僕たちは、吃音と向き合い、どもる自分をどう認識するか、自己概念教育がもっとも重要だと考えてきました。
 2004年夏、《どもる子どもの自己概念教育》をテーマに、子どもの自己概念教育、自己意識の研究と実践の先駆者、梶田叡一学長を特別講師として迎え、問題提起をしていただきました。自己概念教育の大切さをずっと提唱し続けてきた梶田叡一さんのお話を紹介します。(「スタタリング・ナウ」2005.8.24 NO.132)

第4回臨床家のための吃音講習会・島根  2004.8.7
  事実と意味づけ
               梶田叡一(現・兵庫教育大学学長)・特別記念講演


教育にかかわることになったきっかけ
 私は、京都大学の文学部の心理学科の研究室で、子どもの問題だけでなく、いろんな障害のある子の発達研究を中心に取り組んできました。ほとんど学校に行かず、まじめな学生ではなかったのですが、就職してから、勉強しました。私は30歳の時、心理学で、自己意識と自己概念の問題で、博士号をもらいました。その後、文部省の機関である国立教育研究所の発達研究の部門で、子どもの発達の国際比較研究にかかわりました。英語も勉強も嫌いで二重苦だから行きたくないと抵抗したのですが、業務命令が出て、スウェーデンで開かれたベンジャミン・ブルームが中心の国際会議に6週間行きました。それが私が教育にかかわった最初です。そのときから、私は教育を一から勉強することになりました。
 30歳以降は、心理学と教育学の両方を専門としています。大きな本屋さんには、心理学のコーナーにも教育のコーナーにも私の本がありますが、今日は、その両方が一緒になったような話をします。私はずいぶん前に『子どもの自己概念と教育』(東京大学出版会)という本を出しました。いまだに売れていますが、それを書いていた頃、こだわっていた問題です。

ダウン症の姪
 私には、30歳を過ぎたダウン症の姪がいます。父親が早く亡くなり、親戚のみんなから、心理学をしている私が頼りにされ、その子も私のことを「パパ、パパ」と言い、父親代わりでこの子にかかわりました。この子が育っていく中で、ずいぶん考えさせられたのは、トレーニングは大事だということです。今、統合教育と言われ、通常学級で障害のある子を受け入れることが主流で、これは、ある意味では、悪くないことですが、下手すると、やることがきちんとやれないまま大きくなってしまう可能性があります。私のダウン症の姪は、小学校は普通学級、中学校は養護学級でした。京都は、非常に統合教育の運動の強い所ですが、高校は母親の最後の決断で養護学校の高等部に行きました。これは正解でした。ここで身辺自立がきちんとできるようになり、卒業後、ひとりでバスに乗って京都の町を歩けるようになりました。今も毎日、作業所に通っています。きょうだいの中でも、その子が一番しっかりして、仕事もきちんとやると親戚中の評判です。
 姪を通して、障害のある子にどうかかわるかをずいぶん考えさせられました。一番いけないのは、「かわいそう」ということです。「かわいそう」というのは、よく言えば、共感でしょうが、その子はその子で生きていかなきゃいけない。だから、その子が、自分の力で生きていけるよう親も教師も、場合によっては、心を鬼にして、しなきゃいけないことがあるのです。障害があると、衣服の着脱を手伝ったり、外に行くときもついていったり、いろんなことに手を出したり口を出したりしてしまいますが、それはできるだけやめた方がいい。これは、子育ての問題だと思います。
 私の娘も、幼稚園の先生を長くしていましたが、育児のために仕事をやめました。私は、だめな父親ですが、娘は非常に子育てに厳しいところがある。今、5年生の女の子と3年生の男の子と3歳の男の子がいます。小学校に行く前から、次の日に着るものを枕元に揃え、洗濯物は自分でたたませています。身辺自立には非常にいいなあと見ておりました。子育て一般について言えることですが、何でも自分のことは自分で考え、自分で決定し、自分でする。つまり、人を当てにしないように育てないといけないと思います。ダウン症の姪にかかわり、うちの孫たちを見ていて、そう思います。これをまず前置きとしてお話しておきたかったのです。

どもる甥の話
 私の40歳ほどになる甥が吃音です。小学校のときは、大変でした。いっぱい話したいことがあるのに、話せないのでいらだつ。母親は京都人特有で口が悪い。甥は次男で、きかん気が強い子で、フラストレーションから、乱暴な行動をとる。しかし、私立の中学の終わりくらいに柔道部に入り、めきめき強くなりました。内弁慶で家の中でフラストレートしていた子が、吃音は変わらないのに、フラストレートしなくなりました。柔道部の連中とつるんで、よその学校の生徒とけんかしては警察から呼び出され、周りは心配していましたが、柔道が縁で、「あんたが中に入った方がいいのでは」と言いたいのですが、攻守ところを変えて、刑務所で刑務官になりました。今は刑務所の柔道部を指導している。
 柔道で実績を上げて、刑務官になり、後輩がたくさんでき、指導する立場になって完全に自信がつきました。吃音も前よりは軽くなったが、どもっています。でも、表情は全く変わりました。吃音の話題も出ないし、表現が下手などと一切考えてないようです。今度8月の半ばに、親戚中が集まりますが、たくさんのいとこたちの中で、リーダーの一人で、親戚の中でも大きな顔をするようになりました。

事実の問題
 障害は、事実の問題です。『五体不満足』を書かれた乙武さんという方がいらっしゃいますね。手や足が不自由なのは事実ですが、事実そのものが何か意味をもつわけではない。手や足が不自由で、車椅子にのっていることは、自分にとって個性だと言ってる。手や足が不自由なのは事実だが、基本的には、「これでまあいいか」という意味づけです。問題は、どれだけその事実が重大な問題なのかという意味づけです。「軽い、軽い」と思ったらいいんです。パーフェクトな人間なんていない。人間誰でもどこかに何かがある。問題は、それをどう意味づけるかということです。
 みんないろいろと弱みがあるものです。私も今日は口がすべって、自分の弱みをいくつか言うかもしれません。人間は同じようにはできていません。私は小さいとき、うちの親がお金持ちだったら苦労せずにいろんなことができるのになと思いました。でも、しょうがない、そういう親からしか生まれなかったわけですから。
 昨日の夜、吃音で苦労してきた人のお話を聞いて非常に感銘を受けました。このままどもっていたら、「将来世の中に出た時に何もできない」との思いがあったが、どもりながら実際にいろんな仕事をきちっとやっている人々を見て、安心なさった。どもるのは事実ですが、「私の将来は閉ざされている」、「ものすごく割を食って生きていかなきゃいけない」、「社会的に恥ずかしい」、「人が相手にしてくれない」、これらはみんな、意味づけです。別のことばで言うと、想像です。想像の中で、この事実がどういう色合いに染まるかです。単なる想像ならいいが、こだわってそのことが頭から離れずに、自分の物の考え方や行動の仕方をからめとってしまうと、身動きがとれなくなるんです。

吃音とこだわり
 いろんな障害がありますが、吃音にしぼって考えてみます。どもるという事実はある。しかし、やっかいなのは、それをどう意味づけていくかです。「私は吃音だ。吃音だ」という気持ちでいっぱいになりがちですが、実は、「私は、若い女性である」とか「私は、こういうことができる」とか、いろんな面があるはずです。それなのに、たったひとつの「どもる」ということだけに、どこまでからめとられてしまうか、ということなんです。
 私は今、教育にかかわり、障害児教育から特別支援教育をどうするかという議論を、中教審の初等中等教育部会でしています。同時に、久里浜の国立特殊教育総合研究所やことばの教室ともかかわっています。しかし私は、専門家じゃないから、あえて言いますが、吃音の場合、いろんなトレーニングがあるが、改善はなかなか難しい。むしろ、下手なやり方をすると、トレーニングして、改善されずに、どもってうまく読めないことが続くと、事実の改善を図っているはずが、こだわりを増大させていることになる。ことばの教室の先生がこれだけ一所懸命に改善しようと取り組んでくれるということは、吃音というのはすごく大きな問題なのか、みたいな感じがしてきます。これは、私の感覚で、皆さんが私に同意する必要はないのですが、私はそう思うんです。
 もちろん、できることがあれば、少しずつでも吃音が改善する方策はした方がいいです。事実が改善されるなら、いいことです。スムーズにしゃべれる方が、しゃべれないよりはいいことかもしれないが、それよりもっと大事なのは、意味づけとこだわりだと思うんです。どうやって生きたって、一生は一生です。世の中で拍手されたいとか、収入が多くなりたいとか、せめて3ナンバーの車に乗りたいとか、あれこれ思い出すと、それらを阻害するようないろんな問題を自分は持っているから、重大なものになります。でも、まあ、今の日本では三度三度なんとか食っていけます。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/06/07