千葉から帰ってきたら、早12月。あわただしい年の瀬が近づいてきました。
 以前の「スタタリング・ナウ」の紹介に戻ります。今日は、2008年4月21日 NO.164 の巻頭言です。
 このときの特集は、『治すことにこだわらない、吃音とのつきあい方』(ナカニシヤ出版)の共著者である水町俊郎さんの、愛媛大学教育学部障害児教育研究室紀要に掲載の論文を紹介しています。政治ネタから入っているのがおもしろいですが、もう、遠い遠い大昔のように思えます。

  
統合的アプローチ
                日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二


 福田康夫自民党と、小沢一郎民主党の大連立構想には、多くの人が驚き、違和感をもったことだろう。直近の参議院議員選挙での民意はそのようなものではなかったはずだからだ。
 本来あり得ない連立を模索するのは、お互いに確たる思想がないからだ。政治を、自分の利権や自己満足のためのただの道具として考え、家業として受け継がれた職業として政治屋をしているにすぎない人がとても多くなったからだろう。
 「どもらずに話す派」と「楽にどもる派」の激しい論争から統合に向かう動きは、大連立の動きに似ていると私には思えた。
 私が、「楽にどもる派」のライパーとシーアンと出会ったのは、1975年、アメリカの言語財団から出された、自分自身がどもる言語病理学者の、どもる人へのメッセージを集めた冊子を、NHK出版から内須川洸・筑波大学教授らと『人間とコミュニケーション−吃音者のために』(日本放送出版協会)として翻訳出版した時だ。
 そのメッセージの中で、一番共感できたのはシーアンの吃音氷山説だった。その著者たちに私がその3年前に提起した「治す努力の否定」の考えを送った。多くの返事があった中で、ライパーとシーアンは、他の人とは際だって、私の考えに共感し、賛成をしてくれた。
 この二人は、吃音が治らない事実を認め、吃音を素直に受け入れて、「吃音と共に生きる」ことを強調することでは共通していた。
 その後、「楽にどもる派」と「どもらずに話す派」が論争をしていると知った。吃音は本来あってはいけないものとして、どもらずに話すことを目標にする「どもらずに話す派」とライパーやシーアンが対立するのは当然のこととして受け止めた。
 特に私は、ヴァン・ライパーやジョゼフ・G・シーアンが大好きだから、少し私との違いがあっても、論争に挑む「楽にどもる派」に共感していた。
 ところが、その後、ふたつの派は統合に向かっていると聞いて、強い違和感を感じた。何が、どう統合されるのか、浅い私の想像力では理解できなかったからだ。「どもらずに話す派」と「楽にどもる派」は、私の理解では、本質的にまったく違う、水と油で交わることはないと考えていたからだ。
 その「統合的アプローチ」の現在の全貌が、バリー・ギターの『吃音の基礎と臨床』(学苑社)によって明らかになった。ギターの統合的アプローチを読み、私が統合に向かうと聞いてもった違和感が明確になった。統合は、「楽にどもる派」の主張が、「どもらずに話す派」に吸収合併されたのに過ぎないことが分かった。あれだけ激しく互いを批判し合った論争に敗北したのが「楽にどもる派」だったのだ。
 今回改めて、「どもらずに話す派」と「楽にどもる派」の論争を読み、「楽にどもる派」の先頭に立っていた、ジョゼフ・G・シーアンが亡くなり、夫人のビビアン・シーアンが京都で開催された第一回吃音問題研究国際大会に参加し、「どんなに恐れや不安があっても、どんなにどもっても話し続けなさい」と強調していたのが鮮やかに思い出された。夫亡き後、「楽にどもる派」の行く末に強い危機感をもっているような気迫だった。
 ライパーやシーアンは、すごい数の臨床と自分自身との誠実な対話を続け、ひとつの思想に到達した。「楽にどもる」派のアプローチの基本的な考え方は、普遍的な思想といえるだろう。思想なるがゆえに、たんなる職業人には、受け継ぐことは難しい。大会社の創業社長の創立精神は、二代目にはほとんど受け継がれないように。
 統合的なアプローチが、「楽にどもる」派の創立者とも言えるライパーの弟子たちであるところが、おもしろい。技術は多少受け継ぐことができても、思想は難しいということだろう。もっと気概をもってがんばってほしかった。残念で悔しい。
 このような、海外情報の最新のものを私たちに紹介して下さったのが、『治すことにこだわらない、吃音とのつき合い方』(ナカニシヤ出版)の共著者である、故水町俊郎・愛媛大学教授だ。
 私たちが、井の中の蛙にならずにすんだのは、常に、アメリカの最新情報を知ることができたおかげだ。水町先生の論文を今後も紹介させて欲しいとご夫人にお願いした。ご了解いただき、今後も紹介したい。心から感謝します。
 読者が読みやすいように少し編集した。
 文責は伊藤伸二にあります。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/12/05