昔の「スタタリング・ナウ」の紹介をしていましたが、途中で寄り道をしました。戻って、1997年10月 NO.38の巻頭言を紹介します。この号では、平木典子さんを講師に迎えて、アサーショントレーニングについて学んだ、第3回吃音ショートコースを特集しています。関心が高かったのか、成人のどもる人以外に、ことばの教室の担当者や言語聴覚士が30数名も参加した吃音ショートコースです。
研究者・臨床家・どもる子ども親・どもる人が一つの《場》で共に語り、学び合いたいという、日本吃音臨床研究会設立の意図が実現したワークショップともいえます。立場の違う者が集まる中で、僕たちどもる人の当事者としての存在の大切さを感じたときでもありました。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/05/08
研究者・臨床家・どもる子ども親・どもる人が一つの《場》で共に語り、学び合いたいという、日本吃音臨床研究会設立の意図が実現したワークショップともいえます。立場の違う者が集まる中で、僕たちどもる人の当事者としての存在の大切さを感じたときでもありました。
当事者の思い
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
「医療は人間を対象とするべきであって、病気を対象とするべきではない」
医療現場に生きる人々に、医の哲学をこのように説いてきた、医療哲学者中川米造さんが9月末亡くなった。その数日後、友人のKさんから次の手紙をいただき、久しく叫ばれているこの考えがまだ現場では生きていないことを痛感した。
「この秋、児童虐待、性的虐待を中心的なテーマとする日本の学会と、国際シンポジウムに参加しました。それぞれの自助グループが思いを語るプログラムもありましたが、いろんなケースが症例としてあげられて、この治療で症状が改善したとか、被虐待児・者にはこの障害が○○パーセントの割合であらわれるというような報告が多くて腹が立ちました。専門家の学会という事を理解しても、被虐待児・者の複雑な心境や苦悩など、全部フィルターにかけられ、数字的に処理されてしまうことが不快でした。
自分自身の問題が、このように当事者でもない人たちの手によって、知らないところで研究され、心的外傷とはこんなものなのだと言い切られてしまってよいのかどうか疑問に思いました。これは、私の問題であり、また私を含む当事者の問題であり、何で他の人の研究材料にならなければいけないのかと、また自分の問題に手も足も出せなくて、他人にそのようなことを許している自分の怠慢さに腹が立ちました。
そう考えると、日本吃音臨床研究会は吃音の当事者が、自身の問題を自分自身の手で追究され続けているのですから、本当にすごいことだと改めて思いました」
中川さんの哲学が医療現場になかなか浸透しないのは、ひとつには、専門家は専門家だけで集まり、当事者は当事者だけで集まることが多いからではないか。当事者の思いを専門家が受け止め、臨床に生かす。このことはそんなに難しいことではないはずなのだが。
医師などの専門家は病気や障害について専門的な知識を持っている。しかし、それを持ちながら生きるということ、どこに本質的な事柄があるかということは、当事者が一番知っている。専門的な知識や技術と、体験を通して得た生きる知恵を互いに生かし合うことができればこんな素晴らしいことはない。それが実現するには、取り敢えずは、専門家の集まりに当事者が参加し、思いを語ることだろう。さらには、対等の立場で語り、学び合うことができる場を作っていくことだ。
日本吃音臨床研究会設立の意図は、研究者・臨床家・どもる子どもの親・どもる人が一つの《場》で共に語り、学び合いたいというところにあった。
1997年吃音ショートコースは、ことばの教室の教師やスピーチセラピストが30数名参加するという、これまでにない広がりをみせた。臨床家が、これほど多く参加して下さったことは大変うれしいことだった。さらに、専門家に親を加えると、どもる人とどもらない人の割合がちょうど半々になった。これに気づいたとき、特別の感慨があった。どもる人が思いを分かち合うミーティングを基本にしながらも、親や専門家と一緒に取り組む活動ができれば、セルフヘルプグループの活動の意義がさらに深まるとかねがね考えていたからだ。
「吃音と自己表現」という今回のテーマにも助けられ、成人のどもる人、親、臨床家、研究者が対等の立場で、思いを出し合い、語り合った。
そのかかわりの中で成人のどもる人は、後輩のどもる子どもに熱意をもって関わって下さることばの教室の教師の姿に感動し、自らの体験を積極的に開示した。ことばの教室の教師は、どもる人の思いに接し、これまでの臨床を振り返った。
専門家と当事者がひとつの《場》で、共通の体験をすることで互いの信頼感が強まるのだ。
「吃音への取り組みは、人間を対象とするべきであって、吃音症状を対象とするべきではない」
吃音の当事者の思いが、伝わる日は遠くない。(1997年10月)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/05/08