あれから、11年が過ぎました。コロナの影響を受けているから、また11年という年月がそうさせるのか、だんだんと震災関連の報道も少なくなってきたように思います。そこに住んでいた人たちにとっては、あれから時が止まったままだという人は少なくありません。あの日あのときから今日までずっと続くひとりひとりの物語、簡単に「分かる」とは言えないけれど、できるだけ想像力を豊かにして、ひとりひとりの物語に近づきたいと思います。
 これまで何度も書いてきましたが、宮城県女川町から、吃音親子サマーキャンプに参加していた阿部莉菜さん。彼女のことや彼女の作文は、あれからいろいろな研修会や講習会などで話し、何冊かの本で紹介してきました。今日は、静かに彼女のことを思う日にしたいと思います。1年前の3月11日のブログから、一部引用します。

 この日に毎年思い浮かべるのは、宮城県女川町から吃音親子サマーキャンプに3回連続して参加した阿部莉菜さんです。莉菜さんは、小学校6年生のとき、サマーキャンプに初めて参加しました。6年生になって、吃音のことで転校生らにいじめられ、不登校になっていた莉菜さん。キャンプに参加して、同じ6年生のグループでそのことを涙ながらに話しました。同じグループの子どもたちとの話し合いの中で、問題を整理し、自分の中で解決し、彼女は、キャンプから帰ってから、学校に行き始めました。僕は、ここに、彼女の持つレジリエンスを感じました。仙台の高校に進学が決まり、制服も届いて、楽しみにしていたとき、東日本大震災が起こり、お母さんと共に大津波に巻き込まれました。
 彼女が初めてキャンプに参加したときに書いた作文は、僕の宝物です。子どものレジリエンスをみつけ、育てていくことが大切だと僕が話すとき、いつもそこに彼女の顔が思い浮かびます。しっかりと伝え続けていくことを、今日、新たに誓います。ブログでも以前紹介したことがありますが、彼女の書いた作文を紹介します。それは、NPO法人全国ことばを育む会編の両親指導の手引き書41 「吃音とともに豊かに生きる」の中の<防災教育と吃音>のところで紹介しています。

親の会パンフレット表紙

防災教育と吃音
 被災地では、「釜石の奇跡」と呼ばれる「防災教育」が成果をあげました。大きな津波を経験している三陸地方では、家族てんでんばらばらに逃げて生き延びる「津波てんでんこ」が言い伝えられています。これを防災教育に生かしたのが釜石市です。群馬大学の片田敏孝教授の徹底した教育を受けた子どもたちは、学校の管理下になかった5人をのぞいて、市内の小中学生およそ3000人全員が無事に生き延びました。子どもたちは、「日頃教えられたことを実践したに過ぎない。奇跡ではなく、実績だ」と話します。防災教育が徹底された地域とそうでない地域の大きな差は、教育の力の大きさを表しています。
 どもることは何の問題もありません。吃音を否定し、劣等コンプレックスに陥って、吃音は単なる話しことばの特徴から、取り組まなければならない課題へと転じます。まだ子どもが吃音を否定していない場合でも、否定するとどのような問題が起こるか学んでおく必要があります。吃音の取り組みは、防災教育に似て、予防教育だとも言えると僕は思います。
 吃音親子サマーキャンプに、宮城県女川町から3年連続して参加した4人家族がいました。小学6年の阿部さんは、6年生になっていじめに合い、不登校になりました。そのつらさを僕のグループで泣きながら話しました。90分の話し合いで、顔が晴れやかになり、翌朝の作文教室で「どもってもだいじょうぶ」と作文に書きました。すぐに学校に行くようになり、その後もキャンプに参加して、将来の明るい夢を語り、仙台の高校に入学が決まっていたのに、お母さんと一緒に逃げ遅れて亡くなりました。彼女のことは決して忘れないでおこうと、その後の講演などで、作文を紹介しています。

  どもっても大丈夫
                            阿部莉菜
 私は、学校でしゃべることがとってもこわかったです。どうしてかというと、どもるから。しゃべっていて、どもってしまうと、みんなの視線が気になります。そして、なんだか「はやくしてよ!」と言われそうで、とってもこわかったです。なんだかこどくに思えました。でも、サマーキャンプはちがいました。今年初めてサマーキャンプに来てみて、みんな私と同じで、どもってるんだ、私はひとりじゃないんだと思いました。そして、夕食後、同じ学年の人と話し合いがありました。そのときに思ったのは、みんな、前向きにがんばってるんだ、なのに私はどもりのことをひきずって、全然前向きに考えてなかった。そのとき、私は思いました。どもりを私のとくちょうにしちゃえばいいんだ。そのとき、キャンプに行く前にお父さんに言われたことを思い出しました。どもりもりっぱな、いい大人になるための、肥料なんだよ。そうだ、どもりは私にとって大事なものなんだ。そういうことを昨日思いました。今日、朝起きたときは、気持ちが楽でした。まだサマーキャンプは始まったばかりだと思うけれど、とても学校などでしゃべれる自信がつきました。
(「吃音とともに豊かに生きる」両親指導の手引き書41 P.32-P.33 NPO法人全国ことばを育む会編)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/03/12