1月の3連休は、毎年恒例となっている、仲間のことばの教室の担当者たちとの合宿と、今年で12回目となった東京ワークショップでした。合宿では、今年1年間のテーマや具体的な活動を、自由に話し合います。この知的な刺激のある空間が、僕は大好きです。今年も、さあ、始まるぞ!という気分になりました。
連休の最終日は、東京でのワークショップです。今年で12回となりました。
鹿児島から、どもる子どもの保護者が参加したり、静岡、埼玉、長野など遠い所からも参加がありました。直前のキャンセルが2人ありましたが、それでも参加者は、19人。始まる前から、時間が足りないかもと心配でした。ひとりひとりの人生に耳を傾け、笑いあり涙ありの1日でした。また、詳しく報告したいと思います。
翌日、僕たちは、もう一泊して、大好きな立川志の輔さんの落語会に行きました。渋谷パルコのホールは満員です。これを1ヶ月続けているそうです。ひとりで、語りだけで、そこに場を作り上げる名人芸、今年もたっぷり志の輔ワールドを楽しみました。
今日は、第11回 ことば文学賞の作品を紹介します。就職面接の話になったとき、僕は、よくこの作品と書いた作者の話をします。実在の人物の生の体験は、今、就職面接で悩む人に必ず届くと信じて、紹介しています。(「スタタリング・ナウ」2009.1.20 NO.173)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/01/16
連休の最終日は、東京でのワークショップです。今年で12回となりました。
鹿児島から、どもる子どもの保護者が参加したり、静岡、埼玉、長野など遠い所からも参加がありました。直前のキャンセルが2人ありましたが、それでも参加者は、19人。始まる前から、時間が足りないかもと心配でした。ひとりひとりの人生に耳を傾け、笑いあり涙ありの1日でした。また、詳しく報告したいと思います。
翌日、僕たちは、もう一泊して、大好きな立川志の輔さんの落語会に行きました。渋谷パルコのホールは満員です。これを1ヶ月続けているそうです。ひとりで、語りだけで、そこに場を作り上げる名人芸、今年もたっぷり志の輔ワールドを楽しみました。
今日は、第11回 ことば文学賞の作品を紹介します。就職面接の話になったとき、僕は、よくこの作品と書いた作者の話をします。実在の人物の生の体験は、今、就職面接で悩む人に必ず届くと信じて、紹介しています。(「スタタリング・ナウ」2009.1.20 NO.173)
どもってもいいよ
長谷川和世(小学校教員27歳)
「それでは、名前と自己ピーアールを1分間でどうぞ」
「えーっと、あの…」
「どうしましたか」
3年前に受けた、大阪府の教員採用試験の2次面接でのことである。自分の名前が言えない。長谷川の「は」がどうしても出ない。手を振っても、体でリズムをつけても、息を深く吸っても、何をしても駄目だった。
「もう落ちた!!!」と心の中で叫んだ。そして、3人の面接官が不思議そうに私を見つめた。「名前が言えないなんて、面接官にどう思われているのだろう…」「早く名前を言わなければ…。でも、声が出ない。もう、この場から逃げ出したい!」焦り、悔しさ、恥ずかしさでいっぱいになり、額から汗が流れ出てきた。と同時に「家であれほど自己紹介や自己ピーアールの練習をして、今日の面接に臨んだ。筆記試験も出来たし、せっかく2次面接まで進めたのだから後悔はしたくない」と思った。そして、勇気を出して「私はどもります。だから名前が言えませんでした」と正直に笑顔で面接官に伝えた。すると、面接官の1人が「そうですか。では、どもってでも結構ですので、ゆっくりお話下さい」と笑顔でおっしゃった。その言葉を聞いて、肩の力がぬけた。「どもってもいい」と聞いてほっとした。私は面接官の言葉を聞くまで、緊張のあまり「面接だから、流暢に話さなければならない」「かっこいい自分を見せなければならない」と思い込んでいた。しかし、どもりを公表したことと、面接官の言葉のおかげで「どもってもいいから、最後まで笑顔で自分の思いを伝えよう」と決心した。
面接では「今までどもりで悩んできた自分だからこそ、悩みを抱えている子どもに寄り添える」など、どもりの自分だからこそ教師としてできることを、手振り身振りを使ってアピールした。熱意が伝わったのか、面接官も相槌を打ったり、うなづいたりしながら、私の方をしっかり見ながら聞いて下さり、私も十分自分を出すことができた。そして、堂々とどもることができた。面接の最後に、
「長谷川さんのような先生なら、きっと子どもたちは喜びますよ」
面接官のこの言葉を聞いて、私は「ああ、もう合格でも不合格でもどっちでもいい。自分の力を全て出し切った。ありのままの自分を見てもらえたのだから…」と清々しい気持ちになった。
そして今、5年生の担任として教壇に立っている。相変わらず、毎日どもりながら授業をしている。私は「か行」が大の苦手。国語の教科書に「かたつむりくん」「かえるくん」「がまくん」が出てくるお話には、大変なエネルギーを使う。毎時間汗びっしょりだ。教師の仕事は話すことが多いので、どうしても言えないときは、黒板に書いたり、言い換えをしたりして、その場をしのいでいる。また、指でその物を指しながら、「それ」「これ」「あれ」と言うことも日常茶飯事だ。私がつっかえていると、子どもたちが自然と言ってくれることもある。「子どもたちに助けられていることが多いな」と日々感じる。
どもってどもって、その場から逃げだしたくなったり、穴があったら入りたくなるようなことがあっても、教師を続けられるのは大阪吃音教室と出会ったからだ。
以前の私は「どもりながら話すのは恥ずかしいこと」「どもっていたら就職ができない。なんとかして治さなければ…」「どもりさえなければ、幸せだったのになあ」と思い込んでいた。どもりそうになったら話すのをやめる、電話は自分からかけない、音読を避けるなど「逃げの人生」を送っていた。本当にどもりが憎くて仕方がなかった。そんな私が教師になるなんて、自分でもびっくりしている。
大阪吃音教室にはいろいろな人がいる。すごくどもるのに話すことが多い仕事に就いている人、どもるのにおしゃべり好きな人、「今日、自分の名前を言うのに10分もかかったわ」とあっけらかんと言う人、どもってでも自分の意見はきちんと言う人・・そんな姿を見て「どもってもいいんだ」「どもりながらも、楽しい人生が送れるんだ」と安心した。
どんなにどもっても、私はやっぱり教師の仕事が好きだ。3年前の面接で、笑顔でどもりを公表し、ありのままの自分を見せたから今の自分がある。これからも、落ち込んだり悩んだりしながらも、子どもたちにありのままの自分を見せ、子どもたちと正面からぶつかっていこうと思う。そして、笑顔で自分らしくどもり続けていきたい。
選者コメント
話すことが多い教師という職業を選んだ作者は、教員採用試験の面接でまず苦労する。自分の名前が出てこないせっぱ詰まった状態の中で、「私はどもります。だから名前が言えませんでした」と正直に言う。
ここから面接が展開していくのだが、この臨場感溢れる面接場面は、吃音に悩んだ経験がある人なら大いに共感することだろう。後の展開で、読者をほっとさせる。このときの作者の心模様が、丁寧に素直に書かれている。面接官のやさしい応対に救われて、作者は自分を取り戻していく。大阪吃音教室で出会った仲間の顔を思い浮かべながら、笑顔でどもりながら自分を出すことができた作者に、拍手を送りたい。
どもりながら子どもたちと向き合っている。苦労しながら、自分の夢を実現させた作者の生き方、面接場面の経験は、後に続く人たちにとって、参考となり、励みとなり、勇気を与えることだろう。(「スタタリング・ナウ」2009.1.20 NO.173)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/01/16