伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

2023年12月

鴻上尚史さんとの濃密な時間 3

 今日は大晦日。2023年の最後の日です。改めて、早かったなあと思います。年々、時が経つのが早く感じられるのは、年齢を重ねてきた証拠でしょうか。残された時間が限られたものであることを自覚しながら、誠実に丁寧に日々を過ごしていきたいと思っています。
 このブログ、Twitter、Facebookなどを通じて、今年も発信を続けてきました。読んでくださった方、本当にありがとうございました。読んでくださる人を意識しながら、今後も書いていきます。新しく始まる2024年も、よろしくお願いします。
 今年最後は、鴻上尚史さんをゲストに迎えた吃音ショートコースの報告のしめくくりです。参加者の感想を紹介します。

吃音ショートコースをふりかえる
 最後のプログラム、みんなで語ろうティーチインが始まった。参加者全員がまるく輪を作ってすわる。ひとりひとりの顔がよく見える。この吃音ショートコースに参加しての体験をひとりひとりが語っていく。ひとりが語り終わったら、次の人を、「〜の時大笑いしていた○○さん」などと、名前の前に自分らしい紹介のための形容詞や副詞をつけて指名する。その形容が、今回の吃音ショートコースをふりかえることにもつながった。ああ、そんなことあったよなあ、そうそう、こんなこともしたよなあ、と場面が鮮やかによみがえってくる。あのとき言ったことばを覚えてくれていた。あのときしたことを見てくれていた。そんなひとりひとりのつながりが見えた時間ともなった。
 帰途につくマイクロバスに手を振りながら見送る。疲れてはいるけれど、満ち足りた思いである。また、来年!!

 吃音ショートコースに初めて参加されたお二人の感想をご紹介します。

  心が太って、元気になりました
         神奈川県・横須賀市立諏訪小学校ことばの教室 鈴木尚美
 吃音ショートコースの3日間は、自分でも驚くほど明るく笑顔に満ちたものでした。
 この吃音ショートコースに私が参加し、心が満たされ、ここにこのように感想を書くなどということは、その一月前まで思ってもみないことでした。
 8月に大阪で行われた『臨床家のための吃音講習会』に参加したのは、ことばの教室の担当者として、吃音の子どもたちの指導について、いろいろ迷っていたからです。講習会で講師の方々の講演や成人のどもる人の生の声を伺い、私の中の“吃音観”とでもいうものが変わっていきました。それは、戸惑いを覚えるほどの大きなものでした。けれど、それだけなら、多分、私は吃音ショートコースに参加はしていなかったと思います。
 8月のその時期、私はものすごいストレスの中で、身も心もやせ細っていました。それを処理できないままに参加したのでしたが、「Z軸へのアプローチ」の伊藤伸二さんの講義を聴いているうちに、吃音ではなく、人生とでもいう深い部分で私に響いてくる温かなものを感じました。そこで出会った伊藤さんのことばのひとつひとつは、傷ついた私を、“自分らしく生きればいいんだよ”と、温かく包んでくれるものでした。ストレスの具体的な話はしないままに、私は講義の直後に伊藤さんに話しかけていました。その時本にサインして下さった、“あなたはあなたのままでいい。あなたはひとりではない。あなたには力がある”のことばに涙がこぼれました。
 その後、伊藤さんにお手紙を書く形で、それまで目をそむけていた事柄と向き合い、自分をみつめて考え、整理することができ、ストレスから一歩踏み出すことができました。そして、そのお返事で、吃音ショートコースに誘っていただきました。“ぜひ、参加されませんか。いい人たちが集まりますよ”の一言に参加を決めた私でした。そして、翌日には、申し込みをし、新幹線の切符を取りました。
 栗東駅で、マイクロバスに乗り込んだときには、まだ緊張していた私でしたが、日赤りっとう山荘の玄関で、スタッフの方が笑顔で迎えて下さいました。その明るく温かな空気に触れたとたん、一気に緊張がほぐれて、自然に私も笑顔になりました。
 「出会いの広場」のゲームや、鴻上さんのレッスンをする中で、参加されている全員の方とことばを交わし、一緒に体を動かし、触れ合って、笑い合いました。私は、“人と人が知り合い、仲良くなるって、こういうことだなあ”と思い、“人間て、何て温かくて柔らかい存在なのだろう”と感じました。
 こんなに多くの吃音の方たちと一緒に過ごしたのは、初めてだったので、少々戸惑いもありましたが、一緒にいるうちに、自然に話しかけ、どもったのを聞いている私でした。この3日間で、吃音について、頭の知識だけでなく、皮膚を通してしみてきた感覚として理脾することができてきたように感じています。
 最終日の鴻上さんと伊藤さんの対談のとき、吃音の方からの質問に、鴻上さんが、「んー、…どうするかなあ…」と言いつつ、経験の中から、いくつもいくつも例を挙げて答えるのを見て、鴻上さんの世界の豊かさを感じ、私も、あんなふうにたくさんの選択肢をもてる人間になりたいと思いました。そして、ことばの教室に通級して来る子どもたちに、明るく、「こういうのも、どう?」(大阪弁なら“どや?”と言うのをコミュニティアワーのとき習いました)と声がかけられる先生でありたいと思いました。
 吃音ショートコースに参加した後、私のところに通級してくる吃音の子(小学5年生)と、力まずに吃音の話をすることができました。
 「○○君のように、ことばを繰り返したり、つまったりする話し方を、どもりとか吃音と言います」
 「吃音の人は、どこの国でも人口の1%いて、日本では人口が約1億人なので、約100万人います」
 このような情報を伝えました。これは、その子が知りたいと思っていたことだったようで、いつもなら絵を描いても、「先生にあげる」と持ち帰らないのに、それを書いた紙を丁寧にたたんでポケットに入れ、帰りがけにお母さんに見せていました。うれしい光景でした。
 吃音ショートコースに参加していなければ、吃音について子どもと話し合う必要性は感じても、躊躇してしまい、話をすることができなかったと思います。それが力まずにできたのは、私のためにも、通級してくる子どもたちのためにも、参加してよかったです。
 温かく優しい方々に囲まれ、ゆったりと学ぶことができた3日間で、私は心が太って、元気になりました。
 そして今、来年も参加したいなあと思っています。

  割り切れなさと共に生きる
               東京都・湘南病院精神科デイケア勤務 松平隆史
 「松平さんってどもりなんですよね〜」
 「そうだよ!!」
 吃音ショートコースから帰ってきた翌日、職場でこんなやりとりがあった。私は病院の精神科ディケアという部署で働いているが、ある若い男性患者さんから言われて私は勢いよく明るい大きな声でそう答えた。
 吃音ショートコースに参加してその勢いが余韻として残っていたこともあるが、以前の私だったらおそらく違った反応をしていたと思う。バツが悪そうにお茶を濁していたか、ちょっと卑屈に笑ってごまかしていたか…。患者さんのほうも少しビックリした様子だったが、何も考えずに思わずそういう言葉が口から出た私の方も意外だった。
 今回、私は初めて吃音ショートコースに参加した。吃音に関するグループに参加するのも全くの初めての経験だつた。それ自体も私にとっては一つの大きな変化だと思う。昨年、伊藤伸二さんの『吃音と上手につきあうための吃音相談室』の本を読み、自分のこれまでの経験や思いなどをふり返って、心の中でモヤモヤしていたものがだいぶハッキリした感じがした。また、吃音に関して正面から向き合うことを避けてきた自分がいることを再認識した。「どもっていては半人前」「他の普通の人のようになめらかに話すことのできない自分」ということを意識して劣等感を持っていたし、自分の思いをうまく他人に伝えられないもどかしさや周りの人から取り残される感じを抱いていた。何とか少しでもどもらないようにと、吃音とは「闘う」ような気持ちだったし、そういう姿勢だった。
 今回ショートコースに参加して、その明るさ、さっぱりした雰囲気が私にはとても心地よかった。また、多くの人と出会えて話が聞けたことも大きな収穫だった。本当に世の中にはいろんな人がいで、いろんな生き方があるのだと思った。私のこれまでの狭い視野では、まさか吃音の人で言語聴覚士をやっている人がいるとは思いもよらなかった。
 吃音はたしかに日々の生活の中で「不便さ」を感じることも多いが、吃音もその人の持ち味の一部であってすべてではない、表現はその人によっていろいろ違いがあっても良いのだと思えるようになってきた。人としての幅を広げ、懐を深くしてゆくこと、土壌を豊かにしてゆくことが大切なことなのだと思う。結局は、「自分は自分なりにどう生きていくのか、どのように生きていきたいのか」であり、それは吃音があってもなくてもすべての人にとって共通するテーマに行き着くのだと思う。
 以前の自分は吃音ということで縮こまる傾向があったし、今も常にその葛藤の中にいると言っても過言ではない。でも、それで縮こまってばかりではせっかくの人生もったいないし、あまり何事もない人生よりも、失敗や後悔を重ねながらもいろんな経験のある人生のほうが良いのだと、今回の吃音ショートコースに参加してその思いがより強くなってきた。
 ショートコースの2日目、伊藤さんお二人(伸二さんと照良さん)の会話のやり取りで“吃音のかけあい”(失礼!?)を見ていて、何かベテランの名人の漫才を見ているような気がした。円熟味のある、その人にしかできないかけがえのない芸とでも言うか…また、鴻上さんのお話も魅力的だった。ユーモアを忘れずに、良い意味で自分を突き放して自分のことをとらえるというのはなるほどな、と思った。
 そして、吃音を受け容れること=受容について、そんなにあっさりカンタンに受け容れられたらウソじゃないか、とも思うことがある。それは精神障害や他の障害についても言えることなのかもしれないが、それぞれの人のペースや道のりがあり、ある程度時間を費やして、いろんな経験や思いをしながらじっくりと受け容れていくものなのではないだろうか。そういった意味で、私はまだ割り切れていない。吃音ショートコースが終わって、今また日々の生活を送っているが、吃音に関してはやっぱり一筋縄には行かない。どもっている自分が恥ずかしいとも思うし、「どもりじゃなかったらなあ〜」なんて思いも正直言ってある。でも一方で、何でもかんでもどもりのせいにしていては自分自身が前に進んで行かないとも思う。
 そういった割り切れなさを抱えつつも、吃音と付き合いながら日々生きていきたい。その、イメージとしては“自分の中にいる居候”、いや“同じ寮仲間”というか“親友”“悪友”みたいな感じで自分の吃音と付き合っていければ最高なのでは、とも思う。泣いたり笑ったり、時にはケンカしたり、文句や愚痴も言い合いながら。でも、私の場合はそうなるまでにはまだまだ時間がかかりそうかなあ……若いし!?(笑)

【おまけ】精神障害の分野の本ですが、「べてるの家の『非』援助論」(浦河べてるの家、医学書院、2002年、2000円)という本はオススメです。“諦めが肝心”“昇る生き方から降りる生き方へ”“そのまんまがいいみたい”“弱さを絆に”“「超えるべき苦労」と「克服してはならない苦労」とをきちんと見極めて区別する”などなど、面白いテーマがいろいろ書かれています。よろしければご一読を。吃音に関して考える際にも、何かヒントとなるかも??
 (「スタタリング・ナウ」 2002.11.27 NO.99)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/12/31

鴻上尚史さんとの濃密な時間 2

 これまで吃音ショートコースのゲストとして来ていただいた講師は幅広く、ジャンルも多岐にわたりますが、どの方にもひとりひとり印象に残るエピソードがあります。鴻上さんのサンドイッチの話はおもしろく、20年以上経った今でも、サンドイッチを食べるたびに「このサンドイッチはうまいねえ」と、鴻上さんのことば、言い回しが口をついて出ます。こんな些細なこと、誰も覚えていないだろうなと思いつつ、僕はひとりであのときのことを思い出しているのです。

鴻上さん、登場
 さあ、今年のショートコースのメインが始まる。まずは伊藤が1998年の青森での日本デザイン会議での鴻上さんとの出会いを語り、講師紹介に代えた。
 人なつっこい顔の鴻上さんの登場である。鴻上さんは、“こえ”と“からだ”で“表現”にたどりつけたらいいかな、と話し始められた。表現をその人のレベルで楽しんでもらえたらいいとおっしゃった。
 「やりますか。まずからだを動かしてみましょう」との呼びかけに、椅子を部屋の隅に寄せて真ん中が広くなった。ゆっくり自分のからだと対話をしながらのストレッチから始まった。魔法をかけられたように、その後は、鴻上さんのリードで参加者が笑いの中で、声を出し、からだを使い、どんどん動いていく。
 たくさんしたワークの中からいくつか紹介しよう。

◇みんなが椅子に座る。空いている椅子がひとつある。鬼がひとりいて、その空いたいすに鬼は座りたいと思っている。椅子に座っているみんなは、鬼に座らせないように空いた椅子に移動していく。鬼はひざの間にハンカチをはさんで移動する。
◇みんな椅子に座る。鬼がひとりいて、その鬼は、例えば「吃音ショートコースに参加するため、新幹線に乗って来た人」など、自分のことを言って、そのことばに合う人が、移動しているときに空いた椅子に座る。遅れて椅子に座れなかった人が次の鬼になる。フルーツバスケットと呼ばれているゲームだが、自分に関することしか言ってはいけないというところがとても新鮮で、おもしろかった。
◇ウィンク殺人事件。りっとう山荘がどか雪にまみれて外に出られなくなる。救助は来ない。この中に殺人者が複数いるらしい。殺人者はウィンクをして殺す。みんなは三々五々歩いて、ウィンクされたら、心の中で10数えながら歩いた後で、なるべく大袈裟に「ワー!!、ギャー!!」と叫んで死ぬ。すぐに叫んだらこの人が殺人者だと分かってしまうからだ。歩く人は、ただ殺されるのはくやしいので、複数いる殺人者を探す。すれ違いざまに小さい声で「あんたでしょ」と言う。もしそうだったら、殺人者は正直に「ばれてしまいました」と言って死ぬ。殺人者でない人を間違って「殺人者でしょ」と言った人は、とても失礼なことを言ったので、10数えて「ワー!!、ギャー!!」と叫んで、自殺する。殺人者は全員を殺すことが目的。みんなは殺人者をみつけることが命を守ることにつながる。まれに殺人者同士がウィンクをすることがあるので、そのときは先にウィンクした方が勝ち。「殺人者なのに殺されました」と言って死ぬ。
 鴻上さんが殺人者を決めた後は、一切喋ってはいけない。このりっとう山荘に響くのは、殺されたときの叫び声だけ。歩き初めてすぐ、誰かの「ギャー」という叫び声がする。えっ、誰?わあ、何?という声があちこちで聞かれた。死体の山ができ、歩いている人が少なくなっていく。おもしろい、おもしろい。

鴻上さんも輪の中に
 午後10時からのコミュニティアワーには、鴻上さんも入って下さって、昨晩にも増して盛り上がっていた。鴻上さんが、用意していたお菓子を足りないところに配って歩いたり、部屋の隅っこにぽつんといる人に声をかけ、話の輪の中に入れるように心くばりして下さっている。さりげないその行動がなんとも言えず温かい。若者たちとの恋愛談義は白熱していた。講師がこうして参加者の中に入って夜遅くまで付き合って下さるところに、吃音ショートコースのアットホームな良さがあると私は思っている。「夜は強いけど、朝は…」とおっしゃっていた鴻上さん。大丈夫かなあと思いながら、気の弱い私は、なかなかお開きの声がかけられなかった。意を決して、声をかけたのは、午前2時前だった。

英語との格闘はどもりに似て
 翌日、もう最終日である。散歩に出掛けた人もいるようだが、全体的にとても静か。みんな起きてるのかなと思うほどだった。
 午前は、鴻上さんと伊藤の対談。爆笑につぐ爆笑。楽しい話の中に、吃音に悩む人たちへの優しい共感と、応援が込められていた。どもる人が何とかヒントをつかみたいとする質問のひとつひとつにも、丁寧に答えて下さる鴻上さんの誠実さがあふれている時間だった。すらすらとではなく、考え考えしながら、役に立ちそうな例をいくつも出して下さる。その話し方がとても心地いい。今、まとめるためにテープを聞いてみると、伊藤伸二のどもりが移っていくのか、鴻上さんもどもっていると思われるところが何カ所もあるのが楽しい。
 対談は、2002年度の年報で紹介する予定である。時間がなく、鴻上さんの校閲をうけないままに、整理はされていないままだが、予告編だと許していただいて、ひとつだけ紹介しよう。

 『伊藤さんと最初にお会いしたのが、イギリスから帰った後だったというのは、すごくよかったと思うんです。イギリス留学体験は、『ロンドンデイズ』という本を書いて、小学館から出しているので、もしよかったら買って読んで下さい。昨日は、夜遅くまで、いろんな人のどもりの話を聞いて、どもりのいろいろ事象とか、自分の名前を言えなくて、笑いが起きたとかいうのは、英語を喋れない僕が、英語圏で経験してきたこととよく似ていると思いました。
 アメリカ人もイギリス人も英語をしゃべる国の人は、世界中の人間が英語をしゃべっているので、しゃべれて当然だと思う。あちらの旅番組で世界中を旅するレポーターたちは、現地の人に英語で何のためらいもなく話しかけ、通じないと、「何だよ」という顔をする。「世界言語である英語を、お前、しゃべれないのかい」という顔で。その確信に満ちた優越意識っていうのは何だろうと思う。
 そういう前提がある英語世界で学ぶということは、僕はどもらないけれど、どもる人が自己紹介で起きてきたのと同じようなことが起こるわけですね。
 自己紹介をすることで笑いが起きる。自己紹介が終わった後ですごくみじめな気持ちになって、今後集団の中に入れるのかどうかに悩むというようなことを僕は全く経験をしたことがないまま、イギリスに行った。
 欧米の人たちは、ことばが稚拙だと脳も稚拙だと思う。だから、多分、どもってうまく言えないということは、知能や人格も一段低くみられてしまうこともあるのでしょう。
 僕なんかも、授業でぱっと当てられたときに、どう言えばいいのか、もちろん分かっているんだけど、英語でそれをどう表現していいのかがよく分からない。そうすると、困る。発音にしても、日本人ですから、LとRの違いとか、BとVの違いで苦労する。ある時、「日本語は、全部のことばに母音がついているんですよ」と言おうとした。母音は、バウエルという、Vなんですけど、Bの方は内臓(腸)という意味がある。そうすると、「日本語には全部内臓がついている」ということになる。当然、笑いが起こる。なんで笑われているか、言った本人には分からない。宿舎に帰って辞書をひいて、ああなるほど、Vは母音だけど、Bは内臓なんだなと、後で分かる。
 最初の話に戻りますが、僕は、生きていく中のルールとして、暗黒面にフォーカスを当てないんだということを常に思っています。暗黒面の力はとにかく強大なので、そっちにフォーカスを当て始めると、ほんとにその世界の住人になってしまうからです。笑われるんだけども、何か言わなきゃいけないという、闘いをずっと1年繰り広げてきて、結局、ネイティブの英語のスピーカーじゃない分、ずっと違和感は残る。どんなに流暢になりかけたといっても、なりかけてもなかったですけど、違和感が残る。そのことばに裏切られたり、ことばにつきあったりしながら、でもそれしか手段がないわけだからどうしても言語とつきあっていかなきゃいけない。いろんなテクニックを駆使しながら生き延び、闘ってイギリスから帰ってきた。
 その後だったので、青森での日本デザイン会議のシンポジウムの時の、伊藤さんの話がすごくよく分かったわけです。イギリスに行く前にお会いしてたら、「ああなるほど、多分そういうことがあるんですね」、という他人事の世界で終わってたと思うんです。
 例えばね、みんながサンドイッチをもって、昼食で、庭に集まったりするときは、もう気持ちは戦場なわけですよ。昼休みなんだけど、僕にとっては一番闘いの時間。だって、授業中は黙ってれば、待ってればいいわけですから、それこそ、分かっててもうまく英語で言えないときは、「I don't know」とかさ、「I have no idea」とか言っときゃ済むわけだけど、昼休みとかはやっぱりサンドイッチを買うときから、格闘が始まるわけです。「くそっ、ここで、ここでひとりで隅っこで食うのもくやしいな」と思う。しかし、コーヒーとサンドイッチをもって、中庭に行くと、そこには英語の速射砲の機関銃の嵐が待っている。
 「どうしよう」。自分で体調とか整えて、トイレの中で、例えば、「オレは疲れているけど、君はどう?」とか、想定問答をつくって、「よし!」と思って行く。休みでみんなは、にこにこしているのに、僕ひとりがこんないきり立った目付きで行くとやっぱり、そこでもうおかしいわけだから、「気持ちは、はいはい、もっと楽に、楽に」とか自分に言い聞かせながら、せりふをコントロールしながら、座るわけです。
 その昼休みの格闘の中から編み出したのは、とにかく初期のうちに、一回声を出すことで参加しておけばいい、と。後半は、だんだん話は複雑になって、何言っているのか分からなくなるわけですから、そこはもうにこにこしておくしかない。ずうっとにこにこしていると、本当に一言も口をきかない奴になるので、最初のうちが勝負です。最初の会話の3分、「みんな集まったねえ」。「いい天気だねえ」。「今日のサンドイッチはうまいねえ」と、一言でいい。一言でも発しておくと、周りには、一応あいつはこの輪で楽しんでいるんじゃないのという印象を与える。
 とにかく、最初にいく。なにかで出遅れてしまって、もう輪が始まってしまって、3分くらいたったとしたら、しょうがないから、今日はもうあきらめて、目立たない所で一人で食おう、と。次の日は、早めに中庭で待ってよう』

 このサンドイッチの話は、どもる人が自己紹介をして、笑われたときのことと似ているなあと思う。授業中は黙っていればいいけれど、休み時間や、あるいは遠足や運動会などみんなが楽しんでいるとき、どうその場を過ごせばいいのか悩んだのを思い出した人も多かっただろう。
 その他、鴻上さんのロンドンでの留学体験は、ことばという共通の悩みをもつ者の体験としてうなずきながら、笑いながら、聞くことができた。(「スタタリング・ナウ」 2002.11.27 NO.99)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/12/30

鴻上尚史さんとの濃密な時間

 2002年秋、滋賀県のりっとう山荘で、吃音ショートコースを開催しました。ゲストは鴻上尚史さん、テーマは「演劇に学ぶ自己表現力」でした。テレビで見る鴻上さんがすぐ近くにいるという空間の中で、楽しいエクササイズに取り組み、表現について真剣に考えた3日間でした。詳細な報告を紹介します。僕との対談は、年報に収録しましたが、残念ながら、その年報の在庫はありません。

2002年 吃音ショートコース 2002.11.2〜4
      〜演劇に学ぶ自己表現力〜
                       溝口稚佳子


 今年の吃音ショートコースは、劇団サードステージを主宰する劇作家・演出家で、コラムニストでもある、鴻上尚史さんをゲストにお迎えし、自分の魅力を演出するちょっとしたヒントを体験するワークショップを行いました。
 参加者は、総勢58名。四国や関東地方からもたくさん参加して下さいました。一番遠くからの参加者は、秋田県からでした。下は6歳、上は70歳を越える参加者が思い思いに自己表現について考えた、楽しく充実した3日間でした。鴻上旋風が吹いた3日間をふりかえってみます。

さあ始まるぞ!

 りっとう山荘は、秋の真っ只中にあった。一気に冷え込みが厳しくなって、山々は紅葉が鮮やかだった。この会場で開く吃音ショートコースは今回で4回目。今年もまた職員の阪口さんに気持ちのいい出迎えをしていただいた。
 毎日、仕事でぎりぎりの生活をしているため、会場に着いてからいつものように、資料集の製本を始める。この作業をしながら、これから始まる吃音ショートコースへの心の準備ができていく。初めての参加者の顔を想像しながらの作業は毎回のことながら、わくわくどきどきさせてくれる楽しいひとときである。
 温かく迎えようと、受付にすわったとたんに、マイクロバスが到着。1年ぶりのなつかしい顔に思わず顔がほころぶ。少し緊張した様子の初参加者のひとりひとりと、ひとことふたこと声を交わして、いよいよ今年も吃音ショートコースは始まった。
 出会いの広場。今回は、3回目の参加の愛知県のことばの教室の木本純さんが昨年から担当を申し出ていてくれた。木本さんは、初めて参加したときに、翌年の発表の広場で発表することを予告し、実際に発表した昨年には、今年の出会いの広場担当を申し出てくれたのだった。参加者の心をときほぐしながら、リードしていく、ごきぶりジャンケンは大いに盛り上がった。
サイコロトークでは、「家族にも言えないここだけの話」にサイコロをふった人は、こんなこと話していいのかなあと思うような自己開示をすでにし合っている。初参加者の多い今回、特にこの出会いの広場のもつ意味は大きい。声を、からだを使い、マイクロバスから降りてきたときの緊張した顔とは全然違ういい顔に皆がなっていた。

由緒正しきどもり
 夕食をはさんで、どもる人のための吃音臨床講座と、臨床家のための吃音臨床講座が同時に開かれた。
 どもる人のための吃音臨床講座は、大阪スタタリングプロジェクト会長の東野晃之さんが担当。大阪吃音教室の開講式でよくする自己紹介ゲームから始まった。
 「親戚にどもる人がいるか」という問いに、400年前から吃音の家系が続いているという、吃音の由緒正しき人がいてみんなびっくりした。
 四国から今回初参加の丹佳子さんで、その地方の民話『丹民部(たんみんぶ)さん』として残っている。勇将丹民部守がくんずほぐれつ上になり下になり鎧兜をつけて闘っているとき、家来が到着する。「殿は上なりや、下なりや」と聞いたが、丹民部守はどもって言えない。組み伏せられていた敵は「下じゃ下じゃ」と言い、家来は上にいた丹民部を槍で刺し殺してしまった。その丹民部守を祀る神社が、どもりの神様として知られ、足を病む人もお祈りする、『丹民部さん』となっている。
 その他、苦手な音や苦手な場面、他者に自分の吃音のことを話したことがあるかどうか、などさまざまな質問に場所を移動して答えていく中で、しだいに打ち解けあっていく。後半は、今回のテーマである自己表現に焦点を当て、どもりながらも、表現力を育てるため何をしているか、何ができるかなど、小グループに分かれて話し合いをもった。
 臨床家のための吃音臨床講座は、日頃のどもる子どもの臨床で困っていることなど、各地のことばの教室の実践や事情が話され、今後どう子どもと向き合っていくか、休憩するのも惜しいくらい充実した話し合いが、10時まで続いていた。吃音症状にとらわれない、子どもが吃音と向き合う取り組みをしている仲間が、実際にいることは心強いことのようだ。

おしゃべりなどもる人たち
 午後10時からのコミュニティアワー。会場となった106号室にぞくぞく人が集まってくる。積み重ねられたスリッパの山は、ちょっと気味悪いくらいだ。これだけしゃべることがあるのだろうかと思うくらい、みんなよくしゃべる。どもる人は無口、なんて思っていたら大間違いである。いつのまにか、12時をとっくに回っている。いつも心を鬼にして「さあ、そろそろ寝ましょうか」と声をかける。そういえば、今年の吃音親子サマーキャンプでも、中学生以上の子どもたちは、夜遅くまでしゃべっていた。階段の踊り場で、ろうかのすみっこで、ほかの人のじゃまにならないよう気をつけてひそひそと話し続けていたことを思い出す。話しても話しても吃音についての話題はつきない。大人も子どもも一緒だなあと思う。心の奥底まで話すことのできる出会いをうれしく思う。
 私は、ちょっとしたハプニングで宿直職員の大矢さんと真夜中の散歩をした。ぎりぎりに車で帰った人を送っていったのだ。懐中電灯を持っていくのを忘れて、真っ暗な中を歩いて宿舎まで帰ってきた。星空はきれいだった。こんなにたくさんの星を見たのは久しぶりのことだった。

やっぱり発表の広場は素敵な時間
 11月3日、午前の部は、発表の広場から始まった。トップバッターは野村貴子さん。今夏、行われた臨床家のための吃音講習会のときの実践発表が好評だったので、吃音ショートコースでもと、お願いした。大阪吃音教室に来るまでのこと、吃音教室初参加の日がちょうどNHK『にんげんゆうゆう』の収録の日で、最後にその日、「どもってもいいかなと思えた」と発言した人である。あのテレビに出ていた人と覚えている人もいて、ちょっとした有名人だ。毎週金曜日の吃音教室だけでなく、吃音親子キャンプや吃音ショートコースに参加し、「どもってもいい」をシャワーのように浴びて、今、楽に楽しく生きて、来年結婚をする。それらの体験を話して下さった。
 次は、堤野瑛一さん。初参加の堤野さんはどもり始めたのが、高校2年生。芸大受験のためピアノに没頭し、入学希望の大学を、自己紹介などでつまづいて中退する。その辛い経験を淡々と話して下さった。タイトルが「新しい道を歩き始めて」とあるように、今、大阪吃音教室に毎週欠かさず参加し、新しい、自分の生きる道を確かに歩き始められたようだ。
 次は、大ベテランの伊藤照良さんに、伊藤伸二がインタビュー。小さいころのこと、吃音を否定的にとらえていた両親との関係、仕事のこと、結婚のこと、どもる人のグループの活動のことなど、ふたりの掛け合いがおもしろくて会場は笑いに包まれた。なんといっても、両伊藤の楽しそうに、派手にどもる、どもりの応酬はどもり合戦のようで楽しい。どもっているのも悪くないよということを実践していてくれるようだった。
 サマーキャンプの報告は、キャンプ初参加の神戸のことばの教室・桑田省吾さん。『スタタリング・ナウ』先月号で報告して下さった活字とはまた違う、桑田省吾さん個人を全面に出した率直な報告だった。
 最後に、伊藤伸二が夏の講習会の報告をかねて、そのときの大きなテーマである『ジョンソンの言語関係図』について話した。Z軸へのアプローチについて、Z軸へのアプローチは、日常生活を大切に生きることだけを心掛けることで、誰でもができる易しい道だと、親鸞の歎異抄をもとに話した。
 これらの、真剣に吃音と向き合う時間は、午後から始まる特別講師、鴻上尚史さんの『演劇に学ぶ自己表現力』への確かなプロローグとなった。

 発表の広場の終わり頃に、鴻上さんが会場に到着された。ふらりと近所に立ち寄られたという感じで会場に入ってこられた。昼食をとりながら、簡単に打ち合わせをした。とにかく「お任せします」である。(「スタタリング・ナウ」 2002.11.27 NO.99)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 223/12/29

同じような体験

 今日は、12月28日。今年も残りわずかとなりました。大阪吃音教室の仲間との忘年会を終え、来年1月の初仕事である、岩手県の県大会での講演の準備をしています。
 「スタタリング・ナウ」 2002.11.27 NO.99 の巻頭言「同じような体験」を紹介します。
劇作家の鴻上尚史さんを講師に迎えて開催した2002年の吃音ショートコースの直後に書いたものです。その余韻にあふれたものになっているなあと思います。

  
同じような体験
                     日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 楽しい、奥深い、別世界にいるような空間だった。
 参加者のひとり、ことばの教室の教師が、「このような世界が今の日本にあることが奇跡に近い」と書いた。
 吃音ショートコースの最後のセッションの体験の分かち合いの時間が温かい。紅葉が窓一杯にひろがっていたのに、もう寒くなった外気と、参加者の熱気で窓がどんどんくもっていく。 どもる人も、どもる子どもの臨床に携わる人も、またそのどちらでもない、ひょんなことから知り合った吃音に全く関係のない、この私が参加してもいいのかと迷いながらも参加した6人も、きっちりと一つの輪の中にいる。この深まりは、一番最初に発言した初参加の若い女性のことばが、最後まで余韻として残っていたこともあるのではないか。
 自分のしたい仕事を学ぶために入った専門学校なのに、どもる苦しさから、将来をあきらめて中途退学してしまった。こう語った後、「もう一度自分のしたいことに挑戦します」と、皆の前で決意表明をした。そしてふりかえりカードにこう書いていた。
 「最後に『あきらめない宣言』をしてしまった自分に正直驚きを隠せないでいます。とんでもないことを口にしてしまった・・と。でもまあなんとかなるか」
 2日目の体験発表では、同じような体験をしている青年が発表した。音楽をしたくて、必死の努力でせっかく入った芸術大学を、どもることの辛さから、中退し、吃音を治さなければ人生はないと思い詰めた。その時、大阪吃音教室を言語聴覚士から紹介され2度参加したが、趣旨が違い行く気にはなれない。必ず治すのだと3年間治療機関をあちこちさまよった。結局は治らずに、大阪吃音教室で、新たな一歩を踏み出した。この青年の体験と触れたのだろうか。もうどもる達人としかいいようのない、はでにどもりながら、言語聴覚士としてとてもいい仕事をしている人が自らの人生を語ったことが、彼女の後押しになったのだろうか。
 真剣に吃音と向き合う時間と、鴻上尚史さんのワークショップで楽しく走り回り、相手に身を委ねる心地よさ、夜遅くまで酒を飲みながらでも全ての話がどもり一色になる喜びや楽しさのなんともいえないバランスが、「奇跡のような空間」なのだろう。
 人が人と出会う。これも奇跡としかいいようがない。1998年、青森で開かれた日本デザイン会議での鴻上尚史さんとの出会いも、その時期が奇跡的だった。
 「もっと前に伊藤さんと出会っていたら、『なるほど、どもる人はそのようなことで苦しんでいて、大変なんですね』と、第三者的な理解に終わっていただろう。ところが、1998年は、イギリスの留学から帰った直後で、英語が話せて当たり前の世界で、話せない人間がいかにサバイバルしていくか体験した後なので、自分のこととしてよく分かった」
 最終日の鴻上さんと私の対談は、同じような体験をした者だからこそ、共感し、大笑いし、なるほどと納得できる。どもる私たちへのヒントがたくさんあった。
 セルフヘルプグループの意義が論文・書物などで説明されるとき、「同じ体験、共通の体験をしてきた者だから分かり合える」とよく説明がなされる。私もこれまではあまり意識することなく使ってきた。しかし、最近は、この「同じ体験」「共通の体験」に違和感をもつようになった。セルフヘルプグループについての私の文章では、意識して使わなくなった。今回、鴻上さんと対談してなぜそのように感じるようになったかがよく分かった。英語圏で経験した鴻上さんの体験と、どもる私たちが日常的に経験することは、同じ体験でも、共通の体験でもない。しかし、同じような、よく似た体験とは言えるだろう。厳密に言えば少し違っていても、根っこの部分で、実によく似た体験だ。どもる人から、「同じ、共通の体験をしてきましたね」と言われても、「そうかなあ。違うけどなあ」と思うことがあり、同じ経験といわれても共感できないこともある。
 吃音ショートコースに集まった人たちは、「同じ、共通の体験」をしている人たちではない。どもることと全く接点のない6人の人とも共感し、温かいものが流れ合うのは、「同じようなもの」が経験としてベースにあるからではないか。吃音は理解されにくいとよく言われる。どもる人とは両極端といえる位置の演劇の世界で生きている鴻上さんとでも、こんなに違和感なく、鴻上さんの体験にうなずき、学ぶことができるのだ。私たちが、恨み、悩みなど暗黒面だけを強調して語る時、聞く人は、「大変ですね」で済んでしまう。しかし、暗黒面があっても、そこにフォーカスしないで、体験した事実を率直に語り合うとき、(あっ、この体験なら私も味わったことがあるぞ)と全く違う体験が、同じような体験として浮かび上がってくるのではないか。
 異なる体験を語り合い、相手の立場に立って想像力を働かせる。その異なるもののすりあわせで、共感し、学び合っていける。このようなことを大勢で経験できたこと、これを奇跡というのかもしれない。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/12/28

大阪吃音教室の忘年会 ひとりひとりのスピーチ

忘年会 ツリー 乾杯をしてから約1時間後、午後7時から、スピーチの時間です。今年1年、いえ、前の忘年会から4年、その間にあったいろいろなできごとを、また来年の抱負を、と伝えて、くじ引きで決まった席順でスピーチが始まりました。29人のスピーチの一部を紹介します。

・大学院を卒業して就職が決まった女性…最終面接で面接官から「ハキハキとしゃべりますね」と声をかけられ、そこから、吃音のことを話した。一時、吃音に悩んだが、吃音親子サマーキャンプでどもる仲間に出会い、吃音と向き合うことの大切さを知り、その関係で演劇に取り組んだことなど、話すつもりはなかったことだったが、話した。演劇の舞台での声の出し方や身振り手振りの多い話し方が、「ハキハキとしゃべりますね」という面接官のことばにつながったのではないか。無事、希望していたその会社の就職が決まった。
・小児科で働く言語聴覚士の男性…仕事が入っていたが、いろいろ工面し早引きしてこの忘年会に参加した。小児科に転職したばかり。いろいろ勉強したことが、日頃の臨床とつながっていることが多いと感じる。吃音チェックリスト、吃音氷山説、吃音キャラクター、言語関係図にど、学んだことを取り入れている。
・若者の支援をしている女性…仕事の中で、人の話をどう聞くかが一番のテーマになっている。また、今年は、いろいろなところで話す機会があった。自分の吃音のことが頭をちらつくこともあるが、それより、どうしたら若者支援の仕事について分かってもらえるか、どう伝えたらいいかなど、内容に注目するようになってきた。これは、大阪吃音教室で学んだことと通じる。一緒に吃音親子サマーキャンプに参加したどもる5歳の我が子が、演劇が気に入ったようで、幼児の演劇教室に通い出した。
・特許庁の仕事をしている男性…どもることに慣れてしまって、どもっても全然平気になった。でも、職場に着いたとき、「おはようございます」とあいさつをしようとするが、誰かひとりでもこちらを向いてくれたら、すっとことばが出るのに、みんなが下を向いて仕事をしている背中に向かって言おうとすると、「お」が出ない。どもることに平気になってきたのに、こうなのかと苦笑いしている。そんなときは、「はようございます」で済ませている。
・再任用で働く教師の男性…大阪吃音教室に初めて参加したのは、7年前の日曜例会だった。それから、7年間で大きく変化した。それは、吃音チェックリストに表れている。教員生活最後に、管理職から、もう一度小学校の現場に戻りたいと思っている。そのため、経験を積もうと、今年はカナダへの短期留学もしたし、英語の免許もとった。第二の人生をいきいきと送りたい。
・初めて忘年会に参加した高校3年生の男子…大阪吃音教室に参加して2年になる。毎回、いろいろなプログラムがあり、その講座を通して、自分があまり得意じゃない、自分を客観視することができるようになってきたことがよかった。どもりそうだと分かると、言いたいことを言えないままになっていたけど、今は、言いたいことはどもっても言おうと思っている。大学生になったら、環境が変わるけれど、自分から積極的にコミュニケーションをとっていきたい。
忘年会 みんな・最近、定年後に介護職に再就職した男性…介護職は、どもる人に向いていると実感。ゆっくり、大きな声で話さないといけない。早くしゃべらなければらないというプレッシャーもなく、のんびりと人の話を聞くことができる。
・ケアマネージャーをしていた男性…仕事でしんどいことがあり、来年、新しい仕事を探そうと思っている。そのときのしんどさを癒やしてくれたのが、サウナ。サウナで元気になってきた。今のマイブームだ。
・地方公務員の女性…仕事の関係で、患者会の集まりに行ったとき、雰囲気がとてもよかった。話したい人が話し、みんなが聞く、その雰囲気は、大阪吃音教室によく似ていた。病気が再発して10年ぶり、20年ぶりに患者会に参加する人がいる。久しぶりの参加に迷いがあったらしいが、そこで温かく迎えられたと聞いた。その場をずっと守ってくれ、運営してくれる人がいたからだ。そんな話を聞くと、本当に大阪吃音教室と同じだと思った。場の力を感じる。今日、久しぶりに「京橋」駅を通ってきたが、新人の頃、通っていた経路で、いろいろ思い出して懐かしかった。
・定年後、7月から新しい仕事を始めた女性…一人暮らしの高齢者の家に行って、そうじなどをする仕事を始めた。仕事が終わってから、その高齢者と話をする。話を聞くと、とても喜んでもらえる。どもっていても、自分も全く気にならないし、相手も気にされない。お互いに気分よく過ごせるので、続けようと思っている。
・詩吟を続けている男性…今、73歳。75歳まで働くつもりだ。詩吟を始めたのは、高校の先生にすすめられたからで、以来、ずっと続けている。(披露された詩吟は、とても73歳とは思えないものだった。大きく、透き通るような声の響きに聞き惚れた )
・13〜14年ぶりに忘年会に参加した男性…波瀾万丈の日々を送ってきたが、今、ようやく落ち着いてきた。仕事も順調で、商工会関係の仕事を受けることが多い。なぜ仕事を回してくれるのか聞いてみたら、「ホームページのデザインができる人は他にもいるけれど、コミュニケーションができる人は少ないから」と言ってもらえた。吃音のため、コミュニケーションで悩んできたが、そのコミュニケーションで選んでもらえたというのが感慨深い。大阪吃音教室で学んだことが役に立っている。
・高校生のとき、吃音親子サマーキャンプに参加したことがある男性…吃音親子サマーキャンプに行ったとき、将来、仕事に就けるだろうかと悩んでいたことを、今日参加している人に話した。その人は、自分の体験を話してくれた。そのとき、言われた「専門性のある仕事を」ということばを支えに、自分もがんばってきた。今、その専門性を活かして仕事をしている。

忘年会 伸二後ろ姿 僕は、送られてきた1枚のFAXのことから話し始めました。「まだ、講演活動はされていますか」で始まったFAXは、岩手県のことばの教室の担当者からで、ずっと前に僕の話を聞いた人でした。来年1月9日の盛岡市で開かれる岩手県の大会での講演依頼でした。喜んで引き受けました。ちょうど、前日の1月6〜8日は東京にいて、6・7日は、吃音プロジェクトのメンバーとの合宿、8日は東京ワークショップです。東京から盛岡に行くことになりました。
 
 参加者のスピーチを、メモを頼りに、ごく一部だけを再現してみました。改めて、こんな時間、空間が必要なのだと思いました。いい仲間といい時間を過ごし、とても幸せでした。いい年末で、今年をしめくくることができました。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/12/27

スピーチがごちそうの、変な忘年会

忘年会 ツリー 昨日は、大阪吃音教室の忘年会でした。実に4年ぶりの開催でした。
 コロナもインフルエンザもまだ少し心配な中、開催について、僕は慎重でした。コロナの前の最後の忘年会では、30名を超える参加者があったけれど、今年は何人が参加してくれるか予測ができません。貸し切りをお願いするにしても余りに人数が少ないと迷惑をかけることになります。長年忘年会の会場に提供してくださっている、僕の家の近くの、カフェ・グッデイズに人数が全くよめないのだけど、とお願いに行きました。大阪吃音教室の忘年会は、「飲み食べて騒ぐ」の普通の忘年会と違い「スピーチ」が一番のごちそうです。みんなしゃべること、しゃべること。普通は、人の話を聞かないで、飲み食いするところですが、僕たちの忘年会は、静かにひとり一人のスピーチ、つまりは人生に耳を傾けます。だから騒々しいところではだめで、また2時間の貸し切り程度ではだめなのです。長いときで4時間を超すこともありました。食事も満足でき、飲む方もたっぷり、そして4時間くらいかかるかもしれない。そのような会場はありません。それをすべて満足させてもらえるのが、学研都市線忍ヶ丘駅近くの「カフェ・グッデイズ」なのです。オーナーから「いいですよ、使ってください」と快諾を得て、大阪の運営委員をはじめ、会員に機関紙などを使って呼びかけました。
 そして、迎えた当日、急なキャンセルが3名ありましたが、29名が参加しました。前の忘年会以来という人もいれば、本当に久しぶりに会う人もいます。忘年会は初めて参加するという人もいます。普段の大阪吃音教室には、仕事の関係でなかなか参加できないけれど、万難を排して忘年会に参加した人もいます。それぞれに思うところがあったのだろうと思います。
忘年会 会長挨拶 午後6時、いつものように、くじ引きで席を決め、会長の東野晃之さんのあいさつ、年長の徳田和史さんの乾杯の音頭で、忘年会がスタートしました。まずは、飲み、食べ、おなかを満たしました。みんなの楽しそうな顔を見ながら、僕は、ああ、コロナでできなかった、いつもの日常が本当に帰ってきたなあとしみじみと思いました。
忘年会 徳田乾杯 7時から、ひとりひとりのスピーチを始めました。席順をくじ引きで決めましたが、それがスピーチの順番でもあります。1番の前に、東野会長から、「忘年会に参加したかったが、どうしても、参加できない川東さんから、スピーチの原稿が送られてきた。前座として読んでほしいと書かれていたので、代読します」と話がありました。忘年会でのスピーチの原稿を郵送し、それを代読するなんて、聞いたことがありません。なんとも大阪吃音教室らしいなあと、川東さんのまじめな、誠実な、律儀な顔を思い浮かべました。初めて吃音教室に参加したときのこと、そこで出会った人とまだ交流が続いていること、吃音ショートコースで出会った小林悠太さんのことなど、几帳面な彼らしい文章が綴られていました。
 スピーチが終わると、質問したり、付け足したり、スピーチが苦手だという人には代わりに、その人になりきって話したり、ヤジや冷やかしが飛んで、自由で温かい時間が流れていきました。スピーチの途中で歌を歌った人もいます。詩吟も飛び出しました。詩吟は、その人が以前参加したときに詩吟を披露してくれたので、リクエストしたのですが、張りのあるすてきな声に、参加者一同、聞き入りました。
忘年会 みんな 午後6時から始まった忘年会が終わったのは、午後9時40分。「大阪吃音教室の忘年会は長い」のです。こんなわがままな忘年会を許してくれたグッデイズに感謝です。次回は、みんなのスピーチの内容について少し紹介します。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/12/24

ちば吃音相談会&学習会 2 〈あなたはあなたのままでいい(自己肯定)〉〈あなたはひとりではない(他者信頼)〉〈あなたには力がある(他者貢献)〉

 あっというまに午前中が終わり、昼休憩をおいて午後の部が始まりました。
 午後は、スタイルを変え、〈あなたはあなたのままでいい(自己肯定) あなたはひとりではない(他者信頼) あなたには力がある(他者貢献)〉について、みんなで考えました。
 これを考えることは、人が幸せに生きるための条件を考えることとつながります。幸福論は、これまで多くの人が論じていますが、ここで、僕は、アドラーの共同体感覚の話をしました。アドラーは、人が幸せに生きるためには、この共同体感覚が必要だと提案しました。共同体とは、社会であり、世界なのですが、もっと具体的には、僕たちの周りの、学校であったり、会社であったり、地域のことを指します。もっと具体的には、名前は知らなくても顔は知っている、会えばちょっと立ち話をするような、半径3メートル圏内の人たちのことをいいます。
 医療社会学者のアーロン・アントノフスキーも、似たような空間を「生活社会」と呼びました。その共同体の中で、〈あなたはあなたのままでいい(自己肯定) あなたはひとりではない(他者信頼) あなたには力がある(他者貢献)〉の感覚をもってほしいのです。その共同体感覚を育成するために、親として、教師して何ができるかを参加者とともに考えました。
 この3つはどれも大切なことですが、そう思えるために何が必要だろうか、このうちのどれが一番取り組みやすいだろうか、それぞれ考えてもらいました。

ちば相談会 伸二 僕は、21歳で生まれ変わりました。僕が生まれ変わったことを、この3つで説明することができます。
 僕は、東京正生学院の30日間の合宿で、吃音が治らないという事実を認め、どもりながら生きていく覚悟を決めました。そして、どもる人たちのセルフヘルプグループを作りました。その活動の中で、自分の体験を話し、みんなの体験を聞きました。どもるのは自分だけだと思っていたのが、そうじゃない、仲間がいるということを実感しました。どもりながらも話す僕の話をみんなは共感を持って聞いてくれました。僕は、ひとりではないことを実感しました。〈他者信頼〉です。そして、それまで小学校、中学校、高校と、勉強もせず、クラスの役割も何もせず過ごしてきましたが、自分が作った会なので、イベントの計画を立てたり、会場の交渉をしたりと活動しました。イベントが成功すると、会のみんなが「ありがとう。よかった。伊藤君のおかげだよ」と言ってくれました。僕は他者のために貢献できたのだと思いました。〈他者貢献〉です。そして、それらの経験が、これまで自己否定し続けてきた自分を、僕は僕のままでいいと〈自己肯定〉できるようになったのです。後は、ぐるぐると3つは循環して大きくなっていきました。
 僕の場合は、このように、他者信頼→他者貢献→自己肯定 という流れでした。これはもちろん、僕の体験であって、人がみな、この道筋をたどるわけではありませんし、これが正解というわけではありません。ひとつの例として話しました。
 どもる子どもが、この共同体感覚を持ってくれるために、親やことばの教室担当者として何ができるのか、話は広がり、深まりました。
 自分の意志でできることは、何でしょう。相手、他者をリスペクトすることではないかと思います。また、やさしい人にはなれなくても、やさしい行為はできます。性格は変えられなくても、ライフスタイルは変えることができるのです。
ちば相談会 全体2 〈あなたはあなたのままでいい、あなたはひとりではない、あなたには力がある〉が、子ども自身の中で、〈私は私のままでいい、私はひとりではない、私には力がある〉に変わってくれることを、願っています。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/12/20

ちば吃音相談会&学習会

 千葉市立検見川小学校ことばの教室訪問の翌日、12月2日は、千葉県教育会館で、ちば吃音相談会&学習会でした。
ちば相談会 美穂さんの手 この、千葉での吃音相談会の前身は、横浜での吃音相談会でした。僕にとって、地元ではない関東地方で話す機会はなかなかないので、とてもありがたい相談会です。参加者は、どもる子どもの保護者やことばの教室担当者、言語聴覚士など、幅広く、参加者みんなで考え、語り合うというスタイルをとってきました。今回は、どもる子どもも参加しています。
 午前中は、参加者から質問を出していただき、それについて答えながら、みんなで考えるという形をとりました。
 質問を出してもらう前に、僕自身の自己紹介をします。僕がどんな体験をしてきたのか、それを知ってもらった上で、質問してもらうことにしています。1ヶ月前に中学校の同窓会があったばかり、そして、同窓会の礼状を出したところ、幹事からお礼の電話をもらったばかりだったので、同窓会の話から始めました。
 いい思い出など何ひとつないと思い込んでいた中学校、高校時代でしたが、同窓会に参加すると、多くの人から声をかけてもらい、自分が思っていたほど悲惨な中学校生活ではなかったのかと思い始めました。顔を見ても、誰なのか分かりません。名前ももちろん思い出せません。でも、いろいろと話をして時間が経つにつれて、中学時代の顔が思い浮かんできました。不思議な経験でした。
 みじめだった僕が変わったのは、21歳のときです。21歳から今まで、本当に幸せに、豊かに生きてきました。今、吃音は、僕にとって宝物といえます。同じように吃音をもちながら、損な生き方をする人もいます。同じような困難さを持っても、生き方はひとりひとり違います。僕自身の失敗から学び、検証してきたことを土台にして、話をしました。
ちば相談会 伸二 こんな自己紹介のあと、みんなに質問を書いてもらい、そのひとつひとつに答えていきました。

1 「どもりで困ってない?」と子どもに聞くと、心を閉ざしたように怒ってしまう。どうしたらいいか。
2 どもるのが嫌で、宿題の音読を嫌がる。どうしたらいいか。あまり嫌がるから、音読の宿題はしなくてもいいと言おうと思うが、そうすると、嫌なことはしないという子になってしまわないか心配だ。
3 どもる子どもをもつ母親としての覚悟は何か。サポートしていくことは何か。
4 どもっていることを自覚していない子に自覚させるにはどうしたらいいか。
5 本人に困り感がない。「どもっているよ」と言っても、本人は「どもっていない」と言う。6 生きづらさを抱える子どもにどう接したらいいか。
7 小2の息子は、吃音を治したいと言う。今日も、どうしたら治るか、聞いてきてほしいと言われて来た。
8 今は周りに恵まれているけれど、これから先、つらくなったらどうしたらいいか。
9 将来のことを考えると心配になる。
10 どもっても平気、気にするなという子育てをしたいけれど、どんなことばかけができるか。


ちば相談会 全体11 「どもりで困ってない?」と子どもに聞くと、心を閉ざしたように怒ってしまう。どうしたらいいか。

 「どもりで困ってない?」と親はよく聞くらしいけれど、子どもにとっては嫌なことなんでしょうね。僕も聞かれたら、僕はどもりで困っている人間として見られているのかと、嫌な気分になります。ことばの教室でも、「何か困ってない?」と聞くことが少なくないらしい。そのとき、子どもは、「別に」と答えるようですが、当然の反応だろうと思います。
 こういう聞き方ではなく、「最近、何かいいこと、楽しかったことはない?」と聞いた方がいいと思います。親として、子どもが困っていないかどうか聞きたい気持ちはよく分かるけれど、子どもの方から何か言ってきたら、そのときはいろいろと質問して、一所懸命聞くことにしたい。「へえー、どうして? すごい!」など、興味関心をもって質問をして、豊かにふくらませる。そして、子どもの話した内容を、親として意味づけをする。そんなとき、ポジティヴ心理学の強みの項目を知っていれば、その項目を使いながら、子どもの強みを発見して意味づけることができます。
 「どもって困っている子ども」ではなく、どもりながらも楽しそうに学校に行っている、忍耐力のある、サバイバルしている子どもとして見ることができると、子どもをリスペクトできます。確かに見守ることは難しいと思います。
 僕の両親ですが、自分自身がどもる父も、その父の妻である母も、子どもである僕に吃音のことを聞くことは一切ありませんでした。でも、そのおかげで、僕はしっかりと吃音に悩ませてもらいました。今、考えれば、僕のことを信頼してくれていたのでしょぅ。

2 どもるのが嫌で、宿題の音読を嫌がる。どうしたらいいか。あまり嫌がるから、音読の宿題はしなくてもいいと言おうと思うが、そうすると、嫌なことはしないという子になってしまわないか心配だ。

 宿題の音読を嫌がるのなら、無理にしなくていいと思います。宿題の音読練習はしなくても、声を出すことは大事なので、好きな絵本を読んだり、歌を一緒に歌ってください。僕の母は、僕を抱いて、歌をよく歌ってくれました。童謡、唱歌を母と一緒に歌いました。それが、僕の声、ことばを育ててくれたと思います。どんなことでもいいから、声を出すことは続けることです。絵本セラピーがあり、絵本専門士がいます。絵本の世界にまず興味をもつことから始めてみましょう。 
 音読をしなくていいと言ったら、嫌なことは何でもしなくなるのではと心配だとのことでしたが、足が不自由な子どもに、早く走るための練習をさせますか? それと似たようなことで、音読が本当に苦しい子どもに、宿題だからと子どもを苦しめることはやめましょう。どもってどもって本当に苦しい音読を、学校では仕方ないからしているけれど、家でまですることはないと思います。苦手なことから逃げるということとは、本質的に違います。これは許すけれども、これは許さないという、メリハリ、見極めを、親がする必要があります。

7 小2の息子は、吃音を治したいと言う。今日も、どうしたら治るか、聞いてきてほしいと言われて来た。

 子どもがどう思うかは別にして、親は、どもりは治らないと、覚悟を決めることです。一方で、吃音は変化するものだということも伝えてください。吃音は100年以上、世界中で研究や治すための取り組みをしてきたけれど、ほんどの人が治らなかったと伝えてください。吃音が治るか治らないかは誰も断定できないけれど、ほとんどの人が治らなかったという事実は伝えてください。「治らない」と考えた方が「吃音が治ったら何々しよう」という考え方に陥らないから、「治らない」と考えた方が現実的で得だと思います。だから、「治らないんだって」と、伊藤伸二に聞いたと子どもに伝えてください。子どもは、すぐには納得しないと思いますが、納得するかどうかは、本人が決めること。きちんと真実を伝えることが、親の責任です。治したい治したいと思うことは損だよということは伝えてください。

10 どもっても平気、気にするなという子育てをしたいけれど、どんなことばかけができるか。

 魔法のような「ことばかけ」などありません。親がまず楽しく幸せに生きることだと思います。人っていいなあと思える毎日を送ることです。大阪教育大学にいた頃、大阪市中央児童相談所で、ことばが出ない重い障害のある子どもたちや親たちとかかわっていました。そこで、僕がいつも、親に言っていたのは、「子どもの犠牲になってはいけない」ということです。この子がせめて「おかあさん」と呼んでくれるまではと髪を振り乱して子どもにかかわるのが親の役目だと思い込んでいた保護者がほとんどでした。でも、そうではない。親は親、子どもは子ども、自分の楽しみを犠牲にしてはいけない。親が楽しそうに幸せに生きていることが、子どもの幸せにつながるのだと、僕は思います。楽しく幸せに生きれば、結果としてどもっても平気になるのだと思います。

ちば相談会 子どもが後ろ たくさんの質問に、長い時間をかけて答えました。そのごく一部しか紹介できていませんが、これもまた、いつかどこかで紹介したいと思います。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/12/19

ことばの教室訪問 千葉市立検見川小学校

 気がついたら、12月も半ばを過ぎてしまい、今年も残り2週間を切りました。12月の観測史上最高気温を記録したかと思えば、一転して真冬の寒さの到来と、季節も混乱しているようです。

 さて、12月のはじめの頃にさかのぼります。
検見川 プログラム 12月1日、朝早い便で羽田空港に向かい、羽田から千葉方面へのリムジンバスを利用しました。いつもは、モノレール、JRと乗り継ぐのですが、ちょっと気分を変えてみました。
 訪問したのは、検見川小学校。担当者が6人、ことばの教室に通ってきている子は、なんと、100人くらいいるとか、びっくりしました。こんなに大所帯のことばの教室があるのですね。 はじめは、子どもたちとの時間です。事前に僕のことを紹介してもらっていた子どもたちは、僕に質問するのを楽しみに待ってくれていたようです。自己紹介の後、積極的に手を挙げ、質問してくれました。後で、担当者からは、あんなに積極的に質問するとは思っていなかった、びっくりしたということを聞き、子どもたちが、特別の思いでこの日を迎えてくれていたのだと、とてもうれしく思いました。

検見川 質問1 一番困ったことは何ですか。
2 四季の中で、一番どもるのはいつですか。
3 一日の中で、吃音のことを何時間くらい考えますか。
4 吃音を隠したい気持ちはありますか。
5 吃音があることで、一番の思い出は何ですか。
6 吃音はいつか治りますか。
7 今までに、何人くらいのどもる人やどもる子どもと会ってきましたか。
8 どもる人の会を作ったと聞いたけれど、どもる人とどんな話をしてきましたか。
9 なぜ、吃音の人の会作ったのですか。
10 どもりやすいことばってありますか。

検見川 こどもたちと検見川 伸二ひとり たっぷり時間があるわけではないのですが、できるだけ丁寧に答えていきました。そのいくつかを紹介します。

4 吃音を隠したい気持ちはありますか。
 21歳まではとにかく隠したかったです。中学校のとき、僕は、卓球部に入っていました。高校に入学しても、卓球部に入りました。うれしいことに、入学式で見初めた女の子も同じ卓球部に入っていて、とてもうれしかった。楽しい高校時代になると一瞬思いました。卓球しているときは、吃音のことを一時的にも忘れることができるからです。ところが、1ヶ月くらい経ってから、男女合同の合宿が知らされました。合宿だと自己紹介がある。好きになった女の子の前でどもって自己紹介するのが嫌で、僕は合宿の前に、好きだった卓球部をやめました。彼女の前では、吃音を隠したかったのです。それから、僕の逃げの人生が始まりました。あのとき、卓球をやめなかったら、楽しい高校生活が送れたかもしれない。少なくともあんなに惨めな高校生活ではなかっただろうなと思います。
 とても悔しかったので、子どもたちには、逃げないで、吃音を隠さないでほしいと、先輩として思います。

5 吃音があることで、一番の思い出は何ですか。
 吃音で一番のいい思い出は、どもる人の世界大会を初めて開いたこと。大会の最終日、みんなで肩を組んで、「今日の日はさようなら」の歌を歌いました。歌が終わり、ハミングをしてもらい、ハミングに合わせて、大会会長として「3年後ドイツで会いましょう」と最後のあいさつをしました。そのとき、どもりでよかった、こんなにたくさんのどもる人と出会えた、と涙がぼろぼろこぼれました。これがどもることで一番のいい思い出です。

6 吃音は治りますか。
 難しい話をします。今、治りますかと質問されましたが、「治る」という字は「治(おさ)まる」とも読めます。僕は、吃音は「治る」ことはないと思うけれど、「治まる」ということはあると思います。
 僕も、自分のどもりを治したくて、「必ず治る」と宣伝する吃音訓練所に行っても治らなかった。その訓練所ですぐに出会った恋人や親友は、僕がどんなにどもって話しても、聞いてくれました。そこで、僕は、もうこのままどもっていてもいいと思って30日間寮生活をしました。すると、あれだけ嫌だったどもることが苦にならなくりました。そして、どんどん話していくうちに、前よりしゃべれるようになっているぞ、と気づきました。話し方のコツをつかんだのかもしれません。言いにくい音はあるし、言いにくいことばは、今でもあります。でも、講演など頼まれたら、大勢の人の前でどもりなから話しています。僕にとって、どもってもどもらなくても、どっちでもいい。これが、気持ちの上では、「治(おさ)まる」ということだろと思います。
 多くの人が「そのうちに治るよ」と言うけれど、それは、言いにくいことばの言い換えをしたり工夫したりしているからでしょう。よく言われている「いつか治る」ということは、前よりも楽に話せるようになるということでしょう。でも、反対の場合もあります。突然、ひどくどもるようになった大学生がいました。それでも、どもりながら大学の発表やアルバイトをしている内に、その子も、2年くらいしたら、治まっていきました。自分なりのしゃべり方を身につけていくことが大切で、誰かに訓練してもらって治ることはないと思います。楽しく、しゃべって、生活しているうちに、自然に治まっていくのが吃音だと思います。一見すると、治ったかのように見える人もいます。吃音キャスターと言っている小倉智昭というアナウンサーも、仕事のときはどもらないけれど、家に帰ったらどもると言っています。吃音を嫌うのではなく、仲良くすれば、きっと治まると思うよ。

 子どもたちとの対話のごく一部を紹介しました。どこかで、全部をまとめたいと思っています。質問に答えた僕に、質問した子どもが拍手をしてくれました。これも、今までなかったことなので、うれしかったです。
検見川 保護者と この後は、保護者との時間でした。保護者とは本当に短い時間しかなかったのですが、いつ頃からどもり始めたのか、両親にしてもらってうれしかったことは何か、からかわれたことはあるのか、などの質問をもらいました。

検見川 子どもと保護者検見川 おわりのあいさつ 今、吃音の問題の最前線にいる子どもたち、そして保護者との対話の時間は、僕にとって本当にありがたいものです。こんな機会を作ってもらえたこと、千葉のことばの教室の担当者に、感謝しています。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/12/18

第11回 吃音と向き合い、語り合う、伊藤伸二・吃音ワークショップin東京

 東京での吃音ワークショップ開催の案内をします。まず、コロナの影響を受ける直前ぎりぎり、2020年1月の東京ワークショップの報告をしているブログを紹介します。
 2020年1月、第8回目となる東京でのワークショップ。吃音と向き合い、語り合う 伊藤伸二・吃音ワークショップの名前のとおり、しっかり、そして真剣に、自分と、吃音と向き合った1日ワークショップでした。

 
今回の参加者は、17名でした。
 「ストレスや苦手とつきあうための認知療法・認知行動療法」(金子書房)の本を何度も読んで、会いたいと思っていたところ、ブログで東京ワークショップのことを知り参加した人。吃音のために諦めてきたこれまでの人生を振り返り、どもりに左右されずに生きたいとメールで申し込んできた人。
 ワークショップ直前にメールでの問い合わせがあり紹介したら即参加を決めた小学校教員をしている人。場数を踏んでもどもることの恥ずかしさは消えず、失敗だけを覚えていて自信がない、でもなんとかこの状況を抜け出したいと考えている人。小学5年生のときから吃音親子サマーキャンプに参加し、今は幸せに生きているが、将来の息子のことを考えたくて参加した人。学童期・思春期のどもる子どもたちへの支援の在り方を考えたいと申し込んできた当事者であり言語聴覚士をしている人。など、全国各地からの参加でした。
 最初は、簡単に自己紹介から始めました。いつだったか、この自己紹介だけで午前中が終わってしまったこともありました。それだけ、いろんな思いをもって参加して下さったのでしょう。今回はそうならないよう気をつけながら、ぐるっと一通り簡単な自己紹介してもらいました。
 このような場に参加すること、それ自体、とても勇気のいることだろうと思います。ホームページを見てもらえれば、僕は、顔も出しているし、どんなことを考えているのかも明確に書いているので、僕のことは大体分かって参加して下さるのだろうと思うのですが、それでも、どんな場になるか分からない、どんな人が参加しているか分からない所に来る、そのことにまず敬意を表します。僕はワークショップの冒頭に、僕自身が1965年にどうしても吃音を治したくて訪れた、憧れの吃音治療所である、東京正生学院の門を前にして、入れなかった事を話しました。1時間以上建物の周りをぐるぐる回って、ようやく決心して入ったのです。
 和やかで、温かい雰囲気の中で、どの人も率直に自分を語って下さいました。うなずいたり、笑ったり、拍手が自然と起こったり、そこには共感の輪が広がっているようでした。初めて参加した人も、たくさん語って下さいました。それは同時に、参加している人たちが、真剣に話に耳を傾けるいい聞き手であったことを表しています。いい聞き手がいるところで、人は語れるのです。
 今回は、僕と誰かひとりが前に出て、対談のようにして公開面接をするという形はとらず、円くなったままで進めました。初めて参加された方を中心に、ひとりずつと対話をしていきました。ある程度まとまった話をした後に、その他の参加者が自由に発言していきました。ひとりひとりの人生に触れることのできたいい時間が流れました。(2020/1/23)


 来年1月、東京で開催するワークショップの案内の再掲です。
 毎年、正月気分の残る1月の3連休の最終日、東京で、ワークショップを開催しています。僕が大阪に住んでいるので、どうしても、関西地方での行事が多くなってしまいます。遠方で参加しにくい人がいるだろう、それならば、僕が東京に行こうということになり、東京でのワークショップが続いています。
 来年は、11回目です。
 真剣に人生を考える仲間とともに、ゆっくり、じっくり、吃音について、人生について、考えてみませんか。

□日時 2024年1月8日(月・祝)   10:00〜17:00
□会場 北とぴあ 東京都北区王子1−11−1  TEL 03−5390−1100
      JR京浜東北線「王子」駅北口徒歩2分
      東京メトロ南北線「王子」駅ト崕亳直結
□定員 18名  
□参加費 5,000円…当日、受付でお支払い下さい。
□申し込み方法…メールか電話、FAXでお申し込み下さい。 
 〔樵亜´年齢 住所 づ渡暖峭罅´タΧ函´ο辰傾腓辰討澆燭い海箸篳垢たいこと О貌伸二・吃音ワークショップを知ったきっかけ  
□申し込み締め切り 2024年1月7日(日)
□申し込み先  日本吃音臨床研究会・伊藤伸二
メールアドレス jspshinji-ito@job.zaq.jp
TEL    090-1228-2360 
FAXの場合   072-820-8244 (2023年12月25日まで)
 
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/12/10
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