伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

2024年01月

NHK Eテレ ハートネットTV フクチッチ

 1月29日(月)午後8時、番組が始まりました。3時間半ほどのインタビューの映像、資料としてお貸しした冊子、書籍、写真などが、どんなふうに使われ、構成されているのか、楽しみにしていました。
 初めは、4人のどもる人が登場し、自己紹介をして、それそれの体験を語りました。その中のひとり、大学生で看護師をしている女性は、高校生のとき、静岡の吃音キャンプで相談を受けた人で。どもるたびに「すいません、すいません」を連発し、下を向いてぼそぼそと小さな声で話す彼女に、僕は、「すいませんを言うのはやめる。顔を上げて、どもっても言いたいことを言い切る。このことを1年間続けよう」と提案した。そして、1年後、彼女はまた僕に会いにきてくれました。再会したとき、雰囲気、表情がすっかり変わっていて、驚きました。僕が言ったことを実行したとのことでした。同じどもるにしても、ずいぶん違います。アドバイスをすなおに聞き、実行したことが、彼女の強みだったと思います。彼女からは、事前に、この番組に出るのだと電話をしてきました。弾むように明るく話すのが印象的でした。
 彼女の経験も、他の3人の経験も、それぞれに、吃音とは何かということを説明していました。教員採用試験で、どもることを隠し、言いたいことが充分に伝えられなかった男性が、3回目の挑戦のときは、吃音を隠そうとせず、たくさんどもりながらも、自分の言いたかったことは言い切って採用合格通知をもらったと話していました。番組の底に流れるものが、治す・改善する、治すべきものとなっていないことに、安心しました。
 ここまでで半分。いつになったら「吃音者宣言」が出てくるのだろうと思っていました。
 そして、講談師の田辺鶴英さんが登場して、吃音の歴史を講談で語り始めました。デモステネス、ジョージ6世、楽石社の伊澤修二、そして、21歳の僕が登場しました。その後、セルフヘルプグループ言友会の創立へと話はつづきます。本当は、ここで講談師の田辺一鶴さんが出てくるはずだったのですが、時間の制限があったのでしょうか。田辺一鶴さんはどもりを治すために講談を始め、講談教室を毎週日曜日に上野本牧亭で開いていました。僕も講談教室に参加し、その講談教室の参加者と、東京正生学院の僕の仲間が知り合い、そこから言友会創立へという流れだったのですが、割愛されていました。フクチッチ初の講談だったらしいのですが、言友会創立と関係の深い講談の話が出てこなかったのは残念でした。視聴者には、なぜ、講談なのかという説明がなく、不思議に思われたのではないかと思います。講談で説明していく、講談師の田辺鶴英さんが田辺一鶴さんのお弟子さんなだけに、その関係を紹介しないのは、とても残念なことでした。間違いなく、田辺一鶴さんが言友会の創立のきっかけだったのですから。
 講談の中で、何度か、「伊藤青年」ということばが出てきました。そして、「吃音者宣言」の登場です。宣言文の一部、とても大切な部分を文字として、また講談の中で語ってくださいました。会創立10年という節目に、多くの仲間の体験から生まれた「吃音者宣言」、格調高く聞こえました。
 その後、「吃音者宣言」を受けた形で、愛知県の小山裕之さんが経験を語っていました。小山さんも僕の古くからの知り合いです。「吃音者宣言」に出会ったときの感動と、就職のとき、吃音であることを伝えたのは、「吃音者宣言」と出会ったからだと言っていました。小山さんの元気な姿を見ることができたこともうれしいことでした。
 僕の家でのインタビューの映像も流れました。3時間半ほどカメラは回っていたはずですが、当日流れたのは数分?だったでしょうか。いや、もっと短いかも。でも、一番言いたかったことは、ちゃんと収められていました。
 「人生の目的は、吃音を治すことではない。自分がいかによりよく生きるか。吃音は、決して人生を左右するほどに大きなものではない。それをきちっと受け止めれば、あなたの人生は豊かに切り開いていくことができるんですよ」。
 これは、吃音とともに豊かに生きることができると伝えたかった僕からのメッセージでした。
 全体のコメンテーターを務めたのは、金沢大学の小林宏明さんでした。小林さんのこともよく知っています。吃音と共に豊かに生きる、どもりながらも自分らしく生きる、そんな大きな流れに加えて、治したいという人がいる人たちの声にも耳を傾けていきたいとまとめておられました。「困ったら、言語聴覚士に相談をしてほしい」が最後のメッセージでした。フクチッチが子ども向けの番組であることを考えれば、同年代のどもる子どもたちが通っている、ことばの教室の存在にも触れてほしかったなあというのが、僕や、僕の仲間のことばの教室担当者からの率直な感想でした。
 どんな番組になるか分かりませんが…、と前置きをして、友人・知人に、番組のことを知らせていました。見た人から、いろいろな感想が届いています。以前NHKのハートネットTVで「どもる落語家」として紹介された桂文福さんから、良かったという感想の電話がかかってきました。いろんな人が電話やメール、ファックスで感想を寄せてくれました。どこかで紹介できればいいのですが、その中に、吃音親子サマーキャンプに参加した保護者もいました。僕たちの知らないところで、親同士のつながりがあるようで、吃音サマーキャンプ参加の親45人で見たとメールがありました。45人という数字にびっくりしてしまいました。夏にしか出会っていない僕と、TVを通して、この寒い季節に会えたのがおもしろかったのではないでしょうか。
 僕の話の奥には、吃音親子サマーキャンプで出会ったどもる子どもやその保護者、研修会や学習会、講演などで出会ったことばの教室担当者や言語聴覚士の人たちの思いがたくさんあります。それらの声を大切にし、僕自身の体験から見いだしたことばを、今、僕は紡いでいるのです。

 見逃した人へのお知らせです。
 再放送が予定されています。深夜なので録画をしてぜひ、ご覧ください。
   2024年2月9日(金)00:45〜 木曜日の深夜
 また、NHK for school という学校向け教材サイトで、いつでも短縮版が見られるそうです。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/01/30

私と『スタタリング・ナウ』(9)

『スタタリング・ナウ』100号記念特集
  私と『スタタリング・ナウ』 (9)


 20年以上も前に、私と『スタタリング・ナウ』とのテーマでお寄せいただいた、多くの方の原稿を読み返しています。年齢も職業も生きてきた背景もそれぞれ異なる人たちが、『スタタリング・ナウ』というひとつの共通のものを読んで、これだけバラエティに富んだ感想をお寄せくださいました。その豊かさに驚いています。今回、五味渕さんが「私にとって一番の衝撃は91号のウェンデル・ジョンソンの診断起因仮説秘話であった」と書いています。これは、ジョンソンの人類史上まれにみる「人体実験」として、NHKが「フランケンシュタインの誘惑」で放送して、大きな反響がありました。その放送に少しかかわったので、2002年に取り上げたジョンソンの診断起因説についてもう一度、『スタタリング・ナウ』で、新たな視点で取り上げたいと考えています。
 では、その五味渕さんの文章を含めて紹介します。

  
合宿研修会場の縁
                      末高貴子 銀山寺(大阪府)
 銀山寺は、日本吃音臨床研究会のお芝居の稽古や、ことばのレッスンなどの宿泊研修会場のお世話をさせていただいています。
 このような伊藤伸二さんとのつきあいが続いているのは、銀山寺が伊藤さんの菩提寺だからと言うだけでなく、私も障害者と共に生活をしていますので、その気持ちが分かるからだと思っています。たとえ少しでも障害を持つことは、それだけで自分の殻に閉じこもったり、コンプレックスを持ったりして、胸を張って生きていけなくなる人が多数います。そんな人たちに勇気や感動や克服する力を与える仕事をされている研究会の皆様に、心から敬意を表します。
 1泊2日の研修会はいつも大きな笑い声と、歌声があふれています。ところが、もれ聞こえてくるのをよく聞いてみると、レッスンは、歌の音程の取り方なども大変厳しいもので、何度も何度も繰り返し練習されます。私が聞いていて「もうそれくらいでいいんじゃないの?」と思っても、「○○さん、もう少し高いよ」となかなか妥協はされません。
 楽しそうに見える中でのこの厳しさは、“如何に正しく子どもや親に伝えるか”と言うところがあるからだと思います。この精神があるから人を援助することが出来るのでしょう。
 私もこの年になってまた仕事をいただきました。民生委員の中の主任児童委員です。とてもありがたいことだと思っています。まだ私を必要だと思って下さる方がいる、それだけで励みになります。
 この8月から子育て支援サークルM.B.C.C(マザー・ベビー・チャイルド・コミュニティー)を立ち上げ、月に1度ですが、地域の子どもと親を見守っています。目標はこの小さなサークルを全国に広げ、その輪が1つになることです。私と出会った方や話をした方から、「貴女と会うと元気になるわ」とよく言われます。私はたぶん『元気の素』を持っているのでしょう。この原稿を読んでくださった方も、元気になって下さったらとても嬉しいです。みんなで元気に歩き、ご縁があればどこかで『出会い』ましょう。

【吃音親子サマーキャンプでは、子どもたちと演劇に取り組みます。竹内敏晴さんの演出指導を受ける合宿が、ずっと銀山寺で行われ、お世話になっています】


  実体験に根差した考え
                 池見隆雄 (財)日本心身医学協会理事(福岡県)
 伊藤さんの巻頭言は、実体験に根差した考えの筋道が展開されており、説得力があります。また、体温のような温かみが伝わってきます。それは、伊藤さんとセルフヘルプ・グループの仲間たちとの間に通い合う温かみでもあるようです。
 いつか伊藤さんと対話していたときに、伊藤さんにとってどもるというのはごく自然な在り方なのだと心から納得のいった覚えがあります。その自然さに社会常識に合わせようと負荷をかけるときに、一個人としてバランスが危機に瀕するわけでしょうね。それを最初は周囲の多少の抵抗や無理解にさらされても、自然に打ち任せてゆくときに、その人なりの人生が開けてくる。周囲もそれを承認せざるを得なくなる。そして、自分の自然を個性として生きてゆくには、仲間の支えが何よりの力のように思います。

【池見さんも、心身医学協会という団体の責任者として、エネルギーを注いでおられます。その活動内容には共通するものが多いように思っています】


  日本唯一の吃音専門情報紙
        村上英雄 岐阜県立希望が丘養護学校教頭 岐阜吃音臨床研究会(岐阜県)

日本唯一の定期刊行の吃音専門情報紙が記念すべき100号を迎えたのは、やはり伊藤さんをはじめ、事務局の皆さんのチームワーク抜きでは語れない。日々の努力に敬服するのみである。
吃音問題に常に大きな夢をもち、時には構想が大きすぎて重荷になっていることもあるけれど、『スタタリング・ナウ』は多くの熱心な読者に支えられて継続している。私にとって大切な情報紙である。
今後、『スタタリング・ナウ』に多くの会員、読者から吃音の情報・実践がたくさん寄せられ、紙面が賑わうことを願っている。(100号の中で自分がどれだけ投稿したか、自省中)

【岐阜吃音臨床研究会が口火を切った形で始まった臨床家のための吃音講習会。今年は3回目を岐阜で迎えます。確かに根付いてきているものを感じます】


  衝撃の診断起因仮説秘話
                              五味淵達也(岐阜県)
 スタタリング・ナウが100号を迎える。続いて当たり前の感覚で、毎月中旬には必ず配達されるものと決め込んでいる者にとって、50号も100号もさして変わりなく受け取ることだろう。しかし、よくよく考えてみると、これは大変なことなのだと改めて考えさせられる。
 スタタリング・ナウは伊藤伸二さんの全身全霊とその情報網を生かした全世界のどもりの情報が高密度で詰め込まれており、私にとって二つとないどもり知識の吸収源で、これがなかったら(ということは伊藤伸二さんとお会いしていなかったらということだが)、どもりについての私の知識は古くさいかびの生えたもののままだったに違いない。それ程大切な情報源のスタタリング・ナウが100号を迎えるということは、この100ヶ月の間にどれだけ啓発され、リニューアルされ、どれだけ励まされたことだろうか。計り知れないものがある。
 過去に遡ってページをめくってみる。私にとって一番の衝撃は91号のウェンデル・ジョンソンの診断起因仮説秘話であった。これは、研究者の止むに止まれぬ研究意欲から生じたむごい人体実験だった。この実験は鼠や猿では行うことはできないもので、どうしても人間でなければならない。しかし、自分自身どもりで苦しんできたジョンソン、そしてどもりが治らないことを身を以て体験しているジョンソンが何故に人為的にどもりをつくることを指示したか、理解に苦しむところだが、一つのことを思い詰めると他のことには考えが及ばなくなるという誰でもが経験する人間の思考の罠にはまった典型であろうか。
ジョンソンが作家の村田喜代子さんのようなどもり礼讃者だったら、人為的にどもりをつくって二重の快哉を叫んだことだろう。事実をひた隠しに隠したことや直すように指示したことは、ジョンソンがどもり礼讃者ではなかったことの証拠になるのだが。
 この実験でどもりにさせられた人は気の毒だが、「もしどもりでなかったら、科学者や大統領になっていたかも知れない」は、そのまま受け取るわけにはいかない。若干の違いはあったにせよ、どもりであろうとなかろうと大同小異の人生だったのではなかろうか。病気になったときに、病気が直ったらあれもしよう、これもしたい、といろいろと思い巡らし、決意をするものだが、いざ直ってみると何一つやっていないといった経験は誰しもあるだろう。病気とかどもりとかいう現象の底にやはりその人の遺伝的要素や生育した環境といったものが色濃く投影されていると思われる。どもりだって総理大臣にもなれば作家にもなり、音楽家にも映画監督にもなるのである。要はどもりにどう対処したかということだろう。どもりに拘り続け、どもりさえ治ればと治ったときの夢ばかり見てきた者にとっては他人事とは思えないが、米国には伊藤伸二がいなかったと見えて、悶々と悩み続けたことは哀しい。
 この一事によってジョンソンをどう評価するかは簡単なことではないが、米国では一応の結論を出しているように見受けられる。しかし、5年、10年後に、どんなことになるかは解らないだろう。最近の脳の研究の進歩によってどんな新しい情報がもたらされ、それがどう影響するか予断を許さないように思う。
 いずれにしても、どもりが、単一の原因で発生し発達していくものであればとうの昔に解明されていた筈である。それが為されていないと言うことは、これからもいろいろな研究が行われ発表されていくことになり、生理面(脳を含む身体面)からと、心理面(精神面)からとの追求が融合されて何か新しい対処法が編み出されるかも知れない。その時になって、案外この診断起因仮説も脚光を浴びることになるかも知れない。しかし、この秘話が隠されていた時点でも診断起因仮説は有名になっており、大きな影響をもたらしていたことを考えると、この実験は一体何だったのだろうかと思わざるを得ない。
 スタタリング・ナウの記事の一つを取り上げて感想の一端を述べた。これからも教えていただくことが沢山あると思う。これからも宜しくお願いいたします。

【五味淵さんがいつまでも若々しいのは、何かひとつのことを追い求める少年のような純粋さにあるのでしょう。100号に寄せて、大作を書いて下さいました】

日本吃音臨床研究会の伊藤伸二 2024/01/27

私と『スタタリング・ナウ」』(8)

『スタタリング・ナウ』100号記念特集
  私と『スタタリング・ナウ』 (8)


 昨日の続きです。21年も前なので、今はもう音信が途絶えている人もおられるし、今もなお頻繁に連絡を取っている人もおられます。人と人とのつきあいというのはおもしろいものですね。そのときは本当に真剣に濃いお付き合いをさせていただきました。


  
脈々と流れる勢いあるもの
                   原広治 島根県立松江ろう学校教員(島根県)
 久里浜の国立特殊教育総合研究所に研修に行っていた通級指導教室の担当者が、そのときの講師と親しくなった。その講師がプライベートで来県されることになり、その情報を放っておくことのない島根の通級担当者は、無理を承知でお話を伺う機会をつくろうとした。快諾をいただいた。
 書籍や話でしか知らなかったその人が目の前にいた。大勢の人が集まった。会場となった小学校の教室で、講師の思いが炸裂した。参会者は深い坤きと納得の痺れを感じた。通級担当者は心動いた。そして、企画を練った。その講師が語った「親子合宿」が気にかかっていた。
 かつて松江では、「ことばの教室」担当者が中心となり、月2回の親子小合宿が精力的に行われていた。「よし、今度は俺たちがやろう!」担当者は奮い立った。島根スタタリング・フォーラムの出発である。
 以来、県内全域を対象とする年1回の吃音親子合宿がスタートした。今年で4回目を終えた今、事務局は次の合宿をイメージしていることだろう。継続することで、当てにし当てにされ、大きな力となる。継続することの面白さと大変さを、事務局は感じている。
 『スタタリング・ナウ』が100号を迎えた。私はその半分くらいしかおつき合いしていないが、どの号も脈々と流れる勢いある何かを感じ、届くのを心待ちにしている一人である。
 この『スタタリング・ナウ』を当てにし、読み終えた後の、一人で瞑想にふける時間を楽しんでいる。そんないい時間をいただいている。
 私たちの仲間が研修での縁から島根に招き、遠路遙々おいでくださる講師、人や絆を大切にし、いかに生きるかを根底から考えさせてくださるその講師こそ、伊藤伸二さんなのである。また会いたい。合宿にやってくるみんなにも、伊藤さんにも……。

【吃音親子合宿・島根スタタリングフォーラムは、伊藤が楽しみにしている年中行事。一緒に取り組む、島根県のことばの教室の担当者はいい仲間です】


  元気の素
                    鬼塚淳子 グラフィックデザイナー(福岡県)
 毎年のいろいろな活動やその報告を見ると、エネルギーに満ちあふれておられるのが、ばしばしと伝わってきて、いつも感動してしまいます。
 最近感じるのは、何でも続けることの難しさと大切さです。私は熱しやすく飽きっぽい性質なので、いろんなものに手を出しては醒めていくのですが、伊藤さんに出会ったエンカウンターグループも入口のひとつだった心理臨床の道と、本当にただ好きでやっている子どもの絵画教室だけは何とか続いています。
 私は続けることで精一杯で、こうできたらというビジョンはあっても行動に移すエネルギーはまだ足りなくて、温めているばかりで。頭で考えているより、やってみれば“ああよかった”って思えることはわかっているんですけどね。
 伊藤さんたちはそれを行動を持って示し、いろんな人の役に立ち、関心や興味を引き出し、巻き込んでいく。巻き込む人も、巻き込まれた人たちも、心地よく元気に楽しくやっていて、とてもいいバランスを感じます。
 これからも元気の素をたくさん放出し続けてください。私が何か少しでも役に立つことがあれば言ってください。ささやかながら力になれればと思います。

【年報や『どもり・親子の旅』の表紙を描いて下さった人。サマーキャンプの黄色い旗も鬼塚さんの絵です。初参加の人をやさしく温かく迎えてくれています】


  出版を通してのおつき合い
                    芳賀英明 芳賀書店代表取締役(東京都)
 毎号、伊藤さんのご活躍ぶりに、みなさん、勇気づけられていることと思います。伊藤伸二さんと私は、『新・吃音者宣言』なる書籍を1999年に出版して以来のお付き合いになります。『吃音と上手につきあうための吃音相談室』も同年に出版いたしました。また、2001年には筑波大学教授石隈利紀先生との共著『論理療法と吃音自分とうまくつき合う発想と実践』も出版させていただきました。『スタタリング・ナウ』でもご紹介いただきました。ありがとうございます。
 今後のさらなるご発展をお祈り申し上げます。

【芳賀さんとの出会いがなかったら、3冊の本の出版はなかったでしょう。ご自身が吃音で、出版の趣旨を十分理解して下さいました。感謝しております】


  根底に流れるものを共有しながら
          川井田祥子 應典院ディレクター すくーる・ほろん主宰(大阪府)
 1997年の秋、私は教育関係の方にお会いして話を伺い、次の方を紹介していただくという、「双六インタビュー」をしていました。不登校の子どもの親の会の方から伊藤さんを紹介され、突然インタビューをお願いしたところ快く了解して下さり、吃音のことに対してほとんど無知だった私に、伊藤さんはご自身の体験をふまえながら熱く語って下さったのです。
 以来、ニュースレターや年報を読ませていただくようになり、多くの驚きや発見、学びを得ています。なぜなら、吃音との向き合い方、他の吃音者への接し方など、発信されるメッセージの中に、教育を考える上での貴重なヒントやテーマがたくさん含まれているからです。私が教室で生徒と向き合うとき、應典院でいろんな立場の人と事業を進めていくときもヒントを得ることがたくさんあって、毎月欠かさず届くニュースレターを読むと、「私も!」と励まされます。また、原稿を書く方が大勢いらっしゃるので、根底に流れるものを共有しながら着実に会の活動は拡がり、全国(世界?)に根づいていることも実感します。

【知人の紹介で知り合った川井田さんが、平井雷太さんとの出会いのきっかけを作って下さり、今は、應典院でも共に活動しています。不思議な縁を思います】


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/01/26

私と『スタタリング・ナウ』(7)

『スタタリング・ナウ』100号記念特集
  私と『スタタリング・ナウ』(7)


 合理的配慮について、その危惧について話すとき、僕はいつも、平井雷太さんの「いじめられっ子のひとりごと」の詩を読みます。吃音に大きな劣等感をもつきっかけとなった小学2年生の学芸会で、セリフのある役を外された体験に関連してです。担任の不当な差別だとしか考えていなかったこの出来事を、教師の配慮だったのかもしれないと考えるようになったきっかけをつくってくれたのが平井さんの詩です。教師の配慮が僕を21歳まで苦しめたというものです。配慮で助かる子どもも多いだろうけれど、僕のような子もいるということを、心に留めていただければと思います。平井雷太さんも、メッセージを寄せてくださっていました。

  
『吃音者宣言』の意味
               平井雷太 セルフラーニング研究所所長(東京)
 伊藤さんとの出会いは、私が書いた「いじめられっ子のひとりごと」という詞です。高校までは私と同じクラスになった場合には、私がどもりであることはバレバレであったのですが、大学に入ってからは教師に指名されることがほとんどないため、私がどもりであることはほとんど知られずに来たのです。バレそうになるところは、無意識のうちに避けていたのですが、5〜6年前にたまたま書いた詞にはじめてどもりのことを書いたら、それが伊藤さんの目に止まったのです。
 そして、伊藤さんに大阪の研究会に呼ばれ、みんなの前でどもりの話をしたのですが、私にとっては初めての体験でした。それ以来、講演のなかで、自分がどもりであることを話すことに抵抗がなくなりました。どもりであることを知られることが恥ずかしいと思っているから、どもらないようにうまくやろうと思うことで失敗した場面が浮かび、ますます緊張し、冷や汗をかいたりしていたのですが、どもる私を否定していた結果なのでしょう。あるべき私像が私のなかにあるから、そうでない私は許せない。だから、どもりであることを隠そうとして、苦しくなっていたのでしょう。どうも、これが、「どもることが恥ずかしい」と思う感情の正体だったように思うのです。ですから、「私はいまでもどもるんです」と人前で言えるようになったというか、どもりであることを人前で言う機会をいただいたことがきっかけになって、どもること自体が恥ずかしいことではないことに気づかされました。これは私にとって、大きな気づきとなりました。
 私は教育の仕事に携わりながら、自分自身苦手なことを避けてきたきらいがあるのですが、苦手だからいい、嫌いだからそれが課題になると思うようになって、古文が苦手で音読なんて決してやったことがなかった私が、いまは紀貫之の古今和歌集序文「仮名序」を毎日音読するようなことをしています。読書百偏とはよく言いますが、実際に100回やるとどうなるか、その実験をした人はそう多くないと思うのですが、そんなことをやってみようかという気になったのも、どこかどもりであることをカミングアウトしたこととつながっているような気がしているのです。どもりであることを自分に認めて受けいれたことで、どもりを私の課題として、どもりを治すことを目的にせず、そのことに向かうことが50を越えてやっとできるようになったのかとそんな心境です。今日もこれから「仮名序」の音読をしますが、34回目となります。
 この文章を書く機会をいただいて、書いているうちにまた見えたことがあります。ここまでを要約すると、次のような内容になるのかと思いました。

 どもりであることを隠そうとしたのは
 どもりである私を私が受けいれていなかった証拠だ。
 どもりである私が許せないから
 どもることを恥ずかしいことだと思ったのだ。
 「吃音者宣言」(伊藤伸二著)の意味がやっとわかった。

【平井さんの「やさしさ暴力」が、私の吃音への苦しいこだわりは、小学校2年の担任教師の配慮だったのではと、「配慮が人を傷つける」に結び付きました】


  連帯感
                       安藤百枝 言語聴覚士(東京都)
 作成される側には生みの苦しみがあるのかもしれませんが、読者としては毎号ワクワクしながら灰色の封筒を開くのです。他の団体からもいくつかのニュースレターを受け取りますが、「スタタリング・ナウ」ほど到着を楽しみにし、受け取るとすぐに読むレターはありません。特に巻頭言は一字一句丁寧に、繰り返し読んでいます。特別、吃音の情報が欲しいわけでもないのに何故? と自問自答しているのですが…。
 巻頭言にはひとつひとつのことばに筆者の「思い」があるからでしょうか。共感し、励まされ、勇気づけられることが多く、すごい吸引力で多くのことばが私の胸に棲みついています。テーマは吃音であっても、根幹に人を愛し、深く理解しようとする情熱と人間味あふれる優しい目線を読者が感じとり、巻頭言を通した読者と筆者、読者どうしの共感や連帯のようなものを感じているのです。(私だけが一方的にかな?)
 記事への提案です。巻頭言に続いてショートコースやキャンプ等いろいろな行事の報告は、全部に参加できない者にとって時系列にそった報告がリアルでとてもありがたいです。これはぜひ続けて下さい。そのほかに、年に一回くらい、紙上討論(?)があるとよいかなと思います。基調講演のような形で討論内容が提示され、それに対する意見を読者から募集、次号か次々号で特集にするという訳です。作成・編集が大変だろうことは想像つきますが、ホンネの意見が出し合えたらいいなーと思うのです。

【どもる子ども(今は青年)の親から、言語臨床家へ。日本吃音臨床研究会の活動を親の立場から提言を続けて下さる。紙上討論、取り組んでみたいと思います】


  理論と実践、そして体験
                      高橋徹 詩人、朝日新聞客員(兵庫県)
 継続は力なり、という。まさしく伊藤伸二さんの『スタタリング・ナウ』がそうである。理論と実践について述べ、協賛者が報告し、会員が体験を披露。どもる人によるわが国初の定期刊行物。そのエネルギーは、まばゆいばかりだ。
 おとなたちにまじって、少年や少女もいる。みんな輪になっていすに座っている。リーダーら世話役が会をすすめていく。まさしく血の通った親愛感にあふれている。こんな集まりを続けている伊藤伸二さんらに、敬意を捧げずにはおられない。どうぞどうぞますますのご発展を。

【私たちは文章を書くことを吃音教室で続けているが、その講師だけでなく、ことば文学賞の選考者として、どもる人の体験をよく理解し、共感して下さっています】


  当事者に学び、周囲の理解を深めよう
                野木孝 全国言語障害児をもつ親の会事務局長(福島県)
 最近ようやく、吃音症状にのみ目を奪われる人が多かった親の会や学校の「ことばの教室」担当者の研究会でも、当事者の思いを理解し、当事者から学ぼうとすることが、盛んになってきました。
 症状を消去することに腐心する保護者や「指導」をしないと気の済まない先生が多かった時期を知っている者としては、昔日の感があります。
 これも長年にわたる貴研究会の活動の活動の成果と、改めて敬意を表します。
 「ことばの教室」に通級している子どものことを考えると、通級するのは週に1〜3回のみで、学校生活の大部分を通常の学級で過ごしますので、通常学級担任をとりまく子どもの集団の理解を深めることが重要と考え、「ボランティア研修会」などを通して、周囲の人々の理解を深めることに努力しているところです。
 今後ますます、このような活動にお力添えやご指導を賜りますよう、お願い申し上げます。

【30年前、全国吃音巡回相談会の福島会場でお世話下さった時は、ことばの教室の先生でした。長年の臨床を経て、今は親の会の事務局長としてご活躍です】

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/01/25

【お知らせ】1月29日(月)午後8時 NHK Eテレ ハートネットTV「フクチッチ」で、吃音が取り上げられます

 昨年10月、NHK Eテレのディレクターからメールが入りました。フクチッチという番組で、吃音を取り上げたいので、取材したいとのことでした。フクチッチ? さてどんな番組だろうか、調べてみると、子ども向けに、福祉のことを分かりやすく解説し、登場する子どもたちに考えてもらう番組のようです。風間俊介さんがメインの進行役のようでした。フクチッチは、前半と後半に分かれているそうで、後半担当のもう一人のディレクターと一緒に、チームスで、もう少し詳しく打ち合わせをすることになりました。
 時系列で、これまでの様子をお知らせします。

11月1日(水)13:00〜 チームスで取材
 番組で、吃音を取り上げようと考えた経過と目的などを聞きました。吃音者宣言や、東京正生学院での経験、セルフヘルプグループ言友会の活動、ことばの教室でなされているどもる子どもへの関わりなど、僕は、質問に答えながらいろいろな話をしました。どもる子どもの生きる力を育てる取り組みが紹介できればいいなあと思いましたが、さて、どんな番組になるのでしょうか。

11月27日(月)9:30〜 ディレクターが自宅へ
 1日、チームスで話をした、前半担当のディレクターがひとりで、その次の取材についての打ち合わせのため自宅へ来られました。午前9時半から午後1時過ぎまで、4時間弱、たくさん質問が出されました。あの後、いろいろ調べ、取材し、そして、吃音の問題を語るとき、何が一番の転換点かと考えたそうです。はじめは、言語聴覚士の制度ができたことかと思ったそうですが、さらにいろいろ読み込み、調べ、考えた末、大きな転換点は、「吃音者宣言」だと考えたとのことでした。吃音者宣言を出すことになった背景、その頃の様子、出した意図、何を考えていたのか、それらを番組で紹介したいとのことでした。吃音者宣言にスポットが当たることはありがたいことです。古い写真や、セピア色の今にも破けそうなその頃使っていた教本などを引っ張りだしてきました。ディレクターは、「わあ、すごい。こんな資料があるんですね」と感嘆の声を上げていました。でも、番組にどう反映されるのか、未知数です。

12月6日(水)10:00〜 カメラ、音声、そしてディレクター3人が自宅へ
NHK取材1NHK取材2 ディレクターとカメラ、音声の3人が自宅へ来られ、リビングは、撮影現場になりました。ディレクターが質問をし、僕がそれに答える形で撮影が始まりました。1976年に、それまでの多くの仲間の体験と活動の中で得られた結晶として提起した「吃音者宣言」は、今も決して色あせることのない宝物だと思っています。多くの人が「吃音者宣言」に出会い、どもる自分を認めて、自分のことばを磨き、届けたい相手に向かって、ことばを丁寧に伝えていく、それを積み重ねていくことが生きることだと確信していきました。田辺一鶴さんや言友会の初期の活動など、なつかしい写真も登場します。これまでの歩みを整理し、振り返ることができ、僕にとってはいい時間でした。

2024年1月23日 
 放映に関する最終のお知らせのメールが届きました。番宣には、伊藤の名前も、「吃音者宣言」のことばも出てきません。どんな扱いになるのでしょうか。ほんのわずかしか出てこないかもしれません。吃音を治す・改善するというのではなく、そして、周りの理解に助けてもらうことを過剰に期待する弱い存在ではなく、吃音とともに豊かに生きる人がたくさんいることを知ってもらう番組であって欲しい。どもる子どもに「生きる力」を育てることが大切だとする僕たちの思いが反映されている番組になっていることを願うばかりです。
 放映は、1月29日午後8時。NHK EテレのハートネットTV フクチッチ、よかったら、ご覧ください。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/01/24

私と『スタタリング・ナウ』6

『スタタリング・ナウ』100号記念特集
  私と『スタタリング・ナウ』6


 『スタタリング・ナウ』100号記念特集に寄せられたたくさんの人のメッセージを改めて読み返しながら、おひとりおひとりの温かくも、その力強さに、圧倒されています。昨日のつづきを紹介します。肩書きはすべて当時のものです。

  
「私は私でいいんだ」のメッセージを送り続けて
                     平木典子 日本女子大学教授(東京都)
 伊藤伸二さんから「吃音とコミュニケーション」を初めて送っていただいたとき、「こんな読み応えのあるニュースレターは初めてです」といったお礼を述べたことを覚えていますが、その後、「スタタリング・ナウ」になって、1991年6月4日の第1号から全部ファイルして持っています。どれをとっても読み応えは変わらず、いつもあっという間に読んでしまいます。
 意気軒昂で、ユーモアにあふれ、時にはストレートに、時には逆説的に語られる伊藤さんの巻頭文と、アイデア豊かなプログラムの実践報告に、感動し、すっかり考えさせられ、そして、励まされてきました。このニュースレターは、会員のみならず、多くの人々に読んでもらいたい内容がぎっしり詰まっています。
 勝手なお願いですが、今後とも「私は私でいいんだ」というメッセージをさまざまな形で送り続けて下さることを期待しています。

【吃音ショートコースで楽しくご指導いただいた、アサーティブトレーニングの講義と日常生活に生かせるたくさんの実習満載の年報は、大きな財産です】


  子どもがどもりで悩んでも
             村本邦子 女性ライフサイクル研究所所長(大阪府)
 あっという間に100号なんですね。ふだん忙しくしているので、なかなかまめには読めないでいますが、レターを送って頂き、ファイルが分厚くなるにつれ、「頑張ってくれてるんだな」と安心しています。
 今はもう中2になるうちの息子も、小さい時からどもるんですが(どうやら、それにも時期があって、かなりどもる時期、まったくどもらない時期、いろいろあるようですけど)、それより前から伊藤伸二さんとおつきあいさせて頂いていますので、まったく気楽などもりの母をやっています。
 「伊藤さんみたいに素敵な男性になるなら、どもりもいいか」みたいな…。本人がどもることに悩むようになったら、「吃音親子サマーキャンプ」に親子で参加しようと、正直、楽しみにしているのですが、今のところ、そのチャンスもなく…。本人が特に気にしていないのに、「どもり」のアイデンティティを押しつけるのもどうかなと思い、とりあえず、そのままになっています。
 小学生の半ば頃、友達に「何でお前、そんなに詰まるん?」と問われ、「癖やねん」と答えているのは見たことがあるし、小6の頃、まねされてからかわれたようなエピソードを、間接的に耳にしたことがある。本人が「僕、時々、言われへんくなるから」と言うのを聞くことはある。それでも、そのことで対人関係に消極的になる様子もなく、スピーチを引き受けたり、柔道部のキャプテンをしたりして、決して雄弁ではないけれど、友達も多く、これでいいのかなあと安心して見ています。
 「吃音親子サマーキャンプ」という年頃に間に合うかどうかわかりませんが、彼が、今後、もしもどもりで悩むようになったら、伊藤さんのところにやろうと密かにあてにしておりますので、今後ともよろしくお願いします。
 たとえ直接お世話にならなくても、こんなグループが存在するということ自体、どもりの母には励ましになっています。ありがとう!

【女性の人生サイクルの中で起こる様々な問題を女性スタッフがサポートする。経済的に自立しつつ、もち出しでも社会的活動に取り組む研究所に励まされます】


  話すということ
                     織田さやか NHKディレクター(愛知県)
 毎号とても楽しみにしています。いつも思い出すのは、伊藤さんに出演いただいた『にんげんゆうゆう』でのことばです。「自分にはどもってでも話したい内容があるのか」。話すことは技術ではなく、思いであること、これは表現者である立場の私にとって、いつも大事にしたいと思うことです。
 『スタタリング・ナウ』の中では、毎年夏のキャンプの報告が一番楽しみです。参加した子どもたちがそれぞれに自信と友情を深めていく姿には、こちらもうれしい気持ちになります。今後ともますますすばらしい冊子が続くことを心より祈っております。

【たくさんの付箋が貼られた私の本で、誠実な番組制作の姿勢がうかがえました。30分間に吃音の本質が盛り込まれていて、吃音のいい教材となりました】

 
  『スタタリング・ナウ』はパワーの素
                       山中貴代美 言語聴覚士(山口県)

 「ことば」というものについてそれまで何げなく使ってきた私が、子どもに指導するという立場に立つことになり、無知だったどもりについて勉強してみようと思い、吃音ショートコースに参加したことが『スタタリング・ナウ』との出会いでした。そこで初めて「ことば」「表現」について深く考えさせられました。それ以後、『スタタリング・ナウ』を読むたびに、自分に置き換えて考えたり、子どもや親御さんの立場になって考えたりするようになりました。そして、その作業をすることによって、自分のことを振り返る機会となったり、仕事へのエネルギーになったりして、自分自身が豊かになったような気持ちになるのです。
 私にとって『スタタリング・ナウ』とは「パワーの素」ではないかと思います。そんなパワーの素を企画・作成される皆さん、これからもいろいろな角度から見た記事を発信され、私を刺激して下さい。期待しています。

【吃音親子サマーキャンプになくてはならない人です。小さな子どもたちが、話し合いの輪の中で吃音についての話をし始めるのは、まるで魔法にかかったようです】

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/01/23

私と『スタタリング・ナウ』5

『スタタリング・ナウ』100号記念特集 5 

 100号記念に、たくさんの方からメッセージをいただきました。前号に続いて、読者の皆様から私たちへの応援歌として、うれしくいただきました。こんなにいろんな分野の人が応援してくれていたのだと思うと、気持ちが引き締まります。ありがたいことです。


  
吃音を巡るX軸、Y軸、Z軸について
                     石隈利紀 筑波大学心理学系教授(茨城県)
 大変な思いで1号を開始され、それぞれの号に大会や研修会の案内や様子を盛り込みながら、100号に到着されたのですね。みなさんの熱意と体力のたまものだと思います。そしてひょっとしたら、「今回はこれでとりあえず凌こう」という柔軟なビリーフにも支えられたのではないでしょうか(勝手な推測でスミマセン)。定期的にメッセージを送り続けることは、相手への思いを贈り続けることですね。脱帽です。
 夏の「第2回臨床家のための吃音講習会」では吃音を巡る、X軸、Y軸、Z軸について議論されました。
 X軸は「話し手」の話すという行動に焦点を当て、Y軸は「聞き手」の聞くという行動に焦点を当てます。人の苦戦は、個人と環境の折り合いに影響を受けます。そこでは、聞き手は、話し手が話しやすいように、話し手と環境の折り合いがうまくいくように配慮します。そして、Z軸は話し手の自分の行動(吃音)についての態度です。ここでは、話し手が自分とどう折り合いをつけるかがポイントになります。
 X軸の吃音に対してのアプローチをどうするかについて、論理療法を活用して、Z軸から、X軸をながめてみるとどうでしょうか。

ゝ媛擦鮗す努力を否定する。(脱治療スタイル)
⊂綣蠅墨辰擦襪砲海靴燭海箸呂覆ぁ上手に話せるようベストを尽くす。でも上手に話せないからといって、私がダメ人間というわけではない。(マイベストスタイル)
上手に話せないことは不便だ。でも人生にはたくさんのことがある。吃音であるかどうかは関係なく、私は人生を楽しむ。(人生エンジョイスタイル)

 ´↓には共通して、「私は吃音である」ことを受け入れ、「吃音であることに人生を脅かされない」という柔軟なビリーフがあります。一方、´↓は、X軸に対するアプローチについては少しだけ異なります。
 (脱治療スタイル)では、X軸へのアプローチ=吃音の治療ととらえ、X軸へのアプローチにこだわることを否定しています。
 (マイベストスタイル)では、X軸へのアプローチ=吃音の治療ととらえているかもしれませんが、X軸と適度につき合う姿勢があります。
 (人生エンジョイスタイル)では、X軸を自分の生活の状況と幅広くとらえています。そして吃音を、X軸のたった一つの状況ととらえます。人生には、たくさんのできごとがあるからです。

 (脱治療スタイル)、(マイベストスタイル)、(人生エンジョイスタイル)は、それぞれに意味があります。人生の喜びをみつけ、柔軟に生きている人は、人生エンジョイスタイルを実践していると言えます。マイベストスタイルの人は、「話す」ことに工夫しながら、自分の中にある「私は上手に話すべきだ」というイラショナル・ビリーフに対処しています。このイラショナル・ビリーフがある程度あるときは、「上手に話せないからといって、私はダメ人間ではない」と自分に言い聞かせることは、適切だと思います。
 さて、脱治療スタイルは、どうでしょうか。もし自分が吃音への治療に長年こだわってきたとしたら、あるいは多くの人が吃音への治療にこだわっているとしたら、吃音の治療から自分を解放することが、第一の課題なのではないでしょうか。吃音の治療から脱出することは、吃音の治療に成功しなかったという理由で自分を責めることをやめることです。吃音の治療から自分を解放することで、自分を取り戻すことです。
 伊藤伸二さんは、論理療法にいち早く取り組んでこられました。(「論理療法」と意識する前から論理療法的な援助実践をされてきたようです。『論理療法と吃音』参照)。そして伊藤さんは、マイベストスタイルや人生エンジョイスタイルを多くの仲間に伝え、多くの仲間を支えて来られました。でも同時に脱治療スタイルを強調されるのは、多くの人が吃音の治療にこだわって苦戦している状況を何とかしたいと思っておられるからではないかと、思います。
 「吃音の治療へのこだわりを蹴飛ばすことから、自分の人生が始まる」…伊藤さんは、そう伝えたいのではないでしょうか。『吃音者宣言』には、自分が自分の物語の主人公になるという強い意志を感じます。

【吃音ショートコースでの伊藤との対談は大いに弾みました。どもりを考えるとき、論理療法は本当にぴったりです。楽しいひとときが素敵な本になりました】


  拍手代言
                            竹内敏晴 演出家(愛知県)
 毎号、ことばがひっかかることに、むき出しにあるいはひそかに苦しみ抜いて来た人が、同じ苦しみに悩む人に出会って語りあった時の、安堵、受け入れられた喜びが語られている―これが第一。
 聴覚言語障害だったわたしにとってひとごとでなく感じられると同時に、そういう体験がありえなかった自分を改めて考え直すこともあります。
 第二に、毎号の伊藤伸二さんのいつも熱意の溢れる文章。よくまあ毎回ネタがつきないなと感心するが、訴えたい、あるいは反駁したい事柄が詰まっていて、かれの明るいエネルギーに拍手を送りたい。
 どうか、ことばのひっかかりに悩む人々が、息深く、めげず、自分のことば、自分独自の語り方を見つけ出し身につけられるように、一歩一歩あるかれんことを。

【竹内さんとの出会いは、「吃音症状に対してではなく、声やことばのレッスンは必要だ」とする私たちを、理論的、実践的に支える大きな力となっています】

鴻上尚史手書きのメッセージ                       鴻上尚史 劇作家・演出家(東京)
 吃音ショーコースでは、僕自身、大変有意義な時間を過ごさせていただきました。
 僕自身“表現するとは何か?”“お前は何のために表現するのか?”と問いかけた2日間でした。この経験は長く僕の中で、僕を支え続けてくれると思います。幸福な時間を過ごさせていただいて、ありがとうございました。

【私たちとは全く違った世界にいる人だと思っていた鴻上さんが英国留学という体験をして下さったおかげてとても身近な存在になりました】


  どもる人に会うとうれしい
                             芹沢俊介 評論家(東京都)
 子どものころどもる人がとても魅力的に映ったものです。身体障害者を身のこなしに独特の癖のある人というように考えた(子どもは放っておけば素直にそう考えます)のと同様、吃音の人を発語の仕方に独特の癖のある人だと考えていました。だから子どもの私は真似しようとしたものです。
 今もどもる人に会うとうれしくなります。大好きだった広沢虎造という浪曲師が次郎長伝のその外伝として武居のども安(安五郎)について「武居のども安鬼より怖い、どどとどもれば人を斬る」と語っていたのをラジオで聞いて育ったせいもあるかも知れません。
 清水次郎長よりもども安の好きな私は、伊藤さんにときどき「ども安」を感じ、にやりとします。

【「吃る言語を話す少数者という自覚は実に新鮮である」と、週刊エコノミスト(毎日新聞社)の書評欄で、『新・吃音者宣言』を紹介して下さいました】


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/01/22

新しい地点に立って

 『スタタリング・ナウ』100号記念にいただいたたくさんのメッセージは、100号だけには収まらず、次の101号にも掲載されていました。メッセージを寄せてくださった方の中には、もう亡くなられた方もおられます。いただいたことばの数々、しっかり受け止め、大切にしようと、新たに心に刻んでいます。2003年1月18日発行の101号から、まず巻頭言を紹介します。

新しい地点に立って
                    日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 「吃音はどう治すかではなくて、どう生きるかの問題につきる」として、私が『吃音を治す努力の否定』を提起したのは、1974年のことだから、もうすでに30年近くなる。ことばをかえれば、「吃音を否定するのをやめよう」を、いろいろに形を変えて言い続けてきたことになる。
 この主張は当時、吃音の研究者や臨床家だけでなく、吃音に悩む人々からも批判を受けた。それは、治るはずのものが、あるいは治る可能性のある吃音が、治す努力を否定することで、治らなくてもいいのか。吃音を治したいと切実に願うどもる人や子ども、親の気持ちに応えていないのではないかとの批判だった。
 30年たって、状況は変わったのだろうか。医療・科学・技術の目覚ましい発展の中で、吃音は、ひとり取り残されたかのように、新しく明らかになったことはほとんどなく、有効な治療法も開発されていない。
 それでもインターネット上の吃音情報は、「吃音は治る。治すべきだ」の主張がほとんどで、『どもりは必ず治る』本も最近相次いで出版されている。先だって、旅先で立ち寄ったある小さな町の図書館に『どもりは必ず治せる』というような題の本が1冊だけあった。その本には、寄贈の挨拶文がはさんであった。高額の吃音を治す器具を売るための宣伝として、この本は全国の全ての図書館に寄贈されているのだろうか。吃音は治る、吃音を否定的にとらえる情報は、以前よりも氾濫しているのかもしれない。
 このような従来の「吃音は治る・治すべき」が今もそれなりの説得力をもち続けるのは、その前提である、「どもりは悪いもの、劣ったもの、恥ずかしいもの」などの認識が、なかなか変わらないからだろう。それは、現実に吃音による悩みが深いことも要因のひとつだろうが、誤った情報による影響も少なくない。
 かつての私たちは、治るという情報しか与えられずに、吃音は治すべきで、治るものだと信じて治す努力をしてきた。吃音は原因も分からず、治療法がなく、治りにくいものだという情報があれば、あれほど、吃音にこだわらなかったのではないかと考えると、これまでとは違う視点に立った、精度の高い真実の情報を提供しなければならないのだろう。また、長年の活動の中から吃音は、恥ずかしいものでも、悪いものでもなく、自らの力で十分向き合い、つきあうことのできるものだと気づいていった経緯を考えると、私たちは、自らの体験をもっと語らなくてはならない。その中で、私たちの主張は、説得力をもつのではないか。
 30年前、治す努力を続けた人がどうなり、反対に治す努力を否定した人はどうなったが検証できれば、興味深い結果が出たことだろう。試験官の中での実験ではないだけに、科学的な実証は難しいが、多くのどもる人と出会ってきた私の推論では、治す努力をした人も、努力をしなかった人も、30年の人生を積み重ねたのであり、その中での吃音そのものの変化にはあまり差がないのではないか。吃音が治ったり、軽くなったりするのはその人の治すための努力よりも、別の要素が働く、つまり結果として自然に起こることが多いからだ。一方、吃音を治すことにこだわって生きたかどうかは、その人生に影響を与えるだろうと思う。私たちの周りの、吃音を治す努力を否定して、その努力を自分らしく生きることに振り向けた大勢の人達は、時に、吃音に悩むことはあっても、自分で納得できる人生を歩んでいる。これらの事実も明らかにしていかなくてはならない。
 私たちの主張に共感し、支えて下さる方々が随分と増えた。今回100号の記念に寄せて下さった多くの方々のメッセージのひとつひとつが大変ありがたくうれしい。今後、私たちが歩む方向を示唆して下さっている。これらを励ましとし受け止め、学びながら、また新たな一歩を踏み出したい。それは、ゼロからのスタートではない。多くの積み重ねと、多くの仲間に恵まれている。「どもってもいい」をもう少し、理論的に丁寧に説明し、実践し、さらに理論的に説明するという作業が必要なのだろう。新しい地点にようやく立てたと言うべきかもしれない。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/01/21

私と『スタタリング・ナウ』4

 昨日の続きです。2002年12月21日発行の『スタタリング・ナウ』100号記念特集に寄せられたメッセージを紹介しています。

『スタタリング・ナウ』100号記念特集
   私と『スタタリング・ナウ』
  


  99号を読んで
                 喜田清 ボランティアグループユーテ代表(香川県)
 11月2〜4日に開かれた吃音ショートコース報告特集号です。7歳〜70歳を越える方、総勢58名。四国や関東・東北から参加されて、主宰者・伊藤伸二さんの力量の大きさと伊藤さんを支える人脈の豊かさが見事に結集されています。
 どもる私から見て画期的なのは、どもる人だけでなく、各地の小学校や保健所の、ことばの教室の先生から、精神科デイケア・言語聴覚士も参加されています。
 ユーテ10月号で紹介した「臨床家のための吃音講習会」に参加した横須賀市立諏訪小学校・ことばの教室の鈴木先生も、吃音ショートコースに参加しています。それは決して偶然ではありません。主宰者・伊藤伸二さんが、一回の出会いを大切にして、どもる子どもの対応に苦慮している鈴木先生に、励ましの手紙を差し上げたことから、横須賀の鈴木先生も、関西の集会に駆けつけてきました。
 1998年、伊藤伸二さんは青森で鴻上尚史さんと出会い、その出会いを大切にしていた伊藤伸二さんは、この吃音ショートコースに鴻上さんをメイン講師に迎えています。
 このような人と人の出会いを、伊藤伸二さんは「奇跡的」と表現しています。さらに、このような出会いを大切にして、吃音ショートコースに参加されている皆さんが、夜遅くまでお酒を飲みながら、相手に身を委ねる思いで語り合えることを「奇跡のような空間」と、言っています。
 私も吃音症状の強いときは、何の集会に参加しても自分の殻に閉じこもって、出会いを大切にする心情になれなかったです。
 出会いを大切にすることによって、自然に、何の集会でもその場の雰囲気に自分を委ねることができます。
 その証明が、スタタリング・ナウ11月号で紹介されている吃音ショートコースです。
 夜10時を過ぎた歓談のときでも講師・鴻上尚史さんは、隅っこにポツンと一人いる方に声をかけて、歓談の中に入るように配慮しています。美しい光景です。
 どこの吃音者自助団体の発行している会報でも、必ず見られるのが「何年間も吃音治療機関をさまよって何の効果もない」話です。スタタリング・ナウ11月号にも、芸術大学を中退した青年が3年間、吃音治療所へ通って徒労だった報告があります。その費用については何も書かれていませんが、それは決して安いものではありません。胸が痛みます。
 ただし吃音ショートコースでは、精神病院の精神科デイケア・言語聴覚士・ことばの教室の先生も同じ参加者として、吃音者のことばを聞いています。
 ことばの教室の先生も、今まで、どんなに努力しても、児童に効果が現れなくて、先生自身が「ものすごいストレスで身も心も痩せる思い」でした。しかし、この吃音ショートコースに参加されて「皮膚を通して沁みてきた感覚として」吃音が理解できました。
 それからは学校に戻って、力まずにどもる子どもと話ができた報告もありました。
 このように、吃音者と治療する者との対等な交流の積み重ねによって、吃音者の未来は必ず明るく開けます。

【どもる人に呼びかけたグループ『ユーテ』が香川県で知らない人がないほどのボランティアグループに発展。地道にこつこつと活動される姿には、励まされます】


  心の充電
                   嶋村由美 主婦・診療放射線技師(大阪府)
 私は1歳の子どもを持ち、今は読むだけのおつき合いになっていますが、毎月楽しみに読ませて頂いています。私にとっては心の充電になっています。
 近頃はどもりと仲良くなって、そんなに困ることはなくなりましたが、1つ悩んでいることがあります。今はクリニックでレントゲン撮影のアルバイトをしていますが、ほとんど胸部撮影だけで、気楽に働いています。検診が主のクリニックで、職員の方は胃の透視検査をされています。私が以前働いていた病院では胃の検査は医師がやっていたため私は経験していませんでした。
 先日、まだ確定ではないけど人手が足りないときは、私が胃の検査もできるようになったらいいと言われました。やってみたいという気持ちはありますが、マイクに向かって話すのは本当に苦手で、それも短時間で検査を終えるため早く分かりやすく話さないといけないし、それでなくてもまずいバリウムを飲まされてあっち向けこっち向けと指示され辛い検査なのに、検査する側がどもっているとイライラされるのではないか、私が入ると検査の待ち時間が延びるんじゃないかなどと考えてしまいます。
 でも『スタタリング・ナウ』等を読んでどもりの技師がいてもいい、うまくやろうとしないで検査の内容に目を向けようと思いました。流暢でも早口で分かりにくいものより、どもっても感じの良い検査ができればいいなあと思います。
 まだクリニックの方針が決まってないのでどうなるか分かりませんが、もし頼まれたら引き受けるかもしれないです。でも逃げたい気持ちもあるのでまだ迷っています。

【大阪の吃音教室に参加されていた嶋村さん。今は子育てとお仕事でお忙しいようです。心の充電をたっぷりして下さいね】


  急ぎ過ぎる社会に一石
           羽鳥操 野口体操の会主宰 野口三千三授業記録の会代表(東京都)
 「スタタリング」の言葉に初めて出会ったとき、思わず舌を噛みそうになったことを思い出します。でもいい響きの言葉だと思いました。
 ところで、会長の伊藤伸二さんにお目にかかったのは1998年秋のことでした。文化デザインフォーラム青森に、演出家の鴻上尚史さんに御呼ばれしてご一緒させていただいたのがご縁です。それ以来この冊子を通して、伊藤さんの過去・現在・未来を、垣間見させていただくと同時に、吃音で悩む方々の生き方から教えられることが多々あります。
 思い返せば伊藤さんの滑らかなスピーチを隣で伺いながら、吃音の会の代表者ということが信じられませんでした。「僕は、吃音のある人に、テレビやラジオの出演を頼んでいます」という知人のディレクターがおります。かれこれ二十年近くのおつき合いがありますが、彼が制作する番組の登場者は確かに吃音の方が多いのです。言葉を選び、言葉を捜し、言葉を言い換えることをしている人は、物事をしっかり見据える力を日常的に養っているわけで、年を重ねるごとに深い洞察力を磨いているという彼の認識に、番組を通してうなずいています。障害をもっていることによって、見えてくる世界もありますね。話を聞くとき、話をするとき、「待つ」ことによって絆がしっかりと結ばれる可能性があることを、ぜひこの冊子と活動によって、世の中に知らせて下さい。あまりにも急ぎすぎる社会に、一石を投じていただきたい。本当のコミュニケーショシの意味を、伝えて下さい。

【羽鳥さんの野口体操の教室と著作を通して、野口体操が語り継がれ、実践されていきます。それが少しずつ広がっていくことをうれしく思います】


  日々言葉を扱う仕事の中で
          永田浩三 NHKディレクター(東京都) クローズアップ現代 編集長
 「スタタリング・ナウ」をいつも感銘深く読ませていただいております。
 伊藤伸二さんにお目にかかったのは2年前。NHKの番組で竹内敏晴さんのワークショップを紹介した時でした。その際私の恩師の永渕正昭先生(東北大学で教わりました)の名前が出て、私と伊藤さんに接点が生まれたのです。
 私自身吃音の経験はありませんが、中学時代の後半、自分の言葉に正確でありたいと思いつめるあまり、何も言えなくなってしまったことがあります。どの言葉も自分の気持ちとずれがあるような気がして、言葉を発することができなかったのです。その後高校に進み、リベラルな雰囲気のなかで、身構えないで話せるようになりました。
 今はクローズアップ現代という番組の編集長として、日々言葉を扱う仕事をしていますが、伊藤さんの文章はかっての自分を思い出させてくれます。当時のもんもんとした気持ちがその後の自分にとってプラスであったと、今は思います。
 先日、重松清さんの「きよしこ」という小説を読みました。吃音を抱えながら、心優しくたくましく育つ少年の物語で、伊藤さんを思いました。
 「あなたは1人ではない。あなたはあなたのよさに気づいてほしい。…」というのは、セルフヘルプ・グループについて伊藤さんが書かれた言葉です。これは、われわれ番組にかかわる人間への言葉でもあると思い、若手ディレクターの研修でも使わせていただいています。
 100号本当にお疲れ様でした。どうかこれからもご活躍下さい。

【大阪での定例レッスン会場に、竹内敏晴さんの取材に来られて初めてお会いしました。その出会いが『にんげんゆうゆう』につながったのです】
谷川俊太郎手書きのメッセージ

                           谷川俊太郎 詩人 (東京)
 吃る人たちの存在が、吃らない私にとって、批評にも、励みにもなっています。私たちは言葉とともに、静けさや沈黙をも共有しているからでしょうか。

【吃音ショートコースで、詩の朗読ライブに対談にと、「こんなに使われたのは初めて」と微笑まれたことが忘れられません。その年報は、大きな財産です。】


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/01/20

私と『スタタリング・ナウ』3

 自分で編集したはずなのに、こんな人からもメッセージをいただいていたのかと驚いています。『スタタリング・ナウ』が僕たちの手を離れ、読者の皆さんのところでそれぞれに読まれ育っていること、ありがたく思います。昨日のつづき、「スタタリング・ナウ」 2002.12.21 NO.100より紹介します。

『スタタリング・ナウ』100号記念特集
   私と『スタタリング・ナウ』



  今を生きること
                      入部晧次郎 フリー編集者(東京都)
 初めて伊藤さんにお会いしたのは、もう30年近くも前になりますか。伊藤さんを中心とするグループワークの編訳書『人間とコミュニケーション―吃音者のために―』(1975年6月NHK出版)の編集者として、企画提案・編集を担当した機会でした。
 そして定年でNHK出版の現役を引退してからも伊藤さんとは、断続的な消息のやりとりをしていましたが、伊藤さんの近刊『論理療法と吃音〜自分とうまくつき合う発想と実践〜』(石隈利紀さんと共著、2001年6月芳賀書店)の本づくりのお手伝いをすることとなり、暫時ではありますが、再び濃いおつき合いの時期を得ました。
 「断続的な消息のやりとり」とそっけなく申しましたが、伊藤さんからの「消息」の内容は、当時の団体内において単なる見解の相違以上の激しい対立までも招来するという、お聞きするだに苦痛に満ちたものでした。吃音の生理について"白紙"の小生としては、論理的に伊藤さんを励ますでもなく、ただ一方的な聞き手としての立場しか執り得ませんでしたが、そのことにより、吃音の方々が世の偏見に耐えながらかくも苦悩の人生を送られていることの一つの証左でもあろうことだけは理解したつもりです。
 その後、伊藤さんとその周りの人々が、さまざまな障害を克服して「日本吃音臨床研究会」を設立、成長に尽くされ、その研鑽の成果のひとつとして前掲書の刊行に際し、小生にお手伝いするよう要請されることになりました。吃音に対してさまざまな努力をする中で、今を生きることを価値の第一に置くというこの本の主張には、確かな方向を志向しておられることを実感しながらの編集作業でした。
 改めて、伊藤さんはじめ会員の皆様の幸せと、会の一層のご発展をお祈り致します。

【また、出版でお世話になるとは思いませんでした。入部さんの丁寧な、緻密なお仕事で、『論理療法と吃音』はとても読みやすい本になりました】


  どもる子と吃音に関わる人への応援歌
                         青山新吾 石井小学校(岡山県)
 温かいコーヒー。ちょっと物悲しい光を放つストーブ。古ぼけた机と椅子…。ことばの教室は子どもや家族と過ごすところである。子どもさんがどもることを心配していらっしゃるご家族。わかっているのにことばがつっかえるのだと訴える子ども。友だちにマネされた…本読みがどもって終わらない…などなど。暮らしの中の吃音を話題にする子ども。
 思い切り体を動かそう、思い切り声を出そうと考え、子ども達と一緒に駆け回る。野球、サッカー何でもこい。紙芝居や音楽劇で笑いをとるのもおもしろい。
 でも…。
 僕に何ができるのだろう? 今のままで良いのかな? 悩みを感じて、考え込んでしまうことも度々だ。そのような僕に仲間がかけてくれる声。「よくやっているよね」「そのままの君で良いんじゃない」。
 自分を好きになれること。
 悩んでしまう自分を、無力さを感じる自分も、まあそれなりにちょっと良いかと思えること。これは、どもりのある子どもにも僕たちにもステキなことなのではなかろうか。悩みつつ、小さな喜びを大切にしながら進んでいきたいと思うのだ。
 どもる子どもたちと子どもたちを取り巻く多くの人への応援歌として『スタタリング・ナウ』の更なる発展をお祈りします。

【オラー読みなど、どもる子どもと一緒に創り出す実践が、子ども側に立ち切っていて、とても温かい。講習会に欠かせない実行委員のひとりです】


  原点に戻る
                   深澤道子 早稲田大学文学部教授(東京都)
 100号に達したとのこと、本当にうれしく、心からお祝い申し上げます。
 「継続こそ力なり」という諺とおり。しかもただ続けるだけでなく、伊藤さんが扇の要になって、どんどんとすばらしい拡がりを見せ、おさえるべきところはしっかりとおさえて「原点に戻る」姿勢を持続なさっていることに敬意を表します。
 ますますのご活躍と、会員の皆様方のご発展を祈り上げます。

【アメリカから日本に帰ってこらた直後から、ずっと私の活動を見守って下さっているように私には感じられます。交流分析は私たちの学びの柱です】
(「スタタリング・ナウ」 2002.12.21 NO.100)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/01/18
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