伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

2016年11月

秋の吃音キャンプロード 到達点は沖縄



 静岡から始まった、毎週連続の吃音キャンプ。
 静岡、岡山、島根、群馬と続き、ゴールは沖縄です。

岡山から少し寒くなり、島根、群馬は相当寒かったので、沖縄で暖をとってきます。
最終の沖縄キャンプには、吃音プロジェクトからは、平良さん、渡邉さん、溝口さん、坂本さん、溝上さん。
大阪吃音教室から井上さん有馬さんが参加をしてくれます。
仲間がたくさんいて、こんな安心できるキャンプロードは初めてで、わくわくします。

秋の吃音キャンプロードでは、たくさんのどもる子ども、どもる子どもの保護者、ことばの教室の教師、言語聴覚士の人たちと対話を続けてきました。
僕たちの主張「吃音は、どう治す・改善するかではなく、どう吃音と共に豊かにいきるかだ」の45年以上主張し続けてきたことが、保護者、どもる子どもだけでなく、ことばの教室の教師にも、大きな勇気と、やる気を起こさせるものだと確信しました。

島根のキャンプ、島根スタタリングフォーラムの佐々本茂さんからうれしいメールがきました。

10月末の島根スタタリングフォーラムもお世話になりました。
小学生のグループで「伊藤伸二さんにあこがれる」と言った子がいましたが,
70歳過ぎたおじいちゃんに小学4年生があこがれるって普通はないようなあと思いながら,
どもりながら生きてこられた伊藤さんの生き方に子ども達が感じるものは
大きいのだろうなあと改めて思いました。

静岡のキャンプでは、大学生二人と対話をしました。二人も、子どもたちのモデルになりたいと言っていました。
大阪吃音教室の存在は、ますます大きなものになってくるだろうと思います。

トランプが大統領という、悪夢が現実になった今、世界は混沌としたものになっていきます。
恐ろしいことですが、これも現実。

吃音の世界で何が起こっても不思議はありません。
吃音の世界だけは、なんとか僕たちの手で、孤塁を守っていきたいと決意を新たにしています。

全共闘世代の僕は、沖縄返還を闘ってきた僕は、沖縄になかなか足を踏みいることがてきませんでした。
平良さんが僕を、言語聴覚士の専門学校の吃音の講義によんで下さったおかげて、4年前に沖縄に行くことができました。それが最初の沖縄経験でした。
専門学校の講義が終わってからの次の日の、丸一日、個人タクシーを借り切りで、朝の7時から、夜まで、沖縄戦の跡を回りました。その土地に立ってみなければ感じ取れないことを感じ取ってきました。

今回は、前回よりは時間が少ないのですが、坂本さん、溝上さん、溝口さんと僕の4人で回ります。いろいろと対話をしながらなので、一人では感じ取れなかったところを感じてきます。

また、報告します。 では、沖縄に旅立ちます。

日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2016/11/11

どもる大学生との対話 4 素晴らしい若者に拍手 


 二人の若者との対話は楽しいものでした。どもる、どもらないに関わらず、二人のような若者に世会うとうれしくなります。ひとりの人間の成長は、周りからは、ある短所や欠点も障害とみられがちなことに向き合い、それとどう折り合いをつけて生きるかにつきるように僕は思います。
 ふたりの未来はとても明るいですが、苦労もたくさんでてくるでしょう。どもりと向き合った力は、その時、きっと役立つと僕は確信しています。長くなりますが、二人との対話を今回で全部抄録します。


 なぜ、医者になりたいと思ったか

伊藤 将来の仕事だけれど森田さんは、おもしろいんだよね。早稲田大学のラグビー部だった。ラグビーをしていて、そのまま、上野公園のパスをもっていて、よくパンダの前でじっと見ていた。将来はパンダの飼育係になるんじゃなかったっけ。(笑い)
森田 冗談として、親にはそう言ってました。
伊藤 大学卒業してから、社会人になる気はなかったの?
森田 早稲田でラグビーをやってたときに、目をけがして、病院でお世話になったのがきっかけで、医者になろうと思いました。それが大学2年のときだったので、就職活動は最初からする気はなくて。
伊藤 病気をして医者にお世話になってよかったから、じゃ、医者になろうって、なんかちょっと単純過ぎるんじゃないですか。
森田 じゃ、語っていいですか。(笑い)
伊藤 いいよ、語って。
森田 病気ではなく、けがなんですが、9月だった。その前の6月に、ラグビー部の後輩が心臓発作で亡くなって、その後の8月に、祖父が他界して、そういことがあって、それで自分が死ぬときのこととかを感じ始めて、そこで考えたのが死ぬときに、満足して死にたいということで、仕事をなんとなくこなす会社に行って、働く見たいのは僕は嫌で、明確な目的をもって働きたいという思いがわき上がっていた矢先にけがをして、
伊藤 実際、患者の立場に立ったわけだね。
森田 それで、そこで、医師という病気やけがと向き合うことをすれば、いつ死んでも後悔はないと、
伊藤 なるほど。自分のやりたいという仕事につきたいとの思いが強いんだ。で、どういう科の医者になるかはイメージはあるの?
森田 当時は全然なかったけど、今、勉強し始めて、まだ漠然と、外科系に進みたいと思い始めました。
伊藤 俊哉は、手先は器用だったか?(笑い)どんくさいんじゃなかったかい。
森田 今、解剖をやってるんですけど、
伊藤 失敗してない?
森田 失敗は少ない方です。(笑い)
伊藤 そうか、そうか。
森田 たまに、気づいたら、静脈、切ってたりとか、(笑い)はありますけど。
伊藤 でも、他の人と比べて、きわめてどんくさい方ではないわけだ。まあまあいけそう。
森田 はい。
伊藤 ある意味、医者も教師も、話すことが多い仕事だよね。もちろん、動機として、植田さんは2日間の支援学校の経験があるわけだけれど、話すことの多い仕事をやっていけそうですか。
植田 これまでは吃音に悩んできたんですけど、これまで周りに認められてきたということと、自分が話すことに立ち向かってきたことの積み重ねであるので、大丈夫だと思います。がんばります。(拍手)
伊藤 すごい決意で、いいねえ。決意表明だね。医者も、すごくしゃべることが多いことになるけど、森田さんはどうですか。
森田 患者さんは、どんなに僕がどもさっても、医師の話を聞かないわけにはいかない(笑い)ので。
伊藤 なるほど、いいね、いいね。
森田 医師が弱み見せると、医師も病気じゃないけど、吃音がへんだというわけではないけれど、弱みのようなものをもってれば、患者さんも心を開きやすいんじゃないかなと思います。
伊藤 堂々とどもっている教師とか医師、これは信頼されるよね。どもりたくないなあ、どもりたくないなあと思いながら、結果としてどもるよりも、堂々とどもって平気でいる人間に対して、人は何も言いようがないものね。それができればすごい強みになる。僕の知り合いで、聴覚障害の医者がいる。聴覚障害を否定して生きてきたときは、しんどかった。でも、自分が耳が聞こえないことを、患者にも分かってもらい、看護師に通訳してもらったり、補聴器をつけたりしたら、すごく信頼される医師になった。なんか自分の弱みとか弱点を知られないように隠そうとしていたら、しんどいよね。そういう意味では、二人とも、堂々とどもっていこうとしているから安心だ。
二人 はい。
伊藤 堂々とどもっていく限り、どもりは自分たちとしては、ハンディとはならないと思っていますか。
森田 どもりのメリットもあると思う。今言ったことも弱みを隠さないで見せることとか、自分も人の苦労とかが分かるとか。
伊藤 それは、ある意味、大きな強みになる。僕も、糖尿病からくる心臓病で入院したけど、そのときに感じたのは、医師やでも看護師でもそうだけど、元気で自信満々で、生きている医者よりも、ちょっと優しい、ちょっと僕の気持ちも分かってくれそうな、看護師の方が話しやすかったし、痛んでいると、強い人はしんどい。そういう意味では、二人とも弱そうだから、いいか。
植田 ええええっ。(笑い)

 子どもの時代から、今の自分をみて

伊藤 そうでもないか。小学校の時代の自分から見て、今、こうなってしゃべている自分、吃音に関係する、静岡わくわくキャンプにどもる先輩として呼ばれて、こんなことをしゃべっている自分を、小学校時代の自分が見ているとしたら、どんな風にみていますか。
植田 信じられないというか、僕は発表するのはあんまり得意じゃなかったので、大勢の前で話すことができて、幸せというか。
伊藤 なるほどね。
植田 よくぞここまで成長したな、と思います。(笑い)
伊藤 ね、ほんと、そうだよね。これは、僕も言える。高校2年生の時なんか、音読が怖くて不登校になって、このままだと卒業できないと思い、僕だけ朗読を免除してほしいと頼みの行って、免除されてなんとか高校を卒業できたので、中学校の同窓会に行くと、みんなびっくりするよね。これがあのぜんぜん目立たなかった伊藤がと。何かの事件を犯すと、必ず、あの人は無口で、目立たなかったとか、当時の同級生が言ったりするけど、僕なんかも、伊藤さんなんて知らないわと言われたりしそうな人間が、こうして人前で話したり、講義をしたりするなんて信じられない。ということは、今の状態、小学校のときのしんどい状態が、必ずしも、ずっと続くわけではないし、今後、いろんな人との出会いがあって、成長していけるし、人間は変われるということだね。
 そういうことをどもる大人の僕たちが、どもる子どもたちや、保護者に伝えていけたらいいね。
 森田さんはどうですか。小学校の4年生のときに、僕と始めて会って、そのときの自分から今の自分を見るとすると、どんな感じですか。昔の自分が今の状態を想像するなんて、できないけれど、昔の自分からみて今の自分をどう思いますか。
森田 まだ大学に通ってはいるけど、社会人としてまっとうにこうやって生きている。昔、僕が吃音親子サマーキャンプで見てあこがれたどもる大人に入るかなと思います。
伊藤 小学校4年生のときから見てきた成人のどもる大人の人たちに、自分も一歩近づけているという、そんな感じなんですね。僕は、小学校4年生のときから長いつきあいで、ずっと彼を見ているけど、人間って変わるなあと本当に思います。成長するというか、変わるというのか。小学校4年で、始めてあつたとき、キャンプのプログラムのボート遊びなど体を動かすことには全然しなかった。みんながやっていることと一緒のことはやらないし、ハイキングに行くと言っても、僕は行かないと言って行かないし、自分勝手な人間だったよね。
森田 (笑い)
伊藤 それが、スポーツで、それも運動量の多いラグビーなんて、一人がチームのためにとチームワークがもっとも大事なスポーツですよね。小学生時代、自分勝手な人間だったのが、チームワークが大事なスポーツとはびっくりです。
森田 ラグビーをやっているのは、僕も信じられない。
伊藤 僕も、ほんとに信じられない。だから、人間というのは、ひとつの子どもの時代だけで切って、こうだとか言わないで、子どもを信じて待つということが大事だよね。そういう意味では、森田さんも僕もお互い、見限られなかったからね。ありがたいよね。森田さんがこんなに大きく変貌をとけだこと、長年つきあってきた者として、本当にうれしいし、「子どもは変わる」を主張するときの話題としても使わせてもらっています。
 さて、もう少しの時間ですが、質問があったらどうぞ。

 質疑応答

参加者 好きな女の人との関係のときに、どもりはどうなんでしょうか。
伊藤 関係って、何の関係?(笑い)
参加者 おしゃべり。集団のおしゃべりはすごく苦手だったと言ってたけど、
伊藤 植田さんは彼女はいるのかい。
植田 はい。
伊藤 いるって。彼女との会話ではどう。
植田 初めのことばが出なかったり、前のことばを繰り返したりしますけど。
伊藤 彼女は、それをちゃんと、聞いてくれているんだね。
植田 何も言わずに聞いてくれてます。
伊藤 どもりって気がついてる?
植田 はい、気がついてます。
伊藤 ちゃんと言ったことはある? 「あんた、どもるね」って。
植田 言われて、そうだよと言ったら、そうなんだ、みたいな。
伊藤 ああ、いいね。とてもいいね。森田さんはどう。
森田 ・・
伊藤 いる???
森田 いないです。
伊藤 最初から、いないだろうと確信を持って聞いている(笑い)。ラグビーと医学部受験で忙しかったものね。小学校のことばの教室で子どもたちと会うことはあるんだけれど、よく僕に、なんでも質問してもいいよと言ったら、案外、言うのは、彼女はいるのかとか、結婚してるのかとかですね。どもりとは関係ないだろと思うけど、そのときに必ず、言うのは、「どもりはもてるでえ」と言う。もてるよね。
植田 いや、もてないです。(笑い)
伊藤 僕は、21まではどもりを否定して生きていた。これは全然だめだと思う。どんなに力があっても、何をやっても。何か時分の核心に触れる部分を否定して、隠している限り、全然もてない。だめな部分、欠点といわれる部分をちゃんとおおらかに認めて生きている人間は、すてきですよ。僕は、生まれ変われた一番大きい要因は、川内瑠璃子さんという、初恋の人が、僕がどもってどもってしゃべっている姿を見て、「伊藤さんは、こんなにどもりながら一所懸命しゃべっている。その姿がとっても素敵だ」と言ってくれて、僕を愛してくれた。それまでは、どもる僕なんか、男の友だちもいないわけたから、異性の友だちなんかできるわけがないと思っていたけど、その川内瑠璃子さんに愛されたという実感を持てたとき、なんか生きる勇気がわいてきた。それから、手当たり次第に(笑い)女性に声をかけられるようになって、僕は日本一周ひとり旅を、3ヶ月間したけと、行く先々で女性に声をかけられて、写真を見ると、この子、かわいかったなとか思い出す。
 女の子にもてた話を、僕たちのワークショップに来てくれた、詩人の谷川俊太郎さんに、したときに、「どもる人は、ずるいよ。どもっていると、誠実でなくても、誠実そうに見られる。(笑い)だって、「僕ね君が好きだ」とすっと言うよりも、「ぼぼぼ僕、ききききき君が、すすすす好きだ」と言った方がすごい真実みがある。
 僕たちのどもり仲間、大阪吃音教室の仲間や、落語家の桂文福さんも、どもりをチャーミングなポイントに変えていくことができる。欠点とか、マイナスとか、ネカティヴなものがあったら、それに沈んでしまったら、欠点でしかないけど、欠点をおおらかに認めてしまったら、これは特に教師とか医師とかの場合は、周りの人にいい影響を与える。そういう意味で、女性関係は今、発展中で、こちらはこれから。

参加者 ことばの教室の教員です。森田さんは、ことばの教室に通っていらっしゃったと思いますが、通っていてよかったなあと思うことは何ですか。植田さんは、通ってなかったけど、通いたかったかどうか、あったらよかったか、
植田 僕は、なんでどもるのか、知りたかったです。この僕のしゃべり方は何なのか、分からなくて。その理由が知りたかった。それを知るために、やっぱり通いたかったですね。
伊藤 なるほど。植田さんが通わなかったのは、ことばの教室の存在を知らなかった?
植田 幼稚園の頃は、構音でことばの教室に通っていたんですけど、小学校からは構音の問題はなくなったんですけど、どもり始めて、でも、周りからはみつからなかったので、
伊藤 さがしてくれなかったんだね。ということは、お母さんもあまり気がつかなかったから、ことばの教室にということはなかったんだね。
森田 3年か4年くらいのときから、ことばの教室に通ってたんですけど、正直、ことばの教室で、直接的な何かレッスンというか、そういうことはなかったというのが正直ななところですが、こういう静岡のキャンプのイベントとか情報とをもらうのが大事なことと思っている。ことばの教室に通っていなかったら、僕自身、ここの静岡キャンプのことは知らなかったと思うし、伊藤さんとも出会わないし、吃音親子サマーキャンプにも参加しなかったと思うので、そういう情報提供が大切なことかと思います。
参加者 森田さん、こういう吃音のキャンプに、自分から行きたいと思いましたか。それとも、うちの人が進めたから。
森田 親から行ってみようという紹介があって、たぶん最終的に行くと決めたのは自分だと思います。
伊藤 行くと決めた、どういうことを期待して、どういうことがあると思った?
森田 昔のことなので、あまり覚えていないけど、キャンプが静岡県全体での開催、規模が大きいから、どもっている人がたくさん来て理解を深められることを期待していたと思う。
伊藤 ひとつには、なぜこうなるのか、どもりとは一体何なのかということを、知識として知っていたら、ずいぶん違うんでしょうね。訳の分からないものに悩むというのは、一番しんどい。ことばの教室は、言語訓練をして、どもりを少しでも改善するという役割だと思い込むより、どもりに対する学習、知識を共有する場であったり、情報提供の場であったり、それだけで十分かなと僕は思います。あとひとりだけ。どうぞ。
参加者 吃音のキャンプには参加していたけど、親の会がしている一般的なキャンプにも参加したいと思うのか、それより吃音のキャンプがいいのか。
森田 親の会のキャンプってなんですか。
伊藤 どもる子ども以外にもいろんな子が参加するキャンプで、静岡わくわくキャンプや吃音親子サマーキャンプは、どもる子どもだけに特化したキャンプです。
森田 純粋なイベントとして、参加したいかどうかということですか。
参加者 親の会で、県全体でずっとやってるんですけど、いろいろな子どもたちが参加するキャンプに参加してみたかったかどうかです。
植田 僕はあんまり人付き合いとか好きな方ではなかったので、そういうのは乗り気ではなかった。
伊藤 どもりはちょっと独特なので、どもりだけの子どもたちが集まるというのが、子どもたちにとってはいいみたいで、「どもるとことが普通、どもりがそのままに認められる場がこんなに楽しいとは思わなかった」と子どもたちはよく言います。もちろん、子どもとして障害があろうとなかろうとそのまま認められることは一緒だけれど、どもりはどもりとして特化された方が、行きたいでしょうね。言い残したこと、あったらどうぞ。
植田 どもっていても、人生何とかなります。(拍手)
森田 自分の中で、どもりをどのくらい大きなものととらえるかが大事だと思っています。僕は、どもりなんか米粒みたいになって、症状は本人のとらえ方が変わってくると思うので、そこをうまく導いてあげることができたらいいかなと思います。(拍手)
伊藤 ことばの教室の教師も言語聴覚士も、どもりというのは、吃音といわれる症状の問題だととらえている研究者や学者が多いけれども、そんなこと、あんまり役に立たなくて、、どもりをどう受け止めて、どういうふに受け止めるか、そのことだけが大切だ、と言い切ってもいいくらいだと思う。僕も21までの暗黒な人生で、それ以後の幸せで楽しい人生をどこが違うかといったら、一点だけです。治すことをあきらめて、どもりを認めたら、どもる状態は全く変わらないのに、どもりに悩まなくなって、影響されなくなった。
 吃音の症状と言われるものは、後半は変わってきたけれど、最初の3、4年は全く変わっていないのに、全く世界が別世界になりました。どもりを認めて、オレはおれだ、これで生きるんだと考えることができたら、ほんとに楽になる。
 楽になることに、ことばの教室の教師や言語聴覚士がどうお手伝いができるか、というで、吃音を少しでも、軽くするということでは決してない。ということをずっと言い続けているんだけど、なかなか僕の考え方が多数派にはなっていかない。
 なんとか静岡では、こういう形で続けてもらって、どもりにとってほんとに大事なことは何かということを伝え続けていってもらいたいなと思います。ではこれで終わりです。もう一度二人の若者へ感謝と、将来への応援を込めて拍手を。ありがとうございました。  終わりです

日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2016/11/08

どもる大学生との対話 3


 4つめの吃音キャンプである、群馬の赤城山のキャンプから帰りました。今週末の沖縄キャンプで今年のキャンプは終わりです。前回からの続き、森田さん、植田との対話の続きです。

静岡キャンプ 3人で対談


 学生時代のクラブ活動 

伊藤 植田さんが大きく変わったのは、クラブということでしたが、何のクラブ?
植田 バレーボールです。
伊藤 それは中学、高校と。
植田 中学、高校、大学です。
伊藤 かなり一生懸命やった?
植田 そうですね。先生がこわかったのもありますが。一生懸命していました。
伊藤 クラブもやって、勉強もやって、どもりに悩む暇がなかったんだね。クラブ活動での人間関係はどうだった?
植田 ボールや自分のことに精一杯でプレイ中はどもりが出ないし、一生懸命していたら、人間関係でも困ることはなかったです。
伊藤 そうか、何でも一生懸命している人に何も言えないわな。バレーは声は出さないの?
植田 出します。出しますが、運動しているときは、あまりどもりは出ない。
伊藤 野球部に入っている子が、声が出せと言われて困るという話を聞いたことがある。剣道している子は特に困る。「面!」と言わないと、面を打っていても「面一本」とはならないので、悔しがっている子がいた。そのように、タイミングがとれなくて困ったり、クラブ活動で困る人は案外にいるんだけど。じゃ、植田さんの場合は、プレイも人間関係も、クラブ活動ではあんまり困ってなかったんだ。
植田 はい。

伊藤 森田さんはどうですか、クラブ活動については。
森田 中学校から、ラグビーをしていた。プレイ中や練習中に困ることはなかったし、あまりどもらない。
伊藤 そうか。声をかけたりはしないの?
森田 あるけど、それでも、あんまり困ることはなかった。
伊藤 困ることはない? クラブ活動の中での人間関係の困難さというのは?
森田 先輩と話をするときは、結構どもる。人間関係が悪くなるというところまではいかないけれど、純粋に意思の疎通が迅速にできないというところが、不便だということが、問題といえば問題としてありました。
伊藤 具体的にいえば、どういう場面で?

 コミュニケーション

森田 練習会で話をするとき、どもるので、
伊藤 話をするときってどういう話をするの。
森田 他愛もない世間話とか、戦術面の作戦についての話とか。
伊藤 雑談ではなく、戦術でこうしろああしろという話もあるわけだよね。そのときに、不便は感じたけれども、みんなはちゃんと聞いてくれてた?
森田 僕がどもってでも、何かを言うときは、それだけ伝えたい重要なことを言おうとしているという認識は周りにもあったと思う。普段はあまりしゃべらないけど、しゃべるときは、大切なことを話すのだと思ってくれたのか、みんな、聞いてくれた。
伊藤 なるほど。つまり、あんまりわいわいと雑談をして、和気あいあいと楽しく雑談することに対してはもうあきらめていたわけか。あきらめるというか、そういうことに対しては、自分はもういいやと考えていたのかな。
森田 まあ、そうです。
伊藤 だから、森田がしゃべるときは、大事なことをしゃべるので、これは聞かないといけないと周りが思っていた。そのときくらいはちゃんと聞こう、そんな感じかな。
森田 まあ、そんな感じです。
伊藤 おもしろいね。じゃ、人とわいわいと、楽しくというのは、今でもあまりない?
森田 グループでも複数の人と話していても、会話の中心に僕がいなくても、周りの話を聞いているのが楽しいというか、必ずしも自分が何か言わなくてもいい。

伊藤 輪の中にいて、必ずしも話さなくてもいいと森田さんのように考えることができると、どもる人は楽なんだけど、そう考えない人は多い。話し合いの中で自分もタイミングよく冗談を言ったり、話さなければならない、話さないと輪の中にいる意味がないと思ってしまう人にとっては、タイミングよく話せないのはつらいね。僕がそうだったから。森田さんの場合、それはもういい、自分がしゃべるときは、大事なことを言うわけだから、そのときには、ちゃんと聞いてくれたらいいと考えている。それはとてもいいコミュニケーションのあり方だと思う。僕も、人前で講演したり、講義したり、こういう話をしてくれと言われたら、何時間でもしゃべれるけれども、雑談というか、どうでもいいような会話がとても苦手です。どうでもいいような、絶対話したいというようなものではない場面でどもりたくない。大阪吃音教室の仲間の中に、かなりどもる人間がいて、輪の中で森田さんのように、ただ聞いているだけで存在しているということで良しとできなくて、やっぱり話してなんぼとか、自分が中心的にいなければならないと思っている人がいる。そう人は、つらいよね。植田さんは、そういうことはないの? 雑談なんかでもあまりどもらないの?

植田 雑談はする方なんですけど、公式というか、集団討論で話すタイミングとか、とれなくて、僕の場合はそういう場は苦手です。
伊藤 集団討論は、話さなければならないと設定された場だものね。
植田 入るタイミングが分からなくて、かなり苦労しました。
伊藤 その苦労を、これまでどういうふうにしのいできたの?
植田 とりあえず、手を挙げることから。
伊藤 そうやね。
植田 尻込みしてもしょうがないので、とりあえず何か言おうかなと。つっかえてもいいから、まず手を挙げる。
伊藤 結局、上手にどもらないでしゃべるタイミングを待っていたら、しゃべれないよね。とりあえず手を挙げたということは、しゃべるという意思表示をしたということで、そのときはどもってでもしゃべるということだね。そういうふうにどもってでもしゃべったときは、みんな聞いてくれてるわけだ。
植田 はい。僕の方を向いてうなずいてくれるので、僕もしゃべってよかったというのはありました。
伊藤 そのとき、聞き手は、君がどもっているというのは、気がついてないの?
植田 さあ、どうですかね。
伊藤 どういうふうに思われているんだろうね。あまりどもらないけれど、何か違うとは思っているのだろうか。
植田 なんか変なやつだなとか。(笑い)
伊藤 ちょっとスムーズじゃないけど、別に話は分かるし、問題にすべきことではないということか。話し上手ではないし、流暢ではないけれどもね。そこが、植田さんと森田さんとは違うところだね。森田さんは、はっきりとどもりだというのは分かっているわけだから。


 将来の仕事について

 植田さんは、将来は、教員採用試験に合格したわけだから、教師になるんだよね。支援学級や支援学校の教師になるの?
植田 はい。特別支援学校の先生に。
伊藤 どうしてそれを選んだんですか。
植田 大学4年次に、支援学校で障害のある子たちと、2日間共に過ごしました。2日間だけなんですけど。僕よりも重い課題をもっているけど、がんばっている姿を見て、勇気をもらったし、自分の悩んだ経験を活かすことができる場なのかと考えて志望しました。
伊藤 そうか。それは、あやしいな。(笑い)いや、僕は、多いときは7校、8校くらいの大学や言語聴覚士の専門学校で吃音の講義をしていたんだけど、必ず、そこにどもる人がいる。志望動機を聞くと、自分が吃音に悩んできたから、どもる人の気持ちが分かると言うんだ。植田さんの場合は、教えるのが吃音の子ではないからいいと思うけど、吃音の人が、吃音の子どもに関わるとき、自分の体験があるから、分かった気になってしまうことは怖い。分からない人間だったら、質問したり、相手の話を丁寧に聞いていくだろうけれど、「オレ、経験者だし、分かっている」と省いてしまうと、それはものすごいマイナスに働く。僕の今の話を聞いてどう思いますか。
植田 僕も他人のことはよく分からないと思っています、当事者じゃない限り。とりあえず、自分だけの判断で言わずに相手の話を聞くということは第一に考えています。
伊藤 そうね。大体同じような体験をしてきたとしても、その人の生活や、環境、パーソナリティなどで全然違う。同じような、たとえば吃音に悩んだ経験をしてきたとしても、常に、ひとりひとりが違うということをしっかりと意識しておく必要がある。でも、苦しんできたことを活かすことはできると思う。
 僕は、カウンセリングの中の、ベーシックエンカウンターグループという、10人くらいが輪になって、4泊5日で話をするワークショップでファシリテーターをした経験がかなりあるけれど、やっぱり吃音で悩んできたというのは、人の苦しみや悲しみなどに、全く同じとは言わなくても、ちょっとだけは近づけることは何度もあった。極楽とんぼのように生きてきた人より、とても悩んだ経験があるから、そのしんどさが、少しだろうけれど、理解できる。

 まだまだ続きます。

日本吃音臨床研究会 伊藤伸二2016/11/07

どもる大学生との対話 2 よくどもる森田さん、どもりとわからない植田さん


 明日から群馬でのキャンプです。どんな出会いがあるか楽しみです。岡山、島根のことはまた報告します。

 大学生との対話はまだ続きます。彼たちふたりは、大学名や自分の名前を公開することを快く承諾してくれました。自分たちの経験が、今悩んでいる子どもたちや、子どもの将来の不安をもつている保護者の役に少しでたつのならと言ってくれました。とてもありがたいことです。 

前回の対話の続きです。

伊藤 森田君は、どう。小・中・高校と、どんな子でしたか?
森田 僕は、小学校では悩んでいました。さっきも、話があったけど、どもりもひどくて、そのくせ、発表を積極的にして、授業の時間を僕がどもって時間がかかるので、半分くらいつぶすという、(笑い)
伊藤 すごいね、堂々たる人生やね。
森田 それで結局、地元の中学校にそのまま進むのが嫌で、受験をして、県立の中学校に行った。そしたら、周りが理解があるというか、いい環境だったので、それから悩むことがほとんどなくなって、そのまま大学にいって、今にいたっています。
伊藤 周りの環境がいいというのは、偶然というか、ラッキーだったわけだ。自分で何かしたわけではないのね。
森田 ラッキーというか、受験して入る中学校だったから、生徒も選ばれてるだけあって、人間ができているというか、(笑い)
伊藤 悪ガキではなかったわけか。みんなも、自分の勉強に精一杯で、他人のどもりなどにかかわっていられないということかな。
森田 まあ、そういうことかもしれないです。
伊藤 二人とも、環境がよかったと言えるね。植田さんの場合も、偶然?
植田 そうですね。そのまま中学校にあがったので。
伊藤 植田さんの場合は、受験で選ばれてきた子ではなかったけれど、そのまま上がった子で、そんなに言われなかったということだね。考えたら、僕も小学校のときは、からかわれたり笑われたりしたけど、中学校のときはなかった。全くなかったけれど、それでも僕はすごく悩んでいた。ということは、君たちは、鈍感だったの?(笑い) 周りがいくら理解してくれたとしても、からかったりしなくても、しゃべりにくいということは、変わらない。僕は、どもること自体に悩んでいたけれど、なぜ平気だったのかな?
森田 宣伝みたいになるけど、伊藤さん主催の滋賀で行われている、吃音親子サマーキャンプに参加したのがきっかけだと思います。どもる大人がスタッフとしてたくさん参加していて、それを見て、どもっていても社会でやっていけるということを感じて、それが一番大きかったと思います。
伊藤 なるほど。どもりながら有名人になったり、特別な才能があるというのではなくて、どもりながら、特別な才能もないけど、それなりに社会人として就職して生きている人の存在は、具体的な身近な見本になるよね。それは、僕にもよく分かる。僕もなんとか生きていけるなと思ったのは、全く同じで、1965年の夏に、東京正生学院というところに行って、発声練習や呼吸練習をいっぱいして、結局は全然効果はなかった。治らなかったけれど、よかったこともある。東京正生学院という、どもりを治したい人が集まってくる所なんだけど、そこにずっといるわけではなくて、1週間なり10日いたら、みんな地元に帰る。その人たちは、地元に帰ったら、農業をしていたり、学校の先生をしていたり、お坊さんをしていたり、社長をしてたり、ちゃんと生きいる。あっ、そうか、どもりながらでも、生きていけるのかと思った。それまでは、どもっていたら、就職して社会人になるなんて、想像もできなくていたんだけれど、実際に仕事をしている社会人に話をきけたことは、僕にとってとても大きかった。なるほどね。
 環境がよかったことのほかに何か、こういうことが自分にとってはよかったと思いつくことはある?
植田 面接練習のときもそうだったんですけど、どもっても、認めてくれるた。先生方が「大丈夫」と言ってくれたこと。
伊藤 それは誰?
植田 面接対策の先生。大学院でも、僕がどもっていても、僕に対する対応は何も変わらなくて、相手の態度で、そのままで自分はいいんだなあと認められたというのが、大きい。
伊藤 そのままのどもっている自分を、大学の先生や周りの人たちが認めてくれた。同級生ではなくて、ちょっと上の先生がということですか。大人が認めてくれているということも大きい?
植田 そうですね。
伊藤 友だちから、「大丈夫だよ」と言われたら、どう?
植田 友だちは、まだ知らないと思うんです。
伊藤 君のどもりを?
植田 はい。
伊藤 なんで? これだけどもってるのに?
植田 そうですか。
伊藤 うん。かなりどもっているよ。
植田 緊張しない場ではあまりどもりが出ないので、分からないみたい。
伊藤 友だちの前ではあまり出ない?
植田 出ないですね。発表だとちょっと止まったりします。
伊藤 じゃ、周りに、君がどもりだと思っている人はいないの?
植田 いないです。
伊藤 森田君の場合は、周りの人全員が分かるよね。
森田 はい。
伊藤 植田君の場合は、子どもの頃から、そうなの? 周りは分からなかったの?
植田 分からなかったのが、逆につらかったというか、悩む要因でもあったと思います。周りが分からないので、自分だけ隠すというか、人にどもりのことについて、何も言えないという部分があった。
伊藤 なるほど。悩んでいたけれど、自分はこんなことで困っているんだということを周りには言えなかったんだ。言っても、あまりどもっていないので、分かってくれなかったかもしれないね。全然どもってないと言われるかもしれない。自分のことは分かってもらえないなあと思っていたわけか。親もそうですか。
植田 そうですね。親も分かってないと思います。
伊藤 今は?
植田 今も分かっていないと思います。
伊藤 えっ!! それは君が言ってないから?
植田 言ってないのもそうだけど、あんまり出ないというか。
伊藤 今年、吃音親子サマーキャンプに高校3年生の女の子が2人参加したんだけど、2人とも、親に初めてどもりで悩んでいると言った。そのうちのひとりは、親から全然どもっていないよと言われて、サマーキャンプに行くと言ったら、行く必要ないと言われて、困って僕に相談してしてきた。親に内緒で申し込んで参加されても困ると思って、親の推薦状をと言ったけど、なかなか来なくて、ようやく親と連絡がとれて、結局参加した。そんな子がいたけど、サマーキャンプに来て、すごく変わった。親の前でもあまりどもらないと分からないものだったんだね。隠すのに一生懸命だったというわけではない?
植田 そういう気持ちもあったんですけど、もうここまで来たら、言うタイミングがないなあと、
伊藤 隠し通すしかないということか。だから、どもりというのは、理解されない部分があるよね。でも、森田君の場合は、派手にどもっていたから、お母さんも知ってたし、サマーキャンプにも来たし。植田さんが大きく変わったのは、クラブということでしたが、何のクラブ?

日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2016年11月4日

どもっていても、なんとなる 吃音の二人の大学生


吃音キャンプロードの始まりは、静岡でした。岡山、島根と続き、今週末は群馬です。
ぼちぼち紹介したいと思いますが、まずは、若い二人との対話から紹介します。
 
今年は、どもる子どもの保護者、ことばの教室の教師・言語聴覚士への講演と、大学生ふたりとの語り、そしてグループに分かれての話し合いでした。
 講演会は、初めてのスタイルで少し自己紹介をしたあと、質問を書いてもらって、そのすべてに答えた後、大学生ふたりと僕との対話をしました。素直に僕の質問に答えてくれました。
 紹介します。

  吃音について語ろうー大学生ふたりと伊藤伸二


自己紹介
植田 静岡大学教職員大学院の植田康頌です。
森田 浜松医科大学2年生の森田俊哉です。
伊藤 なぜ、どういう経過で、ここに座らされているのですか。
植田 大学院に入るまで、吃音は嫌で、ネックというか、そういう自分が認められなかった。大学院に入って、研究テーマとして、子どもたちへのかかわり方を設定した。先生方から、この静岡わくわくキャンプを紹介してもらって、ここに座っています。
伊藤 子どもへのかかわり方って、どもる子どもということではなく、広く子どもとのかかわり方ですか、それを研究テーマとしたら、ここを紹介されたのか。
植田 そうです。

伊藤 今、こんなに大勢の前に座ってみて、どんな感じですか。
植田 思ったより、緊張してないなあ。
伊藤 よかった。最初、緊張すると思ったの? こういう人前に顔をさらすのは、あまりない経験ですか?
植田 得意じゃないです。
伊藤 よく引き受けましたね。君は。
森田 私の場合は、この静岡のキャンプは今年が第15回だそうですが、第1回のときに、小学校4年で参加した。そこから、ずっと親がこの会とつながりを持っていたみたいで、去年、このようなゲストとして招かれて、今年もまたということで、ここにいます。
伊藤 今、ここには、ことばの教室の教員やどもる子どもの保護者がいますが、何かおっしゃりたいことはありますか。
植田 どもっていても、なんとなる。悩むことはあるけど、ここまでなんとかこれたので、吃音を自分のものとして受け止めて、これから生きていくというのが大事かなと思います。
伊藤 やっぱり悩んだ時期もあった?
植田 そうですね。
伊藤 いつごろが一番苦しかったですか。
植田 大学の4年生の就職の時期です。高校受験のときに、面接があって、そこで盛大にどもって、それがトラウマになっていました。大学4年生で、公務員試験を受験したけど、筆記は通るけど、面接試験がだめ。4つのうち2つ失敗して、残りの2つは、逃げました。
伊藤 逃げたってどういうこと?
植田 面接試験をやめたんです。
伊藤 筆記試験を受けて合格して、次は面接と言われたけれど、「面接、いいです」と言った。結果として、就職はあきらめて大学院に行くことになった、ということ?
植田 大学4年生で、特別支援学校の実習体験というのがあって、そこで、障害のある子どもたちとのかかわりを持った。自分も吃音で苦しんだことがあるので、それを生かせないかなと考えた。特別支援系の勉強をしてこなかったので、大学院で勉強しようと思って、大学院に入学しました。
伊藤 大学院入学のときの面接はどうだったの?
植田 かなりどもりました。
伊藤 でも、それは大丈夫だったんだ。高校受験のとき、盛大にどもったけれど、大学院の受験では、かなりどもったけれど、合格だったんだね。
植田 はい。
伊藤 じゃ、成功だったんだ。
植田 一応。
伊藤 小中高の時代は、どうでしたか?
植田 小学校のころは、少しからかわれたりしたんですけど、さほど悩んだことはない。中学校、高校は、吃音より勉強と部活で精一杯で、逆に悩んでいる時間がなかった。
伊藤 悩んでいる人間は、ひま人間ということか。(笑い)
植田 ほかのことで、生きるのに精一杯だった。
伊藤 そうだよね。分かるよね。古い話になるけど、戦時中に兵隊にいって、ほんとに死ぬか生きるかというとき、どもりなんて全然問題にならなかったという人に合ったことがあります。
植田 戦争っていうほどのことはないですが。
伊藤 そうね、そんなに大変なことではないけど、やっぱり生きるのに精一杯だったわけだ。中学、高校は勉強と部活があってからだけど、小学校のとき、どうして大丈夫だったと自分では思いますか。
植田 父や母は、先生と同じように、吃音について何も言ってこなかった。
伊藤 困ってないかとか、悩んでないかとか、聞いてこなかったの?
植田 何も言われなかった。
伊藤 平気な顔をしてたわけか。
植田 何も知らされなかった。
伊藤 でも君は、家でも、どもってたんでしょ。
植田 連発してました。
伊藤 だけど、親は気にしてないの?
植田 はい。
伊藤 気にしてない親に対して、どう思ってたの?
植田 知っていて、知らんぷりしてるのかなと思っていました。
伊藤 知らんぷりしてるのかなって? 聞いてほしいと思ったことはあるの。
植田 あるけど、聞いてほしくない気持ちもあった。
伊藤 そうね。もし、聞いてくれてたら、吃音について言ってたかもしれない?
植田 言ってましたね。
伊藤 そうか、そうか。親は聞いてくれなかったけれど、それほど悩むことはなかったのは、どうしてだろう?
植田 周りの友だちも、本気でからかうのではなくて、ちょっとからかう程度だったので、気にせずにいられました。
伊藤 かなりからかわれたら、気になっていたかもしれない?
植田 そうですね。
伊藤 からかわれても、それを気にしないという強さは、なかったのかな。
植田 そうですね。
伊藤 じゃ、環境に恵まれたということか。
植田 はい。

伊藤 中学校、高校になったら、部活や勉強で忙しくて、大学の就職活動ではかなり悩んだ。そういうことがあったのに、今は大丈夫と思えるのはなぜ?
植田 教員採用試験を受験したんですが、1年目は、自分の吃音を隠したまま受験して、どもることも嫌だったので、面接練習もせずに臨んだら、だめでした。2年目の今年は、どもるということを面接の書類に書いて、教員を志望する理由にも、吃音ということを書いて、本番でも、どもりながらしゃべったら、合格しました。やっぱり、そうやって吃音を自分で認めるのは大事なのかなと思いました。
伊藤 確かにそうだよね。吃音を認めたくなくて、どもらないように、どもらないように、一生懸命に面接を受けている姿を見ている面接官は、こいつやましいことがあるのではないかとか、何か隠している怪しいとか、思うよね。
植田 そうですね。
伊藤 どもる人が誤解される原因として、自分のどもりを隠しておいて、どもる僕たちを理解してほしいと言う。それは無理ですよ。自分をそのまま出して、そのままで、よければどうぞ採用して下さいという姿勢でないと、理解はしてもらえない。そんな感じですか。
植田 はい。

伊藤 子どものころは、ことばの教室には行ってなかったの。
植田 そうですね。担任の先生にも、僕がどもることがみつからなかったというか、
伊藤 ごまかしてたのか。
植田 ごまかすというか、連発はちょっと出てたんですけどね。
伊藤 あんまり学校ではどもってなかったのかな。
植田 はい。
伊藤 君のどもりに、かなりの波があるの?
植田 ありますね。今でこそ、ちょっとしゃべれますけど、場面が変わると、ことばが出ないときがいっぱいあって、電話やあいさつはそんなに得意じゃない。そんなときは、無言状態が続きます。
伊藤 だけどまあ、なんとかやっていけそうな感じがする?
植田 そうですね。どもって、つまっても、待って聞いてくれる人が多いので。
伊藤 実は聞いてくれる人の方が多いよね。悩んでいるときは、待ってくれないんじゃないかと思うけど、そうではない。森田君は、どう。小・中・高校と、どんな子でしたか?

 つづきます。

日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2016/11/03
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