「吃音を治したい」という当事者の切実な思いと、「治してあげたい」という専門家の善意がぴったり合わさって、「当事者のニーズにこたえ、治してあげるのが専門家の役割」になり、「吃音は治すべきもの」としての取り組みが続けられ、「吃音を治す歴史」は、100年以上も続いてきました。治っていないという現実に直面しても、少しでも軽くという思いは消えないようです。治らないもの、治りにくいものを治そうとすることのマイナスの面は顧みられることはありませんでした。僕は、ブレずに一貫して、そのことを体験を通して伝え続けています。
今日は、北海道・浦河の「べてるの家」の向谷地生良さんを講師として迎えた吃音ショートコースの特集号の紹介です。「当事者研究」をテーマとした吃音ショートコースが生まれたきっかけについても触れている巻頭言から紹介します。(「スタタリング・ナウ」2011.11.20 NO.207)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/05/31
今日は、北海道・浦河の「べてるの家」の向谷地生良さんを講師として迎えた吃音ショートコースの特集号の紹介です。「当事者研究」をテーマとした吃音ショートコースが生まれたきっかけについても触れている巻頭言から紹介します。(「スタタリング・ナウ」2011.11.20 NO.207)
「治す」に対抗する
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
小学2年生の秋から、21歳の夏の終わりまで、吃音に深く悩み、無気力に無為に日々を重ねた。その時代、社会の吃音の情報すべてが「吃音は治る」だった。だから、いつか治ると信じて、人生のすべての課題を後回しにした。吃音が治ってから、私の本当の人生が始まると本気で考えていた。
1965年夏、「民間吃音矯正所」、東京正生学院で1か月、必死で吃音治療に取り組んだが、私の吃音は治らなかった。治らないと知った時、絶望よりも、不思議な安堵感があった。どこかで、吃音が治ると信じて、吃音を隠し、話すことから逃げる生活の危うさを感じていたのだろう。比喩としてはふさわしくないが、犯罪者が逃亡生活に疲れ、逮捕されたとき、「もう、逃げる生活をしないですむ」と感じるらしい安堵感だろうか。
私は吃音を隠して話すことから逃げる生活をやめた。東京での大学生活の学費と生活費を稼ぐために働かなくてはならない。不安や恐れがあっても、どんなにどもっても話すしかなかった。そうして、これまで逃げていたことから逃げずに生活を続けると、「どもっていたら何もできない」は、すべて思い込みで、どもってできないことなど、何一つないことに気づいていった。
「吃音を治したい」との当事者の切実な思い。「治してあげたい」との専門家の善意。「治してあげるのが専門家の役割だ」とする立場から、「吃音は治すべきもの」としての取り組みが続けられてきた。「吃音を治す歴史」は、100年以上も続いた。
「吃音は治さなければならない」とどもる当事者が長年とらわれ続けたのは、社会が流暢に話せることに価値を置き、どもる人のことばを、聞き苦しく劣ったものと位置づけてきたからだと言えるだろう。子どものころから、指摘され、笑われ、吃音をマイナスのものと思わされてきた。
日本の民間吃音矯正所は、いわゆる霊感商法のように、吃音に悩む人を取り込むために、吃音から起こる悲劇をかき立てた。
アメリカ言語病理学では、統合的アプローチの、バリー・ギターの著書に「吃音はブレーキのきかないポンコツ車を運転するようなものだ」と、故障している車のイラストが掲載された。車を修理するように吃音を治療・改善すべきだと言うのだろうか。また、社会に吃音への理解がない、セーフティネットがない中で「どもってもいい」と言っていいのかと、吃音治療をすすめる臨床家がいる。「ひどくどもっていれば、決して有意義な人生を送れない」と言う吃音研究者がいる。吃音を治さなければならないとの発想は現在も根強い。
病気や障害で治らないものは少なくないが、社会からの、「治すべきだ」の圧力は、治らないものを抱えて生きる人々を追い込んでいく。
その中で、「治せない、治さない」精神科医と「自分が相談する」ソーシャルワーカーが活躍する、精神障害者のコミュニティー、北海道・浦河の「べてるの家」の存在は、「治す」に対抗する、象徴的な存在だと私は考えてきた。そして、いつか向谷地生良さんに吃音ショートコースに来ていただきたいと思っていた。
べてるの家と私たちを結びつけて下さったのが、元TBSプロデューサーで、今は日本で唯一手話で授業をするろう学校「明晴学園」の校長、斉藤道雄さんだ。私たちの発想や活動が、べてるの家と似ていると、ドキュメンタリー番組『報道の魂』で私たちを紹介して下さった。(2005年)
昨年6月、浦河で開かれた「べてる祭り」に参加した私に、「伊藤さんのような価値観の人が集まるから、浦河の自宅で一緒に食事をしませんか」と斉藤さんが誘って下さった。その場に、思いがけず向谷地さんとご家族が来られていた。これもひとつの運命的出会いだと感じて、吃音ショートコースの講師依頼をして、今回の吃音ショートコースの「当事者研究」が実現した。
40年以上も「治す派」に対抗している私たちの活動に向谷地さんはとても共感して下さり、今後、一緒に「治す派」と楽しく闘っていこうと、提案して下さった。また、新しい戦友ができた。(「スタタリング・ナウ」2011.11.20 NO.207)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/05/31