「12人のおかしな大阪人」の芝居のことを書いたので、少し間が空いてしまいました。
 先日に続いて、冊子『吃音と上手につきあうための吃音相談室』に寄せられた感想を紹介します。まず、吃音親子サマーキャンプに参加していた保護者の感想です。
 保護者にとっても、どもる子ども本人にとっても、大切な冊子になっていることが伝わってきて、うれしいです。

何度も読み返したい
  八坂もえ(東京都)

 娘の早穂も小学6年生になり、来年は中学生。これから思春期を迎え、難しい年頃になります。「吃音に悩んでいる十代の君たちへ」は、伊藤さんの幼少の頃からの体験を踏まえて話されていて、とても分かりやすかったです。
 一応、早穂にも読ませたのですが、感想を聞くと「うーん、伊藤さんも大変だったんだなあ。後の方の話は長すぎてよく読まなかった」という返事で、残念ながらまだ今の娘にはおっしゃりたいメッセージを理解することは難しいようです。しかし、これから娘が自分の吃音と向き合う中で、何度も読み返しては何かを感じ取り、自分らしく豊かに生きるにはどうしたらいいかを考えさせてくれる、そんな道しるべになってくれることと思います。
 「お母さんへ」を読んで、私も吃音親子サマーキャンプに2回参加して、吃音のことを知り、子どもとどう向き合えばよいのか分かったつもりでいたのに、自分と重ね合わせて、はっとさせられる箇所がいくつかあり、改めてとても参考になりました。

 〜親から頼まれた仕事をやりとげ、心から認めてもらえると、子どもは満足感や成功感を味わうことができ、そこから自信が生まれ、意欲が育ち、どもっても逃げずに仕事をやりとげようとする姿勢を造っていく〜

 娘は幼稚園の頃、友だちから「なんで、あーあーって言うの?」と言われたり、友だちの家のインターホンで自分の名前が言えずに泣きながら帰ってきたこともあり、そのころからなんか話しにくいということを感じていたようです。この時に、伊藤さんの提唱する、「吃音の早期自覚教育」のことを知っていたら…と思います。小学校低学年の時も、仲良しの友達に電話するのさえ、かける前から何度も練習し、私が娘の背中をそっとさすって「八坂」の「や」を耳元で一緒に言ってあげたり、毎回ピアノのおけいこに行く時もインターホンで「八坂」って言えないから嫌だ、嫌だと言ってまして、日常生活のささいなことで実際、ことばが出にくくて困っている娘を前にして、本に書いてあるように、「この子は、どもるからおつかいに行かせたら可哀想だ」と思い込んでいました。
 それが2年前、初めて吃音親子サマーキャンプに参加して、「吃音は治る、治らないということではない。娘の吃音を認め、そのままの娘を受け入れる」ということを学び、それなら娘には、どもりながらも前向きに頑張ってほしいという思いが強くなり、電話、おつかいなど、日常生活のささいなことを避けている娘に、どこかイライラして、去年のサマーキャンプではその気持ちを親の話し合いの中で聞いてもらいました。そのときに、無理をせず、子どもの力を信じて見守りましょうということになり、娘が自分からその気になるまで無理じいをするのをやめました。娘は今でも電話やおつかいを避けています。
 幼い頃、タイミングよく家庭の中での自分の役割に満足感や成功感を味わっていたら、あるいは娘の生きる姿勢も今とは違ったかもしれませんが、今となっては過去のことは仕方ないので、これからでも娘に小さなことから無理なく用事を頼んでやりとげたことに心から認めて満足感や成功感を味わせてあげたいと思いました。

 〜お母さんも全身で語りかけるし、子どもの語りかけてくるのを全身で聞いてあげましょう。その中で、初めて通じ合うということは、うれしいことなんだな。楽しいことなんだなという実感が生まれます〜

 ことばが出にくい状態のとき、娘の話したことで意味がよく分からなくて、何か聞き返したり、質問したりすると、急に機嫌が悪くなったり、「もういい」と話をやめてしまうことがよくあり、私もどこか遠慮して意味がよく分からなくても「そうなの」とあいづちを打って聞き流していることがありました。以前、娘とそのことで喧嘩になり、「ママは早穂ちゃんの話がちゃんと聞きたいから質問しているのよ。じゃあ、ただ意味も分からずうんうんって言ってもらう方がいいの!」と言ってからは、娘も最後まで話すようになりました。
 しかし、今でもちょっと聞き返したりしただけで、怒った顔をしたり、不機嫌になるときがあります。思えば、そんなときは、私が娘の話の内容よりも今日はスムーズに話している、今日はちょっとことばで出にくいなあと吃音の方に気をとられていたような気がします。これからは、吃音の症状に気をとられずに、娘が何を話しているのか、そのことに気持ちを向けてみようと思いました。そして、伊藤さんが書いておられるように、娘の話でよく分からないことがあるときは、「早穂ちゃん言いたかったのはこういうことなのかな?」と娘の話をちゃんと受け止めたことが伝わるようにしていこうと思いました。そして、そんな私とのやりとりの中で、娘が「通じ合う」ものを感じてくれて、会話って楽しいんだな、どもってもいいからもっともっといろんな人とお喋りしたいなと思ってくれるよう、私もより良い聞き手になりたいと思います。
 本の中に、「自分らしく豊かに生きるには、吃音を受け入れ、自己を肯定して生きることが大切」とあります。私たち家族も吃音親子サマーキャンプに参加していろいろ学び、家庭内でも吃音をオープンにし、「どもってもいいのよ。そのままのあなたでいい」と娘に伝え、早穂も「どもる」「吃音」ということばを自らから使えるようになり、自分の吃音と向き合ってはいるのですが、吃音を受け入れ、自己を肯定しているかというと、まだそこまでには至っていないようです。
 「吃音に悩んでいる十代の君たちへ」の中で書かれている価値を広げることの大切さを娘に分かってほしいと思います。どもって恥をかいても、それに耐えた、逃げないで最後まで頑張った、そんな自分を認め、いっぱい褒めることができるようになってほしい。自分の今できる範囲で一生懸命頑張ったんだから、他の人が自分をどう思ったかなんて気にせずに「よくやった、それでいいんだ」と思えるようになってほしいと思います。そのためには、私もどもった、どもらないで話せた、ではなく、娘の頑張った気持ちを、耐えた気持ちをその都度認め、いっぱい褒めてあげたいと思いました。
 この本は、娘の吃音に対する私の心の持ちようを教えてくれ、娘だけでなく私にとっても、何度も読み返していきたいものだと思いました。(「スタタリング・ナウ」1999.7.17 NO.59)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/01/23