コロナの感染大爆発、そして、前日には感染者数過去最多を更新した8月19・20・21日、滋賀県彦根市の荒神山自然の家で、第31回吃音親子サマーキャンプを開催しました。2020年、2021年は中止したのですが、今年は3年ぶりに開催しました。ギリギリまで迷って、最終的には、参加を希望する人たちやスタッフの熱意に背中を押されて決断しました。ブログで、無事に終わったことを報告しましたが、参加しての感想がぽつぽつと届いています。読ませていただきながら、夏の3日間を思い出し、開催してよかったなと思っています。
 今日紹介するのは、1998年の第9回吃音親子サマーキャンプが終わって書いた巻頭言です。

     
直面すること
               日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 「学校へ行くのが苦しい。いつ当てられるかと思うと、緊張してお腹が痛くなる」
 こう話す女子高校生の話は、2か月前の面接のときに、F君が話してくれたのとほぼ同じようなことだ。F君は、じっと聞く姿勢になるが、すぐに自分には関係ないというような姿勢に変わり、下を向いてしまう。
 自分と同じような悩みを、別の人が言っている。関心がないはずはない。自分を変えたいと思う一方で、これまで隠し、逃げてきた自らの問題に直面することが怖い。話し合いの2時間の間、彼はこの葛藤の中にいた。それは、その場にいた彼のからだが語っていた。F君は、サマーキャンプの直前まで、参加するかどうか迷っていた。「嫌になったら帰ればいいさ」の私のことばに救われるように参加を決意したのだったが、結局、2日目の朝早く、本当に途中で帰ってしまった。
 対人緊張や吃音に悩んでいることを親に決して知られたくないと、F君は吃音のキャンプであることを親に内緒にして参加した。
 途中で帰ることが、今の彼にとっては、精一杯の自己表現であり、生き延びるためには必要だったのだろう。途中で帰ったが、少なくとも2時間、F君は同じような悩みや体験をもつ高校生の話を聞いていた。またその夜、同じ悩みをもつ高校生と少しは話せた。そのことを何かのきっかけにして欲しいと願う。
 このF君の姿は、私の21歳頃の姿そのものだ。何かが出来ないのをすべて吃音のせいにし、それなりにバランスをとってきた私にとって、吃音を隠し、話すことから逃げる方が楽だった。吃音に直面することでこのバランスが崩れてしまうのが怖い。憧れの吃音矯正所の門を前にして、立ちすくみ、1時間以上も、ぐるぐると矯正所の周りをうろついたのはそのことへの恐れだったのだろう。
 キャンプの始まる前の1か月間に、偶然に4名の高校生の面接をした。タイミングがよかったのでキャンプへの参加を勧めた。親も、懸命に勧めたが、参加したのは2名で、そのうちの1名、F君は途中で帰ってしまった。
 「どもったままでいいというようなキャンプは傷のなめ合いだ。そんなところには絶対行きたくない」
 参加を頭から拒否した高校生の言い分だ。吃音に深刻に悩み、学校へ行けなくなっているにもかかわらず、治してくれるところならともかく、自らの吃音に自ら直面しなければならないようなことには拒絶反応を起こす。
 これら高校生に共通しているのは、吃音に直面してこなかったために、吃音を否定し、どもっている自己を否定していることだ。思春期・青年期に吃音に悩むのは、自分が何者か、何ができるか掴めないことにある。エリクソンの言う自己同一性が確立されないのだ。
 昨年、これらの高校生と同じように、必ず吃音を治すと、高額な横隔膜バンドを購入し、治す努力をしていたS君は、母親が一人でも参加するという熱意におされて参加した。彼は途中で帰ることなく、本人のことばによれば、3日間を耐えた。そして、今年も参加したが、「キャンプは僕の命の恩人だ。昨年、このキャンプに来なければ、僕はどうなっていたか分からない」と何度も“命の恩人”を口にした。彼はキャンプで吃音と直面せざるを得なくなり、この1年で彼は変わった。だから、F君が途中で帰ったことを、S君は自分のことのように悔しがっていた。
 小学校3年生からキャンプに参加しているMさん。ゆっくりした口調で話すため、のんびりやさんと思われているが、どもる人間としての、本当の自分をクラスの友達に知ってもらいたいと、あえて自分のどもりを作文に書いてみんなの前で読み上げた。
 吃音を隠し、吃音に直面することを避ける高校生と、どもる自己を否定せず、あえて吃音を公表する中学生。思春期の前段階である学童期に、吃音と直面することの意義を思う。
 吃音と直面するとは、単にどもる症状を再現したり、吃音についてオープンに話せばそれで済むということではもちろんない。(「スタタリング・ナウ」1998.9.19 NO.49)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/09/28