『スタタリング・ナウ』1997.8.12 NO.36で特集したのは、愛媛大学・水町俊郎教授の、「吃音者のアサーティブネス」に関する寄稿でした。
水町さんは、『スタタリング・ナウ』の愛読者ならぬ熟読者だと言っておられるほど、僕たちのよき理解者でした。1997年の、平木典子さんを講師にお迎えしての吃音ショートコースの前に、紙上参加として寄稿いただきました。紹介します。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/04/07
水町さんは、『スタタリング・ナウ』の愛読者ならぬ熟読者だと言っておられるほど、僕たちのよき理解者でした。1997年の、平木典子さんを講師にお迎えしての吃音ショートコースの前に、紙上参加として寄稿いただきました。紹介します。
吃音者のアサーティブネスについて
愛媛大学教授 水町俊郎
はじめに
1997年度の吃音ショートコースは、“吃音者のアサーティブネス”がメインテーマであるということですが、過去にこのことに関して少しばかり勉強をしたことがありますので、そこでどのような議論がなされるのか、今から楽しみにしています。ただ、残念ながら、私は日程の都合でそれには参加できません。
主催者側からせめて紙上参加でもとのご依頼を受けましたので、これまで私が“吃音者のアサーティブネス”について勉強してきたことに関して少しばかり述べさせていただきます。
行動療法としての主張訓練
私は約30年はど前に偶然のことから吃音とかかわり合うようになり、仲間と勉強したり、実践のお手伝いみたいなことをやったりしていました。
その当時の私の主たる関心事はどもりの症状そのものをどのように除去ないし軽減するかということでありまして、当時、わが国に導入されたばかりの「行動療法」の観点から吃音の問題に取り組んでいました。しかし、そのうちに吃音症状そのものを臨床の対象とすることに限界や疑問を感じ始め、行動療法の範疇で別な視点から吃音へ取り組む方策はないものかと思案をめぐらしていました。その時に私が関心を持ちはじめたのがアサーション・トレーニング(断行訓練、主張訓練)でした。今から14〜5年前のことです。
まず、アサーション・トレーニングを吃音者の指導に適用した文献を探してみましたが、Wolpe(1958)の事例研究、DalaliandSheehan(1974)の対照群を用いた研究、そして、Cohen(1976)の研究の三つだけしか見当たりませんでした。
36人の吃音者を用いたCohenの研究では、アサーション・トレーニングによって吃音者は、トレーニング終結時には統計的に意味があるほど大きくアサーティブな方向へ変化しただけではなくて、それから6ヵ月経過した時点での検査においても、その間に特別なトレーニングを施したわけではないにもかかわらず、更にアサーティブな方向へ変化していたということです。そして彼が、「アサ一ション・トレーニングによる指導は、ちょうど植物の種をまくようなもので、トレーニングが終わってもクライエントは成長し続ける」と述べていたことがとくに印象に残っています。
吃音者とアサーティブネス
ただ、それらの研究を読んでも、具体的にどのようなトレーニングが吃音者に対してなされたのかが私にはよく分かりませんでした。そこで私は、吃音者のトレーニングの問題よりもまず、吃音者のアサーティブネスの特徴そのものを心理学的に明らかにすることが先決であると考え、海外のアサーティブネス・スケール(各人のアサーティブネスの程度を測定するための質問紙)からわが国に適した質問項目を拾い集め、吃音者群と非吃音者群に対して調査を実施しました。
その結果、吃音者は非吃音者に比べて全ての面でノン・アサーティブなのではないということが明らかとなりました。因子分析という統計的な手法で分析してみますと、吃音者の方が非吃音者よりもむしろアサーティブな側面もあるということが分かったのです。
次に、吃音者の中で非常にアサーティブな群と、アサーティブでない(ノン・アサーティブ)群とを比較してみました。すると、アサーティブでない吃音者は、全ての面で、アサーティブな吃音者よりもノン・アサーティブ(非主張的)であるという結果が出ました。
このことは、吃音者の中には、アサーティブネスに関して全く異質な集団、つまり、よく自己主張や自己表現ができている群と、それがうまくできていない群とが存在するということを意味しています。
そこで次に、自己主張や自己表現がよくできている群と、それがうまくできていない群とが、自分自身の吃音についてどのように捉えているかを比較、検討してみました。その結果、自己主張や自己表現がうまくできていない吃音者群は、それがうまくできている吃音者群よりも自分の吃音を重度と考え、深く思い悩んでいることが明らかとなりました。つまり、自己主張や自己表現がうまくできていない吃音者は、自分の吃音に囚われている傾向が強かったのです。
以上のことから、吃音者の中でも特に自己主張や自己表現ができていない吃音者に対しては、アサーティブな方向への指導が必要であるし、そのことが、吃音への囚われを軽減することにもつながるということがいえるでしょう。しかしそれとは逆に、吃音への囚われの強い人は、そのためにアサーティブになることが難しく、囚われからの解放がアサーティブな方向へ変化するための前提条件であるという解釈も可能でしょう。
以上が、私が吃音者のアサーティブネスに関してやってきたことの全てです。その節には、伊藤伸二氏を中心とした吃音者のセルフ・ヘルプ・グループの方々には、全面的に調査にご協力をいただきました。遅ればせながら厚く御礼を申し上げます。(つづく)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/04/07