セルフヘルプの会旗揚げ

 昨日のつづきです。どもりを治さないと自分の人生はないと思い詰め、民間吃音矯正所の東京正生学院に行きました。治ると宣伝していた矯正所で、僕の吃音は治りませんでした。治らなかったのは、僕だけではなく、そのとき来ていた全員が治りませんでした。この現実に向き合い、努力すれば治る・治せるに疑問を持つようになりました。学童期・思春期を孤独に生きた僕は、人一倍人を求めていたようです。人と出会い、一緒に活動したい、その思いがグループ設立につながりました。
 この東京正生学院の経験は何度も書いたり、話したりしてきましたが、その経験の意味づけが変わりました。過去の意味づけが、思いがけずに変わったのです。2018年、東京大学先端科学技術研究センターでの「どもる人たちの当事者運動を振り返る 伊藤伸二さんを囲んで」の講演の準備をしているときです。これまでは、東京正生学院は、僕にとって、「初めて吃音と向き合った所」「吃音が治らなかった所」「仲間と出会えた所」「吃音を治すことをあきらめられた所」であり、そのように紹介していました。では、僕が変われたのはどこだったのだろうか、セルフヘルプグループの活動の中で変われたのだろうかと深く考えてみると、そうではなかったと気づいたのです。僕が大きく変わったのは、東京正生学院でした。東京正生学院に対する、「初めて吃音と向き合った所」「吃音が治らなかった所」「仲間と出会えた所」「吃音を治すことをあきらめられた所」という意味づけが、「どもれない体」が「どもれる体」になった所という意味づけに変わったのです。
 「どもれる体」になったという表現を、僕は、東京大学での講演で初めて使いました。このことについてはまた、書きたいと思います。

吃音者宣言4  矯正所の訓練に疑問

読売新聞連載 写真_0004 二浪して大学に入学した伊藤伸二(53)(日本吃音臨床研究会代表)は、その年の夏、吃音矯正所の寮に入った。多くの仲間と出会い、ひた隠しにしてきた「どもり」を大っぴらにできる環境が、大きな安心感を与えてくれた。
つらかったこと、嫌だったことを話すと、みんな自分のことのように耳を傾けてくれる。相部屋の仲間と夜遅くまで青春を語り合った。徐々に自信を取り戻していく確実な手ごたえを感じていた。
矯正所の一日は午前9時から始まる。教官の合図で背筋を伸ばし、鼻から大きく息を吸って口に出す呼吸法。これを30分ほど繰り返し、発声練習と続いた。この練習に「平均間隔平等法」という治療法があった。「精神一到何事か成らざらん」といった格言をゆっくり、朗々と独特の節回しで発音する。
 そして、戸外での訓練。矯正所の近所で、通行人のだれかれなしに「郵便局はどこですか」などと話しかける。さらに、何人かのグループで公園や電車の中で「皆さん、突然大きな声を張り上げまして……」と演説をぶつ。
 しかし、伊藤は一か月目ごろから疑問を感じた。確かに、ゆっくり歌うように話せば言葉に詰まらないが、ふつうの会話にはほど遠かった。意識しなければ、やっぱりどもった。「治った」と矯正所を後にした仲間が舞い戻って来るケースがたびたびあった。伊藤は「どもりが治るとはどういうことなのか。完全に治るのは無理かも知れない」と、思い始めてもいた。
 だが、落ち込むことはもうなかった。伊藤はある日、矯正所仲間の女性に「遊びに行こう」と、思い切って声をかけた。返事はOK。生まれて初めての経験。デートの前夜は、わくわくして一睡もできなかった。東京タワーに行き、ラーメンを食べ、どんな味だったのかは思い出しようもないが、積極的になれたことがうれしかった。
 夏休みを利用して広島から矯正所に来ていた女性に、ほのかな恋心を抱き、何度かデートもした。大学の友達と喫茶店に行った時、女子学生に「ぺらぺらしゃべる人より、どもっていても、伊藤さんの方がすてき」と言われたことが鮮明に残っている。
 吃音である限り、女性には好かれない、と悲観していただけに、その言葉には勇気づけられた。「どもっていても分かり合える女性がいる。生きていける」
 矯正所は夏休み一か月間の入寮後、その年の10月まで3月間通った。その1か月ほど前の9月、「講談でどもりが治る」という新聞記事が目に留まった。さっそく、それを実践している講談師の田辺一鶴の元に足を運んだ。そこである歯学生に出会い、気が合った。
歯学生も矯正所に通ったことがあり、その方法には否定的だった。同じ疑問を抱き始めていた伊藤は、年上の歯学生をリーダーにグループ結成を持ちかけた。矯正所は経済的な負担もかかり、治るという見通しも立たない。「それなら自分たちの手で」というのが発想だった。
伊藤らの呼びかけに10月、矯正所仲聞ら11人が上野公園に集まり、日本吃音矯正会「言友会」を旗揚げした。当事者だけのセルフヘルプ・グループの誕生だった。(敬称略)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/03/25