1月も今日で終わり。1年の1/12が過ぎたことになります。寒さも厳しく、春が待ち遠しいです。島根スタタリングフォーラムのことを紹介してきましたが、次は、僕たちがずっと続けている吃音親子サマーキャンプでの話です。吃音親子サマーキャンプは、今年の夏、32回を迎えますが、これまで本当にたくさんのどもる子どもや保護者、担当者と出会ってきました。不思議なことに、その出会いが30年後の今につながっている人も少なくありません。ありがたい出会いをいただき、感謝しています。
今日は、「スタタリング・ナウ」NO.61(1999年9月)の巻頭言です。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/01/31
今日は、「スタタリング・ナウ」NO.61(1999年9月)の巻頭言です。
吃音終身保険
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
「僕、最近だんだん国語の朗読ができなくなってきて困っているんです。それと自分の名前がとても言いにくいんです。このままだったら将来どうなるかだんだんと不安になってきました。本は読みましたが、なかなかできそうにありません」
高校1年生からの率直な電話だった。
「うーん…君がどもって読んだとき、友だちは?」
「笑わないし、最後まで聞いてくれます。クラスがとてもよくて、みんないい奴です」
「それでも君がそんなに苦しかったら当てないでとお願いしたらどう。僕はそうしたよ」
「僕も、あんまり苦しいから担任の先生に相談したんです。すると気持ちは分かるが、今逃げていてはいけないよと言われて…」
「うーん。その担任の先生は君の辛さは分かってくれているんだ。その上でそう言うのは、まあ、ひとつの考えではあるね…」
「君が、こうして電話するの、すごいことだよ」
「だって誰にも相談できないし」
「ごめんね。君の期待する話ができなくて」
「いいえ。とても気持ちが楽になりました。また、電話していいですか」
吃音を治したいという気持ちに寄り添いながら、30分ほど話した。「吃音に悩む10代の君たちへ」の章の最後に、ひとりで悩まないで、いつでも電話をかけてくれていいよと書いてよかった。
「私は、伊藤伸二編著『吃音者宣言』第5章に登場したKです。おなつかしゅうございます。今回メールを送ることを非常にためらいました。私としては、中学の時吃音宣言をしておきながら、実は逃げの人生を送っていたことを、伊藤さんに告げることは私にとってとても辛い作業だったからです。最近逃げている自分を自覚し、意識的に生活の中で逃げない選択を少しずつしています。やはり、現役の成人のどもる人間として、吃音と向き合い、最初からやり直すつもりです。伊藤伸二という一人の人間に会える日がきっと来ると信じてこれから生活していきます」
23年前、ことばの教室の事例報告として紹介された、当時中学生だったKさんが私を思い出してくれての、うれしいうれしいメールだった。
小学校4年生から3年連続して吃音親子サマーキャンプに参加した美穂ちゃんは、家族と吃音についてオープンに話すようになり、少しずつ明るく元気になっているようだった。美穂ちゃんが作文教室でこんな作文を書いた。
「私はどもりが大嫌いです。どもりのせいで友達に笑われたり、電話でもインターホンでもつらい思いをいっぱいしてきました。学校での自己紹介や○○発表、国語の本読みなど嫌なことがいっぱいあります…」
作文の最後には、このキャンプに来てどもりながら頑張っている他の子を見て、もしどもりが治らなくても、前向きに生きていきたいと思ったと締めくくっている。しかし、将来幼稚園の先生になりたいとの夢をもつ美穂ちゃんが、小さい子どもからもどもりを指摘され、真似をされた経験は辛いことだったのだろう。それが、昨年「私は私」と書いていた美穂ちゃんが、今年は「どもりなんて大嫌い」の作文になったのだろう。揺れに揺れている気持ちを率直に作文に書けるのはうれしい。
美穂ちゃんのこの作文からふと浮かんだことをキャンプの最後のあいさつで私は冗談まじりに、しかし本気で口にしている。
「介護保険が始まりますが、日本吃音臨床研究会では吃音終身保険をつくりました。キャンプに参加したみなさんは、自動的に保険に入っています。子どもが、今はよくても思春期、就職、結婚と吃音に関して悩むことがあるでしょう。悩んだり、困ったときはいつでも相談を受けることができる保険です」
電話をかけてきた高校1年生、EメールをくれたKさん、そして小学6年生の美穂ちゃん。吃音を受け入れようと思いつつ、否定する気持ちも沸き上がる。その中で揺れて、悩んでいる。それでいいんだ。私も本当にどもりと和解できたのは、国際大会を開いた43歳の時だった。吃音を受容するのはそんなに簡単なことではない。
どこまで役に立てるか分からないが、今回、日本吃音臨床研究会が発行する冊子『吃音と上手につきあうための吃音相談室』の読者にも、いつでも相談にのりますと書いていた。その人が必要なら私の命のある限り、その人と向き合いたいと思う。(「スタタリング・ナウ」NO.61 1999年9月)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/01/31