「吃音は、人生を考える、素晴らしいテーマとなり得る」、「人はそれぞれ人生のテーマを持っている。私たちにとって、それは吃音だ」、僕は、そんなことをよく言っていました。アドラー心理学と出会って、そう考えていたことが、「創造の病い」ということばとつながりました。僕は吃音に深く悩み、そこから自分の生き方を創造してきました。僕にとって、吃音はまさに「創造の病」だったのです。
吃音が、悩むだけに終わらず、「創造の病い」になるには、どもる事実を認めて、自分の内面に向き合うことが必要なのです。「スタタリング・ナウ」2011.1.22 NO.197 より、まず巻頭言を紹介します。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/04/20
吃音が、悩むだけに終わらず、「創造の病い」になるには、どもる事実を認めて、自分の内面に向き合うことが必要なのです。「スタタリング・ナウ」2011.1.22 NO.197 より、まず巻頭言を紹介します。
「創造の病い」と吃音
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
1965年、21歳の夏、私は必死で吃音を治す努力をしたが、治らなかった。その時、吃音を治すことが私の中心的な課題ではなく、自分の人生をいかに生きるかの方が大切なことだと気づいた。
どもっている今は仮の人生で、どもりが治ってから本当の私の人生だと考えていたのを転換して、どもりながら自分の人生を生きようと決めた。
その後、どもる人のセルフヘルプグループを設立し必死に活動した。また、貧しさゆえ、東京での大学生活の生活費を全て自分で稼がなければならないアルバイト生活の中で、話すことから逃げずに、どもりながら話していった。
私は、少しずつ変わり、自分を生きる、吃音を生きることができるようになった。
私は常に自分が直接に体験し、私のからだを通り、浸みてきたものだけを手がかりに、自分の体験を吟味し、ことばにしてきた。その中から、「吃音は、どう治すかではなく、どう生きるかの問題だ」との確信を得て、「どもる事実を認め、自分の日常生活を、ていねいに、大切に生きよう」と、1970年頃から提案してきた。
しかし、この提案は、「吃音は治療すべき、少なくとも改善すべきだ」とする人たちの反発や批判を浴び続けてきた。吃音と共に生きることは難しく、伊藤の提案は多くの人に役に立たないとの批判には、治療法がない中で、吃音を治そうとすることよりもはるかに易しいことで、決意しさえすればそれは誰にもできることだと反論してきた。
その後、精神医学や社会心理学、臨床心理学など様々なことを学ぶと、私が考えたことは、私だけのことではなく、病気や障害、生きづらさを抱えた人、さらには、自分自身を生きようとする人々にとって、共通することが分かってきた。決して私のひとりよがりではなかったのだ。
この年末年始、アドラー心理学に関心をもっている私は、かねてから読みたかった、深層心理学者アンリ・エレンベルガーの『無意識の発見』(弘文堂)を読んだ。フロイド、ユング、アドラーを客観的立場から、それぞれを比較しての解説は面白かったが、私の心に一番響いたのが、「創造の病い」ということばだった。
エレンベルガーは、深層心理学の歴史をたどり、フロイド、ユング、アドラー等の伝記などを詳細に検討していく中で、共通するものとして、「創造の病い」を挙げた。フロイドは中年期、強い神経症に悩み、ユングは統合失調症といえるような精神的な苦悩の中から自らを解放させていく。そのプロセスの中で、精神分析やユング心理学をつくりあげていった。また、アドラーは、子どもの頃のくる病という自分の器官劣等性体験を活用し、客観的な臨床体験の中から、劣等感の補償などの考えに到った。フロイド、ユングの深い悩みや体験が、「創造の病い」として、新しい心理学を創造する原動力になったとエレンベルガーは言う。
吃音に悩み、吃音に向き合うことは、吃音が「創造の病い」といえるものになる可能性がある。事実、どもる人で芸術家、小説家、俳優など、クリエイティブな仕事をしている人は多く、吃音がきっかけになったという人は少なくない。
私は吃音に深く悩み、そこから自分の生き方を創造してきた。私にとって、吃音はまさに「創造の病い」だったと深く納得したのだった。
私が言ってきた、「吃音は、人生を考える、素晴らしいテーマとなり得る」は、「創造の病い」ということだったのだ。吃音が、悩むだけに終わらず、「創造の病い」になるには、そのように生きた人々の存在を知り、どもる事実を認めて、自分の内面に向き合うことが必要なのではないか。
私たちは、自分自身のため、後に続く人への貢献の意味もあって「当事者研究」に取り組んできた。ユングは、自分の「創造の病い」をユング派の臨床家に経験させるものとして教育分析を提案したが、それに似たようなものが、私たちの「当事者研究」ではないだろうか。
堤野瑛一さんが語った吃音人生は、吃音が、「創造の病い」である一例を示してくれている。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/04/20