2009年10月28日
子どもの真剣な眼差し
豊中市のことばの教室3校の連絡会が主催し、3校のどもる子どもと保護者が集う「吃音教室」の今年度の3回目。保護者に話して欲しいとの依頼がありました。
4時から6時の予定です。最初の30分は全員で、フルーツバスケットなどを楽しみ、4時30分から5時40分まで、保護者の質問に答えるというスケジュールです。その時間、子どもは話し合いや、表現活動に取り組み、最後に全体で集まり、6時には終了の予定でした。7家族が集まりました。
子どもが思春期になったら、親としてどう対応したらいいか?
子どもが、店で自分で注文するのを嫌がるが、練習だからと無理に言わせた方がいいか?
など、事前に出されていた質問もあるのですが、一人一人に、今困っていること、知りたいことなど尋ねて、私の考えを話したり、他のお母さんの場合はどうかとか、意見を聞いていると、あっという間に6時になってしまいました。
司会者が、「予定の6時なのでこれで終わります。予定のある人はお帰り下さっていいですが、子どもから是非伊藤伸二の話を聞きたいと、質問が出されているので、時間があれば聞いていって下さい」と話しがあり、保護者との交流会は終了しました。
全体会には全員が残ってくれました。せっかく練習したからと、子ども達は、谷川俊太郎さんの「きりなし歌」をみんなの前で披露してくれました。
そして、私が子ども達の質問に答えることになりました。私の周りには子ども達が集まりました。たくさん質問のメモが私に渡されました。終了予定の時間はとっくに過ぎています。時間がとても気になりながらも、せっかく質問をしてくれたのですから、全ての質問に答えたいと思いました。質問の一枚一枚に子どもの思いがつまっています。
・なんで僕らはどもるんですか?
・伊藤さんは、小学校の時に友達にばかにされたりはしませんでしたか?
・伊藤さんは、どもったら恥ずかしいですか?
・どもって笑われたりしたら、どういう風に言えばいいですか?
・どもりが、ちょっと治る方法を知っていますか?
・伊藤さんは、どういうときにどもりますか? どもる時にも本当に波があるのか知りたいです。
・学校で、友達がからかって来たとき、「いやだ」といっても聞いてくれません。どうしたらいいですか?
・どもりは治ることはあるんですか?
・伊藤さんは、小学校の時、発表でよくどもりましたか?
・人の前でどもった時はどうしますか?
・今の生活で、どもることで困ることはありますか?
・プロポーズしたときに、どもったんですか? もし、どもったらきらわれなかったですか?
一枚一枚に、子どもの現在の様子が読みとれるようです、そして未来への不安も。
一枚を読み上げ、私の体験を話し始めたとき、左前に座っていた子どもの、真剣な眼差しをするどく感じました。一語一句聞き逃すまいとして、じっと私を見つめて真剣に聞いています。私は、最近でも群馬の子ども、静岡の子どもと、子どもたちと話し合ってきました。長年子どもとつきあっています。普段は、気楽に円くなって話し合うのですが、今回は、時間がないので、話し合いではなく、一問一答形式で、私が一方的に答えていくというスタイルだったからだろうと思いますが、このような眼差しで、じっとみつめられたのは初めてです。どもる人や、教師への講演などで、前に座っている人の眼差しでも、このような経験がありません。前日は、岡山県で講演しましたが、最前列の人達は、うなずき、時々目が合い、真剣に聞いていて下さっていることがよく分かります。その、真剣な眼差しとも違うのです。
一語一句、いい加減なことは言えない、真剣勝負だと私に緊張が走りました。その緊張が全員に伝わったのか、20分以上、一方的に、質問を読み上げて、それに答えていくのを、子ども達は小学低学年から高学年まで、また、3歳のきょうだいまでが、みじろぎもせず、じっとして聞いているのです。
吃音教室が終わって、3校のことばの教室の担任と、居酒屋で話しました。聞くと、その子は、小学5年生で、普段は全然人の話は聞かないし、学校では、いつも心ここにあらずで、まったく集中力のない子だというのです。幽体離脱しているのではないかと、心理の専門家にみてもらおうと言われている子どもだということでした。その子のことばの教室の担任も、本当にびっくりしていました。そして、その子ばかりでなく、普段は、ふざけて、いつもグループを引っかき回している高学年の子ども、それまで、ねそべってばかりいる、小さいきょうだいも、意味は分からないままに、ただ事ではない雰囲気におされたのか、じっとして聞いていたことも、担当者は一様に驚いていました。
真剣に大人が話し、それに真剣に聞く子がいれば、こんなに真剣で、集中する場ができることもあるのかと、私は、子ども達を尊敬しました。
心地よい、緊張感の中で、子どもと私の一問一答が終わりました。
小学5年生のあの真剣な眼差しの奥に、人にはあまり言えない、言わない、吃音の苦しみ、そして、何か、解決の糸口をつかみたいとの、切実な思いがあったのでしょう。
この、一問一答は、保護者と私が話している間、遊んだり、表現活動をしている時に、「僕はどもりについて話したいことがあるんだ」という、彼のことばで、急遽、伊藤に何か質問してみようということから、子ども達が短時間に書いたものだったそうです。
質問に答えながら、自分の子どものころを思い出し、今の、正直なところを話しました。たとえば、「どもったら恥ずかしいですか」の質問に、
「この年になっても、お寿司やさんですごくどもると思ったら、「トロ」や「たまご」を注文したくてもしないことがあるから、やっぱり、僕も、恥ずかしいのかな・・・。でも、大切なことは、どんなにどもっても言うけれど、そのときは、はずかしくないよ」
「今の生活で、どもることで困ることはありますか」の質問に対しては、
「ウーン、相手は困っているかもしれないけれど、僕が困ることは全然ない。通信販売で注文するとき、必ず、「伊藤伸二」という名前と、住所を言うときどもる。「いいいい・・・伊藤」となるし、住所の「イチ」で必ずどもる。どもらない人なら数秒で終わるのを、僕は、ウーン、何秒かかるかな?、でも1分はかかっていないと思う。向こうも商売だから、僕がどもって時間がかかっても、待っていてくれる。どもっても、通信販売で注文できるから、全然困らないよ」
「プロポーズの時、どもったら、嫌われないか」の質問に
「とても好きだから、つきあって下さい、とか、結婚して下さいと言うときは、すらすらしゃべるより、絶対どもった方がいいよ。僕がどもったかどうか覚えていないけれど、どもって言うと、本当に私のこと好きなんだなあとか、この人、本当につきあいたいと思っているのだとか、とても誠実な人だと受け止められる。セールスマンだって、すらすらしゃべる人よりも、とつとつと話したり、どもって、一所懸命話す人の方が成績がいいんだよ」
自分の体験やエピソードを入れながら、私は、子ども扱いしないで、一所懸命、正直に、本音を話しました。真剣な眼差しを私に送り続けていた5年生のあの男の子に、私の思いが、少しでも伝わればいいのですが。少しでも伝われば、私が小学生、中学生と、どもりに悩んできたことが、無駄ではなかったということになります。
あの子の、真剣な眼差しは、今後も私の中に生き続けるだろうと思います。
東京都日野市のことばの教室で「私のどもりはなおりますか?」と言って、ぽろぽろと涙を流した、小さな女の子の、小さい手を握った感触が、いまでも私の中に生き続けているように。
その女の子の手の感触が私に一冊の本を作らせました。それは
『どもる君へ いま伝えたいこと』(解放出版社)1260円
2009年10月29日 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二゜
子どもの真剣な眼差し
豊中市のことばの教室3校の連絡会が主催し、3校のどもる子どもと保護者が集う「吃音教室」の今年度の3回目。保護者に話して欲しいとの依頼がありました。
4時から6時の予定です。最初の30分は全員で、フルーツバスケットなどを楽しみ、4時30分から5時40分まで、保護者の質問に答えるというスケジュールです。その時間、子どもは話し合いや、表現活動に取り組み、最後に全体で集まり、6時には終了の予定でした。7家族が集まりました。
子どもが思春期になったら、親としてどう対応したらいいか?
子どもが、店で自分で注文するのを嫌がるが、練習だからと無理に言わせた方がいいか?
など、事前に出されていた質問もあるのですが、一人一人に、今困っていること、知りたいことなど尋ねて、私の考えを話したり、他のお母さんの場合はどうかとか、意見を聞いていると、あっという間に6時になってしまいました。
司会者が、「予定の6時なのでこれで終わります。予定のある人はお帰り下さっていいですが、子どもから是非伊藤伸二の話を聞きたいと、質問が出されているので、時間があれば聞いていって下さい」と話しがあり、保護者との交流会は終了しました。
全体会には全員が残ってくれました。せっかく練習したからと、子ども達は、谷川俊太郎さんの「きりなし歌」をみんなの前で披露してくれました。
そして、私が子ども達の質問に答えることになりました。私の周りには子ども達が集まりました。たくさん質問のメモが私に渡されました。終了予定の時間はとっくに過ぎています。時間がとても気になりながらも、せっかく質問をしてくれたのですから、全ての質問に答えたいと思いました。質問の一枚一枚に子どもの思いがつまっています。
・なんで僕らはどもるんですか?
・伊藤さんは、小学校の時に友達にばかにされたりはしませんでしたか?
・伊藤さんは、どもったら恥ずかしいですか?
・どもって笑われたりしたら、どういう風に言えばいいですか?
・どもりが、ちょっと治る方法を知っていますか?
・伊藤さんは、どういうときにどもりますか? どもる時にも本当に波があるのか知りたいです。
・学校で、友達がからかって来たとき、「いやだ」といっても聞いてくれません。どうしたらいいですか?
・どもりは治ることはあるんですか?
・伊藤さんは、小学校の時、発表でよくどもりましたか?
・人の前でどもった時はどうしますか?
・今の生活で、どもることで困ることはありますか?
・プロポーズしたときに、どもったんですか? もし、どもったらきらわれなかったですか?
一枚一枚に、子どもの現在の様子が読みとれるようです、そして未来への不安も。
一枚を読み上げ、私の体験を話し始めたとき、左前に座っていた子どもの、真剣な眼差しをするどく感じました。一語一句聞き逃すまいとして、じっと私を見つめて真剣に聞いています。私は、最近でも群馬の子ども、静岡の子どもと、子どもたちと話し合ってきました。長年子どもとつきあっています。普段は、気楽に円くなって話し合うのですが、今回は、時間がないので、話し合いではなく、一問一答形式で、私が一方的に答えていくというスタイルだったからだろうと思いますが、このような眼差しで、じっとみつめられたのは初めてです。どもる人や、教師への講演などで、前に座っている人の眼差しでも、このような経験がありません。前日は、岡山県で講演しましたが、最前列の人達は、うなずき、時々目が合い、真剣に聞いていて下さっていることがよく分かります。その、真剣な眼差しとも違うのです。
一語一句、いい加減なことは言えない、真剣勝負だと私に緊張が走りました。その緊張が全員に伝わったのか、20分以上、一方的に、質問を読み上げて、それに答えていくのを、子ども達は小学低学年から高学年まで、また、3歳のきょうだいまでが、みじろぎもせず、じっとして聞いているのです。
吃音教室が終わって、3校のことばの教室の担任と、居酒屋で話しました。聞くと、その子は、小学5年生で、普段は全然人の話は聞かないし、学校では、いつも心ここにあらずで、まったく集中力のない子だというのです。幽体離脱しているのではないかと、心理の専門家にみてもらおうと言われている子どもだということでした。その子のことばの教室の担任も、本当にびっくりしていました。そして、その子ばかりでなく、普段は、ふざけて、いつもグループを引っかき回している高学年の子ども、それまで、ねそべってばかりいる、小さいきょうだいも、意味は分からないままに、ただ事ではない雰囲気におされたのか、じっとして聞いていたことも、担当者は一様に驚いていました。
真剣に大人が話し、それに真剣に聞く子がいれば、こんなに真剣で、集中する場ができることもあるのかと、私は、子ども達を尊敬しました。
心地よい、緊張感の中で、子どもと私の一問一答が終わりました。
小学5年生のあの真剣な眼差しの奥に、人にはあまり言えない、言わない、吃音の苦しみ、そして、何か、解決の糸口をつかみたいとの、切実な思いがあったのでしょう。
この、一問一答は、保護者と私が話している間、遊んだり、表現活動をしている時に、「僕はどもりについて話したいことがあるんだ」という、彼のことばで、急遽、伊藤に何か質問してみようということから、子ども達が短時間に書いたものだったそうです。
質問に答えながら、自分の子どものころを思い出し、今の、正直なところを話しました。たとえば、「どもったら恥ずかしいですか」の質問に、
「この年になっても、お寿司やさんですごくどもると思ったら、「トロ」や「たまご」を注文したくてもしないことがあるから、やっぱり、僕も、恥ずかしいのかな・・・。でも、大切なことは、どんなにどもっても言うけれど、そのときは、はずかしくないよ」
「今の生活で、どもることで困ることはありますか」の質問に対しては、
「ウーン、相手は困っているかもしれないけれど、僕が困ることは全然ない。通信販売で注文するとき、必ず、「伊藤伸二」という名前と、住所を言うときどもる。「いいいい・・・伊藤」となるし、住所の「イチ」で必ずどもる。どもらない人なら数秒で終わるのを、僕は、ウーン、何秒かかるかな?、でも1分はかかっていないと思う。向こうも商売だから、僕がどもって時間がかかっても、待っていてくれる。どもっても、通信販売で注文できるから、全然困らないよ」
「プロポーズの時、どもったら、嫌われないか」の質問に
「とても好きだから、つきあって下さい、とか、結婚して下さいと言うときは、すらすらしゃべるより、絶対どもった方がいいよ。僕がどもったかどうか覚えていないけれど、どもって言うと、本当に私のこと好きなんだなあとか、この人、本当につきあいたいと思っているのだとか、とても誠実な人だと受け止められる。セールスマンだって、すらすらしゃべる人よりも、とつとつと話したり、どもって、一所懸命話す人の方が成績がいいんだよ」
自分の体験やエピソードを入れながら、私は、子ども扱いしないで、一所懸命、正直に、本音を話しました。真剣な眼差しを私に送り続けていた5年生のあの男の子に、私の思いが、少しでも伝わればいいのですが。少しでも伝われば、私が小学生、中学生と、どもりに悩んできたことが、無駄ではなかったということになります。
あの子の、真剣な眼差しは、今後も私の中に生き続けるだろうと思います。
東京都日野市のことばの教室で「私のどもりはなおりますか?」と言って、ぽろぽろと涙を流した、小さな女の子の、小さい手を握った感触が、いまでも私の中に生き続けているように。
その女の子の手の感触が私に一冊の本を作らせました。それは
『どもる君へ いま伝えたいこと』(解放出版社)1260円
2009年10月29日 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二゜