1995年9月、大阪で開かれた第一回吃音ショートコースで、大阪吃音教室についての実践発表がありました。吃音矯正から始まった活動は、大きく変わりました。そして、その流れは、今も受け継がれています。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/01/27
大阪吃音教室の実践〜吃音と上手につき合う例会活動〜
報告 大阪吃音教室 東野晃之
吃音を治す立場で、独特の吃音矯正活動を続けていましたが、吃音を持ったままの生き方を確立しようという《吃音者宣言》以降、《吃音者宣言》の理論と実践をどうグループ活動に具体化していくか、試行錯誤を繰り返していました。
例会活動である大阪吃音教室では、担当者の工夫で表現よみによる朗読練習、3分間スピーチ、自由討議が続けられましたが、矯正訓練を中心とした時と比べ、参加者は少なく、活気のない活力に欠ける印象がありました。この吃音教室の活力の低下は、活動全般に影響し、次第に例会活動よりもレクレーションや親睦のための行事が活動の比重を占めるようにもなりました。本来の目的である吃音に取り組むことより、親睦や交流が会活動の中心になり、吃音問題を話題にする空気さえ薄れた時期もありました。
1987年、大阪吃音教室は、〈吃音と上手につき合う〉ための独自のプログラムを作り、実践することになりました。吃音問題の最大のポイントである《吃音の受容》の趣旨に沿った活動方針を立て、実践内容の転換を図ることになったのです。
〈吃音と上手につき合う〉きっかけになったのは、前年の1986年8月に京都で開催された第1回吃音問題研究国際大会でした。そこでの論議で、「〈吃音と上手につき合う〉との主張は分かるが、吃音受容のための具体的なプログラムは持つのか?」が問われました。
〈吃音と上手につき合う〉について、当時の吃音教室の配布資料では次のように述べられています。
吃音と上手につき合う
〈吃音矯正〉から出発し、〈吃音克服〉へと吃音に取り組む視点を変えてきた。矯正から克服へと変わってもそこにはまだ吃音との対決の姿勢が感じられる。22年の活動の中で、多くのどもる人が吃音にあまり左右されない生き方を実践してきた。しかし、決して吃音に悩まない強く明るくたくましい人たちではない。ときには、吃音の調子が悪く、ふさぎこんだり、将来への展望がつかめなかったりする人たちである。ときには、吃音で悩む自分をも受け入れ、気張らずに、自然に生きる人たちである。その姿は、〈吃音克服〉ではしっくりこない。吃音を生かすとか、吃音だからこそ、とかいう気負った姿勢ではなく、自分の吃音を誰のものでもない、自分自身のものとして、素直に受け入れ、共に生きる。それは、〈吃音とつき合う〉という表現がよりふさわしい。同じつき合うなら、自分の行動や人生を、あまり吃音に振り回されないよう、つまり、吃音と上手につき合いたい。
《吃音受容》を概念として分かりやすく表現し、建設的な取り組みに向かうために一歩進めたのが、〈吃音と上手につき合う〉という主張だと言えます。
次に、〈吃音と上手につき合う〉吃音教室のプログラムについて説明します。
大阪吃音教室では、〈吃音と上手につき合う〉ために次の3つの柱を立てました。
1.吃音に関する基礎講座
これは、吃音の原因、これまでの吃音治療の効果と限界など、つき合う相手、つまり吃音そのものについて学びます。
2.コミュニケーション能力を高めるための講座
吃音そのものは完全に治らずとも人と楽しくコミュニケーションすることはできます。その能力を伸ばすために話す・読む・書く・聞くの、総合的なトレーニングを行います。
3.自分を知り、よりよい人間関係を作るための講座
ちょっとした自分への気づき、他者への気づきでも、人間関係は変わります。交流分析、論理療法などの考え方を応用してよりよい人間関係を作るにはどうすればよいかを学びます。
これらは、吃音講座として1年間のスケジュールを組んで実践されています。
また、大阪吃音教室では、個人個人の悩みの解決を最優先にします。自己紹介や近況報告で、参加者から現在、吃音で困っていること、悩んでいることが出されるとき、場合によっては後の予定を変更してもその問題が話し合われます。
一日の教室のスケジュール
6時45分〜7時15分 初めて参加した人の自己紹介とか近況報告、またはスピーチとか朗読練習、希望者の時間にしています。
7時15分〜8時30分 吃音講座。
8時30分〜8時50分 吃音講座に関する質問とか、感想を出し合う。
振り返りますと、〈吃音と上手につき合う〉を全面に出した大阪吃音教室は、それまでの例会担当者個人の創意工夫によっていた内容に比べ、大きく変化をしています。参加者は、〈吃音と上手につき合う〉ために、系統立った吃音講座を毎週学習します。その内容は、一方的な講義ではなく、小グループでの話し合い、全体でのその日の吃音講座をテーマにしたディスカッションなど、より内容を理解するための実習も行われます。
また、6か月周期のスケジュールを立て、継続して参加をすすめたいことから、開催日をそれまでの、土曜日・日曜日から、平日の金曜日の夜に変更しました。吃音教室は、金曜日例会として運営委員の全員参加協力のもと、次第に定着をしていきました。
次に、この吃音教室の実践を通して、吃音者がどう変わっていったのか、二人の参加者の感想文を紹介し、それぞれについて分析をしたいと思います。(1996.5.18記 つづく)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/01/27