3月も残りわずか。また、新しい年度が始まります。今年は桜の開花が早く、僕の家のマンションの敷地にある桜も満開を過ぎ、少し散り始めています。新学期が始まる前はいつも、不安な気持ちになりました。自己紹介や新しい友だちのことなど、不安で胸がキュンとするこの時期、今となっては懐かしい思い出になりました。
今日は、揺れる思春期とのタイトルで書いた巻頭言を紹介します。「スタタリング・ナウ」2000.10.10. NO.74のものです。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/03/30
今日は、揺れる思春期とのタイトルで書いた巻頭言を紹介します。「スタタリング・ナウ」2000.10.10. NO.74のものです。
揺れる思春期
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
「どもっている僕は僕じゃない。どもらずに、流暢に話しているのが僕で、そのようになるまでの僕は、仮に生きているにすぎない」
吃音に悩み始めた小学2年生の秋から、ずっとそう思っていた。仮の人生なのだから、仮の僕が何かに勤しみ、努力することはない。勉強も、クラブもクラスの何かの役割もほとんどサボった。
エリクソンのいう、学童期の社会・心理的課題である勤勉性を全く達成できずに、劣等感だけを募らせて、私は学童期を生きた。当然、次の発達の段階、思春期で私の悩みはさらに深まる。
「自分は一体何者なのか」「これからどう生きていくのか」。それでなくても、波乱に満ちた思春期に、劣等感の強烈な対象である吃音とどう向き合えばいいのか。考えたくもないことだった。
学童期に、友だちや先生に恵まれ、劣等感に勝る勤勉性ももって小学時代を送ったが、思春期深刻に吃音に悩んだという人は少なくない。それらの人の話を聞くと、勉強やスポーツなどで自信があったが、吃音については一切、向き合うことはなかったためか、思春期に自信が一気に崩れたのだという。
キャンプの問い合わせが相次いだ頃、大阪府下のある中学校から教員研修の講師の依頼があった。大阪では山里の、大きくないその中学校に5人のどもる生徒がいて、その対応に困っている。どもる生徒に学校としてどう対処すればよいか、研修をしたいとの話だ。音読ができないので学校へは行かないと言い始めた女子中学生の親からの訴えが、研修会のきっかけとなった。全ての教科の音読を免除するという保証をとりつけ、その女子中学生は再び登校するようになる。果たしてその対応でいいのか、吃音に悩んでいる他の4人の生徒とも、どう向き合えばよいか、教師は悩んでいるという。そこで、それぞれ担任をしている、ひとりひとりの教師の具体的な悩みや質問に答える形で、話し合いを進めた。
ひとつの中学校に、吃音で困っている生徒が5人もいるということにまず驚いたが、誠実に対処したいと願っている学校の姿勢がありがたかった。その研修のきっかけとなった女子中学生の母親と、研修会の後、近くの喫茶店で話した。
―子どもの頃からどもっているのは気にはしていたが、友だちにも恵まれ、元気に学校に行っていたのでそれほど心配していなかった。吃音を意識させてはいけないと指導されてきたので、吃音について一切触れずに来た。中学生になって、悩みを強く訴えられ親としてはびっくりした。治して欲しいというので、困って病院に相談に行った。その病院から吃音親子サマーキャンプをすすめられた。父親も賛成し、子どもに「あなたの困っていることで同じように悩んでいる中学生がたくさん参加するようだから一緒に行こう」とすすめたが、嫌がった。それでも子どものために今がチャンスだと父親と二人で強くすすめたら、今度は泣き出して、絶対に行きたくないという。吃音の状態は軽く、普段はほとんど目立たないので、周りはどもることを知らない。だからよけいに、朗読のときだけどもる姿をみせるのが辛いのだろう―
他人に分からないよう、こっそりと治してくれる所を探し求めた自分自身のの思春期を振り返ると、この女子中学生の気持ちは痛いように分かる。だけど、キャンプには参加して欲しかった。
今回、それぞれに悩みを持ちながら、キャンプに参加した高校生が3人。ある女子高校生は、親と一緒に参加したが、親が急用で帰った後自分も直ぐに帰ろうと思っていたらしい。第1回の話し合いで小学校5年生から不登校になっている体験を話したが、次の作文を書くセッションで、ひとり静かに吃音について向き合い、書き進んで行くうちに辛くなり、第2回の話し合いに参加できなくなった。彼女は、会場の周りの山道を散歩して戻ってきた。少し気分が落ち着いた彼女は、小さい子どもが、どもりながら一所懸命劇の稽古に取り組んでいる姿に触れ、私も頑張ろうという気持ちになり、劇の稽古に熱中し、最後の上演でも頑張っていた。第3回目の話し合いでは、第1回ではみられなかった、爽やかな顔で、「とても最後までいるとは思わなかったが、最後までいてよかった」と振り返った。
中学1年生の参加は多かったが、中学3年生から高校生は4人。思春期の子どもたちとの3回の話し合いで、思春期の揺れる様々な思いに触れた。しんみりと、ときには大声で笑い、人生論が飛び交う、まじめな話し合いに、「どもりについて話し合うことが、こんなに楽しいとは思わなかった」と初めて参加した男子高校生が言った。十年前からの友だちのようになれて、別れるのが辛いと涙ぐんだ高校生がいた。
参加出来なかった中学生や高校生の思いを大切に感じつつ、今年のキャンプは終わった。
(「スタタリング・ナウ」2000.10.10. NO.74)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/03/30