野口体操を始められた野口三千三さんが、1998年3月29日に亡くなられました。亡くなられる25年ほど前に、僕たちとの出会いがありました。そのとき、野口さんから問いかけられたことばが、今も僕の心に残っています。
「どもりを治そうとの取り組みは、本当に気持ちのいいことですか?」
吃音の取り組みに対する、究極の問いかけだと思います。
1965年の夏、30日間の、東京正生学院で訓練された吃音を治すための、どもらないようにするための言語訓練は、本当に面白くも、楽しくもなく、気持ちの悪いものでした。だから僕は耐えきれなくなって、3日間でやめました。自分にウソをついているような感じです。残りの27日間は「どもっても、言い切る」ために、どもり倒しました。
「こうしたら吃音が必ず治るよ」と言われても長続きしなかったのは、気持ちよくなかったからです。
「スタタリング・ナウ」(1998.6.20 NO.46)の巻頭言を紹介します。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/07/14
「どもりを治そうとの取り組みは、本当に気持ちのいいことですか?」
吃音の取り組みに対する、究極の問いかけだと思います。
1965年の夏、30日間の、東京正生学院で訓練された吃音を治すための、どもらないようにするための言語訓練は、本当に面白くも、楽しくもなく、気持ちの悪いものでした。だから僕は耐えきれなくなって、3日間でやめました。自分にウソをついているような感じです。残りの27日間は「どもっても、言い切る」ために、どもり倒しました。
「こうしたら吃音が必ず治るよ」と言われても長続きしなかったのは、気持ちよくなかったからです。
「スタタリング・ナウ」(1998.6.20 NO.46)の巻頭言を紹介します。
気持ちいいですか
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
「あなたのどもりを治そうとの取り組みは、本当に気持ちのいいことでしょうか?」
これは、25年ほど前の、野口体操の創始者、野口三千三さんからの私たちへの問いかけだ。
当時の私たちは、どもりを治そうとして、却って苦しくなり、生き辛くなっていることに気づいていた。吃音を治す試みが挫折し、その悩みの中から、どもりを治そうとすること自体が、むしろどもる子どもやどもる人の悩みを深めるのだと自覚した私たちは、「吃音を治す努力の否定」を提起したのだった。その頃、野口さんに出会った。
「それは本当に気持ちのいいことですか?」
吃音治療に明け暮れているどもる人に、こう問いかけ、「気持ちいいです」と答える人はまずいなかったことだろう。どもりに深刻に悩む人は、なんとしてもどもりを治したいと思う。そして、民間吃音矯正所などで、治す方法を教えられる。
しかし、多くのどもる人は吃音に悩み、治したいと切実に思いながら、治療努力を継続しない。それは、吃音を治す取り組みが、本人にとって、「気持ちのいいこと」ではなかったからだろう。
事実、「なぜ、治す方法を教えてもらったのに、治す努力を続けられないのですか?」の質問に多くの人がこう答えている。
◇練習が単調でおもしろくない
◇どこまで努力すれば治るのか、見通しが提示されず確信がもてない
◇不自然な話し方で、応用しにくい
◇吃音には、好不調の波があり、好調のときは練習がおろそかになる
◇どもっていてもなんとか日常生活が続けられる
野口さんは、「気持ちのいい方向」と表現している「気持ちいい」は、浅く考えると危険だと指摘する。快楽を求めればいいのだと、短絡的に考える人も出てくるというのだ。
私たちの「治す努力の否定」も、「何もしなくてもいいのだ」と受け取る人がいた。私たちは、自分らしく生きるには、質は違うが、吃音を治す努力以上に努力しなければならないことは多いのだと主張したが、なかなか理解されなかった。
「気持ちのいい方向」の見つけ方について、野口さんは次のように言う。
―理屈よりも日常生活の中で実際に生きていく本当の姿を見つめていけば、自然と解決されます。「お前、本当に気持ちがいいかい」と、絶えず自問自答を繰り返し、飽くなき問いを続けることです。そうすれば、自ずと自分が生きていくのに都合のよい方向が見えてくるのです。苦痛が伴うなら、どこかで無理をしているのです。無理があると、あなたのからだやこころを、歪めたり、固めることになります。どもりを治そうとするなら、楽しみながらして下さい。楽しくなかったら、あなたにとってもっと楽しいこと、気持ちのよいことを探せばいい。それは、あなた自身のからだが教えてくれます。じっと耳を澄ませて聴いて下さい。あなたが求めているものは何なのか―
野口体操は、竹内敏晴さんがその基礎を取り入れ、独自のレッスンとして展開されていて、野口体操が形を変えて私たちとつながっていることになる。ここ10年、私たちが取り組んでいる竹内敏晴さんの《からだとことばのレッスン》は、とにかく楽しく、気持ちがいい。生きる力が沸いてくる。
「気持ちがいいですか?」
野口さんの問いかけに、私たちはこう答える。
「はい、とっても楽しく気持ちがいいです」
楽しく、気持ちがいいから長く続けられ、人にも薦めることができるのだ。
野口三千三さんがこの春亡くなった。合掌。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/07/14