1999年秋の吃音ショートコースのテーマは『論理療法』でした。講師は、筑波大学の石隈利紀さん。石隈さんとは、その後、「親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会」にも講師として2度来ていただくなど、長くお付き合いが続いています。
 まず、大阪吃音教室講座資料のまえがきとして書いた、論理療法の取り組みの変遷を紹介します。

 
論理療法 取り組みの変遷  
                          伊藤伸二

 『論理療法』(川島書店1981年発行)と出会う前に、論理療法のべースになることを体験した。それは、私がまだ大阪教育大学(言語障害児教育)の教員をしていた頃のことだ。
 「吃音はどう治すかではなく、どう生きるかにつきる」として、『吃音を治す努力の否定』という問題提起をもって、全国吃音巡回相談の旅に出た。自分自身の体験、セルフヘルプグループの体験、大学の研究室の中で、相談や実践の中で考え得たひとつの考えが、専門機関も相談機関もない全国の各地で一人で悩んでいるどもる人々や、どもる子どもの親に、果たして受け入れられるだろうか。その検証の旅でもあった。(1975年)
 北海道・帯広から九州・長崎まで35都道府県38会場での相談会は、6か月かかり、成人吃音者432名、ことばの教室の教師87名、吃音児の両親72名の参加者と、吃音についてじっくりと語り合った。その旅で得た最大の収穫は「どもりながらも、明るく、健康に自分なりのよりよい人生を送っている」多くの吃音者との出会いだった。
 自分自身が吃音に深く悩んだ経験、セルフヘルプグループに集まる吃音に悩む人々、大学の研究室では、吃音に悩む人としか出会ってこなかった。どもる人は悩んでいるはずだ、困っているはずだとの先入観をもってしまった。論理療法でいう非論理的思考に陥っていたのだった。その先入観を、非論理的思考を、見事に打ち砕いてくれたのが、この全国吃音巡回相談会だった。
 もちろん吃音に悩む人々の相談をたくさん受けたが、それと同じくらいに多くの、明るく健康に生きる吃音者にたくさん出会えた。どもる人全てが悩んでいるわけではなく、吃音治療や指導を受けた経験がなく、また受けようともせずに自分なりの人生を歩んでいる人がいることが初めて分かったのである。どもる人がもつ吃音についての意識は幅広く、吃音がその人に及ぼしている影響も様々だったのだ。吃音のために自分の行動や人生が左右されずに生きている人がいる一方で、どもることを嘆き、自分の殻に閉じこもり、不本意な生活を送る人がいる。これは吃音をその人がどう受けとめているかの違いになる。
 ウェンデル・ジョンソンは言語関係図で、吃音者自身の吃音の受けとめ方の大切さについて言うが、書物で説明を読んだだけでは、その考えは自分のものとならなかった。日本全国各地で直接間接に多くの人々と出会って、初めて理解できたことなのである。その後、論理療法と出会い、言語関係図と私が体験したことが結びついた。そして、日本音声言語医学会の、吃音症状の把握を重視した吃音検査法を批判し、独自の評価法を提唱した。(音声言語医学 VOL25No.3 1984年)

 「人間関係非開放度」「日常生活での回避度」「吃音のとらわれ度」の3つの要素からなっているこの評価法の「吃音のとらわれ度」が、論理療法でいう非論理的思考であり、吃音者の持ちがちな自分を縛っている考えを探ろうとした。
 1986年、京都で開いた第1回吃音問題研究国際大会での私の基調提案は、世界各国に受け入れられたが、どう実践すればいいのかと世界各国の代表から質問を受けた。そこで大阪吃音教室で、「吃音とつきあう吃音講座」が始まったのである。そのプログラムの中心をなしたのが論理療法だった。47回の吃音教室のためのテキストが作られた。論理療法の部分を当時のテキストのまま紹介する。10年前に書いたもので訂正したい部分もあるが、論理療法と出会った喜びと勢いがある。今としては適切でない表現に気づくが、そのまま紹介した。その後のことは、今秋の吃音ショートコースで考えたいし、新しく出版された『論理療法と理論と実際』に譲りたい。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/12/25