初期の吃音親子サマーキャンプに参加したあることばの教室の担当者の感想を紹介します。この担当者と参加した母親との間で、サマーキャンプの夜、深夜に近い時間に繰り広げられたやりとりを、僕もよく覚えています。「吃音は治らない、治せないと思っているのに、なぜ、ことばの教室担当者のあなたは、改善していこうね、がんばろうねと言うのか」。この、母親からのまっすぐな問いかけに対し、何と答えるのか。緊張感が漂う時間でした。
「どもりを治したい。でも治せない。そんなこと、子どもや母親に言えない」と、その担当者は心の底で思っていたそうです。そんな自分を見透かされ、思考が止まりそうになるのを必死に押さえ、僕やどもる子どもの保護者やどもる人たちスタッフの話に耳を傾け、その人は、『どもりを持ちながら生きていける援助をする』のが、ことばの教室にかかわる者の在り方だということが分かったと書いています。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/08/13
「どもりを治したい。でも治せない。そんなこと、子どもや母親に言えない」と、その担当者は心の底で思っていたそうです。そんな自分を見透かされ、思考が止まりそうになるのを必死に押さえ、僕やどもる子どもの保護者やどもる人たちスタッフの話に耳を傾け、その人は、『どもりを持ちながら生きていける援助をする』のが、ことばの教室にかかわる者の在り方だということが分かったと書いています。
どもり・親子の旅 そしてわたしの旅
東京都、ことばの教室 三田和子
ある晩、「三田さん、○○さんが最近元気がないんです。私の高校のときと重なって心配でしょうがないんです。一緒にお菓子を作りませんか」という斉藤さんからの誘いの電話がありました。
午後のひととき、3人が集まってケーキ作りに励みました。粉を計りながら、メレンゲを泡立てながら、話が弾みます。
私たち3人は「吃音親子サマーキャンプ」で知り合いました。関東から参加した人は少ないので、つながりが切れないよう東京に戻ってもこまめに連絡を取り合っています。
喫茶店で、公園で、デパートの屋上でとおしゃべりを楽しんできました。サマーキャンプの直後は「つまってしゃべりにくい」「電話も初めのことばが出にくい」と言ってた斉藤さん。友達ができ交際範囲が広がるにつれ、「長電話になってしまう」「将来は北海道に行って、牧場で働きたい」と明るく話してくれるようになりました。
吃音をなんとかしたいと吃音親子サマーキャンプに飛び込んできた彼女たちを支えていきたいと思っています。ことばの教室の担任として、多少の責任感もあったかもしれません。しかし、初めて知り合ってから3年目、責任感のみでは続くはずありません。仲間になった気がするのです。
それは私も「何とかしたい」と吃音親子サマーキャンプに飛び込んで行ったからです。どもるお子さんと向き合う時、自分に自信がなかったのです。
ことばの教室の担任になって十数年が経ちますが、吃音のお子さんとの付き合いは十人に満たないくらいでした。相談にくる子どもの中に吃音のお子さんがあまりいなかったということもあるでしょうが、吃音のお子さんを受け持つことに前向きでなかったこともあります。
そんな自分から抜け出したいともがいていたときに吃音親子サマーキャンプの誘いが目についたのです。
まず竹内敏晴さんの演出で「セロ弾きのゴーシュ」の演劇レッスンを受けに行きました。今思うとよく一人で行けたなあと思ってしまいます。私はどもりませんが、「自分の発する声が相手に届いていない」不安がいつもあり、ここで変えたいという欲求が背中を強く押したのでしょう。
事前のレッスン、そしていよいよ吃音親子サマーキャンプ初体験となりました。子どもたちが寝静まり、スタッフとお母さん方の話し合いのとき、ことばの教室の担任としての姿勢を問われたのです。自信のなさ、不安をあるお母さんから指摘されてしまいました。 「先生は吃音は治らないと思っているのに、一緒に改善していこうね、というのはおかしい」と言われました。そのお母さんは「吃音は治りません」と言われた時はショックだったそうです。次に「治らないんだからどうしようか」と先を考え始めていたのです。そんな矢先に私のことばは欺瞞に思えたのでしょう。私は悲しくなるくらい真剣に自分に問い続けました。「吃音を治したい。でも治せない。そんなこと、子どもや母親に言えない」と心の底で思っていたのです。
母親の重く厳しい一言が私の頭の中を真っ白にさせました。思考が止まりそうになるのを必死に押さえ、伊藤伸二さんを初めスタッフの方の話に耳を傾けました。『どもりを持ちながら生きていける援助をする』のが、ことばの教室にかかわるものの在り方だということが分かりました。
わたしのどもりの旅は頭の中が真っ白になった所から始まります。あいまいな自分をさらけ出してしまったからにはもうこわいものはありません。
夏休みが終わり、晴れ晴れとした気持ちで子どもと向き合うことができました。母親との話し合いも苦にならなくなりました。親と同じ土俵に立って子どもを援助していこうと思いました。
2回目のサマーキャンプでまた新たな出会いがありました。4年生の本田みほさんとお母さんです。斉藤さんたち同様、キャンプが終わった後もかかわりは続いています。本田さん親子のどもりの旅はキャンプの後の帰りの新幹線の中から始まりました。どもりにふたをするのではなく、取り出して二人の手のひらに載せ、触ってみたり弾いてみたりときには磨くこともあるかもしれません。時々私の手のひらにも載せてもらって、キャッチボールができたらいいです。
『どもりを持ちながら生きていける援助をする』かかわりから、今変化が起きていることを感じています。出会いから始まり、心を通わせていくに従い、生かされている、援助されている自分を感じるようになったからです。どもりをきっかけに触れ合いの輪が広がっていくことに感謝しています。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/08/13