2001年8月1・2日、岐阜大学で行われた臨床家のための吃音講習会についての報告です。
「スタタリング・ナウ」2001.10.20 NO.86 から紹介します。

第1回 臨床家のための吃音講習会〜どもる子どもへの支援のあり方を探る〜

主催 日本吃音臨床研究会/岐阜吃音臨床研究会/岡山吃音臨床研究会/大阪吃音臨床研究会
日時 2001.8.1〜2
会場 岐阜大学(岐阜市柳戸1-1)

 2001年8月1日、岐阜市は、日本最高気温39.7度を記録した。暑い岐阜で、熱い講習会が開かれていた。第1回臨床家のための吃音講習会に、150名近い参加があった。この講習会の意図したもの、準備から当日までのできごと、参加者の生の声から、講習会の概要を報告したい。

第1日目8月1日(水)
 講座 どもる子どもをもつ親への支援
     「初回面接で親に何を伝えるか」村瀬忍(岐阜大学助教授)
 講座 どもる子どもにかかわる教師への支援
     「学級担任、教師へのコンサルテーションを中心に」水町俊郎(愛媛大学教授)
 実践発表
    1 上野雅子(岐阜吃音臨床研究会会員・保護者)
    2 結城敬(成人吃音者・外科医)
    3 青山新吾(備前市伊部小学校教諭)
第2日目8月2日(木)
 講座掘 ,匹發觧劼匹發里海箸个悗了抉
     「レッスンをとおして」特別ゲスト 竹内敏晴(元宮城教育大学教授・演出家)
 講座検(1)学童期の子どもへの支援 伊藤伸二
    (2)ティーチイン どもる子どもへの支援水町俊郎・村瀬忍・竹内敏晴・伊藤伸二


  吃音講習会を振り返って
                 岐阜大学教育学部 助教授 村瀬忍

 地球温暖化現象をうけて日中の気温が40度にも届きそうな真夏。決して交通の便がいいとはいえない岐阜大学で行われる吃音講習会に果たして人が集まるだろうか。準備スタッフの不安をよそに、第1回吃音講習会には150人近くもの参加者がありました。第1回目という重い使命をうけて開催された講習会を振り返り、この講習会は何を提供したのか、また、今後にどのような課題を残したのかについて振り返ってみたいと思います。
 今回の講習会では、参加者の方々の要望を把握する目的で、参加申込書に「メッセージ」という欄を設け、吃音やどもる子どもとのかかわり、吃音臨床について考えていることや感じていることなどを記入していただきました。うれしいことにこの欄には多くのことばを寄せていただくことができましたが、中でも多かったのは、どもる子どもに対して何をどう指導していったらよいのかわからないというものでした。
 吃音指導といっても子どもとただ遊んでいるだけのようだ、楽に話せるようになるための指導方法がわからない、何かしてあげたいのに何もできなくて悩んでいる等々、どもる子どもを目の前にして支援に悩む先生方の苦悩が伝わってきました。
 吃音研究の歴史はわからないの積み重ねです。例えば、すべてとまで言わなくても、せめて半数くらいのどもる子どもに有効な治療法があるのかと問われれば、現在のところまだ見つかっていないと答えるしかありません。そして、こうした「わからない」は、現実の問題として、臨床家の先生方の苦悩に反映されていることを実感しました。
 今回の講習会の大きな目的は、「どもる子どもの指導をどもりを治すということから少し離れた視点で考えてみよう」と提言することだったと考えています。これは、吃音を治す努力が真にどもる子どもを救うことにつながるのかどうか、参加者に問いかけたものでもありました。
 参加申込者に書かれたメッセージの内容から推察すると、「講習会は子どもを流暢にするための何か具体的な指導方法を提示してくれるのだろう」と期待して参加された方も少なくはなかったように思われます。話しづらくて苦しいと訴えてくる子どもに何かをと考える臨床家の思いは素直なものですし、子どもの思いを受け止めようとする臨床家ほど、どうすることもできないもどかしさは大きいものと考えます。しかし、講習会は子どものことばの非流暢に対して直接できることをテーマに取り上げませんでした。にもかかわらず、講習会直後に参加者の方々からいただいた感想には「参加してよかった」との声が多く聞かれました。主催者としては講習会はまずまず成功だったと胸をなでおろす一方で、参加者の先生方のもどかしい気持ちに対して講習会はどう答えたのかを反省しておきたいとも思いました。
 詳しい内容は後の頁に譲ることにして、講座では研究者、臨床家、吃音を経験する本人や親がそれぞれの立場から意見を述べました。これらには、おおまかにいって次の3点の主張があったと私は考えます。
 まず第一に、吃音のことばの問題はなおりにくいという事実があること、第二には、吃音とは、ことばの問題とその問題に対する本人の心理的反応とが複雑に絡み合った、複合的な問題であること、第三には、どもったままでいいことを指導者自身が納得し、吃音のある生活をどもる子どもと、そして親やどもる子どもをとりまく人々とともに考えていくことが必要であることです。
 私たちはこうしたことを研究や経験での裏付けをもって説明しながら、参加者に吃音指導における発想の転換を呼びかけたのです。
 参加者の感想についての詳細もここでは省略しますが、新しい方向性を得てよかったという参加者が多かったことは、大雑把に言って「どもったままでいい」という提言への共感があったのだと考えます。
 これは講習会の目的であり、その意味では講習会は成功だったわけですが、一方でこれが、吃音の指導はことばの流暢性の改善に効果がないものだというお墨付きになっただけであってはならないと考えています。すなわち、子どもとただ遊んでいるだけで指導時間を過ごすことを容認したわけではないのです。専門的な立場から吃音が治らないことを親と子に告げ、吃音のある生活を考えていく指導は、ともすると言語指導の場だけでことばの非流暢を直接に扱う指導より、はるかにダイナミックで複雑なものではないかと私は考えています。方向性は得たものの、実際の指導でとまどっておられる先生もおられても決しておかしくはないでしょう。
 また、印象的な参加者の意見に、「どもったままでいいとはわかっていても、それを自分がどこまで確信をもって信じられるか心配である」というものがありました。このことばが示しているように、今後講習会の提言の重要性を実証していくという課題が、私たちにも参加者にも残されたのではないかと考えています。そして、この課題を消化していくプロセスで生れるもどかしさや疑問に、今後の講習会は答えていく責務があるのではないかと、暑い夏を振り返りました。
 最後に、今回の講習会の開催は地元新聞にとりあげられました。さらに、朝日新聞に吃音についての特集記事が掲載されることになりました。吃音の問題への対処は、まず正しい知識をもつことが基本です。どもる人・どもる子どもの抱える問題に対して、社会的な理解を得ていくためのきっかけに、この講習会はなったのではないかと考えています。(つづく) 
                
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/05/30