伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

2021年10月

吃音親子サマーキャンプ 演劇のもつ力

 金子書房『児童心理』に連載された文章の3回目です。今日は、サマーキャンプの柱のひとつ、演劇について書いています。吃音を治す・改善するためではなく、子どもたちの声を耕し、相手に届く生きたことばを育てるために、楽しく日本語のレッスンをしています。ここに登場するA子は、2年前に卒業しました。ナレーターの特訓をした子は、スタッフとして毎年参加してくれています。

『児童心理』2016年8月号
連載 学校外の子どもたちの今

吃音親子サマーキャンプの場の力
 
 演劇のもつ力

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
  

 どもる子どもの自己表現

 「2年生の3学期のお楽しみ会での読み聞かせで、どもりながら読み終わったとき、友だちが、私がどもっているところをまねしたので、みんなが笑って泣きたくなりました」
(A子小学5年生時の作文)
 音読や発表を苦手にしている、どもる子どもは少なくない。学習発表会の劇などで、本当はしたくても、ひとりでセリフを言うことには尻込みする。それらが、日頃の学級での人間関係や自己表現にも影響している。安心してどもることができる場で、子どもたちが苦手にしている劇に挑戦し、表現する楽しさ、喜びを味わってほしい。さらには、表現力を豊かにすることができれば、吃音とともに生きる力になるだろう。
 吃音親子サマーキャンプでは、「劇の稽古と上演」を「話し合い」と共に2つの柱にしている。
 「からだとことばのレッスン」を主宰する演出家・竹内敏晴さんは、私の思いを受け止め、宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」やミヒャエル・エンデの「モモ」など、子どもが楽しく演じられるものを選び、大勢の子どもが出演でき、グループごとに稽古ができるよう場面を分け、ひとつの劇を作り上げる脚本を毎年書き下ろして下さった。
 誰に向かって言うセリフなのか、それをどう受け止めて返すのか、相手に向き合うからだになっているのか、「竹内レッスン」のエッセンスを凝集したような脚本だった。そして、子どもに教えるときの手順なども含めて、スタッフに合宿で演出・指導をして下さった。
 竹内さんが亡くなった後、大学院生時代から竹内レッスンやキャンプに関わり、教育に演劇を取り入れることの研究実践をしている、東京学芸大学渡辺貴裕准教授が引き継いで下さっている。

 演劇の取り組みの意義

《声を耕し、ことばを育てる》
 「吃音を治す、改善する」を私たちは目指さないが、声、ことばに向き合い、どもっても、その場にふさわしい大きさの声を、表現豊かな声を、耕したい。目を伏せて、うつむき加減に話す子どもに、目の前の人に向かって話しかけようと励ます。演劇は、人と人とが向き合い、ことばが響き合うための、格好の教材だ。
《困難な場面に向き合う》
 ナレーター役の子どもが、何度も挑戦するが最初のことばが出てこない。周りからの激励やアドバイスにその子どもは怒り出し、投げ出した。その子どもに関わり、特訓をしたことがある。「次の日…」の「つ」が言えない。「つ」を言おうとせず、息が流れる母音の「ういおい…」とセリフを読む練習をしばらくして、彼はグループに戻っていった。上演での彼のナレーターは見事だった。あまりどもらずにできたことに意味があるのではない。自分が苦手とすること、困難なことに挑戦し、工夫する。サバイバルしていく力を身につけていく姿がうれしかった。
《自分で自分を支える》
 練習のときはそれなりにできていた子どもでも、140名もの人の前で演じるとなると緊張する。自分以外にも舞台には人がいるとはいえ、セリフを言うときは、観客の目は一斉にその子どもに注がれる。逃げ出したくなる自分をひとりで支える。日常生活の中の困難な場でも、自分で自分を支えなければならない。どもりながらも演じきるところに、苦手にしていることや、困難な場に向き合う、新しい力が生まれる。 
 音読が苦手だったA子は、2回目のキャンプで主役に手を挙げた。
 「劇は脇役になりたかったけれど、目立つ役でもいいかなと思って、立候補しました。でも、初めからすごくどもって、なかなか劇がすすまないので、嫌になりました。上演のときはすごく緊張感をもって、挑みました。私は話すのにせいいっぱいで、役になりきっていなかったけれど、達成感がものすごく感じられました」(A子小学6年時の作文)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/10/17

吃音親子サマーキャンプ 子どもの語りを支える

 金子書房の『児童心理』に連載された吃音親子サマーキャンプについて紹介しています。
 ここで紹介している子どもたちの声や感想は、どれもすごいなあと思います。自分や自分の吃音に向き合い、しっかり考えているから出てきたことばです。忘れられない名言もたくさんあります。今日の2回目は、それら子どもたちの語りを支えるものについて、書きました。

『児童心理』2016年7月号
連載 学校外の子どもたちの今

吃音親子サマーキャンプの場の力
 「自分を語ることば」が育つ

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
  

子どもの語りを支える

 「嫌だったどもりについて話すことが、こんなに楽しいとは思わなかった」とキャンプに参加した高校生がよく言う。安心して話せ、聞いてもらえる場では、子どもたちは実によく話す。90分間、子どもたちが話し合いに集中することに、初めて参加したことばの教室の教師は、まず驚く。子どもたちは、気持ちの分かち合いでほっとし、情報の分かち合いで学校での吃音への対処のコツをつかみ、価値観の分かち合いで「どもっても大丈夫」を自分のものとしていく。
・笑われて、泣いちゃった(1年)
・音読でどもった後、休み時間に「アイウエオ、と言ってみな」と言われて悔しかった(2年)
・どもるのは僕だけではないとわかってほっとした(3年)
・からかわれたら、「それがどうした」と言い返す(3年)
・「どもりをかわかわないで」と、キャンプの後、校長先生に頼んで、全校生徒の前で話した(3年)
・健康観察で「片岡悠太、元気です」の「か」が言えないときは「か」を飛ばしているよ。(4年)
・「神様が百分の一の人にどもりをプレゼントして、僕たちは、そのプレゼントに当選した人だと思ったらいいよ」とK君が言ってくれて、すごく心に響きました。(5年)

 キャンプでの話し合いが豊かに機能するために次の要素がある。
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 子どもたちだけでの話し合いは難しい。ことばの教室の教師や言語聴覚士などの専門家と、成人のどもる人が入る。質問し、整理し、深めるために、専門的な知識や、成人の体験が役立つ。
∧数回参加の子どもの役割
 初めて参加する子どもは、複数回参加している子どもの聞く態度、話し方、話す内容をいいモデルにしている。この伝統が引き継がれている。
B慮海鯤絃呂膨屬
 話し合いの場での表現は苦手だが、ひとりで向き合い体験を綴る場では自分を表現できる子がいる。この時間を挟むことが、2回目の話し合いで生きてくる。
は辰江譴旅渋げ
 前振りのためのゲームや雑談などはなく、「ここは、吃音について話す場」だと明確に伝え、ゆったりと、子どもたちの話し合いを支える。

宮城県女川町から参加したAさん

 小学6年生の新学期、転校生ら3人からひどいいじめを受けたAさんは学校へ行けなくなり、8月末のキャンプに参加した。初日の話し合いで彼女は、学校へ行けない悔しさを泣きながら話した。話し合いに慣れている子どもたちは、彼女にどんどん質問をしていく。質問に答えながら、彼女は体験を整理できたようで、修了間近に男子が言った、「Aさんはすごいと思う。自分を変えたいと思うから、遠い所からキャンプに参加したんだね」で、笑顔が出て、話し合いは終わった。キャンプが終わってすぐに彼女は学校へ行きだした。中学校も楽しく過ごし、高校入学が決まっていた2011年3月11日、大津波で彼女は母親と共に亡くなった。1回目の話し合いを終え、翌朝90分の体験を綴る時間に彼女が書いた作文は私の宝物だ。彼女のことを忘れずに、伝えていくことが私の使命だと考えている。

 「学校でどもると、『早くしてよ』と言われ、とてもこどくに思えました。でも、サマーキャンプはみんな私と同じで、ひとりじゃないんだと思いました。夕食後、同じ学年の人と話し合いがありました。みんな、前向きにがんばってるのに私はどもりのことをひきずって、全然前向きに考えてなかった。キャンプで、どもりは私にとって大事なものなんだ、どもりを私のとくちょうにしちゃえばいいんだと思いました。今日、朝起きたときは、気持ちが楽でした。まだサマーキャンプは始まったばかりだと思うけど、とても学校などでしゃべれる自信がつきました」
(両親指導の手引き書41「吃音とともに豊かに生きる」全国ことばを育む会発行 32頁)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/10/16

吃音親子サマーキャンプ―悩んできた大人だからできること

 吃音親子サマーキャンプについて、金子書房の『児童心理』で、4回連載で取り上げていただきました。
 金子書房は、本の出版で大変お世話になりました。どれも、吃音ショートコースに講師として来て下さった方との共著です。
 1冊目が、石隈利紀さんとの共著で『やわらかに生きる〜論理療法と吃音に学ぶ』です。2冊目が、平木典子さんとの共著で『話すことが苦手な人のアサーション〜どもる人とのワークショップの記録』です。3冊目が、大野裕さんとの共著で『ストレスや苦手とつきあうための 認知療法・認知行動療法』です。4冊目が向谷地生良さんとの共著で『吃音の当事者研究 どもる人たちが「べてるの家」と出会った』です。そして5冊目が、国重浩一さんとの共著で『どもる子どもとの対話〜ナラティヴ・アプローチがひきだす物語る力』です。
 その金子書房が月刊で『児童心理』を発行していました。残念ながら、現在は廃刊になっています。
 2016年6月、『児童心理』の〈連載 学校外の子どもたちの今〉で、吃音親子サマーキャンプの場の力とのタイトルで、4回連載していただきました。今日は、その1回目です。

『児童心理』2016年6月号
  連載 学校外の子どもたちの今

吃音親子サマーキャンプの場の力
  悩んできた大人だからできること
             日本吃音臨床研究会会長  伊藤伸二
  

ひとりで悩んだ学童期
 小学2年生の秋の学芸会。担任教師からセリフのある役を外されたことで、吃音に強い劣等感をもった私は、学童期・思春期の社会心理的発達課題を達成できず、「吃音が治る」ことだけを夢見て生きた。
 誰にも吃音の悩みを話さずひとりで悩んでいたこと、吃音について何も知らなかったことが、私の人生の旅立ちを遅らせることになった。
 21歳の夏の1か月、吃音治療所で必死に治す努力をしたが治らなかったことから、私は吃音に真剣に向き合い、どもる人のセルフヘルプグループを創立した。このグループ活動で、大勢のどもる人々と出会い、自分の体験を話し、他の人の体験に耳を傾けた。吃音について学び、原因が分からず治療法もないことを知って、吃音と共に生きる覚悟ができた。グループでの活動は、学童期・思春期にしたくてもできなかったことのやり直しになったようだ。
  
どもる子どもの学校生活
 程度の差こそあれ、どもる子どもたちは、音読や発表、日直当番、健康観察などさまざまな場面で、他の子どもと同じようにできないことに、つらさを抱えている。授業中に困るだけでなく、休み時間の友だちとの会話が苦痛だという子どももいる。どもって言えないとき、「早く言えよ」と言われたり、「日本語、話してみろよ」とからかわれたりする子もいる。かつての私のように、周りに同じようにどもる子どもがいないので、自分だけが悩んでいると思っている。そんな子どもたちに、同じようにどもる子どもに出会い、仲間を作ってほしい。どもりながらさまざまな仕事に就いて豊かに生きている私たち先輩の体験を聞いてほしい。吃音について学び、話し合い、自分以外のどもる子どもが学校でどんな経験をし、吃音についてどう考えているのか知ってほしい。
 私がセルフヘルプグループで体験した、出会いや語り合いの場を通して、気持ち、情報の分かち合い、「どもっていても大丈夫」という価値観の分かち合いをしてほしい。また、ことばに関しても、これまで苦手にしていた表現活動に挑戦してほしい。吃音に深く悩んできたどもる大人だからこそできることを子どもたちに提供したいと考えた。
 成人のどもる私たちと、ことばの教室の教師の共同の取り組みによるキャンプの活動の柱は、吃音についての話し合いと、苦手なことに挑戦する劇の上演だ。プログラムは20年以上まったく変わっていない。

プログラムとスタッフ
 1日目 出会いの広場/話し合い/スタッフによる見本の劇の上演
 2日目 作文教室/話し合い/野外活動/劇の稽古/親の学習会
 3日目 劇の稽古と上演/卒業式など全体でのふりかえり
 キャンプの参加者は総勢140名。45名ほどのスタッフの3分の1は、大阪のどもる人のセルフヘルプグループのリーダーで、残りは全国からことばの教室や支援学級の教師、言語聴覚士などの専門家が手弁当で集まる。全員が参加費を払って参加するキャンプは、参加者ひとりひとりが主役になる。当初どもる子どもの指導に生かしたいと参加したことばの教室の教師たちも、吃音の豊かなテーマに惹かれて、今は自分のために参加していると言う。
 27年間、キャンプはたくさんのドラマを生み出した。かけがえのない友だちをみつけた子は、大人になった今も連絡をとりあっている。小学生で参加していた子が卒業して、スタッフとして戻ってきている。一緒に参加する親も、スタッフも、ともに成長し、大きな吃音ファミリーになっているのである。
 学校外の活動である、2泊3日のキャンプが子どもの学校生活にどのように影響を与えていくか、子どもたちがどのように変わっていくか。
 次回から子どもの声を拾いながら、吃音親子サマーキャンプで起こっていることを紹介したい。(つづく)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/10/14

柳家小三治さんが81歳で亡くなったことで、僕が考えたこと

   唯一無二、自由な人間落語家、柳家小三治さん逝く

 「ワーケーション」という恰好の理由付けができたおかげで、今、南伊豆から熱海、小田原への旅の途中です。その旅の途中で、大好きな落語家、柳家小三治さんが亡くなったとの残念な知らせが、ネット速報で飛び込んできました。びっくりすると共に、大きな寂しさが広がってきました。
 2021年5月12日(水)、毎年出かけていた、京都のロームシアターでの、「柳家小三治 柳家三三の親子会」が中止になりました。また機会があるし、東京へ行けばまた聞けると疑いもなく思っていただけに、もう聞けなくなるかと思うと、とても寂しいです。とぼけたような、飄々とした味わいが好きでした。年のせいかどうかは分かりませんが、言おうとしてもなかなかことばが出ないときが時々ありました。しばらく間があって、まあいいやというような感じで、別の話題に違和感なく移っていきます。絶妙のタイミングでした。「まくらの小三治」とも呼ばれるくらい、まくらが長く、おもしろく、まくらを聞くだけでも満足してしまうくらいでした。
 2017年だったか、頸椎の手術を受けて復帰した直後の京都での親子会が一番印象に残っています。「まくら」というよりは手術からの生還がうれしかったのか、病気の近況報告のように、病気について、担当の医師について、話が進んで1時間以上楽しそうに話していました。笑わせようというような風情は全くなく、今思いついたことを自然のままに客に向かって語りかける。それに耳を傾けていると幸せな気分になるのが不思議です。時々、「クスッ」と笑ってしまいます。僕などは、本題の演目はいいから、このままこの話を続けて欲しいとよく思ったものです。笑わせようとしない、自然な噺が楽しく、僕の大好きな落語家のひとりでした
 小三治さんとの出会いは、1991年8月にさかのぼります。岩手県盛岡市で、NPO法人全国ことばを育む会の全国大会が行われました。そのときの記念講演が柳家小三治さんでした。僕も吃音の分科会の講師だったかどうかは忘れましたが、招待を受けて参加していました。そのとき、初めて、生で小三治さんの話を聞きました。父親が学校の校長先生だったこともあって、教育に一家言のある人でした。そのときの話はもちろん落語ではありませんでしたが、興味をもって聞いていたことだけは覚えています。
 その後、小三治さんの活躍の場は東京が中心なので、関西に来られることはほとんどありませんでした。そのため、東京へ行ったときには必ず行く、鈴本演芸場で聞く程度でした。そして、関西でも独演会をするようになって、聞きに行くようになりました。
 亡くなられたとのニュースが流れると、いろいろなエピソードが伝えられてきます。いくつか紹介します。

 
「人間の生きる永遠のテーマってのをきちっと押さえてますから落語ってね。人間として生きることが、一番大切で素敵なんだ」
 「年を重ねてボケた感じになっていくことすら、当人は自然に楽しんでいる感じでした。落語って、ヘタだけどそれがなんだかおかしい、みたいなのが魅力なんです。マクラしかやらずに帰っちゃったりする小三治は、まともになるのはつまらないことだと、人生をもって示してくれていたような気がします」


 小三治さんの落語は、CDがありますし、You Tubeでも見ることができますが、寄席や落語会で、表情やからだの動きを見ながら聞くのとは全く違います。客を見ているのか見ていないのか、雰囲気を感じ取っているのかどうか分かりませんが、演じているのではなく、僕たちと直接対話をしているような感じです。そんなところが、僕はたまらなく好きでした。直接出会えなくなったのが、本当にさみしいです。
 「長屋の花見」「死神」「千早ふる」「小言念仏」「初天神」など、直接、高座で聞くことができたことは、幸せなことだったと思います。我が家では「小言念仏」を時々口にして、遊んでいます。話している時のイメージが残っているのはありがたいことです。

 ところで、小三治さんが思いがけずに突然81歳でなくなったことで、旅の途中の感傷もあるのでしょうか、77歳半ばの僕の人生を振り返っていました。
 僕の一番好きな宗教者、浄土宗の開祖・法然は79歳、仏陀も79歳だと言われています。デビュー作「電光石火の空手」から大好きで、ほとんどすべての作品を見ている高倉健さんは83歳。僕の「からだとことばのレッスン」の師匠竹内敏晴さんは83歳でした。それらの年に近づいた今、とても感慨深いものがあります。
 特に竹内敏晴さんは、6月の初めに「伊藤さん、がんになったよ」と電話で知らせていただき、7月には吃音親子サマーキャンプの劇のシナリオを書いて、2日間の演出指導をし、僕が主催していた「竹内敏晴・大阪レッスン」もいつもと変わらずにして下さったにもかかわらず、9月に亡くなったので、あまりの早さに気持ちがついていきませんでした。
 僕の年を考えると、今、とても元気ですが、死を意識しない訳にはいきません。63歳で、金沢の繁華街・香林坊の路地裏で「野垂れ死にする」とのイメージを持ち続けてきた僕としては、随分長く生きたと思いますし、たくさんの人との出会いのおかげで、自分の能力をはるかに超えてできたことは数多くあります。あまりにも、ラッキーな人生で、これもすべて吃音のおかげだと、本当に吃音に感謝しているのです。
 そろそろ、終活に入りますが、世間一般の終活とは全く違います。
 ひとつは、無類のグルメでもあるので、糖尿病のために諦めて節制していた食事を解禁することにしました。果物大好き人間が、これまでほとんど果物を食べなかったのですが、その制限を全面解除しました。
 もうひとつは、旅です。僕は、無類の旅好きです。吃音の悩みが深かった思春期から青年期、勉強はまったくせずに、群れて遊ぶことが全くなかった僕は、中学生の頃から、自転車でよく遠くに出かけていました。大学受験に2度失敗し、新聞配達に住み込んでの二浪生活に選んだのは大阪でした。三重県の田舎から出ることの不安より、安堵感、喜びが大きかったように思います。父親の旅好きもおそらく影響しています。収集していた記念切手に旅先のスタンプがよく押されていました。大学4年生の時に3か月、手元にあった8万円で、日本一周の一人旅をしました。北海道利尻・礼文島から、当時最南端の与論島まで行きました。その無類の旅好き人間が、コロナ禍であっても、自粛するはずもありません。同調圧力には意地でも屈したくない少数派人間なので、感染には細心の注意を払いながら、通常以上に短期、長期の旅を続けています。例年ならある、滋賀、静岡、岡山、島根、沖縄、群馬、千葉の吃音キャンプや、研修会や講演会などが、コロナ禍で中止になったために、スケジュールがあいたからです。
 日本全国ほとんど行ったと言えるくらい旅をしていますが、車を運転できる元気なうちに、まだ行っていないところ、行きたいところを、「ワーケーション」の波にのり、旅を続けます。昨日は、Zoomによる吃音研修会のオンラインテストのある日でしたが、旅先のホテルで完璧に行うことができました。パソコンさえあれば、どこでも仕事ができるのだと、本当に実感できた日でした。
 したいことをする。食べたいものを食べる。会いたい人に会う。したいことへの一切の規制を取り払うのが、僕の終活です。吃音についてまだ3冊の本を出したいので、それは頭の中に置きながら、人生最後の「旅の途中」を続けたい。柳家小三治さんが亡くなったことで、改めて、「僕の終活」を確認しました。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/10/13

吃音親子サマーキャンプにみる、グループの力(4)

 第35回日本コミュニケーション障害学会学術講演会(2009年5月30日、新潟県長岡市)シンポジウム「グループの力」で発表したものの紹介してきました。今日で最後です。
 成果だけでなく、課題についても触れました。最後は、吃音親子サマーキャンプに参加した子どもの感想でしめくくっています。

特集1〈グループの力〉
吃音親子サマーキャンプにみる、グループの力
                     日本吃音臨床研究会 伊藤伸二

Group Strength Developed by Summer Camp for Children who Stutter and Their
Parents
                             Shinji Ito
【第35回日本コミュニケーション障害学会学術講演会(2009年5月30日、新潟県長岡市)シンポジウム「グループの力」で発表】

9.課題
 キャンプの成果ばかりに焦点をあてて述べてきたが、当然うまくいかない例もある。中学生や高校生で不登校になっている子どもは、親や教師がどんなに勧めてもキャンプに参加しないことが多い。思春期はそれでなくても不安定な動乱の時期である。これまで話題にもせず、向き合ってこなかった吃音に向き合うことは難しい。相談があった思春期の子どもにキャンプを勧めても、実際に参加するのは1割もない。中学生以上の子どもの参加をどう促すかが今後の課題である。同時にそれは、学童期に吃音に向き合うことの必要性を示している。
 また、キャンプに参加しても、問題がすべて解決するわけではない。また、私たちの考え方を受け止められない子どももいる。しかし、一度キャンプに参加することで、免疫力がついていると、私は信じている。卒業した高校生も、将来吃音に悩むこともあるだろう。その悩みの中で、揺れ動きながらも、卒業生が、スタッフとして参加したり、近況を報告してくれる。「吃音を生き抜く力」をつけているのがわかる。一定期間だけの関わりではなく、成人し、結婚して子どもができてからも、長いつきあいが続いている。いつでも困ったときは、メールでも電話でも相談にのっている。

10.おわりに
 「グループの中では、吃音についてこんなことまで話すのか。私は今まで何をしていたのか。ちゃんと聞いてやっていたのか」と自問することばの教室の教師がいる。このようにグループにはグループの良さがあるが、1対1の指導にも、個別臨床の良さがある。その両者が上手く機能したとき、よりよい吃音臨床が展望できるだろう。1対1の臨床と、グループとは違うが、グループでなければできないことがあるのも事実だ。それが「グループの力」だ。

*子どもの感想でしめくくる。
・「高校生もどもってた。僕もどもっていいの」(7歳)
・「何でどもりになったのかと暗い気持ちから、どもりでよかったという明るい気持ちになった」(10歳)
・「2年の頃、よくからかわれたり、真似をされ泣いて帰ったが、3年生の時、キャンプに参加して、どもってもいいんだとわかってから、発表ができるようになった。からかわれたら、『それがどうしたんだ』と言い返します」(10歳)

*高校3年生になり、サマーキャンプの卒業を迎えた時の作文教室で書いた高校生の作文を紹介する。
「やっぱサマキャンの力はすごい」 
                (高校3年生女子・東京)
 サマーキャンプに小4で初めて参加してから早くも卒業という時期を迎えてしまいました。今までの自分の吃音を振り返ってみると、いろいろなことがあったなと思います。小さいときに、友だちの家のインターホンを押したときに、自分の名前が言えなくて泣いて家まで帰ったこと、小4で代表委員に立候補し、全校生徒の前で自分の名前がなかなか言えなくて泣いたこと、小学校の音読で最初の音がなかなか出せなくて、すぐ終わるような文章を何分もかかってしまい、その場から逃げ出したかったこと。他にもここに書ききれないくらい吃音で嫌だったこと、苦しかったこと、泣いたことはいっぱいありました。そのたびに吃音のことを憎んでたし、吃音じゃなかったらこんなに苦しい思いはしなかったのにと何度も思っていました。でもそのたびに吃音サマーキャンプのことを思い出して、「自分だけじゃない。みんなもがんばってるんだ」と思って、サマーキャンプに早く行きたい気持ちでいつもいっぱいでした。
 サマーキャンプに参加してからも中学くらいまでは、吃音の原因がどうとか、治したいという気持ちが全くなかったわけではなかったけど、今は原因とかどうでもいいし、治したいとは思いません。それでも日常では無意識に言いやすいことばに換えて喋っちゃってるんですけどね。
 それでも吃音に対して前と考えが変わったのは、吃音親子サマーキャンプのおかげだと思っています。これから吃音で嫌なことはいっぱいあると思います。人前でも堂々とどもれるのにはまだ勇気がいるし、吃音から逃げることができないけれど、今までどうにかなってきたんだから、これからだって失敗はいっぱいするだろうけど、やっていけると思っています。そう、信じています。

参考文献
平木典子,伊藤伸二.(2007)「話すことが苦手な人のアサーション」金子書房
石隈利紀,伊藤伸二.(2005)「やわらかに生きる一論理療法と吃音に学ぶ」金子書房
伊藤伸二.(2008)「どもる君へいま伝えたいこと」解放出版社
伊藤伸二.(2004)「どもりと向き合う一問一答」解放出版社
水町俊郎,伊藤伸二.(2005)「治すことにこだわらない,吃音とのつき合い方」ナカニシヤ出版(了)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/10/12

吃音親子サマーキャンプにみる、グループの力

 吃音親子サマーキャンプの概要、および、活動の3つの柱を紹介してきました。今日は、特徴と効果、そして成果をグループの力の観点からまとめています。まずは、僕たち自身が楽しいと思えるキャンプを続けてきたのですが、こうして文字に書き出してみると、プログラムひとつひとつに意味があり、その順序にも必然性があったことが分かります。だから、30年も続けることができたといえるのでしょう。前回の続きです。

■特集1〈グループの力〉
吃音親子サマーキャンプにみる、グループの力
                     日本吃音臨床研究会 伊藤伸二

Group Strength Developed by Summer Camp for Children who Stutter and Their
Parents
                             Shinji Ito
【第35回日本コミュニケーション障害学会学術講演会(2009年5月30日、新潟県長岡市)シンポジウム「グループの力」で発表】

7.吃音親子サマーキャンプの特徴と効果
(1)楽しさを与えるキャンプではなく、ひとりひとりが喜びをつかみ取るキャンプ
 いわゆる野外キャンプのような遊びの要素はほとんどない。2日目の昼に2時間ほど野外活動の山登りがある程度で、90分の話し合いが2回、90分の吃音と自分をみつめる作文の時間の後のほとんどは、表現・日本語のレッスンとしての自分の声、ことばに取り組む。演劇は歌なども取り入れ、楽しんでできるように工夫されているため、子ども達は集中して取り組む。
 ハードなプログラムだが、子ども達は楽しかったという。与えられた楽しさではなく、仲間と共に、吃音に向き合い、ことばの課題に取り組み、何かひとつのことをやり遂げた達成感が、喜びとなり、楽しかったと実感できるのである。自分で困難な場面に向き合う自信がつく。受け身ではなく、自分の力でかちとったことに、喜びがわいてくるのだろう。

(2)ひとりひとりが主役
 スタッフは、募集はしていないが、キャンプの実践を知った言語聴覚士やことばの教室の教師など、九州や関東地方などから、自ら申し込んで毎年40名ほどが参加する。交通費を使い、参加費を払って、自分の喜び、楽しみのために参加するのだとスタッフは言う。
初参加のスタッフも、複数回参加のスタッフの動きをみながら、キャンプの輪の中に入っていく。
 保護者の中で父親の参加が多いのもこのキャンプの特徴だ。きょうだいも、きょうだいの話し合いがあり、演劇に参加する。だれひとり傍観者はいない。親は単なる付き添いではなく、話し合い、学習会、表現活動と、ハードなプログラムに取り組む。子どものための送迎のつもりで参加した父親が、自分が楽しみ、次回からは自らの意志で参加することも少なくない。
 ひとりひとりが、自分の力で喜びや楽しさを見いだしていく。子どもだけでなく、親、スタッフにとっても、意味のある体験となっている。

(3)複数回参加者が多く、初参加とのバランスがとれている
 話し合いや、表現活動などのグループ活動では、初めて参加する人と、複数回参加している人を組み合わせてグループを作る。話し合いの中で、このバランスがいい雰囲気を作り上げている。どもる子どもたちは、自分の問題を自分のことばで話していく話し方を先輩から学び、親は他の親の体験を聞くことで自分だけではなかったと安心し、子育てのヒントを学んでいく。

(4)困難に立ち向かう力・どもったときの対処
 同じようにどもっていても、自分が今まで尻込みしていたことに挑戦している子どもの話を聞くと、勇気づけられ、がんばってみようという気持ちになる。どもって困ったときにみんながどんな工夫をしているのか聞くこともできる。友だちから「なんでそんなしゃべり方なの?」と聞かれたとき、どう答えるかなど、ヒントや参考になることが多い。

(5)違う体験、考え方に出会い、価値観が広がる
 吃音についての考え方も、将来への不安や展望も、ひとりひとり違う。グループだからこそ、自分と違う考え方をしたり、体験をしている子どもと出会うことができる。いろいろな違う体験を聞くことによって、自分の行動や考え方を転換、修正、広げていくきっかけになる。どもっていても大丈夫だと変わっていく。

8.キャンプの成果―グループの力
仝鋲箸ら解放され、気持ちが楽になる
∀辰傾腓Δ海箸如体験を整理することができる
B召旅佑┐箏亳海鮹里襪海箸如価値観が広がる
さ媛擦閥Δ棒犬るモデルに出会う
サ媛擦鮃猟蠹に捉え、対処法が身につく

 子どもたちは、スタッフの成人のどもる人たちが、どもりながら説明したり、演劇の指導をする姿をよく見ている。小学生は中学生の中に、中学生は高校生の中に、生きたモデルを見いだしている。自分なりに明るく豊かに生きる成人の姿を見ることは、子どもにとっても、親にとっても、「どもっていても大丈夫」だと実感できることにつながるようだ。さまざまな活動と、話し合いを重ねる中で、子どもたちは、徐々にどもる事実を認め、吃音を隠したり、逃げたりすることが減少する。学校でいじめやからかいにあっても、練習したアサーション・トレーニングを実践し、対応することができるようになる。たった3日間の経験だが、学校生活に活かすなど、私たちの予想をはるかに超えて子ども達は力をつけていく。
 親も、どもっていても、明るく前向きに生きる中学生や高校生、成人と出会い、その人たちと話をする中で、吃音症状に以前のようにはとらわれなくなる。将来、吃音が治らずとも、自分なりの人生を歩んでいけることを実感する。目の前に具体的なモデルがいるからである。成人のどもる人と、言語聴覚士やことばの教室の教師などの臨床家がいることが、親や子どもに安心感を与える。リラックスした雰囲気でプログラムに取り組むことで、以上のような成果があがる。(つづく)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/10/11

吃音親子サマーキャンプ グループの力(2)

 
 第35回日本コミュニケーション障害学会学術講演会(2009年5月30日、新潟県長岡市)シンポジウム「グループの力」で発表したものに加筆し作成したもののつづきを紹介します。コミュニケーション障害学Vo1.27No.1 2010.4に掲載されています。
 〈グループの力〉というひとつの視点から、吃音親子サマーキャンプを考察していますが、読み返してみてもおもしろいです。吃音親子サマーキャンプという場には、3つのセルフヘルプグループができあがります。どもる子どもたちのグループ、どもる子どもの親のグループ、そして、スタッフのグループです。それぞれのセルフヘルプグループの中で、また、3つのセルフヘルプグループ全体の中で、緩やかだけれど、確かなつながりが生まれていることを、毎年、僕は実感しています。

■特集1〈グループの力〉
吃音親子サマーキャンプにみる、グループの力
                     日本吃音臨床研究会 伊藤伸二
Group Strength Developed by Summer Camp for Children who Stutter and Their Parents
                             Shinji Ito

【第35回日本コミュニケーション障害学会学術講演会(2009年5月30日、新潟県長岡市)シンポジウム「グループの力」で発表】

6.活動の3つの柱
 活動には次の3つの柱がある。
ゝ媛擦妨き合うために、吃音について、グループで話し合う。
表現活動、日本語のレッスンとして演劇に取り組み、最終日に上演する。
子どもを支援するための、親の学習会をする。

6-1 吃音に向き合う
 初日の夜に第1回の90分の話し合いがある。2日目の午前中の90分は、作文教室でひとりで吃音に向き合う。その後2回目の120分の話し合いがある。
 学齢期の低学年、中学年、高学年、中学生、高校生など同年齢のグループに分かれて話し合う。親もグループに分かれるが、子どもも親も、1グループは7人程度にしている。それぞれのグループには、ファシリテーターとして、臨床家と成人のどもる人がひとりずつ入る。初めて吃音について話したという子どもが多いのは、これまで、家庭でも学校でも、吃音についての話題が避けられてきたためである。聞いてくれ、話を整理してくれるファシリテーターがいて、何でも話せる自由な雰囲気の中で、子どもたちは実によく話し、他人の体験に耳を傾ける。また、作文を通して自分自身をみつめる。
 吃音についてどう考えているか、いじめられたり、からかわれたりしたことがあるか、そのときどうしたか、吃音のためにしなかったことはあるか、吃音が治らなかったらどうするか、将来の仕事をどう考えるかなど、年齢に合った話題が子ども自身から出される。 どう話していいかわからない初参加の子どもも、複数回参加の子どもの発言に、自分を語る表現の仕方を学び、話すようになる。話す喜び、聞いてもらえた喜びを感じ、私だけではなかったと実感する。また、ほかの子のどもりながらがんばっている姿や体験を聞いて勇気づけられて自分もやってみようという気持ちになる。
 このように、吃音と向き合い、吃音と共に生きる知恵と技術を学ぶためには、同じようにどもる子どもやどもる人と出会い、吃音について話し合うことが必要である。話し合いの中で、自分とは違う吃音についての考えや体験を知ることで、問題解決能力を身につける。吃音と共に生きる道を探る出発点に立つことができる。これが、「グループの力」である。
 親もひとりで悩んできたことでは、子どもと同じだ。子どもがひどくどもっているときどのような態度で聞けばいいか、からかわれたりいじめられたらどうすればいいか、将来の結婚や就職への不安が出される。子どもも親も、キャンプ複数回参加の先輩や、どもる人の体験を聞くことによって、吃音についてのこれまでの考え方に自ら検討を加えていく。

6-2 からだとことばのレッスンと、劇の上演
 苦手にしている表現活動に挑戦することで、困難に立ち向かう力を、また、日本語の発声・発音について学ぶことで、表現する力を身につける。吃音に悩み、表現することを回避していると、声は小さく、不明瞭で、相手に届かなくなることがある。からだは緊張し、かたくなっている。
 キャンプでは、子どもたちと、からだとことばのレッスンに取り組み、表現活動、日本語のレッスンとして演劇に取り組む。キャンプ中にひとつの劇に子ども全員で取り組み、最終日に上演する。話し合いや遊びの時にはどもらなかった子がセリフを読み始めるととたんにひどくどもり、泣き出すこともある。話し合いとは違う吃音との直面になる。声が出ないとき、どのように声を出すかなど、対策を考えたり、ことばのレッスンをする。そして、最終日の上演では、誰もが緊張する大勢の前で、自分を支え切る。どんなにどもっても、セリフを言いきる。過去、劇の上演から逃げた子どもはいない。吃音を受け止め、支える仲間、大人がいるからである。
 宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」やミヒャエル・エンデの「モモ」など、子どもたちが興味をもって取り組めるシナリオを、演出家であり、「からだとことばのレッスン」で知られている竹内敏晴さんが書き下ろし、スタッフが、まず、竹内敏晴さんから、合宿で演出・指導を受ける。それを子どもたちに指導し、全員で取り組むのである。
 吃音の改善のためではなく、日本語のレッスンをする。子どものからだや声にアプローチし、相手に向き合うからだをつくり、相手に届く声が出るよう、生きる力となる声が出るよう、声とことばに取り組む。どもる子どもの中には、学校生活の中で、どもるがゆえに、せりふの少ない役や裏方の仕事をしてきたという子どもは少なくない。どもりながらも人前で演じることの楽しさを知り、声を出す喜びを味わう。どもってもいいという雰囲気の中で演劇に取り組むことで、表現力をつける。登場人物になりきって、動作をつけながら、楽しく演じ、かたくこわばっていたからだがリラックスし、細かった声が張りのある生き生きとした声に変わっていく。グループで、仲間と共に取り組むからできることである。苦手なことに取り組み、達成できた自信は、その後の学校生活に活かされているようだ。
 これらの子どものプログラムは、ある意味厳しいものである。作文の時間に泣き出し、後の話し合いに参加できなかった女子高校生がいた。吃音でいじめられた体験がよみがえり、苦しくなったのだ。その後の話し合いには加わらず、ひとりで2時間ほど散策していた。その後、気持ちの整理ができて、劇の練習に加わり、精一杯演じた。
「小さな子どもたちが劇に一所懸命取り組んでいる姿に、私もがんばろうと思った。今、とても気持ちが楽になった」と語っていた。話し合いも、ひとりで吃音に向き合う作文も、心楽しいものではないだろう。このように子どもたちにとってキャンプは楽しいだけのものではない。しかし、子どもたちはもっと吃音について話し合いたい、劇が楽しかったと言う。
 楽しいだけのキャンプも、子どもたちにとっていい思い出になるには違いないが、それは与えられたものだ。私たちのキャンプは、子どもたち本人の努力がともなう。少し困難な課題に取り組み、それをみんなで成し遂げた達成感は、自信となり、次の課題に挑戦する力となる。キャンプで育った子どもたちは、思春期に再び吃音に苦しみ悩むという揺れは経験しながらも、「吃音を生き抜く」という道を確実に歩み始める。
 3年以上キャンプに参加した高校3年生には、卒業式が行われる。卒業生の発言する態度や、話す内容にはいつも感動する。吃音を恥ずかしいものと考え、吃音を隠し、話すことを避けて、劣等感を募らせ、みじめで暗かった私の高校生活とは全く違う子どもたちだ。明るい笑顔に、キャンプに楽しさだけでなく喜びを自分の力で見いだした子どもたちの力を感じる。

6-3 親の学習会
 親は、親同士の90分2回の話し合いだけでなく、どもる子どもを支えるために、吃音の基礎的な知識や、吃音治療法の歴史、現在のアメリカの治療法などを学ぶ。また、子どもが今後困難な場面に合ったとき、どう対処すればいいか、その対処を支えるために、役に立つ考えや技法について学ぶ。
 これまで、交流分析、アサーション・トレーニング、論理療法、認知療法などを学んできた。また親自身も、子どもと同様、からだとことばのレッスンに取り組み、最終日に子どもの劇の上演の前座として、声とからだで表現する。親のはじけた、大きな声の、からだをつかっての表現は、常に子どもたちを驚かせる。最近は、工藤直子の「のはらうた」を、話し合いのグループで練習して、子どもたちの前で思い切り演じる。小学校の学習発表会以来だと、恥ずかしい思いをしながら演じる、普段決して見ることのない親の姿が、その後の子どもたちの劇の上演への勇気づけとなっている。話し合い、一緒に取り組む表現活動で、親も子もひとつのファミリーになっていくのである。(つづく)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/10/10

吃音親子サマーキャンプ グループの力 日本コミュニケーション学会学術講演会シンポジウム

 吃音親子サマーキャンプについて、いろいろなところで書いたり話したりしてきたことを紹介してきました。今日は、第35回日本コミュニケーション障害学会学術講演会(2009年5月30日、新潟県長岡市)シンポジウム「グループの力」で発表したものに、加筆し作成したものです。コミュニケーション障害学Vo1.27No.1 2010.4に掲載されています。

■特集1〈グループの力〉
吃音親子サマーキャンプにみる、グループの力
                     日本吃音臨床研究会 伊藤伸二

Group Strength Developed by Summer Camp for Children who Stutter and Their
Parents
                             Shinji Ito

学童期から吃音と直面し、吃音と共に生きる自覚をもつために、吃音親子サマーキャンプに取り組んできた。その活動を報告し、「グループの力」について考察した。小学生から高校生が参加する2泊3日のキャンプは、ゝ媛擦砲弔い董▲哀襦璽廚任力辰傾腓ぁ↓表現、日本語のレッスンとして演劇活動、子どもを支援するための親の学習会、の3つを柱に組み立てられている。この活動を通して、子どもたちは、自らの体験を整理し、他の人の考えや経験を知ることで、価値観を広げる。吃音と共に生きるモデルに出会うことで、吃音を肯定的に捉えることができるようになる。話し合いや、苦手としている表現活動に取り組むことで、吃音を生き抜く力をつけていく。親も、どもりながら前向きに生きる中学生や高校生、成人と出会い、子どもの将来への不安が軽減する。これらのことが起こるのが、グループの力である。

KeyWords:セルフヘルプグループ、演劇活動、吃音との直面、学齢期の吃音、親の学習会selfhelpgroup,drama performance,facing stuttering,stuttering in schoolchildren,learning opportunities for parents

1.はじめに
 開設している吃音ホットラインには、平均して1日3件ほどの電話相談がある。その相談や各地での吃音相談会では、幼児の吃音相談が多いが、学童期・思春期の子どもの不登校や成人の社会的引きこもりの相談が増えてきた。
 それらの相談に耳を傾けていると、学童期から思春期にかけて、吃音の話題を避け、吃音と直面せずにきた人が多いことがわかる。吃音を否定し、隠し、話すことを避けてきた私自身の経験から、学齢期に、吃音をオープンに話題にし、自らの吃音と直面する必要性を感じてきた。そこで、早期に吃音と直面し、吃音と共に生きる自覚をもつために、どもる子どものためのキャンプに取り組んできた。吃音親子サマーキャンプの活動を通して、「グループの力」について考察する。

2.キャンプの概要
 吃音親子サマーキャンプは、1990年から始まり、今年で20回目になる。近畿地方だけの、30人程度の参加者から、全国的な広がりをみせ、ここ10年ほどは、140名ほどが参加するようになった。当初、中学生・高校生が多かったが、最近は、小学生が中心になっている。参加資格は、幼稚園児から高校生までで、親子の参加を原則とし、きょうだいの参加も歓迎している。毎年、夏休みの最終の金・土・日曜日の2泊3日で行われる。

3.スタッフ
 言語聴覚士、ことばの教室の教師などの臨床家の有志と、日本吃音臨床研究会で実行委員会をつくり、実施する。このメンバーのほか、障害児教育や臨床心理学の大学生や大学院生、言語聴覚士の専門学校の学生、キャンプの卒業生など約40名が毎年スタッフとして参加する。スタッフの半数以上が、臨床家である。
 また、成人のどもる人もスタッフとして加わる。しかし、吃音の経験があれば誰でもいいというわけではない。吃音の体験があるというだけで、成人がどもる子どもと触れあうのは、必ずしも有益にならず、弊害になることがあるからである。このため、どもる人のセルフヘルプグループである、NPO法人・大阪スタタリングプロジェクトのリーダーとして長年活動を続けている人に限る。彼らは、児童心理やカウンセリング、臨床心理学、グループについて学習し、「竹内敏晴からだとことばのレッスン」を受け、子どもにことばのレッスンができる。また、キャンプ卒業生の参加は、3年以上のキャンプ経験があり、実行委員会が認めた人に限られる。

4.目的
 子どもたちは、吃音について自分のことばで話し、自分の悩みや苦しみを真剣に聞いてもらう経験があまりない。また、同じようにどもる子どもやどもる人とも会っていない。自分ひとりが悩んでいると思っている。吃音症状の早期治療ではなく、吃音を生き抜く力を育むために、「吃音とつき合う」ことを目指しているどもる子どもやどもる大人に、早期に出会う必要がある。

5.キャンプの基本姿勢
 「日頃どもることで苦戦をしている子どもたちに、楽しさをいっぱい与えるキャンプにしたい」
 「吃音と向き合い、苦しい中にも、何かひとつのことをやりとげ、そこから子どもたちが喜びを見いだすキャンプにしたい」
 吃音親子サマーキャンプを始めた当初は、キャンプの基本姿勢についてスタッフでこのふたつの意見に分かれた。
 吃音に向き合うことで吃音と共に生きる道筋に立つことができた経験をもつ当事者である私たちは、キャンプを楽しいだけのものにはしたくなかった。同じようにどもる子どもと出会うこと、そのことだけでも大いに意義あるものには違いないが、吃音と向き合い、苦手なことに挑戦する機会をつくりたかった。そこで得られる達成感や充実感によって自信をもち、生きる力や吃音と向き合う力、表現する力が育つと考えたからだ。そこに子どもたちは喜びや楽しさを見いだすだろうと信じていたからだ。
 3年ほどの論議を経て、現在の吃音親子サマーキャンプのプログラムができあがった。それは現在もほとんど変わっていない。(つづく)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/10/07

「テレビで会えない芸人」に会ってきた

 松元ヒロさんに密着取材したドキュメンタリー番組「テレビで会えない芸人」(鹿児島テレビ放送)のことは、以前、ブログで紹介しました。
 このドキュメンタリー番組「テレビで会えない芸人」は、第58回ギャラクシー賞のテレビ部門の優秀賞、2020年日本民間放送連盟賞の番組部門テレビエンターテインメント番組の最優秀賞、第29回FNSドキュメンタリー大賞の大賞にも輝いています。
 以下、紹介のことばを引用します。

 
「テレビで会えない芸人」は、コント集団「ザ・ニュースペーパー」の設立メンバーであり、現在は独立して活動する松元ヒロを特集したもの。同番組はさまざまな社会問題に斬り込み、それを笑いに昇華する松元の芸風は「面白いけど、テレビに出せない」と評されてきた。「テレビで会えない芸人」のプロデューサー・四元良隆氏は本日6月2日に行われた贈賞式に出席し、「15年くらい前に、別の取材でお世話になっていた音楽家に『鹿児島出身で面白い芸人さんがいる。テレビに出せないけど』と言われて、『テレビに出せない』というところがずっと引っかかっていた。2019年の春、松元ヒロさんに実際にお会いした際、取材させていただけませんかとお願いした」と企画立ち上げの経緯を説明。


松元ヒロのチラシ 今日、僕は、「テレビで会えない芸人」の松元ヒロさんに、直接会ってきました。

 第41回「地方の時代」映像祭2021フォーラムで、ドキュメンタリー番組「テレビで会えない芸人」が上演されたのです。フォーラムのタイトルは、「テレビで会えない芸人」が現代(いま)を斬る、とあります。
 このフォーラムのことは、松元ヒロさん自身から知らせていただき、早速申し込みをしました。会場の定員を減らしているので、倍率は3倍くらいだったようですが、厳正な抽選の結果、当選し、本日、吹田のメイシアターで行われたフォーラムに行ってきました。
 
 早めに会場に着くと、カメラで写真を撮っている人の姿が見えました。松元ヒロさんです。近づくと気づいて下さったようで、懐かしい再会でした。一緒に写真を撮りました。
 フォーラムの吃瑤蓮▲疋ュメンタリー映画「テレビで会えない芸人」の上映でした。51分の番組です。一度見ているのですが、会場の人たちと一緒に見ると、笑い声も多く、家で見たのとはまた違って、新鮮な気持ちになりました。
 その後に、ヒロさんと、ドキュメンタリー映画の制作にかかわった鹿児島テレビのプロデューサー・四元良隆が登壇され、挨拶をされました。
 そして、休憩をはさんで局瑤蓮▲劵蹐気鵑離愁蹈薀ぅ屬任后いつものように、舞台上に作った楽屋から中央に出てきて、からだ全体を使ってのパフォーマンス。ヒロさん健在!を感じました。
 「ヒロさんの芸はおもしろい。でも、テレビでは出せない」と言われるのに、それをドキユメンタリーにしてしまった鹿児島放送局にまつわる話、アベ、スガ、キシダの政治の話、3.5%の人がちゃんと自分の意志をもって行動すれば世界を変えることができるという話、少数派だけど、少数派が集まったら大きな力になるという話、ホームレスの大林みさこさんの話など、「今」をみつめた内容でした。そして最後は、ディック・グレゴリーの自伝「nigger(ニガー)」という本を題材にした話でした。グレゴリーは、陸上からスタンダップコメディアンへと移ったことなど、ヒロさんとの共通点が多いのです。コメディアンであり、キング牧師と一緒に、人種差別問題に取り組んだ人権活動家でした。
ヒロさんとツーショットヒロさんと2 ソロライブの後は、ヒロさんと四元さんと司会者の3人でのトークショーでした。テレビで会えない人のドキュメンタリーをテレビの番組にするには、それなりの苦労があったことが四元さんから明らかにされました。表現するということに対する四元さんの覚悟が感じられました。

 午後1時半から始まって、終わったのが5時。あっという間でした。緊急事態宣言は解除されたとはいえ、消毒・マスク・コロナ追跡アプリなど、感染対策をしてのフォーラム開催でした。それでも、やっぱり生のステージはいいと、心から思いました。空気が違います。その場の一体感が違います。大いに満足して、帰ってきました。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/10/06

吃音親子サマーキャンプ 日本コミュニケーション学会シンポジウムでの発表

 吃音親子サマーキャンプについて、今日は、日本コミュニケーション学会シンポジウムでの発表の要旨を紹介します。本文中に、今年で20年とありますが、キャンプの柱は、その前も、そして今も、ほぼ変わっていません。
 僕が関わっているいろいろなところで、吃音親子サマーキャンプのことを話題にしていたということがよく分かります。

日本コミュニケーション学会シンポジウム 2009.5.30
   吃音親子サマーキャンプ
                 伊藤伸二(日本吃音臨床研究会)


 アメリカの言語病理学における吃音へのアプローチは、「どもらずに流暢に話す派」と「軽く、楽に流暢にどもる派」の長年の激しい対立を経て、近年「統合的アプローチ」が提案された。流暢性促進のその技法は、1903年の伊沢修二の落石社に端を発する日本の伝統的な発声・発語訓練とほとんど変わらない。100年以上、吃音臨床研究が世界規模で続けられながら、原因が未だに解明できず、有効な科学的治療法は確立されていない。その現状から、吃音を治すことにこだわらず、吃音と上手につきあうための学習や訓練を考えることが、現実的な対応だと言える。しかし、それはひとりでは難しく、臨床家の援助や、同じような悩みをもつ当事者のグループの力が必要になってくる。
 筆者は、1965年どもる人のセルフヘルプグループを設立して以来、吃音とつきあう方策を探り、実践を積み上げてきた。グループの中で、同じように悩む人と出会って、自分の体験を語り、他者の体験に耳を傾けた。どもるからできないと思っていたことが、仲間と共に行動する中で、できるようになった。グループの中で得たものは、私はひとりではない、私は私のままでいい、私には力がある、の3つのメッセージだ。
 最近、吃音が原因で学校に行けなくなったり、就職したが、厳しい現実の生活の中で仕事場に行けなくなった事例が増えてきた。学齢期から思春期にかけて、吃音と直面せずにきた子どもは、吃音の悩みや苦しみを語り、真剣に聞いてもらう経験がなく、自分だけが悩んでいると思っている。吃音とつきあうためには、同じように悩む子どもや大人と出会い、吃音に向き合う必要がある。吃音から大きなマイナスの影響を受けずに、吃音と共に生きる力を育てるために、小学校1年生から高校生までを対象にした2泊3日の吃音親子サマーキャンプを、1990年から開催し、今年で20年になる。150名ほどが参加する。
 キャンプは、ゝ媛擦砲弔い討力辰傾腓ぁ↓△海箸个離譽奪好鵑箸靴討侶爐領習と上演子どもを支援するための親の学習会、この三つを柱にしている。
 どもる当事者と、臨床家が話し合いに加わることで、子どもたちは吃音について実によく話す。音読や発表を苦手としていた子どもたちと演劇に取り組むことで、どもりながら表現する喜びや楽しさを味わう。また、大人の具体的なモデルを身近に見ることで、将来、吃音が治らずとも、自分なりの人生を歩んでいけることを実感する。現実の生活の中でも、どもる事実を認め、吃音を隠したり、話すことから逃げることが減少し、学校でいじめやからかいにあっても、アサーティブに対応することができる子どもが育っている。様々な活動と、人との出会いを通して、どもる子どもたちは、自己肯定、他者信頼、他者貢献の感覚を身につけ、それが共同体感覚を育成することにつながっている。(了)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/10/04
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