伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

2019年05月

吃音の問題の本質とは何か 2

吃音氷山説で、自分のどもりを分析する <行動>

行動
 「吃音を否定的に考えていたら、どんな行動をとってしまうか。自分の過去を振り返ってでも、想像ででもいいです。できるだけ出してみましょう」

・どもりたくないので、どもることから逃げる(発表しない)
・どもりそうな時、どもりそうな場では話さない
・できるだけ電話をしない、電話に出ない
・注文は食べたいものより発音しやすいものを選ぶ
・どもることを理由に努力をしない
・どもりのことを考えたくないので、他のことに逃げる
・言いにくい発音を避ける
・電話予約をしなくてもよいネット予約のお店を利用する(レストラン、美容室など)
・人がいないところで電話をかける

 この日はこの程度にしましたが、その人の生活実態の中で、まだまだたくさん出てくるだろうと思います。
 吃音をマイナスのものと考え、劣等感をもった小学校2年生の秋から、僕は話すことから徹底して逃げました。発表はしないし、クラスのいろんな役割からも逃げました。今から考えると自分でもびっくりするくらいです。一番悔しい思い出は、高校で卓球部を辞めたことです。中学校の3年間続けていた「卓球」を高校生になっても続けたいと思い、卓球部に入りました。入学式の時に見初めた女子生徒も卓球部に入っており、最初はとても喜んだのですが、5月に男女合同合宿の計画が話されてびびりました。すぐに浮かんだのは自己紹介です。片思いにせよ好きになった女の子の前でどもりたくない。悩んだあげく、合宿の前日に、「自己紹介が嫌だ、怖い、どもりたくない」ただそれだけの理由で、あれだけ好きだった卓球部を辞めました。「僕の逃げの人生」の本格的な始まりです。吃音を否定的にとらえていると吃音を隠し、話すことから逃げ、人間関係からも逃げ、吃音と本来関係のない勉強もしなくなりました。
 吃音がマイナスに影響した行動を、僕は、小学2年生から21歳までずっととり続けたのです。
 吃音への対処は、言語訓練で話せるようになることではなく、どもりながらでも行動を起こせるようになることだと思います。大阪吃音教室ではその取り組みを続けています。

吃音から受けるマイナスの影響のうち、次回は、感情です。  
    
 日本吃音臨床研究会会長 伊藤伸二        2019/05/21

吃音の問題の本質とは何か

吃音氷山説で、自分のどもりを分析する

 大阪吃音教室の1年間のスケジュールの中に必ず入っている講座があります。その一つが、「自分のどもりの課題を分析する」です。吃音の問題は「どもる」ことそのものではなく、吃音から受けるマイナスの影響にあると考えています。吃音検査で「吃音症状」を検査しても、その結果に見合う言語訓練方法がないのですから。「吃音の症状」とは別のもので、別の尺度で、自分の吃音をみつめています。そのときに使うツールが
 ゝ媛擦離船Д奪リスト 言語関係図 5媛刺校垣發任后
 4月、新年度を迎えて比較的早いうちに、これらの講座をします。

 言語訓練だけで吃音の問題の解決を図ろうとすることに限界があることは、長い歴史のあるアメリカ言語病理学でも早くから分かっていました。
 1950年にはウェンデル・ジョンソンが言語関係図で、X軸:吃音症状、Y軸:聞き手の態度、Z軸:本人の受け止め方の立体を提示し、症状だけでなく、聞き手である環境、本人の吃音の受け止め方にもアプローチすべきだと提起しました。
 1970年にはジョゼフ・G・シーアンが吃音氷山説で、吃音は吃音症状の問題ではないと明確に打ち出しました。吃音症状は吃音の問題のごく一部で、本当の問題は、海面下にあり、吃音を否定的にとらえ、話すことから逃げる行動や、どもりは悪い、劣ったものとする考え方、どもることへの不安や、どもった後の恥ずかしい感情だとしました。シーアンは「吃音は治らないかもしれないが、消極的に生きる必要はありません。あまりハンディキャップをもたずに生きることはできます。そのためには吃音を受け入れ、話すことから逃げない生活をしていきましょう」と主張し続けました。
 当時まだ、アメリカ言語病理学の翻訳の本が少なく、ウェンデル・ジョンソンの『教室の言語障害児』の中に、言語関係図がある位でした。僕たちは、これらのことを知らずに、「どもりは、どう治すかではなく、どう生きるかだ」と、吃音への取り組みの考え方を変えてきました。それが、言語関係図であり、吃音氷山説と合致していたことに、後になって気づいたのです。

 今回の講座は、吃音氷山説の海面下の問題をみんなで考えました。海面上に浮かんでいるのが、見える部分でどもりの症状です。どもりの問題は、この海面上にあるのではなく、海面下にあるのだとの説明の後、みんなで、海面下にあるものを3つに分けて考えました。思考、行動、感情です。
 この日、初めて参加した大学生が、皆の発言に触発されてか、積極的に手を挙げて発言していました。「人前でどもりたくない」「ええかっこしたい」など、客観的に自分のどもりを見ていることが印象的でした。皆で出し合った「どもりをマイナスに考えていると、どんな「思考・行動・感情」になるか、たくさん出たうちの一部を紹介します。

 
思考
 「吃音ネガティヴにとらえているとき、どんな考えに陥ってしまうか。思いつく限り出して下さい。今の自分のことだけでなく、過去でも、想像でもいいです」

・どもっていては話すことの多い仕事に就けない
・どもることは恥ずかしいことだ
・周囲の人から変な目で見られるにちがいない
・友人(周りの人)から、会社の人から、劣った人間に見られるにちがいない
・どもりは治さなければならない
・どもることはみじめだ
・どもりだから、からかわれるのは仕方ない
・どもっていたら、有意義な人生は送れない
・どもるくらいなら、しゃべらないほうがいい
・どもるということだけで、昇進していくコースから外れる
・どもることが、周り話にばれたら会社を辞めなければならない
・どもっていたら会社に迷惑をかけるにちがいない
・どもっていたら、結婚できない
・どもりは子どもに遺伝するので、結婚しても子どもを作らない
・どもっていたら、取引先に迷惑をかけるにちがいない
・どもっていたら、一人前の仕事をしていないと周りの人に思われる

 どうでしょう。こんなふうに吃音について考えていたら、行動、感情にも大きな影響が出てきます。少なくとも21歳までの僕は、吃音に深刻に悩むだけで、吃音について真剣に考えていませんでした。これらのすべてがあてはまるわけではないけれど、これに近い考えをもっていたように思います。この吃音に対する考え方に、明確に気づくことがまず大事です。
 後になって知ることになる、アルバート・エリスの「論理療法」の考え方、アプローチがぴったり来たのは当然のことでした。この考え方に、大阪吃音教室では、論理療法を活用して、「この考えに根拠があるのか」「この考え方は、私たちを幸せにするのか」など、話し合いながら、エクササイズをしながら、論駁(ろんばく)していきます。
 次回は、行動、感情です。

  日本吃音臨床研究会会長 伊藤伸二 2019/05/20

小学生のどもる君へ

            
 日本吃音臨床研究会のホームページ

 今、大阪吃音教室の仲間とともに、ホームページの充実に取り組んでいるところです。初めに大枠を作ったものの、目の前の忙しさに、準備中のままになっていたところを少しずつ書き進めています。
 その中のひとつ、「どもる君へ」のコーナーは、「中学生・高校生のどもる君へ」はあるのですが、「小学生の君へ」が準備中のままでした。これから書いていこうと考えています。
 こんなふうに書き始めました。


 
ぼくたちのホームページを訪れてくれた君、ありがとう。
 君は、「ことばがつまったり、言いにくかったり、音をくり返したり」するんだね。それは、ぼくが子どもの頃は「どもり」といっていた。このことばは、今はあまり使わなくなって、「吃音(きつおん)というけれど、意味は同じだ。ぼくは、「どもり」ということばがなくなるのはいやなので、よく「どもり」を使うけれど、「どもり=吃音」と知っておいてほしい。

 君が、どもり、吃音(きつおん)について知りたいと、このページを開いてくれたことがとてもうれしい。ぼくは、自分のことを「どもり名人」と言っている。おそらく世界で一番たくさんのどもる人や、どもる子どもと会っているからだ。そして、ずっとどもりのことを考え続けてきたからだ。そして、どもっているけれど楽しく幸せに生きているからだ。ぼくは、今年、75歳になったけれど、21歳からずっと吃音(どもり)について考え、取り組んできた。これまで考えてきたこと、ぼくが出会ったたくさんのどもる子どものことを、ぜひ君たちに伝えたい。

 だいぶん前にこのホームページをつくったけれど、忙しくてなかなか続けて書けなかった。今年から、書いていくからぜひ読んでほしい。また、知り合いの子どもや、君や友だちのお母さん、お父さん、そして、学校の先生に知らせてほしい。一緒にどもりについて考えていきたい。全部書き切ってそれをホームページにアップしてもいいんだけれど、少し時間がかかりそうだから、ぼちぼち書いていく。ときどき、ホームページをみてほしい。

 ぼくは、21歳の夏に、初めて同じようにどもる人と出会ってから、どもりの勉強をし始めた。それから50年以上、どもりに取り組み、どもりについて考え続けてきた。
 どもる人の会や研究会をつくり、どもる人の世界大会を初めて京都で開き、国際吃音連盟という国際組織を作った。また、子どものための吃音親子サマーキャンプは今年で30年になる。また、島根、静岡、岡山、群馬、沖縄、千葉などでも、どもる子どもとキャンプを長年してきた。世界の、日本のどもる子どもたちやどもる人にたくさん会ってきた。たくさんの人と出会って、どもりにどのように取り組めばいいか、ぼくなりに整理ができた。
 だから今、ぼくが50年以上考え行動して、失敗したこと、とてもよかったことを、君のようにどもることで、吃音(きつおん)について知りたい、考えたい、困ったり、悩んだりしている人に伝えたい。
 
 このホームページでは、少しずつ、ぼくの子どものころの体験や、たくさんのどもる子どもの体験や考えを紹介する。また、知っておいた方がいいどもりの知識についても紹介したい。子どもの頃に、どもりの正しい知識や考え方を教えてくれる人がいたら、ぼくは、違う小学校、中学校、高校時代を送れただろうと思うからだ。悩み方に上手下手と言うのは変だけれど、ぼくは逃げてばかりいたから、損な悩み方をしてきたと思う。人間は悩みながら生きていく。悩んでもいいけれど、悩みが君にとって意味のあるものになるために、君とどもりについて、いっしょに考えたい。ちょっと違った見方が、君に広がればいいなあと思う。

 学校生活やクラブなどで、困ったことがあったら、えんりょなく相談してほしい。この日本吃音臨床研究会のホームページには、「お問い合わせ」のコーナーがある。ご家族や先生に問い合わせ方を聞いて、そうだんのメールを送ってくれれば、せんぱいとして一緒に考えたい。また、こんなことを体験した、こんなことを考えているなどについても、「問い合わせ」のコーナーからメールをしてほしい。たくさんの友だちと、交流ができればいいね。

 とにかく、ひとりで悩まないでね。君はひとりじゃない。たくさんの仲間や、君のことを考えてくれる大人がいる。ぼくたちは、いつも君の味方だから、ときどき、このホームページを見に来てほしい。これから記事をどんどん増やしていくよ。君からも、こんなホームページにしてほしいという希望があったら、「問い合わせ」のコーナーに書いてほしい。みんなで作っていくホームページにしたいと考えている。
  2019年5月5日 子どもの日に      伊藤伸二


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2019/5/14

吃音と向き合い、語るワークショップ〜吃音哲学

第4回新・吃音ショートコースにぜひ

 講師を迎え、テーマが決まっていた20年の歴史のある以前の吃音ショートコースを終え、新しいスタイルの新・吃音ショートコースになって、早くも第4回目を迎えます。
 新・吃音ショートコースでは、内容・プログラムがあらかじめ決まっていません。こんなワークショップは珍しいと思います。初日の最初のセッションで、参加者からリクエストが出され、それでプログラムが決まっていきます。一旦決めても、それは流動的で、参加者の気持ちやその場の雰囲気でまた変わっていきます。参加者のリクエストで決めていくとはいえ、一番大切にしているのは、今、本当に悩み、困り、必要に迫られている人の問題をみんなで考えることです。
 これまでの3回、いろいろな話題が出されました。

・小学校のことばの教室の終了を目前にし、中学へと送り出す子どもと、最後にどんな授業をしたらいいだろうか。最後に何を伝えたらいいだろうか。
・転職を考えているが、何を大事に考え、どこから取り組んだらいいだろうか。
・介護の仕事に就いて3ヶ月。先輩のようにスムーズにいかない。これからどうしたらいいだろうか。
・苦手な上司とうまくつきあうにはどうしたらいいか。
・同僚の仕事ぶりが毎日気になる。お互いが気持ち良く仕事をするにはどうすればいいか。

 出された問題について、僕は専門家ではないので、「当事者研究」風に、「オープンダイアローグ」風に、「ナラティヴ・アプローチ」風に考えていきます。これまでの、ベーシック・エンカウンターグループでのファシリテーター経験、サイコドラマやゲシュタルトセラピーのワークショップに参加してきた経験、論理療法、アサーション、交流分析、認知行動療法、森田療法、内観療法、ナラティヴ・アプローチなど吃音ショートコースでの学びなど、たくさんのものが身について、人の悩みに向き合う姿勢が培われてきたのではないかと思います。
 みんなで円座になり、問題提起をした人に、前に出てきてもらって、僕が質問をします。問題提起をした人は、それに答えていきます。公開面接のようにもみえます。そのやりとりを、周りの人が聞いていて、終わった後に、感じたことを伝えるという形です。
 大切なのは、自分の問題を出して下さる人と僕だけでは決して、その場は作ることができないということです。その場にいる参加者が、しっかりと場を支えて下さるからこそ、いい時間になっているのだと思います。

 吃音の問題だけに限りません。人間関係、仕事、自分の生き方など、しっかりと考えてみたい方、ご参加下さい。お待ちしています。

第4回 新・吃音ショートコース
日時 2019年6月15・16日
 場所 大阪市立東淀川区民会館
 参加費 5000円
 申し込み方法 〔樵亜´⊇蚕蝓´E渡暖峭罅´そ蠡亜´ゥ廛蹈哀薀爐砲弔い討隆望や要望
 Φ媛擦亡悗垢觴遡筺,魑入し、FAXかはがきでお申し込み下さい。
 申し込み先 〒572−0850 寝屋川市打上高塚町1−2−1526
        TEL/FAX 072−820−8244

 ※詳細は、日本吃音臨床研究会のホームページをご覧下さい。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2019/5/13

生きる力になる歌

東京大衆歌謡楽団

 やっと初夏らしい陽気になりました。1ヶ月前は、桜と雪が共演していましたが、ようやく気温も落ち着いてきたようです。
 年末年始、東京にいましたが、そのとき、偶然、浅草の街角で、懐かしい歌声を耳にしました。声のする方に行ってみると、時代が逆戻りしたかのような雰囲気が漂う一角があります。歌は、懐かしい昭和初期の歌、歌い手はポマードでかためられた髪型で気持ちよさそうに歌っている、取り囲んでいる人たちは、僕と同年かそれ以上の人たちばかりで、これまた気持ちよさそうに手拍子をうちながら一緒に口ずさんでいる、そんな光景でした。これが、東京大衆歌謡楽団との出会いでした。15分間くらいだったでしょうか、知っている歌ばかりだったので、一緒になって歌っていました。
野崎観音2野崎観音1 大阪に戻ってから、インターネットで調べて、名前が分かり、5月2日、野崎観音で歌うことが分かったので、行ってきました。
 「野崎参りは、屋形船でまいろ」の歌で知られる野崎観音です。僕の家からは、電車で3駅。駅を降りたところから、露店が出て、とてもにぎやかでした。境内までは、かなり急な階段があります。境内に作られた特設会場にはすでにたくさんの人がいて、出番を待っていました。11時過ぎ、浅草で見たままの服装の4人が登場し、懐かしい歌を聞きました。
 西暦しか使わない僕は、新元号に浮かれているように見える今の雰囲気にとても強い違和感をもつます。しかし、昔の歌には何か心に残る歌詞やメロディーがあり、懐かしい気持ちになりました。
 吃音に悩み、苦しかった時代、つらいとき、僕は、吉永小百合の「寒い朝」が、つい口をついて出ていました。「北風吹き抜く、寒い夜も、心一つで暖かくなる・・・・くじけていないで手に手をとって・・・・」の歌詞です。今から思うと、論理療法のような歌詞です。
 今の歌はまったく歌うこともないし、覚えられないですが、昔の歌は、覚えようとしたつもりはないし、そんなに歌ったつもりもないのですが、口をついて出てきます。僕は、映画や文学、小説に救われたとの思いはあるものの、歌に救われたとか、元気になったという自覚はないのですが、「寒い朝」や「若者たち」を覚えているということは、何らかの力になっていたのかもしれません。
 同年代の人たちが、手拍子をうち、口ずさみながら楽しく聞いている姿は、いいものでした。新緑の野崎観音は、大勢の人であふれていました。
 
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2019/5/2

「吃音者宣言」の精神、今も

どもりながら生きる

毎日新聞4.20 村田・八木


 『どもりながら生きる 「吃音者宣言」の精神、今も』−毎日新聞京都版のコラム「京都観察 いまむかし 八木先生の覚え書き」の見出しです。カラー写真入りの大きな記事でした。
 この記事を書いて下さったのは、出会ってからもう40年以上になる元毎日新聞記者の八木晃介さんです。八木さんとの出会いは、また別に紹介するとして、おつき合いがずっと続いていました。大阪吃音教室の外部講師として来て下さったこともあります。
 八木さんから、最近の吃音に関する記事が、治す、改善するに偏っているように思え、気になるので、別の視点からの記事を書いてみたいが、誰か京都在住の人を紹介してほしいと連絡がありました。最近のメディアの論調は、「100万人のどもる人が悩んでいる」に象徴されているように、ネガティヴなものが多いです。僕たち当事者だけでなく、第三者の八木さんの目にもそう映ったのかと思いました。この申し出は大変ありがたく、早速、大阪吃音教室の仲間である村田朝雅さんを紹介しました。そして、インタビューがなされ、4月20日付けの毎日新聞に掲載されたのです。
 全文を紹介します。


京都観察いま・むかし
     八木先生の覚え書き/66 
        どもりながら生きる 「吃音者宣言」の精神、今も 
毎日新聞2019年4月20日 京都版

 南アフリカに「鼻が邪魔だと思う象はいない」という俚諺(りげん)があることを雑誌『世界』(岩波書店)の3月号巻頭で知りました。他人から見れば大変そうでも、本人は苦にならない、自分で引き受けたことならきっとうまくやれる、というほどの意味でしょうか。

 この俚諺は筆者が障害者解放運動の中で知り合った友人たちの言葉に一脈通じるところがありそうです。いわく、「障害は不便だが、不幸ではない」「障害者の解放は、障害からの解放ではなく、差別からの解放である」等々。ここでは吃音(きつおん)の問題をとりあげるのですが、吃音が“障害”であるか否かについては深入りしません。ただ、吃音を自分で積極的に引き受けるなら、他人がどのように評価しようとも、どもりながらの人生を享受できるという、そのような思想と行動の重要性を考えたいのです。

 3月18日本紙夕刊に「吃音 一人じゃない」と見出しのついた美談風の記事が掲載されました。記者は吃音者を「吃音に悩む人」ととらえ、吃音者の出現率を人口の約1%と記していました。あたかも人口の1%にあたる吃音者がすべて「悩む人」であるかの記述ですが、これは事実に反します。吃音に悩まされることなく、あるいは仮に悩まされることがあっても、堂々とどもりながら自分の人生を前向きに切り開いている人々も存在するのです。

 そのような人物の一人、長岡京市在住の村田朝雅(あさか)さん(49)を紹介します。村田さんは龍谷大真宗学科を卒業、現在は教育系の会社でプログラマーとして働きながら、一方では浄土真宗本願寺派の僧侶でもあります。「5歳の時、母から“あんた、どもってるで”と指摘されて自覚しました」。学校に上がってからも、国語の朗読や自己紹介では相当難儀したとのことです。「やりましたよ、治す努力を。病院にも行ったし、運動療法や坐(ざ)禅にも取り組みました。でも結局、治らなかったし、今も治っていない」

 村田さんに転機が訪れたのは40歳代に入った頃、たまたまネットで知った「大阪吃音教室」を訪れた時。「頭をたたかれるような衝撃でした、こういう生き方をしてきた吃音者がいたんだという驚き」と村田さんは表現します。吃音が治らなくとも、そのまま受け入れ、しかも吃音者であることを隠さない。いわば“開き直り”のアイデンティティー管理。そして、吃音が問題なのではなく、吃音から受ける影響を問題としてとらえる姿勢の確立。どもりながらも十分に人間的なコミュニケーションが可能であることの自覚。「吃音は、どう治すかではなく、どう生きるかの問題」だということを村田さんは悟ったのです。

 村田さんを“解脱(げだつ)”させた大阪吃音教室の主宰者は、筆者の旧友でもある伊藤伸二さん(日本吃音臨床研究会代表・元大阪教育大学教員)。伊藤さんは1976年に発表された「吃音者宣言」の起草者としても知られています。有名な水平社宣言にも似たその宣言の中には「全国の仲間たち、どもりだからと自分をさげすむことはやめよう。どもりが治ってからの人生を夢みるより、人としての責務を怠っている自分を恥じよう。そして、どもりだからと自分の可能性を閉ざしている硬い殻を打ち破ろう。その第一歩として、私たちはまず自分が吃音者であること、また、どもりをもったままの生き方を確立することを、社会にも自らにも宣言することを決意した」とあります。

 この宣言を村田さんは「外に向かっての働きかけではなく、自己の内部での誓いだと受けとめています」と言いながらも、やはり、吃音に起因する不便は日常的にあるようです。たとえば法務(法事や葬儀などの手伝い)の際に、所属寺院の寺名を発語しづらいとか、真宗にとっては肝心要の六字名号「南無阿弥陀仏」の「南無」の切り出しが出にくいとか。筆者は「それなら“阿弥陀仏南無”と言い換えてもいいんじゃないか、意味は同じだし」と、真宗関係者の目をシロクロさせるような提案をしましたが、激励になったかどうか。

 村田さんとの対話中、面白い?ことに気づきました。最初は全然どもらなかったのに、話が弾みだすと、相当強くどもるようになりました。「ほどよく緊張しているとどもらないのですが、リラックスするとどもるタチなんです」と。それともうひとつ、京都弁よりも大阪弁の方がどもりやすいらしいのです。大阪出身、京都在住の村田さんらしい発見です。たぶん、大阪弁はせっかち、京都弁が悠長だからでしょう。

 さて、既述の「吃音者宣言」路線は一定の広がりをみせ、吃音者運動のメイン・ストリームになるかと思われましたが、吃音者集団の全国言友会内部に組織的な路線対立が生じ、そのうえ、やはり吃音矯正への願いを断ち切りがたい人々も多く、結局、言友会は分裂、「どもりながら人間として自由になろう」と主張する伊藤さんや村田さんたちは現在圧倒的少数派になっています。その背景には、2005年制定の「発達障害者支援法」が吃音を発達障害の範ちゅうに含め、医療の対象にしたことも影響しています。同法は発達障害の就労支援なども盛り込んでいるので、吃音者の中にもこの法律を歓迎する人々が少なくないらしい。村田さんは「社会のなにもかもが医療化され治療の対象にされるのですね、でも、それは私たちの思想とまるで違います」と。

 村田さんは別れ際に次のようにきっぱりと。「大阪吃音教室に参加した1年目は、治したい気持ちと、どもりながら生きていこうという気持ちがないまぜ状態でありましたが、今は吃音とともに生きていくということ、この一つを選取しています」。吃音を隠すがゆえの「どもれない身体」からの訣別(けつべつ)と、吃音を治すのではなく人間として立ち直る「どもれる身体」の獲得−−、筆者は村田さんの決意を全面的に支持するものです。
(八木晃介 花園大学名誉教授・元毎日新聞記者=社会学)
=次回は5月11日
 
 日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2019/5/1
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