前回の続きです。この報告はある人のメモをもとに書いていて、当日の話を再現しているわけではありません。全ての動画は、今後、You Tubeでアップしますので、それを見ていただきたいと思います。今、紹介しているのは、メモ程度のものです。当日、僕が話したこととは少し異なるかもしれませんが、予告編のつもりでお読みいただければと思います。
 
◇就職活動で苦戦し、しんどくなったときの自分をどう支えるか

吃音Q&A  8奥田 私は、50社受けて、48社、落ちたんです。

伊藤 50社受けたとは、すごいね。

奥田 48社落ちたことより、よく2社合格したな、よく拾ってくれたなという思いの方が大きいです。これは、就職活動としては、大失敗の部類に入ると思います。受けて落ちて、また受けて落ちて、を繰り返すと、落ち込んだり、涙を流したり、イライラして親にあたったりしていました。友達が合格をもらったという話を聞くと、よけいに落ち込みました。そうして、社会人になって、4月を迎えたんですが、こういうとき、自分のことをどう考え、どう支えたらいいでしょうか。

伊藤 50社受けて、48社落ちたという話、今初めて聞いたけれど、よくそれで、次の会社を受けようとがんばれたね。もういいわと、投げ出したくなるだろうに。それができた奥田さんの力というか、エネルギーはどんなものだったのですか?

奥田 社会には出ないといけないと思っていた。自立して自分で生活したいという思いが強かった。大学院に進学するという道もあったけれど、時期的に遅かったし。

伊藤 何回も不合格になると、途中で、心が折れてしまう人もいるよね。何回も何回も失敗を繰り返す人が、そのことをどう考えたらいいのかと質問されたけど、人生をどう考えるか、だと思う。そのためには、いろいろな人の人生を知っていることが大事だと思うな。 僕は、学力には強い劣等感を持っていたし、大学は2年浪人しました。そんな自分を唯一支えていたのは、本や映画でした。いろいろな人生があるということを、僕は、文学や小説、映画を通して学んできた。絶望や、挫折を乗り越えた物語を、架空のものであっても知っていた。だから、人生なんとかなるかもしれないと漠然と思っていたのかもしれない。就職活動を含めて自分の人生を考えたとき、「自分が納得できる人生をどう生きるか」だと思う。自分が納得できる、このことが大事なんじゃないかなあ。奥田さんの場合は、とにかく就職して、どんな仕事にでも就いて自立したかったんですよね。
 一方で、極端に言えば、就職しなくてもいい、と考えることだってできる。
 世間が言うような、いい大学を出て、みんなが知っているような会社に就職してというような、通り一遍の人生を送ることが幸せだと思わず、自分が求める人生を歩きたいね。失敗したことを挫折だと考えないで、人生を考えるチャンスだと考えることだ。人それぞれの人生がある。それは、小説や映画などでたくさんの人生を見聞きすることで得られる。いろんな人生があり、いろんな幸せがある。そう考えられたら、いいなあと思う。
 言語聴覚士の専門学校の学生で、親しくなった人がいて、いろんな話をする機会がありました。言語聴覚士の資格をとって、将来は、言語聴覚士になるものだと思っていたら、全く違う選択をしたんです。彼女には、沖縄に、陶芸の修行をしている恋人がいた。将来どうなるかわからないけれど、言語聴覚士として就職しないで、卒業したら沖縄の彼の所へ行くと言っていました。せっかく国家資格をとるために2年間勉強してきたのに、と普通は思うけれど、彼女にとっては、好きな人と、沖縄で生活することが幸せの道だったんだね。
吃音Q&A  5 このコロナ禍の中、僕は旅行をいっぱいしました。そのとき、農村では農業の担い手がいなくて困っていました。住む家も、田畑も、無料で貸すので、若い人に来てほしいと言っていました。
 「会社員」になるという目標を定めて就活をしても、どこも合格しないかもしれない。奥田さんは、50社受けて2社合格したからよかったけれど、50社ともだめだったということもあるだろう。そんなとき、気持ちを切り替えて農村に行くとか、介護・福祉の仕事なら人手不足なので、そっちの方に方向転換するとか、柔軟に考えられたらいいね。
 人生にはたくさんの選択肢があり、どの道を選ぶかは本人次第。なので、複数の選択肢を常にもっていたら、50社不合格になったことをチャンスだと考えて、別の道を選べばいいんじゃないでしょうか。
 僕も、大阪教育大学という国立大学の講師を辞めて、カレー専門店のオーナーシェフになったけれど、僕のその選択を知った人全員が「大学を辞めるなんて、もったいない」と反対しました。でも、他の人がどう思おうと、自分が納得して選んだ道が、その人にとって、一番幸せな道じゃないでしょうか。
 このような話と、しんどくなった時、自分を支えるレジリエンスについて話しました。(つづく)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/05/02