僕が吃音に悩んでいた頃、吃音のことを相談できるのは、民間の吃音矯正所だけでした。今は、言語聴覚士という国家資格をもった専門職者がいます。僕は、10校ほどの言語聴覚士養成の専門学校や大学で、吃音の講義を担当してきました。僕から講義を受けた人は「治すことにこだわらない」でいてくれると思うのですが、他の講師から受ける吃音の講義は、僕とは全く別物だと、いろんなところで出会う言語聴覚士から聞きました。
 吃音は30時間の専門的な講義しかなく、基本的な知識をさらっと勉強するだけ、「吃音は治した方がいい、治してあげなくては」と善意に考える専門家が、吃音に悩む人の本当の味方になってくれるのか、不安ではあります。どもる当事者と、専門職者が、真摯に互いに耳を傾け、語り合う中で、よりよい方向がみつかるのだと思います。

 吃音親子サマーキャンプや吃音講習会などに、ことばの教室担当者や言語聴覚士の人が参加して下さるようになりました。実際に、どもる子どもやどもる人の声を聞いて下さる専門職者が増えることは、ありがたいことです。今年こそ、そんな機会を持つことができるようにと願っています。1996年11月に書いた、『スタタリング・ナウ』の巻頭言を紹介します。

専門職とセルフヘルプグループ
              日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 『吃音の会にはどもる人以外を寄せつけまいとするような雰囲気を感じさせることがしばしばあります。門戸は開いているのですが、入りづらいものを感じるのは私の思い過ごしでしょうか』
 『吃音症状を云々したからと言って、目くじらをたてないで欲しい。自己の信念や学説にとらわれずに、相手の発言に謙虚に耳を傾けながら、討論を尽くす機会をもって欲しい』

 1986年、私たちが第1回吃音問題研究国際大会を開いたときに作成した資料集に、一部の専門家から寄稿されたことばだ。私たちにとっては意外だったが、私たちに近いと思っていた専門家からこのように受け取られてしまっていたのだった。
 1989年ドイツのケルンで開かれた第2回国際大会のシンポジウムで、ドイツのグループと専門家が壇上で掴み合わんばかりに対立していた。イギリスのグループは、専門家への依存が強い現状を報告した。敵対か依存かの関係が印象的だった。
 専門職とグループとの関係は、セルフヘルプグループについて語る時、常に話題になる。
今秋開かれた、大阪セルフヘルプ支援センターの年に1度のセミナーでも、懇親会で、専門職とグループの関係が話題の中心となった。専門職への依存が話される一方で、専門職との戦いを通して、グループが真に自立していくとの発言や、グループが成長し、専門職を育てる必要があるなどの話が出された。
 日本でセルフヘルプグループがとりあげられるようになった1976年ごろ、様々なグループから専門職と対立しているかのような報告があった。しかし、その後、専門職がセルフヘルプグループの意義を認め、支持するようになり、1980年以降は、互いの役割を尊重する動きになってきており、よりよい関係への模索は続いている。
 吃音の場合はどうか。日本のグループの場合、敵対や依存ではなく、自立していると言えるのではないか。また、臨床の場面で、指導する側、指導される側の立場はあっても、吃音親子サマーキャンプや、吃音ショートコースなどで、私たちと専門家が吃音問題について話し合う場合、全く対等だと言っていい。互いが、理解すべきだとか、教えてやるではなく、対等の立場で集まるところに意義がある。
 吃音そのものについて、専門家はよく知っていても、吃音をもって人生を生きる上で、何が問題になるかは、どもる本人が知っている。
 本音と本音が遠慮なくぶつかる。はためには、時として、厳しい対立と映るかも知れないが決してそうではない。互いが互いの本音に耳を傾けることから、互いの理解が深まるのだ。
 今年の吃音親子サマーキャンプや、吃音ショートコースには、多くのことばの教室の教師が参加した。吃音の私たちと専門家のキャンプでの共同の取り組みや、吃音ショートコースなどの話し合いの中で、私たちは、ことばの教室の教師や、スピーチセラピストの真摯な、愛情ある、どもる子どもやどもる人への対処に感動し、安心して後輩の吃音の子ども託せたり、自分自身が相談に行けるとの信頼感をもった。また、ことばの教室の教師からは、これまでになく、心を揺すぶられる体験をし、どもる人たちにとって何が問題なのかを、肌を通して感じることができたとの感想が出された。
 このような信頼は、理解させよう、分かるべきだ、互いを指導しようとの意図した関係からは決して生まれない。互いが、共感したり、理解が深まるのはあくまでも結果なのだ。
 吃音親子サマーキャンプや吃音ショートコースに参加した、ことばの教室の教師や言語聴覚士などの専門家は、私たちに吃音以外の人を寄せつけまいとする雰囲気が少しでもあれば参加はしなかったであろうし、私たちが謙虚に耳を傾けなければ、決して二度と参加しようとは思わないだろう。
 参加してよかった、また、是非参加したいとの、専門家の声がとてもうれしい。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/02/20