吃音親子サマーキャンプを始めたのは、1990年、第1回の参加者は、50名でした。それが、2000年、第11回の参加者は146名と、約3倍になりました。どんなキャンプになるのだろうか、不安と期待が入り交じった気持ちで当日を迎えたこと、覚えています。
 もうひとつ、忘れられないのは、このキャンプには、竹内敏晴さんがゲストとして参加してくださったことです。集会室で、大勢の参加者を前に、からだとことばのレッスンをしました。みんなで取り組んだ『森のくまさん』のダイナミックな動きは忘れられません。「スタタリング・ナウ」2000.9.15 NO.73で紹介している、第11回吃音親子サマーキャンプの報告です。

第11回吃音親子サマーキャンプ
                            報告:溝口稚佳子

146名のキャンプ
 申し込み第1号は4月。「要項を送って下さい」という電話も相次ぎ、いつもの様子とはちょっと違う。6月末にはすでに60名を越え、スタッフが加わったら宿泊定員一杯だ。もうこれ以上は無理だ、そう言いながら切実なお手紙やお電話を受けると、「もう定員一杯なので、1年待って下さい」とは言えない。100名を越えたとき、荒神山自然の家に切々と手紙を書いた。本来宿泊できない学習室に布団を持ち込むことで大幅に増えた参加者を受け入れてもらえないか頼み込んだのだ。それでも、その後のスタッフとして参加したいとの申し込みについては断らざるを得なかった。
 146という数字が、実際どのように集団となって目の前に現れてくるのか、予想がつかない。気持ちを引き締めて、第1回の初心に返ったつもりで臨んだ。

黄色のフラッグ
 『吃音親子体験文集』の表紙。福岡市の鬼塚淳子さんがあのデザインをキャンプのフラッグにしてくださった。文集にはたくさんの子どもや親の体験がつまっている。文集はこのキャンプから生まれ、キャンプに帰ったといってもいいだろう。
 大阪駅で、大津市の河瀬駅で、黄色のフラッグが、不安な気持ちで集まってくる参加者を温かく迎えた。

表現〜歌、芝居〜
年報用 竹内写真3  サマキャン 出会いの広場で参加者の気分がほぐれたところで、竹内敏晴さんの登場。これだけ大勢の子どもと大人混合の集団は初めての経験だろう。『息を入れて吐いて!』からだを動かし、大騒ぎしながらいくつかの歌を歌う。最後に歌った、『森のくまさん』。父親とスタッフが熊の集団、母親が森の木、子どもたちが女の子、と3つに分かれ、大きなフロアーをいっぱいに使って動き、歌った。楽しく、からだが大きく弾んだ。
 1日目の夜、スタッフによる芝居の見本上演。『森は生きている』を、この吃音親子サマーキャンプ用に竹内敏晴さんが書き下ろした脚本は、歌をたくさん入れ、風や木もしゃべるという竹内さん独特の世界が広がっていく。
 7月15・16日に合宿をして演出・指導を受けたスタッフがまず演じるのだ。それを見ながら、子どもたちは、今年はこの役をしよう、あれをやってみたい、などと考えるようだ。昨年は『ライオンと魔女』の魔女が一番人気だったが、今年は、主役でも主なやくでもないカラス役だった。カラスになりきるスタッフの演技のたまものだ。3人も4人もカラスをしたいと言い出して困ったというグループがあったそうだ。私たちスタッフも、竹内さんの観ている前で演じるのは初めてなので、緊張する。
 子どもたちとの練習は、合計して約6時間。声を出すゲームを取り入れたり、外で大きな声を届かせる練習してみたり、それぞれ工夫する。この練習の集中とプロセスが、キャンプのハイライトだ。衣装、小道具も子どもたちのやる気を引き出してくれた。
 練習中、グループごとにそれぞれいろんなドラマがあった。どもりながら台詞を言う姿を見て、自分もがんばらなくっちゃと思った子。スタッフに特訓を受けた子もいた。子ども同士で励まし合っている姿も見られた。小さい子どもが頑張る姿に、高校生も恥じらいながらも一所懸命だった。
 そして、最終日、いよいよ上演。前座の親たちの派手なパフォーマンスでちょっと気が楽になった子どもたちも、出番を前に顔が違ってきた。
 思春期真っ最中の、恥ずかしさが先に立つであろう大きいお兄ちゃんたちがお互いの出番が終わると、それぞれVサインをしてたたえ合っていた。どもることばなど全然気にならず、みんなが芝居に熱中し、楽しんでいた。
 終わった後、親たちひとりひとりに感想を聞く。そのどれもが温かく、やさしさに満ちていた。出演した子どもたちも満足げである。「始まる前は、心に矢がささったみたいだった」なんて緊張していた子が、それを乗り越えての上演だった。苦手なことでもみんなと一緒にやりきったという達成感は自信につながる。子どもはいい顔をしていた。

僕だけじゃなかった〜仲間との出会い〜
 恒例の吃音についての話し合い。何よりもこの話し合いを楽しみにしてくれている子がいることがうれしい。もっと時間を使って欲しいとの注文には驚かされる。普段は話せない吃音について、思いきり話せるのはうれしいのだと言う。
 この1年間の、吃音にまつわるいろいろなできごとをどもりどもり話す。こんな嫌なことがあったと言えば、そうか、そんなことがあったのか、大変だったね、でもその中でよくがんばったねと心から反応してくれる。吃音についてこんなことを考えていると話せば、うんうんとうなずきながら聞いてくれる。どもりながら話しても誰ひとり嫌な顔をせず、みんな真剣に聞いてくれることがうれしいと言った子がいた。それまで親にも話したことがないようなことを、その場の雰囲気で話したという子もいる。2回の話し合いは、自分の体験を語り、他人の体験を聞く、貴重な場となる。
 中学生2、3年生・高校生のグループでは、ひとりひとりが自分について、自分の生き方について語り合い、人生論のようになったという。他人とつながっていくことの喜びを感じられるのは、このような出会いや経験だろう。
 どもるのは自分だけかと思ってキャンプに参加したら、こんなに大勢のどもる人がいてほっとして、安心した。大人もどもる人がいるなんてびっくりした。先生(という職業の人)もどもるなんて知らなかった。こんなにたくさん仲間がいることが分かってうれしかった。これは、小学生の中学年が口を揃えて言ったことばだ。

親たちも負けてはいられない
 キャンプのハードスケジュールをこなしていたのは、子どもたちばかりではない。親も、ハードなスケジュールに驚かれたことだろう。
 今回参加した親は50人。初めは全員で竹内さんの体験、子育てについての話を聞く。
 次は、グループに分かれて話し合った。初めて参加した人の疑問や質問に、さりげなく答えていくのは、このキャンプに何回か参加しているリピーターの親たち。なんとも言えないいい雰囲気だ。子どもたちが芝居の練習をしている間も、親たちは休まない。今回で3回目になるが、親たちも何か声を出す、表現のパフォーマンスを練習して、子どもたちの芝居の前の前座をつとめている。今年は北原白秋の『お祭り』に挑戦した。4人のグループを作り、ひとつの連を工夫して読む。グループ練習の時間、あちこちでキャーキャー言いながら子どものように楽しそうに練習していた姿が印象的だった。
 本番は、『鉄腕アトム』(谷川俊太郎作詞)を歌った後、『お祭り』だ。今までこんなことを人前でしたことはないという父親。緊張してしまってことばにつまり、子どもたちの緊張感がよく分かったという母親。それぞれにいい体験をしたようだ。

このキャンプの力
 3日間のキャンプは終わった。ここに書き切れないほど多くのものをそれぞれの参加者に残して。
 「来年も絶対来る」と言いながら、みんな自分の日常生活に戻っていった。初めて参加した女の子が、「ここみたいにどもる子ばっかりの学校があったらいいのに」と言っていたように、キャンプ中はどもる子どもや大人が多く、どもっていることは何の問題にもならず、自然だ。ところが、現実はそうはいかない。日常生活では困ることや不便なことも多いし、からかわれることも笑われることもあるだろう。そんな現実に落ち込んでしまうこともあるだろうが、それでも立ち上がっていく力をつけてくれたことと思う。真剣に吃音の悩みを聞いてくれる人がいる、仲間がいることの喜びを参加した子どもたちひとりひとりが感じとってくれたことだろう。遠く離れている子どもの今の困難に手を貸してあげることはできないけれど、見守っているよということは伝えたい。それが今、私たちにできる最大のことだと思うから。

国際交流〜ドイツからの参加〜
 ドイツから国際吃音連盟の役員のステファン・ホフマンさんが参加した。親の学習会での講演、中学生の話し合いへの参加など、精力的に参加してくれた。多くのことを学んだと言っていたが、私たちにも多くのものを残してくれた。講演はもちろん、その時折のスピーチは深い洞察に満ちていた。キャンプを通して国際交流ができたのはうれしい。
 全国から手弁当でスタッフとして参加する、ことばの教室の担当者や、スピーチセラピストのな多くの仲間がいるからこそ、このキャンプが11年も続き、また来年も行われる。多くの仲間に改めて感謝。
 (どもる子ども…40名、きょうだい…25名、親…50名、スタッフ…31名  計146名)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/03/28