきや、はるばる沖縄からの4人家族含め140名ほどの参加があった。
 私は、前日から興奮して眠れず、行く道中も1年前のことを思い出しながら気持ちはどんどんキャンプに向かって深まっていった。ふと空海さんがなぜ人里離れた高野山にみんなを集わせたのか、分かる気がした。行き帰りの道中もまた思いふくらむ大切な時間だ。
 期待や不安を胸に河瀬駅に集合する。昨年は初参加だったので、トレードマークの黄色い旗を探す側で、迎えてもらう温かさに驚いた。今年は旗を持って迎える側になった。次々に到着し、あいさっをして下さる参加者の温かさに、これまた驚かされた。1年振りの顔と顔を見合わせ、歓声や歓談が巻き起こり、初参加の人もそのうれしそうな様子に引き込まれていく。
 最初、伊藤伸二さんから単純明快なキャンプの趣旨説明が行われた。(伊藤さんが参加者全体にキャンプの説明をするのはこの場面だけだったように思う)
◎したくないことはしない。
◎世話する側もされる側もない。
 この2点だけで、あとはご自由に。「そうか、キャンプってホントはそうだったんだ」。何かストンと腑に落ちるものがあった。さあ、今年も楽しむぞ。
 出会いの広場。いくつかの質問に、答えの同じ者が集まる。「アンタもそうだったのか」の連帯感。そしてミニ運動会。各チームの選手代表が、特設ステージへ。みんなの応援の中で全力を尽くして持てる技を競い合う。といっても砲丸投げならぬ、風船飛ばしとかなんだが。進行役のことばの教室の教員松本進さんも、身障センターの言語聴覚士伊藤照良さんも、どもりながらの司会進行だ。どもるそのこと自体を楽しんでいるような雰囲気がみんなに伝わり、身も心もすっかりリラックスで、みんなとてもいい笑顔になってくる。
夕食は自由席。いくつもの輪が自然にでき、最初の食事から盛り上がる。食後のフリータイムは、おしゃべり、ゲーム、のんびりごろごろと、さまざま。ふと近くにいる人と自然におしゃべりが。もう、荒神山とそこに集う人達全体がサマキャンの色に染まっている。(「スタタリング・ナウ」2002.10.20 NO.98)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/11/30

第1回 臨床家のための吃音講習会 〜参加者の声〜

 2001年、岐阜大学で開催した第1回臨床家のための吃音講習会を特集した「スタタリング・ナウ」2001.10.20 NO.86 から、概要を紹介してきました。「今日は、岐阜が、日本で一番気温が高いらしい」とのニュースが流れたので、外へ出てその気温の高さを肌で感じてきました。でも、きっと、研修室内での熱気の方が高かったのではないかと思います。
 参加された方の感想を紹介します。

第1回 臨床家のための吃音講習会 〜参加者の声〜
                  岐阜県立長良養護学校 部主事 村上英雄
 
 初の講習会で運営は不慣れ、おまけに予想以上の申し込みに急遽会場の変更を余儀なくされ、会場はすし詰め状態。加えて2日間とも酷暑。それでも、強力な講師陣に助けられ、参加者の熱心さに支えられ、ほとんどの感想は「大変良かった」「よく分かった」と記されていた。参加者の感想等を要約してまとめたものを紹介したい。アンケート総数は78名。

○成人のどもる人、保護者の体験発表はこの会ならではであり、心に残った。
○理論あり、実践あり、体験からの考察あり、レッスンありで楽しかった。
○「あなたは一人ではない、あなたには力がある」などは、経験した方の話だからこそ、心に響き得た。様々な悩みをもつ人が待っていることばだろうと思った。
○吃音は訓練したから治るものではない、人の優しさがどもる子どもを傷つけているという意見に驚きであった。ならば、ことばの教室では何ができるのか、私はどうしたらよいのかと考えさせられた2日間。
○吃音をもつ子どもの内面を少し理解できたが、実際子どもを目の前にするとどこまで変われるか不安がある。
○ことばの教室は楽しいだけでよいのかという思いがあったが、ホッと安心できる場であっていいということばに力を得た。
○吃音を治してあげることがどもる子どもにとって一番してあげたいことと思っていたが、吃音をテーマに人生を生きていける人になるように支援できることは何か、と思えるようになった。吃音でよかったと思える人生を送れるように関わっていきたい。
○今回の講習会は、吃音を窓口にみんなの生き方をみんなで考える会だと思った。
○一緒に考えていける関係が作れるように日々を大切にしていきたい。その子の苦手な部分を見つめ合うことが生きることに繋がるという言葉が印象的であった。
○「どもってもいいから表現を」の目標で指導してきたが、やはり症状を軽減する方法が自分の知らない所にあるのではと、捨てきれずに参加したが、自分の目標が間違っていなかったことを確認できた。同時に目標の奥深さを考え直すことができた。
○どもってでも出来た体験をさせること、吃音に対するマイナスの概念を持たさないことの話が印象的だった。
○自分の吃音に対する知識不足に大変大きなショックを受けた。
○教師側からの発表、見方に終始する研修会が多い中、保護者発表の指摘は指導を受ける子どもの視点が提示されたのはとても新鮮で、こういう視点が大切だと思った。
○どもる人、保護者の話を聞いて、内面の大変さが分かった。子どもや保護者の気持ちにそった支援が出来そうである。
○いずれも刺激的で、特に実践発表に心を強く打たれた。指導者自身の自己満足に終わってはいけないということを学んだ。教師が無造作に心をひっかくようなことはしないようにと強く思った。
○とても充実していて、心の底から熱くなった2日間だった。症状を軽減するのでなく、個性的な話し方を見つけるという講師の話は説得力があった。
○ことばの教室の実践例や様々な立場からの実践が聞けた。吃音の考え方は様々だが、1つの大きな考え方をまとめた形での企画に感謝する。
○実践発表やキャンプ(VTR)の様子を見て、吃音について深く考える機会がもて、印象深かった。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/06/03

初恋の人

 この話は、これまでいろいろなところで何回となくしてきました。今の僕を作ってくれた原点だからです。以前、ブログにも書いたかもしれません。
 ことばの教室の教員や言語聴覚士の仲間と取り組む、今年の「親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会」のテーマのキーワードは、「幸せ」です。幸せに生きるために必要なものとして挙げられているのは、自己肯定感。どもりを恨み、どもる自分を認めることができなかった、つまり、自己肯定感が全くなかった僕に、どもっているそのままの僕でいいと思わせてくれた初恋の人の存在は大きいものでした。
 新しい年が始まる今、改めて、この初恋の人に感謝しています。1999年6月19日発行の「スタタリング・ナウ」NO.58の巻頭言を紹介します。

初恋の人
                  日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 小学2年生の秋から、どもることでいじめられ、からかわれ、教師から蔑まれた私は、自分をも他者をも信じることができなくなり、人と交わる術を知らずに学童期、思春期を生きた。凍りつくような孤独感の中で、不安を抱いて成人式を迎えたのを覚えている。
 自分と他者を遠ざけているどもりを治したいと訪れた吃音矯正所で、私の吃音は治らなかった。しかし、そこは私にとっては天国だった。耳にも口にもしたくなかったどもりについて、初めて自分のことばで語り、聞いて貰えた。同じように悩む仲間に、更にひとりの女性に出会えた。吃音矯正所に来るのは、ほとんどが男性で、女性は極めて少ない。その激戦をどう戦い抜いたのかは記憶にないが、二人で示し合わせては朝早く起き、矯正所の前の公園でデートをした。勝ち気で、清楚で、明るい人だった。
 吃音であれば友達はできない、まして恋人などできるはずがないと思っていた私にとって、彼女も私を好きになっていてくれていると実感できたとき、彼女のあたたかい手のひらの中で、固い氷の塊が少しずつ解けていくように感じられた。
 直接には10日ほどしか出会っていない。数カ月後に再会したときは、生きる道が違うと話し合って別れた。ところが、別れても彼女が私に灯してくれたロウソクのような小さな炎はいつまでも燃え続けた。長い間他者を信じられずに生きた私が、その後、まがりなりにも他者を信じ、愛し、自分も愛されるという人間の渦の中に出て行くことができたのは、この小さな炎が消えることなく燃え続けていたお陰だといつも思っていた。
 この5月、島根県の三瓶山の麓で、どもる子どもだけを募ってのキャンプ『島根スタタリングフォーラム』が行われた。このようなどもる子どもだけを対象にした大掛かりな集いは、私たちの吃音親子サマーキャンプ以外では、恐らく初めてのことだろう。島根県の親の会の30周年の記念事業として、島根県のことばの教室の教師が一丸となって取り組んだもので、90名近くが参加した。
 「三瓶山」は、私にとって特別な響きがある。彼女の話に三瓶山がよく出ていたからだ。
 「今、私は他者を信じることのできる人間になれた。愛され、愛することの喜びを教えてくれたあの人に、できたら会ってお礼を言いたい」
 30人ほどのことばの教室の教師と、翌日のプログラムについて話し合っていたとき、話が弾んで、何かに後押しされるように、私は初恋の人の話をしていた。その人の当時の住所も名前も決して忘れることなくすらすらと口をついて出る。みんなはおもしろがって「あなたに代わって初恋の人を探します!」と、盛り上がった。絶対探し出しますと約束して下さる方も現れた。
 三瓶山から帰って2日目、島根県斐川町中部小学校ことばの教室からファクスが入った。
 「初恋の人見つかりました。なつかしい思い出だとその人は言っておられましたよ」
 私は胸の高鳴りを押さえながら、すぐに電話をかけた。34年間、私に小さな炎を灯し続けてくれた彼女が、今、電話口に出ている。三瓶山に行く前には想像すらできなかったことが、今、現実に起こっている。その人もはっきりと私のことは覚えており懐かしがってくれた。会場から車でわずか20分の所にその人は住んでいたのだった。
 電話では、《小さな炎》についてのお礼のことばは言えなかったが、再会を約して電話を切った。
 どもる子どもたちとのキャンプ。夜のキャンドルサービスの時間に、ひとりひとりの小さなロウソクの炎は一つの輪になって輝いていた。子どもたちと体験したこの一体感が、私にその話をさせ、さらに34年振りの再会を作ってくれたのだ。子どもたちとの不思議な縁を思った。
 子どものころ虐待を受けた女性が、自分が親になったときに子どもを虐待してしまう例は少なくない。しかし、夫からの愛を一杯受け、夫と共に子育てをする人は子どもを虐待しない。
 人間不信に陥った私が、人間を信頼できるようなったのは彼女から愛されたという実感をもてたからだ。
 この子どもたちは、小さな炎と出会えるだろうか。小さくても、長く灯り続ける炎と出会って欲しい。一つの輪になったローソクの小さな、しかし、確かな炎を見つめながら願っていた。(「スタタリング・ナウ」 1999.6.19 NO.58)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/01/05

宇都宮での相談会&研修会

 栃木県宇都宮市での相談会・研修会は、僕たちの仲間のことばの教室の担当者の高木浩明さんが計画してくれました。その計画は、随分前からあったのですが、コロナの影響を受け、なかなか実現しませんでした。ようやく開催でき、うれしかったです。先日、高木さんから電話があり、あの後、感染者が増えて、ことばの教室の通級指導がストップしているとのこと、今なら相談会も研修会もできなかった、あのとき開催できたことは絶妙なタイミングだったと話していました。そんな幸運にも恵まれ、一日、たくさん話しました。自分でも不思議なくらい、尽きることはありません。

宇都宮 研修 伸二 午前中は、保護者向けの相談会でした。自己紹介の後、僕も自己紹介をしました。医療ではなく、教育の場で、吃音の問題を考えていること、小学2年生から21歳まで吃音に悩んで生きてきたこと、その後、大阪教育大学で、ことばの教室担当者の養成に携わったこと、初めてどもる人のセルフヘルプグループを作ったこと、そのセルフヘルプグループの活動の中で、どもる人の世界大会を初めて開催し、どもる子どものために吃音親子サマーキャンプを31年も続けていること、一貫してどもる人として生きてきたことを話し、そんな僕に質問をしてもらいました。

○小学生のとき、吃音で苦しかったとき、両親はどうしていたのか?
○吃音をコントロールすることはできるのか?
○21歳のときが転換だったとのことだが、何があったのか?
○どもる自分を研究するという話だったが、いつ、どこで、勉強したいと思ったのか?
○今、子どもは小学6年生で、周りにも恵まれ、いじめもなく、気分良く過ごしているが、来春中学校に行くと、新しい環境になっていろいろあるだろうと思う。不安でいっぱいになる。中学校に送り出すとき、どんな声をかけてやればいいのか?

 どれも、親ならば当然の、子どものことを思っての質問でした。いつものように、ひとつひとつの質問の背景を尋ね、やりとりし、ていねいに答えました。
 最後に聞かせてもらった感想には、不安ばっかりだったが、わが子に限らず、どの子にもあること、みんな自分で乗り越えていかないといけない、子どもを信じて待ちたい、今までは、サポートし過ぎていたかもしれないので、これからは、本人と相談し、ゆっくりとつきあいたい、きれいな丁寧な日本語を話せるよう練習したい、など大切なことをしっかりと受け止めてもらえたようでうれしかったです。

宇都宮 研修 全体宇都宮 研修 校長と伸二 午後は、会場を変え、丸くなって、研修会でした。吃音の問題をとらえるときの基本的な立場、吃音の基礎的な知識や指導のあり方など、できるだけ基礎的なことを中心に丁寧に話しました。今、取り組んでおられることにプラスしてもらいたいことなど、提案もしました。あっという間に時間が過ぎていきました。校長先生も、最初から最後まで聞いてくださいました。千葉で出会った子どもたちの話もしました。きっと、この宇都宮でのことも、今後どこかで話していくだろうと思います。どもりながらも、それなりに豊かに自分らしく生きているどもる子どもや大人の話を、僕は伝え続けていきたいと思っています。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/12/15

ことばの教室訪問 子どもたちとの対話

山王小訪問 看板 サイズ変更 千葉市のことばの教室とは関係が深く、秋には千葉で吃音キャンプがあったばかりです。ふたつの学校から依頼を受けて訪問し、どもる子どもたちや保護者から質問を受け、対話をしました。
 まず午前中の山王小学校に入ると、手作りの歓迎の立て看板が目にとまりました。チャイムが鳴り、子どもたちが集まってきます。子ども6人と保護者、担当者、そして僕たちがそろって、授業が始まりました。
山王小訪問 みんなで輪 山王小訪問 伸二ひとりはじめに、子どもたちが、自分にとっての幸せとは何かについて書いた画用紙を見せながら自己紹介をしてくれました。
 そして、子どもたちから僕への質問コーナーに移りました。
・今年、放送委員をしている。アナウンスするときに、自分がどもることを考えたことはない。もし、伊藤さんが僕と同じ放送委員だったら、どんなことを思いますか。
・大人になってから、どもって困ったことはありますか。
・休みの日は1人で遊ぶことが多いですか。
・どもっていると、つけない仕事があると思いますか。
・私は友だちが110人います。自分から「友だちになろう」と声をかけて友だちを作るけれど、伊藤さんはどうやって友だちを作りますか。
・どうして、世界大会やどもる人のグループを作ったのですか。
・僕は吃音について、将来の不安がありません。「なんでそういう話し方なの?」と聞かれることは今までもあったし、これからもあると思うけれど、慣れていくしかないと思っています。どもりと向き合う心の作り方も分かりました。困ったら、そのとき考えればいいと思っています。こんな僕をどう思いますか。
・どもらなければもっと楽しい生活になるだろうと思う人がいます。なぜ、そう思うのだろうか。どもっていても、楽しい生活はできると私は思います。
・吃音を気にしないレベルを10段階で表したら、伊藤さんは10に見えます。私は10を目指しているけれど、今、レベル7の位置にいます。あと3は気になってしまいます。気になる3をなくし、10になるにはどうしたらいいですか。

 小学生の子どもたちが、こんなことを考えているのかとびっくりします。質問の意味を確かめ、子どもひとりひとりとやりとりをしながら、僕は自分の考えていることを話していきました。個別学習やグループ学習で、しっかり吃音を学び、自分の吃音について考えているからなのだろうと、自分自身の小学生の頃と比べてしまいました。

山王小訪問 心の作り方図解 僕と同じ名前の伊藤君が、「どもりと向きあう心の作り方」という図を見せてくれました。
 前は、僕の全体が吃音だったけれど、今は、僕の中のほんの一部が吃音で、ほかにもいろいろあるのが僕だ、ということだそうです。すごいなと思います。
 もちろん、これからの人生の中で、いろいろなことがあると思います。理不尽なことにも遭遇するかもしれません。でも、そんなときもきっと、小学生のある時期、こんなことを考えていたという実績は消えることはありません。吃音親子サマーキャンプで出会った子どもたちのように、苦しいことやつらいことがあったとしても、なんとかしのいでいってくれるだろうと確信しました。
松が丘小訪問 全体 午後は、松ヶ丘小学校に行きました。ここは、17家族が参加しました。人数が多いので、体育館で行いました。ここも、はじめは、幸せについてひとりひとりが話してくれました。そして、質問の時間になりました。

・ことばがなかなか出ないときはどうしたらいいですか。
・どもってよかったことは何ですか。
・将来、どもっても、なりたい仕事につけますか。そのためには、何か苦労がありますか。
・どもっているのに、どうして大学の先生になることができたのですか。
・友達や仲間をどうして作ってきたのですか。
・受験のとき、面接でどもっても大丈夫ですか。
・どもっていても、楽しく暮らせますか。
・カレー屋さんになったとき、どもって困ったことはありましたか。僕はないと思うのですが。
・子どものころ、どんな大人になると考えていましたか。将来の夢は何でしたか。

松が丘小訪問 伸二 ここでの質問も本当にいい質問ばかりでした。僕は、子どもたちと対話しながら、たくさん話しました。お寿司屋さんになりたいという夢をもっている子には、僕のカレー屋さん時代の話をしました。大阪教育大学を辞めて、カレー屋さんになったとき、店の名前をどうするか悩みました。インドの詩人「タゴール」が好きだったので、「タゴール」としたかったが、タ行は苦手です。でも、やっぱり「タゴール」にしました。心配していたとおり、材料の注文のときには「こちら、○○です」と言ってから注文しないといけませんが、なかなか「タゴール」が出てきません。でも、そのうちに相手が僕のどもっていることに慣れたのか、「タゴールさん?」と言ってくれるようになりました。また、閉店時刻を尋ねられたときも困りました。閉店は7時です。僕は、「しち」も「なな」も、とても言いにくいのです。そんな懐かしい話をすることができました。
 最後の感想で、「伊藤さんの昔の話を聞くことができてよかったです」と言ってくれた子がいましたが、僕の方こそ、昔の話をすることができてうれしかったです。
 ことば教室訪問は、無事終了しました。新鮮ないい刺激を受けて、とても気持ちのいい時間でした。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/12/10
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