先日、紹介した新聞掲載から9日後が本舞台でした。練習風景と当日の様子を、ドキュメントで紹介しています。

どもる人のことばのレッスン
    〜公開レッスン&上演〜ドキュメント


 1998年11月7・8日、最初の合宿は、銀山寺。いつものように、からだをほぐし、歌を歌い、とレッスンは進んでいくが、どことなく違う。今日は、誰がどの芝居に出て、どの役をするかがはっきりと決まるからだ。
 朝日新聞の斎藤利江子記者が取材に来て下さった。今度の上演を写真入りで紹介してくれるという。レッスン風景を何枚も写真に撮っている。大きな笑い声が部屋いっぱいに広がり、斎藤さんもよく笑っていた。
 11月14日、銀山寺での練習風景が写真入りで大きな記事となり、新聞に載った。竹内敏晴さんが真ん中にいて、長尾政毅君や松本愛子さんが写っている。たくさんの問い合わせの電話がかなりの時間続く。
 11月21日、いよいよ3日間の集中レッスンが始まる。初日の会場は、應典院。今日からは、名古屋から土谷薫さんがお手伝いに来て下さった。本舞台を2日後に控えているが、みんなの表情はいつもと変わらない。人の演じるのを見て笑う。温かい拍手も多い。それぞれ自分の台本を持って、場面ごとに相手役と練習をする。会場のあちこちにちらばって、相手と向き合っている。いよいよだなと感じさせてくれる。
 11月22日。明日の本舞台の会場さくらホール。広い立派なホールにまず驚く。舞台が機械の作動で設営されると、「おっ」との声があちこちで漏れる。ここでするのかという思いでみんないっぱいなのだろう。心が弾んでいるのがよく分かる。みんななかなかレッスンに入れない。何やら興奮している。会場にあるものを使って竹内さんが芝居に使うものに見立てていく。演壇は、『木竜うるし』の木になった。机は、水色の布を貼って池の淵にしたり、白い紙を貼って『夕鶴』の雪になった。
 平野陽子さんの勤める中学校の文化祭で作った竜が運ばれる。広い会場に大きくて立派な竜が映える。「うん、こらまあ、ようできた」と思わず、芝居のせりふが浮かんでくる。ライトの細かい打ち合わせが進んでいく。土谷さんが手際よく指示して下さるのだが、みんな慣れていないので動きが悪い。でも、そのうちに慣れてきて、劇団員になった気分を味わった。芝居の種類によって色を変え、ビニールテープで大道具の場所を決めていく。控室の隅っこにスポットライトがみつかった。早速使ってみる。どんどん道具が増えていく。
 昼休み、竹内さんが相当疲れている様子。ちょっとと言って、舞台の上で寝てしまわれた。ひとつの芝居に出る私たちがこんなに疲れているのだから、全てを演出する竹内さんの疲労は相当のものだろう。
 公開レッスンの始まりをどうしようか。歌を歌おう。詩を読もう。9月の吃音ショートコースの特別ゲストの谷川俊太郎さんの『生きる』でいこうとなった。だったら、そのとき作った『どもる』も読もうとなった。即興詩だが、なかなかおもしろいと自分たちは思っている詩だ。
 夜、ホテルに戻って、プログラム作り。題目と出演者を書いていく。谷川俊太郎さんの詩も私たちが作った詩も入れる。アンケート用紙も必要だ。それぞれの出演者は今頃、家に帰って何を思っているだろうか。
 いよいよ23日。早目にさくらホールに行くと、峰平佳直さんがもうすでに来ていて、何やら一人でぶっぶつ言っている。せりふを覚えているらしい。みんな集まってくる。最初から最後まで通してやる時間はないが、途中までで代わって、本舞台と同じようにプログラムが進む。午前中はあっという間に過ぎた。
 いよいよだ。この異様な雰囲気。でも、嫌な気持ちではない。確かに緊張しているのだろうが、ワクワクしている。一緒に練習してきた24人とこの気持ちを味わえる喜びが大きい。
年報用 竹内写真 追加7  さくらホール2 開場の午後1時半。もうすでにお客さんが何人か来ている。開演15分前、舞台横の控えに座って開演を待っているみんなに「用意したプログラム、100枚、なくなったって。足りなくて、今、コピーに走ってもらったよ」と告げると、誰からとなく、拍手が起こった。この雰囲気だ。
 お客さんが続々入ってくる。かなり多めに用意したっもりのプログラムが早々になくなった。結局参加者は152名。出演者24名を含めると、176名。予想をはるかに越えた。
 午後2時、開演。会長の東野晃之さんの挨拶で始まる。
 竹内さんとの出会いから、上演に至るまでの経過、この日を迎えたそれぞれの思いを今、東野さんが皆を代表して参加者に語っている。お祝いのメッセージも届いた。そして、竹内さんの登場。私たちとの初めての出会いから、これまでの吃音とのかかわりなど、丁寧に話して下さる。声を出してみましょうと、いっの間にかレッスンが、参加者を交えて始まっている。ラララーという声が響き、お手手つないでという歌も始まった。参加者の皆さんも楽しそうだ。いいスタートが切れた。詩の朗読もした。そして、いよいよ、『木竜うるし』が始まった。見慣れているはずのいつもの顔と違う。主役になったみんなの顔は輝いていた。
 上演中のことは出演者の感想に譲ろう。ひとりで演じているのではないと確かに感じられた舞台だった。お互いがお互いに支え合い、みんなで作り上げた舞台だった。
 打ち上げは楽しかった。ひとりひとりの一言がそれぞれ満足感にあふれ、自信に満ちていた。ひとつのことを共にやり遂げた喜びが大きかった。
 ことばに表せないくらいの大きなものを得た。
 今、出演者は、それぞれにこの上演を振り返り、感想を綴っている。今回、ほんの一部しか紹介できないが、出演者24名全員の感想と、参加者のアンケートも全て盛り込んだ《公開レッスン&上演の記録》を文集の形でまとめたいと思っている。
 出演者の記念にと作るものだが、どもる人たちがどのような思いで劇に取り組み、どのような経験をしたか。興味持って下さる方には1部、500円(送料込み・切手可)でお分けしたいと考えている。1月には発行の予定。お申し込みいただければうれしいです。
(「スタタリング・ナウ」1998年12月19日 NO.52)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/11/27