タクシーを飛ばして、深夜、会場に駆けつけてくださる石隈さんを待っていた夜のこと、よく覚えています。初めて出会うのに、初めてという気が全くしない、そんな出会いでした。このときの吃音ショートコースの様子を、大阪吃音教室の東野さんが報告してくれています。紹介します。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/02/14
吃音ショートコース〜ドキュメント〜報告
大阪スタタリングプロジェクト 東野晃之
1999年10月22日(金)から24日(日)の2泊3日間、日赤滋賀りっとう山荘で開かれた。ゲストには、今年のメインテーマ〔吃音と論理療法〕の講師に筑波大学の石隈利紀さん、特別講演に芥川賞作家、村田喜代子さんを迎えた。遠くは九州、仙台などから、成人のどもる人、どもる子どもの親、ことばの教室の教師、スピーチセラピストなど、総勢約80名が参加。2泊3日を報告する。
10月22日
PART1〔出会いの広場〕19:30〜
参加者が知り合い、リラックスするための時間。
大津市のことばの教室の木全さんの進行でジャンケンや自己紹介ゲームをする。歌を歌い、からだを動かし、相手と触れ合う。だんだんに緊張がほぐれ、参加者の表情が和らいでくる。次第に場の雰囲気が楽しくなっていく。
PART2〔論理療法・基礎の基礎〕20:30〜
ウェンデル・ジョンソンの言語関係図を例にしたABC理論の説明の後、グループに分かれて各自が考えてきた吃音に関するイラショナル・ビリーフを発表し見つけていく。ひとりが1つの出来事(A)について発表し、その時の経験(その時の気持ち、悩み、固定観念など)を話し合うことを中心にすすめられた。A(出来事)、B(ビリーフ、考え方、固定観念)、C(結果、悩み)に区分していくのは難しい。吃音で悩んできた体験は、このABCが混然一体となっているからだ。
10月23日
PART3〔発表の広場〕9:00〜
◇『どもりを隠すことは自分がなくなること』◇
成人吃音者の体験
「どもりを隠すことは、自分を偽ることになる。そして、自分がわからなくなり、人生を失う…自分らしさを消して生き続けることはできませんでした…」穏やかな、説得力のある話だった。
◇『娘との12年間の歩み』◇
看護師 松本さん 〜吃音児の親としてまた自身の吃音体験から〜
3歳の頃からどもり出し、保育所、小学校の発表会でどもって笑われ、話し方を真似される娘。不憫でどうにかしてやりたいという親の気持ち、小学校3年生の時出会った吃音親子サマーキャンプの体験、親子で出演した「公開レッスンと上演」、今高校受験を迎えた娘との対話、どもりながら看護婦の仕事に就く自分の近況など、娘との12年間の歩みをふりかえって話された。「私も娘に負けないように自分を成長させたい」からは、どもる子とどもる親、共通の悩みを持つ親子の歩みが伝わる。
◇『吃音親子サマーキャンプ報告』◇
ことばの教室 教諭 松本さん
今年で10回目を迎えた吃音親子サマーキャンプの、第1回目からふりかえる。劇の発表や子どものどもりについての話し合いなどが、プログラムに入れられる時、スタッフのスピーチセラピストと意見が対立し議論になった話は、このキャンプの源流を見た思いがした。
◇『友だちからはじめよう私にもできること』◇
ことばの教室 教諭 八重樫さん
「1時間中、ホワイトボードに電車の線路を書き、私に背を向けて駅名を叫び続けていました」
このK君との出会い、指導法への模索と悩み、吃音ショートコースでのMさんとの出会いをきっかけにK君との新たな関係が出来ていく。「友だちからはじめよう」という、実践は、K君の様子をビデオで紹介しながら報告された。実際にビデオで見ると、鉄道マニアのK君に親近感が湧き、何か声をかけたい気持ちになった。
PART4・5〔吃音と論理療法〕13:00〜
講師 筑波大学 石隈利紀さん
〜どんなことがあっても決して自分をみじめにしないために〜
論理療法というイメージから講師の先生にはどこか理屈っぽく、固いイメージを想像していたが、実際の石隈利紀さんは、物腰がやさしく、ユーモアに富んだ楽しい人であった。昼から夜までの長時間、講座に集中できたのは、話の巧みさもさることながらこのキャラクターの感じの良さにも助けられたのではと思われた。
講座は、前半を論理療法とは何かについて、その背景やABCDE理論などを説明され、後半は実践編として、イラショナルビリーフを軽くするプロセス、イラショナルビリーフを修正するなどをグループ実習などを入れながら講義された。
論理療法は、1つの出来事に対して1つの選択ではなく、選択肢を広げる習慣をつけることをすすめる。よって選択肢療法とも言える。
ひとつの実習の例を挙げよう。
A.私は人前で上手く話せないので
B.ダメな人間だ
Aに続くBの選択肢をみんなで探した。
石隈さんは、この例題は学校の教師向けの論理療法の講義のときにもよく使う例だそうだ。もちろん、この例は私たちにぴったりだった。マイクがどんどん回り、「発表の中味で勝負しよう」「他の伝え方を考えよう」「聞き上手になろう」「うまく話せませんと断ってから話をしよう」などで、ホワイトボードがいっぱいになっていく。
また、「こんなに続けて遅刻するようなやつは、将来ろくな人間にならない」は人間を評価する表現である。評価の焦点は、遅刻という「行動」であり、「人間」ではない。人間は誰も評価はできない。誰もが生きる意味をもっている。だから、「あなたは続けて遅刻した。遅刻が多いのはよくない」「遅刻をすると大事な話が聞けなくて損だ」などと表現を修正。
夜は、コミュニティアワーという参加者の交流のための時間だった。1日目も2日目も、あちこちでいくつかのグループが出来ていた。時間を忘れてしまうくらい話は弾んだ。石隈さんは、長時間の講座が終わったばかりでさぞかしお疲れであったろうに、参加者の質問や感想に熱心に耳を傾けておられた。
明日の特別講演の講師村田喜代子さんはこの日夜遅く到着されたがすぐ、参加者の中へ気さくに加わって下さり、いつの間にか吃音談義の中心となって話されていた。話は尽きず、その後村田さんのお部屋で夜遅くまでお酒を飲みながら文学の話などで盛り上がったようだ。
10月24日
PART6〔対談:吃音と論理療法〕石隈利紀さん・伊藤伸二さん 9:00〜
爆笑に次ぐ爆笑。楽しい、おもしろい対談だった。息の合ったふたりはまるで漫談を楽しんでいるようだった。吃音者の人生や、これまでのセルフヘルプグループの活動を論理療法から整理する、深まりのある対談となった。アメリカでの論理療法の話や創始者アルバートエリスの素顔、論理療法は案外アメリカより日本の方が積極的に吃音に活用されているなどが話題となった。
PART7特別講演「吃音礼讃」13:00〜
講師(芥川賞作家)村田喜代子さん
講演では、両親や影響を受けたどもりの叔父のこと、幼少時からの生い立ちなどについて吃音体験に触れながら話された。
どもりについては、「不便で不自由には思うが、みじめに感じ、悩んだ経験はない」。電話や講演などでどもってことばが出ないことがあるが、「傾向と対策を用意している」。「どもるのは、相手が悪い」という話には、さすがに感心させられた。
吃音礼讃にも書かれていたが、「もっとどもろうよ、出来たらどもりがキャラクーになるようなどもり方をしよう。どもる人間は貴重な存在なんだからね」などの話もあって、楽しく、愉快な講演だった。「どんなことがあっても決して自分をみじめにしないために」この論理療法学習のタイトルは、村田喜代子さんの講演に使ってもおかしくはなかった。石隈さんの講座が理論編なら、村田さんの講演は、まさに体験的実践編と呼んでもいい内容だった。村田さんは、「どもりであれば〜みじめに落ち込んでも当然である」という選択はしない。後には、〜不便で不自由である。〜傾向と対策を考える。〜聞く人に負担をかけないようなどもり方をする。〜どもらない人より中身が濃い。〜ことばに重層さがある。など、決して自分をみじめにしない選択をされる。自分を幸福にするのも、みじめに不幸に感じるのも、自分の選択次第であることが、お話からよく分かった。
1999年の吃音ショートコース「吃音と論理療法」は、まさに絶妙のゲスト構成であった。(「スタタリング・ナウ」1999年12月 NO.64)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/02/14