「なってみる学び」を国語教育に関連して書いてきました。僕たちはカウンセリングの世界でも「なってみる学び」を経験してきました。今回は、深山富雄・愛知学院大学教授、増野肇・ルーテル学院大学教授から学んだ心理劇(サイコドラマ)についてです。
大阪吃音教室では、職場の同僚や上司との関係などの悩みをサイコドラマで取り上げることがあります。特に印象に残っているのが、研究職に就いている仲間が「研究成果を口頭発表しようとしたら、君はよくどもるから、ポスター発表にしたらと迫られ、あまり抵抗できずにポスター発表をしたが、悔しい思いが残り続けている」ことをサイコドラマで再現しました。本人が上司になったり、参加者が本人になったり、上司の立場になって発言したり、仲間を励ます立場で発言したりするなどを繰り返しました。すると、ただ、吃音に無理解な上司の指示に対する怒りに似た感情や考え方、口頭発表を主張し続けなかった自分への強い後悔の感情や考え方が、変わっていきました。
こんな悔しいことがあったと、ただ、仲間の中で話しただけでは気づけなかった、上司に「なってみる」ことや、違う自分に「なってみる」ことを通して、様々な気づきがありました。1988年、深山富雄・愛知学院大学教授が僕たちのところに来て下さった時に、僕が書いた文章を紹介します。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/6/27
大阪吃音教室では、職場の同僚や上司との関係などの悩みをサイコドラマで取り上げることがあります。特に印象に残っているのが、研究職に就いている仲間が「研究成果を口頭発表しようとしたら、君はよくどもるから、ポスター発表にしたらと迫られ、あまり抵抗できずにポスター発表をしたが、悔しい思いが残り続けている」ことをサイコドラマで再現しました。本人が上司になったり、参加者が本人になったり、上司の立場になって発言したり、仲間を励ます立場で発言したりするなどを繰り返しました。すると、ただ、吃音に無理解な上司の指示に対する怒りに似た感情や考え方、口頭発表を主張し続けなかった自分への強い後悔の感情や考え方が、変わっていきました。
こんな悔しいことがあったと、ただ、仲間の中で話しただけでは気づけなかった、上司に「なってみる」ことや、違う自分に「なってみる」ことを通して、様々な気づきがありました。1988年、深山富雄・愛知学院大学教授が僕たちのところに来て下さった時に、僕が書いた文章を紹介します。
スポンタネアティ
どもる人に限らず、人と豊かな人間関係が作れずに悩む人は多い。まして人と人を結びつける話しことばにハンディを持つ私たちは、なおさらである。様々な人間関係の中で、自分を一歩ひっこめ、つまり言いたいことを言わず、また言えず、フラストレーションを募らせることも少なくない。
言いたいことが現実の生活の場面で言えている場合は問題ないのだが、実際はがまんしてしまっている。それが言えればいいだろうなあと思う。しかし、実際言ってしまったら、ますます人間関係が悪くなるかもしれない。いろいろ思い悩む。
現実の場面とは違う舞台、たとえ攻撃的なこと、否定的なことをぶつけても許される場、安全な場で、その場面を想定して、即興劇を演じる。その中で、不自由な、他人の目を意識しすぎている自分から解放され、思いきり自分の感情をぶつける。そしてまた、ぶつけられる相手の立場にもなり、言われたときの相手の気持ちも味わう。
5月、研修会は、心理劇〈サイコドラマ〉を取り上げた。
愛知学院大学の深山富男教授の指導のもと、具体的な職場での人間関係が舞台の上で構成されていく。「職場でうまくいかなくってね、一人浮いてしまっているようなんですよ」と、人間関係に悩むMさん。うまくいっていないという人間関係の説明を詳しく聞いても、もう少しピンとこなかった。それが、この席にはBさん、この席にはCさん、そして…係長、部長の席が実際の職場のように配置され、それぞれ役割が与えられ、日常の職場での交流パターンが再現される。くり返しくり返しとってしまっている行動のパターンをMさんは具体的なセリフで肉づけていく。臨場感あふれる舞台の上で、ドラマが展開していく。何人かがこのように対応したらどうかと、実際Mさんになって演じる。そして話し合い。そのドラマの中でMさんがどのように感じ、みんなとの話し合いの中で何を見い出したか、少なくともこれまでのパターンとは違う行動は、舞台という安全な場では演じることができた。それを実際の生活の場でどう生かすかは、Mさんのその後の自主性に委ねられる。しかし、こうしたら式のアドバイスとは違う具体的な問題把握と展望を自分自身の手で握めたのではないか。
心理劇で最も重要なことばは、スポンタネアティだと、深山先生は言う。
一般的には自発牲と訳されているが、深山先生は「その訳は十分に言い表してはいない。だから私は外来語としてスポンタネアティを使う」と説明された。
大きな辞書で調べてみると、
(強制、努力、考慮の結果ではなく)、自然発露的なこと、自然さ、自動性、自然発生とある。その他、自由、自由意志、無意識がその意味に含まれる。確かに、自発(自らすすんで行うこと)性とは少し違う。
心理劇は、日常生活の中で埋没している、スポンタネアティを引き出し、新しい自分の生き方を発見するのに役立つ。またスポンタネアティは、環境に適応し、障害を乗り越える力を持つという。
現実の生活の中ではなかなかできないこと、できない役割を信頼する仲間の中で力いっぱい演じる。そこからスポンタネアティが育つ。そして、それを実際の生活の中でも生かすことができるよう、僕たちの大阪吃音教室の舞台は、その舞台を活用する人のためにあり、大勢の人が活用することによって、中味の濃いグループへと育っていく。
セルプヘルプグループは、専門家が中にいないのが一つの特徴である。それぞれが実践し、学んだことを出し合い、影響し合っていく。専門家の直接の指導がなければそのアプローチの効果がないか、かえって害をおよぼすという恐れのあるもの以外は、大阪吃音教室では、貪欲に吸収しようとしている。
表現よみ、自己形成史分析、自分史、論理療法とそれなりに効果をあげてきた。心理劇もまたそのうちのひとつである。この夏は、交流分析を学ぶ。(1988年5月26日)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/6/27