このブログでも何度か、スキャットマン・ジョンのことを紹介してきました。今日は、1997年7月に書いた巻頭言を紹介します。
 ドイツの人気のあるテレビトークショーに出演したジョンが、予定どおりに話せなかったことでしょげていたのを励まし、慰め、ノン・アグレッシブであることの強みについて書いていました。このやりとりの後、ジョンとの親しい関係が深まり、是非僕に会いたいと言っていたのに、早く亡くなり、会えなくなったのは、とても心残りになっています。
 
ノン・アグレッシブ
            日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 「もっと攻撃的になり、自分を主張したら、もっと吃音について訴えたいことが言えたかもしれないが…」
 ドイツの人気のあるテレビトークショウに、ゲスト出演が決まったスキャットマン・ジョンは、吃音の問題を社会に知らせるいい機会だと、大きな期待をもっていた。何について話すか、国際吃音連盟の運営委員である私たちに相談があった。私たちの計画通りには、司会者が質問せず、言いたいことが言えずに、番組は終わったのだった。
 アメリカから、ドイツから、カナダから、そして、日本の私から、すっかりしょげたスキャットマン・ジョンへ、慰めのメールが送られる。

 『ジョンへ またの機会があるさ。ジョンが吃音者であることをテレビで公表したことだけでも意義があるじゃないか。正しいことを主張するときは、控えめにするほうがいい。ジョンが、自分の思い通りにならなかった時、攻撃的にならず、誠実であったことがよかったと私は思う。ジョンの誠実な人柄が、今後の吃音の活動に大きな力を発揮するだろう。私たちは攻撃的になってはいけない。私たちの後ろには常に多くの、悩むどもる子ども、どもる人がいることを忘れてはならないからだ』

 『シンジへ 心温まるメールありがとう。あなたのコメントは洞察に満ち助けになった。日本の有名な作家(藤沢周平さん:スタタリング・ナウNo.30)の非攻撃性、穏当、誠実さについて紹介してくれたが、私はこれらの特質の重要性を思い起こすことができた。近ごろの私は、仕事に追われる日々を送っていて、人生における普遍的な価値の大切さを忘れがちであったり、見くびってしまうことがあった。スキャットマンとして、世間に知名度がある状態について慣れてしまっている自分を感じる。
 そんな私に、攻撃的でないことの大切さを思い出させてくれたあなたに感謝する』

 『ジョンへ 私が吃音にひどく悩んでいた時は、ノン・アサーティブだったせいか、主張できるようになると攻撃性が出てきたように思う。私が起草した「吃音者宣言」は、多くの吃音の人に受け入れられたが、反発や批判も受けた。自説を強調するあまり、私は気負い、時にはアグレッシブになった。この積極性、時には攻撃性で成果もあがり、多くの支持者も得たが、多くの敵も作ったようだ。私にとって辛かったのは、どもりに悩み、気弱になっている、本当に援助を求めている人が私の中の厳しい部分を敬遠しているように思えたことだ。厳しさも優しさの現れだと自分で思っても、怖い人だと直接言われると、内省せざるを得ない。
 ひょっとして私は、気づかないうちに、多くの人を傷つけ、切り捨ててきたのではないか。
 謙虚、ノン・アグレッシブ、優しさが、ここ10数年の私のテーマとなった。
 私は、言語障害の領域より、カウンセリングの世界に入り浸った。ゲシュタルトセラピー、交流分析、サイコドラマ、ベーシック・エンカウンターグループ、それらのワークショップに驚くほどのペースで参加した。カウンセリングの理論的な学習機関やセルフヘルプグループ・クリアリングハウスの活動などでも、多くの人々と出会った。
 昨年末のエンカウンターグループ。メンバーのひとりが、「あなたの優しさに救われた」と言って下さった。それが真実のことばだと実感ができた時、この10数年の歩みの中で、やっと一応の区切りがついたと思えた。まだ、十分とは言えないが、そろそろ私は、私を許してあげようと思う。
 今、私は、攻撃的にもなれるが、それを選択しない。謙虚、ノン・アグレッシブ、誠実、これこそが、どもる人と共に歩くにふさわしい態度だと思うからだ』
 この秋、アサーションについて学ぶ。(『スタタリング・ナウ』NO.35 1997.7.19)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/04/01