「にんげんゆうゆう」をご覧いただいた方は大勢いらっしゃいました。番組の最後に、僕の自宅の電話番号である、吃音ホットライン:072-80-8244 が流れたのですが、相談の電話がたくさんかかってきました。1週間で200件はあったでしょうか。その後もしばらく反響は続きました。僕は自宅の住所も、電話番号も、そして顔写真もオープンにしています。その頃と比べて、今は、インターネットの世界は格段に広がり、いろいろな人が吃音に関しても発言しています。きれいに飾られた、見やすい画面に、たくさんの情報が発信されています。それを作った人がどんな人なのか、どんな考え方をもっている人なのか、その発言にどんな背景があるのか、それらを確かめてみる必要があるだろうと僕は思います。安易に、耳に優しい情報に惑わされないよう、気をつけたいものです。
今日は、「にんげんゆうゆう」をご覧になったひとりのどもる子どもの母親の感想を紹介します。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/03/22
今日は、「にんげんゆうゆう」をご覧になったひとりのどもる子どもの母親の感想を紹介します。
二度のテレビ体験
松尾ひろ子
久しぶりに、中学校3年生になる息子とテレビを囲んだ。この日は、朝から自分がテレビに映るかもしれないと、とてもうれしそうであった。
5年前、私は、当時小学校4年生になる息子の吃音に悩み、はじめて大阪吃音教室の両親のための相談会に参加した。その時も、『週刊ボランティア』という番組のNHKのカメラが入っていた。その時は、何とか吃音を治してやりたいことしか考えられず、息子の吃音をテレビの電波を通して公表することなどとても考えられなかった。
今、こうして息子も映り、吃音を取り上げたテレビを二人で見て、吃音の話ができるなんてその時は想像すらできなかったことである。改めて自分自身の変容に驚いている。
新聞のテレビ欄ではよく目にしていた『にんげんゆうゆう』ではあったが、実際に最後まで見たのは初めてであった。限られた時間の中で見事に『吃音』が語られていた。《吃音って何?》《吃音の人は何が困るの?》《セルフヘルプグループって何をするの?》そんな見る側が抱くであろう疑問に、具体的にわかりやすく説明されていた。また、大阪吃音教室の様子や親子サマーキャンプの紹介、そして吃音ホットラインが画面上に流れたことも、吃音理解に効果的であった。
吃音でない人も、吃音の人も、また、どもる子どもを持つ親やそれに携わる人々が、それぞれの立場でそれぞれ得るものがあった貴重な番組ではなかったかと思う。
その中の「話したい内容がある」「生活の質」が大切という点について、思いつくままに自分の子育てを振り返ってみたいと思う。
まず、日常の生活の中で、子どもがどもってでも話したくなるような聞き手(母親)であっただろうかということである。どうしても、話の内容よりもことばがすらすら出るか、母音が出にくい、などの話し方がとても気になってしまい、子どもにとっては「聞いてもらった」「わかってもらえた」という実感は持てなかっただろうと思う。
これは私自身の未熟さに起因するものであるが、子どもが今、伝えたい気持ちを話し方も含めて全部を受け止めてやるだけの心の余裕が持てなかったことも実感している。
子どもが小さい時ほど不安が大きく、『何とか話させないと、話せなくなってしまうのではないか』というような強迫観念にも似た気持ちが働いていたと思う。
今、思春期に入った息子は成長と共に口数も少なくなってきた。何を考えているのか不安になる時もあるが、話したいことがある時は嬉々として話すことがある。(話すというより、「今の僕の気持ちわかるやろ!なあなあお母さん」という感じである)
私は、「ふーん」「そうなの」ぐらいの相づちぐらいしか打てないが、その時は手を休めテーブルに座り、その情景を想像しながら聞くように心がけている。息子がうれしい、悲しいといった感情を親にぶつけてくるのも、後僅かであろうと思うが、丁寧につき合っていきたいと思っている。
どもる子どもの子育て(私は基本的には、特別な子育ては必要ないと思っているが)で配慮がいるとしたら、「いつでもあなたの話は聞けるよ」という心の余裕と、子どもがいくつになっても親として聞き上手になるための工夫や努力であると思う。
番組が終わり、私は吃音という重いテーマにもかかわらず、さわやかな印象を感じていた。吃音を《贈り物》と言える伊藤さんの生きざまに脱帽しながら。(「スタタリング・ナウ」2000.8.15 NO.72)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/03/22