日本吃音臨床研究会は、毎月、ニュースレター「スタタリング・ナウ」を発行しています。B5版8頁の小さなニュースレターですが、毎号、精一杯、編集し、購読してくださる人たちに届けています。1994年6月の第1号から数えて、2024年10月号は、NO.362。僕は、ずっと巻頭言を書いています。「は」が「が」であっても、一文字抜けても、読者は気づくことはないだろうなと思いつつ、いつも印刷ぎりぎりまで粘って編集しています。その「スタタリング・ナウ」を、こうしてブログで紹介しているのです。
今月号の「スタタリング・ナウ」の特集は、今年の第33回吃音親子サマーキャンプの報告でした。今日は、17年前の2007年、第18回のサマーキャンプを特集した「スタタリング・ナウ」を紹介します。まず、巻頭言からです。(「スタタリング・ナウ」2007.10.21 NO.158)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/11/05
今月号の「スタタリング・ナウ」の特集は、今年の第33回吃音親子サマーキャンプの報告でした。今日は、17年前の2007年、第18回のサマーキャンプを特集した「スタタリング・ナウ」を紹介します。まず、巻頭言からです。(「スタタリング・ナウ」2007.10.21 NO.158)
体験することの意味
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
私は、言語聴覚士養成の専門学校の数校と、大阪教育大学では、特別支援教育に携わる現職教員の内地留学生に、吃音の講義をしている。吃音に関心がなかった人々が、私の講義を聴いて、吃音に強い関心を持ち、吃音のよい理解者となって下さるのが、「どもりの語り部」としてはうれしい。
講義の中で必ず取り組んでいるのが、臨床事例研究のようなスタイルで、どもる子どもと成人の具体的な事例を通して考え、話し合うことだ。その演習をすることで吃音の指導を具体的にイメージできたと、受講者がふりかえりに書いてくる。
学童期・思春期の子どもたちへの具体的なアプローチについては、吃音親子サマーキャンプを一つの例として考える。吃音を治したいと願うどもる子どもや保護者の支援のために、言語聴覚士やことばの教室の教師が取り組む2泊3日のキャンプのプログラムを、グループで話し合い考えてもらうのだ。その発表にコメントをし、また話し合い、次に私たちが実際にしているキャンプの記録のビデオをみてもらう。さらに、そのキャンプを取材して放送されたTBSの「ニュースバード、― 特集 吃音 ―」をみてもらって解説する。
全ての受講者が、自分たちが考えたキャンプとのあまりの違いに驚く。学生や教師たちは、子どもたちが楽しく活動するために、いろいろ工夫して、プログラムを考えるが、吃音に対する取り組みとしては、キャンプファイアーのスタンツの練習くらいで、吃音についての長い時間の話し合いや作文教室、子どもにとっては難しいと思えるような劇の上演などは思いもよらない。
だから、年齢別に分かれて90分の話し合いが2回と90分の作文教室という吃音と向き合う時間の長さに驚く。実際の子どもたち話し合いの映像や作文、話し合いの記録を読んで、さらに驚く。
ことばの教室の担当をしている人は、高学年ならともかく、低学年の子どもたちには、長い時間、吃音について真剣に話し合うとは信じられないと言う。また、そんな厳しいキャンプでありながら、子どもたちが楽しそうに、いきいきと活動していることにも驚く。学生や教師たちがプログラムとして考えたのは楽しい活動だったが、与えられる楽しさは、今後の力にならない。楽しかったという思い出だけになってしまう。
私たちのキャンプは、受け身でいて、楽しい、おもしろい活動は何一つない。吃音に向き合うことは時に苦しい。作文教室では、一人で90分も吃音と向き合うとつらいことを思い出し、泣き出す子どももいる。また、劇の練習が始まって、ついさっきまでは楽しそうに友達と話して遊んでいた子が、音読が苦手で、シナリオが読めない。また、これまで言い換えていた言葉が言い換えることができずに立ち往生して泣き出すこともある。
とても厳しいキャンプだが、同じようにどもる仲間がいて、支えてくれる大人がいるから、がんばってみる。できないと思っていたことができる自分に喜びを感じる。そして、キャンプの最終日、話し合いが楽しかった、劇が楽しかった、来年も来るからねと、子どもたちは口々に言う。
こう説明しても、おそらくあまり伝わらないだろう。それをカバーするのが、ビデオ教材だが、それでも、実際に3日間、子どもたちと一緒に動かないと、本当のところは実感できないだろう。だから、キャンプの秘密を知りたいと、毎年ことばの教室の教師や、言語聴覚士の臨床家が参加する。そこで実際に起こっている子どもと保護者の変化、何より自分自身の変化を感じ取る。その人たちがここで起こっていることを周りの人に語り、自分が担当している子どもたちをキャンプに誘う。このようにして、キャンプが18年も続いてきたのだと言える。
「吃音を治す努力の否定」をし、「どもっていても大丈夫」と主張する私を批判し、吃音治療・改善を目指す人も、一度このキャンプに参加すれば、「吃音を治すことにこだわらない、吃音とのつきあい方」には、実際に取り組むべき事がたくさんあることについて理解できるだろう。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/11/05