杉田峰康さんをゲストに迎え、交流分析を学んだ吃音ショートコースの紹介をしたのは、6月12・14日でした。それから半月が経ってしまい、今日は6月30日。6月も今日でおわりです。あまりにも早い月日の流れに驚いてしまいます。
「スタタリング・ナウ」2001.12.15 NO.88 で特集した、杉田さんの「生活に活かす〜実践的交流分析入門」の報告のつづです。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/06/30
「スタタリング・ナウ」2001.12.15 NO.88 で特集した、杉田さんの「生活に活かす〜実践的交流分析入門」の報告のつづです。
生活に活かす〜実践的交流分析入門
講師 杉田峰康・福岡県立大学名誉教授
よりよい人間関係を求めて
まずい人間関係は「三つの心」のバランスが崩れることから起こる。Pが強すぎるときは、仕事中毒症、脅迫ノイローゼ、権威的すぎ、厳しすぎる人間となり、鬱病になりやすい。Aが強すぎると感情の乏しいコンピューター人間、打算的な人間になる。Cが強すぎると家庭内暴力、ヒステリー、過食症や拒食症のような心身症を引き起こす。特に拒食症、過食症は母であるからだをいじめているわけで、これは「母性性の拒否」を意味し、その状態は自分で自分のことをコントロールできなくなっているので助けてほしいが、甘えたくても甘えられないで苦しんでいる状態である。従ってその治療にはじっくりと耳を傾ける「再養育」が有効となる。
次にまずい人間関係にはまずいルール(法則)が働いていることを勉強した。これはドライバーというCPから人の行動を促す目的で発信される言葉で、子どもをしつけたり教育するときによく使われる。通常次の五つがある。
1.早く、さっさと、
2.きちんとやりなさい(完全であれ)、
3.がんばれ(もっと努力しろ)、
4.私を喜ばせなさい(親の期待に添いなさい)
5.しっかりしろ(泣く子は嫌い、タフであれ)
例えば「早くしろ」を親が「お前はグズでのろまだから何をやってもダメだ」という態度で発すると、「失敗せよ、成功してはいけない」という禁止令を発動する引き金になる。
こじれる人間関係には『ゲーム』が働いていることがよくある。ゲームとは、表面的にはもっともらしい交流の繰り返しの様に見えて、その奥には隠れた動機を伴い、しばしば破壊的な結末をもたらす交流である。例として「子どもを勉強嫌いにするゲーム」について学んだ。あるお母さんが、子どもがテレビを見ているときに「勉強しましょうね、ケーキあげるわよ」と言う(仕掛人)。これに応じて子どもは机につく(カモ)。初めは優しい母親だったのが、子どもが勉強が分からないと、母親がイライラしだして子どもを非難し、両者の関係が混乱する(NP→CP)。そして母親の非難が頂点に達すると隠れていたメッセージが現れる。「もうお母さんはあんたのことなんか知りませんよ。こんなことでいい学校になんか入れるもんですか。もうケーキなんかあげません。」そして結末としては、子どもは眠るまで憂鬱な気持ちを味わい、母親は子どもの寝顔をのぞいて「ああ、またやってしまった。」と後悔の念にかられる。しかしまた明日もこのゲームは繰り返される。この結末で表れる感情を『ラケット感情』(現在の行動に強く影響を与える幼児の感情生活のうち、特に慢性化した不快感)といい、人がゲームを演じるときその結末に決まって味わう感情である。このゲームを止めるためには、ギアをAに入れなければならない。
人生劇の究明(人生脚本)
人が演じる様々なゲームや特定の性格傾向を考えるとき、『脚本』という概念をもとにして考えてみる。人生脚本のもとになる「幼児決断」はリトル・プロフェッサーが行うと考えられている。したがって、人がよく適応して成功した人生を送るか、あるいは心身の様々な障害に苦しむかの違いは、幼児に親たちとの間で経験した指示や、非言語的な禁止令、手本などによって支配されることになる。
この例として、次の3つのケースについて、参加者がそれぞれ考えた。
1.スーパーで買ったものを精算するとき、財布を忘れたことに気付いたらどうするか。
2.交通渋滞に巻き込まれたら、どういう態度をとるか。
3.4泊6日のハワイ旅行の帰りに何を思うか。
例えば1の例では、レジにいる人に「すぐに財布をとりに帰るから取っておいてほしい」と頼む人もいれば、せっかくカゴに入れた商品をわざわざ元の棚に戻す人もいた。
ストローク
人は心のふれあいを求めて生きている。交流分析では、ある人の存在や価値を認めるための言動や働きかけをストロークといい、「人はなぜ人間関係(交流)を営むのか―それはストロークを求めるため」としている。
ストロークには次の3つの領域がある。
1.身体的ストローク…スキンシップ(虐待)
2.言語的ストローク…ほめる、挨拶する(非難する)
3.心理的ストローク…ほほえむ、支える(無視する)
ストロークの種類として、受け取る側にとって肯定的(プラス)か否定的(マイナス)か、条件付きか無条件かによっても分類される。
1.プラスのストローク……それをもらうとイイ気持ちになる刺激
2.マイナスのストローク……それをもらうとイヤな気持ちになる刺激
3.条件付きのストローク……行動や価値に対して与えられる刺激
4.無条件のストローク……存在しているという事実に対して与えられる刺激
安定した人間関係とは、お互いにプラスのストロークを交換し合うことであり、もしプラスのストロークが欠乏(愛情飢餓)すると、マイナスのストロークで補ったり、そのマイナスのストローク交換が習慣になって“ゲーム”となる。
『ストローク経済の法則』とは、「貧しい者はますます貧しく、富める者はますます富む」ことを意味し、ストロークの収支が赤字の時は、相手にプラスのストロークを与えることは出来ない。そのためには、自分自身にストロークを与えるとよいことや、欲しくないストロークが来たときは拒否すればいいことを学んだ。
交流分析のカウンセリングの目的の一つは、何らかの理由で信頼と愛情に裏付けられたストレートな交流が営めないために、マイナスのストロークの交換を続ける『ゲーム』からの解放である。(つづく)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/06/30
今日は、公式行事が終わった後の、鹿児島でのおまけの話です。
知覧特攻平和会館に着くと、入り口前に、映画「ホタル」の記念碑がありました。
日本がもう負けると誰もが知っているのに、特攻隊として、敵の軍艦を目指して突っ込んでいく。無駄死にの理不尽さ、作戦の無意味さを誰もが知りながら、日本軍隊上層部に逆らえない。一度動き出したら軌道修正できない、今の日本の政治と似ていてやりきれなくなります。今回は、語り部さんの話を聞くことができました。お母さんが、特攻隊の人達のお世話をしていたという人でした。90歳を超えているお母さんも、写真に登場していました。お母さんから直接聞いた話も交えての語りは、迫力があり、話に引き込まれました。
新・吃音ショートコースの最終のセッションは、ふりかえりでした。ひとりひとりが、この2日間で考えたこと、思ったこと、感じたこと、発見したことなどを発表しました。僕は、この時間が好きです。印象に残る場面はひとりひとり違います。同じことばを聞いても、その捉え方は異なります。その人の背景、その日の体調、いろいろなものが合わさって、感想になります。どれもが貴重で大切なことばになっていました。
高校生の生活支援の仕事をしている人から、「カウンセラーではない支援ものという立場で話すが、話にきた相手にとって、話した時間、内容がこれでよかったのかと、終わってからよく思う。対話は対等性が大事だと聞くが、なかなか難しい。どんなことを大切にすればいいか」という話題が出ました。とても大切なテーマで、対話について考えている僕にとっても、ぜひ、考えたいことでした。彼女とじっくり「対話の難しさ、対話をするときの心構え」などについて、対話をしました。彼女の実体験から出てくることばに耳を傾け、僕も、これまでの経験や今考えていることなど、真剣に話しました。周りの参加者も、そんなふたりをしっかり支えてくれました。一人の人間として、他者にどうかかわるか、その奥深さを改めて思った時間でした。
次は、今、心理学だけでなく、企業や自治体などでも注目されているウェルビーイングについて考えました。それぞれが思う「幸せ」について話し合いました。人間にとって大切な三間(空間、時間、仲間)アドラー心理学の共同体感覚、ポジティヴ心理学から、PERMA(パーマ)の5つの概念、リフの6つの要素、それらの中のキーワードから、自分にとって何が大事と思うか、ひとりずつ発言していきました。似ていたり、違っていたり、でも結局は似ていたり…「幸せ」からの切り口は、多くのことが考えられるいいテーマでした。


発表の広場では、中井久夫の著書「治療文化論」から発見したことを、吃音とからめて考察したことの発表をはじめ、東京からの参加者が自分の転職にまつわる体験や、三重県からの参加した元ことばの教室担当者がこれまでの自分を振り返って話をしました。元ことばの教室担当者は、東日本大震災の後、復興支援の一貫として、尺八の演奏をして、福島を訪れているそうです。彼女の尺八に合わせて、みんなで「花は咲く」の歌を歌いました。どれも、その人らしい内容で、参加者は引き込まれました。
発表の広場の後半は、ことば文学賞の発表です。今年は11編集まりました。そこから3編選んで、読み上げました。聞いていたみなさんから感想をもらい、その後で、最優秀作品と優秀作品を発表しました。どれも、しっかり書いてくださっていて、内容も深く、ことばの選び方、表現の仕方なども洗練されていました。最優秀と優秀の2人は、幸い、新・吃音ショートコースに参加されていたので、感想も聞くことができました。
2日目は、発表の広場の続きで、千葉のことばの教室担当者がどもる子どもとの「幸せ」についての取り組みを発表しました。その子どもたちから、どもる大人に聞いてきてほしいと要望がありました。「どもりが治ることが幸せとは思わないが、その理由を説明するのが難しいので、どもる大人はどう考えるのかを知りたい」とのことでした。普段、しっかり考えている子どもたちなので、大人顔負けの深い話をしています。
その後は、音読を免除してほしいと願い出る保護者について、担任教師から相談があった話、合理的配慮の功罪、日本語のレッスン、どもりそうなときの対処法、エリクソンのライフサイクル論など、リクエストされたことは全部取り上げ、終わることができました。
日本語のレッスンでは、発音・発声の基本の確認と、歌を「一音一拍」を意識し、「母音」を押して、ゆったりと歌いました。そして用意してきた、歌舞伎の演目、「白浪五人男」の口上を全員が一人で演じました。「問われて名乗るもおこがましいが、…」おなかから声を出し、気持ちのいい時間でした。特に、コロナ禍で大きな声を出すことがなかったので、より気持ちがよかったのかもしれません。
予約しておいてくださった店に着くと、そこには、10年前、全国難聴・言語障害教育研究大会全国大会鹿児島大会でお世話になった宮内さんが、僕が鹿児島に来ていることを聞いて、待っていてくださいました。鹿児島大会で、僕は、記念講演をしたのですが、宮内さんは、そのときの大会の事務局長でした。お互いに「変わりませんねえ」と挨拶をして、久しぶりの再会を喜びました。そのとき、全国大会の記念講演ができたのは、同じ年の6月に、鹿児島県大会に講演に行くはずだったのですが、牛の口蹄疫騒動があり、中止になったので、その年の8月の全国大会に呼んでいただけたのでした。不思議な巡り合わせだったと思います。
お昼ご飯を食べながら、前日の講演とその日の交流会での僕の話の感想を聞かせていただきました。反応をすぐ聞くことができるのは、とてもありがたいことでした。同席されていた桑原さんは、谷川俊太郎さんと竹内敏晴さんが講師だった、1998年の吃音ショートコースに参加してくださっています。考えてみれば、長い、古いおつきあいなのです。
質問は、次のようなものでした。特別感があるとか、自己紹介でわざわざ言わなくても、どもっていたら分かってもらえるとか、どもって笑われたら、笑った人が幸せになるからいいとか、びっくりするような内容もあります。もちろん、どもって笑われるのが嫌だからどうしたらいいか、と多くのどもる子どもから出る質問もありました。
僕が 「人が嫌がることをしつこくしてくる人はどんな人ですか?」と、子どもに問いかけると、子どもたちから、「性格の悪い子」「自分がおもしろくなくて楽しくない子」「幸せでない子」などが出てきます。「君たちは、人が嫌がることをしつこくしますか?」と聞くと、「絶対にしない」と口々に言います。優しい子どもたちです。その中で、僕が言ったのか、子どもが言ったのか、「残念な子」というのがありました。
最後に、子どもたちからあらかじめ出されていた質問を紹介します。これは、ホワイトボードにまとめられていました。
昨夜遅く、鹿児島から大阪に帰りました。17日の吃音交流会のつづき、子どもたちとの対話について紹介するつもりでいたのですが、ホットな話題をと思い、今日行った、フェスティバルホールでの「フジコ・ヘミング」のピアノソロコンサートについて書きます。
出会いは、今から13年くらい前になります。横浜で吃音相談会を開いたときに、両親と参加した大学生がいました。母親の陰に隠れるようにしていたその男子大学生は、その後、私たちの合宿などに参加して、自分の生き方としてバイオリンの道に進みました。吃音のこともあり、大変な苦労をして、ドイツの大学院に進学し、その後、ウイーンのとても有名な管弦楽団に所属しています。日本でも毎年コンサートが開かれています。招待をしていただいたのですが、毎年の新年の合宿と日程が重なり、一度も彼の演奏するコンサートには行けていません。ご両親は海外の演奏家を日本に招くなどの音楽関係の仕事をされていて、最初の出会いからずっとお付き合いが続いていました。お母さんからは、折に触れ、成長していく彼の様子を知らせていただいていました。
会場はぎっしり満席で、舞台には1台のピアノが置かれていました。彼女がシルバーカーを押し、付き添われながら登場すると、舞台はとたんにパッと華やかになります。
初めは、保護者との時間でした。小1、小2、小4、小5、それぞれの子どもたちの保護者が9人集まってくださいました。簡単に自己紹介をしてもらいました。明るくて元気な子が多いという印象でした。その後、僕はちょっと長めに自己紹介をして、こんな体験をしている僕に、どんなことでも聞いてほしいとお願いしました。僕は、健康生成論については必ず伝えようと思っていましたが、まずは保護者のみなさんが聞きたいと思っていることを出してもらうことから始めました。
長く設定してもらったはずの話し合いの時間があっという間に終わりに近づき、僕は、ぜひ話しておきたかった健康生成論についてコンパクトにまとめて話しました。コロナのことで説明するとわかりやすいようです。過酷な環境の中で、生き抜いてきている人はいます。吃音は、その人たちと比べると、そこまで大変なことではありません。どもることを認め、覚悟を決めれば、上手につき合っていくことができます。健康生成論が出てきたアウシュビッツの話も、子どもに分かるように話しておくこともいいのではと伝えました。 その後は、別室にいる子どもたちとの時間でした。
6月16日、南九州市立知覧小学校で、第47回鹿児島県難聴・言語障害教育研究会南九州大会が開かれました。コロナの影響を受け、対面での研修会は久しぶりのようでした。知覧小学校のある知覧は、武家屋敷があり、南九州の小京都と言われる落ち着いた街でした。僕にとっては、知覧は、以前行ったことのある知覧特攻隊平和会館のある街です。
講演のタイトルは、「どもる子どもが幸せに生きるために〜ことばの教室でできること〜」です。今年は、〈幸せ〉がキーワードです。
導入は、知覧ということで、僕の大好きな高倉健さんの映画「ホタル」からスタートしました。鹿児島に来る前に、僕は録画してあった「ホタル」をもう一度見てきました。平和に、幸せに生きることを考えたいというところから、話を始めました。僕の経験、世界の流れ、真の吃音問題など、用意したパワーポイントは、最初のスライドから動かず、話が進んでいきました。健康生成論についてのみ絞ってお話する予定でしたが、健康生成論について話す前提として、僕自身の体験と吃音の取り組みの世界の歴史はある程度話しておかないといけないことでした。あっという間に、90分が過ぎました。昼休憩をはさんで午後の部の70分、話せなかったことは、たくさん用意した資料で補っていただくとして、これまで実践してこられたことの意味づけ、新しいキーワードを持っていただきたいと念押しして、講演は終わりました。健康生成論の首尾一貫感覚の要素、把握可能感、処理可能感、有意味感を育てることが、今後の教育に必要だという僕の主張が、なんとか伝わったという実感をもつことができました。
この鹿児島での研修が、2023年度の「吃音の夏」のスタートでした。いいスタートが切れました。