昨日のつづきです。何もない所から始まる第一回目の島根スタタリングフォーラム。担当者たちの手探りの様子が綴られています。心配なことはたくさんあるけれど、とにかく始めよう。動き出したら、わくわくしてきた。僕たちも、そんな思いをしながら、第一歩を歩き出したことがたくさんあります。
 「初恋の人」は、この夜、翌日の子どもたちの吃音についての話し合いについて、担当者同士で話し合っているときに出たものでした。初めてのことに取り組む高揚感の中で、僕も何かに背中を押されるようにして、話したようです。あの場が、僕にそんな気持ちを起こさせてくれたのでしょう。
 「スタタリング・ナウ」NO.60(1999年8月)の紹介です。

島根スタタリングフォーラムの企画・運営に関わって
                   江津市立津宮小学校通級指導教室 宇野正一

キャンプ当日〜とにかく始まった〜

 さて当日。大きなかばんを抱えてたくさんの親子や通級教室担当者、保育関係者が続々とやってきます。その皆さんの表情は、ちょっと硬いという印象でした。
 大人は伊藤伸二さんの講演。講演は、静かな感じから次第に伊藤さんの話に引き込まれて、大変充実した2時間だったようです。
 子どもは、すけさん(島根県立青少年の家の木村真介さん)とレクリェーション活動。子どもたちはすぐに仲良く楽しく遊び始めました。ところが教室担当者のほとんどは伊藤さんの講演の方に行って、子どもと関わってくれている人がいません。このキャンプは親子のためのキャンプで、ことばの教室の担当者の研修会ではないのに…?と思いつつ、島根県ではこのような吃音に関しての研修の機会が少ないことの裏返しでもあるのだと感じ、教室の担当者が講演を聞きに行くのも仕方がないかと思いました。
 夕食。フォーラムがスタートしてはじめの失敗感をここで持ちました。会場の国立三瓶青年の家の食事はバイキング方式で、それぞれが自由に食堂へ行って食べます。参加者は全員「島根スタタリングフォーラム」と書いた名札をつけていましたが、みんながばらばらに座って食事をとっていました。参加した親子はそれぞれ家族で、教室担当者は担当者同士で。「親同士のつながり」と思いつつ、夕食までのところで親同士が知り合うことのできる時間・企画が設定されていませんでした。宿泊の部屋割は各地からの家族を混ぜるようにしましたが、「あとはそれぞれ仲良くなってね」といった状態でした。参加者が最初に出会うところで、互いに知り合い、仲良くなれる活動が必要でした。夜にはキャンドルの集いがあり、楽しい時間を過ごせましたが、このような時間をフォーラムのはじめにもってくる必要があったようです。

子どもとどもることについて話をする必要性

 大きな懸案事項が一つありました。2日目のプログラムの中に、「子どもの話し合い 自分の話し方についての思いを出し合う」がありました。
 子どもの思いを引き出したり話し合わせたりを誰が担当するのか? そのような話し合いが必要なのか?「子どもとどもることについての話をする」ことの意義について、私自身はいろいろなところで話を聞いて自分の教室でもするようにしてきましたが、担当者によって思いも取り組みもさまざまです。そこで夜の懇親会(教室担当者限定でしたが)をしながら少しまじめに「なぜ、子どもとどもりの話をするべきなのか?」というテーマで話し合いました。

 「社会人になって、新人の研修プログラムで吃音と初めて向き合い悩む人。入社して4か月後に、得意先とのちょっとしたトラブルで会社を辞めてしまう人。小学校時代は元気で明るい子どもだったのに、その後学校へ行けなくなってしまう子ども。これらの事例が最近目立って多くなってきた。
 話を聞くとその全てが、子どもにどもりを意識させてはいけないと、どもりについて話し合っていない。本人も吃音について直面しないできた。触れたくないもの、できればこっそりと治したいものに向き合うことはとても難しい。とりわけ思春期はそれでなくても嵐のような時代。そのときに、どもりと初めて直面することは難しい。学童期にどもりと向き合うことで、直面しなければならない時に向き合える力が蓄えられる。
 学童期こそどもりをオープに話題にし、それなりの直面をしておく必要がある」

 伊藤さんの、何故、吃音をオープンにして話し合うのかの話にうなずきながらも、どう話のきっかけを切り出そうか、これまであまり話し合ってこなかった担当者にとっては難しいことのようでした。
 その懇親会では講演とはまた一味違った伊藤さんの話を聞くこともできました。「小さな炎―初恋の人」の話題はここで盛り上がったことでした。話し合いは深夜3時を回っていたようです。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/01/28